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仏教って何?

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  • 2017/06/27 13:15
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     仏教って何でしょう?哲学?宗教?
    経典も宗派も部派も多すぎて何がなんだか。
    仏教にいて、総合的に会話しましょう。

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    san***** 6月27日 03:55

    【パリ=共同】国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)が十二日発表した、世界各国の報道の自由度を順位付けした報告書で日本は昨年の五十三位から五十九位に後退した。東京電力福島第一原発事故の影響を取材しようとするとさまざまな圧力を受けるとされたほか、特定秘密保護法の成立が響いた。
     日本は、各国を五段階に分けた分類で上から二番目の「満足できる状況」から、主要先進国で唯一、三番目の「顕著な問題」のある国に転落。東アジアでは台湾や韓国を下回る自由度とされた。

     日本は昨年も福島の事故について情報の透明性が欠けるとして大きく順位を落としていた。
     報告書は特にフリーランスや外国人の記者への圧力を問題視。記者クラブ制度が原因だとし、事故後こうした記者への偏見が強まっていると指摘した。また安倍晋三政権で成立した特定秘密保護法により、原子力問題を取材する記者の活動はより危険なものになるとした。
    ******************************

    日本は自由に情報を報道することができる国だと思っている人は多いと思うが、現実は権力が裏で操作をすることが多い。 たまに文書がでてきても、黒塗り、のりべんで 私達にはどうなっているのかわからない。
    政府の機関紙みたいになってしまっているような印象の読売新聞の前川氏の出会い系バーの報道。
    前川氏はNHKの取材に応対しているのだが、未だにNHKからは報道されていない。

    密室での取り決めは腐敗が多い。 国民はそろそろ今何が起り始まっているのか真剣に監視する必要がある。

  • >>52990

    仏性というのは、私達衆生に仏に成る可能性が具わっていることをいう。 仏性が具わっているから、俺たちは覚った仏の存在なのだとするような教えは増上慢そのもだろう。戒律を守り修行に励む上座部仏教の阿羅漢という聖者でも大乗では声聞のくらいだが、どうも即身成仏だとか往生成仏だとか言葉だけが先走っているようだ。 とてもじゃないけれど、阿羅漢の聖者には即身成仏だとか騒いでも及ばないだろう。

    日蓮聖人は私達衆生に具わる仏性を田んぼにたとえた。

    「法華経は種の如く仏はうえての如く衆生は田の如くなり」

    法華経は仏に成るための種(仏種)植えては本仏のお釈迦様私達衆生は田んぼ

    立派な仏性の田んぼでも、仏に4成るための種がなければただの大地にすぎません。種をまき、(下種)苗を育て、豊かな稲穂を与えて下さるのが本仏であるお釈迦様。  私達末法に生まれてきた衆生は田に種を植えられていたが、無始以来遊びにふけり、仏種を死滅させてしまっている。  末法の世に日蓮聖人がお釈迦様の元々の弟子である上行菩薩の境地から、新たに妙法蓮華経の五字であるお釈迦様の仏種を植え付けてくれた。 お釈迦様、日蓮聖人の成仏の為の仏種を大切に受持をし続ける。

    ※ 汝等如来の滅後に於て、応当に一心に受持・読誦し解説・書写し説の如く修行すべ し

    読誦し解説・書写し説の如く修行することも、妙法蓮華経の五字を受持するための修行。  法華は妙法蓮華経の五字への受持成仏が一乗戒

    南無妙法蓮華経

  • >>53008

    しつこい雑魚やノ~!!

    チャラチャラ出て来る暇あるんやったら、イッペンでも、ワシと勝負してミイ!!

    膝のリオカマ・ステ基地が出てきたら逃げるビビリのドアホガ!!

    ここは、「東哲」、ジャ!!

    無意味なレスしか出来んのやったら、消え!!

  • >>53007

    > お釈迦様は法華経の中で、「十方の仏土の中には、唯、一乗の法(法華経)のみありて、二もなく、三もなし、仏の方便の説をば除くべし」(方便品)といわれ、仏陀が方便を用いて説いた教え(法華経以外の教え)は除外しなければならない。さらに 唯ひたすら法華経のみを身に付けるべきであって、法華経以外の経典は一句なりとも受け入れてはならない。 「唯、楽(ねが)って大乗経典(ここでは法華経のこと)のみを受持して、乃至、余経の一偈をも受けざれ」(譬喩品) 法華経以外の経典を求めてもいけない。 この二つの経文により、お釈迦様は法華経への純信(他を交えぬ純粋な信仰)を要請されていることを汁。  このことを裏付けるのが涅槃経でお釈迦様の御遺訓です。 それは 「了義経に依って不了義に依らざれ」不了義経を拠り所にしてはならない。 了義経とは真理が完全に説き尽くされている経典という意味で法華経の事をいう。 涅槃経の「法に依って人に依らざれ」と共に日蓮聖人はお釈迦様のご遺訓を護られた。 
    >
    > 南無妙法蓮華経




    出鱈目言うな。
    罵香たれが。

  • >>53006

    お釈迦様は法華経の中で、「十方の仏土の中には、唯、一乗の法(法華経)のみありて、二もなく、三もなし、仏の方便の説をば除くべし」(方便品)といわれ、仏陀が方便を用いて説いた教え(法華経以外の教え)は除外しなければならない。さらに 唯ひたすら法華経のみを身に付けるべきであって、法華経以外の経典は一句なりとも受け入れてはならない。 「唯、楽(ねが)って大乗経典(ここでは法華経のこと)のみを受持して、乃至、余経の一偈をも受けざれ」(譬喩品) 法華経以外の経典を求めてもいけない。 この二つの経文により、お釈迦様は法華経への純信(他を交えぬ純粋な信仰)を要請されていることを汁。  このことを裏付けるのが涅槃経でお釈迦様の御遺訓です。 それは 「了義経に依って不了義に依らざれ」不了義経を拠り所にしてはならない。 了義経とは真理が完全に説き尽くされている経典という意味で法華経の事をいう。 涅槃経の「法に依って人に依らざれ」と共に日蓮聖人はお釈迦様のご遺訓を護られた。 

    南無妙法蓮華経

  • >>53002

    >易行ではないよね

    万民向けでもない

    無戒では無理だろ  <


    私はお題目は易行だと思っているがね。 この世界では救われないからこの世界を厭味嫌い、あの世の極楽西方浄土を願ったのが法然、親鸞だよね。 この世では救われないから、どこにあるかわからない浄土を願って他力まかせ。  ようするにこの世では救われないという教えだね。


    日蓮聖人の戒はいうなれば、一乗戒だと思う。

    南無妙法蓮華経

  • >>52998

    >一乗思想についても、同じく大乗仏教の思想を発展させたものである。一乗とは一仏乗のことで、すべての衆生がひとしく仏如来となれる唯一の教法を指す。これは現在、一般的に『法華経』がその教えとされている。しかし『涅槃経』は『法華経』の一乗思想も受け継ぎ、さらに弁証法的、発展的な理論展開がなされている。

    たとえば『法華経』と『涅槃経』を比べてみるに、まず『法華経』は、『華厳経』・『阿含経』・『方等経』・『般若経』で説いた三乗(声聞・縁覚・菩薩)の方便教を会して一乗の教えに帰せしめる会三帰一を目標として説いた。しかしその三乗の差別を超えてどのように一乗に帰せしめることが可能なのか、その根拠や教説の矛盾が『法華経』ではまったく説明されていない。これは『仏教布教体系』などをはじめ、仏教学で多く指摘される点である。  <

    ミチオか、せっかくだから日蓮聖人の教学を勉強してね。  学会の人も当然見てるでしょうね。楽しみに仕手います。  ネット社会ですから、多くの宗教の教えもわかります。 駄目なところは淘汰されてゆくでしょうね。

    http://renjouji.web.fc2.com/kyou.html#anchor1435507


    日蓮宗の教学は涅槃経は流通分という解釈で取り入れます。

    開目抄の五重相対で寿量品の観心である妙法蓮華経の五字が会あらばれたが、一番大事な書である観心本尊抄捨てられた教えを、今度は再生してゆきます。

    最終結論からいうと、

    序分
    「十方三世諸仏微塵の経々」ですから、今でいう宇宙法界すべての教えや価値観 

    正宗分

    「寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字」-『観心本尊抄』より

    流通分 
    「南無妙法蓮華経は万年の外、未来までもながるべし」-『報恩抄』より


    南無妙法蓮華経




    涅槃経

    五重相対で寿量品の観心の妙法蓮華経の五字が選び抜かれたが、つづく一番大事な書である観心本尊抄では切り捨てられた教えが再生してゆきます。

  • 親鸞さまの教え

    涅槃経
    無戒のものも救うのだと  それどころか 極悪人どもが

    勢ぞろい

  • >>52998

    【開目抄の五重相対  1、…】

    開目抄の五重相対 

    1、内外相対→内道(仏教)と外道(仏教以外の宗教の教え)と比較対照し、内道である仏教を選び取る。そのわけは、仏教は三世(過去現在未来)の因果の縁起論を説きます。外道は三世因果を説かないから劣る。

    2、大小相対→仏教の中でも大乗仏教と小乗仏教(部派仏教)を比較対照し、大乗仏教を選び取る。そのわけは、大乗仏教では衆生に仏に成る可能性という仏性を認め、また利他行といって自分以外の衆生をも救う方向性を持っています。 小乗仏教は一切衆生に仏性を認めない自利行といって自分の成仏ばかりに専念する方向性です。

    3、権実相対→大乗仏教のなかでも、権大乗教と実大乗教を比較対照し、実大乗教の法華経を選び取ります。 法華経には二乗作仏と久遠実成が説かれているからです。二乗というのは阿羅漢(声聞)と聖者(独覚)のことで、この人たちを含め二乗作仏は、女性はもちろん畜生も極悪人もそして草木もすべて成仏できるという教えです。 久遠実成とはインドに生まれられた歴史上の仏陀にそくして、釈尊は永遠であるということです。これは十界互具一念三千という法門が法華経に説かれているからです。

    4、本迹相対→法華経の中でも迹門(『法華経』28章のうち第1章の序品から第14章の安楽行品までの前半部分)と本門(『法華経』第15章の従地涌品から28章の普賢菩薩勧発品までの後半部分)とを比較対照し、本門を選び取ることです。 この迹門に教学の重点をおく宗派が天台系寺院であり、本門に教学の重点をおく宗派が日蓮系寺院です。なぜ、本門の方がすぐれているかというと、迹門は二乗作仏を説きますが、まだ理念論の世界にとどまっていて成仏の可能性が示されたにすぎません。しかし、本門では歴史上の仏陀にそくして釈尊の久遠実成を開顕され仏の永遠性が明かされたからです。

    5、教観相対→法華経本門の中でも本門の教相(特に第16章の如来寿量品の経説)と観心(如来寿量品の経意)を比較対照し観心を選び取ることです。理屈(理証)や文献(文証)だけの教相でなく、実践(現証)のともなった法門でなければならないということが観心です。 観心とは内証の寿量品のことで、妙法蓮華経の五字をさし、それを意でも読み、口でも読み、身でも読むということです

    南無妙法蓮華経

  • >>52998

    削除されるんだよな 笑い

    ここを紹介すると   草加さんが みてるんだろ たぶん

    困るから

  • 法華経との関係
    お勉強したいものは しなさい

    ウイキより 大般涅槃経

    また『涅槃経』では、この常住思想を発展昇華し、釈迦仏滅後の未来世での仏や法、またそれを遵守する僧団は不壊であり永遠のものであるという思想をさらに展開して随所に説いている。いわば『涅槃経』は釈迦仏滅後の未来の救いを大きな柱として最後に編纂されたものと思われる。またこれは大乗仏教の思想を発展させたものであり、如来の常住思想は、方等経典に始まり『法華経』でさらに発展させたものを、『涅槃経』ではまたさらにこれを最終形として編纂されたことがわかる。

    一乗思想についても、同じく大乗仏教の思想を発展させたものである。一乗とは一仏乗のことで、すべての衆生がひとしく仏如来となれる唯一の教法を指す。これは現在、一般的に『法華経』がその教えとされている。しかし『涅槃経』は『法華経』の一乗思想も受け継ぎ、さらに弁証法的、発展的な理論展開がなされている。

    たとえば『法華経』と『涅槃経』を比べてみるに、まず『法華経』は、『華厳経』・『阿含経』・『方等経』・『般若経』で説いた三乗(声聞・縁覚・菩薩)の方便教を会して一乗の教えに帰せしめる会三帰一を目標として説いた。しかしその三乗の差別を超えてどのように一乗に帰せしめることが可能なのか、その根拠や教説の矛盾が『法華経』ではまったく説明されていない。これは『仏教布教体系』などをはじめ、仏教学で多く指摘される点である。

  • >>52994

     かうてかへりみれば、華厳経の台上十方、阿含経の小釈迦、方等・般若の、金光明
    経の、阿弥陀経の、大日経等の権仏等は、此の寿量の仏の天月、しばらく影を大小の
    器にして浮かべ給ふを、諸宗の学者等、近くは自宗に迷ひ、遠くは法華経の寿量品を
    しらず、水中の月に実月の想ひをなし、或は入って取らんとをもひ、或は縄をつけて
    つなぎとどめんとす。
     天台云はく「天月を識らず、但池月を観ず」等云云。   (開目抄)



     このように経文を顧みると、華厳経の蓮華台上の毘虞舎那仏と十方世界の仏、阿含
    経の小釈迦、方等部・般若部の金光明経や阿弥陀経や大日経等で説かれる権仏(方便
    としての仏)たちは、法華経如来寿量品第十六における久遠の本仏という天の月が、
    しばらくの間、その影を、大小の器の水に浮かべたようなものに過ぎないのでありま
    す。

     にもかかわらず、諸宗の学者どもは、近くは自宗の教義に迷い、遠くは法華経の寿
    量品の意義を知りません。
     そのため、水に映った月を、本物の月と思い込んで、或る者は水の中に入って取ろ
    うとしたり、或る者は縄をつけて繋ぎ止めようとしています。

     天台大師は、『法華玄義』において、「天の月を知ることなく、ただ、池の月影だ
    けを見ている。」等と、云われています。

    これは非常に重要な法華経の教えかたです。  仏陀がこの娑婆世界に出でて法をといているのは、影のような存在で迹仏だというのです。 当然法華経迹門で法をとく始成の仏の釈尊は池に映っている月、阿弥陀仏も毘盧遮那仏も小乗仏教の釈尊も薬師仏も皆それぞれの池に映った月。  これを私達に当てはめると、現在の私達娑婆世界の者たちは池に映っている月で影のような存在。 本は寿量仏と同じ天の月。

    ※ 仏法は体のごとし 世間はかげのごとし 体曲れば影ななめなり


     私達が心の拠りどころとする仏法は日月の光(体)、現実世界のありようはその影(用)に譬えられます。

     -月影の暗さも月の光かな-
    光の無い暗黒の中には影もありません。影があるのは光があるからです。
     仏法(み仏の教え)は現実のあるべき姿を映し出す、日月の光のごとき明鏡であり、み仏の数多ある教の中でも、正しい仏法の興隆以外に社会の安心、世界の真の和平は訪れ得ません。

    南無妙法蓮華経

  • >>52995

    しつこい雑魚やノ~!!

    チャラチャラ出て来る暇あるんやったら、イッペンでも、ワシと勝負してミイ!!

    膝のリオカマ・ステ基地が出てきたら逃げるビビリのドアホガ!!

    ここは、「東哲」、ジャ!!

    無意味なレスしか出来んのやったら、消え!!

  • >>52994

    > それにしても、南伝の上座部仏教には、諸法実相はあっても、縁起の究極の法である一念三千の教えが伝わっていない。出家僧の弟子たちの間では戒律にこだわる面が強いものと、もっと自由な発想を仏陀から聞いていたという出家僧の中から大衆部が生じてきたのだろ。 たぶん阿羅漢という聖者はそれぞれの王国の王様の権威の元に戒律を重んじる保守的面が強かったのだろう。 舎利弗が今でいう佛教大学的な施設を作り仏法が発展していったものの一つが法華経への流れになっている。 いずれにしても、阿含経の上座部仏教よりは数段大乗仏教の方が教えは優れている。  法華経を説く前に中々説かない仏陀に5000人の僧が去ったとある、しかし仏陀は止めなかった。 こういうところが、縁起の究極の悟りが伝わっていないことに納得ができる。 
    >
    > 南無妙法蓮華経




    出鱈目言うな、罵香たれ。

  • >>52993

    それにしても、南伝の上座部仏教には、諸法実相はあっても、縁起の究極の法である一念三千の教えが伝わっていない。出家僧の弟子たちの間では戒律にこだわる面が強いものと、もっと自由な発想を仏陀から聞いていたという出家僧の中から大衆部が生じてきたのだろ。 たぶん阿羅漢という聖者はそれぞれの王国の王様の権威の元に戒律を重んじる保守的面が強かったのだろう。 舎利弗が今でいう佛教大学的な施設を作り仏法が発展していったものの一つが法華経への流れになっている。 いずれにしても、阿含経の上座部仏教よりは数段大乗仏教の方が教えは優れている。  法華経を説く前に中々説かない仏陀に5000人の僧が去ったとある、しかし仏陀は止めなかった。 こういうところが、縁起の究極の悟りが伝わっていないことに納得ができる。 

    南無妙法蓮華経

  • >>52992

    >san先生は仏教に関する過去の書物の内容、証拠品といわれるもの全部ひっくるめて、何%くらい偽りのない実話だと思われますか?

    阿含経を読むと女性に対して厳しい解釈をされている。そして出家しなければならないという多くの戒律が染めされている。 そういう教えに対して反論する菩薩は違うだろという事から悟った当初の仏陀の心の中に法華経はかなり近くなっていると思いますね。 生老病死の苦の解決をされたのが、お釈迦様です。 在家とて人は死にます。 後世に生まれてくる人たちの救済も仏陀ですから当然考えたでしょうね。


    >昔の人だけが霊言を聞けたのでしょうか?

     san先生は大川隆法の守護霊談話を信じてますか? <

    恋慕し続けると見仏を観るかたは今でもおられるでしょう。 道元は禅僧だが法華経の研究者で死ぬ直前に
    見仏をして、自室に妙法蓮華庵と張り紙をされたとされます。

     私が仏になってから経過した期間は、百千万億という長い時間です。その間に教えを説いて数限りない人々を教化し、仏の道に導いてきました。それから長い時間が経過しました。人々を救うために、一度は(釈迦として)死んだ姿をとりましたが、実際に死んだのではなく、常にこの世界にいて法を説いているのです。私は常にこの世に現れていますが、神通力によって迷っている人々には、姿を見せないようにしているのです。人々は私の死を見て、私の遺骨を供養し、私をなつかしく思い、慕い敬う心を起こしました。人々が信仰心を起こし、心が素直になり、仏に会いたいと願い、そのために命も惜しまないように、その時私は、弟子たちと霊鷲山に姿を現します。そして人々に語ります。  

     人々がお釈迦様にあいたいと身命もいとわず恋慕の心を起こすために隠れているのです。 今更人としては生じる事はない。そのために久遠からの本弟子上行菩薩の弟子菩薩が難百何千万という数知れない菩薩達がお釈迦様の無始無終の寿命を証明します。 あなたかもですね。  

    守護霊の神的存在は否定しません。

  • >>52990

     san先生は仏教に関する過去の書物の内容、証拠品といわれるもの全部ひっくるめて、何%くらい偽りのない実話だと思われますか?

    >仏陀の教が後世の世に埋没されるのを防ぐため菩薩達が観仏三昧の中で仏陀の霊言を言葉にしたのが大乗仏教かもしれませんね。
     
     昔の人だけが霊言を聞けたのでしょうか?

     san先生は大川隆法の守護霊談話を信じてますか?

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