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    panietzsche 9月16日 08:38

    >>4231

    おはようございます、エフニさん♪

    >アルトーのスケッチが終わりましたので、本題に入っていこうと思います。
    >デカルトと共に身心二元論は始まりましたが、そのデカルトと共に人間機械論も始まりました。
    >しかしニーチェまでは理性優位で、肉体は劣位な存在と見なされていました。(その原因の根源にパウロがいます)

    以下ですね。
    『だが、覚醒せる者、熟知せる者は言う。わたしはまったく身体であって、それ以外の何ものでもない。・・・私の兄弟よ、きみが「精神」と呼ぶところの、きみの小さな理性もまた、きみの身体の道具である。きみの大いなる理性の一つの小さな道具ないしは玩具である。・・・創造する肉体が、みずからのために、自分の意志の一つの手として、精神を創造した。(ツァラトゥストラ 身体を軽蔑する者たちについて)』

    >猛然と肉体の復権、優位性を主張したニーチェの流れにアルトーはいます。
    >ニーチェはそこまで言っていませんが、アルトーは理性や心までも人間という機械の部分と見なします。
    >深刻ぶった近代心理劇をぶち壊そうと模索していたアルトーに、言葉(戯曲)ではなく、肉体を全面に出した舞踏劇が現れます。

    理性や心は言語が醸し出す薄っぺらなものであるというような考え方も説得力はありますね。
    意識、心、理性に対して、無意識、身体性、情動は大いなる自己である、みたいな発想ですね。

    >・・・この機械のような、無機的な、激越な踊りは、人間が機械であることの様相であり、人間がパペットであることの多重、多層の深奥、背後を想像させるものでありました。
    >・・・一点に一瞬も留まらないので、アルトーは、瞳は何処も何も見ていないと理解しました。
    >客観ではパペットのような、機械のような踊り子達だったのです。

    脳科学的にも私たちは外部刺激という人形使いと脳という糸に操られたマリオネットである可能性があります。
    世界という全体運動または機械の部分運動であり部品みたいなものかもしれません。

    >アルトーは思いもしなかったでしょうけど、後年、医学の進歩により、この眼球の動きは、レム運動に似ているものと解ります。
    >瞳は何処も、何も見ていませんが、脳は夢を見ているのです。

    なるほど。一炊の夢(邯鄲の夢)ですね。

  • >>4229

    (続きです)

    この機械のような、無機的な、激越な踊りは、人間が機械であることの様相であり、人間がパペットであることの多重、多層の深奥、背後を想像させるものでありました。

    特徴的なのは、綺麗な衣装をまとった女性の踊り子の眼の動きです。

    大きく見開き、黒い瞳を上下左右に激しく動かします。

    非生物的な、機械のような、激しい動きです。

    一点に一瞬も留まらないので、アルトーは、瞳は何処も何も見ていないと理解しました。

    客観ではパペットのような、機械のような踊り子達だったのです。

    アルトーは思いもしなかったでしょうけど、後年、医学の進歩により、この眼球の動きは、レム運動に似ているものと解ります。

    瞳は何処も、何も見ていませんが、脳は夢を見ているのです。

    では、今日はここまでとさせて頂きます。m(__)m

  • >>4229

    パニーチェさん、おはようございます。(^ω^)

    アルトーのスケッチが終わりましたので、本題に入っていこうと思います。

    デカルトと共に身心二元論は始まりましたが、そのデカルトと共に人間機械論も始まりました。

    しかしニーチェまでは理性優位で、肉体は劣位な存在と見なされていました。(その原因の根源にパウロがいます)

    猛然と肉体の復権、優位性を主張したニーチェの流れにアルトーはいます。

    ニーチェはそこまで言っていませんが、アルトーは理性や心までも人間という機械の部分と見なします。

    深刻ぶった近代心理劇をぶち壊そうと模索していたアルトーに、言葉(戯曲)ではなく、肉体を全面に出した舞踏劇が現れます。

    昭和初期にパリで開かれた「第一回植民地博覧会」です。

    ここにやって来たバリ島の舞踏団の音楽と舞踏を観たアルトーは、激しい衝撃を受けます。

    (続きます)

  • >>4228

    返信ありがとうございます。
    この時点では口を挟まず次回の投稿を楽しみにしています。
    最近、記憶力も落ちてきたので(笑)、エフニさんが何について説明いただいているのかを下記に引用しておきます。^^

    > 此処から話を進めていって、このように夢の話であるならば、それが心を生む生まないに関わらず、そもそも機械と肉体の差異に意味があるのだろうか、というポストモダンの契機のアントナン・アルトーや、ポストモダンの最大の震源地のニーチェのところまで論考してみたいと思います。

  • >>4226

    (続きです。)

    アルトーは、演劇を戯曲(文学)から解放し、身体的行為を通して、身体的行為だけによって、人間の原初的エネルギーを現前させようとしました。

    近代文化のディコンストラクションは、同時期、マラルメやジョイスによっても敢行されていましたが、近代文化の背後にある構造(私はこれを、ドゥルーズの話から、パペットを操る人形使いの比喩でとらえています。)の内に分け入り、その瞬間的な隙間からディコンストラクションを遂行したのは、アルトーやニジンスキーの「ダンシング・ボディ」など、ごく僅かであったと思っています。

    そしてその延長には、「ブトウ」の白虎社があります。

    それでは、今日はここまでとさせて頂きます。m(__)m

  • >>4226

    パニーチェさん、おはよーございマスカラス・ミル♪😁

    それでは、アントナン・アルトーについて、サクッとスケッチします。

    幼少のとき脳膜炎をわずらってから、頭痛に悩まされ続けた生涯でした。

    この辺は、原因不明の頭痛に一生苦しめられたニーチェと似ていますが、ニーチェと違ってアルトーは麻薬を常用して痛みを軽減させていました。

    後年、ニーチェとは違う狂気の原因によって、アルトーも精神病院に強制入院させられます。

    アクターであり、アヴァンギャルド(前衛)の演劇理論家であったアルトーについては、三郎親分がお詳しいと思いますが、作品には、「冥府のへそ」、「神経のはかり」、「演劇とその分身」等の「残酷の演劇」群があります。

    アルトーのアヴァンギャルドの試みは、近代文化をディコンストラクション(解体し、再構築する。)することであり、結果的には失敗に終わりましたが、その影響は、後年、演劇にとどまらず、バレエのモーリス・べジャール、映画のゴダール等にも及びました。

    (続きます。)

  • >>4225

    エフニさん、おはようございますだおかだ♪

    > マトリックスの世界と言い切ることは、神の視点に立たないと不可能なんですよね。
    > パトナムも水槽脳の話の結論で、結局は言及不可能ということで終わっていたと思います。

    そうなんですね。

    > 知る術は無いけれども、可能性としては存在する。
    > 懐疑論は、実証できないけれども、否定することも出来ない、ファジーな世界ですよね(ラッセルの、世界5分前創造説など。)。
    > 荘子胡蝶の夢などは、古今、人々を魅了してやまない、懐疑論の原型だと思います。

    これ宗教的なことは抜きとして、純粋な思考実験として考えれば。。。。
    死があらたな目覚めあり、覚醒である可能性もゼロではないとさえ思います。
    これを思想とかドグマめいたものとすることは私が支持している十四無記に反しますが、他意のない純粋な思考実験的にはありだと考えています。

    > 長文になりますので、日と稿を改めて投稿させて頂きたいと思います。m(__)m

    了解しました。

    > 「力への意志」がアートマンであるとしたのは、アリトーやドゥルーズの示唆によるもので、「力への意志」が「欲望する機械」や「器官なき身体」と共鳴していると感じたからでした。
    > 「欲望する機械」や「器官なき身体」を支える基体となるものとして、「力への意志」を私は考えていますので、スタティック(静的)なものでなく、ダイナミックな生成原理が「力への意志」だと捉えています。

    私の力への意志のイメージは作用と反作用とか、関係性とか、中論の相依性縁起みたいなものです。
    生成、変化、消滅の繰り返し、それは世界自体とも言える全体運動でもあるわけですが、その原動力としての複数のものの連関や、ニーチェ的には力の鬩ぎ合いみたいなイメージです。

    > シャンカラが、名称など何でもよくて、仮にブラフマンと名付けたもの。
    > ニーチェがエス(それ)としか言えなかったもの。
    > 外延や内包は広範ですが、私は同じものを言っているのかなぁと思っています。
    > この辺も、アリトーの話のところで詳述します。m(__)m

    了解しました。

  • >>4215

    (続きです。)

    「欲望する機械」や「器官なき身体」を支える基体となるものとして、「力への意志」を私は考えていますので、スタティック(静的)なものでなく、ダイナミックな生成原理が「力への意志」だと捉えています。

    シャンカラが、名称など何でもよくて、仮にブラフマンと名付けたもの。

    ニーチェがエス(それ)としか言えなかったもの。

    外延や内包は広範ですが、私は同じものを言っているのかなぁと思っています。

    この辺も、アリトーの話のところで詳述します。m(__)m

  • >>4215

    パニーチェさん、おはよーございマンモス~♪

    そうなんですよね。

    マトリックスの世界と言い切ることは、神の視点に立たないと不可能なんですよね。

    パトナムも水槽脳の話の結論で、結局は言及不可能ということで終わっていたと思います。

    知る術は無いけれども、可能性としては存在する。

    懐疑論は、実証できないけれども、否定することも出来ない、ファジーな世界ですよね(ラッセルの、世界5分前創造説など。)。

    荘子胡蝶の夢などは、古今、人々を魅了してやまない、懐疑論の原型だと思います。

    >是非、教えて下さい。<

    長文になりますので、日と稿を改めて投稿させて頂きたいと思います。m(__)m

    「力への意志」がアートマンであるとしたのは、アリトーやドゥルーズの示唆によるもので、「力への意志」が「欲望する機械」や「器官なき身体」と共鳴していると感じたからでした。

    (続きます。)

  • >>4221

    > 結局、シャンカラはインナートリップ(心の深奥への旅)を求め、ヨーガ派は、肉体と現象世界での他の個物との一体感を求めた、ということになると私は思っています。

    瞑想とか禅も方法によって(例えば阿字観など、何かの対象に意識を集中していくか否かなど)脳が活動したり、沈静化する部位も異なり、体験内容も変わります。
    それと同じように初めに見証モデルがあるから、そちらへ誘導されるのか、それともこれまでの多くの見証の結果として、そのような見証モデルができたのか微妙ですね。
    例えば死後の体験(擬死体験)もその国や民族の文化や死後のイメージが再現されます。
    考えようによっては師家が認める印可もそういうことになるのかもしれません。

  • >>4220

    おはようございます、エフニさん

    > 私もロムしてましたが、規約に抵触するパニーチェさんの投稿はありませんでした。

    問題があったとすれば神トピですが、あんなんで削除されるなら、10年以上前の私の投稿など逮捕か実刑ですよ(笑)。

    > いわんや、このトピにおいてをや。
    > 納得いかないですよね。
    > ですが、パニーチェさんが仰るように、郷に入れば郷に従えの精神で対応するしかないでしょうね。

    そうなんです、納得いきませんが、削除した人が取るに足らないと思ってます。
    ここでは特権階級ですからね。昔ならtextreamを引退してたかもしれませんが、まともに対応しない相手をまともに受け取るのも馬鹿らしくなりました。

    > あの「反証可能性は失敗した」の説明のところも、分かりにくいですよね。
    > 有り体に言えば、意味不明ですよね。
    > あのうだちゃんの説明は、8割間違っていて、2割が正しいというレベルですが、反証可能性をめぐる問題をよく知らないロム者には、何を言ってるのか解らない説明だと思います。
    > 8割の間違いを訂正すると、反証可能性は失敗していません。
    > パニーチェさんが最初に提起した、科学と非科学との境界を設定、区別する最も有効な方法論の一つです。

    そうですよね。

    > 2割の正しいところというのは、物理学や天文学では結構激しく批判されたことがあることです。
    > しかし、これも修正されて、これらの分野でも反証可能性は有効になっています。
    > ましてや、進化論や生化学、生物学などでは、そもそも批判されていません。
    > ポパーがマルクス主義や、フロイト・アドラー時代の心理学を疑似科学として攻撃していたのは事実ですが、進化論を指弾したことは無かったように思います。

    なるほど。あっちゃの返信どうしよっかなぁ~。(笑)
    久しぶりに戻ってきたのは嬉しいんだけど、なんか議論したり、反論坐ってる気にならないんですよねぇ~。
    放置するのも悪いし。。。。

  • >>4214

    (続きです)

    2割の正しいところというのは、物理学や天文学では結構激しく批判されたことがあることです。

    しかし、これも修正されて、これらの分野でも反証可能性は有効になっています。

    ましてや、進化論や生化学、生物学などでは、そもそも批判されていません。

    ポパーがマルクス主義や、フロイト・アドラー時代の心理学を疑似科学として攻撃していたのは事実ですが、進化論を指弾したことは無かったように思います。

    >なるほど。<

    結局、シャンカラはインナートリップ(心の深奥への旅)を求め、ヨーガ派は、肉体と現象世界での他の個物との一体感を求めた、ということになると私は思っています。

  • >>4214

    パニーチェさん、こんばんは🌙😃❗

    私もロムしてましたが、規約に抵触するパニーチェさんの投稿はありませんでした。

    いわんや、このトピにおいてをや。

    納得いかないですよね。

    ですが、パニーチェさんが仰るように、郷に入れば郷に従えの精神で対応するしかないでしょうね。

    >こういうの投稿できるんですね。<

    私のタブレットに内臓されていたので、使ってしまいました♪😃

    >そうなんですよ、相変わらずレスしにくいというか、分かりにくい投稿ですが。<

    あの「反証可能性は失敗した」の説明のところも、分かりにくいですよね。

    有り体に言えば、意味不明ですよね。

    あのうだちゃんの説明は、8割間違っていて、2割が正しいというレベルですが、反証可能性をめぐる問題をよく知らないロム者には、何を言ってるのか解らない説明だと思います。

    8割の間違いを訂正すると、反証可能性は失敗していません。

    パニーチェさんが最初に提起した、科学と非科学との境界を設定、区別する最も有効な方法論の一つです。

    (続きます)

  • >>4218

    とりさん、こんばんは。お元気そうで何よりです。

    > パニさん、今回のゴッソリ削除騒動、解決されなくて、がっかりですね・・・。

    なんかフォームも形式もスタッフも掲示板時代とは変わってしまったような気がします。

    > いずれにせよ、これからもROMさせてもらいますね~♪☀🙋❗

    ありがとうございます。とりさんにロムしてもらえるとは光栄です。
    ちょっとモチベーション目盛りがアップしました!☀🙋❗

  • >>4216

    パニさん、今回のゴッソリ削除騒動、解決されなくて、がっかりですね・・・。
    いずれにせよ、これからもROMさせてもらいますね~♪☀🙋❗


    > 18年間Yahoo!掲示板時代よりtextreamを利用してきたファンとしては、正直言って今回の貴社の対応にがっかりというか失望しています。
    > なにかのエラーで2018年5月21日~5月27日までの私の投稿が全て削除されたということなら納得もいきますが、神はいるか以外のトピの投稿までも削除されているのは明らかに利用規約云々ではないと思います。
    > 例えば西洋哲学の「機械で心はつくれるか?その2!」の削除された直近の私の投稿をチャックしてもらえれば、法律は言うまでもなく利用規約に抵触するところなど皆無であることが分かります。
    > 人為的な削除であるなら、削除した担当の方が選択削除する手間を省くために、内容も確認せずに期間で全て削除したのだと判断せざるをえません。
    > 再度、調べて欲しいとは申しませんし、貴社のサービスを利用するからには郷に入らば郷に従わざるをえいないことは承知です。
    > ただ、貴社のスタッフにはそのような方がいることだけは指摘させていただきます。この度はお手間かけました。
    > *******************************************************
    >
    > 上記をYahoo!カスタマーセンターに返信しました。
    > もしこの先私が投稿しなくなったら、Yahoo!IDを削除されたかアク禁になったと思って下さい。
    > その場合は挨拶できないので、念のため。。。。
    >
    > これまで、よい書籍を教えてもらったり、知的な刺激を沢山与えてくれた板仲間たちに思いっきり感謝します。
    > 本当にありがとうございました。

  • 18年間Yahoo!掲示板時代よりtextreamを利用してきたファンとしては、正直言って今回の貴社の対応にがっかりというか失望しています。
    なにかのエラーで2018年5月21日~5月27日までの私の投稿が全て削除されたということなら納得もいきますが、神はいるか以外のトピの投稿までも削除されているのは明らかに利用規約云々ではないと思います。
    例えば西洋哲学の「機械で心はつくれるか?その2!」の削除された直近の私の投稿をチャックしてもらえれば、法律は言うまでもなく利用規約に抵触するところなど皆無であることが分かります。
    人為的な削除であるなら、削除した担当の方が選択削除する手間を省くために、内容も確認せずに期間で全て削除したのだと判断せざるをえません。
    再度、調べて欲しいとは申しませんし、貴社のサービスを利用するからには郷に入らば郷に従わざるをえいないことは承知です。
    ただ、貴社のスタッフにはそのような方がいることだけは指摘させていただきます。この度はお手間かけました。
    *******************************************************

    上記をYahoo!カスタマーセンターに返信しました。
    もしこの先私が投稿しなくなったら、Yahoo!IDを削除されたかアク禁になったと思って下さい。
    その場合は挨拶できないので、念のため。。。。

    これまで、よい書籍を教えてもらったり、知的な刺激を沢山与えてくれた板仲間たちに思いっきり感謝します。
    本当にありがとうございました。

  • >>4209

    > つまり、シャンカラのアドヴァイタは、映画「マトリックス」の構造と同じになります。
    > カプセル内で眠るキアヌ・リーブス(アートマン、独我論のわたし)と、マトリックス空間でのハッカーのキアヌ・リーブス(指標詞によって示され、文脈によって意味が決定される世界にいる私)。

    これは厳密に言うとウィトゲンシュタインの「視野は決してこのような形をしていない(5.6331)」と同じ構図になると思います。
    とうのもマトリックスの映画を見ている私たちはありあえない神の視点となっているからです。この世界がアートマン(ブラフマン)の見る夢なのかは、この世界はバーチェルなのかと同様に私たちには知る術がありません。
    超リアルなのは他者はともかく〈私〉にとっての独我論的世界であるということ。

    > 此処から話を進めていって、このように夢の話であるならば、それが心を生む生まないに関わらず、そもそも機械と肉体の差異に意味があるのだろうか、というポストモダンの契機のアントナン・アルトーや、ポストモダンの最大の震源地のニーチェのところまで論考してみたいと思います。

    面白いですね。確かに機械と肉体の差異に意味はなくなります。
    是非、教えて下さい。

    > 実は私は、ニーチェの「力への意志」も、独我論の(わたし)、アートマンではないかと思っています。

    普遍的な真理を批判したニーチェが力への意志という普遍的な原理を提起するという矛盾を避けるために世界を力への意志で読み解くという試みを断念したということを横に置くとして、シャンカラ的なアドヴァイタを想定するなら、相依性縁起(力への意志)つまり世界全体と作用する根源の主体は独我論の(わたし)、アートマン(これは超越論的論的視点となりますが)であるということは同意です。
    世界の全てと関係性(力への意志的な表現では鬩ぎ合い)を保っているのは〈私〉だと思います。

  • >>4208

    おはようございます、エフニさん。
    このレスにも返信したのに削除されました。問い合わせしましたが「利用規約を参考にして下さい」というしょうもない回答で呆れました。この18年間で初めてです、削除されたのは。

    > パニーチェさん、おはようございます♪☀🙋❗

    ☀🙋❗←こういうの投稿できるんですね。

    > うだちゃん復活しましたね。
    > タッチアンドゴーでいなくならないで、もっと投稿して欲しいですよね。

    そうなんですよ。相変わらずレスしにくいというか分かりにくい投稿ですが。。。(笑)

    > シャンカラのアドヴァイタと、それから約千年経ってヨーガ派と習合したアドヴァイタとは、私は区別して考えています。
    > ヨーガ派と習合したアドヴァイタは、現象世界の存在者(モノ)との全的一体感を現しますが、シャンカラは現象世界そのものを、アートマン(ブラフマン)の見る夢と規定します。

    なるほど。

  • 何故か私の投稿が削除されるので、只今Yahoo!カスタマーセンターに問い合わせ中です。回答がくるまで、しばらく待機します。

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