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  • 民主主義制度は多数決で動いています。
    でも、多数決が民主主義というのは間違い。

    民主主義は、女と男を同じように尊重し、黒人と白人を同じように尊重するように育ってきました。どうも人を同じように尊重したいという気持ちが民主主義の中心にあると思われます。

    この、人を同じように尊重したいという気持ちを欠いた多数決は、民主主義ではなく、むしろ犯罪だと私は思います。
    決まって多数者の利益に走り、少数者から奪い、少数者に意に反することを強制したりする。

    シリアやウクライナの大統領は、選挙の多数決で選ばれましたが、少数者を虐げようとするために、紛争が起きている。
    イギリスですら、歴史的な対立から北アイルランドでプロテスタント多数派がカソリック少数派を差別したためにテロや紛争が1990年代まで続いた。

    少数者を虐げ、テロや紛争を起こす多数決は、民主主義ではなく、むしろ犯罪だ。

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  • 民主主義は完璧ではない。

    民主主義は血を流さない戦争
    戦争は血を流す民主主義である 毛沢東

  • >自分の気持ちを含めて人を同じように尊重するのが民主主義だと私には思えます

    理想ならそれが本当なんだが、現実はそうならないから困ったもんである。
    やはり多数決独裁的になりがちだ。 アメリカ大使館のホームページに民主主義を述べてるが
    そこでは少数の意見も聞く寛容さが唄われてる。
    でもアメリカ自体、少数の意見をどこまで政策に取り込んでるか疑問である。
    あのアメリカ自体、1960年代まで州法といえ黒人差別する法が有ったんだからね~
    少数の意見尊重なら普天間基地移転など出来ないだろうね~
    ま、建て前と本音は常に違うもの。
    民主主義も万能でないという事。

  • >>6

    ヒットラーは民主主義選挙で首相になった。」
    つまり民主主義制度で首相になったということですね。
    でもヒットラーが民主主義者だと考える人は少ない。

    民主主義制度を多数決独裁とも呼べる。
    でも「民主主義を多数決独裁」とは言えない。
    人種差別や民族差別をする国が民主的だとは言いがたい。

    自分の気持ちを含めて人を同じように尊重するのが民主主義だと私には思えます。
    平等という言葉には置き換えがたい。

  • >>5

      以上のことで、われわれが日常見ている事物の存在感について気づくことができると思います。   

     この実験から、われわれがふだん見ている事物は、視覚映像と存在感の二つによって形成されていることがわかります。
     そして、視覚映像は目に映った映像そのままであるのに対して、存在感は脳の中でつくられている。
     このため、存在感は時として壊れます。しかし新たな経験によって作り替えられます。
     このことは存在感の主要な構成要素は記憶だということがわかると思います。そして存在感の発生の仕方として、視覚映像によって一方的に発生し、視覚と表裏一体となって知覚されてる。
     存在感の形成の仕方として経験による直接性と経験のみによる強い一方性をあげることができます。
     そして視覚映像によって形成される存在感は、あたかも視覚映像の一部であるような視覚映像との一体性を持って形成されています。


    鏡の外の世界(経験の圧倒的な強さ)
     鏡の中のりんごに存在感がないのは、それが触れることができないからです。鏡の中のりんごには触れた経験がなく、かじった経験がない。このため、経験に基づいた強い記憶が形成されていない。
     鏡の中の物に手を出しても、鏡に触れた経験しかない。そこには鏡の存在感しかない。
    鏡の中の物の経験は、それに触れようとした時の鏡にぶつかった経験しかないからだ。
     鏡の前のりんごと鏡の中のりんごは光学的に見かけは同じです。しかし鏡の外のあらゆる日常的な物が存在感を持っているのに、鏡の中の物には存在感がない。
     りんごを見ながら、それに触れ、かじることで、りんごの見かけにりんごについての経験が記憶として結び付きを形成する。この記憶の結びつきにより、りんごを見た時、りんごの様々な記憶が一度に再生される。この記憶の束が、存在感をつくっている。
     目の前のりんごが存在感を持っているのは、その見かけがそのりんごに関するいきいきとした記憶を再生しているということなのです。

  • ま、なんとも言えない題名だね~
    民主主義が必ずしも平等とは限らない。
    民主主義を多数決独裁とも呼べる。 その民意が問題である。
    ヒットラーは民主主義選挙で首相になった。
    では当時のドイツ国民の多数はどうだったか? ヒットラーをドイツ救世主に見立て頼もしい男に見えた。 だが冷静に熟慮すれば、ヒットラーの政策がどれだけ危険なのか知りえたろう~
    戦争を前提とした政策だからね~ ウクライナは多数が少数を迫害してると見てる限り、
    疎いね~ 狭い考えである、木を見て森を見てない。

  • バークリーを読んで

    と言っても、何十年も前に読みかじっただけで、おもしろかった記憶以外に、ほとんど覚えておりません。
    次のは、バークリーの説とは直接関係ありません。

    たとえば、鏡の前にりんごがあるとします。
    質問 鏡の前のりんごと鏡の中のりんごのどちらが本等のりんご視覚に近いでしょうか。
    答え 鏡の中のりんご。
    理由 鏡の前のりんごには存在感がある。
       でも、りんごの視覚そのものには、存在感はないので、存在感のない鏡の中のりんごが本等の視覚に近いと言えます。

    実験 1、あなたは、たまごを用意して、パックから1つ取り出して割って見せます。
       2、「それじゃあ、もうひとつ割ります」と言って、パックからたまごを出す。
         でも、たまごを手からすべり落とします。
         たまごは、テーブルの上でバンウンドして、地面に落ちて、高くバウンドして、転がりました。
       3、そこで、見てる人に、そのたまごを渡してこう言います。
         「他の人もここに同じたまごがありますので、手にとってごらんください」と言って、用意したたまごを配ります。
         「みなさんがお持ちのは、たまご型のゴムボールです。それを自分の前のテーブルに置いてもらえますか」
       4、「みなさんは、これを見てたまごの存在感を持ちましたね」
         「でも、これが壊れずに、バウンドするのを見て、あれっ、と思ったでしょう」
         「その時、たまごの存在感は消えました」
         「何だろうと思いましたね」
         「一瞬、見えているけど何だかわからない、空白な感じがしたはずです」
         「そして、これをしっかり触ってたしかめたので、みなさんの前のたまごは、ゴムボールの存在感を持っていますね」

    (続く?)

  • イギリスの田舎がなぜ民主主義を育てたのか。

     Googleのストリートビューでイギリスの田舎の風景を見ると、緩やかに起伏した緑豊かな大地を見ることができます。
     その注目すべき特徴は、展望です。
     周囲に広がる展望、しかも歩くに従ってその展望する風景が変化しておもしろい。
     
     想像してください。
     はるか向こうの丘まで行っても、自分の家が振り返れば見えるとき、子どもは孤立感を持つことなく、自由に歩き回ることができるのではないですか。
     アウトドアが楽しいイギリスの田舎で、近代オリンピックが生まれたのはわかるにしても、なぜ民主主義が育ったのか。

     それは、他人の顔がその他人の記憶の絆であるように、人の身体はその人の記憶の絆だからです。
     人と人との絆は、その関係が楽しければ楽しいほど、強くなると考えられます。
     同じように、アウトドアが楽しくて、アウトドアで楽しく過ごす時間が長ければ長いほど身体と記憶の絆は強くなる。

     様々な思想や宗教が言葉を使い様々異なった世界観をつくってきた。
     これに対して、言葉から離れた身体という記憶の絆は、目の前の他人の痛みを素直に受け止める力を育てると共に自然現象を宗教的な世界観から離れて素直に受け止める力を育てた。
     前者は、イギリスに民主主義を育て、後者は自然科学を育てた。

     その特徴はイギリスの経験論哲学に見ることができる。彼らは徹底的に、経験に基づかないイメージを疑った。その代表が、デビット・ヒュームだ。

     私は、ヒューム、ベンサム、バークリーが好きだ。

  • 民主主義を知らない馬鹿たれ赤先公が、教えてるからな‼️
    デモシカどもだからな‼️

  •  批判のための批判など役に立たない

     それでは君はどうしたら良いと言うのか? 代案なしでは何を言ってもそれは批判か批評、はっきり言って愚痴に過ぎないよ。
     具体的な提言をいただきましょうか、学者先生殿。

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