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    今朝、ラジオで「空と海のあいだ」を聞いていて、そう思った。間違いない。筆者は昔、彼女が卒業した高校に勤務していたことがあるが、帯広市内の産科医院のお嬢さんだそうだ。

    天理教のパトロンにもなっているらしいので、彼女の世直し的傾向がうかがわれる。

    神と言っても、インドのカーリー神のような、髪振り乱した破壊の神でもあろう。筆者は今後、彼女の精神を、可能な限り、世に広めることに努めよう・・

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    asz***** 8月17日 19:01

    >>92

    精神史  11  自分史について   

    戦後日本の精神史となると当然、自分史と重なってくる。戦後日本に関する認識と批判は、自分の人生の歩みの蹉跌とそれからの解放の物語や希望と切り離すことは難しい。

    もったいぶらずにはっきり言うと、自分の経験してきた不幸は大部分、時代の条件と関わっている。人間関係・学歴社会・競争社会・いじめ社会。アリストテレスを持ち出すまでもなく、人間とはポリス的存在であって、しかも、これは通常の解釈とは違い、

    個人が社会に影響されるというのではなく、個人にしろ社会にしろ、個人・社会双方に先立つ関係性というものが実在することを前提としている。必然論でも自由意思論でもない。しいて言えば、仏教でいう、父母未生前における自己本来の面目

    の探求だろうか。

  • 精神史 10  内海 聡 の本

    一昨日買ったphp文庫「精神科は今日も、やり放題」は、僕が40年来待ち焦がれてきた「事件」の出現を意味する。これは戦後史のみならずこれまでの人類史の一ページを画す影響力と破壊力を孕んでいる。あえてこの場で紹介する所以である。

    内海氏の存在を以前から知っていたという人もいるのだろうが、僕はそうではなかった。また、
    精神医療の話と、戦後政治・社会史の話はどうつながるかの問いに関しては、「大和魂・愛国心の復権」とだけ言っておこう。

  • 精神史 9  戦術的えげつなさ について

    人種差別と思われるのは心外なので、僕の朝鮮人問題に対する姿勢の理由を書いておく。事の発端は20年ほど前に全国を席巻した「オヤジはくさい」の大キャンペーンだった。

    その前には「週刊現代」(だったと思うが)を舞台に「おじさん改造委員会」なるコラムが数か月続き、オヤジ的価値観の撲滅は人類愛の立場からして正当であるという、フェミニズムむきだしの

    プロパガンダが出現していた。ただ、その手法・戦術として「オヤジはくさい」という手を使うのは、これまでの日本の社会運動の形から見て、かなり異質なことと感じざるを得なかった。

    政治や社会の問題を論じ、公的な運動を推進しようとする者が果たしてこういうエゲツなさを発揮するものなのか、その先例を僕は知らなかった。何か異様なものが裏でうごめいている、この直観は疑問となり、増幅していったわけだ。

    このことは、赤坂真理が「愛と幻想の戦後社会」(いくらか違ってるかもしれない)において「この国には大きな秘密がある」、「得体のしれない不気味さがこの社会の底には存在する」と書いたのと、

    同じ事情と経緯があると思われる。これ以降のことは今までにも言ってきたので重複は避けるが、東アジアの戦後政治の動向と、彼我の国民性の違いなどを勘案して、僕の推測・仮説には、相当の根拠があると思っている。

  • 8の4

    左翼・国籍も定まらぬいかがわしい人種、外国のスパイ・工作員たちの独壇場となっている日本の福祉を彼らの魔手から解放し、真に日本人の弱者の為に奮闘する「保守の福祉勢力」こそがいま最も切望される。

    言ってみれば、「戦後福祉の総決算」ともいうべきものが必要なのだ。戦後政治の総決算を標榜する安部政権がマスコミをはじめとする「戦後民主主義」の旧弊依然たる守旧派から総攻撃を受けているのと同様に、福祉の闇の存在に警鐘

    を鳴らす杉田水脈の存在もまた、「福祉守旧派」の目からは許すべからざる天敵と映じているのである。今日はこのくらいにするが、反論駁論のある方はふるって投稿願いたい。

  • 8の3

    きれいなバラにはトゲがある。美しい話にはたいてい裏がある。悪魔は天使の装いと微笑をたたえて近づいてくる。これらはみな世界の常識、尋常の知性を持った大人の考え方だ。

    平和ボケと呼ばれ、お花畑と称される戦後日本人にしかこうした見え透いた嘘話は通用しない。しかし悲しいかな、福祉の世界はいまだ平和ボケのいわば聖域であって、魑魅魍魎の天国となっている。

  • 8の2

    山ゆり学園の惨劇のように福祉に携わる人間の中にはとんでもない人種も入り込んでいる。これが現実である。福祉を口にすればそれだけで正しい意見であると思い込むのは、大変危険である。

    ノーベル平和賞をもらった I can という団体は、日本のピースボートも参加していて大体そういう傾向の、ということは辻本清美・福島瑞穂という面々から連想されるような連中の集まりである。前回にも言ったことだが、

    今の国連機関、その周辺の国際団体(ノルウエーのノーベル人権賞選定委員会を含む)には「朝鮮人化」の傾向が強まっていることに対して、西尾幹二は警鐘を鳴らしている。

    杉田水脈の発言もこのような文脈において見ていく必要があると思う。

  • 戦後精神史   8(だったかな)  福祉の闇について

    二階幹事長(だったかな)が「自民党の中にはいろんな人生観の人がいる」と釈明したそうだが、世間にはもっと多様な意見がある。福祉性善説に凝り固まるのは危険である。

  • いま、ハンナ・アーレントの「全体主義の起源」を読んでる途中だが、いろいろと勉強になる。その一つとして現在進行中の日本のフェミニズム運動は、フランクフルト学派の先進国型の革命方式論に乗っ取っているわけであるが、

    その大要はグラムシの「現代の君主」にみられる大衆の意識操作、宣伝・広告・マスコミを利用した世論形成における主導権の獲得といった点にある。これはグラムシと同時代に進行していたナチス・ヒトラーの手法のほとんど、パクリといっていい位の

    模倣であって、その意味で現在のフェミニズム、多様性尊重等の運動ははっきり、全体主義の範疇にあるとわかる。

    ここまでは、馬鹿でもわかる。問題はこれからだ。

    さて日本の政治・社会状況がファシズム化していることは自明であるが、そこから一転して、戦後日本の国体は対米従属であると言って(白井、保坂、高橋、半藤)、故に中国やロシアにすり寄ったほうがいいと言わんばかりの姿勢をにじませるというのは、

    アンポンタンと言わねばならぬ。かといってどうしたらいいか、僕はわからない。ただ、安易な二項対立の脊髄反射では埒が明かないことははっきりしている。

    未知の全く新しい問題・危機に直面している、その緊張感の共有にのみ希望はあるはずだ。

  • 「万引き家族」、見てきました。これは、なんというか、問題作というジャンルにおける傑作である。とにかく、いろいろ考えなくちゃいかんなー、という気にさせる力がある。これ以上のことは言えないし言っても意味がない、というくらいの出来には仕上がっている。

    多くの人が見るといい、と思う。

  • うーん、この対話・討論の欠如した板の状況はいかんな。ヤフーの規制の薬が効きすぎてるのかな。

    これではいかん、大いにいかん。この調子では、戦後精神史の最新版に「沈黙の掲示板」の項を加えねばならなくなる。この一つの原因は、ゆとり教育による学力低下だろーな。なんせ、知り合いの上智出の30代の弁護士が渡部昇一の名を知ら

    なかったからね。大衆の無知化、社会の受け身化はやがて来るファシズムの予兆と言っていい。破局に対して無意識裡の準備をしてるのかもしれない。分からないで無くもない。日本社会の底なしの無気力さと腰抜けぶりを見て育った若者に、

    大志を期待するほうが間違いかもしれない。しかし、どんでん返しはやはり来るだろう。こんなはずじゃー、といううれしい驚きのあることを夢想しつつ、今日ももう一杯。

  • もう一つ、

    昨日、図書館へ行くと「1980年代」なる本を見かけた。著者は複数で、高橋源一郎、大沢真幸、左翼フェミニストの面々ということで、いかにもといった感じのことが書いてあるんだろうなと家に帰ってページを開くと、その通りだった。

    80年代のさまざまな事象を網羅的に取り上げてあり、なおかつ学識深い分析がなされている。(やっぱりね)

    しかし私は発見した。どこにもイジメのことが語られてない。なんだお前ら、ハンカクサイんでねーの、と同時にやっぱりね、と納得した次第。

    私が過去、口をすっぱくして言ってきたこと、いじめは左翼フェミニズムの策謀の所産であり従軍慰安婦補償請求と同様、朝鮮人の日本人に対するゆすりたかり・嫌がらせ。また日本人の朝鮮化の結果であるというようなことは、どう考えても、高橋や大沢あたり、

    いう筈ないから、どこを探しても見つからないほど見事にスルーしてある。そして私は思ったのだった、やっぱりねと。

  • ホント、誰も反応しないね。夏バテかな。

    こないだはまだ見てもいないのに「万引き家族」にケチをつけたが、一昨日さるミニシアターに大きなポスター(よりもっと大きな代物)が貼ってあり作家の角田光代が激賞していたので、さっそくシアターのスタッフに向かい、

    万引きを勧めるような映画を上映するのはいかがなものか、全国書店組合や小売業界からの抗議が殺到したらどうするのか、などいらぬおせっかいをして帰った夜の寝床でいや待てよ、この映画はひょっとして大したものかもしれない。

    早い話、目黒の結愛ちゃん事件のような場合、もし俺が泣いてる子供の顔を見てしまったらどうするか、児童相談所に通知したって埒はあかないと知っているのにさて、どうしたものか。

    結論的に言えば、この社会はもう壊れている。行政だ人権だなどは嘘っぱちだ。その中で俺たちはどう生きるのよ?という問いを突き付けているのがこの映画だと思う(まだ観てないけど)。

    そう考えると是枝監督が左翼か在日かという話は別にして、広く今日的状況の問題性に目を開かせてくれる。

    ついでに言うと、僕は偏狭な精神とは縁がなく自称右翼といっても立憲民主党の池田真紀の後援会に入っててこの間も議員会館へ行って寄付をしたくらいであるから、在日でも革マルでも話を交わす用意はある。

    宮崎滔天みたいな感じがいいと思っている。現代だと渡辺京二あたり。

    究極的なことは誰も知らない。だから皆でああでもないこうでもないとやりあうのが上策なのだ。以上。

  • 西尾幹二「保守の真贋」によると「ヨーロッパ人の朝鮮人化」という現象が、国連機関・欧州連合の周囲で進行しているという。国連事務総長に韓国人が就任したこともその一例。

    僕は以前から、日本人の朝鮮人化現象について書きたいと思っていたのでまさに渡りに船のタイミングだった。実は前のほうで言った「80年代論」というのがこの話なのである。また「ウルトラQ」のゾンビ化した日本人というのも、同じことを言っている。

    さらには、拉致事件、国内のいじめ問題の深層にある日朝の外交案件。どれをとっても戦後の東アジアをめぐる国際的謀略と無関係なものはない、と思っている。

    敗戦国・日本イジメなのである。これにどう立ち向かうか?  見ないふりをするか、すすんで朝鮮人化の波に乗るか。さっき書いた臥薪嘗胆は、その答えの一つだ。

  • 今の掲示板はさっぱり元気がないね。あんな奴でもイストランには枯れ木も山のにぎわい的効果があったということか。あーやだやだ。

    気を取り直して、   戦後精神史 6

    今年の映画の話題は是枝監督「万引き家族」だ。作品中に明示はないようだが、テーマは日本の伝統的価値観の破壊を肯定して見せるといったところ。もっと具体的には在日朝鮮人の行動基準の擁護だろう。

    霊岸島一家の一員として朝鮮人の集団的犯罪に立ち向かった若き日の渥美清が見たらなんと言うか。それを思うと今日の日本社会の姿が二重写しになって胸がふさがる。

    ダウアーの「敗北を抱きしめて」というふざけた言い分の本があったが,いま日本人に必要なのは臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の姿勢だ。悔しさに耐える心だ。そこに日本の希望がある。

    チャラチャラしてる自覚すらないらしいボンクラヤングよ、聞いてるか?

  • 本屋の棚にnhk深夜便テキスト・保坂正康の「日本人の昭和精神史」があった。二三度ラジオで聞いたことがあるけど、札幌市柏中学で西部邁の同級生だったとは思えない陰質な左翼ぶりに呆れたものだ。

    僕の精神史は保坂に対抗するつもりはないにしても、化けの皮くらいは剥がせるかなと思う。

  • いけそうなので、  精神史の 5

    その内にどういう因果か共産党準党員・山田洋二のもとで「男はつらいよ」という一寸しょぼい映画に出てみたら、これが大ヒットしたもんだから、松竹も喜んじゃってシリーズ化が決定。

    「男はつらいよ」という言葉の意味は、暴動を制圧した側の渥美が、騒いだ方の山田のもとで仕事しなきゃならない身の不運のこと。

    それが証拠に同時期に封切された阿部公房原作「地図のない街」での渥美の役は、これから自殺しようという暗い顔した男だった。

    「男はつらいよ」の大ヒットは、時代の意識が戦後すぐのあの恐怖感を早くも忘れてしまい、六全協以後のうさん臭い日共・平和路線にころりと騙されたことの証左といえよう。

  • 悔しいから再チャレンジ

    戦後精神史 4 (渥美清と日本社会)

    渥美は霊岸島一家のチンピラとして渋谷事件など、東京を恐怖に陥れた朝鮮人暴動の制圧に奮闘した。当時のダチだった永六輔の引きによってテレビ界に入り、顔に似合わぬサッソーとした男ぶりで人気を博した。

    ここまでが第一段。

    ヤフーのお目にかなうかな。

  • 精神史 4 (男はつらいよと戦後社会)

    渥美清の歩みとそこから見える戦後日本の光景について長文記事を書いたが、ヤフーに拒否された。ヤフーは中共の手先か。

  • 精神史管見 3  (ゾンビ化する日本社会)

    80年代だと思うが、円谷プロ制作のテレビ番組に「ウルトラQ」というのがあって、いじめ地獄のはしりのような地域社会のありさまを描く中で、日本人が知らぬ間に気味の悪い宇宙人になってゆくという状況設定があった。

    そういえば、赤坂真理の戦後日本論の中に、同じような得体のしれぬ薄気味悪さという言葉がある。これも80年代のことだろう。僕はいずれ「80年代論」といったものを誰かが書くことを期待する。

    そのころ一体何があったのか。東西冷戦の終結。ソ連の崩壊。そして北朝鮮では核開発の着手、拉致計画の立ち上げと実行である。その中で、当時の日本人が忘れかけていた昭和20年代の血に飢えた朝鮮人たちの記憶が、うずき始めようとしていた。

    そのデジャヴュ感覚こそ、前述の不安と不気味さの正体だったと思う。この後は大体のところ、桜井誠と同じ話になる。

  • そーなんだよ。浅沼刺殺の山口乙矢、紀州のドンファンの妻も札幌。テロリスト予備軍の温床地帯かも。

    今札幌のネットカフェでこれを書いてるけど、隣になんか変な奴ばっかりいる。刺されるんじゃないかな。このあたりで止めておく。

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