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     江田幹事長は、故橋本竜太郎元総理の政策秘書だった。大蔵大臣の時には、

    バブルが発生したが、日銀の政策への批判がなされず、バブルが頂点に達するまで

    政策秘書は、当時の橋本大蔵大臣に、政策の提言を行わなかった。それで、

    バブルが発生してしまったわけだ。さらに、バブル崩壊の時には、三重野日

    銀総裁の、物価安定下での、強烈な引き締めを、批判することなく、デフレを

    戦後初めて日本に、生じさせてしまったのだ。円高阻止のために、金融引き締めを

    しないとならないときに野放しどころか、短期金利低め誘導を、日銀に

    行わせて、デフレの芽が出てきたときには、引き締めをこれでもかとさせて、

    放任していた。金丸副総裁の「日銀の総裁の首を取ってでも、引き締めを

    やめさせねばならない」と言う発言は、正しかったにも関わらず、動かなかった。

    このために、全治十年のデフレ経済が起きたのだ。

     今度は、インフレターゲット論で、通貨インフレでなく、スタッグフレーションを、

    引き起こそうというのだろうか。これを阻止しないとならない。渡辺喜実代表は、

    何も分かっていないから、同意しているのだろう。これを阻止しないとならない。

    財源が外為特別会計で、出てくると言うが、円高阻止に円資金がどれだけ放

    出されるか、それを回収するのに、米ドルは何れ必要なのだ。米国国債の値

    崩れを引き起こす、行為は許されないことだ。世界経済が高金利に苦しむ

    状況となるからだ。簡単に資金を枯渇させられるわけがない、国際通貨基金

    の警告を守る方が正しいと言うべきだろう。

     基本的な政策に間違いがあるから、これを知らしむる他ないだろう。

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  • 次々に実態が暴露されていく!


        醜悪な見るに堪えない真実の姿が・・・


    衆人環視の中、それが白日のもとに晒されることをヘイトスピーチというのです。


    いったい誰にとって耐えがたいスピーチなのか・・・
    事実を事実と指摘するだけで・・・

    最大の在日特権とは???
    それは、一切批判をされないということ。
    自分たちに向けられたいかなる批判も許さないということ。
    そしてあらゆる自分たちへの批判を受け付けないということ。

    なぜならば、自分たちは日本の社会、法律、文化等あらゆるものから超越した存在であるからと。
    それは、自分たち在日は特別な被害者、歴史的な被害者であるという妄想に取りつかれそれを固く信じ込むことで、やっとの思いで自分たちの存在をかろうじて支えているという揺るぎない現実があるから。

    戦後、日本の歴史そのもの、日本の存在自体そのものを徹頭徹尾加害者=悪=差別者に仕立て上げ、その結果としての自分たちの被害者=弱者=抑圧されし者としての特権的な特別の存在を、祭り上げることに成功したのです。

    従って、在日に対するどんな形での批判も、在日が少しでも不利になるいかなる事実の暴露・報道も問答無用で
    ヘイトスピーチとなるのです。
    そして、このタブーに対しほんの少しでも挑戦を試みようとすれば、在日はマスメディアまで動員し、一斉に”差別・偏見の助長”になるという呪文を、日本人に浴びせかけてくるのです。

    自分たち在日は永遠に日本人から批判されることのない超越的な特別な存在であると固く信じ切ってきましたが・・・
    そのタブーというか、在日特権が戦後ようやく70年にして、今、打ち破られようとしています。

    それは彼ら在日が、長年日本人に浴びせかけていた呪文の毒気が、さすがに勢いを失い衰え始めたからです。
    多くの日本人がこの催眠術から目覚め始め、自己を取り戻しつつあるからです。
    在日は被害者ではないと。強制連行などなかったと気づき始めたからであります。

    在日の皆さん、あなた方は決して特別な存在ではありません!!
    いかなる批判からも防御されるべきアンタッチャブルな時代は、もう終わりました!!

    神に呪われた、そして神をも憎むルサンチマンはもうやめにしませんか・・・
    かえって、ますます不幸になるばかりですよ!!

    みんなの党政策は日本崩壊への道 次々に実態が暴露されていく!        醜悪な見るに堪えない真実の姿が・・・   衆人環視の中、

  • なんでこうなるんねえ???・・・




          パニックです!!!



              大混乱必至です!!!




    一人でも行うこともできます!!


         


            「住民監査請求」





    在日による年金代わりの生活保護受給!




           そこには不正はないの?




                 その額年間1800億円!


             




    これは「地方公共団体の財政への監査請求」であり、当該地方公共団体の区域内に住所を有する者であれば誰でもできますし、一人でも行うこともできます。「生活保護予算」は国が4分の3を負担し、4分の1を地方自治体が負担しますが、実はこの金額が「億単位」です。


     たとえば東京都23区で生活保護世帯が最も多い足立区。平成24年度に都が調査した集計では1万7921世帯が生活保護世帯。この数字から類推される生活保護費が376億円。これの4分の1が足立区の独自負担分だとすると94億円。(実際にはこの額には医療費と東京都の負担分は含まれてはいません) それにしても毎年100億円近い金額が「生活保護費」として消費されます。


    おまけに、東京は大阪と並んで「外国人生活保護の受給比率が高い」ので、仮に10%が外国人だとすると「10億円」。最高裁で「外国人の生活保護は違法」と判断されているわけですから、十分、「住民監査請求」の対象になります。これは足立区の住民の方はやってみて欲しいですね。少なくとも、「外国人の生活保護申請は許されない」という警鐘にはなります。http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kiban/chosa_tokei/nenpou/2012.files/24fukushi06.pdf


    そもそも、「生活保護法」とは「資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する方に対し、困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、その自立を助長する制度」なんです。これは「自立を助長する制度」なんです。ずっとそのままもらい続ける制度ではないんです。 もちろん、老後のための年金制度ではありません。


    年金に関して言うと、「在日韓国朝鮮人の方は、年金の掛け金を払わなかった」んです。「掛け金」は日本においても払えたし、韓国においても払えたにもかかわらず、金を惜しんで払わなかったのが在日韓国朝鮮人の方の実態なんです。本来、無年金になったのは、完全な自己責任です。それが今「悪知恵」を働かせて、「日本の生活保護を悪用」しているんです。



      生活保護の無期限援用は、まじめな年金納付者を愚弄する!

    みんなの党政策は日本崩壊への道 なんでこうなるんねえ???・・・           パニックです!!!              

  • 日の丸の国旗には、靴で踏みつけた跡が、いくつも・・・



    聞くに堪えないヘイトスピーチを

    がなり立てる与太者在日 ↓


    "日本を徹底的に粉砕せよ! 粉砕せよ!!”



    日本橋高島屋前で。

    ヘイトスピーチを放置していていいのかあああーーー!!!

    みんなの党政策は日本崩壊への道 日の丸の国旗には、靴で踏みつけた跡が、いくつも・・・    聞くに堪えないヘイトスピーチを   がな

  • 誰が一体決めるのでしょうかね???





    忌避語とか禁止語とか・・・





    私は、支・那という言葉に蔑称の意味は全くないと思います。
    語源は、いろいろな説がありますが、大唐西域記を著した玄奘三蔵法師の仏典の漢訳がその源と考えています。

    玄奘法師は、7世紀インドに渡りナーランダ学院で本格的に仏教を学びました。サンスクリット語で書かれた仏典=教科書では、中国のことをチナと呼んでいました。これは初めて中国全土を統一した始皇帝の秦から来たものと思われます。唐に帰国した玄奘は、仏典の漢訳に励み、このチナを支・那と訳しました。

    元来、中国では、固有の”中国”という意識はなく、隋、唐、宋、明等の国号で呼んでいました。太平天国の乱の時の洪秀全のあの有名なスローガンも”滅満興漢”でした。

    中国近代革命の父と呼ばれる孫文は、初めて中国国家という概念を革命理論に持ち込み、最初は支・那という言葉を使用しました。その後、中華という言葉を意識し、興中会なるものを組織しました。

    現在の中国政府系の英字新聞では、たとえば、米中会談をSINOーUS Talking
    と表現し、めったにChinaという単語を使いません。SINOとは支・那のことです。皆さんもよく街中で、SINO TRANS と表示された大きなコンテナがトレラーにひかれて運ばれているのを見かけませんか。SINO TRANSとは中華運輸という意味になるかと。

    中国の方は、会社の名前にほとんどといっていいほど、SINOという言葉を冠とします。SINO=支・那とは中華そのものを指すことばであり、彼らはSINOという言葉に異常なほどまでに、誇りを持っています。CHINAという言葉に、中華という意味は全くないといっていいでしょう。

    ただ、”チャ・ンころ”という言葉は、これは明らかに蔑称かと思います。これは「中国人」を中国語で「ちょんこぉれん」「ちゅんこぉれん」と発音することから、それを耳にした日本人が蔑称の意味で「ちゃん・ころ」と、呼んだものと思われます。

    話は変わりますが。日本のマスコミは、まず満州という言葉を使用しません。代わりに東北三省と言います。中国の方は、外国の方と英語で話をするとき、この東北三省をなんというのでしょうか。ノースイースト スリー プロビンスでは、まず外国人に通用しないかと。

    英国の権威ある百科事典のブリティッシュ エンサイクロピディアにも、マンチューと載っています。
    満州のという意味では、マンチュリアンと言います。昔、ベンチャーズの曲で、マンチュリアン ギターというのがありましたよね。結構流行りましたが。満州人のギターという意味ですが。

    日本人が、満州という言葉をことさら避けるのは、いかがなものかと思いますが・・・

    みんなの党政策は日本崩壊への道 誰が一体決めるのでしょうかね???       忌避語とか禁止語とか・・・      私は、支・那と

  • 知財戦略の一環、



           著作権について



    共産主義(コミュニズム)、共和国(リパブリック)、大統領(プレジデント)などなど、
    明治の日本の翻訳家が日本語に翻訳した言葉が、そのまま中国、韓国、北朝鮮で使われています。特に北朝鮮は、共和国という言葉がお気に入りのようですし、片や、韓国では相も変わらず大統領という言葉を使い続けています。

    朝鮮語でありがとうございますは、カムサハムニダです。
    実はこれ、和製朝鮮語すなわち日本語なのです。日本語の感謝を単に朝鮮風に発音し、朝鮮語の助詞を付けただけにすぎません。朝鮮古来のありがとうございますは、今では誰も使いません。

    そのほか、経済、政治、文化、哲学、数学、化学、裁判、検察、教育、社会、憲法・・・
    などなど枚強にいとまがないほど日本語が中国、韓国、北朝鮮で日常的に使われています。
    これらは、戦前日本にきた留学生たちが本国に持ち帰ったものです。戦後の日本の外務官僚が、ユナイテッド ネイションズ=UNを戦時中の連合国から、国際連合と詐欺まがいの訳語を作ったとろろ、この言葉さえこの三国は無批判的に自国に密輸入しました。

    戦後、これら三国は歴史の清算を錦の御旗に掲げ日帝残滓の撲滅に血眼になりましたが、どうして日本語を徹底的に追放しようとしてこなかったのでしょうか???


    それはさておき!
    ところで、言葉そのものに著作権を主張できるか?
    残念ながら、法学者の大多数がNOと答えています。

    では、文=単文に著作権はあるか?
    これまた、大多数の法学者が否定的です。

    但しCM=宣伝で使われる単語やキャッチフレーズを黙って盗用すると、著作権ではなく不正競争防止法違反で告発される可能性はあります。
    (ここでは単語にかかわる商標権・意匠権については割愛させていただきます。)

    しかし、複数の連続した文=文章になると、著作権が生じるというのが法学者の主流派の見解です。ですから、小説の文章=一節を盗用すると著作権侵害で訴えられることになるかと。

    ところでところで。
    日本には日本独特の長い長い伝統を持つ短文学があります。はいそうです。
    和歌=短歌や俳句です。

    短歌や俳句に著作権はあるか?
    ほとんどの法学者が、短歌や俳句には著作権があるという認識でいます。

    では、単なる一文と、短歌や俳句を法律上明確に区別することは可能なのでしょうか???
    最近は文学的見地から見ても、単なる一文と短歌や俳句を区別することが、次第に困難になってきておりますが・・・

    みんなの党政策は日本崩壊への道 知財戦略の一環、            著作権について    共産主義(コミュニズム)、共和国(リパ

  • ホー・チ・ミン軍ベトナム独立同盟(ベトミン)に参加した元日本兵たち

    2005年9月20日の産経新聞

     ベトナムで敗戦を迎えた元日本兵が、ホー・チ・ミン率いるベトナム独立同盟(ベトミン)に参加、独立を目指した抗仏戦争(第1次インドシナ戦争、1946―54年)を共に戦ったことを公に認知する動きがベトナム国内で出ている。

    元日本兵の存在はベトナムでは「封印された歴史」だったが、ハノイ大で昨年、研究会が2度開かれたほか、複数のベトナム紙も元日本兵の貢献を大きく報じた。

    8月7日付のベトナム紙ティエンフォンは「ホーおじさん(ホー・チ・ミン)の兵士になった日本兵」の見出しで日本兵が教官を務めたベトナム初の陸軍士官学校元幹部の手記を大きく掲載。

    「近代的な軍に変わろうとしていたベトミン軍には日本兵の支援が必要だった」などと指摘し、ベトミンに大量の武器を供与した井川省(いがわ・せい)少佐や陸軍士官学校教官の中原光信(なかはら・みつのぶ)少尉ら功績のあった元日本兵数人を実名で報じた。

    抗仏戦争で多くの元日本兵が死亡し、「革命烈士」の称号を贈られた人がいることも紹介した。40年にベトナムに進駐した旧日本軍をめぐっては、これまでは「侵略軍」として断罪されることが多かった。

    近年、両国の経済関係が緊密化する中で、大阪経済法科大の井川一久(いがわ・かずひさ)客員教授らが、残留日本兵の功績を認めるようベトナム政府に強く働き掛けてきたことなどが元日本兵認知の背景にある。

    井川教授によると、ベトミンに参加した元日本兵は約600人。(1)敗戦で日本の将来を悲観した(2)現地に恋人がいた(3)抗仏戦を決意したベトナム人への共感―などが理由という。元日本兵は「新ベトナム人」と呼ばれ、ベトミン軍に軍事訓練などを指導して共に戦い、約半数が戦病死したとみられている。

    54年のジュネーブ協定締結により抗仏戦争が終結した後、150人以上が日本に帰国した。井川教授は「抗仏戦を有利に展開する決定的な役割を日本兵が果たしたことを歴史として残さなければならない」と述べ、ベトナムに資料館をつくる活動を進めている。

    ハノイ郊外の革命烈士をまつる英雄墓地に葬られている元日本兵たち ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 ホー・チ・ミン軍ベトナム独立同盟(ベトミン)に参加した元日本兵たち  2005年9月20日の産経新聞

  • 韓国 自ら崩壊していく嘘の数々


    朴正煕政府が売春女性を慰安婦と呼び管理=韓国議員が資料公開

    2013/11/11(月) サーチナ

      韓国野党・民主党のユ・スンヒ議員は6日に行われた女性家族省の国政監査で、朴正煕時代に国が米軍兵を相手に売春する女性らを直接管理し、女性らを“慰安婦”を呼んでいたことを示す資料を公開した。複数の韓国メディアが報じた。

      国政監査でユ議員は、「米軍慰安婦という言葉を聞いたことがあるか」と発言。「国が(米軍慰安婦を)組織的に主導した証拠がある」と述べ、国家記録院から提出を受けた資料「基地村浄化対策」を発表した。同資料は1977年4月に作成されたもので、表紙に朴正煕大統領の直筆サインがある。

      発表によると、資料には、当時政府が全国62カ所の基地村に9935人の女性が暮らしていたことを把握し、浄化政策の一環として基地村に専用アパートを建てる計画があったことなどが記されている。当時の被害者の証言によると、専用アパートの建設は、公娼として認めることになるとの論争が起きたことで白紙化したという。

      ユ議員はまた、各地域に基地村の女性を強制的に収容する「性病管理所」があったとし、関連する条例や登記簿謄本を公開した。この中の議政府市の条例改定案には、「国連軍駐屯地域の慰安婦のうち、性別保菌者を検診、探し出して収容治療や保険・教養教育を実施する」との記述があった。

      ユ議員は、「基地村の女性に対して“慰安婦”という用語を使用し、強制収容して治療を行っていたことが明らかとなった」と述べた。強制収容治療では性病が完治するまでペニシリン注射が行われ、この過程でペニシリン・ショックを起こして死亡する女性は多かったという。

      ユ議員は韓国政府に「軍独裁時代に行われた人権侵害や過ちを認めるべきだ」とし、被害女性の実態調査に乗り出すよう求めた。(編集担当:新川悠)

    http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=1111&f=national_1111_017.shtml

    http://www.hani.co.kr/arti/society/women/610074.html (韓国語)

    在韓米軍慰安婦たち ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 韓国 自ら崩壊していく嘘の数々    朴正煕政府が売春女性を慰安婦と呼び管理=韓国議員が資料公開

  • 李登輝先生の「靖国論」

    当時の軍隊の中では、
    「死んだら靖国で会おうな」と普通に会話していた。
    台湾出身であろうが、朝鮮出身であろうが、
    同じ日本の兵士として御国のために命を捧げ、
    死んだら靖国神社で会おうというのが、
    私たちの日常の感覚だった。


    戦死したら当然 靖国神社に祀られるはずだったのだ。
    それが裏切られるとはつゆほども疑わなかった。
    一種の安心感の源だったのだ。

    先ほども述べたように人様々だから、
    今となってはそんなことも思い出したくない人が
    いても不思議ではない。
    だが私はそうだったのだ。
    だから今なぜ「靖国神社問題」が起きているのか、
    私には理解できない。
    日本人はまた中国共産党の謀略に引っかかっているのではないか。

    国のために戦い死んだ兵士、指導者を悼み、
    参拝するのがなぜ悪いのか。
    彼らが取った手段や判断に批判があっても良い。
    すべてを正当化するわけではない。
    批判は批判としてあるべきだろう。

    しかしいま 我々が生きている国を守ろうと
    命を捧げてくれた人に対して、
    感謝の気持ちを 抱くことのどこが悪いのだろうう。

    昭和20年ルソン島で戦死した兄、李登欽も靖国神社に祀られている。
    私はそれが今でも兄とつながる支えだ。


    李登輝元台湾総統

    靖国神社を参拝される李登輝先生 ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 李登輝先生の「靖国論」   当時の軍隊の中では、 「死んだら靖国で会おうな」と普通に会話していた。

  • エスニック・クレンジングってご存知ですか??? 




    洗国とは、支・那大陸において「他国」を乗っ取る際の手法のことで、まずは国内の流民を数十万人規模で「対象国」に移住させます。当初は「外国人労働者」として、いずれは「外国移民」として、膨大な支・那人を送り込み、現地に同化させていきます。やがて、支・那から官僚が送り込まれ、その国・地域を「中国(国名は色々ありますが)」支配下に置くわけです。

     現在、チベットやウイグル(東トルキスタン)で行われているのが、まさにこれです。チベット人男性やウイグル人男性を中国国内に散らばらせ、現地に同化させる。さらに漢人をチベットやウイグルに送り込み、現地の女性と結婚させ、これまた同化させる。やがては、現在の満州(旧:女真族の国)同様に、国境線を実質的に消滅させ、支・那の一部として支配を始める。これが洗国です。

     今風に言えば、民族浄化(エスニック・クレンジング)でございまして、明らかに国際犯罪です。とはいえ、現実に中国共産党はチベット人やウイグル人に対する洗国をほぼ完成させ、台湾にもじわじわと浸透していっています。

    「外国移民じゃないんだ。まあ、少しくらい外国人が増えるのは仕方がないか。しかも、来るのは『高度人材』なんだし・・・」
     などと安易に受け止めていると、いつの間にか我が国に居住する中国人が100万人、200万人に増大し(すでに70万人)、そして彼らが「国防動員法」により、中国共産党の事実上の管理下にあるという話になれば、まさに日本の「安全保障」が危機に瀕することになります(すでに相当深刻ですが)。そのような事態になっても、日本の構造改革主義者の皆様は、自由競争だ、市場原理だと浮ついたことを言っていられるのでしょうか。

     実質賃金低下の問題に加え、中国側が我が国の「高度人材ポイント制による出入国管理上の優遇制度」利用し、洗国を仕掛けている可能性が「ゼロではない」以上、外国人労働者受け入れ策に反対せざるを得ないのです。

    中国官憲により無残に虐殺されたウィグルの人たち ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 エスニック・クレンジングってご存知ですか???      洗国とは、支・那大陸において「他国」を乗っ

  •  この議員、嫌韓はレベルの低い日本人と発言。
    世間では、知韓・嫌韓・呆韓 一色です。

    近年、マスコミの不正報道が信じられなくなった
    普通の日本人が、ネットで真実を知った。
    これまでに詐取された莫大な血税の行方・売春婦問題。

    戦後70年経過し、解決済の戦後補修 声高に言う韓国
    今なお反日教育に精を出し。日本人韓国客には汚物入り食品の提供。
    ぼったくり、反日無罪の名のもと日本人は被害を被っている。

    東京オリンピック卑劣妨害事件・天皇侮辱事件・在日凶悪犯罪
    余りにも常軌を逸脱した、民族への嫌韓行動を程度が低いとは
    この議員、日本人かそれとも売国議員か?  普通のおばさん。

  • 土下座しろおーー!!




    "日帝時代の公然たる土地収奪はなかった。"
    "慰安婦強制動員したという客観的な資料は一つもない。"
    "慰安婦の営業者の半分は朝鮮人だった。彼らがどんな権力を持って動員したでしょうか。"
    "今日私たちが幸せになれた基礎を過去に侵略した人がしてくれれば拒否しない。"

     このような話は日本学者らがしたのではない。 我が国代表的な学会要人という人がTV放送に出演して遠慮なくした話だ。

     アン・ビョンジク ニューライト財団理事長は6日MBC <ニュース現場> 'ニュース焦点'コーナーに出演してファン・ホン アンカーとのインタビューでこのように話した。インタビューが進行される間ファン アンカーは当惑する表情を隠せなかったし、インタビューの後にはMBC製作スタッフに向かって視聴者たちの抗議電話が激しかった。

    インタビュー後、MBCに抗議電話殺到
     MBC製作スタッフは"インタビュー以後数多くの抗議電話がかかってきた。製作スタッフに対する激励電話もあったが大部分は'そのような人がどのように歴史を指導するか' 'どのようにそのような考えを持てるか' '最初から日本に送れ'という内容だった"と明らかにした。


    李 栄薫(イ・ヨンフン、1951年9月10日 - )は大韓民国の経済史学者。ソウル大学経済学教授・落星台経済研究所所長。経済史学会会長・韓国古文書学会会長も務めていた。1985年に博士号を取得している。

     安秉直・李大根らと李氏朝鮮時代から現代にかけての韓国の経済史を研究している。特に植民地支配下の朝鮮経済の研究で知られ、「日本による植民地時代に韓国が土地と食糧を収奪されたという韓国史教科書の著述は歪曲されたものだ」という主張を提起し、「私たちが植民地時代について知っている韓国人の集団的記憶は多くの場合、作られたもので、教育されたものだ」としている。

     たびたび韓国では植民地支配を肯定する植民地近代化論者・新親日派だと批判されている。

     2004年9月2日文化放送の100分討論に出演して"従軍慰安婦が朝鮮総督府の強制動員でなく韓国人の自発的に参加でなされた 商業的公娼"という趣旨の発言をすることによって日帝植民統治を称賛して慰安婦おばあさんらを侮辱したという論議にまきこまれた。

    この教授は"挺身隊関連日本資料を見れば犯罪行為は権力だけでなされたのではなく参加する多くの民間人らがいた"として"韓国女性たちを管理したことは韓国業者主人らでその名簿がある"と主張して従軍慰安婦問題を売春と同一視した。

    これにより教授職辞任を要求され、学会追放の運動がマスコミや反日勢力を中心に激しく巻き起こり、危機的状況に追い込まれたイ・ヨンフンは以後自身の主張が事実と違うと釈明しなければいけない事態となり、更にマスコミ公開で10分間も土下座をさせられ40分間も慰安婦おばあさんによる大声の罵倒を黙って聞かされた。

     2006年12月1日高校生用《韓国近現代史代案教科書》で4・19革命を《4・19学生運動》’で、5・16軍事政変を《5・16革命》’で記述して論議を呼び起こした《教科書フォーラム》のシンポジウムで4・19民主革命会、4・19革命功労者会、4・19革命犠牲者遺族会会員30人余りに暴行を受けた。

    この教科書は2008年3月24日内容を修正して出版した。この教科書はイ・ヨンフン以外にパク・ヒョジョンなどの教授が参加した。

    2008年11月25日ソウル市教育庁の"現代史特講"で講師で配分されたが、"親日派論議が起きるとすぐに排除された。

    2007年5月25日 大韓民国の話を出版した。小説アリランは捏造、日帝が土地を強奪したのは嘘だと書いてまたも強い批判を受ける。

    自称元慰安婦たちに土下座させられるイ・ヨンフン教授 ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 土下座しろおーー!!     "日帝時代の公然たる土地収奪はなかった。"   &

  • 善良なる者を排斥し、狡猾なるものを用いて維新の大業を中断した!!






            宗臣としてこれを座視できない!!






       邪悪な輩を追い出し、維新の大技をなして500年の宗社を護ろう!!







    19世紀末、日清戦争で日本が勝利した後、三国干渉があり、日本が屈服すると朝鮮の親日派は動揺し、閔妃一派がロシアに接近し、再び力を持つようになります。

    この当時、王宮を護衛していたのは米国人指揮下の侍衛隊でしたが、ロシアは親日派一掃のため、日本人教官に訓練された「訓練隊」を廃止して武器を押収しようとしました。訓練隊は激昂します。閔妃一派では朝鮮の西太后といわれる閔妃(ミンビ、びんぴ)が実権を持っており、訓練隊は在韓日本有志と反閔妃で連合します。

    明治28年10月7日、朝鮮政府が訓練隊解散と武装解除を通告してくると、8日早朝、訓練隊と日韓有志は国王の父、大院君を擁して王宮に入ろうとし、侍衛隊と衝突します。この騒乱の中、閔妃が殺害されます。こうして再び革命政府が樹立されることになります。

    大院君の檄文
    「近年、閔妃を中心とする一派が善良なる者を排斥し、狡猾なるものを用いて維新の大業を中断した。ゆえに500年の宗社(国家のこと)一刻も猶予なき危機に直面している。余は宗臣としてこれを座視できない。したがって、このたび入闕(にゅうけつ)して大君主をお守りし、邪悪な輩を追い出し、維新の大技をなして500年の宗社を護ろうとするものである」

    歴史の流れとしては日清戦争の日本の勝利によって維新の流れになったものの、ロシアと通じて閔妃一派が改革を元にもどしはじめその不満が乙未事変となり、再び改革路線へ向かいました。

    このところ、NHKやテレ朝がこの閔妃殺害を日本人、三浦公使らの犯行として大々的に宣伝しており、NHKなどは「坂之上の雲」のドラマ中に原作には書かれていないのにわざわざ唐突に捏造シナリオを挿入するという悪質なことまで行いました。

    プロジェクトJAPANでも捏造偏向報道をやったそうです。テレ朝などは「このこと反日感情の根底」などという大嘘を番組で述べています。歴史的に誰が手を下したか、日本の有志?訓練隊?というのはあまり意味がないのですが、日本人と決め付けてプロパガンダを撒き散らしています。

    とにかく日本人に贖罪意識を植え込ませる並々ならぬ意欲が感じられます。実際には殺害は訓練隊の禹範善(ウ・ボムソン)によるものと思われ(自白している)、日本人が外国人要人を直接手にかけたとは考えにくいです。三国干渉の直後で国際問題としてこじれると困ったことになります。

    もちろん戦闘に慣れた三浦公使(陸軍中将)が作戦指揮したことは十分考えられます。しかし、日本軍人が関与しなくてもなんらか形を変えて同様の事件がおきたでしょう。

    この事件では朝鮮側の処断は厳しいものでした。訓練隊は解散させられ、同隊長・李斗(王黄)、禹範善は休職を命じられ、閔妃殺害は嫌疑者33名を逮捕して裁判を行った結果、李周会ら3名を処刑しました。

    李周会は三浦公使が日本で下獄(監獄にぶち込まれること)されたことを聞くと「日本のわが国に尽くすこと国を挙げて至らざるなし。この事変に会し、多数志士の拘送を見るに至る。義としてこれを看過すべきにあらず」といって、縛につき、刑場の露と消えました。日韓同志は固い絆で結ばれていたのです。

    閔妃は死後、大院君の提言で 身分を剥奪され平民に格下げされました。しかし、その後、特命全権公使の井上馨の尽力によって「明成皇后」という謚号がつけられ贈り皇族に戻しています。これらのことをマスコミは、意図的に隠しているでしょう。


    <余談>
    直接の 閔妃殺害犯と言われている訓練隊大隊長の禹範善(ウ・ボムソン)のお孫娘さんが、現京セラ名誉会長稲盛氏の奥様であられます。

    閔妃排斥に全力を挙げた国父大院君 ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 善良なる者を排斥し、狡猾なるものを用いて維新の大業を中断した!!                 宗

  • 何が問題なのだ!!





                      生きていくために日本へ行くんだ!!





                   それが精神的“強制連行”だ!!




    『朝日新聞』1955年8月18日「65万人(警視庁公安三課調べ)の在日朝鮮人のうち密入国者が10万人を超えているといわれ、東京入国管理局管内(1都8県)では、この昨年中のべ1000人が密入出国で捕まった。全国ではこのざっと10倍になり、捕まらないのはそのまた数倍に上るだろうという」

    また、『朝日新聞』1959年6月16日「密入出国をしたまま登録をしていない朝鮮人がかなりいると見られているが、警視庁は約20万人ともいわれ、実際どのくらいいるかの見方はマチマチだ」また、『朝日新聞』1959年12月15日天声人語「韓国から日本に逃亡してくる者は月平均五、六百人もある。昭和二十一年から昨年末までに密入国でつかまった者が五万二千人、未逮捕一万五千人で、密入国の実数はその数倍とみられる」また、『産経新聞』1950年6月28日には、「終戦後、我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、在日朝鮮人推定80万人の中の半分をしめているとさえいわれる」という記事が掲載されている。

    当時の総理大臣である吉田茂も「在日朝鮮人に対する措置」文書(1949年)において、在日朝鮮人の半数は不法入国者で、大多数の朝鮮人は日本経済の復興に全く貢献せず、多くは法の常習的違反者で、共産主義者など政治犯罪を犯す傾向が強く、常時7000名以上が獄中にいるという状態であることを伝えている。

    <韓国による在日朝鮮人密入国者送還拒否>
    1952年5月12日、法務省は朝鮮人410人を韓国に強制送還したが、韓国政府は125人の引き取りを拒否し日本に送り返したため、逆送還者は大村収容所に収容された。逆送還者は収容所からの即時釈放を要求、これに在日朝鮮統一民主戦線が同調して「逆送還者奪還闘争」が開始され、1952年11月11日には暴動が発生した(大村収容所事件)。

    1955年(昭和30年)12月8日の第23回国会衆議院法務委員会では、韓国は日本政府が摘発した密入国者や犯罪者の送還を拒否し、さらにこれらを日本国内で釈放し居住させるよう要求していたことが明かされた。

    同会議で入国管理局長内田藤雄は、当時日本の刑務所にいる犯罪者約6万の1割が朝鮮人であり、凶悪な犯罪者は出入国管理令二十四条第四項リ号に基づき退去強制したが、韓国政府が「戦前からいる朝鮮人は日本に永住権があり、日本が一方的に退去強制するのは妥当でない」として引き取りに応じないため収容が長期化していると語った。当時、通常の国家であれば一月以内に相手国が引き取るので収容生活は短期で済んだ。

    また、李承晩ラインを超えたとして拿捕抑留された日本人漁民を韓国は引き渡さないという背景もあるなか、韓国は日本人漁民の釈放と引き換えに朝鮮人犯罪者を釈放せよと要請した。内田入国管理局長は「こういうことで一歩退いて一つの既成事実を作られますと、それを種にして将来非常に悪い朝鮮人でも退去させることができない、実際上これらの者に対する管理行政上非常な支障を来たすおそれがある」ので、当局としては反対すると答弁した。

    下は、1959年の朝日新聞記事。 ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 何が問題なのだ!!                         生きていくために日本へ行くんだ!

  • 実に悲惨・・・





           66パーセントが保菌者





              在韓米軍慰安婦たちはその後、どうなったのか・・・





    ソウル市警では市社会局に
     「国連軍相手慰安婦性病管理士業界」計画によって
     三日から国連軍相手慰安婦の登録を
     官下一線署に伝達して実施している。
     今回の登録対象は
     ▲法的婚姻関係がなく
      ただ一人の外国人と同居している女性
     ▲国連軍相手慰安婦など

    ■東亜日報1959年10月18日付
     korea1678282_20140218112535785.jpg
     慰安婦の66%が(性病)保菌者
     接客女人検診で判明

    みんなの党政策は日本崩壊への道 実に悲惨・・・             66パーセントが保菌者                 在韓

  • 都合の悪い本なので・・・発売を禁止したのでしょう





            でも、アメリカでは優良図書に選ばれ





    中学校用の教材として多くの学校で使用されています





    「ヨーコの話」として知られる、
    「竹の森遠く」 (So Far from the Bamboo Grove) は、
    米兵と結婚し、現在はアメリカ・マサチューセッツ州在住の
    川嶋擁子さんこと、ヨーコ・カワシマ・ワトキンズさんによる自伝作品です。


    作者のヨーコさん自身が11歳だった第二次世界大戦の終戦時に体験した
    朝鮮半島北部の羅南からソウル、釜山を経て日本へ帰国する際、
    また帰国後の、悲惨な状況を描いています。

    「So Far from the Bamboo Grove」は経験を溶かし表した作品として、
    1986年ニューヨークタイムス「今年の本」に選定され、同じ年、
    米国英文学の教師委員会の「教師が選んだ良い本」を受賞し、
    米国教科課程の必読書として数多い青少年達に愛読されています。


    戦争の悲惨さを訴える資料として、
    アメリカでは優良図書に選ばれ中学校用の教材として
    多くの学校で使用されています。

    「竹の森遠く」は、1986年にアメリカで出版されました。
    2005年に韓国でも「ヨーコ物語」という題名で出版されていますが
    後に発売中止となりました。
    韓国にとって都合の悪い本なので、韓国政府は発売を禁止したのでしょう。

    この本の内容は、大東亜戦争末期、朝鮮半島からの引き揚げ時、
    当時11才であったヨーコさんと家族が目撃した史実が書かれています。
    韓国人らに追い回されて命からがら日本へ逃げ、
    韓国を抜けだす過程で日本人が韓国人に強姦され、
    暴力により日本人の人々が死んで行った目撃談です。

    「So Far from the Bamboo Grove」は、
    1987年から、アメリカの学校で
    社会科の教科書として採用されています。


    続編の「My brother my sister and I」も、
    ニューヨーク・タイムズ最高賞、
    Publishers Weekly最高賞等、多くの賞を受賞しています。

    彼女の著書と講演に感動した多くの学生達の推薦により、
    1999年には、ピース・アビーから平和賞が贈られました。
    この賞は、世界的に有名なガンジーやマザーテレサ等、
    平和に貢献した人達に贈られる賞です。

    下は作者の川嶋擁子さんです。 ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 都合の悪い本なので・・・発売を禁止したのでしょう              でも、アメリカでは優良図

  • ソフトな語り口で・・・




               強引なことが書かれている!!




                    怖い本だと思います。バカにはできません。!!




    ●鄭大均(ていたいきん)
    1948年、岩手県にて韓国人の父と日本人の母の間に二世として生まれる。アメリカや韓国、日本で多角的に学びながら、2000年代に入り「在日論」に取り組む。首都大学東京・人文科学研究科教授。

    ――今回の『姜尚中を批判する』では、姜氏の自伝的作品『在日』などをサンプルとして読み進めながら人間像を浮かび上がらせる形をとられています。例えば『在日』の中の次の一文。<わたしは、一世たちの思いを後世に伝えねば、と思う。わたし自身の半生を振り返ることによって、その思いを少しでも感じてほしい。在日二世、姜尚中を知ることによって......>

    鄭 これはでたらめか妄想か。さもなくば、ある種の戦略ということになるのでしょうが、わたしの見るところ、これはなかなか戦略的に書かれた本で、怖い本だと思います。バカにはできません。

    ――姜尚中氏はテレビで見る限りソフトな語り口が印象的ですが、こうして本を読み解くと、強引なことが書かれていることに気づかされます。

    鄭 『在日』にはこういう記述があります。姜氏にはナイーブな部分とふてぶてしい部分が同居していて、こうした「分裂質的なわたしの性格が、父母とわたしを取り巻いてきた『在日』の環境からなにがしかの影響をこうむったことは間違いない」と。自分の「分裂質的」な性格を「在日」との因果関係で語るのですが、これはずいぶん強引な文章ですね。

    ――ちなみに、その後の記述でも「分裂質的」な性格は母親にもあり、なぜかそれも「在日」という環境が原因だと書いています。

    鄭 
    分裂質的な性格を説明したいなら、「在日」などというわけの分からない環境因子に触れるより、母の兄弟に似たような事例はないのかとか、姜家の遺伝因子でも調べた方が科学的でしょう。在日に分裂質的な人間が多いなどという証拠があるわけではないんですから。

    しかしそうした点には一切触れず、「わたしの勝手な解釈もしれないが」とか「思わざるをえない」などという婉曲話法を用いて、結局は在日の犠牲者性や被害者性を語ってしまう。

    ――お行儀よく丁寧な文章に見えますが、どう客観的に読んでも、言っていることは身勝手で恣意的であるとの印象を強く受けます。

    鄭 上辺は丁寧でソフトだけど中身は極めて身勝手。彼は中学生のころに友人の吃音を真似ているうちに自分も吃音になってしまったというが、これも「在日」のせいだというわけです。

    ――その記述があります。<小林秀雄は日本人とは日本語という母胎にくるまれた存在で、その母胎を通じて日本的な美意識の世界を形づくってきた(略)わたしはある意味でその母胎となる共同体から拒絶されている感覚を持ち続けざるを得なかったのである。そのはじき出されるような違和感が、身体化され、吃音となって表出したのではないか>。......こうなると、オカルトですね。

    鄭 自らの吃音を語るのに小林秀雄を持ち出すのは知的なセンスですね(笑)。しかし、「在日」という言葉をなんの定義もないまま使い続けるのは知的というより魔術的です。「在日(コリアン)」という場合、わたしなら戦前から日本に住み続ける朝鮮半島出身者およびその子孫のうち、現在でも韓国・朝鮮籍を有する特別永住者を指して原則的には使う。

    ということは、その多くが二世や三世によって構成される40万人弱の特別永住者を指すもので、これは法的なカテゴリーです。そこに文化的ないしは社会的性格なぞ何もない。ところが、彼に言わせると「在日」という集団には、どうやら犠牲者性という性格が共有されているらしい。

    ――最後にお伺いします。先に批判された『朝鮮人強制連行の記録』と姜氏の『在日』を、同じ「在日論」というカテゴリーにおいてどう比較されていますか?

    鄭 在日論は、日本人の心に歴史的負い目を植えつけるとともに、国際社会では日本を否定的に語るときに手軽に使えるアイテムとなっています。姜氏の『在日』は、数ある在日論の中でも、その犠牲者性がほとんど究極まで高められたような作品で、しかも氏は時代の寵児ですから影響力もある。黙っているわけにはいきませんね。


    この人が理性の人と言われる鄭大均氏 ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 ソフトな語り口で・・・                強引なことが書かれている!!         

  • 1894年~1895年の日清戦争を知っていますか??







        では、その結果結ばれた下関条約第二条を、ご存知ですか??







            それに歓喜の涙を流した国の方々を、ご存知ですか??








    明より王朝交代に伴う国号変更の要請をうけた李成桂は、重臣達と共に国号変更を計画し、洪武帝が「国号はどう改めるのか、すみやかに知らせよ」といってきたので、高麗のほうでは「朝鮮」(貢ぎ物の少ない国、朝の静けさの国)と「和寧」(平和の国)の二つの候補を準備して洪武帝に選んでもらった。


    「和寧」は北元の本拠地カラコルムの別名であったので、洪武帝は、むかし前漢の武帝にほろぼされた王国の名前である「朝鮮」を選んだ、そして李成桂を権知朝鮮国事に封じたことにより朝鮮を国号とした。和寧と言うのは李成桂の出身地の名であり、現在では国号の本命ではなかったとの意見が多い。壬午事変後に作成された国旗には「大清国属高麗国旗」と明記された。


    というわけで、韓国の人は、朝鮮という言い方をことのほか、嫌がります。朝鮮というのは、中国から押し着せられた国号であると。


    日清戦争後、下関条約が結ばれました。その第2条で、朝鮮の清国よりの独立が明記されました。それを聞いた李氏朝鮮は、歓喜の涙を流し、即座に国号を大韓帝国と変更いたしました。そして、民族の恥辱の象徴であった、迎恩門を叩き壊し、そこに西洋風の独立門を建立しました。
    今まで、中国の使者に対し、迎恩門で朝鮮国王が、3回ひざまづき、9回頭を地にこすりつけいたのを、やらなくてもよくなったからです。

    これが、下関条約の原本です。
    国立公文書館資料センターに保管されています。 ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 1894年~1895年の日清戦争を知っていますか??            では、その結果結ばれた下

  • 見習うべきです!!



    これは、模範解答です!!!



    他人が何を言おうと





          われわれが内輪で万歳を叫べばそれまで





                理性的な態度が求められるとき





                     非理性的な行動を取る





    韓国の最大新聞社である「朝鮮日報」も、安倍政権成立後、安倍総理を侮辱し、日本の放射能をあおりまくっていましたが、ここにきて「日本に全面降伏」の論調に変わってきました。 もちろんこれは朝鮮人流の「処世術」であって「本心」ではありませんが・・・・。 少し長めの記事ですが、一部転載します。日本のマスゴミが決して書かない興味深いことも書かれていますよ!
         
    <以下引用記事>
     <中略>

     日本帝国主義による被害を受けた東南アジア各国も日本軍の再登場を喜んでいる。 日本の侵略軍との戦争で多くの血が流されたフィリピンの外相もメディアのインタビューで、日本の再武装を「とても歓迎している」と語っている状況だ。 今や世界で日本の集団的自衛権に反対している国は韓国と中国しかない印象だ。

    <中略>

      ところで、韓国は今、そういう道を歩んでいるだろうか。1965年6月22日に結ばれた韓日基本条約と同時に、 韓日は請求権に関する問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」との点で合意した。 「1945年8月15日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする」とも明記された。

     韓国は当時受け取った3億ドルの経済協力資金で浦項総合製鉄(現ポスコ)の製鉄所、京釜高速道路、発電所を建設し、 経済の奇跡の足掛かりを築いた。ところが、韓国の裁判所は最近、日本に再び賠償を命じる判決を下した。 韓国と同様の内容で日本と請求権協定を結んだアジア4カ国ではそういうことは起きていない。 韓国が日本帝国主義によって受けた被害が他国よりはるかに大きいのは事実だが、 国際社会は韓国を状況次第で国際的な約束まで覆す国として捉えているようだ。

     <中略>

     この腹立たしい現実は結局韓国自身のせいと言わざるを得ない。 興奮しやすく感情的な気質、理性的な態度が求められるときに非理性的な行動を取ること、 他人が何を言おうと、われわれが内輪で万歳を叫べばそれまでという態度、これらを放置していては日本をめぐる問題は克服できない。

    <中略>                 (朝鮮日報)2013/11/13 11:09http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/11/13/2013111301243.html

    <引用終了>

     さて、「朝鮮日報」の記事を簡単にまとめますと、

    ・日本の集団的自衛権行使に世界は賛成し、反対しているの中国と韓国の2ヶ国しかない。
    ・国別の好感度を評価する国際調査で、日本は常にトップ圏内に入る。
    ・韓国は、状況次第で国際的な約束まで覆(くつがえ)す国として世界はみなしている。
    ・日本の放射能を騒いでいるのは韓国だけで、日本は2020東京オリンピックの招致にも成功。
    ・韓国人が世界で認められないのは、「興奮しやすく感情的な気質、理性的な態度が求められるときに非理性的な行動を取り 他人が何を言おうと、われわれが内輪で万歳を叫べばそれまでという態度」をとっているから。wwそのとおり!
    ・韓国人は「合理性、理性、礼儀、冷静さ」を持つべきだ。


     注目すべきは、「朝鮮日報」の記事の中の、

    1965年6月22日に結ばれた韓日基本条約と同時に、 韓日は請求権に関する問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」との点で合意した。 「1945年8月15日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする」とも明記された。

     という指摘は、日本側マスゴミがあえて「書かない」重要な指摘ですね。特に 「1945年8月15日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする」とも明記された。」 の部分に関しては、韓国側が騒いでいる「戦時売春婦」や「工場労働などの挺身隊勤務」の「賠償請求の法的根拠のなさ」にまで言及しています。 これは、日本側もきちんと確認していくことが重要です。

     ある意味、「朝鮮日報」の記事は、「日本はこういうことで韓国側に反論すべし」という模範解答を送っているようにさえ見えます。

    韓国はいずれこうなる ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 見習うべきです!!    これは、模範解答です!!!    他人が何を言おうと           

  • >>150


    誰も読まないトピずれの書き込みは偏執狂の疑いあり!!!

    ハンドルネームを変えてもすぐ判る。

    人の迷惑を考えない意見は一読の価値もない!!!

    狂人の戯言化???

  • これを知らずして、戦後の日韓史を語るなかれ!!






     第一大邦丸事件(だいいちだいほうまるじけん)とは、1952年2月4日に公海上(済州島沖20マイルの農林漁区第284漁区と思われる海域)で操業中であった福岡の漁船『第一大邦丸(57トン)』及び『第二大邦丸(57トン)』が、韓国の漁船『第一昌運号』及び『第二昌運号』(各約55トン)を利用した韓国海軍によって銃撃、拿捕され、その際に第一大邦丸漁撈長であった瀬戸重次郎(34)が被弾して死亡した事件である。


    1952年1月18日、韓国は李承晩ラインを設定し、竹島、対馬及びその周辺海域における韓国の主権を主張し始めた。

     1953年1月22日に、第一大邦丸及び第二大邦丸は、福岡を出航し2月4日には二百八十四農林漁区で操業していた。

     同日午前7時ごろに、第一大邦丸の南西より韓国の漁船である第一昌運号及び第二昌運号が北上して接近してきた。そして日本語で「魚は獲れますか」と話してきた。韓国船はそのまま行過ぎ、付近で停止して操業(を装って日本船を監視)していた。

     しばらくして第一大邦丸が揚網作業に入ると、そのとき船尾から30メートル程度の距離にあった韓国船が、自動小銃で第一大邦丸への銃撃を開始した。

     日本側二隻は逃走を開始したが、8時15分には第二大邦丸が拿捕され、逃走していた第一大邦丸も銃撃が熾烈で、逃走を断念した。この時操舵室内に坐っていた漁撈長は、後頭部左側より銃撃をうけ、意識不明となる。第一大邦丸は8時30分に拿捕され、第一昌運号の船員に「翰林に行け」と日本語で命令された。

     同船は11時30分に済州島の翰林面に入港させられ、日本人船員は憲兵によって警察に引き渡され、船内の目ぼしい私物、装備及び漁獲物は警察に没収された。その際に日本人船員側が憲兵に対して負傷者がある旨を伝えたので、船員は翰林面の高医院に収容された。

     高医院とは名ばかりの医院で病室はもちろん設備も全く無く、医師は見ただけで「これは駄目だ」といって漁撈長の手当てを拒否した。船員たちは警察に行き軍病院かどこかへの入院を依頼した。

     しかし警察は「我々は軍の命令によって行動したのであって、我々に責任はない」と拒絶した。そこで船員たちは憲兵隊へ行き、病院への収容を再度依頼したが、憲兵隊長に「盲貫銃創だからとても駄目だ」と言われて再度拒否された。

    船員側の度重なる依頼の末、軍病院への入院が許可された。その際に「車は直ぐ来ますから」と言われたため、船員はそのまま漁撈長の元へ行った。

     病院までの搬送の間に漁撈長が死なないように、医者にリンゲルの注射を求めたが、医者はリンゲルは高価だと躊躇。結局船員が私物を売り払って金を払う約束をしてリンゲルを一本射ってもらった。

     しかし韓国側は結局車を出さず漁撈長を放置し、漁撈長は2月6日の23時に死亡した。翌日漁撈長の遺体は命中弾が軍のものか警察のものか判明させる為に韓国側によって解剖され、結果憲兵の銃撃によるものであることが判明した。

     同日より警察に火葬の手配を頼んだが黙殺され、船員は残った私物の一部を売り払って葬儀一式を整え、足りない薪を付近の松の枝などで補ってさらに翌日に火葬した。

     2月9日から、船員は全員警察署の前の防空団詰所に監禁された。詰所は約4畳の広さで、そこに18人が監禁され、食料は一切支給されなかった為、船内食料で食いつないでいた。

    この際に韓国は自国の領海は島と島を結んだ線から計測されると主張した。これは群島基線に基づく主張であるが、韓国は群島国家であると主張していないため国際法的には無効であると思われる。

     この後、警察は船員に対して領海侵犯をしたという嘘の調書をハングルで作成し、これに捺印させ、日本への通知とした。しかし、海図を出して調べるときには丁字定規一本とたばこ及びマッチを以て測るという具合に適当に作成された調書の矛盾より公海上の事件であった事がわかり、佐世保の朝鮮沿岸封鎖護衛艦隊司令官グリッチ少将が、李承晩に会見を求め、これに対して李承晩は遺憾の意を表し、第一大邦丸の釈放に応じた。
    問題点
    • 民間船に対する無警告攻撃行為
    • 当初より明確な軍事行為目的を持っていた。外務委員会連合審査会によると、韓国船2隻には乗組員各12名のほか、憲兵1、特務隊員1、情報隊員1、警邏4、5名が分乗していた。
    • 拿捕後の取調べ時の虐待的取り扱い。食料を与えない、過剰な人口密度等、ジュネーヴ条約違反の疑いは払拭できない。

    下は、不当に抑留された日本人漁船員たち ↓

    みんなの党政策は日本崩壊への道 これを知らずして、戦後の日韓史を語るなかれ!!        第一大邦丸事件(だいいちだいほうまるじ

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