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  • 1931年の「満州事変」後に出現した「満州国」については、我々が中高生のころに学校で習った「左翼系の」歴史教科書では、日本の侵略の結果できた「傀儡国家」で満州の現地人にとっては何にもいいことがなかったというような書かれ方をされていたような記憶があります。
    しかし様々な書物で書かれてることを総合すると、現地人にとっても当時の中国本土に比べればはるかに暮らしやすい国であったことがわかります。「王道楽土」というキャッチフレーズは「決して宣伝過多ではなかった」と言えます。
    しかしたとえ「現地人にとっても良い国であった」としても、中国や欧米諸国の多くが反対していたのにゴリ押しして造った国であったということもまた事実です。
    これらについて様々な意見があると思います。
    左の意見から右の意見までいろいろな主張を投稿してください。

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  • >>16

    >この歴史で日本により中国は深刻な災難に陥り、この歴史に謝罪反省しないと、日本の未来はまずいよ、20年以内に中国は日本の十倍のちから持つ国になるから、歴史上の中日力関係とは全然違う、

    あのなぁ、お前らシナ人の祖先は幾度、ユーラシア大陸の他の国を侵略してきたかわかっているのかね?
    逆に異民族に侵略され支配された歴史がシナの歴史だが、そのたびに侵略し支配した異民族に謝罪を求めたのかね?

    それよりもお前らのシナは、戦勝国じゃなかったのか?
    戦勝国ちゅうのは、戦いに敗れても最終的には勝利したとの歴史を捏造するもんだが、南京では「30万人」もの人民を国民軍は守れずに大虐殺された、だから謝れちゅうのか? どこが戦勝国なのだ! 戦いに負けた敗戦国の間抜けた姿そのものではないか!

    それにだ20年以内にシナは日本の10倍の力を持つ国?
    ま、人口はいまでも10倍だが、要は20以内にいまの日本人と同じような豊かさと幸せを享受できるようになるちゅうわけだ!
    で、一人っ子政策によって10年以内に一人のシナの子供が4人の親を養うことになるのだが、それは無視かな?
    それとも親を殺すかね?(笑) 実に幸せな国ですなシナは!(笑)

  • >>1

    そこは日本の侵略で作った国、中国満族の発祥地であり、満族は中国で王朝を建ってる時代から、そちらに移民を禁じる政策を取っている、だからその地域は極めて人口少ない、未開発のところである、当時四億もなっている中国で、そちらにいる人口は十万人もない、満族も何百年の中国中での民族融和の末、9割以上の人口は満州以外の中国地域で定住となって、自分の言葉と文化も失っていた、今中国いる千万の満族は満族語を分かるは人は千人もない、生活文化は漢族とほとんど変わらない。
    要するには、清王朝の末期、人口の拡大伴い、政治経済の崩壊に年々大変食糧不足の状態、政府の管理力も弱くなり、満州隣に河北山東省から大量の人口は生きるためそちらに移民、日本軍は満族皇帝を迎え、そちらに満州国を立ってる時、すでに9割以上の人口は外来の中国人である、独立国を作るのはそもそも無理はある、とは言え日本軍の統制で一日も独立していない。
    日本軍はそちらの占領は14年間ある、この間、この地域に大規模な戦争なく、比べて他の中国地域は14年間ずっと戦争混乱状態であり、もちろんそちらに生活ことはより少し良い感じ。
    この歴史で日本により中国は深刻な災難に陥り、この歴史に謝罪反省しないと、日本の未来はまずいよ、20年以内に中国は日本の十倍のちから持つ国になるから、歴史上の中日力関係とは全然違う、安倍君のようなバカは歴史経験からの野望は危ないことを日本人は理解すべき。

  • NHKスペシャルの「 日本人はなぜ戦争へと向かったのか」(中)によると、これまでの通説と異なり、松岡洋介は国際連盟脱退には大反対で、本庁命令で仕方なく脱退した経緯がある。日本は国際連盟脱退以降に国際的な孤立を深め、現在のイランや北朝鮮のような犯罪国家と国際社会からみられたが、外務省の満州国非難決議に対する対応のまずさが、日本を戦争へと向かわせた一因であるといえる。

  • >>8

    追加です。

    日本の敗戦とともに、ソ連軍と中国共産党軍が満州国を侵略してきた時に、時の王(元清国皇帝)愛新覚羅溥傑と溥儀は日本へ亡命すべく計画しましたが、ソ連に捕まり日本軍同様にシベリア抑留させられました。
    その他の要人たちは、関東軍が必死で守ろうと対抗しましたが殺されました。

    その後、1000人ほどの日本人シベリア抑留者が、中国共産党が侵略した満州の「撫順」へ引き渡された時に、愛新覚羅兄弟たちも同じ刑務所(人間改造所)に送られています。

    そして、撫順で「人間改造(洗脳)」された元日本軍は日本に帰還して「南京大虐殺」のもとになる証言をすることになりました。 それが「中帰連」です。
    後に、日本共産党や元朝日新聞記者の本多勝一などは「撫順の奇蹟」などと中国共産党を礼賛しています。

  • >>1

    「大清帝国」の後継が「満州国」です。
    そもそも、シナ大陸には「国家」というのは存在していなくて、「清国」とは王朝の呼称です。
    シナとは欧州が大陸の呼び名として「China」と勝手につけたものです。
    「満州」とは地域の呼称で、「清国」の女真族(後に満州族と呼ぶ)の故郷みたいなものです。

    シナ大陸はイギリスやフランス、ドイツなどの欧州の侵略によって虫食い状態でしたが、一番酷かったのはロシアの侵略でした。
    日露戦争でロシアに勝利した日本は、満州を清国に取り戻してあげました。

    しかし、その後ロシア革命によって、シナや日本、朝鮮半島にも共産主義が入り込むようになりました。
    そして、シナは「辛亥革命」が起こり、シナは「中華民国」となったのです。
    この時、共産主義者どもに追われた清国の皇帝は日本の大使館に逃げ込み、そのまま匿われることになります。

    その後、日本は皇帝の故郷である満州に「満州国」の建国を手助けしたのです。
    そして、満州国の発展と安全のために、関東軍を設置したのです(もともと関東軍は満州鉄道を警備する目的だったそうですが)。

    「満州国は日本の傀儡だった」とよく言われますが、これは、戦後できた中華人民共和国(共産主義者)のいう主張です。 本当のところは、日本が敗戦した後にソ連と中国共産党、朝鮮人義勇軍が「満州国」を侵略して、後に中国が満州を中国東北部として吸収してしまいました。
    今、一般的に「チャイナドレス」と知られているものは、実は満州族の伝統的衣装であって、漢民族のものではありません。
    因みに、日本共産党も加担していますので、中国と同じ論調で「日本軍が中国を侵略した、植民地支配した」と言い張っています。

  • あなたの言うとおり「民族浄化」と呼んでいいと思いますが、島国の日本でも千数百年ほど昔、皇室の祖先が日本を統一する途上では、大陸の異民族同士の相克と同様の「虐殺」と「民族浄化」があったと推察されます。そのような過程を経て「単一の日本民族」になっていった。
    記録が残ってることとしては、桓武天皇の時代、東北地方の蝦夷(エミシ)の首長アテルイが京都まで送還されて無残な処刑をされたり、古代に編纂された「風土記」では、大和朝廷の軍の虐殺があったことを彷彿とさせる地名が残っていたりなどがある。ただしこうした記録は残されなかったものが圧倒的に多かったのでしょう。
    しかしだからと言って、大部分の日本人は皇室を非難することはしません。遠い昔のことであるし、「権力」を手放した皇室を「権威」の象徴として残したことこそ、日本の政権争奪闘争が大陸諸国家(中国・朝鮮・欧州・イスラムなど)と比べて相対的に穏やかであるための安全装置になっているからです。

  • >>4

    正しくは「民族浄化」されたと言うべきでしょう。ごくたまにテレビで満州族だと言う人物を見る事も有るが、全て支那語を話し名前も支那人の名前です。これでは元満州族だと言っても全く信憑性は無い。しかも日本人がその信憑性を勝手に調査なんかできる訳も無い。

  • >>2

    「漢族に吸収された」というのが正しい。
    歴史的に見ても、漢族には周辺諸民族の血が確実に混ざっている。
    島国に住んでいる日本人にはピンとこないが、大陸の異民族同士は凄惨な殺し合いもするが通婚もする。
    政治的な虐殺だけが起こってるわけではない。
    華流ドラマの「朱元璋」で主役の朱元璋を演じた俳優は「満州族」らしい。

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