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  • つい先日まで、
    幾つかの地域で、
    昼カラオケ専門のお店を経営してきた。
    通称、歌の広場というやつだ。

    地域ナンバーワンの繁盛店に達成出来たと確認が出来たら、
    他の地域へと引っ越した。
    そして再び、
    その引越し先の地域でナンバーワンの繁盛店になるまでお店を育て上げたものだった。

    私は現在でも独身者だ。
    その理由は明確だ。
    恋に生き続けたいからだ。

    数百人の独身女性たちとのつかの間の美しい思い出と、
    様々な輝かしい実績を自分なりに残してきたつもりだ。

    新しい世界への旅立ちの記念として、
    過去の出来事の一部を書き残して行きたい。

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  • お店の常連さんの中にはセールスマンの方もいた。
    大部分は定年退職をした方たちだった。
    お店に来店して下さるのは嬉しかったのだが、
    常連の単身女性客に付きまとうのには悩まされたものだった。
    その事実を知ったのは、
    主に常連客A子さんやB子さんの証言からだった。

    当時50代のWさんは、
    外回りの仕事をしていた。
    毎日のように来店をしてくれていたのだが、
    それには目的があったようだった。
    お目当ての女性が来店していた時には、
    自分がそのお客さんよりも先にお店を出て、
    その女性が帰宅するのをある場所に隠れて待っていたのだった。
    そして偶然を装い近付き、食事に誘うのだった。
    同じような被害者が大勢いたので、その作戦がバレてしまった。

    Wさんは、僕がお店を畳むまで通い続けたお客さんの一人だった。
    出入り禁止にするのは可愛そうだったので、
    僕は黙認を続けていた。
    オーナーの営業する夜間営業にも顔を出していたらしい。
    どこか憎めないようなタイプの人だった。

    A子さんもB子さんも当時深い関係にあったので、
    Wさんが来店していても、お店には通ってくれていた。
    彼女たちの大人の対応には学ぶものさえあった。
    Wさんの長所は、見切りのいいところにあったと思った。

  • 連日ほぼ満席状態だった。
    開店時間の11時前に来店をして、
    お弁当や旅行のお土産を持ってきてくれるお客さんまでいたのが嬉しかった。

    開店1時間前後前にお店に来て、
    身の上話しをされる小奇麗な女性もいた。
    お話しをお聞きするだけで大金を置いて行ってくれていた。
    話の内容はいつも決まっていて、
    旦那さんの介護に関するものだった。
    まだまだ若い彼女は色々と持て余している様子だった。

    お酒に誘われたのがキッカケで、
    数ヵ月後、彼女とは深い関係にまで発展した。
    月一くらいのペースで、
    お店が終わってから某デパートの休憩所で待ち合わせをして、
    密度の濃い時間を共有した。

    旦那さんには義理は感じているが、
    愛情は一切無いと言い切っていた。
    その時初めて、女性は恐ろしいと思った。

    脳梗塞で倒れる寸前までは、
    一代で数十億の財産を築き上げた豪腕社長だったらしい。
    裕福で魅力的な彼女に群がる男性は多かったらしい。
    年下の僕は一緒にいて安心することが出来るので、
    大切な存在だとお褒めの言葉をいただいた。
    彼女には子供はいなかった。

  • お客さんとして来てくれていた女性たちの何人かとは、
    深い関係にまで発展していた。
    そんな彼女たちは、
    頻繁にお客としてもお店に通ってくれて売上げに協力をしてくれていた。
    ガールフレンド同士がバッティングをしてしまう日もあった。
    淑女だけを選ばせていただきお付き合いをしていたので、
    同時進行がバレてしまうことはなかった。

    中にはそのガールフレンドの女性を目当てに通ってくれている男性客もいたみたいだった。
    年上女性が好みだった僕にとっては、
    何もかもが噛み合っていたようだった。

    子供のいなかった40代の未亡人のA子さんには特にいつも甘えさせていただいていた。
    肉感的なボディが眩しかった。

  • クチコミでお客さんの数はどんどんと増えて行った。
    セミプロ級のお客さんたちの溜まり場にもなりつつあった。
    高級マイクの成せる技であったのかもしれない。
    スピーカーも最初は2個だったのを、
    後から買い足して合計7個までに増やした。
    それも良かったのかもしれなかった。

    セミプロ級のお客さんの歌を聴きに来るお客さんも現れだした。
    歯車が上手く噛み合い出したような感触すら感じていた。

    お客さんにはあまり気を使わせないお店作りを目指していた。
    接客はいつも自然体に任せていた。

  • お客さんの数は日増しに増えて行った。
    お友達がそのまたお友達を呼んでくれたりもしていた。

    お店は連日盛況だった。
    店主が女性ならば男性客が多く、
    男性ならば女性客が多いのも特徴だった。

    お客さんは当時20代だった僕をとても可愛がってくれた。
    お店が終わってからお酒に誘ってくれた未亡人もいた。
    それがキッカケとなり、交際にまで発展した人もいた。

    総売上の約半分近くが未亡人たちからのチップだった。
    独りで遊びに来ている口の固そうな相手だけを交際相手に選んだことが勝因だったのだろう。

  • 記念すべき最初のお客さんは、
    60代の主婦だった。
    ずっと地元に住んでいる人で、
    コーラスとカラオケ教室にも通っていると言っていた。

    彼女が最初に唄ったのは、
    日野美歌の恋慕だった。
    歌唱力はそれ程でもなかったが、
    リズム感は平均点以上であった。

    ろくでなし、
    愛の賛歌、
    サントワマミー、
    水色のワルツ、
    明日川、
    ポップス系の曲がお好みのお客さんだった。

    外見的には地味な感じであったが、
    性格的には過激な一面を持ち合わしているようであった。
    その後、カラオケ教室の仲間を連れて来店を繰り返してくれていた。
    多い時で10人前後の仲間たちを誘って来店してくれたりもしていた。

  • そこは50代の夫婦が経営をしていた普通のスナックだった。
    カラオケは第一興商のレーザーディスクを使用していた。
    音響は特に悪くも良くもなかったが、
    マイクと24番のレーザーディスクだけは自分で持参をした。

    通常の24番のディスクは全曲が過激な画像で作成されていたからだ。
    新しく作成されたものには一切過激なな作品はなかった。
    特に人気があった恋の奴隷や愛の園を唄いに、
    わざわざと他店から唄いに来てくれた熱心な女性のお客さんも中にはいた。
    過激な画像は男性たちからは比較的に受けが良かったが、
    女性たちからは不評だった。
    持参した新しい24番のディスクは、
    プレーヤーの空いているスペースに収納していた。

    お客さんの男女比は、2対8くらいの割合で、
    圧倒的に女性の方が多かった。
    年齢は30代から70代までと幅広かった。
    その中には単身者も多く含まれていた。

  • 他人の褌で相撲を取ることが悪いことだとは一概にはいえないと思う。
    俺のやり方は全部がそんな感じだった。
    音響が良く少し広いスナックを、
    昼間だけ借りて営業をしていた。
    ただし家賃と光熱費だけは高額で契約をした。
    お互いに細かいことは抜きにお付き合いをしたいと考えていたからだ。

    お店の広さにもよるが、
    最初に借りたお店は、
    カウンター席に8人、
    テーブル席に20人くらい座れる標準的なスペースだった。

    家賃は光熱費込みで13万円支払っていた。

  • 早いものでもう6年間の月日が流れ去ろうとしている。
    先日までと書いたが、
    正確には6年前までということになる。
    それだけ月日の流れるのは早いともいえる。

    現在は専業投資家として、
    日々悪戦苦闘を繰り返している状況だ。

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