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>>223

編集手帳10/1
人を批判したり、たしなめたりするときに用いられる慣用句はいくつもある。
<馬鹿の一つ覚え><貪すれば鈍す><三日坊主>など挙げていけばキリがない◆物事の細部に気を取られ全体を見るのを忘れる<木を見て森を見ず>も、そうだろう。この〇責専用の慣用句に新解釈を施し、賛辞として使ってみたい
誘惑に駆られている。プロ野球パリーグで優勝した日本ハムの選手を見ていて、
である◆一時は、ソフトバンクに11・5差をつけられた。相手が11連敗し、
自身が11連勝しても追いつけないほどの大差である◆客観情勢という「森」を見渡せば、道を開拓する心は〇えたにちがいない。その日その日の対戦相手
というその「木」だけを見つめ、目の前の1本を切り倒すことに精魂を傾けての
大逆転である。森を見ず、木を見よ、野球に限らず、スポーツに限らず、絶望的な〇勢に立たされたときの戦い方を教わった気がする◆歴史的学者津田左右吉の歌を思い出す。<明日いかならむは知らず今日の身の今日するわざにわがいのちあり>。北の大地の誇り高き“木こり軍団”よ。おめでとう。
11・5ゲームもあったんだよ!!スゲーのひと言だ
本当におめでとうそれこそ”メイクドラマ”だ!!
お盆のころからだっけか!!

  • >>224

    編集手帳10/8
    阪田三吉は亡き妻の名前を呼んで慟哭する。「小春・・・わいはまた負けた。
    もうあかん」。京都市の名刹、天竜寺の境内にある。「迎え、迎えに来てくれッ」。
    北條秀司の戯曲『王将』第三幕である◆将棋の「関西名人」の阪田が関東の雄
    花田長太郎と会いまみえたのは約80年前、1937年(昭和12年)の春である。世に”天龍寺の決戦“として名高い◆反逆の棋風で知られた伝説の棋士
    阪田にとって、天龍寺は生涯で最後の大舞台となった。芝居は芝居であり、
    事実そのままではないとしても、敗北の苦しい涙は戯曲の通りであったろう
    ◆その天龍寺で竜王戦第一局が今月15日から始まる。寺の名前といい、法堂の
    天井に描かれた加山又造画伯の『雲竜図』といい、竜王戦にはお似合いの舞台だろう。渡辺明竜王と挑戦者の三浦弘行九段には、阪田・花田戦に劣らぬ熱戦を期待している◆小欄の書棚にある『王将』は以前、古書店で見つけた。著者が知人に贈ったものか、扉に直筆の一句がある。<いつおはるわが山旅ぞ霧の音 秀司>。ひとり盤に向かい、黙々と研鑽を積む棋士の姿が目に浮かぶような句である。
    来週週末は父と2人だ・母が長崎でいない!!
    地獄だといわれ!!