ここから本文です
  • <<
  • 48 24
  • >>
  • ずいぶん前ですが、ソウルに行ったとき、街のあちらこちらに十字架を見かけました。
    キリスト教会がこんなに多いのかと思いました。
    あとで調べてみたら、プロテスタントとカトリック信者を合わせたら仏教の人口を上回っていることがわかりました。プロテスタントが20パーセント位いるとのことです。

    韓国国民は、竹島の日本人を皆殺ししたことを正当化したり、従軍慰安婦強制連行の件でも嘘八百を並べ立て、真実を見ようなどという考えは全くありません。とことん、日本人を悪者にしようという意識しかないのです。
    キリストの教えまで捻じ曲げてしまい、あれで天国に行けると信じているのだから狂っているとしか思えません。

    偽牧師に偽クリスチャンたちが、今日も従軍慰安婦の強制連行が事実であったということを世界中に拡散しようとしています。思考停止が正しいとする聖書の教えでは、真実を追求することが出来ません。「信じれば救われる」ですから、お話になりません(>_<)

  • >>46

    今日は台湾の総統選挙です。
    私は民進党の蔡英文さんに勝ってもらいたいです。
    親日派の彼女が総統になれば、日本と台湾の友好関係がより深まりそうです。

    一方、国民党の朱立倫さんが総統になれば、中台関係は目先だけ良くなると思いますが、総合的に見ると台湾国民の不利益になり、日台関係も冷え込むと思います。尖閣諸島の件では、台湾は中国寄りの姿勢を見せることになりそうな感じです(>_<) 日本にとっては警戒すべき相手になるでしょう。

    中国が経済破綻でもしない限り、中国共産党の領土拡大姿勢は継続すると思われます。
    中国にとっては、台湾総統は国民党の朱立倫さんでなければ都合が悪くなるので、この選挙が無事に終わってくれるかどうか心配です。

  • 沖縄県民は翁長知事を支持してますけど、どうしてなのか意味がわかりません。
    住宅街にある飛行場って、移転できるものなら移転したほうが良いと思います。
    辺野古の飛行場は、飛行機が海から入って海に出て行くようになっており、騒音面でも安全面でも普天間飛行場より
    も良い環境です。その上、基地面積は三分の一になります。

    子供達のことを考えたら、早く移転するべきです。
    沖縄県民のほとんどが反対するのは、やはりお金が欲しいからなのでしょうか?
    悲しいけど、それ以外にありませんよね(>_<)

  • 中国のような国の通貨をSDRに認めるなんて、IMFはどうかしてます。
    今後、無法国家がどんどん力をつけていくことになりそうです。
    正義が通用しない社会とか世界とかになっていくのを黙って見ているしかないなんて、悲しいですよね。
    神さまと関係ないお話になってしましました。

  • >>43

    騙される人々には私たちが何を言ってもムダだと思います。
    本人達もそれで満足しているみたいなのでどうにもなりませんよね(^▽^)

    日本は仏教国ですし、そのような環境で育った我々がその習慣を捨てるにはかなり勇気がいると思います。
    ましてや先祖代々続いているとなればなおさらですよね。
    3万円、続けていくしかなさそうですね(>_<)

  • >>39

    古代遺跡の神殿ですが、どれもこれもその時代に生きた権力者が建てた物です。
    末端の全ての民がそれらの宗教にのめり込んでいたとは言えないと思います。
    心に自由を持っていた人々は少数かもしれませんが世界中にいたのです。
    その点は、今も昔もたいして変わらないと思います。今でも、いろんな宗教がそれなりにすごい建造物を建てていますし、それぞれ信者を抱えています。それを未来からの視点で見れば似たようなものです。
    ただ、大昔のものについては今のように情報がないので、神秘的なものに見えてしまうので注意が必要です。

    お金のために何でもする人達は、どの時代にも、どの世界にも存在していました。
    騙す側も騙される側も、悪いのですが、何故か、神は自由にやらせています。
    そのへんは神のみぞ知るところで、人間にはわかりません。

  • 京都の観光寺社などほとんどが宗教とは縁どおいものとなっています もちろんまじめに宗教を実践しているお寺も神社もありますそういうところはもともと一般人に拝観させませんし金もとりません。
    京都の東本願寺や西本願寺さんなどは荘厳なお堂のなかに誰差別なく受け入れて仏さまに手を合わせることができるのですむろんお金などとりません、京都には他にもこういうお寺や神社もたくさんあるのですけど
    なぜか善男善女は金とるほうへとながれていくのです。私は京都に生まれ育って今日にいたってますけど
    京都にいながら真剣に宗教を考えたことがないのです 憐れな男なのかもしれません。
    京都はどこへ行ってもお寺と神社があります朝夕にお寺の鐘の音を聞きながら大きくなってきましたけど
    なぜか信仰心が希薄なのです。罰当たりなことですけど。

  • >>38

    人類のことを考えてみましょう、何百年前に人類が発生したころ地球の自然は今のように穏やかではなく
    火山爆発 大地震 大雨 大洪水 大津波など人類にとって地球自然はあまりにも過酷で人々はその恐ろしさから逃れるためにおそらく天にむかって祈りをささげてきたのではないでしょうか、人間ではどうにもできない大自然の脅威。世界の古代遺跡をみてもそのほとんどが神殿跡といわれていますそれほど人類は祈ってきたのです、そんな生きるに厳しい環境にあったころにできたのがイスラム教でありキリスト教仏教ヒンズー教であるのではないでしょうか。もともと宗教の経典は人間どう生きるべきかと言う哲学であってけっして人々の病気や貧しさを救うものではなかったのですけど後世の人々の中で自分たちに都合のよいように
    宗教を利用してしまって今日のような醜いものとなってしまったのでは?

  • >>37

    おはようございます(^0^)

    そのとおりだと思います。
    こればっかりは、他人に押しつけることなど出来っこないのです。
    そういう人たちのことは放っておいて、自分で密かに実践していくしか方法がありませんよね。
    私も諦めています。日本のように恵まれすぎている環境で、神とは何かとかを考えるのはムリがあります。
    仏教国に生まれたら何も考えなくても仏教のお膳立てが用意されていますからそれを食すだけでいいんです。
    中には捻くれてキリスト教やイスラム教など別の宗教に入っていく方もいますが、それはそれで聖書とかコーランなるものがあってそれを信じればいいだけのお話です。自分で考える必要はないのです。
    ほとんどの人間がそうしているし、真の神様もそれを許しておられます。

    そういうわけで、この宗教観については私も孤独です。これも与えられた宿命と思い、研究に励みたいと思います。
    また思いついたら投稿します。
    ひまつぶし、独り言という主題ですので、暇を見て何でも語っていってくださいね (^_-)-☆

  • >>35

    私の考える神への祈りとは、わけのわからなにお経などを唱えることではありません。
    常日頃から自分の内面的なものを磨くこと、それが祈りだと思います。
    他人や命あるもの(生物すべて)への優しさ、思いやり、正義を貫く勇気とか、いろいろありますよね。
    毎日、そういったものを常に意識して生きることが、本当の神様への祈りとなるのです。
    時には法律の上に良心をたてて、逮捕されるなんてこともあるかもしれません。
    国によっては、殺されてしまうこともあるのです。
    そういうことから、本当の神様を信じるということには勇気がいるのです。

    我々人間は、神様に見返りを求めるようなことをしてはいけないのです。
    やれるだけのことをして生涯を生きていき、後は神様が決めることです。
    それで不幸な人生を送った人がいたとしても神様を恨むものではないと思います。
    人間でさえ、優秀な人たちは、自分の子供には厳しくするではないですか。

    参考になればと思い、私の神様に対する考え方を述べさせていただきました。
    本当の神を信じるにはお金や形式はいりませんが、勇気がいります。
    気が向いたら実践なさってみてください(^_-)

  • >>33

    投稿、ありがとうございます(^▽^)

    人間の性格って千差万別ですよね。
    でも、奥様のような性質を持つ人々って多いです。
    他力本願という、一番簡単で自分で考えなくてすむ生き方です。
    神とは何なのか、仏とは?、ご先祖とは?ほんとは深く考えなければ真実などにはたどり着けない問題です。

    亡くなられた方というのは偲ぶものであって、お願いしたことに対して応える力などないのです。
    神についてもです。世界中にどれだけ神といわれるものが存在してるか考えればわかるはずです。
    そんなものが、お願いに対して応える力などありません。
    また本物の神がいたとしても、個人の利益のためにどうして動いたりするでしょうか?
    そういうことを深く考えていただければ、占いなど馬鹿げているとわかるはずです。

    かなさんも大変ですね。
    私の周りにも奥様のような方がいるのですが、説明してもわかるような人種ではないので解決が困難です。
    せめて邪教のためにお金を使わないように何か対策を講じるしかないと思います(>_<)

    本当の神様がいるとすれば、お金など求めませんよね(^▽^)

  • >>31

    大昔から神の存在を人間は自然に意識していたのだと思います。
    神が人間の外部のみに存在すると思っている人々は、何かに対して手を合わせひざまずいて今日に到っているのでしょう。そのことについては否定するどころか、正しいと思っています。
    ただ神はひとつしかいないということで食い違いがでるかもしれません。宇宙に1つしかいないと私は確信しています。精神の中にも外側にも共通して存在しているのです。
    たいがい、ひざまずくという行為には相対するものがあります。何かを神にしなければなりません。
    物語も必要です。それが邪教というものです。人間は発生以来、邪教を信じる人々がたくさんいたのです。
    表向き歴史には出てこないのでわからないと思いますが、大昔から人間の中には神は人々の内面と外面の両側に存在する得たいの知れないものだということがわかっている人々もいたのです。
    真実の神は自我に潜みもすれば、その外側にも存在し、自然や人の運命などにもかかわってくるものだと思います。
    世界共通というか宇宙共通でたった1つなのです。
    yutさんの言う、「人間が何かにおののき手を合わせてひざまずいて」の「何かに」が、私の言う神なのです。
    ただ、その神を太陽にしたり、あるいは別の物や者に置き換えてしまう人々が多かったように思います。
    そうなってしまうと、それらに対して手を合わせたり、ひれ伏したりということになりますよね。
    本当の神に対しては、そういった行為は必要ないのです。私たち人間以上の方なのです。
    人間であれば、それを考える知能は与えられています。それを使わず、楽をした結果が邪教崇拝です。

    大自然も神の一部でもありますし、人間の自我も神の一部なのです。
    従って神に対する感謝は内面に対して静かにするべきで、お経だの形式だのというものは必要ありません。
    また意味不明ですみません(^_-)-☆

  • >>30

    人間はその発生以来何かにおののき手を合わせひざまずいて今日にいたっています あなたはこのことを否定されますか? おのれの精神に宿す神以外はどこにも真実の神はいないとおおもいでしょうか?

  • >>29

    何故、自然界には多くの動物や植物で満たされているのか?というご質問にお答えします。
    人間の知能では想像することしかできません。それを決めつけてしまうのは間違いです。
    神様のみが知ることで有り、人間は想像することまでしか許されていません。
    yutさんは「人生最大の謎」と言われますが、それで良いと思います。
    神もそれを望んでおられるはずです。

    科学者などの知識で解明できるものではないですよ(^▽^)
    彼らは所詮、人でしかありません。

    「地球上にたくさんの種類の生命、食うものと食われるもの」が何故いるのか、これは人が決めつけることが出来ないものなのです。さっきもお話をしたように想像することは自由です。不可解な出来事と思うことが限界です。
    神様はそこまで人間が考えることを許されています。それ以上は神の領域なのです。

    科学で解明されないことは信じようとしない現代人は、それはそれで良いと思います。
    神様がそうしておられるのです。人間は、彼らの自我を覗くことは決してできませんが、神様は彼らの一人一人の内面から知り尽くしています。そのうえで、神は彼らの自由にさせているのです。

    こんな現代においても、神様の存在を理解する人間が世界中にいるのだと思います。
    私は、自我の存在についてが重要だと思います。わからない人にはわからないのです。
    それで良いと思います。他人がどう思おうと、自分が神を見いだしているという事実が大切です。

    だいたいにおいて、人間は宗教を「神である良心」の上に置いてしまっています。
    良心に従えば敵を殺さなくて済むものを、宗教が殺せと命ずるので殺すことになってしまうのです。
    人間の作った神々が本当の神様の上に立ってしまっている。
    どういうわけか、神様はこれを許しておられるのです。

    長々とすみませんでした(>_<)
    以上は私の思想の一部です。
    ではまた (^_-)

  • >>28

    明菜さま、自然界は多くの動物や植物で満たされています自然の神はどうしてこのように多くの種類の生命をおつくりになったのでしょうか 私にはこのことが人生最大の謎なのです、科学者は生命は決して神が作ったのではないと言いますが ならば地球上になぜこれだけの種類の生命が必要なのでしょうか、食うものと食われるもの自然界はこのように循環していることはわかっているのですけど、まことに不可解です
    科学で解明されないことは信じようとしない現代人にとって神とは結婚式とお葬式に利用する気休めのマスターベイションにすぎないのでしょうか?

  • >>27

    崇高な神の教えとは、実は人間の作ったものにすぎませんよね。
    そんなものに人類を平和にする力などありません。
    この地球上に生きていれば、弱肉強食というむごい世界を避けて通れないです。
    何故、このような世界なのか私にはわかりません。ですが、神様にしかわからない理由が何かあると思っています。

    yutさんの言う「大自然のしくみ」が神であるという意見に私も同じです。
    それ以上の決めつけは出来ないと思います。ここからは想像で良いと思います。
    自然に感じたままで良いのです。神がいるとしたらそれを望むはずです。

    神とは、つまり得たいの知れない人知を越えたもので、宇宙や光や時間と関係していてたった1つであると考えています。意思もあり、死後の世界とも関係しているようにも思います。姿、形は未知です。これは私の想像です。
    ここまで言ってしまうとyutさんと違ってしまうかもしれませんね(>o<)
    私の想像ですから気にしないでくださいね。

    自然は生き物に対する優しさや愛など、さまざまなことを人間に教えてくれます。
    まともな人であれば、誰でも心の内側にそれを持っています。
    それを人々が「崇高なもの(神、または神に通じる何か)」と捉えれば、平和な生活ができると思います。

    私は、つくづく思うのです。
    私が生まれた場所が、イスラム教やキリスト教や仏教等に強制されるような環境になくて良かったと。
    そのような環境に生まれ育っていたなら私は本物の神に出会えなかったはずです。

    お話がヘタクソなので理解に苦しむかと思います(>o<)

  • >>1

    この地球上に崇高な神の教えが数々ありますが人類の歴史は殺戮の歴史といっても過言ではありません
    どうして人は人をころすのでしょうか、おとなしく暮らしている人々へ力の強い集団が侵略していくのです
    人間は生まれた以上必ず死ななければならないのです いや人間にかぎらず生命のあるものかならずいつかは枯れ朽ちていくのが生命のもつ宿命です そんな運命のなかで人は神に何をもとめ何をねがうのでしょうか、私は既存の宗教は信じませんが人間ではどうにもならない大自然のしくみが神だとしんじています
    しょせん人間も自然の一部なのですから。

  • >>25

    キリスト教徒の中でも一部の人達は、聖書を本気で信じているので人を殺すなどということはしないと思います。
    どの宗教もそうですが、本気でその宗教で言う神を信じている人々は極少数です。
    偽物の神とはいえ、キリスト教や仏教などのまともな宗教なら、その神々を本気で信じている方々であれば、無駄な殺生はしないと思います。そうした行為を行うのは、多数派を占める形式主義者たちです。

    どの宗教も、多くの人々は形式的な信者であって、心の内面ではなく、外側に視点が向いてしまっているのです。
    つまり、心の内側にある愛を見ず、社会的な自分の立場、早いお話で言えば、かっこをつけようとするのです。
    キリスト教は教会でお祈りしますし、仏教なども、多くの人々は神社などに出向いて手を合わせて、お祈りしますよね。そもそも、神様がそういう場所にいると考えているのが間違えなのだと私は思います。

    私は、古代の人類が自然の脅威におののき、その過酷さから逃れるために何かにすがりたい気持ちになったのは想像がつきます。地球のどこかで、太陽を神として崇めたお話は知っています。私が思うには、神は人知を越えているのだから、それはそのままにしておけば良いと思います。わざわざ、形式化して物語りを創るからおかしなことになってしまうのです。神様がどうして人間にそんなことをさせているのか・・・私には理解不能です。

    たぶん、どの時代にも、宗教のようなものを間違いだと気がついていた人種は極少数ですがいたはずです。
    神はいつの時代にも、ご自身を理解できる人間を存在させていたのだと思います。
    今の時代でも世界中に私のような考え方の持ち主はいるはずです。
    ただ、私が考える神は組織化や形式化を望んでいないので、いったい、どれだけの人間が同じ考え方を持っているのか知ることができません。神のみが知っているのでしょう。
    私の知能ではそこらへんまでしかわかりません(>_<)
    また、暇を見て、お話をさせていただきます。
    ご投稿していただき、どうもありがとうございました (^_-)-☆

  • >>24

    キリスト教では汝殺すなかれとありますけど彼らは聖書片手に殺戮をくりかえします 私は思うたびに
    悲しみに打ちのめされるのです 生きとして生きるもののなかで人類ほど命にたいして苛烈きわまりない
    生き物が他にあるでしょうか 宗教を考えると暗澹たる思いにうちのめされるのです。
    古代の人類が自然の脅威におののきその過酷さから逃れるため人智をこえた何かにすがったその何かが宗教ではなかったのかと私はそんなふうに宗教を理解していたのですけど。 
                           ほんまもんを求める老人

  • >>22

    yutさんは京都のお方なのですね。
    掲示版ってすごいですね。
    全国の方とこうしてお話ができるのですから(^0^)

    私のお話などに感動していただきありがとうございます。
    仏教でも何でも組織というものがからんでしまうと人間は神から遠ざかってしまうみたいです。
    お金がからむということ事態、もう神とは次元の違う世界に入ってしまうのです。

    真の神を信じるのにお金はいっさいかかりません。
    人々の心の中に24時間住んでおられるのですから、人はいつでもお話を聞くことが出来るのです。
    貴方の心の中の良心(愛とか正義感とか勇気)の延長線上に神は存在すると私は信じています。
    人知を遙かに超えた存在です。宇宙や光、時間の流れとかにも関係してくる大きな力です。

    ただ、お話を聞くのはいいのですが、個人的なお願いはしないほうが良いでしょう。
    神を信じたからといって、ご利益があるなどと思ってはいけません。
    神は全ての人に公平です。お金持ちにも、ホームレスにも平等に接してくれるのです。
    そんな方に自分個人の幸福をお願いするのはどうでしょうか?

    本当の神様は、集団、形式、崇拝など求めたりはしません。
    人間でも心ある方などは、腰が低いです。
    ましてや、神ともなればそれ以上に低いはずです。
    崇拝など求めたりはしません。
    どうか、本当の神様を心の中に見いだして、平安な生活を送ってください(^_-)-☆

  • <<
  • 48 24
  • >>
並べ替え:
古い順
新しい順