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暁の翼

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  • 2018/05/07 04:30
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    jun 5月3日 04:47

    >>22

    ふと階段の下を見ると、早朝に、私のマンション引っ越しの為に現れた二人の天使が立っていました。私は、「お世話になったのに、感謝をしていないのですが」と言うと、主は、「彼らは仕える霊である。報いはキリストの花嫁に与えられる」と言われました。また、御使いの服のことが気になっていることを知り、「天国では、彼らが着ているしもべの服が高価な衣服である」と教えてくださり、天国と地上の価値判断が逆転していることを、お話し下さいました。私は再び雲のようなものに包まれて、元に戻されました。

    天国の体験後、私の生活、教会での働き、全ての価値観が変えられ、慕い求める対象が、地上のものから天国の御国のものに移され、主の奉仕は、肉の努力から聖霊様のお導きと油注ぎの中に移され始めました。

    ~~~~あの時語られた体験談の一部、おわり~~~~~~~~

    懐かしい一コマを思い出し、
    また、もうひとつの話、
    バングラディッシュで、迷子になった人の話も
    取り寄せた体験談が書かれてある本の中に見つけて
    驚いています。

    あのとき、みんなとバスの中で無事に見つかる事を願って祈っていたことを
    はっきりと覚えていたからです。

    大分前の話なので、覚えていたのはこの二つくらいで、
    そこに居合わせて同じ時間を過ごしていた
    者として特別の思いがありました。

    それが、本と雑誌の中で再会したのは、
    やはり、偶然ではないような気がしました。

  • >>21

    (つづき)
    主は、私を御覧になり、身をかがめるようにして、私の靴をしっかりとはかせて下さり、胸当てがはずれかかっていたのを直して下さり、ゆるんでいた帯を「キュッ」と締め直してくださいました。また、私の唇がピリピリするのを感じました、そして「堅い食物を味わうことが出来るように」と言いながら、「歯を強くする」とおっしゃって、私の口の中に何かを入れて下さったようでした。そして主は、私の右に立って、「わたしを現すために、私の見せ物になってくれないか」とおっしゃいました。私は「はい」と答えました。

  • >>20

    (つづき)
    雲のような包みの中から一歩出ると、私の体はとても軽くて、体重がないように思われました。目の前に続く階段の右端を、フワリ、フワリと登りはじめました。少し登っていくと、上の方から白い衣を着た方が私の方に向かって降りて来られました。胸の辺りまでのお姿しか見えませんでしたが、「イエス様」と分かりました。私は主とお会いして、階段を登りながら、個人的な話をしました。主は、ただ、お聞きになっている様子でした。
    階段を立ち止まられた主は、右手に厚さ五ミリぐらいの、中に何も書かれていない真っ白なノートを持っておられました。「私の行いの書ですか」と尋ねました。私は、中身が真っ白なので聞くと、「これから始まる」と主は言われました。

  • ● ひとりごと ●

    最近、送られてきた雑誌に、以前セミナーの時、証しした人のことが書かれてあって驚きました。
    何年も前のことで、すべてを覚えているわけでもなく、特にこの人のことだけは、記憶に残っていたので、それが5月号に載っていたのです。

    短い話なのですが、
    記憶にあるのは一瞬でその時の様子が画像のように見てとれるのに、
    文章にするとちょっと長くなってみる。
    全体の文章からしたら、短いので少し書いてみます。
    私が覚えていた部分。その人の体験話の一部ですが。

    <天国の体験>

    セミナーが始まり、メッセージを記録しながらも、まだ何かに包まれて静けさの中にいました。すると、隣の人が、私に「前に出るように呼んでおられますよ」教えてくださり、
    前に出ると「今、霊が体から分離して天国に行きます」と言われ、祈ってくださいました。
    私は、心地良い安息の中で横たわっていました。すぐ横で語られていたメッセージが、遠くで聞こえていました。いつの間にか、手で触れることが出来そうな濃い雲のようなものに、後ろと両サイド包まれて、上に続く真っ白な階段の前に立っていました。

  • 私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは対立していて、そのためあなたがたは、自分がしたいと思うことをすることができないのです。しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。

    肉の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。

    しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。

    もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。互いにいどみ合ったり、そねみあったりして、虚栄に走ることのないようにしましょう。
                       (ガラテヤ人への手紙 5:16~25)

  • 日本たんぽぽの種をとって、
    植えてみた。

    周りは西洋タンポポだらけ。

    追加でもらってきた在来種の苗3個は
    どうにか元気を取り戻した。

    地植えで花が咲いたのは、一株だけ。
    花が8コつけて、その後花は咲いてない。

    西洋タンポポの方は、花が咲いて、種が出来て、飛んで行く頃
    また、花が咲いている。その周期が何度やってくるか
    見てみよう。

    このタンポポは、知人がくださるんだけど、
    いわゆる雑草を、わざわざ鉢植えにするなんてと
    思うけど、
    周りの草にやられて
    消えてしまうから、しかたない。

    そろそろ、野菜の苗でも植えようかな。
    あした買って、、、今日だった。

    朝だもんね

    今は

  • 主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。
    私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。それはまさに、御霊なる主の働きによるのです。
                    (Ⅱコリント317~18)

  • >>14

    junさん こんにちは
    私は祖父の時代からおよそ100年
    絵を描いて生計をたてています
    一般社会ではデザインとか言っていますが
    子供の頃は絵を描くと何も意識しなくても
    必ず金賞銀賞は当たり前でした。
                   KAZ

  • >>13

    >
    > > 詩風にすると、
    > > いろんなこと
    > > 書けますよね。
    >
    > こんにちは junさん
    > 私達、凡人は
    > その詩が書けません
    > 優しい言葉を使えばより優しく聞こえる
    > 作詞者を尊敬します

    そうですね。
    詩が書ける人、うらやましいです。

    絵は誰でも書けますが、
    画家にはなれません。

    でも、絵を書く楽しみは
    誰にでもある。

    詩は書けないけれど、
    心の中を表現するための文章は、
    誰でも書ける。
    日記とか、ひとりごとは
    いつでも書ける。

    言葉で言い足りないこと、
    もやもやしてても
    書いてるうちに
    すっきりしたりする。

    だから、こういう場所って、
    うれしいですよね。

    > 暫く前ですけど友人と飲んだ時に作った川柳です
    > もう少し 話していたい 夜明けまえ
    >                  KAZ

    情景が目に浮かぶようです。
    親しい友人と語ってる様子が。

    楽しそうな

  • >>12


    > 詩風にすると、
    > いろんなこと
    > 書けますよね。

    こんにちは junさん
    私達、凡人は
    その詩が書けません
    優しい言葉を使えばより優しく聞こえる
    作詞者を尊敬します

    暫く前ですけど友人と飲んだ時に作った川柳です
    もう少し 話していたい 夜明けまえ
                     KAZ

  • >>10

    > こんにちは
    > 貴方は詩人ですか神の代弁者ですか?

    さっき、返信ボタン押すの忘れてたから、
    書き直し。

    はじめまして^^
    おはようございます。

    実際にあったことを書いているんですが、
    詩風にすると、

    いろんなこと
    書けますよね。

    いろんな受け取り方ができるから、
    書きやすい。

    詩もどき、だからね~~って。

    いい方法かもしれない。^^

  • なぜ、あなたは神と言い争うのか。
    自分のことばに
    神がいちいち答えてくださらないといって。
    神はある方法で語られ、
    また、ほかの方法でも語られるが、
    人はそれに気づかない。
    (ヨブ記 33:13~14)

    これは、聖書のヨブ記
    エリフがヨブに言った言葉。

    これを読んでいて、ふと思い出して
    書いたんだけど、

    神様の言葉は、ヨブ記38章1節~

    主はあらしの中からヨブに答えて仰せられた。
    知恵もなく言い分を述べて、
    摂理を暗くするこの者はだれか。
    さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。
    わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。
    わたしが地の基を定めたとき、
    あなたはどこにいたのか。
    あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。
    あなたは知っているか。
    だれがその大きさを定め、
    だれが測りなわをその上に張ったかを。
    その台座は何の上にはめ込まれたか。
    その隅の石はだれが据えたか。
        (ヨブ記 38章1節~6節)

    ~~~~~~~~~~

    >こんにちは
    >貴方は詩人ですか神の代弁者ですか?

    私は詩人ではなく、神の代弁者でもありませんが、

    聖書を読んでいると、
    いろんなことを思い出して
    書いてみたくなる。
    すうっと、通り過ぎてきて
    気がつかないことがなかったか、
    再確認したくなる。
    その必要があるかもしれない
    ってね。

    ~~~~~~~~~~~~~~~

    仲間と車で移動中に、
    御使いが車のボンネットに乗ってたり、
    (いつも守ってくれてる)

    ビルの上にいる悪霊を、やっつけたとか、
    霊的な世界では、いつも戦いがあるようで、
    今も、そばで守ってくれてるんだろうなと。
    美しい花を、庭一面に咲かせてくれたり、
    鳥が卵を産んだり、孵化したこともないのに、
    あの頃は、鳥が急に増えて、
    相性が悪いのは喧嘩するから、
    仲のいいのを組み合わせて別にしたら、
    鳥籠、5個になって、
    そのほかにも、変わったこと毎日起きてたな
    って、いろいろ思い出す。
    今? 今は、別の新しい出来事。
    あるんだろうな・・・

  • なぜ、あなたは神と言い争うのか。
    自分のことばに
    神がいちいち答えてくださらないといって。
    神はある方法で語られ、
    また、ほかの方法でも語られるが、
    人はそれに気づかない。
    ~~~~~~~~~~~

    いちいち答えてくださらない、と
    駄々をこねていた頃を思い出す。

    たくさん、たくさん話していただいたあと、
    催促したり、さみしがったりした。
    子供のように甘えていた。

    いつまでも、それでは
    ダメですね。
    そう思えるには
    かなり
    時間がかかった。

  • あ、それと、

    連投じゃなく、大勢の人が参加しているスレが
    多いからか。

    人が来るとも思えないので、
    ひとりごと日記にするとしよう。

  • なんて、賑やかなところなんだ。

    自分のスレがどのあたりにあるか、
    次へ、次へと捜してみても
    見つからない。

    普通は、前の日に書いたものでも、
    しばらくは、表に留まるのだが・・・

    都会のスクランブル交差点のようだ。
    行きかう人は、どっかへ消えてしまう。

    だからこそ、ここを選んだ。

    ごった煮、すし詰め状態。

    居座り続けるには、
    連投あるのみ!

    そんなことはしないけどね。

    最近、左手に疲労感がある。
    運動したような痛み。

    なぜ?
    と思っていたが、

    わかった。

    何を思ったか、左の小指を使い始めたから。
    あ。は、薬指を使用。
    右手は初めから小指も使っていたので、
    慣れているが、
    最近、左の小指、指圧が弱いので、
    意識して使っているうちに使いやすくはなったものの、

    だるい。腕が若干痛い。

    で、・・・・急に気が付いた。

    なあ~~んだ、小指の疲労か~~。

    どこか悪くなったか心配したが、
    よかった。

    指の体操して、克服しよう。

    一行連打しようと思ったが、
    くだらないこと書いてしまった。

    1000文字以上書くこともたびたびで、

    何で、投稿できないのか、と
    困ったことしばしば。

    いつまでも、ど素人なオレ。

  • せっかく作ったから
    なるべく毎日書きたい。
    って、今思う。
    忘れるかもしれないけど、
    そう思ってる今が、単純にたのしい。

    今日は、久しぶりに海沿いを車で走った。
    ぼんやり、靄がかかったけど
    海を眺めるだけでも
    気持ちが
    いい。

    夕方、テレビで
    クジラが現れたって言ってた。
    丁度、海にそって走っていた頃、
    初めてのクジラが泳いでたなんて、
    感激。

    近くの住民は、こんなこと初めて
    って話していた。

    毎日が、新しい。
    毎日が、新鮮。

    こんな風に、書いてると、
    時間の流れとともに
    何事もなかったのごとく、
    過去へと流れていく。

    記憶に残るのは、ほんのわずか。
    それはそれで、いいのだけれど、

    こうして書きながら、思い出しながら
    振り返ってみると、もう一度
    違った方向から眺める自分がいて、
    今日の一こまを噛みしめ味わうことができる。

    自分の静かな、小さなひととき、
    幸せな時間。

    指先から、流れるように溢れるように、
    出て来る間に、いろんな場面が交差する。
    考えと体験といろんなものが入り混じって、
    ひとつのまた別の物語が、頭の中に現れてくる。

    庭の花々、犬といっしょに過ごしながら、
    ハサミであちこち切って、
    自然に出て来る草花と、買って来た花の苗との
    コラボ。
    抜き取るところ、残すところ、切り取るところ、
    これから、買ってきたい花とか、日本たんぽぽの種を
    どこにどのように植えるか、考えながら、
    犬を洗ってあげなければとか、
    旬の食材をどのように料理しようとか、
    思い切って、捨てるものを
    点検してみたり、
    一度にいろんなことを考えながら、
    パソコンに向かって何かを書いている。
    書いている時の方が、いろいろ思いつく。
    書いてることと別のことを考えながら。
    だから、この時間、次の行動が決まる。

    さて、用事を済ませたら、
    また書きにこよ~~~っと。

    好きな聖句を、思いつくままに
    書いていくと、また違った発見がある。
    見えなかった何かが見えてくる。
    では。

  • 「暁の翼」

    私が暁の翼をかって、海の果てに住んでも、
    そこでも、あなたの御手が私を導き、
    あなたの右の手が私を捕らえます。
    たとい私が
    「おお、やみよ。私をおおえ。
    私の回りの光よ。夜となれ」と言っても、
    あなたにとっては、やみも暗くなく
    夜は昼のように明るいのです。
    暗やみも光も同じことです。
           (詩篇139:9~12)

  • あたらしく、何かを
    と思って、

    とりあえず
    あたらしいスレッドを作った。

    新鮮な気分。
    小さな一歩。
    大袈裟?
    かもしれないけど、
    意外と気分が変わるもの
    だよ  ね。

    さて、
    最近、世間は
    セクハラの話題でにぎわっている。

    レスリング協会のパワハラ、セクハラが
    明るみに出て、
    政界までもが、それに揺さぶられている。

    世界も日本の問題に目を向け、
    批判を始めた。

    日本はいいところだと思い込んで
    事件に巻き込まれたイギリス女性や、

    日本が好きだから娘にいい教育をとやってきて、
    PTE会長に裏切られてしまった家族。

    たしかにいいところは、あるだろうが、
    どろどろとした現実を
    住んでる者は知っている。

    隠されていたもの、苦しんでいた人々の
    叫びが表に出てきてはいるが、
    何も解決しないまま、新たな問題があふれ出て来た。
    古い傷、たまった膿が絞り出されている。

    表に出ているものは、とりあえず止まった。
    あとは、
    どうなる。
    どうするか。

  • 天が地上はるかに高いように、
    御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。
    東が西から遠く離れているように、
    私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。
    父がその子をあわれむように、
    主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。
    主は、私たちの成り立ちを知り、
    私たちがちりにすぎないことを
    心に留めておられる。

    人の日は、草のよう。
    野の花のように咲く。
    風がそこを通り過ぎると、それは、もはやない。
    その場所すら、それを、知らない。
    しかし、主の恵みは、とこしえから、とこしえまで、
    主を恐れる者の上にある。
    主の義はその子らに及び、
    主の契約を守る者、
    その戒めを心に留めて、行う者に及ぶ。
    主は天にその王座を堅く立て、
    その王国はすべてを統べ治める。
       (詩編 103:11~19)

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