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投稿コメント一覧 (2129コメント)

  • かずさん、こんにちは。お久し振りです。

     この掲示板に 「ひとりじゃないってば・・・」 というタイトルのスレッドがあるので、そこで10年以上やり取りをしている人がいるんだけれど、そこを読んでみてください。今の僕の近況が書いてあります。ごめんなさいね。では。

  • >>No. 15836

     よいこちゃん、こんにちは。

     母に面会に行きたいのだけれど、衰えて寝ている母を見ると、その時はにこやかに 「家のことは僕が全部やるから、お母さんは何にも心配しないでゆっくりとここで休んでいてね。お姉ちゃんもとってもよく協力してくれてとっても助かっているんだ」 などと言えるのですが。

     そんな時に母がやっと聞こえるかどうかの声で、言葉も不明瞭だけれども 「ヒロちゃん、悪いね。無理するな。無理するな」 と言いながら顔を近づけている僕の白髪頭や顔を撫でてくれるんです。もういたたまれなくてね。

     とにかく畑が生産緑地っていう特殊な制度の適用を受けていて、売るには市役所に父が営農が無理だと言う医師の診断書を添えたり、地域の農業委員さんの判子が必要だったり、登記簿謄本も必要だから法務局に取りに行ってよく見たら税務署の抵当権が設定されていて、初めて知ったけれど畑を父がお婆ちゃんから相続したときに相続税の納税猶予を受けて払うのを先延ばしにしていたみたいなんだ。税務署に問い合わせたらそう言われました。生産緑地の適用を受けた農地だと、引き続き営農することを条件に通常よりもかなり低い延滞金で納税猶予が受けられるんだって。

     で、それを払わないと抵当権のついたままの土地になってしまい売ろうにも買い手がいるわけないから、税務署に本税と利子税を合わせて700くらい払うことにして、昨日、納付書を作ってもらいました。金曜日に納付して、来週の月曜日にその領収書を持って税務署の担当者のところに行ってちょこっと書類に書いて判子を押せば税務署は抵当権を抜いてくれるそうです。まずは良かったです。

     父は今の施設を出たら市内の有料老人ホームに入れる予定です。姉が全てをやってくれるので大変に助かっています。母も今の病院は急性期の状態が落ち着いたら退院しないといけない病院なので、これも市内の、父が入る予定のホームのすぐ近くにある療養型とかいう病院に移る予定です。それも姉が全てやってくれているので僕は姉に足を向けて寝られません。

     僕は当初よりも立ち直ったけれど、やっぱり母との甘い思い出ばかり体に染みついているから寂しくて悲しくてどうしようもなくなる時が一日に何度もあります。で、去年の3月いっぱいで通院をやめてしまった精神病院にまた通院しようと思って、今日行って来る予定です。今度はアルコール病棟ではなくて一般の統合失調症とか鬱の病棟です。

     今は不動産の処分のことやら、売る予定のアパートの残りのローンが350くらいあるので、それをまとめて返済する手続きやらで家を離れるわけにいかないのですが、9月の中旬頃に病院で認めてもらえばその精神病院に入院しようかと思っています。外出も認められるので週に一回程度、郵便物を取りに家に帰る予定ですけれど。

     32台の駐車場は一括して契約を仲介してもらっている地元のよくある個人でやっている昔からの不動産屋さんにこの前行って全ての管理を任せることになりました。借りている人は不動産屋さんの口座にこれからは振り込んで、不動産屋さんが月に一回まとめてうちの口座に前月分を入れてくれるというわけです。滞納者への督促とか、夏場の草刈りとか、ヘンなトラブルがあった時の対応とか全てやってくれるのでもう安心です。

     畑の両脇にある2棟のアパートは今月中に何とか話がまとまると思いますが、ごくごく一部に母の名義になっている土地があってね。母が字が書けない状態になったので、その辺をどうクリアするのか、相手側が今、融資してくれる銀行と相談してくれています。母の分だけを残してあとは全て売って、母が亡くなったら僕が相続して後からその買ってくれた人に売る、という話に持って行く予定と言っていましたが、銀行がどう回答するかまだ連絡がありません。

    2棟のアパートの交渉も、僕が辛くて辛くて入院したければ姉が引き継ぐと言ってくれました。姉は取り敢えず、さっき書いた地元の不動産屋さんに家賃の収納や督促やら、入居者からの修理の依頼やらの管理を全て任せて、母が亡くなってから売る方向にしたいようですけれど。

     父の入っている施設には母の入院や余命のことは伝えましたが、父本人に言うと精神的ショックが大きくてどうなるか分からないので、母はめまいが前からたまにあって布団に寝ることがあったので(もう脳にがんが転移していたんだろうね)、めまいがなかなか治らないから大事を取って入院させているということにしてもらっています。

     家にある、母が脱いで置いてある衣服やハンカチやタオルやその他もろもろは、目につくと悲しくなるので洗濯して全部しまいました。ちょっとしか使わなかったけれど杖も目につきにくい所に置き直しました。

     今は悲しいんだけれど、とにかく忙しくて、入院するまでに片付けることが色々とあってね。自治会の回覧板も回って来ちゃうので、両親が病気で家に帰れそうにないことと僕も病気が再発して入院したり静養したりしないといけないから、近いうちに自治会を退会することを会長なり地区の役員なりに伝えるのがちょっと気が重いです。引き留められるのがイヤでね。

     よいこちゃんがたくさん悲しんで寂しく思ってくれてとってもありがとうの気持ちです。母は95歳くらいまで生きるんじゃないかと勝手に思っていたので、今年の9月で84歳になるその歳で終わるとは思ってもみませんでした。これからの一人暮らし、僕自身にも自分がどうなるのか予想がつきません。入退院を繰り返していつまでも一人住まいに慣れなくて悲しみ続けるのか、84歳で親が死ぬくらい世間ではごく普通にあることだし、ヘタに早期発見してやれ抗がん剤だの放射線治療だので副作用で苦しむよりも、末期がんで分かって良かったと思って自分なりに納得して沈みながらも薬を飲み飲み家で暮らせるといいのだけれど。

     取り敢えず今日、かつての精神病院に行って来ます。相談室で色々と全てを話して、先ずは通院して本格的な薬をもらって、あと1ヶ月くらいして入院させてくれるかどうかですね。入院するとしたら3ヶ月は入ろうと思っています。もし許されるならば半年くらい入院したいんだけれどね。

     入院したらスマホからここに出るし、よいこちゃんにメールもするからね。

     これからは両親の毎月の費用やら、不動産を売った税金やら、僕もやっと目が覚めてCDやレコードの爆買いはする気がなくなりました。

     取り敢えずの近況報告でした。心配してくれてありがとう。じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 15833

     母が日曜日に脳内出血で救急車で入院しました。肺がんが脳に転移していて
    もう余命は半年は難しいかもしれないそうです。

    今は一人で悶々と暮らしています。姉が若い頃と違ってとても逞しくバリバリ人間に変化しており、父を今の老健施設を出たあとに有料老人ホームに入れること、母のことは全てやってくれると言ってくれました。

     僕は不動産の処分の件と家の家事と事務経理を続けるしかありません。不動産が売れれば事務経理も確定申告もとっても楽になります。

     姉も自分の亭主が仕事で苦労して精神科クリニックの薬を10年以上、亭主の代わりに取りに行ったり、長男の不登校で色んな教育機関や相談機関に関わったし、二世代住宅で同居している数年前に亡くなった義母の大腸がんや認知症を一人で行政やらデイサービス施設やら家での介護も経ており、おまけに義父も脳の硬膜下血腫で不自由な体で、デイサービスの手配やら普段のお世話やらで相当の修羅場を経て来ているので、自分の家も忙しいだろうけれど、僕がどんな病気でどんな性格かよく知っているので、とても頼もしい存在です。

     今は悲しみの底にいます。気を紛らわすたまに散歩してもすぐ疲れるし、タバコも2本も吸ったらもういいやと思うし、布団に寝ていても苦しくて、音楽を流しながらネットのいつも見るサイトを見ているのが一番、数々の重圧を忘れていられるみたいです。

     今日は午前中に法務局に行って、午後は母の面会に行って来ます。固定電話は留守番電話を初めて使うようになって、スマホも常に電源を入れて持ち歩くようにしました。

     じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 15830

     寝言さん、こんにちは。どこかで聞いたことのあるネームですが初めてでしたっけ。投稿ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

     そうですか、55歳の僕よりも親御さんたちもご本人もちょうど10年くらい先輩になるんですね。それにしてもお三方ともお達者ですね。

     ロムしていてお分かりかと思いますが、僕は20代からアルコール依存症になり、38歳でクビ同然で退職し、その後は軽い家事手伝いや不動産経営の事務経理程度のことしかやっていないので、人様に人生を語る資格など全くないんですよね。お酒は去年の6月に飲んだのが最後で、不思議と全く飲酒欲求がなくなりました。断酒会に通ったり、精神病院のアルコール外来に25年近く通ったりしてもどうしてもやめられなかった酒が、ある日を境にフッと良くなってしまいました。

     その代り、今度は強烈な鬱にたびたび襲われるようになりました。去年から精神科の通院は終わりにして近所の内科で抗鬱剤と抗不安剤をもらっています。それでも足りないので、たまにネット通販で買ったインドから送られて来た抗不安剤をちょこちょこと加えて服用しています。

     今は父が介護施設に入所して、そこは三ヶ月しかいられないので次は有料老人ホームに入る予定ですが、不動産の処分にあちこちと交渉したり足を運んだりと、鬱も忘れるくらいに忙しく暮らしています。たまに相手の言った何気ない一言が気になって夜中に猛烈な鬱に襲われて泣きそうになり、死にたい死にたいと母に訴えて困らせてしまっています。

     どうぞよろしくお願いいたします。

  • >>No. 15829

     よいこちゃん、こんにちは。

     台風は直撃こそなかったけれど、風がいつも吹いていて、雨もたまに強くなって、でも暴風雨っていうのとは全然違ったから、取り敢えず良かったですよ。

     とにかく寿命の長い台風だったから、蒸し暑さが続いて結構体に応えたね。

     最近は家の状況にも徐々に慣れて来ましたよ。僕も最初は気が引けていたけれど、あちこちと色んな連絡やら手続きやらに忙殺されるのに体も気持ちも慣れて来て、勤め人だった頃の感覚がちょっとだけ甦って来ましたね。

     姉が色々と協力的なので、どうしてもしんどいことは頼もうかと思っています。

     来週の火曜日には市立病院の精神科に母の認知症外来の予約を取ってあるから行って来ますよ。子猫の僕が母猫の母の面倒を看るようになりました。

     それにしても最近思うのは、生物はどうせ死ぬのにどうして生まれて来るんだろうなあ、ということですね。

     じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 15827

     よいこちゃん、こんにちは。

     今日の午前中に漬物が届きました。どうもありがとうございます。初めて見る漬物でしたよ。日本は広いなあと思いました。母と楽しみに食べさせてもらいますね。

     じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 6361

     かずさん、こんにちは。

     父がもう介護施設を経て有料老人ホームに入るしかなくなったので、今は不動産の処分のために色々と思い気持ちを引きずって各所と交渉をしています。

     アパート2棟は建てた〇水ハウスの不動産部門と既に何回か打ち合わせをして、土地・建物・入居者ごと買いたいという相手もいるようです。そろそろ話しを詰めたいと思っています。

     畑は農協に相談をしている最中です。先ずは生産緑地という指定を解除しないと売ることが出来ない制度になっているので、父が高齢で耕作不能という診断書を添えて市の農業委員会に解除の申請をして、それから農協が競売にかけて売る仲介までしてくれるようです。一部を畑の隣に住んでいる父の弟に贈与する約束をしてあるので、それも司法書士に頼んだりしなくてはならず、とにかく面倒臭いです。

     駐車場はまだ相談すらしていませんが、地元の不動産屋に一括して仲介を任せているので、そこに近いうちに母と相談に行くつもりです。

     母も相当に衰えてしまい、もう火を使った調理は全くしていません。認知症の症状もあり、とにかくこれからしばらく大変な日々になると思います。ここに出て来る頻度も少なくなると思いますが、どうかご容赦ください。

  • >>No. 15825

    よいこちゃん、こんにちは。

     気遣ってくれてどうもありがとうね。母の衰えがひどくて、もう煮炊きは全くやっていません。朝はサトウのご飯をチンして、昼はその残りで僕は食パンを食べて、夜はもう2週間くらい毎日買ったお弁当です。つい何か月か前まではアパートや駐車場に関する電話など出来ていましたが、今ではそれも無理のようです。

     僕もそんな母を見ると悲しくて悲しくて、「いっそ二人で練炭でも炊いて死のうか?」 と並べて寝ている布団の中で母に言ったこともありますが、「ん~」 と言った切りでした。

     僕も自宅の敷地以外にあるアパート2棟や駐車場や畑の処分に気持ちの重圧が常にかかっている状態です。父は10月半ばまでは今の介護施設にいられますが、その後は有料老人ホームに入ってもらう以外に選択肢はありません。本人は家に早く帰りたい気持ちが満々のようですが、とてもとても無理です。もう姉と僕で資料を取り寄せて大体どのホームにするか絞られつつあります。

     昨日、姉が来てくれたのですが、母も介護保険の申請をしてデイサービスに通って刺激を受けた方がいいよと言っていました。僕もそう思っていますが、母はあまり乗り気ではありません。父が有料ホームに入るまでは自分がそういうお世話になる気になれないのかもしれません。

     姉も長男のことや亭主のことで、心の病気のことにはだいぶ詳しくなっていて、理解もとてもあるので安心しましいた。「お父さんの葬式のときに俺はとてもとても親戚みんなと会いたくないし、生花だの盛りかごだの注文を受けたり当日お金を徴収したりだの、喪主の母に代わって出棺のときに挨拶の口上を述べたりだの、壇払いで献杯の音頭を取ったりお酒を注いで回ったり、シメの挨拶をしたりなんて絶対に出来ないから、俺は家で寝ているからお姉ちゃん、お母さんにピッタリと寄り添って色々と頼むわ」 と姉に話したら、「いっそ入院しちゃえば」 とまで言ってくれて、とても嬉しかったです。

     僕が鬱がひどいこともそう詳しくは母も話していなかったのですが、姉は長男も亭主も10年近く抗うつ剤や安定剤や眠剤を飲んでいるので、何の偏見もなく色々と正直に話すことが出来てとても気持ちが落ち着きました。

     歳はぼくよりも2つ上ですが、あんなにわがままで自分勝手だった姉が随分と強くたくましくなったなあと、逆にそれだけの苦労の経験も積んで来たんだろうなあと思いました。

     とにかく僕は母のサポートと不動産の処分のことで当面はプレッシャーと戦いながらやっとの思いで生きて行くようです。不動産が全て処分出来て、父が有料老人ホームに入って、そこでひと段落と息がつけると思います。あとは母をどうするか、出来るだけ家で僕が看たいけれど、デイサービスに週に3日は行ってもらうようになると思います。

     それ以前に、命がどうなるかもわかりません。とにかく父に引きずられて働き通しで83歳まで来てしまった母が気の毒で仕方ありません。アパートの管理を10年くらい前にもう不動産管理会社に任せるべきでした。父も成った野菜や梅やみかんを構わず採って来て、母はその処理に追われていつも台所で忙しそうにしていました。

     畑をやる以外に何の楽しみも趣味もないので、自分がやりたいやりたいの一心で、結局自分も母も潰すことになってしまいました。

     いつもグチグチとすみませんね。とにかく僕も今が人生の一大岐路の踏ん張りどころです。

     じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 6359

    かずさん、こんにちは。

     自分の敷地のすぐ近くだと目が届くのですが、車で5分くらいの場所にアパートや駐車場や畑があると管理が面倒なんですよね。カラスがごみ置き場を荒らしたり、駐車場にゴミを意図的に捨てて行く人がいたり、畑も生産緑地と言って、畑の体をなしていることを条件に固定資産税をタダ同然にしてもらえる制度の適用を受けています。

     だから、耕作者の疾病により生産緑地から解除してもらって、売ってしまうつもりです。もう農協に具体的な相談をしました。生産緑地のままだと売買や建物を建てる等のことが出来ないことに制度上なっているんです。

     税金はどうすれば一番特になるかなどはもうどうでもいいです。父はそういうのを考えるのが趣味のような人でしたが、僕はそんな父を軽蔑していたので、とにかく早く身軽になって余計な不動産は売却したいので、自宅の敷地の続きにある5年前に建てた3階建てのマンションだけあれば十分です。

     こんな引きこもり同然の僕でも一応は社会人経験をしておいて良かったと思います。不動産業者や農協などとの交渉も母はもう無理なので僕がやるのですが、何とか相手にされるくらいには話に着いて行けています。来週は古くからのつき合いの地元の不動産屋に一括して仲介を頼んでいる駐車場の処分について相談に行こうと思っています。

     こんなバタバタとした生活をしていると、鬱で落ち込んで落ち込んでどうしようもない、という気には深くならないみたいです。フッと 「気持ちが疲れたな」 「今日は多目に薬を飲んでおくか」 ということは毎日のように思いますが、やっていられないから全てを姉なりに姉の亭主なりに任せて僕は休んでいよう、とまでは全く追い詰められてはいません。お酒を飲みたい気持ちが全く湧き起らないのが神様のご加護だと思っています。

     とにかく仕方ないので突っ走って、父を有料老人ホームに入所させ、要らない不動産を売却するまでは僕がやるしかないのです。全てが終わった後で反動で入院するくらいの猛烈な鬱がやって来るか、ああ身軽になったと逆に症状が良くなってしまうか、どうなるでしょうね。

     ただ、母の具合が良くないんです。疲れ切ってしまったのと、去年の秋頃に始まった言葉がなかなか出て来ない症状が進行していて、軽い認知症になっているのだと思います。いよいよ僕の家も新しいステージになったようです。

  • >>No. 15823

     よいこちゃん、こんにちは。

    >いえいえ、とんでもないでしゅよ~(^∇^)

     ありがとうね。よいこちゃんも最愛の叔母さんとお父さんを亡くしているのに、僕の方ばかり辛い苦しいとばかり泣き言を言って申し訳ないしみっともないと思っています。ごめんなさい。

     父は施設で、自分の弟や妹たちが面会に来ると 「家に帰りたい帰りたい」 とかなり真剣に訴えかけるらしいです。母をすぐに連れて来て、タクシーで俺を家に帰してくれるようにしてくれ、という感じで。

     でも、母が改めて今日、「家ではもう自分もqqqも限界でお父さんを看られないんだよ。夜に15分ごとに起こされてトイレに行きたい、水をくれ、寒いから布団を首まで上げてくれ、またトイレに行きたい、って起こされてホトホト参ってしまったんだ」 と言ったら 「ああ、そりゃそうだ、確かにそうだ、分かった分かった」 と言うのですが。

     父は一度そういう風に説得されるとその場では 「ああ、分かった」 と言うんだけれど、30分も起つとコロッと元の考えに戻ってしまう人なんです。僕が子供の頃からそうだったし、家で介護が始まったときも 「あんまり頻繁に呼ばれると僕も母もくたびれ果てちゃうから、トイレだった連れて行ってもチョロッと出るだけみたいだから構わずおむつの中で出しちゃって、朝になったら取り替えてシャワーで洗ってあげるから」 って、そのほかのことも僕が優しく諭すように2回訴えかけたんだけれど、やっぱりその時は 「分かった分かった、悪かったよ、反省する、大いに反省するよ」 と言うんだけれど、結局もう舌の根も乾かないうちに元に戻ってしまって。

     介護センターの人が言うには、身の置き所がなくて人を煩わせてでも動いたり会話をしたりしたいんだろうということらしいです。僕も何十回も退屈な入院生活を経験しているから分かることは分かるんだけれど、やっぱり母も僕も睡眠の質があまりに落ちすぎてもう限界になりました。自分では布団から上体を起こすことも出来ないから、トイレのたびに僕が抱えて起こしてベッドに先ずは座らせて、足を畳に置くのも自分では出来ないから足を持って地につけて、抱きかかえて立たせて両手を引いてトイレに連れて行くような状態でした。

     今日、母が 「もう家に帰っても介護が出来ないから、ここの三ヶ月の期間が過ぎたら有料老人ホームに入ってもらうしかないんだよ」 と伝えてそうです。「ああ、みんな大変だからな。分かったよ」 とは言っていたらしいですが。

     母の調子も相当に悪いです。軽度の認知症も出て来ています。覇気が全くなくて、声も小さくて沈みがちで、僕も生まれてからずっと両親と暮らして来て、いよいよこの時が来てしまったのかなあ、と何とも辛くて悲しい現実に直面して、今までは人生のことなんて何も分かっていなかったんだなあ、と気づかされました。

     その中でもたったひとつだけ、僕がどんなに苦しくてもお酒を飲みたいという気に全くならないことが唯一の救いです。こんな風に自分が変わるなんて思いもよりませんでした。この時のために 「酒はもう一生分飲んだからいらない」 と思えるくらいに若いうちに酒浸りにしておくような運命が決まっていたかのようですよ。

     だらだらと御免なさい。母はもう調理が全く出来なくて、毎晩お弁当を食べていますよ。

     じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 15821

     よいこちゃん、こんにちは。

     色々とありがとう。ホント、三ヶ月なんてアッと言う間だもんね。そろそろ次の行き先との接触をしなくてはと思っていますよ。

     今日も母と、父の所へ面会に行きました。元気そうだし認知症は進んでいないようだけれど、相変わらず排泄は全面介助だし、帰りたいとも特に言っていませんでした。父はまだ家庭菜園規模でもいいから畑がやりたいようです。もう車の運転は無理なので、そういった希望を持つだけで生きるよすがになればいいと思っていますよ。

     母のことを気遣ってくれてありがとうね。母も段々と疲れが引いて来ると少しは元に戻るといいなと思っているけれど、もう少ししても改善が見られなければ認知症外来に念のために連れて行こうかと思っていますよ。

     最近は僕のことばかりですみません。よいこちゃんのことや家庭のことを聴く余裕が僕にもなくなっちゃって。よいこちゃんのお母さんもどうかお大事にね。

     じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 6357

     かずさん、こんにちは。

     取り敢えず父を三ヶ月まで置いてくれる老人保健施設という場所に入所させることが出来ました。でも家での在宅介護はもう僕も母も気力体力的に無理なので、退所までに次の行き先、具体的には介護専門の病院か有料老人ホームに入ってもらうことになると思います。

     あとは自宅とその敷地にあるマンション以外の不動産をどう処分するかが頭の痛いところです。母もだいぶ頭も体も衰えているので、僕が主体になってやることになるようです。畑にある2棟のアパートは依頼してある不動産業者からは買いたい人がいるとの打診を受けていますが、あとは畑を生産緑地という指定から解除して売買できるように市の農業委員会に申請して、それから買い手を探すつもりです。32台収容の駐車場はほぼ正方形の土地で地型が良く、道にも一辺が全て面しているので、売ろうと思えばすぐに売れると思います。ただ、母はそう全部売ってしまわないで、駐車場は管理だけを不動産屋にとりあえず任せればいいのでは、と言っています。

     ただ、土地で持っていると相続税がいくらになるのか分からないので、手持ちの現金で払いきれるかが僕には不安です。色々と悩ましいことがたくさんありますが、いよいよ僕の家も長く続いた状態から大幅に変化するようです。

     自宅の敷地のマンションだけでは年収一千万くらいなので、僕は65歳から受給できる年金は月に12~3万円だと思うので、これからは手持ちの数千枚のCDやレコードを聴くだけで、よっぽどのモノでない限りもう買わないようにしないといけません。

     父がホームにでも入ったら、手持ちの本や音楽やラジオや無線で出来るだけお金がかからないように生活するつもりです。僕が死んだあとに姉にも資産を相続させたいし、僕の代ですっからかんにするわけにはいかないと思っています。

  • >>No. 15819

     よいこちゃん、こんにちは。

     お婆ちゃんのオムツ介護も丸4年やったけれど、父の方がとても負担が大きくて、母の衰えがとにかくひどくて、僕もそろそろ限界になりました。もう施設で介護してもらうしか僕と母を正常な状態に維持するためには仕方ありませんでした。

     三ヶ月の老健施設で多少の機能回復が見られても、もう在宅ではお世話が出来ないので、次の行き先を退所の一ヶ月くらい前になったら本腰を入れて探そうと思います。姉も賛成してくれて、母にも認知症外来を受けさせた方がいいとも言ってくれました。

     でも、今夜あたり少しは母が話をするようになりました。あれだけ利発で頭の良かった母がもう病院に行ってもお店に行っても、僕が代わりに用件を話してあげないと自分では相手に話を組み立てて言うことが出来なくなっています。

     よいこちゃんの言う通り、出来るだけ母の話相手になってあげて、生活のちょっとしたことでも今まで以上に支えてあげようと思っています。

     僕もつい数ヶ月前のような判で押したような規則正しい決まり切った生活が出来なくなりました。食事の時間や食べる物、入浴時間や何やかやがその日その日で出来るときにやっています。

     唯一の救いは、こんなにストレスが強い毎日でもお酒を飲みたいという気持ちがこれっぽっちも湧き起らないことだね。とうとう一生のうちに飲める量を飲んでしまって、もう脳もお酒を拒否しているようです。

     あとは自宅とその敷地内のマンション以外の不動産を処分するのをどうするか、徐々に話は進めていますが、しばらくは僕もストレスの多い交渉事に関わるようになるでしょう。

     それにしても、人間の衰える姿を目の当たりにすると、人間ってやっぱり若くて健康なうちが華だなあと実感します。父は体が丈夫で病気知らずだったので、病気で健康を損なうことがなくても足の筋力が落ちて歩けなくなったり、脳が衰えて認知症気味になったりで、これも良し悪しだと思います。僕は是非とも75歳、いや、70歳くらいで死にたいです。

     最近は毎日の夕飯は買って来たお弁当を食べています。母はもう何の調理をする気力もないようです。カレーすら作るのが面倒のようだし、冷凍餃子をフライパンで焼くことすらもうやる気がない状態です。ここ半年くらいで僕の家はすっかり変わってしまいました。

     じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 15817

     よいこちゃん、こんにちは。

     昨日の金曜日、父を老人保健施設に入所させました。僕も母も心身共に限界になり、地域包括支援センターという高齢者の介護専門の、市役所から委託を受けてあらゆる相談を受けてけれる機関にお願いしたら、たまたま空きベッドが一つあったので、水曜日にお願いしたら金曜日に入ることが出来ました。

     昔、僕の家の稲作をしていたたんぼのすぐ隣の土地にある施設で、お婆ちゃんも通いのデイサービスに行っていた場所です。色々と説明を受けましたが、家で寝たきりにしておくよりも色んなリハビリのプログラムがあり、食事も充実しているようで、何よりも介護者や介護を受ける人があちこちのホールに大勢いてとても明るい雰囲気で、父にとっても家でくすぶって寝ているよりもずっと楽しくいられると思います。

     軽いリハビリ運動が毎日あったり、レクリーションのような娯楽があったり、外からボランティアの慰問の演奏やら合唱やらがあったりで、良かったと思っています。

     ただ、老人保健施設は三ヶ月が入所期間の限度なんです。法的なタテマエでは、家に帰って在宅で暮らせるように機能を回復させる施設という位置づけなんですね。でも、もう家では介護する余力が僕にも母にもないので、三ヶ月過ぎたら有料老人ホームか、要介護者でも入院させてくれる病院に入ってもらうしかないと思っています。昨日、姉も家に来てくれて、とにかく世間体だの本人が可哀想だの言っていられる状態じゃないから、もう在宅での介護は無理してやる必要はないと力説してくれました。

     もうしばらくして僕も母も心身ともに疲れが癒せたら、次の行き先を探して入れてくれるか相談してみようかと思っています。

     最近は毎朝、母と二人で父のオムツの便の処理をしていたので、僕も朝ごはんを食べる気になれなくて、ヨーグルトドリンクとバナナ一本という日が続いていましたが、今朝からいつものように納豆やタラコや大根おろしでお米のご飯を食べられるようになりました。

     でも、母の頭がとにかく衰えてしまって、言葉が全然見つからなくて会話がなかなかスムースに行きません。認知症ではないと思うんだけれど、とにかく加齢による脳の衰えが物凄く感じられます。半年前とは別人のようです。もう余計なおしゃべりなどしなくなったし、声に張りもヒョロヒョロと話すような状態です。

     そんなわけで、報告いたしました。じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 6355

     生存確認の投稿だけで許してください。父を入院させないと僕も母も疲れ果てて狂い死にしそうです。

  • >>No. 15816

     だいぶ認知症が進んで、わがままも進行して、僕も母も限界です。入院させるつもりで地域包括支援センターの相談員に相談します。もう疲れ果てて首を吊って死にたいです。

  •  よいこちゃん、こんにちは。

     気遣ってくれてありがとう。父が更に更に弱って来て、母も更に更に弱って来て、なかなか大変な状況です。父が4日間ほど入院して今朝退院して来たんだけれど、どうして分からないのか、さっそく弟が二人別々に来て、ベッドに寝ている父に長々とああだこうだと話かけていました。

     僕も母も父も入院から退院まででバタバタしていて、退院してホッとしてゆっくり休んで過ごそうと思っていたのに、今日はそれをメチャクチャにされました。入院中も弟たちや妹がみんなでお見舞いに来たし、それは仕方ないにしても、ここまで自分の親のようにベッタリと干渉されたらもう鬱陶しくてたまりません。

     まあ、よいこちゃんも言ってくれるように、母とも 「なるようにしかならないから、出来るだけ手厚く看てあげなくちゃ」 とかあまり思わないようにしようね、と言い合っています。母も頭が本当に衰えてしまって、言葉も弱々しくてヘナヘナになってしまいました。顔つきもいつも目やにがドロッと溜まって目が垂れ下がって、あれだけどうでもいいことをペラペラとおしゃべりしたがったのが嘘のように余計な口を利かなくなってしまって。

     まあ、何とか母を支えてなるようになるさとやって行きますよ。多分父はもう老衰だと思います。食べられなくなったし便を押し出す腸の力もなくなって来たし、眠ってばかりいますからね。母が言うにはもう数ヶ月のうちにお終いになるだろうとのことです。

     毎日暑いし、気持ちも体も負担が大きくてかなり辛いけれど、まあ多くの人が通る道だから仕方ないですね。

     じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 6353

    かずさん、こんにちは。

     うちはもう終わりを間近に迎えているような家の状態です。父も母もつい一年前とは別人のように弱ってしまいました。僕も同様で、飲酒欲求がないのだけ、本当にそれだけが救いで、あとはもう何もかもが低迷しています。

     生きていることの意味なんて別になくてもいいのですが、楽しいとか美味しいとか身も心も休まるとか、そういうこともなくなってしまうと、もう生きていてもしょうがないっていう感じです。もう早く死にたいです。

     かずさんに合ったいい相手と出遭えるといいですね。やはりメンヘラに理解がある人がいいんでしょうね。僕がもし恋人なり結婚なりの相手を本気で真剣に探すとしたら、一度もモテたことがないような女性を選ぶしかないと思います。「初めて男の人にこんなに優しくしてもらった。ブスブスってずっと男からはバカにされて疎んじられて来たこの私をこんなに大事にしてくれる男の人がいるんだ」 と思わせて結ばれるしか手段がないと思っています。

     でも、もう恋人も結婚もとっくに諦めていますし、特に後悔もありません。数々の、そういったお店でなければ口さえ利いてもらえないような女性たちと素っ裸で散々とイイ思いをして来たので、その思いでだけでもういいです。

     自民党の優秀な経歴の女性国会議員が、男性秘書に猛烈な言葉によるパワハラをしている録音が公開されていますが、たぶん夫婦喧嘩のときなどにああいった状態になる女性は結構いるじゃないかと思います。それを思うと僕には女性と共に人生を歩むなんてとてもする気になれません。まあ、愚図で一人前になれないダメ人間なんでしょうけれど、もうそんなことはどうだっていいです。とにかくイヤなことがない人生を送って早く死にたいです。

  • >>No. 15812

     よいこちゃん、こんにちは。

     うちはもう終わりです。もう早く死にたいです。生きていること自体が面倒臭くて億劫で煩わしくて。こんな気持ちになるとは一年前には思ってもいませんでした。

     今年の夏のお盆からはもう父の弟や妹たち夫婦は来ないように父から電話しました。一旦うちに集まって仏壇にお線香やお供え物をあげてから、予約してあったお店に会食に行っていたけれど、もう父も食がすごく細くなったし、1時間2時間といくら背もたれがあるとは言え、ずっと座っていられません。うちで出前でも取ってと言っても母が何やかやで準備が大変だし、もうやめようと。

     僕は昭和ヒト桁生まれの親の子供としては、いい学校に行っていい就職をするのが一番の幸せで成功した人生、という価値観を植え付けられて育って来ました。母はそうでもないけれど、父はすごかったです。

     でも、もう何もかも終わりです。あとは早く死にたいです。ボケっとタバコを吸っている時が一番気が休まります。

     じゃあ、またね。さようなら。

  • >>No. 15810

     よいこちゃん、こんにちは。

     風邪はいったんひくと長引くよね。僕もそのタイプで、両親よりも3倍くらい長く治らないです。いつも春になると鼻かぜをひくんだけれど、今年は大丈夫だったです。鬱と親のことが心配で風邪をひくのを忘れちゃったのかな。

     眠れないって訴えていたから眠剤を父に与えていたんだけれど、どうもそれが良くなかったみたい。夜になると意識障害を起こしてしまって、幻覚を見たり自分がどこにいるのか分からなくなったりして 「いよいよ・・・」 と暗澹たる気持ちでしたが、「もしかして」 と思って眠剤をやめたらかなり良くなりましたよ。でも便秘になると頭の方もちょっとヘンになるね。

     母も言葉が出て来なくなって、簡単な字も書けないことも増えて、だいぶ衰えてしまったようです。父の介護疲れもあるんだろうけれど、ちょうどそうなる年齢になったみたいです。母は元気だったからひょっとして100歳まで生きるんじゃないかと1年前までは思っていたけれど、人並みに衰えて来たようです。

     僕は底深い鬱症状はだいぶ改善されたけれど、とにかく生きていること自体がもうどうでもいいような、何の希望もない状態です。最近は新聞もテレビもほとんど観る気が起きないんだ。どうせ長生き出来ないんだしと思って、2階の部屋に150万円かけてオーディオを置くことにしました。木曜日に内金を50払って、月曜日に残金を払って来ます。5年前に買ったのとは全く違ったメーカーで、ジャズ主体じゃなくて何でもそこそこに聴けるようなシステムにしました。

     在庫の関係で納品は8月半ばくらいになりそうだけれどね。最近はネットで買い物ばかりしていて、抱き枕だの寝具セットだの鼻毛カッターだの。畑にある2棟のアパートも買い手がみつかりそうな状態のようです。もう両親がいなくなってしまったら、すぐにでも僕もこの世からいなくなっても全然構いません。とにかくイヤな思いをしないことだけに気をつけて残りの人生を送るつもりです。

     姉の長男は大学を7年間行っても卒業出来なくて中退して、この春から介護の専門学校に入学したんだけれど、そこも行ったり行かなかったりらしいです。大学と違って試験に通って単位さえもらえればいいって学校じゃないから、知識や技能が身につかないと意味がないからね。2年課程らしいけれど、もう来年の分は学費を払わないで中退させると姉の旦那は言っているようです。姉の旦那も58歳を目前にしてあまりに仕事のストレスでどうしようもなくなって中途退職して家にいます。

     何だかqqq家は呪われた一族のようですね。金がいくらあってもそれだけじゃ絶対に幸せになれないとよく分かりました。必要なだけあればお金はそれでよくて、あとは家庭円満で笑いや希望があって、日々を退屈しない楽しみがあれば人生なんてそれでいいと思います。学歴だのどこに勤めていくら貰っているだの、そんなのはちっとも本質じゃないですね。それでも子供を小学校から進学塾に通わせて、一流の中高一貫校から一流大学へ行かせようとする親の何と多い事か。僕にはとても理解出来ません。

     長々とごめんなさいね。お互いに週に一回程度の生存確認をして行きましょう。

     じゃあ、またね。さようなら。

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