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投稿コメント一覧 (534コメント)

  • *ちびっこサッカー*

     チビッ子サッカーが行われていた。ユニフォーム名からすると他府県から来てると思われる。すでに試合は行われていた。青いユニフォームを着たおんなの子がいた。おんなの子と判別できるのはポニーテールにして髪を結わえているからなのだが、この年頃の子供たちの体格に大きな違いはなく外観からはわかりにくい。

     ボールを止めたり蹴ったり、仲間にパスをしたり、適所にポジションとりをする基本的な技術的差はないと思うのだが、身体の発育過程における筋力のつき方によるものか、瞬発性と果敢さと瞬時に読み取る状況判断に多少の相違があるのかもしれない。

     女性の積極的な社会参与と社会進出とともに女性アスリートたちの活躍も目覚しく、ボクシングやレスリングといった格闘技の世界にも花を添え、憲法でうたわれている男女平等の社会を謳歌し健康で文化的な生活をおくっていると思われる。

     と言いつつも、男女の社会的役割というものには相違があり、微妙なところでギクシャクとした不幸な事件も起こっていると聞く。このことを拡げ拡大して書いてみようとは思わないが、女性にしかできないこととして<妊娠・出産>というものがあり、オトコどもが騒ぎわめきたててもできるものではなく、また男の精子がなければ受胎することもない、ということを考えてしまう。

     大相撲の世界では今でも「女人禁制」というものがあり女性が土俵に上がれないという。五穀豊穣を願っての儀式や祭事の意味が込められており、大きな社会的意義をもってはいたが、封建的な思想の残滓があってのことなのか、そうではないのか、その規約の背景と運営はわからない。清める、清純という語を散りばめた規約説明があるのかもしれないが、その論拠は何であるのかは科学的に論ずるモノを拝見したことはない。女性が清らかなモノではなく「不純なるもの」という思想が正しき思想認識とも思えないが――。

     小柄なポニーテールチビッ子選手がおとこの子たちに混じって元気いっぱいプレーしてるのだが、そこそこの高い技術を身につけているのに、ワタシの目には、それを抑えたやや遠慮ぎみにプレーしてるように映っていた。一千年二千年という長い男女の日本の社会風習と歴史がちびっこポニーテール選手を抑えているように思えた。


    んじゃ!

  • *Who is it ?*

    16時13分に更新されてる。
    どなたはん、・・・うーん?
    小さなトラブルがあったので、何かを教えてくれようとしたんでしょうか?

    ここは途中からヨングリッシュで書き込んでるので、えーごでないとダメだと思ったんだろうか、そうであるとするのならば、ちっとも気にしてまへんので、お心遣いをする必要はありませんよ。


    せっかくドアをノックしてくれてるのに、何かメッセージを残してくれれば、いいのにと思いましたでござりまする。

    #暑中お見舞い申しあげし御座候

    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • *これってな~に?*

    ヤフーから変なメッセージが入ってきました。
    これって、な~~~~~~~に?

    ******?????????

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    Yahoo! JAPAN

  • *チビッ子野球*

     早朝の公園のグランドでは少年野球の練習が行われていた。小学生の一、二年生が主体のチームなのであろうか。全員が野球のユニフォームを着けた立派なチームなのであろうが、愛らしくかわゆい。

     野球は、「投げる」「打つ」「走る」という基本動作が要求されると思うが、チビッ子たちの投球を見ていると、女性が腕と肩だけでボールを投げるような動作をしており、とても愛らしく見えはするのだが、指導者にしては、それでは困るのであろう。

     二十代後半か三十代ほどの二人の男性指導者が見守っていた。
     試合形式の練習らしくポジションにつき、チビッ子ピッチャ-とチビッ子バッターが立って打撃をするが外野へボールが飛ぶことはなく、コロコロと内野へ転がっている。それを一塁へ送球するが、ボールが届かず弓なりのワンバウンドになり一塁手が捕球できない。ライトに守っていたチビッ子が、そのカバーリングに走りボールをとっていた。

    「ライト、ナイスカバーや、ナイスプレー!ナイスプレー!」
     と指導者が大きな声で激励していた。

     一塁へ送球するボールは何度やっても届かず悪送球になっていたが、子供たちが大きな声を出しはじめ、
    「ライト、ナイスカバー」
     と声をかけていた。

     怒鳴ったり、悪態をついたり、幼い技量をののしり人格を否定するような指導者もいると聞くが、そんなことなどはなく子供たちが精いっぱいプレーを楽しんでるように見えた。

     とても爽やかな青年監督さんの指導を少し離れた所から見学していた。見てるワタシも爽やかな気分でありました。


     んじゃ!

  • *ほろ酔うて想いし候*

    「自分のことやさかい自分でやってみます。自分で解決します」
     てなことをカッコつけて同僚や先輩や上司に向かって粋がって述べていたと思う。あたかも責任をもって事にあたり全力を傾けるひたむきな姿勢を見せて喜んでいたのかもしれない。ほろ酔うて、そのような場面を思い起してみると、自分の能力を見せびらかし自慢がしたかったという計算がどこかにあったと思うことが多々あり恥ずかしい。

     入社間もないことで、外部からの英語の電話が入ればワタシにまわされ自然と対応していたのだが、相手国がアメリカであったりフランスであったりドイツであったりノルウウェイであったり韓国であったりとする。担当部署がちがうのにも関わらず相手側は便利さで、そのようにしてロのスを省いていたのであろう。そのほとんどのことがどうでもよいような内容でお仕事の進捗状況に大きく影響するものでもなかったが、電話をうけてしまった責任から他の部署へメールなり内線を入れねばならなくなっていた。(これはワタシの仕事ではなかった)。

     ある日の朝、W社のプロジェクトマネージャから直通の電話が入り、関西空港で「荷が不明なっている」とのお叱りがあった。ここに、その荷物のことを書けないが、その内容の写真と送付状と発着日のエアポートを記載したメールを送りつけてきた。担当課があり、これは、その担当課が責任をとらねばならないものである。

    国際電話のやりとりは昼食のチャイムが鳴っても続いていた。何事かと上司が「だいじょうぶか」と声をかけてくれたが、この時に担当課へ転送しておけばよかったことなのに、「やってみます」と、この件に没頭したことがある。

    難なく事は解決したのだが、このことを不愉快に思ってる者もおり、担当部署の上司にしては腹立たしいこととして受け取られてしまったようであった。これによるひつ罰も給与カットも注意勧告もうけなかったが、人間関係がぎくしゃくするのを覚えた。

     ワタシがとった行動が正しいのか誤っていたのかは別の次元のことで、過ぎ去ったハナシをここにしてるのは、「自分のことは自分がイチバンよく知っている」という善的解釈を主観的に捉えるているがゆえに生じる一面でしかなく客観的に物事をとらえていない証であったと思い書き込んでいる。

     少し酔っているのだが、あんましと楽しくないことが浮かび、書いてみた。

  • *Looking for Blue Stars in the night*


    I have broken my hearts. I have broken my dreams. I have been alone for a long time. I have been crying all the way whenever I close my eyes after you disappeared before me. You passed me by.
    Are you in Heaven ?

    I still stay alive in the Earth. Just because I don't want to give in myself. When you smile, I can smile,
    when you kiss me, I can give you back a thousand of kisses, I hope so.
    But you are not here with me.


    This time, and next time, when I cry, I'd like to drop "Happy Tears" for myself.
    I want to cry for a happy scene.
    I wonder if it will happen ?

    Bye Bye



  •  サッカーの合宿は午前の部と午後の部の二部制の練習となっていた。午前の練習は技術練習が主なものであったが、早朝の六時からの10KM走は苦手中の苦手であった。最年少のワタシからすれば皆さんが先輩であり熾烈なポジション争いをするライバルでもあった。そういうこともあり全速力に近いスピードで10KMを完走しなければならなかった。慣れないワタシは遅れをとりへたばってゴールをしていた。はじめの内は朝食が喉を通らなくて、この10KMスピード持久走に慣れるまで、朝食を見ると嗚咽をしていた。

     懐かしい学生時代のおハナシなのだが、あの電柱まで、あの信号まで、あの看板まで、あの曲がり角までと自分に言い聞かせながら走っていた。他のことを思考する心のゆとりも肉体的余裕もなかった。ただただゴールを目指して先輩たちに遅れまいと走っていた。

     マラソン選手でもないのに長距離スピード走が必要なのかという疑問をお持ちの方もおられると思うが、必要なんですよ。なんで、どうして、という質問があればお答えもしてみたいのだが、チョッぴめんどくせーとも思え、ここではご勘弁させてくださいませませマセ。

     午後の部は戦術理論学習と実践練習が主なものであった。理論勉強はほとんど居眠りをしていた。実践練習では監督の選手起用の采配と裁量がうかがえるも試合形式が多く本番さながらのもので、深いタックルで削ってくる、ぶつかってくる、勢いあまった危険なプレーとファウルもある。再起不能の怪我人も出る。正選手へのポジション争いが過酷で熾烈であった。

     そんなことを思い起こしながらお散歩を楽しんでいるのだが、肉体で覚えたものは机上の論とはちがい、ボールをもって公園へ行くと身体が自然と反応し自在にボールを操り、なめらかなりフティングとスピーディーなドリブルが今でもできる。

     そのような昔というか過去があるがゆえに今という現在のワタシが在るのだろうと思い書いているが、いかなる過去を歩んで来たのかは、いかなる現在と未来を表しその姿を示し、この歩みは、社会においても国家においても言えることではなかろうか。

     「今」という、この瞬間の構築が未来のワタシの像を描いていると思えば、もうチョッぴ頑張らなあきまへんのんかもしれまへん。

    んじゃ!
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • *ほろ酔うて想いし候*

     書く記事の内容がエッセイ風なので、そうなのだろうと思い投稿先のジャンルもそのように選んでいた。しっかりと読んではいないが投稿先には作家や詩人が多く読書量を誇ったり、文学とは何か、人生とは何か、とのことが散りばめられていたような気がしている。素直に感じたことをもう少し正直に云えば、自慢がしたくてうずうずしてるおっさんとおばはんが多いとうけとっていた。

     読むこともないし、読まれたいとも思えず、投稿先を変えてみた。書く内容に応じてジャンルを選べば良いのだが、こだわりをもたず投稿ができるのは「ブログ練習用」と思ったので、ここへ投稿し始めている。

     ところが、でんがなまんがなででんがなまんがなになっており、ワタシの投稿は掲載されていないのである。もちろんヤフの投稿規約に反することなど書いてはいないし、これっぽちも無いと思っている。投稿拒否の理由を明示しない運営管理に疑問もあるのだが、言論の場を提供しておきながら、それは企業の巧妙な宣伝効果の戦術戦略を優先する無能な集団が機械的な操作をすることで生じている主原因があると思っている。

     幾度も掲載拒否をうけてるので慣れが生まれてるのか、呆れかえるとともにヤフーの無能クソばば様集団と関わるのはイヤだな~と思いはじめている。

     平たく言っちゃえば、お仕事ができない無能な集団ではないのだろうか、と思っている。
     しっかりとお仕事をしてもらいたいものでありまする。

    *ps:
     ワテのブログから

    んじゃ!

  • *汗が噴きデマスル*


     お風呂用の洗剤カビキラーを求めて出かけた。バイクで往復五分ほどの道のりなのに家へ着くと汗が噴き出している。 気温は32度をしめしている。いつものことであり夏は暑く汗が出るものなのに、走ったり転んだり、サッカーの試合を行ったわけでもないのに、それに相当する汗が出てる。昨年の夏場もこんなに汗をかいたであろうかと考えている。体調の変化であろうか。

     早朝のお散歩とシャワーを楽しんでいることからする新陳代謝が良くなっていると解釈すれば、よい体調の変化の兆しとうけとれ無理からと、そのように思っておこうとしている。


    んじゃ!

  • *わてがわてだの純情ナニワ男節*
     
     包丁一本晒しに巻いて板前修行に精を出す浪花の丁稚奉公人儲け太郎が道頓堀横丁をさまよい歩いている。ぶつけることのできない燃えたぎる情熱の放出の術を模索苦悩してるのであろうか。肩をおとしうつむいて歩いている。

     夕闇せまる夕暮れどきの道頓堀の空にトンボが楽しげに舞っている。お琴のお稽古ごとの帰りなのか、お勤めからの帰路なのか、あのオトコこのオトコと遊びほうけてのホテルからの帰りなのか、室町期からの御用達を請負ってきた由緒正しき堺屋権兵衛のご令嬢とばったりでくわしてしまった。儲け太郎が苦しみもがいているのは、このご令嬢への恋慕の苦しみなのである。

    「コイさん、わては、わては、わてはコイさんが、コイさんが――、七つで丁稚奉公にあがったその日から、コイさんがコイさんでコイさんやったさかいに包丁100本っをサラシに巻いて板前の修行に励んできました。一人前の板前になって婦夫になってコイさんにコイをいぱい食べてもらおうと鯉料理の修行に出ます。それまで待ってくれはりまっか、どないでっしゃろうか」

    「コイさんコイさんて言わはるけど、コイさんやからってコイ料理がスキだとも言えまへんのに、なんぞ理由がおますのかいな」

    「へい、わてはコイさんがスカートをたくしあげてパンツ丸見えの男座りであぐらをかき一升瓶をラッパ呑みし、大きな声でオヤジ酒もう一本持ってきな、早くしやがれボケと喚きながら大きな口で鯉のお刺身を食べてはるのを見ましたんや。コイさんは赤いいちごのパンツをはいてはったでしょう。それからというもの、わては、わては、わてがわてでわてでおまんがなでした」

    「あんた、なに言ってはるんかチットもわかりゃしまへんわ、包丁をさらしに100本も巻いたら危のうおますし、わてがいちごのパンツをはいてるのを何で知ってはるんや。もしかして、あんた、アホちゃうの!」

     道頓堀の陽は沈み、道頓堀川の水面がさみげに賑やかなおーさかの灯を映し、静かに流れている。


    #お散歩で汗ばんだ魅惑的な肉体にシャワーをかけながら考えたおハナシやで~!

    んじゃ。

  • *ワテはお昼寝をしまするのでごわす*

     朝のお散歩も終え、シャワーを浴び、クーラーが送り出す冷風のなかでバニラアイスを食べちゃうと眠くなってしまう。小さな赤子でもあるまいし眠っちゃうと時間を浪費してると思い、睡魔に襲われながらパソコンを開けてみた。

     お散歩も日課として毎日行うと疲労が蓄積してるのかもしれない。お散歩もただ歩くだけではなくハードなトレーニングメニューを入れている。その詳細を書いたところで面白くもおかしくもないと思われるが、そんなノウハウが身についており身体が自然とステップをとり、汗がしたたり落ちている。食欲も旺盛である。

     今日は月曜日。地元Kスーパーでは全商品10%引きの日である。汗ばんだトレーニングウエアの短パン姿のままで行ってみた。ソフトクリームを求めて行ったのだが、カートに二つも三つも買い物かごを載せたおばはんたち並んでおり、待ってる間にソフトクリームが溶けてしまうかもしれない。

     レジ前に群がっているおばはんたちを見てると、「生きる」という生物学的な人間を考察してるみたいで、そのたくましさとしたたかさを感ずることがある。

     ワタシは必要であるのかを考えながらのお買い物をするのだが、おばはんたちは安い内に買い溜め備蓄することで品定めをし、ご家族の健康と胃袋を満たしているのだろう。


     良い意味で述べているのだが、悪い意味では無駄なお買い物をしてまへんか~?!、とも思っちゃう。


    んじゃ、
    やっぱ、おひるねをしまするバッテン、ばってんばってんでごわす。
    (*^-^*)ノ~~

  • *ほろ酔うて想いし候*

     すでに酔ってる。ほろ酔いを少し越えた状態であろうか、足がもつれたり呂律がまわらない状態ではないと思うが、客観的要素は全くなく主観のみであることを述べておきまする。

     世界の首脳が集まりドイツで主要二十カ国のG20サミットの会合が開かれ、昨日の八日に閉幕しドイツの首相メルケルさんが会合の総括をした、との報道記事があった。

     要約すると、「反保護主義経済を明瞭化」「パリ協定による地球温暖化問題を早急に取り組む」、との議題が主なものではなかったろうか。北朝鮮の核開発問題への議論は深めることができず課題をのこしてはいる。

     私的な意見を押し付けるつもりはないのだがワタシはメルケルさんが大大大好きなのである。女性だからではなくと言いつつ女性特有の感性感覚で世界の政治経済の難問に現実的路線を訴え行動をとろうとする「老子的哲学」を感ずるのかもしれない。少なくともワタシには国家や国民に正直であろうとする政治姿勢がうかがえるのである。

     自分のクニだけが美しく、自分の父母が育った故郷で培われた歴史や伝統や文化だけが正しくて美しいと論じる先進国と称するアメリカ大統領とは一線を画したというだけでも大きな政治力学貢献をしてるように思える。

     メルケルさん所のドイツも昭和前期の日本も 「美しいクニ」と自己陶酔し隣人に地球に、その地球に住む全ての生き物に迷惑をかけ破壊と殺戮をもたらしてきた歴史をもっている。ドイツ人は、その罪を認め半永久に渡って償い続けることを憲法でうたっている。アルバイト生であろうが警察官であろうがサラリーマンであろうが教師であろうが地方銀銀行かであろうが地方公務員であろうが、全国民が給与の一割か二割かを徴収し「ナチズムによる戦争被害者」への補償をしてると友人にきいたことがある。(日本はその過程をクニとしての総括が行われず問われている)。

     メルケルさんは東ドイツ出身で東西冷戦の「ベルリンの壁」をも知っておられる。
     慌てず急がず、現実を見据えた政治判断ができる世界のリーダーと思え、酔っているのだが書いてみたくなり、パソコンのスイッチをつけたのでござりまするる。

    んじゃ!

  • *喪失して悟るものといえども*
     

     専門的な医学知識を修めずとも現代人は、自分の肉体を通して人体の構造がいかようであるのかは薄ぼんやりとは理解しているのではなかろうか。そのような知識と経験で「健康」とやらを論じ人生を振り返っている投稿を散見する。闘病生活の精神の気高さを述べたいのかもしれない。高齢者をどのように定義してよいのか分からないが高齢者とお見受けする投稿と思っている。高齢者の多くの投稿が人生を嘆き後悔している。そのことをブログや掲示板に書き込んでいるのは何故なんだろう、と考えた事がある。。

     余命幾ばくかの高齢者の心情が全く理解分からないというものではないのだが、媚びへつらうような同情を求めている文の底意が理解できないのかもしれない。



    んじゃ、
    んじゃだね。
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • *Can you hear me ?*

    Night time falls. I close windows. In the calm light I take some drinks now, it seems everything will be all right. My thoughts and dreams take me somewhere to sea shore.
    There's no need to bother me now. Just because I can be with you if I close my eyes in the calm light.

    Everything, beautiful roses, loves too, grow old. They are changing and they are aging.
    Let them out, let them all begin.

    Can you hear me ?


    Good night !

  • *朝のおちゃんぽ*


     お散歩をすることを習慣化させようとはりきっております。雨の日もレインコートを着て出かけている。「雨ニモマケズ、風ニモマケズ・・・」と言えば、カッコいいのだが、(おのれには負ケテ)はいる。早朝といえども時間はまちまちでごわすが続けている。

     三十分ほどのお散歩なのだが歩くだけでは飽きてしまうので軽やかなステップを踏んだりクルクルと回ったりしている。ダンスを踊っているかのような連動性を楽しんでいる。今朝は全速力で30Mを五本ほど取り入れてみた。汗がしたたり落ち筋肉が喜び血液が肉体を冷却させようとがんばっておりまする。とても爽快な気分になれまする。

     シャワーを浴び、冷蔵庫を開けアイスキャンディをもとめたが、ありゃりゃであった。食べちゃったのだろう。このことがチョッぴのチョッぴでありました。


    ちゃんちゃん

    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~おっはー

  • *なんだ坂、こんな坂、あんな坂は、どない?*


     自転車の修理は自転車屋さんで頼むものとばかり思っていたが、グリーンガーデンという大きなお店でも取り扱っていると教えてもらい運んで行くと担当者が不在で自転車を預けておいた。三日ほど、そのままにしておいた。お買い物の帰りに寄ってみると、修理をしてもらった緑色のワタシの自転車がサービスカウンターの横に置かれていた。二十歳を少しこえた気の良さそうな若者が表れ、幾度もワタシの家に電話をしては留守録に用件も入れておいたのですが、と申し訳なさそうに言っていた。(申し訳ないのはこちらのほうで恐縮する思いであった)。

     修理としては後輪のパンクと前ブレーキのパッドの交換をしたという。1、350円という請求額であった。
    (え~~~ッ)と声が出そうなほどに安かった。パンク修理が800円、パッドの交換が350円、後は技術料ということなのだろう。乗ってみて分かったのだが、前カゴのサビを落とし磨いてくれており、抜け落ちてしまったビスは新たなビスで固定してくれての請求額なのである。

     気が良さそうだ、と書いたが色が白くて小柄な青年で勤勉な生真面目さの印象があり、その純真さだけでは世渡りもタイヘンだろうな、と思わせる青年とお見受けしてしまった。

     自転車は軽やかでブレーキの効きもよく爽快なのだが、緩やかなれども長い坂が多い我が街なので、あんましと乗りたくはない。が、乗って帰らねばならない。アップがあればダウンもあるものなのに坂がキツイと思うところは自転車を押していた。後ろからチリンチリンとベルを鳴らしおばはんがワタシを追い越していた。どんな強靭な太ももをしてるのか軽々と坂をのぼっていた。おばはんといっても若そうで立ちこぎをしてる様は少年のようで美しい躍動感すらあった。

     ワタシも負けずに、
    (なんだ坂、こんな坂、こんな坂、あんな坂、あんな坂、あっち向いてホイ)
     と訳のわからない掛け声をかけながら坂を登りきりましたぜよ。えっへん!

     家へ着くとあせだくになっておりやしたけども――。


    ちゃんちゃん

    んじゃ!

  • *曇り空の公園にて*


     公園へ出かけることが多くなっている。今日も朝から青空の中お散歩をしたが午後にも出かけた。お陽さんは雲のなかに隠れ午後からは曇っていた。スポーツウエアではなくリーバイスの短パンに洒落た薄手の長袖Tシャツを着てみた。裸足ではける革の短ブーッのサンダルをはいてチョッぴ気取ってみた。恋人もいないし誰かさんと出会う約束などもないのに、そんなことをしたのは、「ハナテンさん」とであうことがあるかもしれないとの淡い期待をしてるところがあるからなのだが、そんな現実は起こらず、「国破れ夢破れ麗しき山河も涙に暮れ」、てな状況でごわした。

     週末であるのに公園には誰もいなかった。曇り空であるからかもしれない。ベンチに腰かけぼんやりしてると、
    「おいちゃ~ん」
     と幼児が声をかけてくれた。この幼児は四歳である。顔に砂がつき目の周りが砂だらけで、目に砂が入ると危ないので手とハンカチで拭いてあげたことがある。ワタシは忘れていたが、この幼児は覚えていた。
    「あそぼー」
     と誘ってくれた。兄弟三人で遊びに来たらしく各自が名前と学年年齢を述べてくれた。長男坊が十歳、次男坊が八歳、そして俊敏な動きを見せる四歳児のチビッ子である。傍らに停めておいたバイクの計器類のEやFやエンジンのかけかたなどに興味をもっていた。

     こどもたちは有馬口から来てるという。子供が歩いて来れる距離ではない。自動車で四十分の道のりである。母親と父親が運転する車で来たという。お迎えもそのようにするという。
    「雨が降ったらどうするの、携帯電話はもってるの、お父さんお母さんはどこにいるの」
     と、聞いてみた。携帯電話もなく雨が降ったら公衆トイレへ行くという。ご両親がどこに居るのかはわからないようだ。不便で不安で心細い心境であるにちがいない。

     推測を断定してはいけないのだが近辺に大きなパチンコ屋さんがあり、親御さんはパチンコをしてるのではなかろうかと思ったが、口にはせず、
    「お父さんお母さんがお迎えに来るまで待ってるんだ」 
     とだけ言ってみた。

     気になって公園へ再度出かけてみた。こどもたちの姿はなく、ご両親のお迎えの車に乗って無事に家路へ向かったのだろうと安堵している。

     雨は今夜の九時頃から降るとの予報がある。

    #めでたし めでたし


    ちゃんちゃん

    んじゃ!

  • *1+1=2でない、不思議な国*

     国会中継をテレビ視聴しなくなった。おもしろくないし、真摯な質疑応答が行われていると思えないし、詭弁の上に詭弁を重ねていると感じるからであろう。平たく言っちゃえば、多額の国家予算を投じ、国会という場で誤魔化し合いが行われていると思っている。

     それを報じるマスメディアにも目を通さなくなっている。マスメディアが公平で客観的で信頼できるニュースソースを報じてる情報機関と思えなくなっているからであろう。マスコミの姿勢が政権寄りではなく現政権を支持応援してるかのような報道をしてるのは、現政権と類似した思想をもち同一方向へ向かうベクトルを称賛してるかろと思えてならない。マスメディアが果たす社会的役割というのもあろうが大きく期待できるものでもないようだ。

     1+1=2であるのだが、この人たちにとっては、1+1=1でもあり、3にもなり4にもなり、お好みの解答を論じれる奇妙な論法を用いることを得意としているようだ。有能な論理展開と思えないのは、その論理に用いる魔法の言葉には美しく装飾された嘘の言葉が散りばめられている。こっそりひっそりとした「堂々とした嘘」をついているのである。

     赤い色に赤い色を入れても赤い色である、つまり1+1=1である、という手品のような、魔法のような言葉を使っているのだが、それは哲学的にも物理学的にもおかしなことで、質と量の変化を条件にとらない誤魔化しがあるからであろう。

     「もりとも学園問題」「かけ-問題」、社会を賑わせてる社会問題であるのに、我々の生活と密接なつながりがあるはずなのに、遠い異国で異国の言葉で政治が語られ報じられ、そのことを善しとする社会に生きているのだろうか?


    んじゃ!

  • *ほろ酔うて想いし候*

     物理学で論じられる「時間・速さ・距離」(T=F/S)は、今日の小学生でも算数の時間で学んでおり、なかにはアインシュタインの相対性理論を理解しうるチビッ子学者さんもいるかもしれない。

     タイムマシン(Time-machine)という時間旅行をする映画やテレビ番組では、好きな時代へ空間移動ができ、物語を歴史時代のなかでおもしろおかしく展開しているのだが、観念と理論のお遊びとしては強く惹きつけられる。

     ほろ酔うて想うのだが、そんな夢のようなマシーンが在るのならば、ここで「在る」と想定してハナシを展開させようとしてる事自体に論拠のない観念の矛盾と戯れているのだが、どんな時代に生きようが、それが応仁の乱の最中で殺し合っていようが、飢餓状態におちいり生命をおとす環境にはまりこんでいようが、「生きよう」「生きてみよう」と思えるモノが在るのならば、いつの時代であっても、その可否を問うことはないかもしれない。

     と、酔ったアタマで考えているのだが、どうも現代人であるワタシは「げんだいじん」と呼ばれたくないし、げんだいじんであることがイヤと思ってるところがある。

    (な~んで?)
     と問われるのならば、
    (な~んでも!)
     と強く返答するかもしれない。


    #幸せだというために悪魔に心を捧げねばならない時代って、おかしいし悲しいよ。 
    #酔って書く事ではないかもしれないが、酔ってないと書けないことかもしれない。


    んじゃ!
    (*^-^*)ノ~~ぐつどないと~、やで。

  • *ほろ酔うて想いし候*

     お酒――。
     この時刻になるとお酒は友なのか、午後五時を超えるのを心待ちし、わが友慰め合い労わりあい励ましあい、時として涙も流してくれる友・お酒君と語り合うこともあるが、楽しみにもしている。

     すでにチョッぴ酔ってはいるのだが、冠婚葬祭を除き、いかなることがああっても朝から昼からアルコールを口にすることは禁じていたし、それがワタシがワタシに課したルールなのだが、このルールを楽しく夢心地で破れる日を想定すると、とても楽しくなっている。

     どういうことを想定してるのかは、やっぱ内緒やね、ひ・み・つにしておこう。


    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~Have a good eveningやで~

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