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投稿コメント一覧 (513コメント)

  • 毎日お陰様で超多忙です。

    明日も朝9時から撮影が入っております。

    、、、レントゲンの。

  • ブスは交通事故に遭うのでしょうか?
    奥さん、安心して下さい。遭わないのです。

    運転手がよけます。
    どんなブスにも生きる権利があるんです。

    ただ生きる資格はないのです。

  • 豊かな教養

    こぼれる美貌

    あふれる脂肪。

  • ようこそおいで下さいました。
    目を閉じたくなるような美しい方ばかりです。

    まだまだ老け込むには、早すぎます。
    でも、連れ込むには、遅すぎます。

  • 「買い物中のお客様が不快な思いをされます」

    問題の注意書きは、あるツイッターユーザーが2017年3月22日に、その写真を投稿したことで大きな注目を集めることになった。

    投稿された画像をみると、貼り紙は一部のトイレ利用者に「配慮」を求める内容で、最上部には赤字で「お願い!」と書かれている。その上で、

    「最近トイレご利用の方の、大便の際のブリブリ音がウルサイと、他のお客様から苦情がきております」
    と店側が置かれている切実な状況を報告。続けて、

    「トイレからブリブリ音が聞こえるたびに、買い物中のお客様が不快な思いをされます。大便をされる方は、ブリブリ音の音量を小さくしていただきますよう、ご協力お願いいたします」
    と呼び掛け、コンビニ名も添えられている。ポスター上部の左右の余白部分には、土下座をしている人のCGイラストがふたつ添えられている。

    この注意書きについて、投稿者の男性は「トイレで踏ん張ってて顔上げたら この張り紙やもん」として、思わず「吹いてもーた」と率直な感想をツイッターで綴っている。

  • 「ブリブリ音の音量を小さくして」 コンビニトイレの切実「お願い!」

    「大便をされる方は、ブリブリ音の音量を小さくして」――。大阪府内にある中堅コンビニのトイレにこんな注意書きが張り出されていたとして、インターネット上で「やばい」「他に言い方ないの」などと大きな注目を集めている。

    客からの苦情もあり、排せつ時の音量を小さくするように求める内容に、ネット上では「無理言うな」「音抑えるとか無理」とのツッコミが相次いでいる。

  • 「清掃完了の合図」の場合も
     三角折の意味は諸説あるが、ホテルなどの施設でトイレ清掃員が「清掃完了の合図」として行う場合がある。ツイッター上でも「バイトしてた頃掃除しましたよーって印でやってました」との声も出ている。

     では、トイレ利用者が三角折をするのは望ましくないのか。衛生用品の開発・製造を手がける東京サラヤ(本社・東京都品川区)食品衛生学術室の村松寿代室長にJ-CASTニュースが見解を聞いたところ、

      「ふん便やおう吐物に接する場所であるトイレでは、感染症が起こりやすいです。ふん便など用を済ませた手によって、トイレットペーパーを親切心から三角折りする事は、かえって、手から汚染を広げてしまう可能性があります」

    と貼り紙の内容に同意し、特に脅威になるものとしてノロウイルスの感染に言及した。

      「ノロウイルスについてですが、実際に食中毒が起きた施設のトイレを調査すると、便座やドアノブ、手洗い水道栓など、トイレのあらゆるところからノロウイルスの遺伝子が検出されたという報告があります。また、感染者が使用した後のトイレが汚染源となって、食中毒や集団感染が起きたと考えられる事例が発生しています」

     その上で、「細菌やウイルス等の病原微生物は非常に小さくて人の目では見ることができません。いくらトイレがきれいに見えていても病原微生物が潜んでいる可能性があります」と注意を促していた。

  • トイレのペーパー「三角折」は不衛生 女子マナーがノロ感染の危険を招く
    6/10(土) 16:00配信 J-CASTニュース


     「トイレットペーパーを三角折にしないでください」と書かれた貼り紙が病院のトイレに掲示されているとツイッター上で報告があった。

     「親切心」から実践している人もいるであろうこの三角折だが、何か問題があるのだろうか。

    ■「他の人がベタベタ触ったペーパー使いたくない」

     ツイッターユーザーの「にゃーこ」さんが2017年5月28日に投稿した写真には「患者さんへお願い トイレットペーパーを三角折にしないでください」という文言に続き、「用を足した後の手を洗う前に、トイレットペーパーを折ると、便中や尿中(感染している場合)の細菌などの微生物が付着し、細菌感染する可能性が高くなることがあります」と書かれている。にゃーこさんは写真とともに「三角折りしたら清楚だと思ってる女子達に言い聞かせたい」と皮肉をきかせた言葉も添えている。このツイートは2万3000以上リツイートされるなど、大きな注目を集めた。

     トイレットペーパーの端を左右から折って三角形の先端をつくると、見栄えの良さもあってどことなく「清楚」な印象を受けなくもない。ただ、ツイッター上では

      「折ってくれた気持ちはいただきつつも、この部分はやぶりとってしまってます」
      「これ思ってたやつや...他の人がベタベタ触ったペーパー使いたくないよなぁ当たり前だよなぁ?」

    と、清潔感に欠けると思うユーザーが少なくなかった。

     J-CASTニュースの取材に応じたにゃーこさんによると、この貼り紙はある病院の患者や見舞客が利用できるトイレの、トイレットペーパーホルダーの上あたりに掲示されていた。病気の影響で「免疫力が落ちている人が多い」のだという。

  • 米国国内は大荒れしているのにNVダウは強いなあ。

  • 【ディーラー発】ドル円弱含み(NY午後)
    4時59分配信 セントラル短資FX

    NYダウが一時マイナス圏に沈んだことや日経先物の軟調な動きが嫌気され、ドル円は110円14銭付近まで水準を切り下げ欧州時間からの上げ幅を帳消しに。また、ドル円に連れユーロ円が123円31銭付近まで、豪ドル円が82円88銭付近まで値を落としたほか、ポンド円は140円08銭付近まで軟化するなどクロス円も軒並み弱含み。一方、ユーロドルは1.1195前後で揉み合となっている。4時58分現在、ドル円110.219-229、ユーロ円123.387-407、ユーロドル1.11944-952で推移している。
    最終更新:4時59分

  • 死から目を逸らさず今日一日を精いっぱい生きる

     ここに挙げた方々にとって、「お迎え」に訪れる死者たちは必ずしも恐怖の対象ではなかった。出現のしかたや会話も自然で、恐怖や不安も感じていないように見える場合には、その人のもとに一緒に行きたいという希求と一種の安堵感のようなものが本人には生まれているのかもしれない。もしそうであるならば、「お迎え現象」は死の恐怖を乗り越える助けになり得るのかもしれない。

     生理的な生には限りがあり、死は必至で不死の願いは叶かなえられない。死が避けられないとすると、生の意味を拡大解釈して死の苦悩を和らげようとする考えが出てくる。つまり死後生を願い、先祖となって家族、イエを守っていく存在となることも生の意味の拡大解釈の一つの形ではないだろうか。死の時でも先祖は見守ってくれているので、ひとりぼっちの寂しい最期はないと信じることもできるのかもしれない。

     ありきたりの話になるかもしれないが、私たちはいつ最期を迎えるかはわからない。その時が迫ってから「孤独のうちに死にたくない」、「誰かに看取ってほしい」とジタバタする前に、死から目を逸そらさず、今のうちから時間を共有できる相手を見つけて共に今日一日を精いっぱい生きる方が、この人生に満足し安心して旅立てるような気がする。

  • 予想外の展開に後悔した娘さんに


     72歳、男性。膵臓すいぞうがん終末期。

     妻とは数年前に死別し、独居であった。主治医に積極的ながん治療はないと言われて、自宅で過ごしたいと退院してきた。週3回程度、片道約1時間をかけて長女が訪ねて来ていたが、彼女は仕事を持っており長居をすることはできず、父親に頼まれた用事を済ませるくらいの時間しかなかった。普段の彼の生活はヘルパー、訪問看護師、訪問診療スタッフ、薬剤師がサポートしていた。

     ある日の夕方、トイレで真っ黒の便が大量に出た後、その場に倒れ込んでしまった。いつもと違う様子に、たまたま居合わせた娘は救急車を呼んで病院に担ぎ込んだが、その数時間後に静かに息を引き取った。父親は徐々に衰えて死んでいくのだろうと思っていた娘は、予想外の急激な展開に「もっと一緒にいてあげればよかった」とずっと後悔していたという。

     「父の死が受け入れられない」と知り合いの僧侶に相談したところ、「お父さんは先祖の列に入られたのですよ。いなくなってしまったわけではなくて、これからはずっと他のご先祖さんたちと一緒にあなた方を守ってくれるのですよ」と言われ、安堵あんどしたという。

  • 「温泉に行く」

     50歳、女性。卵巣がん。

     抗がん治療を続けてきたが効果なく、食欲不振、嘔おう気・嘔吐、腹痛、全身倦怠感、腹水などの症状が出て、下肢のリンパ浮腫が増悪し、自宅での生活がままならなくなり入院となった。

     独身で、有名ブランド店の店長を任され、仕事一途いちずの生活を送っていたという。生きがいにしていた仕事を他人に預け、着替えや排せつなども看護師に任せなければならず、介助なしに生活を営むことが困難な状況になって、「こんな状態が長く続くのなら死んだ方がまし」「人に迷惑をかけてまで生きるのはいや」と言うようになった。

     キーパーソンの姉に話を聞いたところ、父親は認知症のため施設に入所中で、面会に行った娘のこともわからない状況ということだった。母親は乳がんが脳に転移し別の病棟に入院中で、病状は厳しいとのことであった。

     ある日、「母親が面会に来た」と言う。しかし、周辺でそのような人物を目撃した人はいなかった。数日後のある日の夕方、「母と温泉に行く話をしていた。今帰ったばかり」と話した。その頃から一人部屋にいて誰かに語りかけている姿が時々見られた。「お母さんを送っていく」と言ってベッドから立ち上がろうとして転倒したこともあった。

     まもなくして、別病棟にいた母親が息を引き取ったと、連絡が入った。その後、約1週間で本人も永眠した。

     姉は「母と妹は仲が良かったので、一緒に温泉に出かけたのかしら」と語った。



  • 70歳、男性。大腸がん

     独身。すでに治療は終了し、終末期と考えられた。腹水が大量にたまり腹痛、腹部膨満感、全身倦怠けんたい感があり、ほぼ一日中ベッドで横になっていた。以前は自分の意思表示も明確で医療者にも協力的であったが、亡くなる1か月ほど前から体調が悪いのか言葉を発しなくなった。こちらからの問いにはうなずくか、首を振ることでコミュニケーションはかろうじてとれるが、細かな体調や心の問題を把握できるほどではなかった。主治医や病棟スタッフはうつではないかと考え、抗うつ薬の投与が検討されていた。

     ある日、私が彼の病室を訪れた時、机の上に「南無真如一如大般涅槃経」と書かれたメモ帳が置かれているのに気づいた。そこで「信仰をお持ちですか」と問うと、うなずかれた。「今、あなたの仏様はどこにおられますか」と問うと、「共に」と一言だけ答えられた。「心配なことはありますか」と問うと、首を横に振って返事をされた。

     数日後、息を引き取った。

  • 安心して旅立つ人たち

     現代は核家族化が進み、未婚や死別による独居家庭も増えている。たくさんの人が最期の迎え方として希望されるのが、テレビドラマのように家族親戚、友人たちに手を握られ、互いに感謝の言葉を伝え、コクッと静かに頭を垂れて旅立つという形だが、現在ではこれは非常に難しい。

     独居の方なら、もともとひとりで死ぬという覚悟がある方も少なくないだろう。しかし、たとえ家族が一緒にいてくれる場合でも、24時間体制で付き添ってくれていた妻がトイレに行っている間に夫が息を引き取ることもあるし、隣で寝ていた夫が朝になったら冷たくなっていたということも、元気にしていた赤ちゃんが突然静かになって気が付いたら死んでいたということもある。誰かと一緒に死ぬということは不可能であり、最期は一人で旅立つことになると考えておいた方がよさそうである。

     同時に、愛する人の最期に必ず立ち会えるという保証は誰にもできない。したがって、「たった一人で死なせてしまった」と後悔したり、親戚などから責められたりする必要はないのである。

     ただ、全く誰とも縁がないとか、自分が生きた証しを残すこともできない「天涯孤独の最期」は、生きているうちの努力である程度回避できる。つまり、誰かと関わり、縁をつなぐ生き方をすること。もちろん単に出会いの数を増やすということではなく、たとえ1人でも2人でも、相手のことを深く考え大切にする気持ちを持って関われば、その人の心の内に自分の存在が記憶されていく。

     そうした努力をしようと思ってもなかなか人と交わることが難しいと言う人はやはり、寂しいのかと言うと、そうでもないようだ。私がこれまで看取りをさせていただいたケースから見ると、「亡くなった方との再会」「お迎え」「先祖の存在」によって、安心して旅立つ人が少なくないからである。

     もちろん実際に「お迎え」があるかどうかは私にはわからない。しかし「お迎え現象」というご本人が「見た」「聞いた」と感じられたお話はしばしば耳にしている。「お迎え現象」の中には、せん妄などの意識障害や認知力の低下などが影響している場合もあるかもしれないことはあらかじめお伝えしておく。

  • 人間はつねに死に向かって歩んでいる

     私は16年間、緩和ケア医として、病院や在宅診療で訪れた患者の自宅などで多くの方々の死に触れてきた。今回は、その経験から思うことをお伝えしたい。死への怖れ、永遠の命への希求、親しい人との死別がもたらす悲嘆は、場所や時代を問わず、人間にとって共通の重要な問題である。日本は今や超高齢社会に突入し、医療の進歩により容易に死ねない時代となった。どこで生きてどこで死ぬのかを、個々人が具体的に真剣に考え、決定せざるを得ない状況にある。

     高齢者だから死が近いということでは、もちろんない。実は、人生のどの段階も生と死は表裏一体であり、人間はつねに死に向かって歩んでいるといっても過言ではない。健康な人であっても、事故や事件など不慮の事態によって命を奪われることもあるのだから、まだ若いからと言って人ごとでは済まされないのである。

  • 「お母さんが会いに来てくれた」

     60歳、女性。卵巣がん。

     衰弱が進行し、入院していた。腹水で腹部は膨らみ、顔はやつれ、手足がやせ細っていて、自力では動くこともままならない。夫とは死別しており、子供がいないため独居である。母親は彼女が学生だった時に病死している。

     ある朝の回診での出来事である。

     「先生、昨日の夜、お母さんが会いに来てくれたんです」

     「お母さんはそこの椅子(ベッド脇のソファ)に座って、窓の方を見ていて、全然私の方を見てくれないの。寂しかった。もっと近くに来てって言ったけど聞こえないみたいで」

     「手を伸ばせば届くような気がするのに、手を差し伸べてくれない。私、お母さんに何か悪いことしたかな」

     翌日の回診でも彼女は暗い顔をしながら、「お母さんはまだ私の方を見てくれない」「背中を向けたままずっとそこにいる」と話し、「早くこっちを向いてほしい」と訴えた。

     翌々日の朝、彼女は非常にすがすがしい顔をして私たちを待っていた。

     「先生、お母さんがやっと私の方を見てくれたの。とてもうれしい。お母さんが私の手をつかんでしっかり握ってくれたの。私、これできっとお母さんのもとに行けるのね。うれしい。先生、みなさん、いろいろお世話になりました。ありがとうございました。私は大丈夫です」

     その日の午後、突然血圧が低下して意識がなくなり、夜に亡くなった。

  • ひとりで死ぬということと「お迎え現象」

     どんな人間にも必ず訪れる死。最近は、子や孫や親戚一同に囲まれた「絵に描いたような大往生」が減り、「孤独死」が増える傾向にある。見守っていた家族をひとりきりで死なせてしまい、後悔する人も少なくない。終末期のがん患者に寄り添う緩和ケア医として、これまで2500人以上を 看取 みと ってきた奥野滋子さんは、「ひとりで死ぬことが寂しいとは限らない。人生に満足し安心して旅立つ方も多い」と、人の最期に関する一つの考え方を提示する。

  • 夏ボーナス5年ぶり減少=大手企業、平均91.8万円―経団連集計
    6/9(金) 16:00配信 時事通信
     経団連は9日、大手企業の2017年の夏ボーナス妥結状況(第1回集計)を発表した。回答した82社の組合員平均の妥結額は、前年夏比4.56%減の91万7906円となり、5年ぶりに減少した。ただ、第1回の集計としては3年連続で90万円台を維持し、過去4番目の高水準となった。

     平均妥結額が前年夏を下回ったのは、労働組合側が労使交渉でボーナスより基本給を底上げするベースアップ(ベア)の獲得を優先させたためとみられる。業績連動型のボーナスを採用している企業では、円高による収益悪化で支給額が下がった例も目立った。

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    年初来安値

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