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投稿コメント一覧 (8274コメント)

  • >>No. 17854


    > チャンドラダール・シャルマという人について検索してみましたが特に出てこなくて・・インドの人なのでしょうか?
    > 仏教者ですか?

     印度思想学者。この人の本を最初アマゾンで見つけたときは30万しました。その後 Abebooksという古本屋で6000円で買えました。一部はここで訳しもしたんです、入院中に。

     The Advaita Tradition in Indian Philosophy

  • >>No. 17848

     
     ただ仏教には強力な反論があって、縁起説としての<生成消滅>という考え方。そこで次のようなコースがあってもおかしくない。

     1.仏教 - 縁起、因縁

     2.アドヴァイタ - 無因縁

     3.中観仏教 空 (無因縁)


     これは思いつきですので、取り扱い注意されたい。

     ただし、中観とアドヴァイタの比較研究は世間一般でやられていることです。(R・キング)

  • >>No. 17848

     
     それがアドヴァイタでしょう。またそれを仏教の悟りとする者たちもいますね。(チャンドラダール・シャルマ)

  • >>No. 17845


     人間同士の評価なんて一瞬で決まる。しかもここでうっすら評価しても、それを表明するのに数年かかることもある、こっちのエゴとかもあって。

     まあ要するに、人の評価なんてあてにせずとも自然についてくる。

  • >>No. 17842

     
     私はこんな人間ばかり無視リストに入れて来たつもりだが。

     だって君の投稿には見るべき価値があるような態度がほんとに何も見えないでしょう。君は自分が人より偉く見えたがっているだけじゃないのかな。そういう人間に時間を費やす気はないんだよ。もっと素直な人間がいい。

  • >>No. 17838

    > なぜ自分が生まれてきて、今ここにいるのか。
    > それがわからないと、悟りじゃないと思います。
    >
    > 因縁ですよ。というのは、分かった気にさせるだけで、あまり意味がないような………。

     アドヴァイタというのはかなりシンプルな認識です。自分と他のものが同じになってしまったという。で、その認識を持ったからと言って、なぜここに居るのか分かるようには見えませんが。かえってメタな領域で問題を発生させるような。

     つまり、ある面では因縁というのは存在しない。だから仏教者は警戒する。さらには戒定慧の三学としての仏教に抵触する。

  • >>No. 17832


    > どうして、イストランさんがそう思ってなかったのか、それは、私にはわからないけど、私は「そうか。わかった。」と、宇宙の真理が現前に現れるのが、悟りだと思ってます。

     それはかなり形式的な答えでしょう。宇宙の真理といっても、内容は何?

  • >>No. 17825


     毎回五つって、何のことじゃ。結局最後に曖昧にぼかすというのは君の癖ではないか。

     ところで愚さんてどうなっているのかね。

  • >>No. 17818


    > 言葉を捻じ曲げて解釈させるのがこのインチキ野郎の得意技なんだ ^^
    >
    > だから 言葉遊びなんだよ

     それは言葉を信じてないってことじゃないか。禅には21世紀に加わったものがある。体験主義だ。みんな見性というのを一体どうやれば確認できるのか、客観的に、という方向に向かっていってる最中に愚さんが「体験談を語ればいいのさ」とやった。それで、ハタと思い到った。そんな伝統は仏教テキスト界にはなかった。

  • >>No. 17822


     今でも仏教原理主義に凝り固まった人達がいるいから、やたら否定はしないけどな。

  • >>No. 17804


     だから君の疑いは何に向かっているのかということだ。つまりアドヴァイタ体験自体に向かっているならば、仏教原理主義の方向性がある。「そんな体験なんてあるわけないでしょう」と。しかしこの道は長くは続かない。体験の真実味を疑わせるものが指摘出来ないから。

  • >>No. 17793


     だからなんだってインチキだと判断するのかな。インチキつってもいろいろある。まず教義が外道だと。末は外道批判にしかならないけどね。

     君の言うことは自分じゃそれほどとは思っでないだろうが、曖昧で適当なんだよ。

  • >>No. 17784


     確か貴方は愚さんにだけは<敵対的>だったように印象なんだが、評価してないなら敵対的にはならないと思うがね。つまらんとか、程度が低いとかでは。どうも貴方には敵対しながら自分を評価してほしいという願望があったような気がする。

  • >>No. 17762


     印可というのは、その裏には体験がある。貴方はそういう体験世界を認めないと言ってるか。

  • >>No. 17755

     
    > 権威付けで金儲ける禅宗も、もうお終いやな、
    > だが権威の有難がり屋は愚か、春雨坊主の様に多いから儲けになるだろな 

     どうもその点で見方が真反対のようだが、愚さんは21世紀禅学のトップバッターと言ってもいい。彼こそ「見性は体験である」ということを最初から言い続けていた。そういう人はあまりいない。

  • >>No. 17738

    > > 結局、黙々くんには印可はないという事実ね。
    >
    > そう言う有難いありがたいものは無用!
    >
    > それを言えば自分の恥さらしだと言う事が分かって無い。
    >
    > もう情けないのう 泣けてくる! と笑う
    >
    > 今度こそ
    > (^_^)/~

     70年代、80年代、90年代とは違って21世紀になってから明確に違うことがある、この禅界隈の話で。印可の中身がそれとして形をなしてしまった。それは<体験としてのアドヴァイタということ>だ。

  • 2017/10/29 21:04

    >>No. 17236

     
    > テルゼの恨の神学

     テルゼって、どうしても自分を押しつけたいらしいね。「だってそうなんだもん、だってそうなんだもん、だってそうなんだもん」という具合に、相手への余地、room というものを開けてやらない。

     だけど、我々は昔からキリスト教徒のへりくだりについて聞いてきた。右の手のしていることを左手に知らせるなという教えについても聞いてきた。そんなんがこれか? 二言目には「だってそうなんだもん、だってあたしが正しいんだもん、抗がん剤拒否したら99%死ぬんだもん」それがへりくだっている人間のやることですかい。

     もしね、たとえそうであったとしても。つまりアプリオリに真であったとしても、これから真であることが確定されたとしても、へりくだる人間はそんなことは知らんという具合になっていなければならないのではないか?

  • >>No. 17235


     なんつうかね。知らない人間は口を突っ込んでくるんじゃないよ。それができないのが馬鹿クズなんだけどな。テルゼにしても、私はかなり前から光免疫療法に注目していると言ってるだろう。だけど人の書いたものすら読まない、返事する相手なのに。いい加減にしろと言ってもまったく時間の無駄。アホと話してもしょうがない。これではなんか実のある話を求めて来る連中にほんとに失礼だ。普段からどういう脳ミソしてんの?「馬鹿でございます、悪ふざけしかする気はありません」、ああそうだとしたらもう関わりになるなよ。日本人がみんなこんな気分だったら情けないな。

  • >>No. 17221

    > 無依さん、なんで、「終活」なんて、書いてくるんですか?
    >
    > いろんな代替え療法に、生きるための活路を見出そうと、イストランさんは前向きにいろいろなさってるんです

     なんかこの無依っていろいろ言ってるみたいだけど、私は恨みをもたれているとかあったかね。早くから無視リストに入れてるのでただの一個も投稿を読んだことがないみたい。

     私はこれを健康法だと思っている。つまり自分で治そうという気持ちがない人は関わりにならないでほしい。せめてそれぐらいできないのか?

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