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投稿コメント一覧 (189コメント)


  • (在日)朝鮮人はなぜ、元号の使用を嫌がるのか??




    新羅が7世紀に唐の支援を受けて朝鮮半島を統一して以来、中国の臣下として属国となり徹底した中国化が推し進められました。それまで日本のように漢字で二文字、三文字あった苗字はすべて漢字一文字に変更されました。

    朝鮮の歴代王朝は自ら自国の元号を設定することなく、信書では必ず中国の元号を使用し、国内の出来事を記すときはもっぱら干支を使用することにしたわけであります。

    たとえば秀吉の朝鮮征・伐は壬辰倭乱、日清戦争は甲午事変と言うように。

    そして近年に至っては、厚かましいにもほどがありますが、韓国は日本の歴史教科書も、日本の元号で表記するのではなく、すべて干支で表記するように求めてきています。北朝鮮の立場も同様です。

    また日本でもごくまれではありますが、幕末の倒幕戦争を戊辰戦争と呼んだり、古代の日本での内乱で壬申の乱というのもあるにはありますが・・

    でも日本では、大化の改新、承平・天慶の乱、元寇のことを弘安・文永の役、頼朝死後の承久の乱、室町時代の嘉吉の乱、応仁の乱、朝鮮征・伐を文禄・慶長の役、江戸時代の享保、寛政、天保の改革、明治五年の政変等等、元号で表記されたものが圧倒的多数を占めます。


    また、日清戦争で日本が清を打ち破ったことにより朝鮮の独立が認められると、李氏朝鮮は早速にもまず国号を大韓帝国と改め、朝鮮国王の高宗は今や中国と対等であるという意味で皇帝を称するようになりました。

    そして統一新羅以来朝鮮初の元号として、“開国“を宣言しました。(開国→建陽→光武→隆熙、1894年から開国で、1897年から光武と改めこの時大韓帝国と称しました。最後の元号は隆熙で以後日韓併合時代となります。)

    ですから、朝鮮の歴史にはまったくといっていいほど朝鮮独自の元号は出てきません。出てくるのは、中国の元号と干支を使った表記しかないわけです。

    はなはだしきは、高麗の時代、中国では唐滅亡後の五代十国時代、後唐、後晋、後漢、後周、宋の元号使用と目まぐるしく入れ替わります。仕方ありませんね。ご主人様がころころ入れ替わるのですから。

    てなわけで、朝鮮人は干支表記を好み、元号を嫌うようになったのです。


  •  日露戦争後の日本には、アジア各国からの留学生が溢れていました。その中の一人にビルマの僧オッタマがいました。オッタマ僧正は抗英独立運動をおこなって投獄されたこともある人物で、日本にやってきたのは1907年のことでした。

     彼は3年間日本に滞在して取材した内容を『日本』という本にまとめ、ビルマで発刊しました。その中で、「我々も仏陀の教えを中心に青年が団結、決起し、日本に頼れば、必ず独立を勝ち取ることができる。」と主張しています。

     その後もオッタマは、ビルマの完全自治を要求する運動を起こし、イギリス政府によって投獄されるなど、何度も投獄、出獄を繰り返し、ついに1939年に獄死してしまいますが、その反イギリス精神はビルマ独立の志士たちに受け継がれていきました。

     オッタマに受け継がれた若き志士の1人に、タキン党の青年で、のちに「ビルマ建国の父」と呼ばれるオン・サンがいます。オン・サンとは、現在ミャンマーで活躍しているアウン・サン・ス-・チー女史のお父さんに当たる人です。

     1930年代後半に、若き志士たてちタキン党を中心に反イギリス運動は国民的盛り上がりを見せますが、イギリスは独立運動の大弾圧を始め、志士たちの多くが逮捕、投獄されてしまい、これを逃れたオン・サンは独立蜂起のため日本への亡命を希望していました。

     当時の日本は、英米によるビルマルートからの中国の蒋介石軍への軍用物資の援助の遮断が日中戦争早期終結のための不可欠の問題になっていましたので、日本はビルマ青年たちを支援して、ビルマからイギリス勢力を追放するためにビルマ独立を達成しようと考えたのです。

     1940年、日本陸軍は鈴木敬司大佐をビルマに派遣、オン・サンらを救出し、大佐の故郷である浜松に亡命させます。そして、鈴木敬司大佐を機関長としたビルマ独立のための「南機関」はビルマ独立運動の中核となるビルマ人志士30人をひそかに日本に脱出させ、

    彼らに武装蜂起に必要な軍事教育をし、その教育訓練の終わったビルマ人志士を再びビルマに潜入させ、反イギリス運動を起こしてビルマ独立政府の樹立を宣言させました。

    このときの30人が、後にビルマの独立と建国の英雄として現在呼ばれている「ビルマ30人志士」というわけです。

    下の写真は、右端がオン・サン=アウン・サン将軍で左端が娘のスーチーさん ↓


  • 私は死ぬ前にこの幸せな日を見ることができた喜びに泣いた





         爆撃機が飛んできても避難しないで





    着ていたシャツを破り、それを振って歓迎した





    【ビルマ独立】

     昭和16年(1941年)12月8日、日本は連合国へ宣戦布告(タイは翌年1月25日に連合国へ宣戦布告)。開戦と同時に、第33師団および第55師団を基幹とする日本軍第15軍はタイへ進駐し、ビルマ進攻作戦に着手する。

    12月15日ビクトリアポイント(現在のコートーン)を占領。12月28日タイのバンコクでビルマ人を集め「ビルマ独立義勇軍」を結成。年明けに日本軍はタイから国境を越えタボイ、トングーへ入りラングーンへ向けて進撃する。

    翌昭和17年3月8日には首都ラングーンを占領した。そして政治犯として刑務所に収監されていたバー・モウを解放し、彼を行政府の長官に就任させた。

     ビルマ初代首相タキン・ヌー氏
    「ビルマの民は日本軍を信頼していた。日本の爆撃機が飛んできても避難しないで着ていたシャツを破り、それを振って歓迎した。」

     タキン派(民族解放派)コドー・マイン氏
    「私の人生で今日ほど幸せだったことはない。わが国土から英国が追放され、偉大なアジア民族が馳せつけて他のアジア民族を解放してくれた。我々に古代の遺産と国土と自由、宗教、文化を取り戻してくれた。私は死ぬ前にこの幸せな日を見ることができた喜びに泣いた」


    「本日ビルマは50年以上にわたる英国の領有の後、世界の自由にしてかつ主権を保有する国家の間にその当然占むべき地位を回復セリ。ビルマは連綿として絶えざる長き歴史を通じ、誇りをもって当然の地位を占め来り、その間、ビルマの光栄は天における月日の如く輝きたり」

     外相に就任したウー・ヌー演説
    「歴史は高い理想主義と、目的の高潔さに動かされたある国が、抑圧された民衆の解放と福祉のためにのみ生命と財産を犠牲にした例をひとつくらい見るべきだ。そして日本は人類の歴史上、初めてこの歴史的役割を果たすべく運命づけられているかに見える」


     これが歴史の真実である。


    靖国神社を参拝する当時のビルマ国家元首ウー・ヌー氏 ↓

  • 中国ウソのヒット作 南京30万人大虐殺は不可能で捏造だらけ


     

    戦後70周年を迎える今年、中国はあの手この手で日本に歴史戦を仕掛けてくるだろう。しかし恐れる必要はない。ここに並べた最低限の知識さえあれば、中国が喧伝するデマなどあっさり論破できる。

     中国のウソの中で「最大のヒット作」(評論家・黄文雄氏)が南京大虐殺だ。

     中国は、1937年12月13日に日本軍が中華民国の首都南京を占領後、6週間以内に30万人以上もの中国人を殺害したと主張するが、明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次氏は否定する。

     「当時の南京の人口は20万人であり、30万人以上殺害するのは不可能。しかも、陥落から1か月後の人口は25万人に増えている。血なまぐさい大虐殺のあった町で人口が増えるはずがない」

     その証拠も捏造だらけだ。例えば、虐殺報道に熱心な朝日新聞が1984年8月4日の大阪版夕刊で大虐殺の「動かぬ事実」として掲載し、中国が国際社会に広めた生首写真は、中国軍が切り落とした馬賊の首だった。

     亜細亜大学の東中野修道教授の調査では、大虐殺の証拠とされた写真143枚すべてに加工や事実と異なる点が認められた。

     さらに衝撃的な事実がある。日本軍による南京大虐殺の様子を記述した書物『戦争とは何か』の著者で英紙特派員だったハロルド・ティンパーリーの「正体」についてだ。

     「実はティンパーリーは中国国民党中央宣伝部の顧問であり、党から資金提供を受けていた。『戦争とは何か』は東京裁判に証拠として提出され、裁判の行方に大きく影響したが、その実体は日本の国際的な地位を低下させるために国民党が仕組んだプロパガンダ書です。

     実際、国民党国際宣伝処の処長だった曾虚白は自伝で同書について、『宣伝の目的を達した』と自賛しています」(勝岡氏)

     ※SAPIO2015年3月号


    下は、朝日新聞の本多が”南京虐殺”の証拠写真としたもの。間違いが判明、本人もでっち上げだったと認めている。 ↓

  • 日本軍が降伏後、1945年8月17日、スカルノとハッタは独立宣言を行い、18日にはインドネシア共和国憲法を採択して、それぞれ大統領と副大統領に就任しました。

    イギリスとオランダは植民地の復活を狙い、降伏した日本軍を使ってインドネシアの独立運動を阻止しようとしました。一方、インドネシア側は来るべき独立戦争に備えるためにも何としても日本軍が保有している武器が必要でした。

    独立運動で暴徒化したインドネシア群衆が武器を要求して日本軍の施設を襲う事件も起きました。日本軍は決して反撃せず、暴徒に銃殺された日本人のなかには、「インドネシアの独立に栄光あれ」と自らの血糊で壁に書き残した人もおり、現地人に多大の感銘を与えたそうです。

    日本軍の中にはオランダ軍の目を盗んでインドネシア側に協力する人々が現れ、インドネシア側に、小銃3万5千挺、戦車、装甲車、自動車など200台、中小口径砲など多数、最終的にはジャワの日本陸軍の装備の半分以上が手渡されたそうです。

    さらには、自ら軍籍を離脱してインドネシア軍に身を投じた人々も多かったそうです。

    オランダとの独立戦争は1949年12月までの4年5ヶ月も続きました。インドネシア側の兵員は200万人もいましたが、武器は日本軍から手渡された数万挺の小銃が中心のため、多大な犠牲者を出し続けました。

    インドネシアの独立記念日の式典では、インドネシアの服装の男女2名に日本兵の服装をした1名を加えて、3名で国旗を掲揚します。これは独立を支援した日本軍に敬意と感謝を表しているためです。

    インドネシアの中学3年用の歴史教科書(日本語訳)を紹介しますと、

    「日本の占領は、後に大きな影響を及ぼすような利点を残した。第一に、オランダ語と英語が禁止されたので、インドネシア語が成長し、使用が広まった。日本軍政の3年半に培われたインドネシア語は驚異的発展をとげた。

    第二に、日本は青年達に軍事教練を課して、竹槍、木銃によるものだったとはいえ、きびしい規律を教え込み、勇敢に戦うことや耐え忍ぶことを訓練した。

    第三に、職場からオランダ人がすべていなくなり、日本はインドネシア人に高い地位を与えて、われわれに高い能力や大きい責任を要求する、重要な仕事をまかせた。…」と掲載されています。

    下はインドネシアの独立記念日の式典での行進。先頭には必ず日本兵が立つ。↓

  • 歴史を直視しましょう!!!




     ◆ジャワハルラル・ネルー(インド、独立後の初代インド首相)
     
     チャンドラ・ボーズが日本と協力してつくったインド国民軍《INA》の裁判で、弁護士として法廷に立ち
     「これら立派な若者達の主たる動機は、インド解放への愛情であった・・・彼らの日本との協力は、インド解放を促進するための手段であった。余はチャンドラ・ボーズ氏の独立への情熱を疑わない」と述べた。
    (貝塚茂樹編『民族解放の星』講談社、253~4頁)


    ◆ガザリー・シャフェー(マレーシア、元外相、アセアン創設によりハマーシェルド賞受賞)
     
    日本の某代議士の「過ぐる大戦において、わが国は貴国に対しご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という挨拶に対して、「どうしてそういう挨拶をなさるのですか。あの大戦で日本はよくやったではないですか。マレー人と同じ小さな躰の日本人が、大きなイギリス人を追い払ったではありませんか。

    その結果、マレーシアは独立できたのです。大東亜戦争なくしては、マレーシア人もシンガポールも、その他の東南アジア諸国の独立も考えられないんですよ」
    さらに続けて、玉井顕治、名越二荒之助、中島慎三郎の三氏に対していわく。
    「私は威張る人も、ぺこぺこする人も嫌いです。日本はもっと大きくアジアに眼を開いてください。現在、日本は南方の発展途上国に対する援助額はダントツです。押しも押されぬアジアの経済大国ではありませんか。
     
    『ルック・イースト』『日本に学べ』という呼びかけは、シンガポールやマレーシアだけではありません。口に出しては言わないけれど、アジアの国々のこれは本音なんですよ。かって反日感情の強かった国々にも、次第に親日感情が起こりつつあります。

    そうしたなかにあって、日本は欧米にばかり目を向けず、アジアに対して責任を持つ国になって欲しいのです。日本はかつてアジアに対して責任を感じ、そのために、戦争であれだけの犠牲を払ったのです。

    この尊い戦争の遺産を否定することは、バックミラーばかり見ているようなものです。自動車は前を見て運転しなければ、進路を間違えますよ」
    (昭和六十三年七月十九日、於赤坂プリンスホテル)

    マレーシアの中学校の国定教科書には、今でも日本軍は解放軍と書かれています。 ↓
    残念ながら、ほとんどの日本人の方がこのことを知りません・・

  •  歴史から目をそらしたり、逃げたりしてはいけません!!




    ◆グラバイ・デサイ(インド、インド弁護士会会長・法学博士)
     
     このたびの日本の敗戦は真に痛ましく、心から同情申し上げる。しかし、一旦の勝負の如きは必ずしも失望落胆するに当たらない。殊に優秀な貴国国民においておやである。私は日本が十年以内にアジアの大国として再び復興繁栄する事を確信する。

     インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のお陰で三十年早まった。これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。

    インド四億の国民は深くこれを銘記している。インド国民は日本の国民の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。他の東亜諸民族も同様である。
    (1946年デリーの軍事裁判に参考人として召還された藤原岩市F機関長に対する挨拶)


     ◆アリフィン・ベイ(インドネシア、ナショナル大学日本研究センター所長・政治学博士)
     
     日本に占領された国々にとって、第二次世界大戦とは、ある面では日本の軍事的南進という形をとり、他面では近代化した日本の精神的、技術的面との出会いであった。

     日本が戦争に負けて日本の軍隊が引き上げた後、アジアに残っていたのは外ならぬ日本の精神的、技術的遺産であった。

    この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献をしたかを認めなければならない。

    日本が敗戦国になったとはいえ、その精神的遺産は、アジア諸国に高く評価されているのである。

     その一つに、東南アジアの教育に与えた影響があげられる。
     (中略)

    (日本は)目標達成のためにどれほど必死にやらなければならないかということを我々に教えたのであった。この必死の訓練が、後のインドネシア独立戦争の時に役立ったのである。
    (「魂を失った日本」未央社、57~65ページ)

    インドネシアの独立記念日の式典です。先頭には必ず日本兵が立ちます!
    残念ながら、ほとんどの日本人の方がこのことを知りません・・  ↓

  • 金徳元 ヘロイン密輸事件 広島朝鮮高校教員 朝鮮学校 高校無償化




    金徳元は昭和53年、自分が教師を務めていた広島朝鮮学校で、自分の教え子の朝鮮学校の生徒をヘロインの運び屋にしました(いわゆる金徳元ヘロイン密輸事件)。

    金徳元は昭和54年当時、朝鮮青年同盟兼委員長でしたが、朝鮮学校特有の教師と教え子の関係を利用して、在日朝鮮人である自分の生徒を隠れみのにしてヘロインの大量密輸を行いました。

    事件の発覚後全国に指名手配されましたが、雲隠れして行方不明になってしまい、結局生徒達にすべての責任を押しつけました。

    ヘロインを国外に持ち出そうとした在日朝鮮人の生徒は成田空港で逮捕されましたが、金徳元は現在も逮捕されておらず、北朝鮮に逃亡した可能性も指摘されています。

    金徳元はおそらく本国北朝鮮の指示で、この犯罪を計画したものと思われます。理由はもちろん北朝鮮への送金(非合法な外貨獲得)でしょう。


    これは朝鮮学校というところが、各種学校とはいえまがりなりにも教育機関であるのに、実態は北朝鮮の犯罪の隠れみのになっているという明確な証拠です。

    繰り返しますが朝鮮学校は「学校」ではなく「各種学校」なのです。扱いはいわゆる専門学校と同じ。

    理由は主に文科省の学習指導要領に従っていない、つまり要件を満たしていないからです。
    朝鮮学校の教育方針は「本国」北朝鮮の朝鮮労働党が決定しており、朝鮮労働党は朝鮮学校へ資金援助しています。

    つまり朝鮮学校は実質「北朝鮮の出先機関」なのです。

    朝鮮学校の教育費無償化など検討する価値もありません。思想がどうのこうの言う必要はなく、他の専門学校も無償化の対象になっていませんから「朝鮮学校は各種学校です。各種学校は無償化の対象にならない。」で終わりのはずなのです。

    朝鮮学校無償化は、「犯罪組織」へ、しかも日本人拉致という明確な同胞への犯罪を行った組織へ資金援助するに等しい部分があります。

  • ....これも 在日の一人ですがソフトバンクの孫正義(すでに日本に帰化してます)。こいつも日本で成功したにも関わらず、韓国では日本非難を平気でやっています。

    在日バカンコク人って、「日本からの恩恵」、「日本人からの支援」については何も感じないのでしょうか?

    孫正義は2017年にはアメリカに帰化するらしいでね。こんなカメレオンみたいな連中はさっさと日本から出て行ってほしいです。

    .....在日連中は ことあるごとに「日本で差別されているニダ」と宣伝します。でも、もし日本が真に差別国家なら、今の日本に在日韓国朝鮮人など一人も存在させなかったでしょう。

    1948年から始まった「韓国大虐殺」で李承晩に殺されぞこなって日本に逃げ来たのが在日たちのルーツ。

    そのことを在日が隠蔽し続ける限り、安本(孫)正義や水原希子のような「恩知らずな在日」が増えるのでしょう。

    .....「日本は 差別国家ニダ!」と言うのなら在日韓国人は韓国に帰ればいいんです。それなのになぜ在日は韓国へ帰らないのか? 答えははっきりしているじゃないですか?

    韓国は在日を歓迎しないし、日本とは比べものならないほどの差別が韓国で待っているからでしょう。韓国人は在日を国家を捨てた裏切者としか見ていません。だから在日は帰れないんです。違いますか?

    .....私は日本は差別国家になっても構わないと思っています。だって、日本の法律を守らず、日本と日本人を侮辱する連中の人権を保障する必要性を感じませんから。

    日本人に成りすまし、日本人をだまして傷つける詐欺師には日本から出て行ってほしい。

    安本(孫)正義や水原希子のような、日本を侮辱し、日本への恩を忘れた連中には日本の空気を吸ってほしくありません。「ふざけんな、恩知らず!」と言いたいですね。

  • みなさん、気を付けてください!




         犯人はなぜか捕まりません・・・





    拉致問題について言えば、胃がんを選ぶか、大腸がんを選ぶかという、最悪の究極の選択です。

     例えば、自民党の加藤紘一は、北朝鮮利権をあさるために、新日本産業の吉田猛という男に秘書の名刺を持たせて使っていました。この男は元在日朝鮮人で北朝鮮の工作員と言われている男です。防衛庁長官が北朝鮮の工作員を秘書に使っていたとは、まるで漫画です。
     
     一方、民主党の福井県連の役員に辻一彦という男がいました。最近死にましたが、この男は社会党時代に日本人拉致にまで関わっていたと噂される 社会党共和国連絡部の中心人物です。

     胃がんと大腸がんの選択です。

     また、今まで、何十件、何百件と北朝鮮による拉致事件がおきていますが、今まで犯人が一人も捕まっていません。日本の警察は犯人がわかっていても捕まえないんです。安倍晋三官房長官は国会で、李秋吉・李三俊など実名を上げて犯人に言及しています。

     それでも、捕まえないんです。

     政治的に裏から圧力をかけているんでしょうか。

     ラーメンをただ食いしたら、警察に捕まりますが、日本で唯一警察に捕まらない犯罪があるとしたら、
    それは、在日朝鮮人による日本人拉致です。

     皆さん、皆さんが北朝鮮に拉致をされても犯人は間違いなく捕まりません。
    また、2000年代に入っても北朝鮮による拉致と思われる不自然な失踪は多発しています。
     
     お気をつけください。

  • それにしても、女性の人権問題などと騒ぐくせに、なぜ過半数を占めた日本人従軍慰安婦の救済を誰も叫ぼうとしないのでしょうか・・・




     「慰安婦」となった女性たちは貧しい家の女性たちが多かったようです。また、業者に騙された人も多かったようです。(就職斡旋など) 

    たしかに軍の強制ではなかったにしろ、慰安婦になった女性たちの運命は同情を禁じえないものがあります。

    しかし、そんな一面だけでしょうか。

     当時は今とは全く「豊かさ」が異なります。「貧困」の中で生きるため、家族にお金を送るために耐え忍び、強く生きた女性たちの姿もそこにはあるはずです。

    南・支派遣軍福山部隊 看護婦婦長 若狭ももえさん談(福岡県)
    「博多のさる料亭の女将さんは大陸で稼いで料亭を買い、妹と二人の弟を上の学校にやったのです。上のほうの弟は、某県の知事になりました」

     こうした話は稀ではなかったようです。

    朝鮮人女性でも貯金が5万円になったらソウルに戻って小料理屋をするという夢を持った人がおり、日本の軍人がそれを聞いて感動し表彰した話や、

    ビルマ戦線にいた文玉珠という女性は5千円もの大金を故郷の実家に送金してもまだ2万5千円が残っている貯金通帳を持っていたといいます。

    ラバウルで朝鮮人慰安婦が本国へ帰還する日本兵に200円預けて、実家への送金を依頼したとき、その日本兵は”山梨にある自分の家の価格より高いな”と思ったそうです。

     貧しかった時代の女性の悲劇もあれば強く生きた姿もある。歴史はこうして両面見て、未来につなげていくべきだと思います。ウソの歴史は未来にも影を落とすと思います。

    しかし何はともあれ、いわゆる従軍慰安婦の過半数は日本人女性だったのです。一説によれば、6割が日本人、2割が朝鮮人、1割が中国人で、残り1割がその他の東南アジアの女性と言われています。

    それにしても、女性の人権問題などと騒ぐくせに、なぜ過半数を占めた日本人従軍慰安婦の救済を誰も叫ぼうとしないのでしょうか・・・

  • 東京都千代田区にある新日本産業の社長は



           吉田猛といいます。




    この男、もとは在日朝鮮人で、北朝鮮の対日工作員であります!!




    今日の産経新聞に「北朝鮮の闇」という特集の中で、「過去の日朝交渉や南北間の協議で、双方をつなぐ“パイプ役”として、たびたび取りざたされた。」としてAという匿名で書かれている男は吉田猛という名前の男です。

    この吉田という男は、「北朝鮮労働党の対日工作機関と直結している」ともいわれ、あの金丸の土下座外交訪朝団や韓国の財閥グループと北朝鮮側をつなぎ、2000年6月の南北首脳会談にも暗躍し平沢勝栄議員らと北朝鮮側との北京での会談(平成15年12月)でも、北朝鮮側の窓口として政府間協議に舞台が移った後も同様です。

     この吉田という男は、貿易会社の創業者で朝鮮半島出身で、後に日本に帰化した父親(故人)の代から、北朝鮮の朝鮮労働党幹部と親密な交際があり平壌の指令を受けてさまざまな動きをしていたそうです。

     親北朝鮮議員として知られ、コメ支援などに熱心であった加藤紘一議員の事務所の「加藤紘一事務所 吉田猛」という名刺を持って、渡辺訪朝団(平成7年3月)に参加したのも吉田です。

     その時に北朝鮮側は「我が国は衣食住問題を基本的に解決した」と食糧問題を否定し、そのうえ、「我が国には日本に届く武器がある」とまで公然と脅迫発言までされています。

    それなのに、加藤紘一というバカはこの年に50万トンの米の無償援助をおこないました。この間拉致問題などは一切棚上げされたままでした。

    まさに、「売国奴加藤」の面目躍如たるものがあります。

    こういった売国奴に取り入り、北朝鮮のために働くのが、吉田という男の仕事のようです。

     日本には情報機関とスパイ防止法がありません。
    外国のスパイにとっては日本は天国といわれる所以です。

  • 韓国の低賃金労働者の比率、OECDで2位




    =韓国ネット「日本で暮らしている人が一番幸せ」「くやしいけど日本と韓国は…」



    21日、韓国メディアによると、韓国の低賃金労働者の比率がOECD加盟国で2番目に高いことが分かった。これについて、韓国のネットユーザーはさまざまなコメントを寄せている。

    2015年2月21日、韓国・アジア経済によると、韓国の低賃金労働者の比率がOECD加盟国で2番目に高いことが分かった。

    経済社会発展労使政委員会の2014年賃金報告書によると、2012年を基準に、韓国の労働者のうち、中位賃金の3分の2未満を受ける低賃金労働者の比率は25.1%と、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均16.3%を大きく上回り、2番目に高かった。

    1番高かったのは米国の25.3%。3位以下にはアイルランド(21.85%)、カナダ(21.7%)、英国(20.5%)が続いた。日本は14.3%、豪州は18.9%、ドイツは18.3%であった。

    これについて、韓国のネットユーザーはさまざまなコメントを寄せている。

    「1位じゃないことが嬉しい」
    「ここまで来たら、OECD脱退を考えた方がいいのでは?」
    「周りの友達はみんな、仕事を終えた後アルバイトに励んでいる」

    「韓国は大企業だけを生かそうとする国だ」
    「次の大統領がかわいそう。散らかったこの社会をどう収拾すればいいのか…」
    「最低賃金と煙草の値段が同じくらい。この国は大韓民国じゃなくて奴隷民国だ」

    「韓国人の中で一番幸せな人は、日本で就職して日本で暮らしている人」
    「日本は国家、政府にお金がある。だから社会問題に余裕を持って対処でき、解決能力も高い。つまり先進国だということ。社会秩序や政策面において、日本と韓国は比べものにならないほど差がある。くやしいけどこれが現実だ」


    だから在日はいつまでも日本に居座るのか・・・

  • 一時的に居住しているだけ





          介入に繋がるから断固拒否
     




             教育の義務を受け付けない





    ◆朝鮮学校はなぜ生まれたのか【正しい経緯】


    『在日朝鮮人は日本の公民ではなく朝鮮の在外公民であるから、朝鮮にのみ忠誠を尽くす』
    『一時的に居住しているだけの日本の教育を受ける必要はなく日本の教育を拒否する』
    『汚らわしい日本の援助金も介入に繋がるから断固拒否する』
    『日本の関与を排した学校を作り、朝鮮独自の教育を行う。日本語など覚えなくて良い
    『数年後には在日朝鮮人全員は朝鮮に帰還するのだ』
    ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
    終戦直後、在日朝鮮人一世たちがこう大々的に宣言して生まれたのが朝鮮学校である。

    従って日本政府は「非国民」である在日朝鮮人に日本国の教育の義務が無い特例を与えたのだ。

    日本政府は1銭も出さないという約束で誕生したのが朝鮮学校。

    だからこそ義務教育拒否・文科省の指導拒否で、デタラメな教育やりたい放題だった朝鮮学校である。

    ところがいつの間にか、
    『日本の補助金を貰えないのは差別だ』
    『日本の大学に入れないのは差別だ』
    とほざくようになった在日朝鮮人ども。

    教育の義務を受け付けないのだから権利があるはずがない。

    日本国籍拒否の非国民の民族学校に公金を補助する国家は世界のどこにもない! 

    「日本の教育」をまるでしてないのになぜ日本の納税者がカネを負担するいわれがあるのだ?

    なぜ本国(=北朝鮮)から補助金を貰わないのだ? 総連は金正日の葬式にピョンヤンに行ったときになぜカネを頼まない! 虫が良すぎんだよ。

    矛盾もいいとこ! 詭弁もいいとこ! 恥を知れ! 情けなくて在日一世が墓の中で泣いてるぞ! 民族の誇りはどこへ行った!

    日本のマスコミも、過去の経緯を正確に把握した上で報道しろ。過去をすべて消し去った偏った報道をするな。日本の報道機関とは到底思えない。

    日本は海外にある日本人学校にそこの国の援助など依頼したりはしない。どこの国に、外国に作った学校をその国に面倒みろという国があるか。

    日本の自治体がそれも分からずに独自に公金を補助するのは、似非日本人が役人をしているということか?そう思われても仕方がないだろう。

    おい、何か文句あっか? えっ!!


  • 17年と8ヶ月(244日)前に韓国本国からの留学生(明治大学)が





    「(前略)しかし、世の中には韓国の国籍を持つ健康な男性でありながら、この義務を背負わなくていい特殊な部類が居る、在日韓国人といわれる部類である。

    彼ら在日は歴史的な事情により、韓国の国籍を持ちながら日本の永住権(ママ)を持ち日本で生活しているコウモリ的な存在である。

    国民の義務は負わないのに権利だけを持つ彼らには韓国の国民でありたいのであれば軍隊へ行き国民の義務を果たすか、それがいやなら日本に帰化してしまえといわざるを得ない。

    おいしい所だけを持って被害者面で甘えている彼らは精神的再教育が必要なのである。
    私は特に自ら考えることを怠けている在日諸君に軍隊をお勧めする。

    (中略)浅い考え、ろくでもない価値観で世の中、知りきったつもりでいるはず。
    (中略)いや、そこは何も考えてはいけない、完全に将棋の駒にならなければならない所である。

    その軍隊といわれる世界が貴方を待っている。
    (中略)少なくとも男らしき逞しい身体は手に入れることができる。
    さあ、結論は軍隊だ。」


    と書いたとおり、国民の義務は負わないのに権利だけを持つろくでもない価値観を持った在日韓国人よ、本国人にバカにされたくなければ軍隊に入って
    精神的再教育を受けろ!


    パク・クネの父と盧武鉉(ノムヒョン)元大統領から吐きかけられた侮辱を晴らせ!

    「在日は分別なく故国を捨て、日本に密入国した」(朴正熙)
    千年政治と日本復活の条件/私は在日韓国人など信用していない 盧武鉉大統領


  •  在米韓国人がアメリカでやっているインチキ慰安婦碑には「日本軍が20万人以上の女性と少女をを強制連行し性奴隷にした」と書き込まれているのですが、

    これだって、韓国国内ですら「それは勤労挺身隊の人数であって慰安婦の人数ではない」という指摘があるにもかかわらず、韓国政府や韓国メディアはウソを訂正せずに放置しています。

    ですから、韓国における反日教育では「日本軍が20万人以上の女性と少女をを強制連行し性奴隷にした」というウソが事実として一人歩きしています。在米韓国人も「事実ではない」ことを知っていながら、「日本叩き」にウソを使いまわししているんですね。

     韓国人によるウソの背景には、「日本人への劣等感とねたみ」があります。これは理性ではなく感情的なものですから、韓国人に理解させようとしても無駄です。結局は「韓国人は根っからの売春民族です。

    アメリカ人は、こんな下賎な連中と組するべきではありません」と言い続けるしかありません。

    在米韓国人による「日本叩き」は韓国企業の成長と連鎖していますから、最終的には、韓国企業の没落が、在米韓国人の資金源を絶つことになります。

    サムスンやヒュンダイはもうすぐ終わりますから、あと少しの辛抱ですよ。

     「なでしこアクション」さんは本当にがんばってくださっています。私は「なでしこアクション」さんの活動に感謝と敬意を感じていますが関係者ではありません。

    しかしこれからも、「なでしこアクション」さんの活動に感謝と敬意を持ち続けて行きます。

    それは「日本の子どもたちの未来を守るため」であり、「アメリカに暮らす日本人のため」でもあるからです。

     韓国人は救いようのないバカ民族です。韓国人には情けなど必要はありません。

    「韓国人は売春民族」「韓国人はウソつき民族」ということを世界中に広めればよいのです。



     なでしこアクション →必読!「慰安婦を貶めるのは誰か?」

     毎月25日はグレンデール裁判を支援する日です

      新しいグルッポを作りました。もちろん入会しても何の得にもなりませんが・・・・
      「日本と日本人の名誉を守るためにアメリカで戦っている人たちがいる」

      そのことだけは忘れないようにしたいと思って作りました。
      ふるってご参加ください。目標は2万5000名の登録会員です!


  • ★ギリシャ
     「ドイツ財産没収の用意がある」
     中国国際放送局 2015-03-12

    ギリシャのパラスケヴォプロス法相は11日、
    「2000年のギリシャ最高裁の判決を
     執行する用意がある」としたうえで、

    「ドイツが協力しないならば、
     第二次世界大戦中のナチス・ドイツによる
     損害の賠償として、
     ギリシャ国内にあるドイツの財産を没収する」
    と述べました。

     第二次世界大戦中の1944年6月、
    ナチス・ドイツはギリシャ中部のディストモ村で
    妊婦や子どもを含むギリシャ人200人余りを
    虐殺しました。犠牲者の遺族は数十年にわたって
    賠償を求めています。

    ギリシャ最高裁は2000年、ドイツに賠償を求める
    判決を下しましたが、ギリシャ政府は政治上の理由で
    この判決を執行していないということです。

     これについて、パラスケヴォプロス法相は
    「ギリシャの法律では、この判決を執行するのに
     法相の承認が必要だ。これは承認すべきことだ」
    と述べました。

    ただし、いつ承認するかについては
    明らかにしていません。

     ギリシャによる賠償の請求に対して、
    ドイツ政府の報道官は11日、
    「ドイツは1960年に
     ギリシャと賠償協定を締結し、
     1億1500万マルクを支払った。

     政治上でも法律上でも賠償の支払いは
     完了した。各側は当面の問題解決に
     集中すべきだ」と主張しました。


    ドイツ政府
    「ドイツは、日本と同様に
     賠償協定を締結し、既に金も支払った。
     完全かつ最終的に解決済みの事案だ!!!!」

    日本を見習おう!って事かな・・・


  • 80年代に突然大衆化 


    「強制連行」という魔術語


    鄭大均(首都大学東京特任教授)


     「強制連行」という魔術語を使って在日の由来を語ったのは朴慶植(パク・キョンシク)氏の『朝鮮人強制連行の記録』(未来社、1965年)である。


    転機になったのは韓国ブームが起き、日韓の間に教科書問題が生じ、在日たちの指紋押捺(おうなつ)拒否運動が展開された80年代のことである。


    「強制連行」は大衆化すると変わり身の早い言葉となり、かつてあった名前(徴用、労務動員)をかき消すとともに事実を攪乱(かくらん)させ、やがては「慰安婦」というような言葉に結びついて、有頂天の時代を迎える。

    群馬県立公園「群馬の森」の遊歩道に面した朝鮮人追悼碑。碑の前での追悼集会で設置者の関係者が「強制連行の事実を全国に訴え、正しい歴史認識を持てるようにしたい」などと発言していた

     拙著『在日・強制連行の神話』(文春新書)はそんな違和感を動機にしたもので、ある程度の影響力を発揮したとは思うが、十分なものではない。

    今読み直してみると、強制連行論の「おかしさ」には触れても、「こわさ」には十分に触れていないことにも気がつく。

    韓国に長くいて、強制連行論が教科書に記述され、博物館に陳列され、歴史テーマパーク化し、ドラマ化され、独断的な被害者性の主張が民族的、宗教的な情熱で自己実現していく様を目撃していたはずなのに、そのこわさを十分に伝えてはいないのである。

     一方で朴慶植氏の衣鉢を継ごうとするものたちの努力も続いている。2005年に岩波書店から刊行された『朝鮮人戦時労働動員』の著者の一人である山田昭次氏は「鄭大均の朴批判は朴の思想を単純化して理解したために、朴の思想の根底に無理解な批判となっている」という。

    「無理解な批判」とはなにか。私は、平壌・朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)に共鳴する朴慶植氏には思想的にも方法論的にも問題があまたあると記したのではなかったか。


    鄭大均氏(てい・たいきん) 首都大学東京特任教授。1948年岩手県生まれ。立教大学と米UCLAで学ぶ。専門は日韓関係。主な著書に『韓国のイメージ』(中公新書)、『在日・強制連行の神話』(文春新書)、『姜尚中を批判する』(飛鳥新社)など。2004年日本国籍を取得。


  • 「朝銀への公的資金投入」と「歴代内閣」の関連


    朝銀って何?公的資金投入って何?/朝銀の破綻と公的資金投入の歴史を元に「朝銀の公的資金投入」と「歴代内閣」の関連をまとめました。↓

    「朝銀の公的資金投入」と「歴代内閣」

    橋本内閣 1996年1月11日 - 1998年7月30日 公的資金投入額 3102億円

    小渕内閣:1998年7月30日 - 2000年4月5日   公的資金投入額 0円

    森内閣:2000年(平成12年)4月5日 - 2001年(平成13年)4月26日 公的資金投入額 0円

    小泉内閣:2001年(平成13年)4月26日 - 2006年(平成18年)9月26日 公的資金投入額 3129億円 +3256億円+4107億円

    2002年9月17日 小泉純一郎総理が平壌を訪問し、金正日と会談。日朝平壌宣言
    2002年10月15日 蓮池薫さん、奥土祐木子さん、地村保志さん、浜本富貴江さん、曽我ひとみさん帰国 。

    ・・・・・・以上

    朝銀への公的資金投入は計約1兆3600億円。
    内、橋本内閣分 3102億円 小泉内閣分は、1兆500億円

    ・・・・・・


     朝銀への公的資金投入に関しては、野中広務が、もっぱら非難されていますが、実際のところ、彼の圧力で行われた「朝銀への公的資金投入」は、1998年05月の一回きりと思われます。

     むしろ、朝銀への公的資金投入が頻繁に行われたのは、小泉政権下のことです。小泉政権下で、野中広務は、首相と対立状態にありましたから、このときの公的資金投入は、野中広務とは無関係で、首相自身の判断と考えるべきでしょう。

     つまり、一番の媚朝派というか、「朝銀への公的資金投入」に関して、北朝鮮に最も資金を提供したのは、野中広務ではなく、小泉純一郎です。


  • 知るか、ボケ!もう無効!!




    【香港自治の共同宣言】英国「香港は50年間制度維持の約束しただろ」→中国「知るか、ボケ!もう無効アル」



    「共同宣言は無効」と中国 香港問題で対英強硬姿勢


    香港の「高度の自治」を明記した1984年の「中英共同宣言」に
    ついて、駐英中国大使館が、「今は無効だ」との見解を英国側に伝えていたことが分かった。
    英下院外交委員会のオタウェイ委員長(与党・保守党)が2日の下院審議で明らかにした。

    それによると、中国の倪堅駐英公使が11月28日、同委員長に超党派の英議員代表団の
    香港訪問受け入れを拒否すると通告した中で、この見解を伝えた。見解では、中英両国が
    合意した共同宣言は、香港が中国に返還された97年までは適用されたが、今は無効だとした。

    委員長は「合意文書に記された方針について中国政府は50年間保持すると
    約束した。中国側は無責任だ」と非難。「合意を結んだ相手の履行状況を
    評価する権限がないと示す のは非常識だ」と切り捨てた。

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