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投稿コメント一覧 (33287コメント)

  • 【森崎東】1927年11月19日
    【自信あふれる改革者】
    【瞑想のことば 沈黙があって初めて真実は口を開く。】
    角川誕生日事典より
    *「世界わが心の旅 満州」
     「男はつらいよ」脚本

  • 【世界わが心の旅】廃棄ビデオ 録画日不明
    森崎東 中国”満州”亡兄への問いかけ

  • >>No. 64522

    【日経モーニングプラス】BSジャパン 2月21日(水)
    司会 榎戸教子

  • 【大塚製薬】
     文学部卒業の俺が、大塚製薬に就職が決まった。
     母は喜んでいた。
     亡き父のおかげだった。
     俺の最初の大決心だったかもしれない。
     復帰前の沖縄に行くことに決めた。
     それが最初の失敗だったかもしれない?
     今では失敗と思ってはいないが、
     もし大塚製薬に行っておれば、
     その時給料は10万、ボーナスは100万といううわさがあった。
     復帰前の沖縄で職探しは大変だった。
     臨時社員で新聞社に勤めた。
     そんな時那覇の町で大塚製薬出張所の看板を見た?。
     那覇だったか鹿児島だったかはっきり記憶はない。
     行っていたらと何度か思った。
     人生に「もしああすれば」と後で思ってもしようがないが、
     もし大塚製薬に勤務して徳島県に行っていれば、
    『鳴門秘帖』に夢中になっていたかもしれない。
     吉川英治の『鳴門秘帖』に夢中だった。
     沖縄に行ったために、台湾に目覚めた。
     台湾から中国に、そして定年前の4年間は中国勤務。
     定年後の今の生活に満足しているので、その選択でよかったのだろう。
     平昌五輪の小平奈緒さんの活躍を見ながら俺もいろいろと考えている。

  • 【今朝は痛み止めを飲むことを止めてみた】
     いつも朝2錠、夕方2錠飲んでいる。
     胃の調子が悪くなる。
     今朝はそれを止めた。
     しかし痛みが出れば、飲まなければならないので
     昼食後飲むか飲まないか判断する。
     飲まないでみようという気持ちになったのは、
     発症後初めてだ。
     レバミピド錠(大塚)
     大塚製薬の薬だということを、今初めて知った。
     俺が新卒で就職予定だった大塚製薬。
     そこに行かずに沖縄へ飛び立った。
     飛び立ったではない船出したのだ。
     1971年3月末。

  • 【ひるおび!】MBC 10時25分 録画
    決勝ノルディック複合 渡部Wメダルへの挑戦▽日本メダル過去最多

  • 【羽鳥慎一モーニングショー】KKB 8時 録画

  • 【報道ステーション】KKB 2月20日(火)
    『感動した』小平奈緒に金メダル授与
    米軍機 シジミ漁中の湖に燃料タンク投棄
    総理「答弁は撤回、データーは撤回しない」
    『火つけた』事件直後、容疑者が犯行告白
    江崎大臣が入院 軽い脳梗塞の疑い
    102歳男性が自殺・・・東電に賠償命令
    ”スマホで入場”ディズニーリゾート
    プラスチック加工工場で火災・・・群馬
    世耕大臣の政策秘書が辞職 暴行で逮捕
    中国・パンダに”お年玉”見学者が殺到
    きょうの平昌五輪
    3月の強化試合 「侍ジャパン」メンバー発表

  • 【あさチャン】MBC 5時25分
    ”そだね~ジャパン”人気▽渡部選手金メダルは

  • 【俳人の金子兜太さん死去 98歳】朝日新聞デジタル
    金子兜太さん死去 戦後日本を代表する俳人

  • >>No. 64335

    【別れのブルース】作詞:藤浦洸 作曲:服部良一 歌:淡谷のり子
    ♪ 窓を開ければ 港が見える
      メリケン波止場の 灯が見える
      夜風 汐風 恋風のせて
      今日の出船は どこへ行く
      むせぶ心よ はかない恋よ
      踊るブルースの 切なさよ

    ♪ 腕にいかりの いれずみほって
      やくざに強い マドロスの
      お国言葉は 違っていても
      恋には弱い すすり泣き
      二度と逢えない 心と心
      踊るブルースの 切なさよ

  • >>No. 64538

    【スター波瀾万丈列伝】BS日テレ 8時
    美川憲一を救った淡谷のり子&越路吹雪との秘話にコロッケ感動!

    渋谷ジャンジャン跡を訪ね、淡谷のり子との出会いを語る美川憲一。
     渋谷ジャンジャンは昭和44年からあったそうだ。
     俺が新宿末廣亭に通っていたころだ。
     そこで淡谷のり子が歌っていたなんて。
     俺がジャンジャンを知ったのは沖縄民謡がそこで歌われているということだった。
     卒業してからだっただろう沖縄の歌い手嘉手苅林昌がそこで歌っていた。
     琉球放送の有名なアナウンサー、名前は度忘れしたが、竹中労さんもいただろう。俺の収集した沖縄民謡奄美民謡はそこでのライブもあった。
     今日は偶然の出会いだった、この番組は。
     この番組が始まる前に、今日は沖縄春歌を検索した。
     その検索に俺が大切にしていた沖縄春歌考?行?のレコードのジャケットが出てきた。
     竹中労の著作『琉球共和国』という本にそんなことも詳しく書いてあった。
     テレビ画面に新宿3丁目を歩く、美川憲一さん。
     越路吹雪との出会いを語る。
     俺の東京での一番怖かった体験は新宿3丁目だった。
     昭和42年の4月か5月だっただろうか?

  • 【あの年この歌】BSジャパン 21時
    昭和61年(1986年)バブル目前!実力派シンガー特集!

  • 【スター波瀾万丈列伝】BS日テレ 8時
    美川憲一を救った淡谷のり子&越路吹雪との秘話にコロッケ感動!

  • 【教えてもらう前と後】MBC 8時
    「西郷隆盛像は別人2人の合成!?▼滝クリ仰天(秘)健康チェック」

  • 【笑点 火曜なつかし版】BS日テレ 7時
    第2126回 2008年8月3日放送 演芸ナイツ
    第2127回 2008年8月10日放送

  • 【西郷どん(6)「謎の漂流者」】2月11日
    【西郷どん(7)「背中の母」】2月18日

  • >>No. 64533

    【湖島克弘著『阿片試食官』を読む】
    「この前の道路を真っすぐ行って、あの四ツ辻を越えて左側二軒目の家ですよ」
     親父は手で指し示した。大金持ちの邸宅ではなかったが、貧乏人の借家でもない。中流の中ぐらいの家構えである。炳煌の淡水の旧の家より数段、裕福に見えるのはたしかであった。
    「楊さんとこ、男の子はいますか」
     炳煌が聞くと、店主は奥の女房に大声をあげて同じ質問をした。
    「たしか三人よ」
     女房の声に炳煌は顔をゆがめた。男子が三人もいれば、媳婦仔しておかなければ、中流であろうと聘金が嵩み妻をめとれない息子も生ずる。その対策として女の子をもらい子しておいて育て、成人して娶合わせるのである。

  • >>No. 64532

    【湖島克弘著『阿片試食官』を読む】
    「この前の道路を真っすぐ行って、あの四ツ辻を越えて左側二軒目の家ですよ」

  • >>No. 64524

    【湖島克弘著『阿片試食官』を読む】
     美恵のもらわれ先は万華駅に近い龍山寺公園の西側にあった。公園の北隣が台北最古の龍山寺である。観音大菩薩が祭られている。日曜日、炳煌は蒸気船で淡水河を遡航し、入舟町で下船した。炳煌は宗教心は乏しいが、まず龍山寺に参り、美恵との再会を祈った。
     美恵の新しい義父の名は楊財福と称し、青果物の卸商をしている。
     公園西側の飲食店で早めの昼食をとりながら楊財福の家を聞くと、店主は炳煌を店頭に手招きした。

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