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投稿コメント一覧 (22140コメント)

  • 『きみ』(1988年)谷川俊太郎


    きみ

    きみはぼくのとなりでねむっている
    しゃつがめくれておへそがみえている
    ねむってるのではなくてしんでるのだったら
    どんなにうれしいだろう
    きみはもうじぶんのことしかかんがえていないめで
    じっとぼくをみつめることもないし
    ぼくのきらいなあべといっしょに
    かわへおよぎにいくこともないのだ
    きみがそばへくるときみのにおいがして
    ぼくはむねがどきどきしてくる

    ゆうべゆめのなかでぼくときみは
    ふたりっきりでせんそうにいった
    おかあさんのこともおとうさんのことも
    がっこうのこともわすれていた
    ふたりとももうしぬのだとおもった
    しんだきみといつまでもいきようとおもった
    きみとともだちになんかなりたくない
    ぼくはただきみがすきなだけだ

  • >>No. 56502

    共有脳があるなら、可能ですし、実際に共有してる部分はありそうです。

    自我はそこには気づけないし、自分だけで意識を持っているという幻想の中にいるのだけれど。


    > ホログラフィック宇宙論では、この世界は二次元の3D投影だと、これはいったん下火になって、最近盛り返してきた。
    >
    > 3Dの映画館では実際に水がかかるように、3Dで触感をも伴うと。

  • >>No. 56501

    >
    > ●「あなたがたは新しく生れなければならない」●
    >
    > トルストイ『人生論』112頁~
    >
    > 第十七章 精神の誕生
    >
    > 「あなたがたは新しく生まれなければならない」(ヨハネ3・7)とキリストは言った。
    > これは誰かにうまれかわれ、と命じられなくても、人はどうしてもそうならざるを得ないということ
    > なのだ。生命をもつためには人は生存のうちに理性的意識によって新たに生まれかわらなければなら
    > ないのである。
    >
    > 人に理性的意識が与えられているのは、生活をこの理性的意識が啓示してくれる幸福の中におくため
    > である。この幸福の中に生活においた者は真の生活をもちうるが、そこに生活を認めずに動物的自我
    > のうちにそれを認める者はそのこと自体によって自らの生活を失うのである。キリストによって与え
    > られた人生の定義もここにあるのだ。


    これは、いいですね。
    トルストイ、さすが。

  • >>No. 56496

    テレビ画面だと、抱きしめられないけど、この二次元は相手を抱きしめる感覚もあるから、すごいですね。

  • >>No. 10235

    >善とは ブッダを信じることだーー   涅槃経ーー  天界の教えとも違うからさ
    <

    仏陀が、ミチオさんだと、阿弥陀如来なんでしょうけど、そんなことも決まってないですから。

    涅槃経なら、仏陀とは、釈尊でしょうね。

  • >>No. 56485

    確かと思っていた事柄の足元が崩れると、自分を超える何らかの存在を想起するのは、頷けます。

  • >>No. 56490

    そうねぇ。

    脳で思い込まされている気はします。だいたい、時計が規則的に動く、なんてのも思い込みだし。

    だけど、全体を司る脳でつじつま合わせされるからか、私の正確な時計の八時半は、隣の人の正確な時計の八時半と、一致する。


    > 今、私たちがいるのは、実は2次元で、3次元との錯覚で生きている。
    >
    > この説が、けっこう支持されてきています。

  • >>No. 56488

    個の確立ができてない奴がほざくな。と、言ってやりたくなりますね。

    ヌクヌク、ささやかな幸福に安住しているだけなのに。癌にでもなったら、ジタバタしそう。


    > 宇宙の声が、個の確立を目指せって言っている。なんだこれ。
    >
    > 口先だけで適当なことを言っているからこうなる。宇宙は神、宇宙と一体の自分は神とも一体。
    >
    > 一体とは同体だ。神と同体のマージャンが神の声に素直に従って、個の確立を目指す。
    >
    > ぶっ壊れている。

  • 諸行無常という真理だけは、不変だ。

    という言い分にも飽き飽きしたな。どういう範囲での真理なのか。

  • >>No. 56477

    分子生物学も、時の刻みを感じさせる学問ですけれど、また、宇宙に行かれた人たちは、果てしないほどの距離と時間を体感されるのではないか、と思うのだけど、時間や空間という枠が、実は虚偽なのではないか。
    と、疑いを感じたりするのではないか。

    少なくとも、時間も空間も、私たちが前に考えていたほど、確かなものではないと知る。

    デカルトの疑問にも通じるような気がするけれど。


    > さっきの動的平衡のバリバリの分子生物学の福岡伸一も、文系大学で教えるようになったり、
    >
    > 宇宙飛行士が帰還後、宗教に目覚めるのと一緒ですかね?

  • 諸行無常という真理は、死という真理と一諸に受け止めるべきなんじゃないかな。

    死は覆らないし(イエス様は別として)、他の命が生まれてきたところで、一人の人の死は、この世界にとって、その人の喪失だ。

    常にあるものなどなく、失われないものなど、ない。

  • >>No. 56472

    これは、面白そうですね。

    スマナサーラさんは、なにか好きじゃないところがあるのだけど、読もうかな。^^

    >>>>
    昨年出版された「幸せの法則」

    前野隆司教授は、ロボット工学の技術屋、理系脳で受動意識仮説をもとに人工知能に心を持たせられると主張。

    上座部仏教のスマナサーラとの対談が去年、それが本になったもの。
    <<<<


    > 前野隆司ブログより
    >
    > こんな私の価値観・世界観は、原始仏教のそれと近いのではないかとずっと思っていました。もともと原始仏教や禅の思想に本質的なものを感じ、スマナサーラ長老や中村元先生や鈴木大拙先生の本を読みあさっていた私にとって、長老との対談は、願ってもない光栄な機会でした。なんて素晴らしい宇宙のインタラクションの一部なのでしょう。そして、本書をお読みいただくとわかりますが、科学と仏教の類似点、相違点が、とても鮮やかに腑に落ちました。長老の説明は明快で、私の誤解も理解も明確になりました。これまで、多くの日本の僧侶の方と対話してきましたが、何か難解で理解できないものが心に残っていました。ところが、長老のお話は、すべてすっきりわかりやすく、心は晴れやかとなりました。シンプルな本質を明快に伝える原始仏教の考え方を今に残している上座部仏教と、年月をかけてインドから中国を経由して日本に入ってくる間に精緻化・複雑化・多様化・理解困難化した大乗仏教の違いを感じました。この本は、私にとって、とても大切な記録となりました。長老、ありがとうございました。心から感謝しています。

  • >>No. 56468

    この世は、ある意味命の継続が感じられる世界なので、死に直面することはなかなか出来ない。

    臨終のことを習うべきだが、生きてるうちに、自分の死を体験することは出来ない。

    古の求法者は、ギリギリの死の体験をしようとして、命を落としてしまうこともあったようだ。

  • >>No. 56469

    そう。死ということを、生きてる我々は生前には学べない。未知の領域。


    > >生体の中で合成と分解を繰り返して


    > 作っては壊し、作っては壊し。
    >
    > この反応の停止が死。

  • >>No. 56461

    諸行無常という真理が、常に不動にある。というのは、真理の常住であっても、内容は、諸行無常。

    この花は、また来年も再来年も、同じように咲いてくれる(だろう)。と信じる常住は、諸行無常の真理とは、別の話。

    また日は昇る。という繰り返しへの信頼ですから。
    昨日と似た明日への期待であり、依存でしょうね。

    命が続くと思っている。


    > >生滅を繰り返す定めのベクトルとは、違う次元の真理があるかもしれませんね。

    > そういう“諸行無常の真理“が常に此処に在ることを花が教えてくれている――常住在説法。

  • >>No. 56457

    >>>
    栄養・生化学辞典の解説

    動的平衡
     動的平衡状態ともいう.生体の中で合成と分解を繰り返している反応で,合成と分解が同じ速度で進んでいるため,一見変化が起きていないようにみえる状態.
    <<<

    ざっくりとは、これでいいかな。笑

  • >>No. 56455

    宇宙という世界観の中での真理ですからね。

    生滅を繰り返す定めのベクトルとは、違う次元の真理があるかもしれませんね。

    この宇宙が終われば、無常という法則も永遠ではなくなりますね。

    変化しない。変わらない。終わらない。という世界がどこかにあるかもしれません。




    > 花は散り散り常住。
    >
    > 花は散りまた咲くという”諸行無常の法則”は永遠である。
    >
    > 花の背後にある宇宙の法則を、花が語りかけている。

  • >>No. 56451

    見ている自分も、常と同じではない。

    変わりゆくもの。
    変わらないもの。


    >
    > 去年見たのと同じ花を今年も見られる喜び
    >
    > 花は散り散り常住。
    >
    > ……

  • >>No. 56448

    一 薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク
    ナニゴトノ不思議ナケレド

    二 薔薇ノ花ナニゴトノ不思議ナケレド
    照リ極マレド木ヨリコボルル
    光リコボルル

    北原白秋 「薔薇二曲」『白金ノ独楽』

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