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投稿コメント一覧 (53コメント)

  • それでも、むごい時代だったと言うのでしょうか???


    日本は、『国立ハンセン病療養所』を朝鮮半島に作っていたんです。
    そして、日本と同じ待遇としたんです。


    日本は一人の患者も殺していません!

    今あぶりだされる歴史の真実とは・・・


    ※特効薬が戦前はなかったから、隔離していたんです。
    ハンセン病の略史:
    1873(M06):ノルウェーのハンセンがらい菌(Mycobacterium leprae)を発見した。
    1907(M40):法律「癩(らい)予防ニ関スル件」制定、隔離政策始まる。
    1931(S06):らい予防法(旧法)制定、全患者が隔離対象になる。
    1943(S18):アメリカで治療薬『プロミン』の効果が発表された。


    小鹿島更生園の前身は、朝鮮総督府令第7号によって、1916(大正5)年に設置された全羅南道立小鹿島慈恵医院である。

    同年11月20日に朝鮮総督府内務部第二課が発令した「患者収容に関する件」(同課第569号)には、「先ず、重症患者にして、療養の途を有せず、路傍又は市場等を徘徊し、病毒伝播のおそれある者に限り、これを収容すること」と明記されており、同病院が当時の旧癩予防法に基づく隔離政策を、「朝鮮」においても遂行する目的で設置されたハンセン病療養所であることは、明らかである。


    朝鮮総督府はハンセン病に対しても、日本で隔離政策を始めた1907(明治40年)から間もない1917(T06)年、全羅南道の孤島、小鹿島(ソロクト)に病院を建設し、患者の隔離を始め、1935年には日本の「らい予防法」と同じ内容の「朝鮮らい予防令」を公布、ハンセン病患者を強制的に隔離・収容した。


    小鹿島更生園は、日本の敗戦によって、日本政府が「朝鮮」における施政権を失った1945年8月まで国立ハンセン病療養所として存続したものである。

    その後多くの患者が日本に密入国してきました。
    なぜなら、李承晩政権はらい病患者を一人残らず殺すことにしたからです。
    そして実際に軍を使って殺してしまったのです。

    日本の朝鮮統治は本当にむごいものだったのでしょうか??
    朝鮮総督府は、日本本土と同様にらい病患者を強制隔離はしましたが、一人も殺してはいません!!


    小鹿島更生園に残る日本統治時代の敬天愛人の碑  ↓

  • 総連本部ビル維持成功に正恩氏が論功行賞?


    労働新聞に許宗萬議長の特大記事



    北朝鮮の労働新聞が17日、故・金正日総書記と許宗萬(ホ・ジョンマン)在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)議長の「同志愛」を強調する記事を、3分の2ページを割いて大きく掲載した。

    許議長は昨年9月初旬から1カ月以上にわたり平壌に滞在したが、金正恩氏との面会がかなわず本国に対する不満を吐露していたとされる。

    労働新聞の大きな扱いは、競売にかけられた総連本部ビルの維持に成功した許氏に対し、北朝鮮が「論功行賞」的な意味合いから金正恩政権の「信任」を示したものである可能性がある。

    【関連記事】「祖国が変わった」総連議長 不満吐露

    労働新聞が掲載した記事のタイトルは、「私たちの将軍様と海外革命同志」。許氏が朝鮮総連の副議長だった1990年代初め、北朝鮮を訪問して2度、正日氏と会ったエピソードについて記述。正日氏の次のような言葉を紹介している。

    「許宗萬同志は長い間、総連の強化発展のために献身的に闘争してきましたが、総連中央副議長としてはまだ若かったので、この先多くのことをすることができていると考えます……これから互いに力を合わせ、総連の強化発展と祖国の自主的平和統一を達成するための闘いをひとつ立派に推し進めていきましょう」

    「敵区で活動している同志たちは、祖国への愛と同志への懐かしみが誰よりも強いのです。私たちは敵区で活動している革命同志たちを思いやり愛さなければなりません」

    同紙はまた、1990年代半ばの「苦難の行軍」時代には朝鮮総連にも危機が迫っていたとし、許議長が「捏造報道とデマ」で窮地に立たされたときに、正日氏が彼を「大空のような信頼」で包んだとも書いている。

    これについて朝鮮総連の元幹部は、「許氏が窮地に立たされたというのは、朝銀信組が破たんした責任を問われて四面楚歌になったときのことだろう。

    あのときも確か、労働新聞が金正日総書記と許氏のツーショット写真を掲載したことで許氏の権威が復活し、政治生命を長らえたのだ」と説明した。

  • 総連本部ビル維持成功に正恩氏が論功行賞?


    労働新聞に許宗萬議長の特大記事



    北朝鮮の労働新聞が17日、故・金正日総書記と許宗萬(ホ・ジョンマン)在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)議長の「同志愛」を強調する記事を、3分の2ページを割いて大きく掲載した。

    許議長は昨年9月初旬から1カ月以上にわたり平壌に滞在したが、金正恩氏との面会がかなわず本国に対する不満を吐露していたとされる。

    労働新聞の大きな扱いは、競売にかけられた総連本部ビルの維持に成功した許氏に対し、北朝鮮が「論功行賞」的な意味合いから金正恩政権の「信任」を示したものである可能性がある。

    【関連記事】「祖国が変わった」総連議長 不満吐露

    労働新聞が掲載した記事のタイトルは、「私たちの将軍様と海外革命同志」。許氏が朝鮮総連の副議長だった1990年代初め、北朝鮮を訪問して2度、正日氏と会ったエピソードについて記述。正日氏の次のような言葉を紹介している。

    「許宗萬同志は長い間、総連の強化発展のために献身的に闘争してきましたが、総連中央副議長としてはまだ若かったので、この先多くのことをすることができていると考えます……これから互いに力を合わせ、総連の強化発展と祖国の自主的平和統一を達成するための闘いをひとつ立派に推し進めていきましょう」

    「敵区で活動している同志たちは、祖国への愛と同志への懐かしみが誰よりも強いのです。私たちは敵区で活動している革命同志たちを思いやり愛さなければなりません」

    同紙はまた、1990年代半ばの「苦難の行軍」時代には朝鮮総連にも危機が迫っていたとし、許議長が「捏造報道とデマ」で窮地に立たされたときに、正日氏が彼を「大空のような信頼」で包んだとも書いている。

    これについて朝鮮総連の元幹部は、「許氏が窮地に立たされたというのは、朝銀信組が破たんした責任を問われて四面楚歌になったときのことだろう。

    あのときも確か、労働新聞が金正日総書記と許氏のツーショット写真を掲載したことで許氏の権威が復活し、政治生命を長らえたのだ」と説明した。

  • 韓国住民登録法


    日本の外国人登録法改正にあわせて日本で住民登録が義務化された。

    カード切り換え住民登録、これにより従来韓国が把握しきれなかった在日の移動と国籍が確定することになった。
    これが韓国に提供される。

    在日が韓国に住民登録すれば、当然日本の特別永住許可は取り消しとなる。難民でもなければ亡命でもなく立派な韓国市民である。

    今年7月8日までに日本での在留カードあるいは永住カードの切り替えによる住民登録をしない場合には欠格として、これもお帰りとなる。

    登録無視の不法滞在となれば、通報制度で市民に通報されたり、無登録は市町村の自治体より警察や入管に報告があがるので、そちらも動くことになる。

    この場合は北朝鮮の赤十字も人道的立場で受け入れてくれる事になっている。

    一方で海外財産申告制度の方は2014年度申告分からは罰則が適用される。つまり2015年度納税分である。

    また個人口座分は、否応なしに2015年7月9日以降は通名口座が使えなくなる。日本では個人口座が本名で一本化されるのだ。

    これと平行し、韓国人の米国における納税者情報の自動交換租税条約がすでに合意し、2015年9月から施行されるという段取りになっている。

    これにより、日米の口座や資産状況が韓国に通知される。韓国は時期が早いとわざと発表していないのだろう。

    その経緯だが、2012年施行後のカード化、住民登録の進捗を図るための実務者会議だが、双方、異例の高官が出席した。

     日本側から、在日韓国人に関する情報は資産情報を含めて要請があればいつでも提供する用意がある旨を説明、登録の障害となる可能性のある通名対策と、韓国側からの登録への働きかけを要請した。

     これに対して韓国側は、「通名の使用は日本国内法における行政上の各種手続きの利便性の問題であって、韓国が関与することではない。複数の通名による銀行口座の本名への一本化は韓国も歓迎することだ。

    将来的には韓国も住民登録制度を整えて、また違法な資産洗浄移動防止の観点から資産情報の相互通報制度の構築まで考えたい。登録の働きかけについては、独自に説明会等で対応する。」ということだった。

    つまり、通名の使用禁止は韓国容認の決定である。

  • 独外相、戦時賠償の会議設置拒否 ギリシャ提案

    2015.03.24



     ドイツのシュタインマイヤー外相は22日、ナチス・ドイツによる第2次大戦中の占領でギリシャが受けた損害をめぐり、賠償について議論する両国の専門家会議を設置するべきだとのギリシャのコジアス外相の提案を拒否した。ドイツ政府が23日に明らかにした。

     コジアス氏は22日にベルリンを訪問し、シュタインマイヤー氏と会談した際に会議の設置を提案。シュタインマイヤー氏は「賠償問題は法的にも政治的にも解決した話だ」とするドイツ政府の見解を伝えたという。

     コジアス氏は、会談に先立ち南ドイツ新聞とのインタビューで、ナチスの占領でギリシャが受けた損害について「ドイツと理性的に議論する方法を探らなければならない」と語っていた。(共同)


    韓国や朝日新聞の言う通り、日本はドイツを見習わなければならない。
    やっぱり彼等、韓国や朝日新聞の主張は正しかったということだ・・・

  • 「尖閣ビデオ映像流出がきっかけ」


    朝日新聞は、
    特定秘密保護法案の可決を受けた12月7日付朝刊1面は「採決、
    自公のみ賛成 欠陥残したまま」。見出しで「欠陥残した」と断
    罪し、本文でも「国民の『知る権利』が大きく損なわれるおそれ
    がある」と定番の批判を重ねた。


    マスコミは「尖閣ビデオ映像流出がきっかけ」と言う。ならば当時、

    マスコミはどう語ったか(2010年11月6日付各紙朝刊)。

    全国紙の社説で「知る権利」を説いたのは産経新聞だけである。



    他紙の社説に「知る権利」の4文字はなかった。朝日社説は冒頭

    「政府の情報管理は、たががはずれているのではないか」と批判。

    こう訴えた。


    「捜査機関の何者かが流出させたのだとしたら、政府や国会の意

    思に反する行為であり、許されない」「外交や防衛、事件捜査な

    ど特定分野では、当面秘匿することがやむをえない情報がある」

    「再発防止のため情報管理の態勢を早急に立て直さなければいけ

    ない」


    毎日も社説でこう訴えた。


    「漏えいを許したことは政府の危機管理のずさんさと情報管理能

    力の欠如を露呈するものである」「政府と国会の意図に反する形

    で一般公開と同じ結果になってしまったことに大きな不安を感じ

    る。この政権の危機管理はどうなっているのか」「国家公務員が

    政権の方針と国会の判断に公然と異を唱えた『倒閣運動』でもあ

    る。由々しき事態である。厳正な調査が必要だ」


    4年前こう書いた新聞が、今やどうだ。政権が代われば、論説姿

    勢は反転。二枚舌を弄して恥じることもない。今さら、彼らに

    「知る権利」や「報道の自由」を語る資格があるのだろうか。

  • 癩(らい)患者の大部分は、

    あらゆる手段を講じて、日本に向

    け多数密航

    日本が癩(らい)患者をわざわざ朝鮮半島から

    強制連行することなんてありえますか!!!

    ▼ 衆議院会議録情報 第002回国会 本会議 第55号より
    (昭和二十三年六月四日(金曜日)午後二時九分開議)

    衆議院会議録情報 第002回国会 本会議 第55号

    榊原亨の質問

    さらに問題となりますのは朝鮮人患者のことであります。
    現在朝鮮人癩(らい)患者は、一療養所に約四、五百名くらい收容
    せられておるのでございまするが、戰前朝鮮の小鹿島にありました
    約六千名の癩病患者は、終戰と同時に日本人職員が引揚げたのを機
    会に、全部これが脱出をはかりまして、この脱出いたしました六千
    名の癩(らい)患者の大部分は、あらゆる手段を講じて、
    日本に向け多数密航してきたのであります。

    その一例を申しますると、兵庫縣の尼崎市におけるがごときもの
    でありまして、これら朝鮮人患者は、日本において一團を組織い
    たしまして、不良なる日本人または朝鮮人と共謀いたしまして、
    いろいろ凶惡なる犯罪を犯しつあるのであります。

    そして、彼らの一部が万一警察に捕われましても、前に申し上げ
    た通り、何ら処罰を受けることなく、そのまま癩療養所に再び收容
    され、彼らはますます増長いたしまして、療養所内の秩序を乱し、
    勝手氣ままな生活をした後、折を見て再び三たび脱出するという順
    序を繰返しておるのでございまして、療養所は、この種犯罪者の安
    全なる温床となつておるのであります。

     これらの点につきましても何らか緊急の処置を講じなければ、
    單に一般社会への癩病の傳染の危險があるばかりでなしに、
    社会の安寧秩序の上から申しましても、実に重大なる事態に至る
    ことを憂うるものであります。
    ※[003/003] 2 - 衆 - 本会議 - 55号  議事録より

    日本の心臓外科医の第一人者であった榊原亨医学博士 ↓

  • あったことを、あったと言ったら差別になるのかああーー??







    戦後最大のタブーとは??






                  見ざる、言わざる、聞かざる!!





        

    在日朝鮮人は日本と戦争をした事実は無いにもかかわらず、終戦と同時に「朝鮮進駐軍」を自称し、日本各地において婦女暴行、暴行、略奪、警察署の襲撃、土地・建物の不法占拠、鉄道の不法乗車等、横暴の限りを尽くした。

    ●終戦後 「朝鮮進駐軍」武装部隊が首相官邸襲撃●

    「朝鮮進駐軍」部隊2000人による「首相官邸襲撃事件」が1946年起きた。

    約2000人 の在日朝鮮人「朝鮮進駐軍」部隊が完全武装して首相官邸に突入。
    日本の警官隊は当時武器の所持は禁じられていため、米軍憲兵隊に応援を頼んだ。
    そこで米軍憲兵隊と「朝鮮進駐軍」との間で大銃撃戦闘へと発展した。


    在日朝鮮人集団は、武装解除された日本軍の武器と軍服を盗用して武装し、勝手に「朝鮮進駐軍」と名乗り、無差別に多くの日本人市民を殺害した。

    GHQの 記録に残っているだけでも四千人以上の殺害記録が残されている。


    【昭和26年03月22日衆議院法務委員会】

    【押谷委員】
    お尋ねをいたしますことは、昨朝起りました朝鮮人による米兵に対する暴行事件であります。
    昨二十一日の午前三時半ごろに、浅草の千束町の朝鮮マーケット附近におきまして、六名の米兵が多数の鮮人に取囲まれまして、集団的に暴力を加えられて、一名は死亡する、二名は負傷する、自動車も破壞されるというような不祥事を起したのでありますが、わが国の講和を前に控えて、今日日本の置かれたる国際的地位などから考え、この時期を思いまするときに、まことに遺憾しごくな事件だと考えます。

    終戦後の第三国人どもは本当に酷かった。軍の兵器を盗んで来たらしく、三八式歩兵銃や南部式拳銃で武装し、小銃には着剣して強盗強姦傷害恐喝脅迫不動産窃盗、時には殺人まで、経済犯、実力犯を中心にあらゆる悪事を重ねていた。

    銀座、浅草、新宿は朝鮮人、新橋、渋谷は台湾人に支配され、政府も警察も動揺し、手を拱いていた。戦勝国民は治外法権だったのである。だから食管法に限らず、戦勝国民には日本法を適用出来なかった。

  • ワルがいなければ、物語にはならない!!





             歴史は、物語にしなければ、誰も見向きもしない!!





    李栄薫ソウル大教授、かく語りき!!






     太平洋戦争当時から、韓国では挺身隊と慰安婦の区別がついていないんですね。日本じゃ貴族のお嬢さんだって挺身隊だったぞ(笑)。
     今でもエンコリでは日本語で「従軍慰安婦」と書き込むと機械翻訳で「挺身隊」と朝鮮語に置き換えられますからね。

     挺身隊じゃなくて慰安婦は明らかに商業的目的を持った売春婦なんですけどね。韓国にはついこの間まで公娼制度があったでしょう?
     廃止に当たっては売春婦のデモまであったように記憶していますが。


     朝鮮動乱時の慰安所については、東亜日報という一流紙が募集広告を出していますね。


     相対慰安婦ですからオンリーさんのことでしょうか。日本も戦時中に同じことをしただけなんですが。



     韓国の慰安婦は良い慰安婦でイルボンの慰安婦は悪い慰安婦なんでしょうか(笑)?
     それにしては戦後60年以上経っても韓国の慰安婦は続々と日本に出稼ぎに来ていますが。

     日本は慰安婦が存在しなかった、なんて一言も言っていませんよ。軍による強制連行の証拠は全くない、と言っているだけです。
     民間業者に言えばいくらでも募集してくれるのに軍を動員する必要がどこにありますか。

     数々の証拠と現実を見れば慰安婦というのが商業目的の売春婦であることは明らかなんですけどね。

    下は、国連軍慰安婦の登録(東亜日報)

  • 「動員犠牲者でなくても当時を生きた者なら誰でも補償を受け取れる」




         何でもいいから、とりあえず、“強制連行だ!”と、叫んでおけ!!




            これだから、




               三日やったらやめられない、反日団体は!!!




    2011年5月、韓国ソウル市警察は、太平洋戦争犠牲者遺族会や民間請求権訴訟団などの団体幹部39名を詐欺の容疑で摘発した。摘発された団体は慰安婦問題や強制連行問題について活動してきた反日団体で、日本政府から補償金を受け取ってやるといって弁護士費用などの名目で会費15億ウォン (約1億2千万円)をだまし取っており、被害者は3万人に上った。


    ソウル市警察の発表によれば梁順任太平洋戦争犠牲者遺族会会長は各種団体への会員を募集する際に「動員犠牲者でなくても当時を生きた者なら誰でも補償を受け取れる」といって勧誘していた。また会員を集めてきた場合には手当を支払うなどしていた。


    この梁順任会長は、1991年8月11日に「女子挺身隊の名で戦場に連行され」と朝日新聞紙面で誤報記事を執筆した記者植村隆の義母でもある。

  • みな貧しさから出たことだ!!






             親が貧しくなければ、どうして自分の娘を 売ったりするものか!!






                みな貧しさから出たことについては一言も言わない・・・





    日帝の土地収奪など無かった。
    慰安婦の強制動員というのは、資料が1個も無い話


    アン・ビョンジク ソウル大学名誉教授かく語りき
     2日午後に麻浦区のニューライト財団事務室で会った安秉直ニューライト財団理事長(70歳、ソウル大学名誉教授)は、登山服姿だった。先月30日の教科書フォーラム(常任代表:朴孝鍾)による代案教科書シンポジウムで4・19革命同志会員らに胸ぐらをつかまれるという侮辱を受けたが、大きい負傷は無さそうだった。安教授は最初に「物議をかもして国民に申し訳ない」と述べた。


    <中略>


     以下は安教授との一問一答だ。



    <中略>

    Q.現在の慰安婦と言えば性売買女性のことか。

    A.「そうだ。根はどちらも同じだ。どちらも貧しさから出たものだ。親が貧しくなければ、どうして自分の娘を 売ったりするものか。」

    <中略>

    Q.性売買とは違う問題ではないか?
     慰安婦強制動員があったこと自体は史実と見られるのではないか。

    A.「実際、(日帝時代に)強制動員はたくさんあった。男性の場合は徴用や徴兵、女性の場合は挺身隊が強制動員された。しかし慰安婦について、強制をしたかどうかは(まだ客観的には)分からない。強制したという資料を、日本と韓国のどこからも出したことはない。慰安婦経験を持った人々の証言だけだ。

    史学をやる人間は、証言をもって歴史的な資料とはしない。参照資料に過ぎない。こう言うからといって、私が(慰安婦 強制動員が無かったという)話をしているのではない。ただ資料が無いということだ。」

    安秉直教授 「慰安婦業者の半分は朝鮮人」
    「日本に謝罪ばかり求めて何になるか」

    韓国で真実を言ったがために暴行を受けるアン・ビョンジク教授 ↓

  • 「鎮霊社」って、ご存知ですか?





           靖国神社の境内にありますが・・・





        朝鮮戦争で国連軍として参加し、





           北朝鮮軍との激しい戦闘で100名近い日本人が散華しました





            その人たちを祀っています!!





    靖国神社の参道を真っ直ぐに進み
    本殿前の拝殿の手前で左に曲がると
    木々の中に10平方メートル程度の小さな祠があります

    その祠の名前は「鎮霊社」

    屋根は本殿と同じ薄緑色ですが赤錆による腐食も本殿と違い目立ちます

    元々
    靖国神社本殿は
    必ずしも軍人・軍属がだけが祀られてるワケでは無く
    沖縄戦で死亡した「ひめゆり部隊」の女学生や
    学徒動員中に軍需工場で爆死した学徒たちも「国に殉じた」と考え祭神として祀れています
    しかし
    その一方で
    新撰組や彰義隊
    戊辰戦争時に官軍に敗れ自決した白虎隊や
    維新の元勲でありながら西南戦争で明治政府に反旗を翻した西郷隆盛などは
    「逆賊」として除外されています
    また
    東京大空襲や原爆で亡くなられた戦災者も祀られていません

    「国を護る基礎を創る為に国に殉じた者を祀るのが靖国神社の基本
    決して靖国神社は遺族だけの為に存在しているモノでは無い」

    「日清・日露・大東亜戦争などで日本と交戦した国々の兵士も
    彼らは自国の為に殉じ散華したのであり
    靖国神社に祀られる英霊と立場は同じ」

    この2つの理由から
    「鎮霊社」は

    靖国神社本殿と同じく
    1853年(ペリー来航)の戦争・事変にて非命に倒れた者
    職域に殉じ病に倒れ自ら生命を断つなどした佐幕派の志士や
    戦災で亡くなられ靖国神社に祀られない御霊と
    そして1853年以降の戦争・事変に関係し死没した諸外国の御霊
    この2座を祭神とし
    1965年に戦無き平和を願い建立されました

  •  狂気に包まれた黒魔術教育!!


            
                そして、集団自閉症に陥る子供たち!!!





    韓国の地下鉄に子供達が描いた絵が展示される様子が日本のニュースで報道された。
    これらの絵は、優秀作品として選ばれ展示されたものだが
    1. 「日本人を犬小屋に飼う、殴る、射殺する」
    2. 「日本国旗を踏みにじる、燃やす、刃物を突き立てる、目玉焼きに模してフォークを突き刺す、日本国旗の葬式をあげる」
    3. 「韓国から発せられたミサイルにより日本列島が延焼する、日本列島を檻に閉じ込める、日本列島を消しゴムで消していく、日本列島をゴミ袋に入れゴミ箱に入れる」

    といった呆れた馬鹿馬鹿しい表現ばかりであった。韓国の子供たちは
    1. 他国人(ひいては隣人、自分以外の人間)を殺傷すると褒められる
    2. 他国の国旗(ひいては隣人の大切なもの、自分以外の人間の大切なもの)を傷つけると褒められる
    3. 他国の存在(ひいては隣人の存在、自分以外の人間の存在)を否定すると褒められる
    といった倫理観の上で育てられている恐れがある。

    また、中国人・韓国人に共通して言えることではあるが、留学・ビジネスのためや日本法人のスタッフになるなどして来日した際に、自分が母国で教わってきた反日教育に基づいた日本の姿と自分の目で見た日本人の姿や日本文化の実像とのギャップ、「文明未開の野蛮人が住む不潔な土地」「自国よりも文化面で遥かに劣る国」と教わってきた筈の日本の現実、すなわち自身の国以上の発展や衛生環境の高さを目の当たりにして、激しいカルチャーショックを受けるケースが多い。特にインテリ層の場合には、母国の教育や、さらには母国の政治の全般に対して内心で疑問や不信を抱くようになる者も珍しくはない。


    日本の国旗を踏みつける韓国の子供たちの絵 ↓

  • 「ムルデカ(独立)」と叫んで彼らを見送った




          インドネシアの人たちは永遠に忘れない・・・




    梁七星(ヤンチルスン/りょうしちせい) 日本名?梁川七星(やながわしちせい) インドネシア名KOMARUDIN(コマルディン) とは、朝鮮半島出身の日本軍の元軍属である。
    戦後、他の日本人とともにインドネシアに残留してインドネシア独立戦争に命を捧げた。

    誕生から太平洋戦争へ

    1912年5月29日に日本統治下の朝鮮半島の全羅完道の完走に生まれる。

    太平洋戦争が始まると、1942年に軍属としてインドネシアのジャワ島西部に設立されていたチマヒ捕虜収容所の監視員の仕事に就いた。

    終戦からインドネシア独立戦争へ

    1945年8月、ポツダム宣言を受諾することで日本は敗戦した。

    当然故郷に帰れるのだが、他の日本兵とともに独立を宣言したインドネシア共和国軍に義勇兵として加入してインドネシア独立を認めず再進駐してきたオランダ軍と戦った。
    彼はその際にコマルディンという名前を名乗っている。

    激戦奮闘の末にオランダ軍によって青木政四郎(インドネシア名アブカバル)、長谷川勝雄(インドネシア名ウスマン)とともに捕えられ、1949年8月10日に処刑される。
    (当時独立戦争を鎮圧していたオランダ軍は、とらえた旧日本軍捕虜をすべて処刑に処した。まことに非人道的であった。オランダはいまでも人道を語る資格はない。)

    彼らが墓地に運ばれる道中、沿道の人々は「ムルデカ(独立)」と叫んで彼らを見送ったと言われている。
    オランダ軍兵士がその場にいるのにもかかわらずである。

    彼らの死後の約4カ月後である1949年12月27日、インドネシアはオランダから独立を勝ち取った。

    インドネシア独立後

    1975年に遺骨がカリバタ英雄墓地に移される。
    青木政四郎、長谷川勝雄とともに独立戦争の3人の英雄とされ、墓碑銘は梁川七星として記載されていた。

    韓国では当たり前だが、梁七星は日本軍によりインドネシアへ強制連行されていたとされ、いつの間にか梁七星が他の朝鮮人捕虜監視員とともに秘密結社を作って日帝と敗戦前から戦っていた事になっている。

    下はインドネシア独立のために敗戦後もオランダ軍やイギリス軍と戦って戦死した多くの旧日本軍兵が眠るカリバタ英雄墓地。↓

  • 朝鮮民族の歴史的精神構造の解明




    朝鮮民族の歴史をツラツラ研究しましたが・・・
    いろんな人が書いた朝鮮史もツラツラ読みましたが・・・

    朝鮮民族の最大の特徴・特質とは??

    一言でいえば、あまりにも極端に権威に弱い。そしてそこから派生する度し難いまでの権威欲、権威主義かと。

    いくつかの例を挙げると。
    ① ノーベル賞渇望症(ノーベル賞という権威が何が何でも欲しい)
    ② 種々の韓国起源説(朝鮮民族の権威づけ)
    ③ 歴史の捏造・歪曲(これは北も南にも言えることですが、国の権威づけ)
    ④ 権威主義的統治(権威に弱い民族を操る。特に北朝鮮の金王朝崇拝や韓国のすさまじい         
    までの学歴偏重主義)

    朝鮮民族は長い間中国の属国として甘んじてきたため、属国根性や事大主義(寄らば大樹の陰)精神が強烈で、中国の大中華思想を崇拝してきた。と、論ぜられますが、これもその背景に、中国=大中華思想という権威を渇望する精神作用の賜物かと。

    明治維新後日本が李氏朝鮮に国交を求めた折、日本は国書に天皇という言葉を使用しました。朝鮮側は、「皇」という文字を使用できるのは中国の天子=皇帝のみであり、また大中華思想をバックにそれで権威づけられた国柄上、日本の国書の受け取りを峻拒しました。
    今でも韓国や北朝鮮は日本の天皇のことを日王と呼び、けっして皇の字を使いません。


    話は変わりますが、日本がご朱印船による南蛮貿易を行っていた時代、朝鮮は大中華思想一辺倒でしたので、ポルトガル船やイベリア船(スペイン)やオランダ船、更にはイエスズ会の宣教師すら寄り付きませんでした。

    また、フィリピン、ヴェトナム、シャムやインドネシアなどの海外へ貿易のため進出するという民族的積極進取の気風は、さらさら見られません。(各地に日本人町はできましたが、朝鮮人街なんて今の日本だけにしかありませんよね。)
    だからキムチに使う唐辛子やサツマ芋、ジャガイモなどを江戸時代に日本から移入したのです。


    その朝鮮民族の精神の典型的な発露形態として、これまた徹底した“勝ち馬に乗れ”主義かと。“権威の源泉は勝ち馬にあり。”
    たとえば、
    日清戦争後の大中華思想=清=中国から日本への鮮やかな乗り換え。
    日本敗北後のアメリカやソ連・中国への素早い乗り換えに、それが顕著に窺われるかと。

  • 何が問題なのだ!!





                      生きていくために日本へ行くんだ!!





                   それが精神的“強制連行”だ!!




    『朝日新聞』1955年8月18日「65万人(警視庁公安三課調べ)の在日朝鮮人のうち密入国者が10万人を超えているといわれ、東京入国管理局管内(1都8県)では、この昨年中のべ1000人が密入出国で捕まった。全国ではこのざっと10倍になり、捕まらないのはそのまた数倍に上るだろうという」

    また、『朝日新聞』1959年6月16日「密入出国をしたまま登録をしていない朝鮮人がかなりいると見られているが、警視庁は約20万人ともいわれ、実際どのくらいいるかの見方はマチマチだ」また、『朝日新聞』1959年12月15日天声人語「韓国から日本に逃亡してくる者は月平均五、六百人もある。昭和二十一年から昨年末までに密入国でつかまった者が五万二千人、未逮捕一万五千人で、密入国の実数はその数倍とみられる」また、『産経新聞』1950年6月28日には、「終戦後、我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、在日朝鮮人推定80万人の中の半分をしめているとさえいわれる」という記事が掲載されている。

    当時の総理大臣である吉田茂も「在日朝鮮人に対する措置」文書(1949年)において、在日朝鮮人の半数は不法入国者で、大多数の朝鮮人は日本経済の復興に全く貢献せず、多くは法の常習的違反者で、共産主義者など政治犯罪を犯す傾向が強く、常時7000名以上が獄中にいるという状態であることを伝えている。

    <韓国による在日朝鮮人密入国者送還拒否>
    1952年5月12日、法務省は朝鮮人410人を韓国に強制送還したが、韓国政府は125人の引き取りを拒否し日本に送り返したため、逆送還者は大村収容所に収容された。逆送還者は収容所からの即時釈放を要求、これに在日朝鮮統一民主戦線が同調して「逆送還者奪還闘争」が開始され、1952年11月11日には暴動が発生した(大村収容所事件)。

    1955年(昭和30年)12月8日の第23回国会衆議院法務委員会では、韓国は日本政府が摘発した密入国者や犯罪者の送還を拒否し、さらにこれらを日本国内で釈放し居住させるよう要求





    下は、1959年の朝日新聞記事。 ↓

  • 在日韓国朝鮮人は反日せずには生きてはいけない!







    がんばれ、アジここさん!


       あなたの願いを日本人全員が応援しますよ!


    「在日韓国人のアジここ」さんの主張に共感を覚えることが多い
    んですよ。 「10月21日付けのツイッターでの発言」なんて最
    高ですね!

    アジここさんいわく!

    ”日本人がこれ以上ヘイトスピーチを繰り返すなら、私は在日を
    全員引き連れて日本を出ていってやる!”

    こういう立派な主張ができる韓国人が在日社会をリードして・・・
    さっさと在日全員を引き連れて日本から出て行ってほしいです。
    在日韓国朝鮮人なんて、「日本に密入国&日本に文句を言いながら
    寄生」ですもん。こんなに「招かれざる客」はありません。 在日
    は客じゃないけどね!

    さらに
    ” 誤解の無いように言っておきたいのですが、
     私が言いたかったのは、

     「このままでは日本人と在日が共存できなくなる可能性がある」
     という事です。

     ヘイトスピーチが過激化する事によって、
     日本人と在日が共存できなくなり、

     どのような事態に発展するかも分かりません。

     必ずしも日本を出ていける人ばかりではなく、
     日本で深刻な人権侵害が起こっている事を憂いています。”

    しかりごもっとも!
    このご意見はご立派です!

    そして
    ”日本人特権は知らんぷりですか…

     日本人にとって都合の良い制度が整えられたこの国・・・
     「在日特権」を声高に叫ぶくせに、「日本人特権」については口をつぐむ偏った人たち・・・
     
     このままでは、日本が日本人によって操られてしまう・・・”

    皆さん!!
    やっとわかりましたね・・・
    最後の部分・・・


    ところが在日にとっては、日本は日本人だけのものではないの
    ですって・・・
    主権在民の在民とは在日(在日・・人)を指すという解釈なの
    です・・・って。
    いやいや驚きました。

    では、韓国が韓国人だけで繰られるのはいいのか??と、問うと、
    ”そんなことは当たり前ではないか!おめーバカじゃねえかあー・・
    韓国は韓国人のものに決まっているだろーーー!内政干渉は絶対に
    させない”という答えが返ってきました。

    はい!
    恐れ入りました・・・

  • 日付を「17-08-05」(オリジナル宣言文の日付)にして読み上げていた!!





    さらに驚いたことに、時刻まで当時の時刻に合わせた!!





    在日本(東京)インドネシア大使館での独立記念日式典


    在東京 インドネシア大使館で行われた独立記念日の式典に出席された方が、ブログにその様子を紹介する記事を掲載されていました。独立宣言の日付・時刻について興味深い情報であり、一部を引用させていただきます。

    2007年8月17日の式典

    きのう東京の駐日インドネシア大使公邸で催された第62回独立式典に招かれて出席した。式は早朝8時からの開始。日本の社会常識では考えられない設定だが、インドネシアにとっては、8時にこだわる理由があるのだ。が、日本人出席者のうち何人がそれを理解していただろうか。


    2006年8月17日の式典


    式典は国旗掲揚、国歌斉唱に始まり、式典長が独立宣言を読み上げる。"気をつけ、"休め””敬礼”昔の日本の軍隊式の式典である。在京のインドネシア人に混じってインドネシアに従軍、ムルデカ(独立)を共に祝った日本軍関係者も招かれていた。みな80歳を超えている。

    独立宣言文には17-8-05という数字がみられる。宣言署名の1945年8月17日のこと、05は日本軍政下使用されていた皇紀2605年の05の略である。


    在日本インドネシア大使館の式典でも、2006年の独立記念日式典で独立宣言の日付を「17-08-05」(オリジナル宣言文の日付)にして読み上げていたのですね。さらに驚いたことに、時刻まで当時の時刻(東京時間午前8時=現在のジャカルタ時間午前10時)に合わせた式典を昨年(2007年)からやっていたとは!!


    皇紀で記されたインドネシアの独立宣言書の原本 ↓

  • 来やがれえー平壌のブタ殺し金正恩



    乾坤一擲


    平壌のブタ殺し金正恩一族を誅滅する時が来た!

    いざ、出陣!!!

    朝鮮征・伐の機運は高まれり、極まれり。

    八百万の神々の名において夷敵を征討する!!

  • “性被害”訴えながら“性産業”担う




    米国の主要な7都市の風俗産業が年間10億ドル(1030億円)の規模に達することが、米国の非営利団体(NPO)の調査で分かった。売上高で、米国ですでに社会問題化している銃器や麻薬売買の規模を上回る都市があるなど「売春ビジネス」が一大産業になっている実態を浮き彫りにした。

    一方、売春の温床となり、中国人や韓国人が経営に携わることが多いアジア式の「マッサージパーラー」(性的マッサージ)が全米レベルで組織化しているという。

    ■収入は1週間で最大300万円
    米NPO「アーバン・インスティテュート」が、ワシントンDCやジョージア州アトランタ、テキサス州ダラスなど主要8都市で、米司法省の委託を受けて実施した。性的マッサージや簡易売春宿、高級売春婦によるサービスなどにかかわる客引きや売春婦、警察官ら約260人にインタビューし、売上額などの推計値をはじき出している。

    ■売春婦は巡回する
    性的マッサージの経営を担うのが韓国人や中国人であるとの指摘は、シアトルだけではない。

    米ニュースサイトのビジネス・インサイダー(電子版)によると、ラテンアメリカ系の売春宿と、アジア式性的マッサージはすべての都市にある業態だった。性的マッサージは全米各地に計5千もの店があり、売春婦らは各都市を巡回する。売春婦が巡回するのは、店の顔ぶれを随時入れ替えることで顧客の関心をひくためだという。

    ■「性産業」の担い手
    慰安婦問題をめぐり、朴槿恵大統領による「反日」行為・発言を、世界で繰り広げる韓国。米国ではカリフォルニア州グレンデールで慰安婦像を設置するなど、誤った歴史認識を拡散しようとする動きを進めている。

    しかし、その一方で、米国の風俗産業の担い手として韓国人が暗躍しているというのは、実に、滑稽な事象でもある。

    “性的被害”を訴える一方で、性産業の担い手になる国…。これもまた、揺るぎのない現実なのだ。

    “性被害”訴えながら“性産業”担う「中国」「韓国」の現実: 2014.5.3 07:00

    米国で逮捕される韓国人売春婦たち ↓

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