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投稿コメント一覧 (70コメント)

  • ◆米国でいじめにあう日本の子供達

    授業を受けた日本の子供たちは、「日本兵は野蛮!」と口々に言われ、「授業が終わるまでうつむいたまま、自分の祖国が酷く言われることは、日本人である自分が責められているようで辛かった」と証言しています。

    全米の学校では、6、7歳児から高校生に至るまで広がり、「学校で中国系の生徒数名から執拗ないじめにあった」「言葉で日本人であることを責められた。…とうとう一方的に殴り掛かってきた。次は殺すとまで言ってきた。」との証言もあります。

    ウソの歴史が米国の学校で教えられ、日本の子供たちが「日本人」であるというだけで、いじめにあっているのです。日本の子供たちは訴えます。

    「日本語の本や文献しかないので、反論できない。」

    「日本政府の立場や、歴史の捏造に対する反論を「英語でも発信してほしい。」

    「政治家は国土と国民を守るのが仕事だと聞いているけれど、教科書の記述をしっかりさせることも日本国民を守る仕事だよね?」

    さすがに日本政府も、「慰安婦の強制連行」について、この記述を書いた米教育出版社「マグロウヒル」に対して、是正を求める政府要請を行いました。しかし、明確な回答は得られていないようです。(1/12産経)

    韓国や中国が主張していた「慰安婦」や「南京大虐殺」の記述がそのままアメリカの教科書に記述される背景は、その裏で中韓が反日包囲網を世界的に仕掛けているからです。

    今、それが日本の子供たちを苦しめているのです。日本政府としても、中韓が仕掛ける「歴史戦」に対抗するためには、相応の予算を組んで戦略的に対抗していく必要があります。

  • はーい! 





           みなさあーん!





                   八択の問題です!!





                        みなさんの答えは??





    世に、いわゆる“従軍慰安婦”に関する文献は、山ほどあります。

    では、従軍慰安婦制度というのは、一体いつから始まったのでしょうか???

    ①戊辰戦争 ②西南の役 ③日清戦争 ④日露戦争 ⑤第一次世界大戦 ⑥満州事変 ⑦シナ事変 ⑧太平洋戦争

    どの文献を見ても、何年何月から始まったという記述が一切見当たりません。

    軍が強制し、軍が組織的に行ったと声高に主張する割には、ではいつからなのかという記述が全く見当たりません。

    軍隊という組織が、組織的に執り行った従軍慰安婦制度がいつから始まったのか、誰もさっぱりわからないのです。

    それで、組織的に行われたと言えるんですかねええええ???

    軍という組織が、“組織的“に自然発生的に三々五々、従軍慰安婦制度を始めたということなのでしょうか??

    はい! 事実はその通りなのです。

    満州や中国北部の軍のキャンプ=駐屯地の周りに、女衒が娼婦一団を連れてサーカス小屋よろしく、まさに自然発生的に売春宿を設営したのであります。

    時間がたつにつれ、軍も組織としての規律維持のため、その売春宿の運営に関しいろいろ規制を加えるようになったのは事実かと。特に、軍の大敵、性病を予防するという戦闘組織の維持・防御のために。

    また、慰安婦の移動に軍が便宜を図ったのも事実かと。特に、太平洋戦争中、海上を移動するときは。

    1944年に米軍の情報戦略局が作成した、ビルマで捕虜となった主に朝鮮人慰安婦を尋問した調書にに基づく報告書によれば、慰安婦のことをキャンプフォロワ―、すなわち野営随行者の売春婦と、規定しています。

    いずれにせよ、何年何月から従軍慰安婦制度が始まったかを断言・明言できずに、軍が組織的に従軍慰安婦制度を執り行ったとは、天地がひっくりかえっても、研究者としての良心がほんの少しでもあれば、とても言えたもんじゃないでしょう!!!


    特に、中央大学の吉見義明教授には、老婆心ながら、綿密さと細心のご注意を切に望んでおります。

    こいつが、軍の関与を吹聴している中央大学教授吉見義明 ↓

  • なにいい!!!





           もともと、民族意識が希薄??





             民族アイデンティティーを、反日一本でいけえええーー!!





              反中国、反ロシアでは、ちょとヤバい!!





    話題になった「マンガ 嫌韓流」への返答として韓国で刊行され、あまりの「トンデモ本」振りに韓国内でも顰蹙を買ったというマンガ「嫌日流」(作・画ヤン・ビョンソル)の邦訳本が出版されていました。一読して、著者の日本についての理解度合の低さに呆れてしまいます。

    作中「チョッ・パリ」とか「猿」とか日本人に対する罵詈雑言まで吐かれ、人づてに聞いたであろうホラ話を検証もせずに針小棒大に膨らまして描いていて、北朝鮮ならいざ知らず、一般的な韓国人の日本観とは実際こんなものなのだろうか?と、韓国で日本人に投げかけられる視線に潜む悪意を思い背筋が寒くなりました。

    例を挙げると、
    日本が韓国に対して行ったこれほど執拗な侵略行為は他に例をみないといっていい
    李氏朝鮮時代は壬申の乱(壬辰倭乱?)や丁酉の乱で韓半島に兵を出し国土を蹂躙し多くの人々を殺害した

    「36年間もこの国から全てを奪いあらゆる迫害を加えたでしょう」
    「そのため解放後国土が2つに分かれ分断国家になったのよ」
    「分断国家にならなかったら起こるはずのない朝鮮戦争で同じ民族同士が殺しあうことだってなかった」

    「それにれっきとしたわれらの領土である間島を満州鉄道の敷設権を得るために、勝手に清に渡したから今でも国土はバラバラなんだぞ」
    「韓半島の相次ぐ混乱と不幸は全て日本が原因を作った。あまりにも悔しくて体が震える」
    「それでも独島が日本のものだというの?」

    このように、徹底した被害者史観に立ち、論理の飛躍が甚だしい。実際、朝鮮史を振り返れば日本より遥かに中国の影響の方が強かったのではないか?と思うのですが。まるで朝鮮半島の不幸は、全て日本に原因があり、その代償として竹島=独島は韓国に譲るべきだ。と言っているようです。北朝鮮が拉致を正当化する論理とも似ています。

    また終わりの方では、
    何より韓国に対し度重なる非道な仕打ちをしたにもかかわらず「韓日併合は韓国の近代化に貢献した」そう主張する図々しさには言葉を失う
    それがデタラメだと理解させるためにはいったいどうすればいいのか?

    私たちが日本を36年間支配すればどうなるのかな?
    鉄道を一本か二本か敷いてあげればいいだろう
    そして日本国民の財産をあらゆる手段を使って奪い国土をメチャクチャにし日本人を強制連行して従軍慰安婦にし独立運動する者を全員逮捕して打ち首にし...
    そして3月1日になると日本人たちは独立運動をしなければならない。

    そして韓国の国民が3.1運動に立ち上がった際日本人たちが韓国人を虐殺したように殺されるのだ
    「日本人よ。あなたたちはあなたたちが殺した独立を叫んだ韓国人の数が何十万人にもなることを本当に知っているのですか?」

    記録によると、3.1運動の朝鮮側の犠牲者は何十万人どころか僅か 500人強です。そもそも当時の朝鮮には民族という意識が希薄で、運動はすぐに沈静化し、無抵抗だったといっても過言ではないのです。なんといっても何百年にわたって腐敗しきった李氏朝鮮の命脈を自ら絶てなかった民族ですから。韓国・北朝鮮では、朝鮮民族の歴史は日本への抵抗の歴史と教育で教えているため、このような誤解が生まれているようです。

    また日本の朝鮮に対して採った政策は、欧州列強の植民地政策とは一線を画しており、単に農産物や鉱産物を収奪するというものではなく、現地に資本投下し産業を育成するという特殊なものでした。

    日本は朝鮮半島においては偶々北朝鮮に多くの工業立地を行ったため、終戦後1970年代に至るまで、その恩恵を受けた北朝鮮が国力において韓国を上回っていたのはそのせいです。70年代以降の韓国の発展にしても、戦前に日本が整えた社会システムが基盤にあったわけで、もし李氏朝鮮の未熟な経済下のままならば、また韓国が中ソ共産主義国の支配下にあれば、漢江の奇跡などは起こりえなかったでしょう。

  • 特定秘密保護法の報道・・・




    TBS“反対のうねり各所で抗議活動”
    報告【民団所属のTBS社員】李民和
    「稀代の悪法が成立してしまいました…。何か、世の中が暗くなってしまったような気がします。」

    TBSの李民和は、2006年の民団新聞「座談会 若い世代は民団にこう期待する」という記事に登場した韓国人だ。

    一方で、
    恐ろしいな。在日本韓国青年同盟(韓青同)の委員長がTBSの報道部に入社か。
    在日本韓国青年同盟は、有田ヨシフと共闘しているレイシストしばき隊だとも言われている。

    在日本韓国青年同盟は何十年も前に朝鮮総連に乗っ取られて、
    民団の皮をかぶった北朝鮮の工作機関みたいなもの。
    http://www.hoshusokuhou.com/archives/28558281.html

    ホームページに行って、書いていることを読めば北朝鮮系組織であることは一目瞭然。

    全国組織、在日本韓国青年同盟中央本部は、活動内容見れば明白な反日団体。その元委員長、李民和は一昨年TBS報道部に採用されています。そして在日コリアン特区、在日コリアン自治区を目指すとし、南朝鮮系日本人(帰化した在日)を組織化、民主公明に献金等もしているといわれています。

    この人が北朝鮮系に属するTBSレポーター李民和 ↓

  • あなたは、本当に、真実を直視する勇気を、お持ちですか??




    「誰に対しても償う必要はない。あれは戦争だった」




    暴かれた英雄たち!!



                  どす黒い血で汚された闇の歴史のページを垣間見る



    ベトナム戦争が終わり、南北ベトナムが統一して既に四半世紀が通ぎた。そして韓国ではここ数年、あの戦争をめぐり長らくタブーとされてきた過去について、かつてない議論が進められている。その過去とは、ベトナム戦争に参戦した韓国軍によるベトナム民間人の虐殺問題だ。

    最初にタブーを破ったのは、韓国のハンギョレ新聞社が発行する週刊誌『ハンギョレ21』だった。同誌は99年、韓国軍がベトナム戦当時に起こした虐殺事件について記事を掲載したのだ(5月6日号)。この記事を書いたのは、韓国人歴史研究者のク・スジョン。彼女はベトナム戦争の韓国軍の残虐行為が記されたベトナム側の資科を入手し、韓国の市民団体の一行とともにベトナム現地で検証を始めたのだ。

    ある地域で、猛虎部隊(韓国軍部隊)等による1か月間の作戦で1200名もの住民が虐殺されたという66年当時のベトナム側の報告を紹介しながら、同時に生存者たちの証言に基づき虐殺の様子を具体的に描いている。例えば、生存者の証言からは韓国軍による民間人虐殺の方法にいくつか共通した類型があったようだと、同記事には記されている。

    以下、その部分を略して引用すると「大部分が女性や老人、子供たちである住民を一か所に集め、機関銃を乱射。子供の頭を割ったり首をはね、脚を切ったりして火に放り込む。女性を強姦してから殺害。妊産婦の腹を、胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す。トンネルに追い詰めた村人を毒ガスで殺す等々」だ。

    日本の戦争責任を追及してきた韓国の人々にとって、自国軍も虐殺をしていたのだという告発は、苦いものであったに違いない。
    タブーであった虐殺事件についてのこれらの報道に対し、韓国国内では激しい反撃が起きた。同年6月27日には、ベトナム戦に従軍した退役軍人ら2000人余りがハンギョレ新聞社に乱入しコンピュータなどを破壊した。彼らは、国のために闘った戦友を冒涜されたと激しく抗議したのだ。

    ベトナム戦争当時、韓国軍総司令官だった蔡命新は、先の『ニューズウィーク』でのインタビューで「誰に対しても償う必要はない。あれは戦争だった」と明言している。アメリカ軍によるソンミ事件などの虐殺行為がベトナム戦争当時から国際的に批判を受け議論の的となったのとは対照的に、韓国軍による虐殺行為については、こと韓国国内では長く沈黙が保たれてきた。


    南ヴェトナムにおける韓国軍
    猛虎師団 ↓

  • 暴力団組長も真っ青!!




                         前科十犯何のその!!




               投入された国民の血税は、実に9000臆円!!




                     野○、古×が裏で支えた在日金融のドン!!



                          古×は最近共産党に急接近



    青木 定雄(あおき さだお(通名)、1928年6月23日 - )は、日本の実業家。在日韓国人1世で、本名は兪奉植(ユ・ボンシク、유봉식)。元エムケイ会長、近畿産業信用組合代表理事会長。
    韓国慶尚道生まれ。関西在日コリアン社会の代表的な人物として知られる。

    2004年(76歳) 盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下の韓国政府より、韓国国民勲章「無窮花章」を受勲。この件に関し、2004年6月24日付東洋経済日報は、「兪会長(青木)が韓国の国民勲章『無窮花章』を受けた時、その祝賀会の費用1,000万円が、近畿産業信用組合から出されたともいわれている」と報じた。この「無窮花(むくげ)章」は韓国政府によって国内外の韓国一般市民に与えられている勲章である。2007年10月には張本勲もこの韓国国民勲章を受勲している。

    3月13日、青木の次男政明(41歳、東京エムケイ代表取締役社長)が川崎市の東急田園都市線鷺沼駅構内で酒に酔って駅員に暴行をはたらき、全治10日間の軽傷を負わせ現行犯逮捕された。青木は翌14日に謝罪会見をおこなっている。なお、次男政明はこの暴行傷害事件から僅か1年で東京エムケイ代表取締役社長に復帰している。

    2008年(80歳) 9月12日、次男政明(44歳、東京エムケイ代表取締役社長)が、同年4月9日午前8時半ごろ、従業員に対し暴行を加え全治2週間の傷害を負わせたとして、警視庁月島署に傷害容疑で書類送検されていたことが報道された(msn産経ニュース、時事通信社)。政明は3年前にも暴行傷害で現行犯逮捕されている。

    第154回国会 衆議院財務金融委員会(2002〔平成14〕年5月17日)において、近畿産業信用組合に関連して青木のことについても議論がなされた。

    五十嵐委員
    「もともと、今言われた金融機関の会長さんは、前科十犯なんじゃないですか。そういう方が雪だるま式に膨れ上がっていく金融機関の会長職を務める、事実上支配できるというのは、私は大変問題だと思いますよ。その人と癒着関係にある人がいろいろ動いて、何にもありませんでした、一点の曇りもありませんなんという話は、世間では通用しないです。」(以下略)

    国の最高意思決定機関である国会(第154回国会 財務金融委員会)で、「今言われた金融機関の会長さんは、前科十犯なんじゃないですか。」と指摘される人物を、なぜ、8,670億円という巨額の公的資金、すなわち国民の税金が投入された金融機関のトップである会長職に就任させたのか、という非難は大変多い。

    青木が代表理事会長を務める近畿産業信用組合は経営破綻した三つの信用組合の事業を引き継いでいるが、この破綻処理には総額8,670億円の公的資金が投入されている。その後、同信用組合は、金融当局から法令違反、ずさん融資、見せかけ増資、そして不明朗融資等の複数の指摘を受けた(財務省近畿財務局公表内容等より)。なお、当局からの指摘事項の多くは青木が深く関与していたとみられ、信組の私物化との批判が強まっている。

    これが、MK(タクシー)会長の青木定雄 ↓

  • おまえは、国賊だああーーー!!





         なぜならば、非道残虐行為をあばいたからだああーーー!!





     私の母は昭和20年日本の敗戦により朝鮮半島から引き揚げてきました。引き揚げ船の中でもらった金平糖がおいしかったと今でも話をします。

     朝鮮から引き揚げる際に「日本人を殺しに来る」といううわさが立ち、荷物を一部残して引き上げ船に乗ったという話も聞きます。何か母は大事なものをおいてきたようなことを言っていました。

     実際に朝鮮人は日本人を殺したのでしょうか。
     「和夫一家殺害事件」
     http://ipusamu.at.webry.info/200701/article_19.html

     米軍の上陸が9月半ばですから、無政府状態が1ヶ月続いています。この間おそらくこのような事件があちこちであったのではないかと思います。「日本人を殺しに来る」といううわさは朝鮮人の非道残虐行為を指して情報が流れていた可能性があります。

    または北朝鮮のほうではソ連軍も同様に略奪、婦女暴行を繰り返していたそうですから、それも含まれていたかもしれません。

     この事件を暴いた金完燮さんは韓国では国賊とされています。まったくの事実無根の話をでっちあげ、終戦時、朝鮮人は日本人に残虐行為を働いていないというのであれば国賊といわれても仕方がありませんが、どうでしょうか。確信があったからこそ国賊といわれても真実を述べたように見えますが・・・
    勇気の人金完燮さん 、親日派として獄にも入れられた ↓

  • 1894年~1895年の日清戦争を知っていますか??





        では、その結果結ばれた下関条約第二条を、ご存知ですか??





            それに歓喜の涙を流した国の方々を、ご存知ですか??





    明より王朝交代に伴う国号変更の要請をうけた李成桂は、重臣達と共に国号変更を計画し、洪武帝が「国号はどう改めるのか、すみやかに知らせよ」といってきたので、高麗のほうでは「朝鮮」(貢ぎ物の少ない国、朝の静けさの国)と「和寧」(平和の国)の二つの候補を準備して洪武帝に選んでもらった。


    「和寧」は北元の本拠地カラコルムの別名であったので、洪武帝は、むかし前漢の武帝にほろぼされた王国の名前である「朝鮮」を選んだ、そして李成桂を権知朝鮮国事に封じたことにより朝鮮を国号とした。和寧と言うのは李成桂の出身地の名であり、現在では国号の本命ではなかったとの意見が多い。壬午事変後に作成された国旗には「大清国属高麗国旗」と明記された。


    というわけで、韓国の人は、朝鮮という言い方をことのほか、嫌がります。朝鮮というのは、中国から押し着せられた国号であると。


    日清戦争後、下関条約が結ばれました。その第2条で、朝鮮の清国よりの独立が明記されました。それを聞いた李氏朝鮮は、歓喜の涙を流し、即座に国号を大韓帝国と変更いたしました。そして、民族の恥辱の象徴であった、迎恩門を叩き壊し、そこに西洋風の独立門を建立しました。
    今まで、中国の使者に対し、迎恩門で朝鮮国王が、3回ひざまづき、9回頭を地にこすりつけいたのを、やらなくてもよくなったからです。

    これが、下関条約の原本です。
    国立公文書館資料センターに保管されています。 ↓

  • 。事実に基づかない





    安易な贖(しょく)罪意識は





    百害あって一利なし






    自民党の野中広務幹事長の「かつてわが国が36年間植民地支配をした時代に、朝鮮半島から(強制)連行してきた人たちが、今70万人といわれる在日を構成している」という発言を本紙で読み、事実に対するここまでの無知はないと驚きを超えて怒りすら覚えた。明確な事実誤認が三つある。

    第一は、昭和14年から開始された朝鮮人内地移送計画により渡日した者とその子孫は現在の在日の中にほとんどいないという点だ。終戦時の在日人口は約200万人であり、そのうち移送計画による労働者は32万人に過ぎない。

    占領軍の命令によって日本政府は引き揚げ船を準備し、運賃無料、持ち帰り荷物制限230キロまでという条件で帰国させた。昭和21年末までに約140万人が朝鮮に帰っていき、自分の意志で残留を希望した約60万人が日本にとどまった。

    引き揚げにあたっては移送計画により渡日した労働者が優先とされている。結果として、32万人の「連行者」はほとんどこのとき帰国している。このことは在日一世の渡日時期調査によっても裏付けられている。

    第二は、そもそも上記の朝鮮人内地移送計画の実態が「強制連行」などというものではなかったという点だ。計画期間中、在日人口は120万人増加する。各種統計を総合すると、このうち出稼ぎ渡航者とその家族が63万人で過半数となる。
    戦時中、労働者不足が激しかった内地に向かい朝鮮人は自分の意志で大量に渡航していたのだ。

    前記の32万人が終戦時における戦時動員労働者である。残り25万人は「官斡旋(あっせん)」「徴用」で渡日した後、現場を逃走し条件のよい飯場などで働く「自由労働者」(当時の用語)となった者である。

    昭和20年内地における朝鮮人土建労働者を見ると、計画による動員労働者一に対して自由労働者七の割合であった。日本政府は移送計画実施期間中も内地に密航した朝鮮人を取り締まり朝鮮に送り返していた。

    こちらこそが本当の強制連行だ。「官斡旋」「徴用」は出稼ぎで建設現場などで働こうとしていた朝鮮人労働者の働き先を炭鉱、金属鉱山など軍事産業に転換させるというものであり、それは全渡日者のうち四分の一だけしか対象にできず、ほぼ失敗した政策だったのだ。

    第三は、戦前から継続して日本に在留しつづけている在日韓国・朝鮮人(子孫含む)でいまだに外国籍を維持したままの者は70万人ではなく約52万である。日本政府は彼らに「特別永住」という他の外国人にはない特別に優遇した法的地位を与えている。社会保障制度も日本人と同じ扱いがされ、その地位は子孫代々まで保障されている。この52万人以外の在日韓国・朝鮮人はいわゆる戦後入国者だ。

    外国人地方参政権付与は基本的事実関係すら知らない与党幹部によって推進されている。事実に基づかない安易な贖(しょく)罪意識は百害あって一利なしだ。参政権が欲しければ帰化手続きにより日本国籍をとればよい。すでに23万人以上の韓国・朝鮮人がそれを選択している

    産経新聞  平成12年9月26日 西岡力氏の寄稿より

  • パクリました!!  (名字がパクなもんで・・・)





             そっくり全部??





                いえ、都合のいい部分だけ!!





    次の教科書の記述を見てほしいのです。

    [強制連行のようす]
    町を歩いている者や、田んぼで仕事をしている者など手あたりしだい、役にたちそうな人はかたっぱしから、そのままトラックに乗せて船まで送り、日本に連れてきた。徴用というが、人さらいですよ。(大阪書籍、260ぺ-ジ)

    [朝鮮人強制連行]
    警察官や役人が土足で家に上がり、寝ている男を家から連れ出すこともありました。抵抗する者は木刀でなぐりつけ、泣きさけびながらトラックに追いすがる妻子を上からけりつけたともいわれます。(東京書籍、264ぺージ)

    [朝鮮・中国から強制連行された人々]
    金大植さんは、1943年2月、家で寝ているところを警察官と役場の職員に徴用令状をつきつけられ、集結地まで手錠をかけられたまま、125名の朝鮮人同胞とともに日本に連行されてきた。(教育出版、262ぺ-ジ)

    すべてこういう調子です。

    『「人さらい」同然の連行、「使い捨て」さながらの酷使、それに堪えかねて逃亡する朝鮮人……
    しかし、そうした「強制連行」論は、あまりにも戦時動員や労務事情と違っている』

    戦争末期に深刻化してきた内地の労働者不足を補うための朝鮮人労働者内地移入では一部に行過ぎがあったようで、強制連行を主張する韓国人の証言を読んでいると、農作業中などに無理矢理トラックに乗せられて日本内地へ送り出された、というのがあるが、それらを実行したのは内地人ではなく朝鮮人なのである。

    「朝鮮新話」 鎌田沢一郎 昭和25年 創元社より

    もつともひどいのは労務の徴用である。戦争が次第に苛烈になるにしたがつて、朝鮮にも志願兵制度しかれる一方、労務徴用者の割り当てが相当厳しくなつて来た。

    納得の上で応募させてゐたのでは、その予定数に仲々達しない。そこで郡とか面(村)とかの労務係が深夜や早暁、突如男手のある家の寝込みを襲ひ、或ひは田畑で働いてゐる最中に、トラックを廻して何げなくそれに乗せ、かくてそれらで集団を編成して、北海道や九州の炭鉱へ送り込み、その責を果たすといふ乱暴なことをした。

    但(ただし)総督がそれまで強行せよと命じたわけではないが、上司の鼻息を窺ふ朝鮮出身の末端の官吏や公吏がやつてのけたのである。

    (著者の鎌田澤(沢)一郎は、戦前の朝鮮に16年間滞在し、京城郊外に民族経済文化研究所を設立した朝鮮研究家で、6ヶ年にわたる宇垣総督の政策顧問を勤めて、農村振興運動の推進に大いに貢献し、朝鮮の民生向上に大きく貢献した人物で、戦後その経験を買われて、セマウル運動(新しい村運動、実質的には宇垣政策を発展させたもの)の指導のために何度も韓国に招かれている。)

    「朝鮮人強制連行」という言葉を造語し世に広めたのは、朴慶植著「朝鮮人強制連行の記録」という本であるといわれているが、この中で強制連行があった証拠として、上記の鎌田沢一郎著「朝鮮新話」が引用されているが、朝鮮人が暴走して実行したという部分はなんと無視されているのだ。

    歴史教科書の一部には強制連行の実態として『田畑で働いていた朝鮮人を有無を言わせずトラックに乗せ日本内地の炭鉱などに送り込んだ』等と書いているが、総督府の方針を曲解暴走して人さらい同然の行動を起こしたのは朝鮮人自身であったことを明記すべきだ。

    北朝鮮への帰国事業の失敗を日本の責任にした朝鮮総連幹部朴慶植の文書。
    そっくり鎌田澤の文章をパクリ、肝心な部分を意図的に削除した。 ↓

  • 「日本に酷い目に遭った東南アジア諸国が日本を支持するとは驚愕…





    韓国・中国が孤立する!





    何とかしないと」…韓国紙





    http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=80012&type=
    アジアで孤立した韓国と中国=侵略の被害受けた東南アジアまで日本支持に―韓国紙
    Record China 12月4日(水)14時4分配信

    2日、韓国紙・朝鮮日報中国語版は記事「日本はなぜ過去36年間にわたり、一貫して東南アジアに好意を示してきたのか」を掲載した。韓国や中国と同じ、日本の侵略の被害を受けた東南アジア諸国まで日本支持に回ったことを衝撃と評している。

    2013年12月2日、韓国紙・朝鮮日報中国語版は記事「日本はなぜ過去36年間にわたり、一貫して東南アジアに好意を示してきたのか」を掲載した。

    “日本の集団的自衛権解禁問題。韓国は強く反発しているが、多くの国から「背後からの一撃」を食らわされたことは否定できない。中国を牽制するための「不沈空母」として日本を使いたい米国についてはまだ予想できた。米国が韓国ではなく日本を選んだのは残念とはいえ、衝撃というほどのことではない。日本のもう一つの同盟国であるオーストラリアや日本の軍事的影響力が及ばない欧州連合(EU)の賛同も理解できないわけではない。

    しかし韓国や中国と同様に日本に侵略された経験を持ち、いまだに従軍慰安婦問題を抱えているフィリピン、タイ、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア諸国が日本を支持したことには驚愕(きょうがく)した。アジアにおける中国、韓国の孤立を意味しているからだ。

    韓国政府関係者は、南シナ海問題において日本の力を借りるためだとASEAN諸国の態度を分析する。だがそれだけではない。日本の東南アジアへの接近は36年前から始まっていたのだ。1977年、福田赳夫元首相はフィリピンで「日本は軍事大国にはならない。政治、経済、社会文化の領域でASEAN諸国と心からの友人になりたい」と発言した。

    この福田主義は将来の中国台頭をにらみ、東南アジアとの絆を確保する狙いがあった。ODAや投資、さらにはポップミュージック、漫画、映画、ファッション、寿司、ラーメンなどのソフトパワーまで動員して、東南アジアの人々の心をとりこにしたのだ。

    安倍首相はこの福田主義を見事に完成して見せた。昨年12月の就任から1年足らずの間に、ASEAN10カ国すべてを訪問したのだった。世界3位の経済体・日本の外交に韓国が遅れをとるのは仕方がないのかもしれない。だが、朴槿惠政権誕生から1年という時間を無駄に使ってしまった韓国の政界や指導者たちに、日本のような30~40年先を見据えた戦略的判断力があるのだろうか、心配させられる。”


    まず、フィリピン、タイ、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア諸国が「いまだに従軍慰安婦問題を抱えている」などということはない。

    韓国以外で、「いまだに従軍慰安婦問題を抱えている」国なんてない。

    そして、「フィリピン、タイ、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア諸国が、日本に侵略された」ということも韓国人の妄想と言って良い。

    韓国では、偉大なるウリナラの歴史は教えるが、世界史は基本的に教育していない。

    したがって、韓国人は、世界史について、全くと言って良いほど無知だ。

    フィリピン、タイ、マレーシア、インドネシアの4カ国のうち、フィリピンだけは日本側とアメリカ側に割れ、中にはアメリカ軍に加担して日本軍と戦った事実がある。

    しかし、タイ、マレーシア、インドネシアは、日本と共に大東亜戦争を戦った。

    東南アジアで唯一日本軍と戦ったフィリピンでさえ、「日本に侵略された」ということには該当しない。

    下は、インドネシアの独立記念日式典。
    必ず、先頭に日本兵がたつ。  ↓

  • 嗚呼!!



                 哀しいかな・・・




    永遠に、自らの力で独立を勝ち取る機会を失った!!






              この挫滅した民族精神を、どうやって癒すことができようぞ??






               かくて、狂気に満ちた捏造工作が炸裂し始めた!!






    「日本の植民地時代に民族の解放のため犠牲となった独立運動家たちが建国の主体になることができず、あろうことか、日本と結託して私腹を肥やした親日勢力がアメリカと結託し、国を建てたせいで、民族の正気がかすんだのだ。民族の分断も親日勢力のせいだ。解放後、行き場のない親日勢力がアメリカにすり寄り、民族の分断を煽った」

     ソウル大学教授の李 榮薫(イ・ヨンフン)氏によるとこれが現在の韓国の認識のようです。こうして強烈な民族意識は歴史を捏造歪曲し、民族自尊史観を作り上げていきます。

     民族の戦った歴史を捏造し、そこに誇りを求めます。天安の独立記念館には「独立戦争館」というのがあり、ジオラマで独立戦争の戦闘場面が再現されています。

     小学校国定教科書
    「(大韓民国)臨時政府は日本に宣戦布告して、連合軍と連絡を取りながら独立戦争を展開していった。わが民族の独立の意志が広く知られると、世界の強大国もわが国の独立を約束せずにはいられなくなった」

     わが韓民族は戦って独立を勝ち得た、ということにしたいのですね。そうだったらいいのにな、という願望を歴史の事実として捏造してしまったのです。臨時政府があったのは事実で、宣戦布告したのも事実ですが、独立戦争などやっていません。宣戦布告も意味のあるものではなく、サンフランシスコ条約に参加する資格さえありませんでした。

     人文系高等学校世界史
    「倭族(日本のこと)は大概東北アジア系統の族属と南洋族そしてアイヌ族の雑種だった。彼らは一時代には今日の九州と本州西部にかけて部落諸国家を成していた。彼等のなかで特に大陸に近い部落に住む倭人は三韓から文物を受け入れ、再びわが三国時代に至り、倭人は主に百済を通じ漢字と仏教等各種技術の同文物を受け入れた」

     高等学校世界史
    「我が国の農業技術・漢字・暦法・仏教を日本に伝えてやったので大和政権はこれを活用し、国家の体裁を整えていった。日本の文化は新石器時代から我が国と中国の影響を受けて成長した」

     要するに日本は遅れた雑種部族だったが、韓民族が文化を教えてやったんだ、と言っているわけです。日本は8世紀には「日本書紀」などの正史を持ちますが、朝鮮では12世紀からです。

    日本には古典文学「源氏物語」「万葉集」などがありますが、朝鮮にはない。「源氏物語絵巻」「鳥獣戯画」のような絵巻物もない。国風文化というものが存在しないのです。

    李朝時代の小説は225種類あるそうですが、朝鮮を背景とした作品はたった71種でしかもそれは主人公が朝鮮出身のもので、物語の舞台が朝鮮であることを明示したものは21種類なのだそうです。ほとんどは支・那人が主人公で、舞台は支・那です。

     ソウル大学教授の李 榮薫氏は「生産と市場における信頼と法治と国家の歴史こそ真正な歴史である」として民族史のみに焦点をあてた現状に苦言を呈しています。やはり識者としてここまで歴史を捏造歪曲されているのを見ると危機感を覚え、弾圧されてでも警鐘をならしたくなるでしょう。

  • 「お主もワルよのう」






                  「貧すれば鈍する」






                       “とうに処分済みだ!” だってさ!!






    【ソウル聯合ニュース】韓国の姜昌熙(カン・チャンヒ)国会議長は27日、呉公太(オ・ゴンテ)中央本部団長をはじめとする在日本大韓民国民団(民団)幹部8人の表敬訪問を受け、在外国民の安全や投票権保障などについて意見を交わした。

     呉団長は「安倍晋三首相の就任以降、『在日特権を許さない市民の会』(在特会)など右翼勢力の活動で在日同胞の安全な生活が脅かされている」と述べ、この問題に韓国政府が関心を持つよう求めた。

    2013/08/27朝鮮日報


    在日本大韓民国民団(民団)団長の呉公太は、パチンコホール27店舗を運営している株式会社三公商事の代表です。

    そして、呉公太は「呉本公太」という通名(偽名)を使い、民主党政権下で防衛大臣政務官だった下条みつ(先の衆院選で落選)に政治献金をしました。

    民団団長から献金貰った民主党防衛大臣政務官(下條みつ)&民主党、パチンコ店や在日コリアンからの献金をマネーロンダリング

    下条みつの政治団体「みつの会」の収支報告書には、平成20年から22年まで、それぞれ100万円、110万円、100万円の政治資金パーティーへの支払いがあります。

    いずれも呉公太が代表を務める会社名義で、代表者の名は「呉本公太」と通名(偽名)が記載されており、外国人からの献金とはわからないようにしました。


    民団は、会員数50万人を数える在日韓国人などのための組織です。

    民団は、違憲な外国人地方参政権付与を主張し、いわゆる従軍慰安婦問題で日本政府に難癖をつけている反日組織です。

    呉公太は民団団長として、2012年5月に民団代表団とともに李明博大統領を訪れ、在日韓国人の地方選挙参政権の獲得などに向けてさらなる支援を要請しました。

    韓国人は、嘘つき元慰安婦の証言があれば、従軍慰安婦という日本の犯罪が立証できると主張しています。

    民団は、「安倍晋三首相は、いわゆる従軍慰安婦問題について『軍による直接関与を示す証拠はない』と主張している」と訴え、安倍政権を批判しています。

    安倍首相の発言は事実あり、韓国政府も日本軍直接関与を裏付ける証拠をもっていませんが、民団は日本政府の調査に難癖をつけています。

    2月13日付の「民団新聞」は、従軍慰安婦について、「軍・官憲や業者による強制は巧妙であり、関連資料が残っていたとしてもとうに処分済みだ」と主張しました。

    <布帳馬車>どっちがサムライらしいのか

    軍・官憲や業者による強制は巧妙であり、関連資料が残っていたとしてもとうに処分済みだ。「証拠がない」などとうそぶく安倍氏と歴史事実に向き合った河野氏といずれがサムライか。悪徳商人からの賄賂を懐手にしながら、「お主もワルよのう」などと高笑いする大名は時代劇の中だけにしてもらいたい。
    2013.2.13民団新聞抜粋


    5月24日付の「民団新聞」は、「公の文書などなくとも、被害者の証言と状況証拠があれば十分だ」と主張しました。

    <布帳馬車>「貧すれば鈍する」vs「窮すれば通ず」

    日本の為政者は従軍慰安婦問題について、軍の関与と強制性を認めた河野談話があるにもかかわらず、強制性を示す文書(証拠)は存在しないとの立場を間欠的に示してきた。その中心人物の一人である安倍首相は、河野談話の見直しさえ公言してはばからない。こうした奇異な態度が橋下徹大阪市長の「慰安婦は必要だった」などとする妄言につながっている。

     文書がなければ犯罪行為は立証できない?まさか!それを裏付ける公の文書などなくとも、被害者の証言と状況証拠があれば十分なはずだ。日清・日露戦争当時から万国公法に通じていたことを自慢してきた日本は、戦時国際法にも熟知していた。それに抵触する行為を示す文書は極力残さず、残っていたとしても焼却したに違いない。
    2013.6.12 民団新聞



    民団のボス、パチ屋のデブ呉公 ↓

  • 燃え上がったのです!!




              熱狂の渦が巻き上がったのです!!





                     かの国の人たちも、興奮の坩堝と化したのです!!




    1942年に日本政府が朝鮮での徴兵制の実施を閣議決定した時、『朝日新聞』5月10日朝刊は、「昨年の大東亜戦争開始以後の朝鮮人の戦争完遂に関する熱意は、献金に、あるいはその他各種の銃後援護に強く表明され、内鮮一体の機運はますます強固なるものがあるので、政府は朝鮮同胞のこの報国の赤誠に応え、朝鮮に徴兵制を施行し」たと報道した。

    同6月11日夕刊の「朝鮮・徴兵制に感激の波高し」と題した記事では、「大東亜戦争の実戦に参加し得る栄誉を与えられた朝鮮同胞は広大無辺の皇恩に感泣し半島全域の同胞から陸軍省へ寄せられた感謝の手紙や電報は連日引きもきらず遂に数千通の多数に達した」として、それを紹介している[安田将三, 石橋孝太郎: 読んでびっくり朝日新聞の太平洋戦争記事, p.198-199(原文は旧仮名遣い)]。

    こうした新聞報道は、必ずしも誇張や捏造によるものではない。1923年生まれの崔基鎬(チェ・ケイホ)が当時を回顧して述べているように、朝鮮人の大部分は、日本の侵略戦争を熱狂的に喜んでいた。

    「戦前から東京にいた私は、年に1~2回はソウルとか当時の平壌に行きました。その当時の韓国人は日本人以上の日本人です。劇場に行くと映画の前にニュースがありましたが、例えばニューギニアで日本が戦闘で勝利をおさめたという映像が流れると、拍手とか万歳が一斉に出ます。

    私は劇場が好きで、日本でも浅草などに行って見ていましたが、韓国で見るような姿はごくわずかです。韓国ではほとんど全員が気・違いのように喜びます。それは当時としてごく普通の姿ですから、特別に親日ということではありません。
    [崔基鎬:武士道の覚醒と強い日本を願う,漁火新聞]



    下は栄光に満ちた朝鮮人志願兵たち ↓

  • TBSが在日企業であることをカミングアウト?



    韓国人さえ見向きもしないアジア大会に大量派遣のなぞ



    高市総務大臣が「停波処分第一号」を下すのはTBSかテレ朝か?



       テレビ局の中に在日韓国朝鮮人が多いのは「受験制度の在日枠」?



     マスゴミへの韓国朝鮮人による「大量汚染」はすでに多くの日本国民が
    知っていることとは思いますが、東京のキー局の一つである「TBS(東京
    ブロードキャスティングシステム)が大変な状況であることが判明しました。  
      
     中国新聞網は5日、「仁川アジア大会の記者登録数は9296人、日本は
    史上最大の陣営を派遣」と題した記事を掲載した。  韓国紙・中央日報によると、
    仁川アジア競技大会組織委員会は4日、今年1月21日~9月2日までに
    計9296人の記者が登録を行ったと発表した。うちテレビ局の記者は6196人。

    韓国メディアが232社、1310人。北朝鮮など海外からは32カ国・地域の565社、
    1790人が登録した。

     韓国3大テレビ局からは1087人。日本は合わせて770人(TBS523人、
    NHK246人)、中国中央テレビ(CCTV)は370人。 特に日本のTBSは
    同局史上最大規模の派遣となり、仁川アジア大会への関心の高さを示した。

     一方、アジア・オリンピック評議会(OCA)に加盟する45カ国・地域のうち、
    ブータン、ブルネイ、東ティモール、カンボジア、ラオス、ミャンマー、イエメン、
    パキスタンなど12カ国は記者を派遣しない。 (Xinhua.jp 2014年09月06日) http://www.xinhua.jp/socioeconomy/photonews/394544/

    この「新華経済」の記事は正しいのでしょうか? そもそも、東京のキー局の中では、
    日テレ、テレ朝、フジに次ぐ「4番目のテレビ局」にしか過ぎないTBSに523人
    もの記者やスタッフがいるとは到底思えません。 

    もしかして、韓国人だらけのTBS社員が、韓国に里帰りするために、在日家族を
    「関係者」に仕立てたのでしょうか? それとも、「日本の民放全体の参加者数」
    の間違いなのか? いくらTBSfが韓国べったりの放送局でも、この人数は信じが
    たいです。しかしそれでも、マスゴミによる「在日枠」社員のうわさは絶えません。

          韓国語受験者は常に有利になってます

     大学入試センター試験でも、「韓国語(ハングル)受験者の平均点が、英語受験者
    のそれより20点以上高くなるように問題設定されている」というのが定説ですよね。

    総獲得点数を上から並べるセンター試験での「20点差」が受験生にとって「どれだ
    け大きな差」か! この20点差を「あれは在日だけののゲタ」と呼んでいる人もいます。

    知る人ぞ知る「在日枠」ですよね。日常言語を試験対象にする不公平さ。 こういう
    「在日特権」は即廃止すべきです。
         
    在日韓国朝鮮人が、集団で威圧行動をおこなうことをご存知でしょうか? 基本的に、
    「言論言論」と言っている人ほど暴力には弱い。特に放送局は、日常、「言葉を発信し
    ている」関係で、「差別発言」という恫喝に弱いんですね。

    在日韓国朝鮮人による「マスゴミ恫喝」が「在日社員枠」になり、「韓国視点の放送」を
    公然とおこなうようになったのが、TBSを始めたとした東京のテレビ局。 

    テレビ局と深いつながりのある「電通」関係者には、もはや在日であることを隠さない
    在日ディレクターヤやプロデューサークラスがいます。もう「すでに乗っ取り完了」なん
    ですね。関西で放送できても、東京で放送できない「韓国朝鮮タブー」が多いのはそうい
    うことです。    

    「新華経済」によると、「NHKも246人」を派遣するんだそうですが、NHKの
    「在日汚染」もひどいですね。もう完全に「日本を食い物」にしているようです。まあ
    この一連の流れも「韓国からのプロパガンダ」なのでしょうね。

    でも私たちは忘れてはいけませんよ。韓国には常に「助けず教えず関わら ず」の精神を! 
    TBSなんか見る人いないから、どうでもいいですが!

  • “日本の内なる国際化のためには・・・”




         “日本社会には60人に1人の割合で外国人が居住しており・・・”




        “在日韓国人が韓国の国政参政権と日本の地方参政権を有しても



    矛盾することはない“




           迫りくる外国人参政権問題!!




             あなたは、どう対応するか??




    白 眞勲(はく しんくん、백진훈、ベック・ヂンフン、Baek Jinhoon、1958年12月8日 ‐ )は、日本の政治家。民主党参議院議員(2期)。元朝鮮日報日本支社長。

    • 2003年(平成15年) - 1月、日本国籍取得。
    • 2004年(平成16年) - 朝鮮日報退社。菅直人に抜擢され、第20回参議院議員通常選挙比例区に民主党公認候補として立候補。立正佼成会の応援も得て初当選する。
    • 2010年(平成22年) - 第22回参議院議員通常選挙参議院比例区において再選。
    • 2012年(平成24年) - 野田内閣 (第3次改造)で内閣府副大臣に就任。

    ○永住外国人地方参政権付与
    • 2004年7月12日、初当選直後に民団中央本部に挨拶に訪れ、「これからがスタート。在日に勇気と希望、元気を与えたい。在日も韓国系日本人も結集し、みんなの力で地方参政権を獲得しよう」と述べると、民団の呂健二副団長は「ねじを巻き直して在日の参政権運動にともに邁進しよう」と応じた。

    • 2008年2月27日、韓国ソウルで行われた李明博大統領の就任式祝賀会に川上義博と共に参加。李大統領の「地方参政権実現へ強い熱意がある。皆さんの長年の思いに応えることはもちろん、韓日関係の成熟化と相互発展のために、ぜひ実現にこぎつけたい」との発言を披露した。

    • 2008年5月30日、民団栃木県本部で末松義規と共に講演し、「皆さんの参政権獲得の思いを、これまで以上に政治家の出身選挙区でぶつけることが獲得への近道だ」と呼びかけている。また「帰化推進」策については、「参政権と同列に扱う問題ではない」とした上で、「帰化しない者に対する新たな差別が起きる。帰化するかしないかを踏み絵にすべきではない」と一蹴した。

    ○第22回参議院議員通常選挙
    第22回参議院議員通常選挙が公示された2010年6月24日、新宿駅小田急百貨店前に於けるたちあがれ日本の街頭演説開始数分後、白眞勲陣営の宣伝カーが100メートルも離れていない京王百貨店前位置に止まり、演説を始めたため演説を終えた与謝野馨から「公党間の約束で決めた場所に勝手に入ってくるな」と抗議を受けた。

    白陣営の民主党・末松義規衆院議員は「公道でやって何が悪い。(聴衆の)動員をかけているのに、どけと言うのか」といい拒否。末松義規はこれに抗議した与謝野の胸ぐらを掴むなどし激しい口論に発展した。また、白陣営は同席していた石原慎太郎都知事が地方参政権付与に反対の演説をすると大声で抗議をおこない、石原は「うるせえな、お前ら。どこの何人だ。日本人ならルールを守れ」と激怒した。たちあがれ日本比例代表の中畑清は「アスリートとして、モラルのない行動は許せない。腹が立ちました!」と批判した。

    これに対して、白真勲陣営の選挙対策本部長を務める末松義規は、「(たちあがれ日本の)代表の演説が終わるまでは待ったが、我々も支持者を待たせていたので、仕方なく演説を始めた。私も長年選挙戦を戦っているが、最初と最後は乱立する。演説をやっているところであとから始めるのは何度もあった」と反論している。(実際には共産党、たちあがれ、公明党の順で街頭演説をすることになっていた)。

    ○家族
    • 韓国人である父方の祖父は、父と日本人の母との結婚を最後まで反対していたため、白が祖父に初めて会ったのは祖父がこの世を去る3時間前だったという。
    • 娘は準ミスソフィアでタレント活動をしている宮崎麗香。

    こいつが、いわくつきの白 眞勲(はく しんくん、백진훈、ベック・ヂンフン)

  •  金貴玉教授が行った調査については、シンシアリーさんのブログでも取り上げられています。

    ■消された論文 ~韓国戦争の時、韓国軍も慰安婦を運営していた~(2013-05-21 23:38:40)

     金貴玉教授の調査を元にまとめられた「韓国軍も慰安婦を運営していた」という内容の論文で、原文は韓国語です。

     かつては韓国のネットに掲載されていたそうですが、現在は元記事は削除されており、個人ブログにコピペが残っていたものをシンシアリーさんが和訳してくれました。



     それによれば、上の朝日新聞の報道と同じもの(2002年2月23日に行われた国際シンポジウムにおける金貴玉教授の発表)が、韓国国内でも、朝鮮日報を除く主要日刊紙やニュースで報道されたそうです。

     ところが、残念ながらというか、あるいは当然ながらというか、韓国軍の恥部に触れたこの論文はすぐに歴史の裏舞台に片付けられてしまったそうです。

     また、国防部資料室に備えた韓国軍慰安婦関連資料の閲覧は禁止され、メディアは約束でもしたかのように沈黙…。

     金貴玉教授には、大学から "気をつけた方がいい"という連絡が来たそうです。

     「敵の敵は味方」ではないですが、じゃあ私たち日本人が金貴玉教授と「共闘」できるかというと、それもかなり難しそうです。

     なぜなら、2002年の国際シンポジウムの時と同様、金貴玉教授はこの論文の中でも、「韓国軍慰安婦は日本軍慰安婦をモデルに設立され、運営した」と述べ、その上で、「日本の極右勢力が韓国軍慰安婦問題を認めることは、日本軍慰安婦問題をも認める結果を生む」といった持論を展開しているからです。

     (この点に関しては、和訳してくださったシンシアリーさんが「案の定、彼女は分かっていないようです。日本で『慰安婦』を否定する人はいません。問題は、強制連行があったのか、そしてその『強制』に軍が直接的に関与したのかどうかがポイント」ときちんとツッコミ入れて下さってます)


    勇気と理性の人、金貴玉教授 ↓

  • いくらがんばってもやったことは消えません!!






          歴史の捏造・歪曲はどこかに反動がくる






            “見まい、聞くまい、振り向くまい“の時代は終わった!!







    WikiPediaから「朝鮮進駐軍」が消されています。どうやらハングルネームの方が削除に一生懸命働きかけたようです。一個人が削除を働きかけただけでなく、そっち系の団体か政治家が動いた可能性があります。

    ごく最近復活したそうですが、左派系右派系入り乱れての編集合戦が、今でも続いているとか。


    田中明 日本人の見た戦後日韓関係 「現代コリア」1992年12月

    「敗戦直後の在日朝鮮人は、敗戦国の無力な警察を嘲笑しつつ、暴力と脱法行為で虚脱状態の日本社会を我がもの顔に横行した。超満員の列車から日本人を引きずりおろして、自分たちが占領するといった光景は、決して珍しいものではなかった。

    くどくどいうのは控えたいが、その有様は、かつて居留民団の団長をし、本国の国会議員にもなった権逸氏が、著書『回顧録』のなかで『今でもそのときのことを思い出すと、全身から汗が流れる思いがする』と書いていることから想像していただきたい。そうした姿は『朝鮮人=無法者集団』という印象を日本人の胸に強く植え付けた。

    外国人の指紋押捺制度が1955年に採用されたのも、上記との関連があった。朝鮮人による外国人登録証明書の不正受給や偽造変造があまりにも多かったのである。密航者のための登録証偽造や、実在しない人間の登録証を役所に作らせて(脅迫や買収が絡む)それを売ったり、そうした幽霊人口によって得た配給食糧をヤミ市場に流すなど、さまざまな不正があった」


    毎日新聞社編「白い手黄色い手」1956年

    「完全な無警察状態 - 。そのいい例が24年春、東京深川でおこった枝川町事件である。朝鮮人4人組が月島の織物問屋から純綿八十二反を盗み出して巨利をせしめた。犯人の身元がわかり、深川署の刑事二人が逮捕状を持って(略)出かけたところ、(略)逆に"不審尋問”され、袋叩きの目にあった。当時の朝鮮人の鼻息がどんなにすさまじかったか、容易に想像できる。"見まい、聞くまい、振り向くまい”深川署の刑事たちはそんな言葉で自分たちの無力を嘆じあったという」


    いくらがんばってもやったことは消えません。終戦直後から朝鮮人は「お前ら四等国民の日本人がわれわれ二等国民である朝鮮進駐軍に指図するとは生意気な!」といって横暴を繰り広げました。鳩山一郎(前総理の祖父)が半殺しにされたのは有名な話です。昭和20年10月には「在日本朝鮮人連盟」が結成され共産主義組織となり占領軍と対立するようになります。メーデー事件、吹田・枚方事件、大洲事件などがあります。

    こうした朝鮮人の加害性は80年代以降にメディアによって「被害者」にすりかえられて、現在でもWikiの削除や「ヨーコ物語」の弾圧に見られるように歴史抹殺の動きにきています。しかし、こうした歴史の捏造・歪曲はどこかに反動がくるもので、それがネットに吹き出ており、本投稿もささやかながら、そのひとつに数えることができるかと。

  • いくらがんばってもやったことは消えません!!






          歴史の捏造・歪曲はどこかに反動がくる






            “見まい、聞くまい、振り向くまい“の時代は終わった!!







    WikiPediaから「朝鮮進駐軍」が消されています。どうやらハングルネームの方が削除に一生懸命働きかけたようです。一個人が削除を働きかけただけでなく、そっち系の団体か政治家が動いた可能性があります。

    ごく最近復活したそうですが、左派系右派系入り乱れての編集合戦が、今でも続いているとか。


    田中明 日本人の見た戦後日韓関係 「現代コリア」1992年12月

    「敗戦直後の在日朝鮮人は、敗戦国の無力な警察を嘲笑しつつ、暴力と脱法行為で虚脱状態の日本社会を我がもの顔に横行した。超満員の列車から日本人を引きずりおろして、自分たちが占領するといった光景は、決して珍しいものではなかった。

    くどくどいうのは控えたいが、その有様は、かつて居留民団の団長をし、本国の国会議員にもなった権逸氏が、著書『回顧録』のなかで『今でもそのときのことを思い出すと、全身から汗が流れる思いがする』と書いていることから想像していただきたい。そうした姿は『朝鮮人=無法者集団』という印象を日本人の胸に強く植え付けた。

    外国人の指紋押捺制度が1955年に採用されたのも、上記との関連があった。朝鮮人による外国人登録証明書の不正受給や偽造変造があまりにも多かったのである。密航者のための登録証偽造や、実在しない人間の登録証を役所に作らせて(脅迫や買収が絡む)それを売ったり、そうした幽霊人口によって得た配給食糧をヤミ市場に流すなど、さまざまな不正があった」


    毎日新聞社編「白い手黄色い手」1956年

    「完全な無警察状態 - 。そのいい例が24年春、東京深川でおこった枝川町事件である。朝鮮人4人組が月島の織物問屋から純綿八十二反を盗み出して巨利をせしめた。犯人の身元がわかり、深川署の刑事二人が逮捕状を持って(略)出かけたところ、(略)逆に"不審尋問”され、袋叩きの目にあった。当時の朝鮮人の鼻息がどんなにすさまじかったか、容易に想像できる。"見まい、聞くまい、振り向くまい”深川署の刑事たちはそんな言葉で自分たちの無力を嘆じあったという」


    いくらがんばってもやったことは消えません。終戦直後から朝鮮人は「お前ら四等国民の日本人がわれわれ二等国民である朝鮮進駐軍に指図するとは生意気な!」といって横暴を繰り広げました。鳩山一郎(前総理の祖父)が半殺しにされたのは有名な話です。昭和20年10月には「在日本朝鮮人連盟」が結成され共産主義組織となり占領軍と対立するようになります。メーデー事件、吹田・枚方事件、大洲事件などがあります。

    こうした朝鮮人の加害性は80年代以降にメディアによって「被害者」にすりかえられて、現在でもWikiの削除や「ヨーコ物語」の弾圧に見られるように歴史抹殺の動きにきています。しかし、こうした歴史の捏造・歪曲はどこかに反動がくるもので、それがネットに吹き出ており、本投稿もささやかながら、そのひとつに数えることができるかと。

  • 正体見たり!!


               剥がされた仮面!!
         


                  何でもいいから、とにかく、、”人権問題だ!”と、騒いでいればいい!!



    2005年7月3日から11日まで、日本の人権NGO、反差別国際運動(IMADR・2005年当時の事務局長は武者小路公秀)の招聘により、国連人権委員会任命の特別報告者・ドゥドゥ・ディエン(セネガル国籍)が日本の人権状況の調査のため来日した。

    同報告者は各地の人権団体の案内でウトロ地区、被差別部落(大阪・西成区)、京都朝鮮中高級学校、部落解放同盟中央本部、北海道ウタリ協会、沖縄・嘉手納基地や、 名護市の普天間基地の代替施設建設予定地を訪問し、ヒアリングを中心とした9日間の調査を行った。

    同報告者は2006年1月に報告書を発表し、ウトロに関して「日本政府は、ウトロ住民と対話を始め、住民が植民地時代に日本の戦争遂行のための労働にかり出されてこの地に住まわされた事実に照らし、住民を強制立ち退きから保護し、居住権を保障する適切な措置を直ちにとるべきである」とした。

    (注)ウトロとは、北海道の地名ではなく、京都にある朝鮮人の集落。

    この国連人権委員会の勧告に強制力は無く、調査対象とされた多くの他国政府は勧告を無視している。日本政府も公式の反応を示していない。また、この報告書に関しては『産経新聞』が「調査をアレンジした武者小路公秀がピースおおさかの会長でもあり、金正日の思想を普及しようとするチュチェ思想国際研究所と関係の深い人物である」事実を挙げて、「日本に悪意を抱く人物が人権を武器として、国連を利用し日本に言いがかりをつけることがよくある」と言及している。

    こいつが、エセ人権家の武者小路 ↓

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