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投稿コメント一覧 (17235コメント)

  • >>No. 40468

    あんたの話が無意味
    http://www.afpbb.com/articles/-/3100710
    『言語音、世界の日常言葉で多く類似か 国際研究』

     今回の研究では、世界で現在使用されている6000種類以上の言語の62%を対象に、数十の基本単語を分析。分析対象の単語には、代名詞、体の部位、動物、形容詞、動作を表す動詞などが含まれていた。

     その結果、分析した単語のすべてではないが、「基本単語100語のかなりの割合で、人間の言語音と強い関連性を有している」ことが分かったという。

     論文によると、例えば大半の言語で、「鼻(nose)」を表す単語には、「ナー(neh)」や、「ooze」などにみられる「オー(oo)」などの音が含まれる割合が高いという。

     また「舌」を表す単語には「フランス語の『ラング(langue)』にあるような『ル(l)』が含まれる割合が高かった」という。

     さらには、「砂(sand)」を表す単語には「ス(s)」音が含まれる割合が高く、「ル(r)」音は、「赤(red)」や「丸い(round)」などの単語に含まれる割合が高かった。

     今回の研究についてクリスチャンセン教授は、これらの音がすべての単語に含まれるわけではないが、その関連性の強さは予想される偶然の期待値をはるかに上回っていると述べている。

     最も強い関連性の一部は、体の部位を表す単語にみられたという。

     特定の音が特定の単語に関連している理由を解明するには、さらに研究を重ねる必要がある。

     今回の論文の共同執筆者には、スイス・チューリヒ大学(University of Zurich)、オランダ・ライデン大学(University of Leiden)、独マックスプランク人類史科学研究所(Max Planck Institute for the Science of Human History)、独ライプチヒ大学(University of Leipzig)などの研究者らが名を連ねている。(c)AFP

  • >>No. 40467

    直感が無くては科学も進歩しないよ。
    AN語台湾起源説も直感だろ。考古学を考慮しないアホの直感だったけれど。
    直感を科学にまで昇華させるには基礎的学問も必要だろうが、様々な事例を説明できなければ駄目。

    様々な事例・証拠を持って私の説がなりたっている。
    一つくらい屁理屈をつけて否定して見せても、私の説は揺るがない。

    欧州で新石器時代が始まったのはアジアよりはるかに遅れている。
    東南アジアから新石器文化が移転した事もすでに明らかになっている。
    だから、東南アジアの言語がアチャラに行っても不思議がないのよ。

    遺伝学も考古学も、地政学も、古気象学も、全てを統合して言語学も纏めるべき。
    最近は学問が細分化されすぎて、統合する事が出来ない。
    莫迦なことをいう学者が沢山居るのもそのため。

  • >>No. 40463

    世界大語族といえるほど、世界中で言語の共通性が見られると言うのだから、AN語台湾起源説なんて如何にアホナ話かわかるだろう。
    台湾起源説を信じちゃう莫迦は、議論する価値なしだね。

  • >>No. 40461

    > そもそもが、「遠くにある系統の異なる現代語同士」を比較して「同じ/似た形である」ことに疑問を持てないのが君たち!なのw

    古代に同じ場所に住み、同じ場所から分散した人たちなのだから、言語が一致していても不思議がなかろう。
    そもそも、コーカソイドとか、新モンゴロイドとか、7千年前くらいに古モンゴロイドから生まれた新しい人種なのだ。
    古モンゴロイドの話していた言葉を受け継いでいてなんら問題になるまい。

    > 例えば、日本語のナマエ(名前)、マレー語のnama、ドイツ語のNameはクリソツだよね。それに分別なく飛びつくのが君ら!(笑)
    >
    > 日本語は「な」と「まえ」に意味が分けられそうなのでボツだね?
    > では、マレー語のnamaはどうか?ドイツ語は印欧語ってことくらい知っているかな?マレー語には膨大なサンスクリットが入っているのだよ。
    > で、ヒンディー語をグーグル翻訳で調べてみよう(僕は調べなくても知っている)。すると、文字をローマ字転写するとnaama、ナガリ文字の読み方の規則を知っていれば現代語読みもナームだと分かる。

    いいんじゃないか?
    自分をさす言葉

    中国語    wu、ya
    日本語    あ、あが、わが、、
    ロシア語   ya
    ギリシャ語   ego
    ラテン語    ego
    インドネシア saya aku
    タガログ    ako
    ドイツ語    ich

    > もう、わかるでしょ?
    > 僕だって比較言語学をやったわけじゃないし、ドイツ語やマレー語のきちんとした知識もない。
    > でもね、頭を使って少し手間をかければこのような想像は付くのですよ。

    頭、使っていないね。君は

    > ゴロ遊びで遊んでるだけならまだ良いが、「嘘」を付いて青少年を「騙す」ようになっちゃ、人間オ・シ・マ・イ❤
    > y-Dに由来する言語・語なんて残ってるはずもないよw アホンダラ!

    アイヌ語学と現代の言語理論
    多総合的言語としてのアイヌ語―普遍文法理論の視点からの試論
    奥 聡 北海道大学言語学準教授 の冒頭部分
    1. はじめに
    Baker Mark (1996, 2001)は、アイヌ語を多総合的言語(polysynthetic language)の代表的語族の一つに挙げている。アイヌ語の他に挙げられている言語族は、カドー語族Caddoan(北米)、タノ語族Tanoan(ニュー・メキシコ)、ナワトル語族Nahuatl(メキシコ中部)、グンウィングアン語族Gunwinjguan(オーストラリア北中部)、旧シベリア語族Paleosiberian(シベリア北東部)、マプチェ語族Mapuche(チリ中部)、ムンダー語族Munda(インド)である。
    これらは地理的にも分散しており、一部を除いては歴史的な関係を同定することも難しい。一方で、これらの言語の基本的文法特徴が共通しているとみなすだけの十分な根拠が明らかになってきている。そのような共通の文法的特徴が偶発的であるという可能性は「二人の人間が別々にコインを100回投げて、全く同じ表と裏の出方をするのに等しいくらいの確率」(Baker 2001: 115)であり、現実的にはありえないこととなる。歴史的な関連もなく、偶然でもないとすれば、なぜこれらの言語族に著しい共通的特徴がみられるのか?

    Baker Markや奥 聡 北海道大学言語学準教授は不思議がっているが、人類はどこかある一点から、比較的新しい時代に分散したのだ。と考えれば何の不思議もないことだ。

    故大西耕二氏が、ウラル語とスラウェシ語の近縁性を論じているのも、Y-Nの移動が、東南アジアから比較的近年になって起きたという研究とも矛盾しない。

    インドシナ半島とアメリカのナ・デネ語が一致していると言う研究もある。

    マレー語とナ・デネ語族が近い言葉である事、を20世紀初めに、
    アメリカの著名な言語学者、エドワード・サピアが既に気づいていた。
    1920年と翌年のサピアの手紙がリューレンの本に引用されてます。

    「私は、この言語(ナ・デネ語族)が他の北米インディアンの言語と
    関係があるとは思えないのです。この西北アメリカの言語が、
    インドシナの言語の分岐であるという考えを、私が真面目に検討している
    と言っても、私を間抜けだと思わないで下さい。
    (この語族は)チベット語の遠い親戚かもしれません。」

  • >>No. 40441

    > アラビア語は母音交代させたり付け加えたり伸ばしたりするから大変だろう?
    > 英語でも少しはあるだろう、take>tookとか。
    > 日本語も昔はそのようにして派生語作ってたところもあるんだわ。
    > チベット語もそれっぽいね。choka(夫)>chuku(息子)とかね。
    >
    > どうだ、まさに「ハイパーFの言語」だろう?ハプログループが言語形成に先行するとはいってもちゃんと関わりがあるのだ。
    >
    > IJとKは兄弟。IJKの分布は君の好きなC1とも関わりが深い。「K2aいるところにC1あり」と言われ、仲良く移動したわけ。
    > でも、パプアからじゃないよw

    Fはドラヴィダだし、アボリジニにも居る。
    どちらが古い人種かを考えたら、アボリジニがドラヴィダの上位に居る。
    ドラヴィダ人は昔は南にある大きな大陸に住んでいたが、その陸が沈んだので、インドにやって来たと言う伝承を持っているという。
    スンダランドが沈んでインドに来たのだろう。
    ドラヴィダ人はアボリジニから生まれ、ドラヴィダ人から欧州人が生まれた。
    だからこそ、東南アジアの言語と欧州の言語が良く似ている。
    日本もサフルランドから来たので、東南アジアの言語と日本語の共通性もあり、日本語と英語にも共通性がある。
    言語が似ているという事は、その発信地ではすでに狩猟採集生活を脱却していたと考えられる。
    縄文人も当然狩猟採集生活ではない。言語も持っていた。
    後から来た長江流域からの稲作民は少数だったので、縄文語を凌駕するほどではなく、縄文語が残った。
    弥生時代、中国に遣使した倭人は呉の太伯の子孫と名乗った。
    中国人が太伯の子孫という話を信じたかどうかは不明だが、倭人が中国南部の出身という事は知られていた。魏志倭人伝でもそれが明らかになっている。
    文法こそ違え、意外と、中国語も日本語と近いのだ。
    中国人もスンダランドから北上した連中が多いから。
    特に、南方語が日本語と近い。
    たとえば「飲む」
    中国語    in
    福建語で   limum 「l」は「n」と交替するから同源。
    マレー語で  minum
    * 英語の 「drink」も頭に「d」が追加されただけ。

  • >>No. 40438

    > 知的技術の限界を明らかにされて開き直ったかw
    > 面の皮の厚い爺だ。

    辞書を見つけたから。

    > アラビア語で心は普通qalbだけどね。犬はkalbだからセットで覚えるといいよ。
    > walad(子供)については「わらし」と関連付けようとした人がいるみたいねw
    >

    心に付いてはラテン語でも「cor」
    フランス    coeur
    ギリシャ    kardias
    英語の    heart も 「h/k」 交替があったと見るべきだろう。

  • >>No. 40435

    kh 音を含んでいればいい。

  • >>No. 40434

    > アラビア語
    > 心   kẖalad  心 精神 知性 خَلَد

    ʿaq̊lī̃ back translations: 心 精神的  عَقْلِيّ

    インドネシア語  akal  心

  • >>No. 40432

    アラビア語
    心   kẖalad  心 精神 知性 خَلَد

  • >>No. 40426

    > トルコ語
    > 尻    kalça ヒップ

    アラビア語 mūảkẖãraẗ  お尻けつ穴尻     مُؤَخَّرَة

  • >>No. 8831

    > アウト・オブ・カースト:D1b⇘このスレッド民

    D1b縄文人の遺伝子も悪くない。
    風の影響を受けるスピードスケートでは、ちびの遺伝子が有利に働く。
    500mも、パシュードも、マススタートも、からだの小さい日本人だから金メダルが取れた。

  • >>No. 40422

    トルコ語
    尻    kalça ヒップ

  • 尻     ketu 
    タミル語  kuṇṭi

    穴     ketu
    英語    hole 

    掘る    horu
    タミル語  gali
    英語    core

  • >>No. 40394

    >  縄文時代の短期編年説だと、縄文時代は5千年前位から始まった、で終り

    へえ。そんな事を言っている人いるの?

  • >>No. 33636

    > > 范曄が左遷された宣城て、宋の都から遠いし。
    > > 左遷された人間が都にやってきたら物議をかもす。
    >
    > 宜城と勘違いして、いろいろ混乱しましたが、安徽省の宣城ということですので、その宣城は南朝宋の都杭州の北隣ですので、ごく近いところですね。
    > 都へ遊びに行くくらいは、容易にできる距離です。∩∩

    世界地図の縮小率では距離が短く感じても、日本地図くらいに拡大すれば遠いですよ。

  • >>No. 40394

    > m)資料の適不適を言うなら、いつ伐採された木かわからないものの煤などより、偶然に紛れ込んだ木片のほうが適当
    >
    > hn)これは無党派さんの理屈(略)であり、その木片が樹皮層が残っており、年代が確定出来、追葬や後代の撹乱などではなく、当初からあったと担保されれば、その木片の年代に考古学者は異議を挟まないでしょう。しかしそうでなければ土器付着炭化物の年代を採る
    >
    > m) あのね、木片と言っても木の枝なんだよ。加工された板ではない
    > 100年もの年輪を持つ板じゃないんだ。枝なら年代出すのに最適だろ
    >
    > hn) 周濠で出た物なら異議が出る
    >
    > m) 周濠じゃないよ、ホケノ山の玄室の内部からだ。
    >
    > > > 追葬⦅その他⦆玄室を後世にあけた可能性の有無が問題

    ホケノ山に追葬の痕跡なんてない。

    > m) 古い値を出したらそちらが駄目な資料
    >
    > hn)上記、試料自体の適・不適は考古学者の議論⦅の⦆結果で判断すべき
    >
    > m)議論しても受け付けないのが歴博。都合の悪い話は無視するんだよ
    >
    > hn)歴博だけが研究しているわけではない
    >
    > m) 歴博の年代に付いてだよ議論になっているのは。他の考古学者は箸墓を卑弥呼の墓ではなく、壱與の次の男王の墓ではないかとしている
    >
    > m) そのくらいの事が判らないあんたはアホ
    >
    > hn)一方的に先験的に判断する流儀は相変わらずの無党派さんですね
    > 尚、箸墓は寿陵(これは無党派さんや私も、今や考古学界の大勢も認めている)であり、埋葬時には円墳であり、その後に前方部を築造するので、箸墓を前方後円墳で円墳ではないから、卑弥呼の墓ではない、という議論は成り立たない、というはなしもある
    >
    > m)築造時に円墳であるはずがない
    > 前方部は元は墓への参道として作られた
    > 柩を円墳の頂上まで運ぶための道だったんだよ
    >
    > hn)不勉強。間違い
    >
    > m) 天誅君氏も同じような見解を示していたよ
    > あんたの方がよほど勉強が足りない
    >
    > > > 私もそう信じていたのですよ
    > >
    > > だったら、私にイチャモンイチャモン付けるのはおかしかろう?
    > 前方部は柩を運び上げるための参道で決定
    >
    >  それが最近の考古学の成果で、変わったという情報提供ですよ。
    >  だからそのあたりをチェックしないと、とっくに捨て去られた古い学説を何時までも信じていることになる。縄文時代の短期編年説だと、縄文時代は5千年前位から始まった、で終り

    私は初めから前方部は柩を運び上げる為の参道と主張していた。
    葬儀時には後円部へ向かう、なだらかな斜面であり、葬儀のあとに参道を塞ぎ、上に上り難くしたもの。
    そう考えたのは、モンゴルにあった前方後方墳の構造や、讃岐にある前方部に積み石のない前方後円墳である野田院古墳の写真から。

  • >>No. 40391

    > hn)栽培イネの祖先型が、ジャポニカ系統に属しており、その栽培に関わる共通形質がindicaとも多く共通している事から,indicaは栽培イネの起源にはなり得ず、またOr-Ⅲ、すなわち現代では中国南部に存在する野生イネの系統に属し、そのサブクレードa,b,cの内aに属することまでは判る。あとは倉田氏の解説からは不明だが、野生イネの分布から見て、東南アジア起源の可能性は少ない。但しLGM期から氷河期明けのころまでの珠江流域の野生イネの各集団の分布が現在と異なっていた可能性もあるので、完全には否定できないが
    >
    > m) 私が栽培イネの起源がインディカだなんて言った事はないよ
    >
    > hn) 知っています。引用された論文を評価した迄
    >
    > m) 私の提示した論文にも栽培イネの起源がインディカなんて書いてない
    >
    > hn)栽培イネの起源について、2元説を採っています。即ちジャポニカとインディカは別々に栽培化されたと
    >
    > m) ただ、数種類ある熱帯ジャポニカの変異がそのままインディカにもあるから、一年生のルフェポゴンに熱帯ジャポニカの遺伝子が注入された事は間違いがない
    >
    > hn)それはOK。但し祖先型を通じて
    >
    > m)祖先型はqSW5
    >
    > hn)祖先型ジャポニカにqSW5があったかは、倉田氏の解説からは不明だが,Or-Ⅲaが強い選択を受けていることから、可能性はある
    >
    > > > > 多年生ルフェポゴンを栽培する事によってサティバが生まれた、その最初の祖先型にqSW5が出来たんだよ
    >
    > > > それはHuang、倉田らの『Nature』論文の解説からは不明。栽培化遺伝子55座の内の一つのみでは決まらない
    >
    > > > > 何もしなくてサティバが生まれたのではない。その事を理解しなければ温帯ジャポニカのルーツもわからない
    > いい加減粘るのは止したら?
    >
    > > > 無党派さんこそ、4>55という変な⦅思い込み⦆はやめて、素直にHuang、倉田氏らの論文を評価すべき
    >
    > > 遺伝子とは無関係に考古学的、地勢学的、古気象学的に考えて妥当かどうかを考えるべきなんだよ
    > > 北のほうで1万年以上前のモミが見つかったからといって其処が栽培開始成功地ではないことは自明なのだから
    >
    >  あt利前。で古熱帯圏の珠江流域では蓋然性は高くなる。
    > 現在でも珠江流域は熱帯・亜熱帯域とされている(支流域は別だが)

    古熱帯圏という考え方がオカシイ。
    氷河時代LGMには赤道直下でも5度気温が低かったのだから、今の亜熱帯地方は温帯くらい。
    珠江下流、今は海の底になっている下流域なら亜熱帯の可能性もあり、栽培開始地であった可能性は否定は出来ないが、中流域は無理。
    海の底と言うなら、痕跡が見つからなくても仕方がない。

  • >>No. 40388

    > hn)外山氏の引用年代はAMS法のおそらく測定値で未較正だから、較正するとさらに古くなる
    >
    > m) 馬鹿か?いやあんたが馬鹿だという事は昔から判っていた
    > 出鱈目年代に決まっているじゃないか
    > 佐藤氏の年代、14000年年が順当だよ
    >
    > > > hn)「佐藤氏の年代」ではない。外山秀一氏の挙げたおそらく未較正のAMS炭素年代値
    > 現代の考古学者は皆AMS炭素年代の較正値を受容した上で、古木効果や海洋リザーバー効果、或いは統計処理、試料の適・不適について議論している
    > 周回遅れの的外れな議論を何時までも繰り返すのはうんざり
    >
    > > > m) 現実に狂っている事を無視しては駄目
    > > >
    > > > hn)江西省の仙人洞でのイネの16000BPの較正年代が20000~19000年前だから、 桂林のも詳細に調べられれば、更に古い層序からそのぐらいの年代が出そうな気がする
    >
    > > >  訂正して、お詫びます。「イネ」の年代ではありませんでした
    > これは仙人洞での「土器」出現期の年代値でした。大貫氏は、呂桶環遺跡のコメが是より古くはならない、と書いていた。外山氏が湖南省の玉蟾岩と広西省の桂林近辺の廟岩遺跡のイネの年代を、12,000~14,00年前とし、14,000年前~9,000年前のイネ資料として江西省の仙人洞遺跡や呂桶環遺跡をあげていました。これは無党派さんにも紹介した筈です
    >
    > > > 上記、大貫氏は「コメ食」の起源が土器出現期である16000年前(較正年代2万年前~1万9千年前)には遡らない、と主張していることになります。外山氏の挙げた湖南省や広西省の遺跡の年代はイネのものと思われますが、安田喜憲氏の挙げている暦年代2万⦅年⦆前から考えるとやはり未較正の年代でしょう
    >
    > > 水月湖のデータで9千年前以前の年代の(正しいかもしれない)較正表は出来たのかね?
    >
    >  IintCal13は2013年に承認され、公開されている。
    >  問題は我々素人が、実測値を較正できない、と言う事と、もうひとつ、その較正値の精度その他の意義を完全には理解できていない、と言う事。結局のところ、それを理解している考古学者(でも数学的な事は理解できていない可能性が高そうだが)の較正値に依拠するしかない、という点にある

    箸墓の年代は正しいデータが出たと言うのかね?
    弥生時代開始は?
    縄文時代は?

  • >>No. 40387

    > m)ミハイル君がイネのほうは14000calになると出しているよ
    > 遺跡の下層の年代が16000BPであり、年代の新しい上層部に稲があったという事
    > あんたはごまかしが上手い
    >
    > hn)無党派さん、私はごまかしはしませんよ。無党派さんほど恣意的な「解釈」(誤読と言ってもよいですがね)もしませんよ。で、『季刊考古学』第132号旧石器縄文移行期特集号の論考の中の大貫静夫氏の論考から引用した。その内容は仙人洞についての大貫氏の考察が入っており、それが100%中国考古学者の出したデータと同じかまでは担保できない。おそらく大貫氏は中国側の言う<栽培種>に疑問を呈しているのかもしれないがそのあたりの事は判らない。大貫氏の仙人洞に関する私の引用がごまかしだと思うなら、僅か4ページの論稿の内更に華南については1ページちょっとだから、ご自分でご確認ください。前にページ数も書いている
    >
    > (中略)
    >
    > > > > > あんたの論拠は間違って居る事がすでに判っているのに、それを何度も論拠にしたら、財務省が廃棄したと言う森友文書があった事がわかっても、まだ廃棄したと言い続けていること以上酷い話だろ
    > > >
    > > > > 大貫氏は華南の土器出現期の年代で仙人洞で16,000BP台(較正値で20,000~19,000年前)
    > > >
    > > >  (続き)大貫氏は食料(資源)の多角化の道具として、土器が出現したと考えており、コメは土器出現より遅れるとしている。煮沸具として土器が使用され、コメ食にも転用された、と考える。具体的な仙人洞での栽培イネの年代には触れていないが、「仙人洞近くの呂桶環遺跡でイネのプラント・オパールが急増し、コメの食用が始まったとされる時期は仙人洞で土器が出現する時期より古くならない」とする。
    > > >  で、中国南部のイネの採集(あるいは野生イネの栽培?)の話でしたね?仙人洞は14,000calBPだとすれば外山氏の値も較正値だったのかも
    >
    > > ミハイル君の出したデータを読み違えている
    > あんたは誤読の名人だ。
    >
    >  上記、大貫氏は土器出現期の年代から、イネの年代の「上限」を考察している。ミハイルの出したデータは、地層の話でイネの年代を論じており、土器の年代とは無関係の話。
    >  要するに論点がずれている

    「イネの年代の「上限」を考察」したのなら、現実のイネ栽培の話ではないわけね。
    あんたはイネ栽培が、20,000~19,000年前に有ったかのごとき誤読をしたのだろ?

  • >>No. 40385

    > 略)
    > hn)「倉田氏は稲の栽培が始まったのは珠江だとは言っていない」と私は言っていないのが理解できない?「温帯ジャポニカ」についての話を誤読
    >
    > m)クソや労
    > 栽培稲とは「温帯ジャポニカ」だろ、あんたの定義では。あんたはそう言った
    > それも忘れたか?
    >
    > hn)私が言っている筈もない思い込みをされているのですか?(続く)
    >
    > hn)(略)追加部分です。栽培イネとは,O.sativaの事であり、当然japonica,indica両亜種を含み、一方野生種が,O.rufipogonである(他の種もあるが)を指していることは、この議論の大前提であり、共通認識である筈。栽培イネの起源の話をしているのであれば、それは熱帯・温帯或いはインディカ、ジャポニカ両亜種など全般についての話であり、「温帯ジャポニカ」についてのみ限定しているわけではない。
    > > >  それを無党派さんは「何時のまにか『栽培イネとは温帯ジャポニカだ』と思い込んだ。しかも私がそう定義した」という。あり得ない話。倉田氏の解説に従って私は議論しており、栽培イネとは,O.sativaという「種」全体を指す。温帯ジャポニカはその中のジャポニカ亜種の更にその3生態型の中の一つに過ぎない。それが私の議論の大前提である事はmutoiuhaさんは百も承知の筈。それを忘れる様では本当にあなたは、長谷川式の検査でも受けたほうが良い
    >
    > m) あほか?
    > いや、やっぱりアホだ
    > ルフェポゴンを栽培したからこそサティバが生まれたんだ
    >
    > hn)「採集」と「栽培」の区別を大胆に無視されていますが、まあそれは別にして、当初は野生種を「栽培」したことは、どの研究者も認めるでしょう。勿論私もね
    >
    > m)何もしないで初めからサティバがあったと、莫迦は思っているんだね
    >
    > hn)誰もそんな事は思っていない7が、無党派さんがそう先験的に決めつけておられるのは理解できますよ
    >
    > > 本当に痴呆症はどうしようもない
    > 栽培しなければサティバは生まれないんだよ。そして始めのサティバは熱帯ジャポニカだ
    >
    >  無党派さんは私が「栽培イネとは温帯ジャポニカだ」と言った事は無かったのは、さすがに理解できたでしょうね?

    いや、言ったね。熱帯ジャポニカは温帯ジャポニカから生まれたかのごとき発言をした。

    >  で、人をまだ「地方」扱いされるの?
    >  野生種が、栽培され、育種選抜されて、栽培種が成立する。その中間段階には種々の半野生種~半栽培種があるのは当然

    いつの間にか自分の言った事をなかった事にするのはあんたのお得意だ。
    イネは熱帯植物だから始めに栽培された稲は熱帯ジャポニカになるのは当たり前だろ。
    私がそういっていたのに、あんたがイチャモンつけてきたんだよ。
    解っていたら何故イチャモンつけてきた?

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