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投稿コメント一覧 (1441コメント)

  • 地球温暖化が影響??
    日本は毎年梅雨の終わりの時期に、どこかで激しい雨が降り、時として水害を受けてきた。
    ただ、今年はこれまでの水害とは比較にならない記録ずくめの降雨量で、その被害も多くの尊い人命に関わるだけでなく、道路の寸断・鉄道等の交通網にも大きな被害をもたらしている。
    この異常な気象現象の変化は、世界の各地で発生しており、ある学者の言うには、地球規模での気象温暖化が大きく影響しているのではないかと言う。
    このような悲惨な状況を生み出している現実をしり目に、アメリカのトランプ大統領は、「自国国民にとって益がない」と嘯き、パリ協定から脱退してしまった。
    このあと、地球温暖化の影響は、我々人類にどのような形で影響してくるのか?測り知れない。
    アメリカ国民は、とんでもない人を選んでしまった感じがする。
        -サトシー

  • 昭和23年7月25日 私は小学校3年生で、丁度夏休みが始まった第1日目に、大洪水を目の当たりにした。
    洪水のあった河川は、富山市の中心部を流れ、富山湾に流れ込む神通川の支流で、井田川という一級河川である。
    この川は、普段は川幅100~110mのうち、水の流れいるのは10~15mで、あとは中州で雑草が生い茂り、多くの野鳥はここで遊び、また営巣したりしていた。
    この河川の所々に水深1.5~2mと深い所もあり、学校にプール等がまだなかった時代で、私ら小学生から中学生くらいまでの男の子や女の子もが泳いだり、川魚を追っかけたり、砂場で相撲を取ったりする遊び場であり、浅い所は10~15cmくらいで子供でも向こう岸に渡れた。
    そんな穏やかな河川であったが、その日は川幅いっぱいに濁流が両岸の堤防すれすれに増水して流れ、しかも流れる水の勢いはものすごい早く、あらゆるゴミと共に、根っこの付いたままの太さ30cmもある大木も流れてきて、一番驚いたのは、4~5坪ほどの建物が壁の部分は破れ、柱と屋根がの部分が家の形のままズルズルと流れてきて、ところどころで止まり、水流が強くなるとずるずると押し流されていた。
    その建物はどこから流れてきたのか判らない。ただ建物の根太の部分は濁流の中にあって見えないが、多分しっかりとすべての柱に固定されていてるものと思われる。
    この建物、建てた場所が不用意であったかも知れないが、建てた大工さんは大したものだといえそうだ。
    この洪水で堤防が決壊したところが一か所あり、床下浸水した家屋は数百所帯に及び、、収穫間近の水田に被害を与え、多くの木造の橋が流されたと聞いた。
    人類は、いやすべての動植物は、水が無いと生きてはいけない。一方大切な水も牙をむき出しにするととても怖い存在である。
    日本の国は飲料水・工業用水共に恵まれている方だが、水害もとても多い方だと言えそうだ。
    我々は、水に感謝すると共に、水と仲良く暮らしていく未来に心を砕いていかねばならないといえそうだ。
        ーサトシー

  • 北陸富山は、毎日暑い日が続いています。
    毎年そうなのですが、このころになると緊急の仕事が舞い込み、呑気に“御隠居さん”の看板を掲げていられなくなります。
    これまで毎週土曜日は”麻雀デー”と決めていたのですが、今度ばかりは仲間の皆さんに事情を聞いていただき、不参加を理解していただきました。
    私自身、身体が動けるうちは、世の中の期待に対してお応えしていきたいと思っています。
    残された人生・・後しばらくは ”頑張って生きて行こう”
        ーサトシー

  • チョット余談ですが・・・3
    もうその人は亡くなって10年以上になりますが、私が倉庫用に求めた古い住宅一軒持っており、そこを住まいとして借りたい…という人が現れ、聞けば生まれは私と同じ部落の人で、困っている様子で、同郷の好で断り切れずその古い住宅をお貸ししました。
    その人、正月になると年頭の挨拶に一升瓶を持って我が家に来て、昔の思い出話をして呉れました。その人、若いころの本業は瓦工場に勤めていたのですが、冬季には瓦工場は休業し、その間賃金もいただけない時代だったようです。
    それで冬季は山に入って”炭焼き”を副業にしていた様です。
    そのころの話がとても懐かしそうで、一旦山に入ると2~3ケ月は風呂に入れず、勿論食事も自炊するのですが、主食のお米は保存が効くので入山の折に数俵持って山に入るのですが、脂肪分としての魚は、3~4日ごとに配達してくれる専門の人がいて、塩のシッカリ効いた魚を1~2匹置いて行ってくれ、日常雑貨の欲しいものを頼んでおけば買ってきてくれたリ、世の中の最近の情報も一緒に伝えてくれるのだそうで、配達人が来てくれるのがとても楽しみに日々を暮していたようです。
    勿論炭焼きの窯もその都度自分で作り、住まいの小屋も自分で作り、周辺の木を伐りだし,長さをそろえて切り,窯に入れて火を点け、2~3日は殆ど睡眠をとらずに火の番をして、窯から出る煙の色合いを感じて火を止め、窯の熱が冷めるまでぐっすりと休養する・・・
    また、出来上がった木炭を炭俵に入れる作業スペースと、積み上げておく小屋も作ったりと、たった一人で何でもやり、その間不思議と風邪をひいたり、腹痛になったり等の病気にならなかったという。
    ただ、熊や、その他の獣だけが怖かったという。

    その人、生涯所帯を持たず、作業現場の”ハンバ”暮らしが主な住まいで、私共から出て行った後も住み込みでパチンコ店に勤めたりしていたようです。
    今から10年ほど前、風の便りで亡くなったことを知り、残念で仕方がありません。
    ただ御冥福を祈るばかりです。
         -サトシー

  • チョット余談ですが・・・2
    私らが中学を卒業した昭和30年前後は、世の中の景気はチョボ・チョボで、折角大学を卒業した人でも、就職するところがなく、山に入って炭焼きをしてた人も多く聞きました。
    そんな時代ですから、中学を出て高校に進学する人は30%にも達していませんでしたし、同級生では、高校を出て大学まで行った人は5%にも達していませんでした。
    私の実家でも、木炭は魚を焼くときと、冬季に唯一の暖房設備として炬燵と火鉢の燃料として欠かせない必需品でした。だから木炭は田舎の各家家では、木炭を一年分を貯蔵するべく小屋を住宅のそばに建てていました。ですから木炭の需要はそれなりにあった時代でした。
    そのころラジオから流れてくる曲に『一萬三千八百円』という唄がありました。
    今は亡き”フランク永井”さんが唄っていたように記憶しています。
    唄の内容は、若い炭鉱夫さんのことを歌っていたようで、一か月のお給料のこと歌にしたようでした。
    私らはそれを聞いて、炭鉱夫さんは良い給料なんだな~~なんて思っていました。
    何しろ、”ニコヨン”なんて言葉があって、最低賃金が240円/日の時代でした。
        ーサトシー

  • チョット余談ですが・・・
    ㈱不二越には従業員教育用に私立高校を経営しています。
    私らが高校受験を志した頃は、不二越高校の競争倍率は15~20倍でありました。
    ここを卒業すれば、100%㈱不二越に就職できることになっていて、しかも授業料はゼロだったように記憶しています。
    そのころは、就職難で、授業料ゼロは、当時の中学生には最高の親孝行であったものです。
    だから富山県下の優秀な中学生が大挙して不二越高校を受験していました。
       ーサトシー

  • ”わに”さんにお答えいたします。
    ㈱不二越の会社の創業は昭和3年で、創業者井村氏は、長崎県生まれだそうで、そのころ工具類は殆ど海外から輸入に頼っていたそうで、国内でも工具類を生産することを志し、何故か富山を拠点にして生産を始めたようです。
    井村氏は創業に当たって、大乗仏教に感銘してたのか?その社名を大乗仏教の思想で「善悪不二」「生死不二」「凡聖不二」等々があり、経営者と従業員とが「不二」の心で事業に邁進することが大事であると説くと同時に、富山を拠点とするからには、その昔、富山は「越ノ国」と呼ばれていて、そこから「越」という一字を受け、『不二越』と名づけたと聞いています。
    ㈱不二越は、先の大戦時に従業員36000人(内富山県人20000人)の従業員を擁するまで拡大してたこともありましたが、今は従業員3000人程だそうです。
    富山には、YKKという世界制覇した大きな会社があります。現在YKKは、従業員44000人【内?海外従業員27000人)以上を擁していて、先の㈱不二越社長の発言は、多分に全国から人材を募り大発展しているYKKに対抗意識を顕したのではないかと思われます。
    なお、㈱不二越の従業員の約80%が富山県人で占められていることが背景にあるようです。
        ーサトシー

  • 昨日のカキコミ 訂正します。
    日中症→熱中症

    ここ数日は、毎日34~35℃が続いています。
    敷地内の空き地の小石分別作業も、強い夏の日差しを受けて、ここ数日は夕方の陽が傾いたころに1~2時間程度やっております。
    だが、この時期夕方になって夕立が降ったりすると中止したり、その翌日には、土が湿っていて小石分別作業は不向きだったりで滞りがちである。
    このような状況ですと、いつになったら全面的に畑作業が出来るのか心配です。
    それでも、この作業をすべてやり終えないと畑ができません。
    わずかダンプ20~25台分の土の量だけど、手作業での小石分別は投げ出す訳にはいきません。
    その昔の先人たちは、原野を開拓したころには、石ばかりでなく巨木もあっただろうし、怖い獣や作物を食い荒らす動物や鳥たちもいて、大変だったことだろう。
    そんな事を考えると、甘いこと言ってはいられない。
    我が家のわずかな家庭菜園にミニトマトを作っているのだが、先日キジがやっれきて、私らが食する前にトマトを啄んでいった。想定外のことである。
        ーサトシー

  • 今日も暑くなりそう~~
    我が家のリビングルームは早くも29℃になっている。
    こちらの天気予報では、最高温度は34℃になると報じている。
    皆さん!!くれぐれも日中症には気をつけましょう。
        ーサトシ―

  • 『若ケーノ ドコカラデモ カカッテコイ・・・・』
    という声が聞こえて来そうな場面が数秒あって、その後 横綱白鳳は初顔対決の前頭筆頭の貴景勝をその後あっさりと寄り切った。
    私は久しぶりに、横綱の”貫禄”を見た。
    「本割で、こんな仕草を初めてみた」
    と、山科審判長(元小結・大錦)もびっくりしていた。
         -サトシー

  • 熱い・熱い 富山で気温37.3℃ 
    しっかりと100mmの断越を施してある新築の室内気温でも35℃を超えていた。
    今朝の新聞には、富山は全国一の暑さだったようだ。
    熱く感じているのは人間だけでない、植物も同じだろう。
    通常朝夕には家庭菜園の野菜類に水遣りをしているのだが、昨日は特別に水遣りを4回施して野菜を労った。
    その野菜類、今朝の状況は,みんな元気そうであった。
    野菜類も暑さに負けず頑張って欲しい。
        ーサトシー

  • ”今年は空梅雨?”
    九州方面は、豪雨で大きな被害が発生して多くの犠牲者も出て大変お気の毒であるが、一方北陸方面では、この梅雨の時期にも拘わらず雨があまり降らない"から梅雨”の様だ。
    私が今進めている家庭菜園の土地は道路に面していて通りがかりの人が時々立ち止まり、私が初めて野菜つくりをしているのを観察しているかのように見受けられる。
    今朝も近所の家庭菜園の先輩さんがやってきて私の菜園見て野菜の育成状況を診に来てくれた。
    私がネギの生育に付いて質問したら、その先輩の曰くに、「私の畑のネギも少し成長が止まっている。どうやら酸性雨が影響しているらしい・・・」と言う。
    どうやら野菜作りは、我々が如何に手を施し、追肥もそれなりに施しても、自然と大きな闘いが待っている様だ。
    いうなれば、自然界からの大きな恵みもあるが、一方では自然界の壁もあり、如何に自然界と仲良くしていくかが我々人間界の生き延びていける唯一の道の様である・・・。とその人は言う。
    私のこれまでの人生で、自然界との関わりがあまりにも少なかったことを痛感している。
        -サトシー

  • 数年前、私も"寅さん”の帝釈天詣で行きました。
    駅前に”寅さん”の銅像があって、それをバックに記念写真を撮ってきました。
    直ぐ近くに川が流れていて、流行歌”矢切の渡し”の舞台だというが、今は何の変哲もない川が流れていて、両側に土手のあるだけの風景でした。
    でも、”寅さん”ブームが続いているようで、私らの外にも”寅さん”銅像の前で記念撮影する人が次々と列を作っていました。
    ”寅さんブーム”を巻き起こした要因の一つは、全国のほとんどの都道府県にロケを敢行したことと、共演女優さんを毎回入れ替えた事が当たったようです。
    実はその”寅さん”映画は、富山県にはロケに来ていただけなかった唯一の県なのであります。
    そこで、富山県の観光課は相当ショックだったようで、県の方針として映画界に猛烈に働きかけ、
    『富山をロケ地に・・・・』と、
    その後、富山を風景を取り入れた映画が次々と計画され、上映もされています。
    最近では原作の小説の舞台は北海道なのに、映画では富山が舞台となった「追憶」が話題になっています。
          -サトシー

  • ナスの生育は早い!!
    6月22日に植えたナスが昨日から収穫できるほどに育った。
    ナスは追肥さえ忘れず施せば、1シーズンで一本のナスの木から少なくとも50~60ケ、上手に育てると120~130ケ実がなるという。
    この先本格的に最盛期を迎えたら、毎日十数個の実がなりそうで、我が家だけでは消費できなくなりそうだ。
    そうしたら、近隣のお宅に7~8ケ位ずつ差し上げて、近隣友好活動に活用しようと考えている
        ーサトシー

  • 今朝もあのJR鉄橋崩壊の映像がテレビで放映された。
    鉄橋の支柱が、大きなソーゼージを包丁で切ったような断面がはっきりと見えた。
    日本の鉄道建設は明治時代に始まり、大正・昭和にかけて最盛期を迎えた。
    そういう歴史の中に、地震による耐震・大洪水の水圧・強風による風圧等に対する基準がそれなりにあっただろうが、コンクリートに鉄筋が入っていないなんてのは、手抜き工事と言わざるを得ない。
    JR各社は、そういうコンクリート打設部分の図面が残っているだろう。そういう図面を探し出し、現在の強度基準に満たないものがあるかどうか再確認し、もし基準に満たないものがあるならば、早急に対応していただきたい。
        ーサトシー

  • 北九州方面は大変ですね~~
    ”わに”さんの昨日のカキコミを見て、高台にお住まいがあるとかで何の被害もない…とのこと。安心しました。
    それにしてもものすごい大洪水ですね。テレビの被害映像には驚いています。
    中でも、JRの鉄橋が流され、そのコンクリート支柱の4~5本が根元から折れているのが映っていました。その映像をパット見た限りでは、1.5m~2mもある丸い支柱に鉄筋が映っていなかった様に見えました。本当に鉄筋が入っていなく、建設した当時はそれでよかったならば、実に怖いことで、JR各社は、現在稼働中のすべての鉄橋を確認し、補強すべき物は早急に対応し、私らが安心して乗れるJRになって欲しいと願っている。
        -サトシー

  • 台風一過
    今朝は久しぶりにお日様を拝む。ここ数日北陸方面は曇天と雨模様の日が続き、家庭菜園の野菜たちに水やりをしないで済む日が続いていた。
    今朝は台風も去り東の空に明るい太陽がニコニコしている。
    私の持っている敷地のうちまとまっている空き地は約70坪あり、その1/3にりんご・無花果・柿木等を植え、1/3を家庭菜園にして、残りの1/3を貸し駐車場にでもしようかなんて考えている。
    それでとりあえず家庭菜園用地は野菜を植えたのだが、なり木類を植える部分は全く放置していて、今朝改めてよく見たら、ここ数日の雨降りを受けて雑草が一気に生え茂り手の施しようがないくらいに伸びてしまった。
    ホームセンターには草刈り機も手ごろな価格で売ってはいるが、それらを買ってまで草刈りをする広さでもないし、しかし何とかしないといけない。困ったもんだ。
        ーサトシー

  • 北方領土調査団の調査結果に・・・
    ロシアのプーチン大統領は北方領土に共同経済活動・・云々と盛んに経済誘致を狙っているが、北方領土返還の本筋をはぐらかし、日本の経済資本導入による北方領土住民の経済的安定と発展を目論んでいることは、ミエミエであります。
    日本政府もそのことは百も承知していると思うが、元島民の方々もここはしっかりとこらえていただき、じっと我慢していただきたいと思います。
    と申しますのは、昨今のロシアは大変な経済苦境に陥っているようです。そのうち我慢できなくなって、日本側に好条件を出さざるを得なくなる時が来るのではないかと思います。
    先の大戦末期に苦い思いをさせられたことを忘れないでください。
        ーサトシー

  • 台風3号!!!
    今テレビを見ていたら”わに”さんのお住いの久留米市に向かっている映像が映りました。
    ”わに”さんは、充分気を付けていらっしゃるとは思いますが、くれぐれもご用心してください。
        ーサトシー

  • 都議選結果
    小池新党が49人当選し、選挙前から共同戦線を張っていた公明党等で過半数を超える議員が誕生した。
    小池新党には政治経験が全くない新人議員が多数を占めているそうで、そんな政党が第一党になったことで都政に新しい風が吹くかも知れないが、1~2年は都議会事態が迷走するのではないかと危惧する都庁の役人もいるようだ。
    ここらあたりを小池知事がいかにまとめ、新人議員を育てていくかが大変な作業になるであろう。
    アメリカの大統領も、政治経験0からスタートして,現在多分に迷走している現実もある。
    これらを選んだ都民に、後悔させないように新人たちはそろって頑張って欲しい。
        ーサトシー

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