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投稿コメント一覧 (1413コメント)

  • 我が家の家庭菜園作りは、一応当初の目論んでいたところまでたどり着いた。
    前回サツマイモを植えた2本の畝の他に、新しく4本の畝を作り、ナス・里いも・ミニトマトを植え、もう一つの畝には、もうほとんど野菜の苗が時期遅れになっていて、その店に残っていたサツマイモ苗を買ってきて植えた。
    来年はまだ残っている土地に3~4本の畝を作り、本物の大きなトマトを作ることを考えている。
    私はここしばらく農作業に汗した結果、体重が3kgさがっていて、普段の運動不足の自分に気が付いた。この先本格的に梅雨の時期に入るので、先ごろかってきた「大東亜戦争は日本が勝った」という本をじっくりと読もうと考えている。
        -サトシー

  • ♪三日遅れの便りを乗せて~~♪
    ”都はるみ”のデビュウ曲=「あんこ椿は恋の花」の出だしの歌詞である。
    昨夜は.三日遅れの父の日と洒落こんで、我が家恒例の回る寿司詣でに出かけた。
    昨夜は水曜日のウイークデイにも拘わらず、客席は満員で、待たされること20分に及んだ。
    富山は回る寿司店の激戦区で、地方都市としてはかなり回る寿司店の密度が濃い都市ではないかと思われる。
    だから各店舗その商品だけでなく・価格であれ・店員のサービス態度等もしのぎを削って心配りに徹している。
    私等が食事を終えて店を出たのが8時半だったが、入り口にはまだ15~16人の人が順番待ちしていた。
    私はこの回る寿司店は、普段の日でもこんなにお客さんが思っていなかった。
    私これまでは人の評判を聞いてこれまで行く店を5~6軒代えて見た。しかしそのうちいくつかの寿司店は経営者が代わったり、ラーメン屋になったり、廃業した店もある。
    しかしこの店だけは最後まで残りそうな気がする。
        ーサトシー

  • 私は今家庭菜園を始めたいと今年買った空き地を開墾(?)している。
    あえて開墾と記したのは、その空き地は、農園にするには適しない砕石が敷き詰めてあり雑草さえも生えていない荒れ地であったからである。
    その空き地に、これまで畑を作っていたという土を業者に頼んでダンプに約20杯に入れていただいたのだが、これが小石がいっぱい混じっていて、とても菜園を作るには程遠い代物であった。
    そこで私は小石分別の「トーオシ箱」を作り、分別作業に着手した。
    分別を始めると、土の中からそれまで作っていた野菜のジャガイモやニンイクが出来るのは判らないでもないが、小石だけでなく30~35cmもある大石や、コンクリート破片・レンガの破片・アスファルト舗装の破片・鉄くず・ガラス瓶のかけら等あるとあらゆるゴミが出てくるは・出てくるは・本気で菜園をやっていたのか疑いたくなるような土だったのである。
    それでも約1っか月かけて15坪ほど分別作業を終え、畝も作り、最初に作った2本の畝にサツマイモを植えた。
    その後も4本の畝を作り、いよいよ夏野菜を植えようと思っていたが、すでに夏野菜を植えるべく時期が過ぎ去ったようで何を植えるべきか思案しているところである。
    今日は久しぶりに北陸方面は雨模様で、農作業は中止して体を休め、今後の事をゆっくりと考えたいと思っている。
        ーサトシー

  • 父の日
    我が家では、何かの理由を作って”回る寿司店”に行くことを恒例にしている。
    先月は母の日で会計は倅が出した。今月は父の日で連続して倅が出すことになっているが、あえて父の日当日を避けて出かけるのが我が家のしきたりである。
    その理由は、土曜日・日曜日はすごい混雑していて、待ち時間が1時間を超えることがあるからだ。
    本当は父の日のささやかな晩餐は昨日に予定していたのだが、倅が仕事で遅くなるから・・・ということで今日に延期された。
    もう、この齢になると、”家族でおいしいものを食する事しか楽しみが無い”というか、今さしあたって大きな悩みが無いことで、しみじみ幸せを感じている。
        ーサトシー

  • ”池袋”
    私は東京に居た頃、住まいは4回移転し、勤め先も4回代えた。
    最後に勤めた会社も1度移転しているので、通勤先は実質には5回代わった。
    最後に勤めた会社が最初は池袋駅の近くで間借りしていて、約2年経ってその後飯田橋駅の近くに中古の鉄筋コンクリート2階建ての小さなビル❓を買い求めて移転した。
    そのビルは、先の大戦の折に空襲を受けたにも関わらず焼け残ったという経歴を持っていて、見た目は不細工だが頑健な建物だった。
    それはともかく、池袋駅は2年間も通勤時に利用してたけれど、駅周辺を歩いたり、買い物等をあまりしなかった。それは同僚たちはそれぞれ自宅に帰る電車の方向が新宿方向だったり、上野方向だったり、川越方向・地下鉄の乗る人等で、私はトロリ―バスで王子方向とバラバラだったことが大きな理由だったようだ。
    その後飯田橋に移ってからは、駅近くに安くておいしいものを出してくれる居酒屋を見つけ、同僚と連れ立って飲み食いした思い出がある。
    今思えば、池袋にも探せば安くておいしいものを出してくれるお店があったかもしれないが、同僚の誰からもそういう情報が出てこなく、とても心残りである。
        ーサトシー

  • 『大東亞戦争は日本が勝った』と言う本を読み始めた。
    この本の著者は英国人ジャーナーリスとで、日本に50年以上住み、世界史の研究家としても知られておるヘンリー・ストークス氏である。
    過って私は「日本が戦ってくれて感謝しています」=井上和彦著 という本も読んだが、先の戦争を外国人で、しかも世界史的目線でとらえて、公平な立場で論じているところがとても興味深い。
    今私は住まいの雑用に追われてじっくりと読んでいる時間が無いが、ゆっくりと時間をかけて読もうと思っている。
        -サトシー

  • みなさんそれぞれ御自身の健康にかなり気を使っていらっしゃいますね。
    なんだかインド生誕のお釈迦様の言う、『生老病死』の「四苦」が身に近く迫って来て逃げきれなくなってきました。
     一方で、ある人の言うには、「ぼけと言う逃げ道もあるよ」なんて「ボケ」たことをいう人も居ましたが、あまり考えたくないですね~~
    やはり願らくは、「ピンピンコロリ」という事になりそうですね。
        ーサトシー

  • 今朝朝一番に近くの開業医で胃がん検診を受けた。
    実は一週間前東京に行ったのは、4月に旅行仲間だった一人が亡くなり、”その人を偲ぶ集い”と銘うっての集いでした。
    その人昨年の8月には、総勢18人で北海道旅行に行ったときの仲間の一人でした。
    そのときはまさか8ケ月後になくなるなんて本人はもとより、誰一人として思いもしない位元気そのものでした。
    聞くところによれば、気が付いた時は既に末期の胃がんだったそうで、仲間全員がビックリしてしまいました。
    そんなこともあって、私も市が一般市民対象の集団検診を受けに行った次第であります。
    ただ、私は市の指定した日が都合がつかなく、近くの開業医で検診を受けました。そしたら開業医はレントゲン監査を終わってしばらくしてその写真を見せて、この写真は前からとったもの、これは後ろから撮ったもの,身体を一回転してから撮ったもの…等々指をさしながら説明を頂き、まったく異常がありません・・・・と太鼓判を押していただきました。
    今日の北陸地方は、曇っていますが、私の心は晴々した気分です。
        ーサトシー

  • 麻雀の週1回開催が定着してきた。
    今年の1月に始まった「呆け防止麻雀」だが、一番呆けそうな私が77歳・その次の人が私の店子さんで72歳・その次の人がこの会の”言い出しっぺ”で70歳・一番若い人がお酒も飲めない・甘いものも糖尿病が心配で食べれない、歩くのも杖を頼りの67歳。
    そんな顔ぶれで、この前しっかりと言われてしまった。
    「サトシさんは一番年長で、年寄りなのにお一人だけお酒を飲みながら麻雀しているのに、少しも負けてくれない。御顔も我々以上に元気そうで、どうなっているのか理解できない.なんだか"振り込み詐欺"にあった感じがする・・・・」
    なんてとんでもないことをいう輩である。
    それはともあれ、人と交わり、会話を交わして、ささやかなギャンブルをして脳みそを働かし、指を動かさせることが、ボケ防止に繋がれば"それも良し"…と考えて麻雀を楽しんでいる。
    ーサトシー

  • 梅雨入りは?
    北陸方面の梅雨入りはしばらく遅れそうだ。
    今日を含め、しばらく雨降りの予報が出ていない。
    昨日も雨降りとの予報だったが、午前中は一滴の雨も降らず、午後になってしばらくパラパラと降った程度であった。
    実は先月末にサツマイモの苗を植えたのだが、雨が降らないので毎日朝晩水を遣っている。少し元気のない苗もあって気にしている。
    何しろサツマイモの育て方は、どの本を読んでも、インターネットの育て方を見ても、すごく簡単そうで育て易いと記していて、素人の私が飛びついたのだが、毎朝気になって仕方がない。
    何しろ、約50坪の空き地に土を入れたのだが、小石がいっぱい混じっていてその分別に毎日勤しんでいるのだがまだ1/3程度しか進んでいない。
    今年はサツマイモを育てるだけで終わりそうだ。
        ーサトシー

  • 高校時代の仲間旅・・・3
    昨夜は遅くまで話込んだので目が覚めたら7時を過ぎていた。
    5人部屋で早寝・早起きの人が2人いて、すでに朝食に行く段取りが済んでいる。その人達に先に行くようにいったら「それじゃ・・・」と言って出て行ったが暫くして戻ってきた。
    どうやら食堂の入り口には長蛇の列ができていて、帰ってきたのだという。
    実はこの3日目は、特に計画した予定はなく、熱海駅にて自由解散で、東京方向に新幹線で行く人、また、在来線で平塚や横浜に行く人、我々の様に名古屋方面に向かって新幹線に乗る人等、慌てて食事をとる必要がない日である。
    富山から参加した9人のうち、男性一人は東京方面の親戚に寄って帰るといい、他の男性2人は何が目的で東京行きに乗るのか聞いていない。
    女性2人も東京のお土産を買いたいそうで、東京行きの新幹線に乗るという。
    残った男性4人は、たまにはゆっくりと走る高山線に乗り、飛騨川・宮川・神通川等の渓谷添いの新緑を眺めながら、ちびちびとお酒を飲みながら帰ることに意見がまとまり、そういうコースを選んで帰ってきました。
    私は我が家に帰り憑いたのは7時を過ぎていました。
       ーサトシー

  • 高校時代の仲間旅・・・2
    午前9時に予約してあったマイクロバスが迎えに来てくれた。
    バスのナンバーを見て驚いた。静岡ナンバーである。幹事さんが伊豆のバス会社が一番安かったのでお願いしたという。
    バスは首都高速から東名高速に入り、途中でトイレ休憩を入れて箱根に入り、有名ホテルで昼食を摂り、皇族の方々も時々参拝するという神社に参拝し、MOAという素晴らしい美術館したりしてを見たりして熱海のホテルに入る。
    熱海では、その昔日本一の自殺の名所といわれた錦ヶ浦の近くで、最上階の17階にフロントがあるという波打ち際に建つホテルに入った。
    夕食はショウを鑑賞しながらの豪華なもので、今回の旅で最高の思い出になった。
    二次会は持ち込んだウイスキーを飲みながら、女性軍全員を部屋に呼び、話が弾んで夜が更けるまで快談をした。
       ーサトシー

  • 高校時代の仲間旅・・・1
    我々富山グループ9人は、北陸新幹線で午前9時過ぎに富山駅を出る。
    11時過ぎに東京駅に着き、集合場所の東京駅丸の内側南口行った。
    そこには首都圏グループの7人が勢ぞろいしていた。
    正午前だったが予約済の和風レストランに入り、16人全員豪華な昼食を摂る。
    あとで聞いた話では、16人も人数を、書き入れ時間帯に予約を受け付けてくれるレストランを東京駅周辺で探し出すのには大変だったという。
    食事を終え、これも予約してある”はとバス"に乗る。
    ”はとバス”は、2階建てバスで、お客さんはすべて二階にの席に座り、ドライバーは一階であるのは良いとして、ガイドさんも一階でマイクを握り案内してくれたのには、少し違和感を感じた。
    はとバスの観光コースは数種類あるようだが、最新のビル群が立ち並ぶお台場コースであった。
    どうやら午後に出るコースは、お台場コース1本しかなかった様だ。
    4時過ぎに銀座のホテルに入り、夕食まで周辺をぶらぶら歩いた人もいたようだが、私は風呂に入ったりして、時間を費やした。
    6時から夕食で、宴会では飲み放題付でホテル料金がお一人二食付きで12000円だというから、よくぞ銀座でこのホテルを探し出したと幹事さんに感謝した。
    8時で宴会を終え、飲み足りない面々を私の部屋に呼び、3時間余り2次会を開いた。
    我々とは別に夜の街に出た人も数人いたようだ。
       -サトシー

  • 昨日2泊3日の旅から無事に帰りました。
    前日の夜遅くまで2次会が進み、午前様になってしまい、昨日は寝不足のまま電車を乗り継ぎ我が家にたどり着き、夕食を摂って間もなく床に就いてしまいました。
    旅の中味は明日から詳しく報告いたします。
    旅に出る前、5日前に植えたサツマイモの苗が半分近く元気が無かったのですが、今朝3日ぶり苗の様子を見ましたら、殆どの苗が根付いた様で、その生命力に感動しました。
    このあと梅雨の時期に入りますので、これからは天の恵みを受けて育っていくでしょう。
        ーサトシー

  • 今日の新幹線で仲間9人で東京に行きます。
    東京駅には別の仲間が7人待っているはずです。
    合計16人で”はとバス”に乗り東京見物したあと、銀座のホテルに泊まり、東京の夜を満喫する予定です。
        ーサトシー

  • ”わに”さん 同感です。
    これまで、イスラム系の国からの入国禁止や、メキシコ国境の壁を建設する等の政策を掲げ、アメリカ国民の雇用第一と叫んでいただけなら我々にとって無関係な事柄と黙って見ていたが、この度のパリ協定離脱はとんでもない事柄である。
    アメリカの有権者はとんでもない人を選んだ事に気づいいないのだろうか?
    これまでの歴代大統領が築いてきたアメリカという大国の威厳が一気に地に落ちた気がする。
    私らはこの後そんなに長くはこの世に居られないが、世界中の多くの若者たちは、アメリカの国民がとんでもない人を選んだ事に恨みを隠さないことが始まりそうだ。
        ーサトシー

  • 大切な人が逝ってしまった。
    その人、建設省に永く勤め、定年退職し3年経ってガンが見つかり、保険の利かない高価なお薬に年間数百万円も支払い、16年間頑張った。
    その人通院と投薬で4年前までは健常者と変わらないくらいに車を乗り回し、近郷の温泉に宿泊を伴う旅にもよく出かけ、私も数回お伴をした事がある。
    最近は集中力と体力の低下を訴え、車を手放し自宅で治療に専念されていたのですが、数か月前医師の勧めで入院され一昨日帰らぬ人となってしまいました。
    どちらかといえば、カミサン同士が大の仲良しで、月に1~2回は食事会という言うか、おしゃべり会を開いていて、そのたびに私はカレー昼食を一人で食べていた。
    それはともかく、大切な人がぽつり・ぽつりとこの世を去っていき,老いていく侘しさを感じています。
        ーサトシー

  • 『職人肌』
    ”たふ”さんのご主人さんは、鉄工職の職人肌だったようですね~~~。
    いわゆるその道を極めるだけでなく、その筋の奥底を流れる物を見届けたいと常々考えていらっしやったのではないでしょうか?。
    私も職人の端くれで、何でも見よう見まねで手を出し、サマにならないというか、モノにならない(=お金にならない)ものばかりを造っています。
    今やっていることは、業者にお願いして空き地に土盛りをしてもらったのだが、その土の中に大小の石ばかりでなく、レンガのかけら・コンクリートの瓦礫・その他に雑草だとか、ガラス瓶のかけら等が混ざっていて、とても畑として使う土に向かないので、分別作業に日々を過ごしております。
    数日前やっと6坪程度分別がおわり、そこに畝を2本作り、昨日サツマイモの苗40本を買ってきて植えました。
    土地はまだまだ50坪ほど残っていて、いろいろと家庭菜園として植えたいものもあるのですが、いかんせん土の中に混じっている小石や雑多なゴミ類の分別が遅々として進まないので今年はもう何も植えないでおこうと思っています。
       ーサトシ-

  • 老人会の旅・・・3日目
    朝ホテルを出たバスは愛知県から岐阜県に入り、刃物で有名な関市に入った。
    そこで有名店の一つという刃物専門店に入った。偶然にも一昨年桑名にの親戚の仏事の帰りに寄った刃物店であった。
    確かにこの店で買ったハサミはよく切れて、流石に名門店を感じて重宝している。
    次にモネの絵画に似ているそうで、にわかに有名になった『モネの池』に行く。
    私の知る限りでは、よく晴れた日の午前9時から11時頃が一番きれいに見えるそうで、カメラ写りも良い・・・とか。
    しかし残念ながらこの日は曇天で、小雨がぱらつく最悪の日だったが、透き通った池の中の錦鯉がきれいだった事がとても印象的だった。
    昼食のあと、郡上八幡博覧館に行く。ここで郡上踊りの実演を目近で見せていただき,基本的な郡上踊りの手ほどきをしていただく。
    その後は東海北陸自動車道・北陸自動車道を走り富山に戻る。
    今回の旅行では、片側一車線の自動車道での渋滞に遭遇したリ・老人会の幹部のお一人が風呂場で倒れるという事故があったり等のアクシデントが発生したが、
    NHK大河ドラマの舞台に入り、歴史を実感できたことには、それなりの収穫があったことで有意義であった。
        ーサトシー

  • 老人会の旅・・・2日目
    朝一番に老人会の副会長が浴槽で倒れたという情報が流れ、一同唖然とした。
    救急車で医療機関に運ばれ、状況がはっきりするまで出発時間を遅らせた。
    その後、当人は意識もしっかりしていて明るい方向に向かっていることが伝えられ、1時間遅れでホテルを出発し、今回の旅のメーンといえる「井伊の里」に向かった。
    最初に行ったのは『龍潭寺』で想像していたより大きく、素晴らしい庭園を持った立派なお寺であった。
    次にいったのは『井伊直虎大河ドラマ館』で、このドラマ放映を見ていない人にもよくわかる様に、直虎の人物像が浮き彫りされていた。
    次に行ったのは航空自衛隊の浜松基地の浜松エアーパークで、最新の戦闘機の他に、あらゆる航空機が並べてあり、旧日本軍のゼロ戦も並んでいた。
    浜松市内で昼食を摂り、豊川稲荷を参拝したあとバスはかなり山奥にある笹戸温泉に向かい、そこの一軒宿という旅館で2泊目を過ごす。
    ーサトシー

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