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投稿コメント一覧 (250コメント)


  •  もし全世界の人が、貴方を憎み、あなたを悪人だと信じたとしても、あなたの良心が、あなたの正しいことを証明し、無罪を言い渡すのだったら、あなたは見方がないわけではない。


  •  ・幸せの捉え方(加点法と減点法)

     自分の普通と言う状態のレベルが何処に存在しているかと言うことで幸せのとらえ方が異なるかもしれません。
     生まれたときに非常に恵まれた状態にあった人はその状態が普通であったと思われます。つまり、幸せでも不幸とも感じる状態ではないということです。
     また、生まれたときには父も母も病弱で貧困で明日の食べるものにも事欠く状態にあった人はその状態が普通であったと思われます。その状態が当たり前で、幸せでも不幸と感じる状態ではないと言うことです。
     幸せを感じることが出来る状態は普通と思われる状態以上のことが起きないと喜びなどは起きませんから、恵まれた状態の人は今の生活以上のことはそれほど起こりえることはないのではないか。
     困窮の状態の人はそれ以上の状態はいくらでも起こりえます。子供であったら、大人になり、収入を得られるようになれば生活が少しづつ改善していくわけですから喜びはすごいですよね。そして最貧の状態を覚えていますし、その状態が普通ですから喜びを実感できます。そして、貧困には耐えることが出来ます。
     それに比べ最高の状態にあれば最高でも普通ですから、それ以下のことが起こることは目に見えていますから、そのことは不幸でしかありません。同じことが貧困の人におこったならば、その人にとっては過去の状態よりは良い状態であったり、普通と感じれる状態であるかもしれませんね。
     子供の時から恵まれていたかった。今、幸せでないのは子供の時に恵まれていなかったからだと思ってしまう。さて、どうなんでしょうかね。
     貧困状態でも、そこに、思いやりがあり、教育さえしっかりと受けれたならばそれでいいような気がしますね。
     成長して周りと比べて自分が惨めと感じたときに不幸になるのでしょね。貧困状態から抜け出せないのが不幸なのでしょうね。
     貧困状態が普通ですから、それでいいやと思えばそこにとどまるしかない。
    貧困状態を不幸だと感じてそこから抜け出す努力をしないといけないことに気づくかどうかなのでしょうね。誰かの指摘や導きが必要なのでしょうか。
     現実はもっと複雑ですが。

  •  
     こころ、ほっこり。ありがとうございます。


  •    しこうに気を付けなさい

    思考に気を付けなさい それはいつか言葉になるから

    言葉に気を付けなさい それはいつか行動になるから

    行動に気を付けなさい それはいつか習慣になるから

    習慣に気を付けなさい それはいつか性格になるから

    性格にきをつけなさい それはいつか運命になるから

     なかなか難しいですよね。でも、心の片隅に置いておきたい言葉ですね。

     目の前には言葉の海が広がっています。素晴らしい言葉を身の回りに置きたいですよね。
    「いつも心は笑顔で」なんかいいですよね。


  •  心の中に素晴らしいものもっていますよね。言葉少ない自分ですが観ていますからね。
    「コーピング」、はじめてふれる言葉です。もっと前をあゆんでいる姿を見てみたいですね。そうしたら、斜め後ろからついていきたいですね。でも、できる範囲で・・・ですよ、無理はしないでくださいね。


  •  とても残念ですね。

    人を嫌うことは、生きていくうえで当たり前のことです。みんな気の合わない人がいます。みんなそうなのです。
    そして、誰かが貴方をあわない人だと思ってもいます。どうぞ、嫌われる勇気を持ってください。嫌われたっていいじゃないですか。その代わり、誰かがきっとあなたのことを気にかけているものです。
    あなたの心の中には優しさや真心が輝いています。とても素敵なことです。そのことをみつめて。
    そして、そのことが自信になることを願っています。素晴らしい表現力をありがとうございます。


  •  記憶は主張する。
     幸せを記憶させなければいけない。幸せの記憶しかなかったら、どうなると思います。幸せしかありませんから、幸せな人生になります。でも、日常の生活で色々なことが起こり、その結果色々なことが記憶され、幸せが記憶されることが少ない。さて、どうします。心は持ちようとも言います。また、想像でも、記憶はできます。例えば、「ワッショイ、ワッショイ」と一日中、
    繰り返したとします。そこにあるのは、パブロフの犬とプラシーボ効果です。そういう心身の生きてゆくための機能が存在しているのです。・・・・・・記憶は主張します。


  •  アリはすごいですよね。相当高いところから落ちても死にませんよね。ネギや大根も食べるらしい。アリがたかっていますからね。
     そういえば子供の頃、大根をおやつに食べていたこともあるから、少し甘みもあり美味しいですよね。
     生で食べて美味しいものや味付けをしないで蒸したり煮たりして食べて美味しいものは身体が本当に欲している食べ物のような気がします。
     塩コショウで味をごまかしているものは美味しいですが本当にこれが身体にいいのだろうかと思ってしまいます。


  •  クモはすごいですよね。空を飛んで行きますからね。風任せ、着地が海とかだと死ですからね。それでも生きるために飛ぶ。


  •  安楽死したい人が六割と言うことではありませんが、安楽死を認める人が六割に達しているそうです。

     社会のなかに人が最後まで幸せに生きていける環境があるだろうか。環境をつくろうとしているだろうか。
     人の心がそこまで育っているだろうか。育てようとしているだろうか。人を支える心がそこまであるだろうか。育てようとしているだろうか。
     病気や老化や障害などの下でも幸せにいきてゆける心が育っているだろうか。
     個人の資質や努力にまかせている状態ではそりゃあ無理だと思わずにはいられませんね。
     少子化の問題も人生が素晴らしいとは思えないから世の女性たちは子供を産まないのではないでしょうか。
     先ずは、幸せに生きれる環境を整えること。そして、人を喜びを持って支えることが出来る心を含めて幸せを感じることが出来る心を育てることが必要ですよね。
     心はまだそこまで育ってはいませんね。心に従って生きるならば人それぞれですよね。
     他人の心を尊重すべきかどうか。出来るだけ尊重をしたいですけれども。さて・・・・・・どうなんでしょうか。人それぞれということでしょうか。


  • 「今を生きる」いい言葉ですね。今を前向きに精一杯に生きると解釈できるのだろうか。でも、頑張れない人は精一杯に頑張る必要はないですよね。ただ、目の前にある選択を「ワクワクする」方を「幸せになる」と思う方を、或いは「好きな方」を選択するだけでいいよね。


  •  苦しみや危機から生まれる能力がある。幸せが続くと生きる能力が退化するかもしれません。危機に遭遇するとすべての能力を全力で、或いはそれ以上の力を持って対処する。生命の能力がのびる。進化することがあるかもしれません。
     苦しんでいる人の中から乗り越えた能力を持つ人が生まれてきます。その人が生き続いていく。アフリカで生きたすべての人の母、グレートマザーのように。
     そのような人は大切な存在なのではないでしょうか。苦しみにも存在意義がある。


  •  苦しみから得られる宝がある。でも、苦しみが続いて苦しみに押しつぶされて死まで行くかもしれない。だから、乗り越えた人だけに与えられるのかもしれない。でも、必ず何かを得ているはずだよね。


  •  気合を入れることが大事。心を休めていてもどこかで気合を入れたいですね。喝。エイッ・ヤッ。


  •  心が疲れているならば自分の幸せだけを考えて生きたほうがいいですね。そこには嫌われる勇気が必要です。先ずは自分です。でも、家庭には思いやりが必要です。特に子供には大切です。せめて、高校を卒業するころまで。
     心が元気な方は子や孫の幸せをも考えるべきだと思いませんか。
     子孫が百人いたら障害者は何人いるでしょうね。子孫は自分です。子孫を幸せにしてあげるべきだとは思いませんか。そうゆう社会を作ろうと思いませんか。


  •  自分の苦しみに寄り添う自分の心が素敵です。苦しんでいる自分を支えてくれる苦しんでいる心とは違う心があります。
     ランナーズハイといわれているように苦しんでいるときにハッピーホルモンが苦しみに寄り添います。


  •  喜びなどは長続きしないが、感謝は長く幸せが続くそうです。でも・・・・・・ですよね。言うは易し、生まれるは難し。でも、生まれると幸せな人生が待っています・・・・・・・。でも、無理する感謝はいけないような気がします。でも、感謝されたほうは感謝されないよりは嬉しいかもしれません。人の気分を害さない、人を幸せにするためには感謝はいいことだと思います。


  •  「念ずれば花開く」と言われているけれども・・・。

     花とは幸せを意味するのだろうか。
     お金をください。健康をください。と念じてもそれを得ることはほとんどないどころか運気が下がるような気もする。
     人は苦しい時、耐える。心身は繰り返すと強くなるものがある。筋肉は使えば強くなるように。では、耐えることで何が強くなるのでしょうか。強くはなるが限界もあるかもしれない。心身が壊れるかもしれない。
     耐えるではなく念ずればどうなるのでしょうか。念が強まるのではないでしょうか。神経回路が強くなる、太くなる。念はエネルギー、強くなると同時に集中です。
     生まれたエネルギーは外へと向かう。つまり、他の人に影響を与える。強いエネルギーが人に行く。このエネルギーが愛のエネルギーだったらどうだろうか。ただの生命エネルギーだったらどうだろうか。エネルギーを発している人は輝いていないだろうか。
     思いやりは共感によって生まれる。苦しさを体験したら、人の苦しさがわかる。共感により生まれる念の力には愛の力がある。辛いことが深ければ深いほど念が強まるとすれば、病人や障害者など底辺の人のなかにそういう人が多くいるような気がする。ただ、耐えるだけではあまり人を癒すエネルギーは強くはならないような気がします。耐えるのではなく念じなくては。
     この愛のエネルギーを持った人はけっこう存在します。母親の子供に対する思いのなかにもあるのかもしれないが果たしてどうなのか。
     刑務所に入る、或いは大病をすると人生観が変わって成功する人がでるという話があった気がします。でも、みんながみんな成功しているわけではない。成功する人はほんの一部に過ぎないかもしれません。
     悩み苦しむ人は多いだろうが、それをエネルギーに変えて人を癒したり、愛を与えたりすることが出来る人もまた本の一部。ほとんどないのかもしれないが、そういう力が欲しい。

     「念ずれば花開く」ということがそういうことだとすれば、念じたからといって自分の利益に成ることはほとんどなさそう。でも、人を支えることが出来ればそれが幸せに思えるこだってありえるのではないでしょうか。

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