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投稿コメント一覧 (2117コメント)

  • >>No. 21218

    皆様こんばんは。
    >当時わたしもまだタバコを喫っていました。止めたのが、2001年でパソコンを始めた年と同じです。<
    そうですかankさん。私は今年の5月までタバコを吸っていました。まだ禁煙7ヶ月目なので完全に止めたとは言い切れません。今が一番タバコが欲しい時期ですね。周りに吸う人がいて勧められれば、イチコロで元に戻ること間違いなしです。その点仕事を引退して、周りに誰も吸う人がいないんで助かっています。私がなかなかタバコを止められなかったのは、昔から健康診断の結果が、他の臓器は末期的だが肺だけがA級で、主治医が「アンタは何故か肺だけが綺麗なのが不思議だ」と言われていたからです。それでもタバコを止めたのは年金生活に入り、シネコン通いの運転資金に窮したからでした。

    私がPCに飛び付いたのは、根っからの悪筆で漢字もよく書けなかったからでした。MS-DOS2.11が出て、PC9801に搭載され、ジャストシステムの「一太郎」や、「ロータス1-2-3」が世に出た頃なので、1986年頃だったと思います。当時はハードディスクもなくフロッピーで立ち上げる方式で、PC本体にRAMディスクと、ドットプリンタなどを合わせると50万近い金でした。当時はワープロ専用機があって、PCでワープロをやる人は少なかったようです。会社の現場では、廃業する最後までMD-DOSを何台も使っていました。

    このところ古い「山田太一スペシャル」と銘打った単発ドラマ「せつない春」「奈良へ行くまで」「小さな駅で降りる」「香港明星迷」「本当と嘘とテキーラ」の5本を見ました。「本当と嘘とテキーラ」なんて、題名を聞いただけでは何のことかさっぱり分かりませんが、これは例えば写真を撮る時、Vサインをして「チーズ」と言うようなものです。笑顔が大切な業種で、笑顔を作る指導コンサルタントの佐藤浩市が、「テキーラ!」と発することで笑顔を作る教育をする話。「香港明星迷」はヒロインの藥師丸ひろ子が、香港のアイドルを追っかける話であまり面白くない。

    面白いのは「せつない春」の総会屋の話。「奈良へ行くまで」は建築業界の談合の話。「小さな駅で降りる」は、女房どもが寄って集って亭主に会社を辞めさせようという話。この3本はそれぞれその時代を象徴していて、山田太一氏のリサーチが行き届いていることに唸らされる、こぶる面白い問題作でした。余白残0。

  • >>No. 21216

    皆様こんばんは。
    師走に夏日があったりして、今年は暖冬かと高をくくっていましたが、今は防寒着を着なくては散歩に出られなくなりました。どうやら年寄りにとっては辛い冬になりそうです。平成最後の年もあと半月となってしまいました。思えば平成の30年間には、度重なる地震や津波、原発事故、火山の噴火。海外では9・11など、いろいろな出来事がありました。そしてこの30年間で世の中は大きく変わりました。

    平成の初め頃までは、列車や長距離バス、飛行機の中や会議室、デパートの売り場、病院の待合室など、何処でもタバコを吸うのは常識でした。それが今ではタバコを吸っていると犯罪者ような雰囲気。そして平成元年には3%の消費税が導入されました。ここで初めて外税という言葉が出て来ましたね。しかし何と言っても大きな変革は、携帯電話とインターネットの普及でしょうね。昔の新聞社や証券会社の職場は、電話がひっきりなしに鳴り、社員同士の話で騒々しかった。

    それがネット時代になると、どんな業種でもPCがないと仕事が出来なくなった。電話は鳴らず人々のコミュニケーションはなくなり、社員が黙々とPC画面に向かって仕事をする時代が来るとは、30年前には誰も予想出来ませんでした。こんな社会では家に帰ってもコミュニケーションはなくなり、居場所を失った若者の引きこもりが増え、家族制度の崩壊に拍車がかかりました。そんな平成も終わろうとしています。さて次はどんな元号でどんな時代が来るのでしょうかね。楽しみでもあり不安でもあります。

    ankさんは「ゲティ家の身代金」を見始められましたか。これは今年5月に公開されたリドリー・スコットの映画で、クリストファー・プラマーが大金持ちを演じていましたね。私はこのところDVDは東映の「柳生一族の陰謀」を見ました。これは東映のヤクザ路線隆盛の頃、時代劇の復興を賭けて製作した深作欣二の超大作。出演は萬屋錦之助を始め松方弘樹や千葉真一などの東映組に、丹波哲郎、三船敏郎、芦田伸介、山田五十鈴、大原麗子、西郷輝彦、原田芳雄などの俳優を総動員している。

    深作監督の狙いは、時代劇で仁義なき戦いをやりたかったらしい。時代劇の大芝居を避け、フラットな芝居を要求したところ、錦之助が怒って帰ってしまった。それで仕方なくいいようにやらせたら、錦之助だけが大芝居する面白さが見どころとなっています。余白残0。

  • >>No. 21214

    皆様こんばんは。
    やっと年賀はがきに手を付けました。一気に書いてしまおうと今日は60枚ほど書きました。これらはほとんど共通文でいいんですが、年賀状は年に一度の便りですから、私は行間や行末を空けず、近況や周りで起きた出来事などを、目一杯にびっしり書きます。余白残0は、掲示板をやる前から私の習慣なんです。60枚ほどプリントして、もう一度よく見直したところ、脱字が一カ所あることに気が付きました。

    掲示板も同様で、投稿した後で読み直すと、必ず誤字脱字や重複文字がありますね。これは訂正しても取り返しがつかないので、いつも頬被りを決め込んでいます。しかし年賀はがきは投函前に気が付いたので、手書きで仮名を一文字挿入して誤魔化しました。文字間が狭いのでこの方が、プリンタで全文打つより面倒くさいですね。しかしまだ裏面を書いてない30枚ほどが、相手によって文面を変えなければならないので、面倒ですね。

    >何か他の事業で儲けていて、経費として相殺材料にしてるのかも知れませんね。<
    そうですねankさん。昔は名古屋で一番大きなロードショー館は、駅前一等地のビルの中で営業していて、月の家賃が一千万円でした。「ゴッドファーザー」の頃までは、それで十分営業が成り立っていたのですが、次第に映画興行も斜陽化し、千席以上の大劇場は経営が苦しくなり、2分割して暫く継続しましたが、やがて廃業に追い込まれてしまいました。それから千席前後の名古屋の大劇場は、次々に閉鎖されることになります。

    そんな時に出て来たのが、パチンコ屋さん系のシネコンでした。ここの社長が渡米して見たのが当時アメリカでブームになっていたシネコンでした。当時のパチンコ業界は儲かっていたので、シネコンに目を付けてパチンコ屋の二階で始めたのが、日本で最初のシネコンでした。これは明らかにパチンコ業の税金対策でした。と言うのは行けば一目瞭然で場内の椅子は、野球場みたいな樹脂の椅子でした。目的が違うので客に来て貰っては困るわけです。この戦略は見事に当たりましたね。ワーナーマイカルが日本進出して、海老名で一号店を開いたのは、それから約10年後のことでした。

    今ではパチンコ業界も不況で、小さな店はなくなり、大きな店も倒産するところも多く見かけます。今の時代に映画興行を抱え込めるのは、イオンのような大手のショッピングモールでだけでしょうね。余白残0。

  • >>No. 21212

    皆様こんばんは。
    夕刊によりますと「景気拡大 いざなぎ越え」との見出し。いったい何処の国のことかと目を疑ってしまう。このまま行けば戦後最長になることは間違いないらしい。と言うことは今の景気は絶好調と言うことでしょうね。この景気は実感が伴わないのが特徴のようですね。たしかに1965年~70年のいざなぎ景気は、まだ日本経済が小さかったので、景気拡大も実感が大きかったのだろう。

    >トム、ハンクスは顔形からでは年齢が解りませんね^^ <
    ankさん、そう言われればそうですね。私は初めてトム・ハンクスを見たのは「フォレスト・ガンプ/一期一会」でした。あの頃が40歳ぐらいで、今は60代でしょうから、風貌があまり変わらないのは、人にもよりますが変化の少ない年齢とも言えますね。「ラスト・スナイパー」という映画のことは知りませんでした。

    昨夜の「おとなの恋は、まわり道」の続きを少々。昨日の客は10人ほどしか入っていませんでしたが、レディースデイとかで私以外はすべて女性でした。これでもまだよく入っている方で、平日の2~3人なんてのはザラですね。これで冷暖房して営業が成り立つのは、デジタル化されてプリント代や人件費が、随分安くなったのでしょうかね。でもこんな状態が長く続けば、映画ファンとしては先行きが不安になってきますね。

    フランク(T・ハンクス)とリンジー(W・ライダー)は、初対面だが訳あって同じ結婚式に招かれる。フランクは花婿が異父兄弟で、母親に言われて仕方なく出てきた。リンジーの方は花婿の元婚約者で、未練もあるがそこは心の広いことを見せようと、招待に応じたのだった。飛行機のチケットは招待者が用意したらしく、2人は空港の同じ列に並ぶのだが、リンジーはフランクに「私の前に出るな」といちゃもんを付ける。2人は行き先が同じ事が分かるが、8人乗りの小さな飛行機で席が隣同士になる。

    ここから先が、丁々発止のやりとりが見どころの会話劇。過去に苦い経験をしながらも、なお恋がしたいリンジーと、どんな関係も長続きしないと言う持論のフランク。カリフォルニアののどかなぶどう畑とワイナリー。この草原の中で2人は突然にキスをし、辺り構わず大声を発し、セックスに至るところが抱腹絶倒の可笑しさ。そして好き嫌いとセックスは別物という考えの面白さ。彼らの晴天下のセックスはテニスをするのと同列らしい。余白残0。

  • >>No. 21210

    皆様こんばんは。
    ankさんは「ペンタゴン・ペーパーズ」をご覧になりましたか。この映画は副題に「最高機密文書」と付いた長い題名でしたが、原題は「ザ・ポスト」という短い題名だったと思います。スピルバーグの映画でアカデミー賞にいくつかノミネートされましたが、無冠に終わったようですね。ここでメリルストリープは、親の自殺で仕方なく新聞社主になり、編集主幹のトム・ハンクスと対立しながらも、ニクソン大統領の不正を暴いてゆくという役を演じていました。メリルは報道の自由か会社の経営かの難しい判断を委ねられる役を見事にこなしていました。この人はどんな役でも上手い女優さんですね。

    私は今日行きつけのシネコンで「おとなの恋は、まわり道」を見てきました。私はこの映画を見ようかどうか迷っていました。見る気になったのは、この映画は最近では珍しい上映時間が、1時間27分と非常に短かったことです。TOHOシネマズはポイントとマイルというサービスがあります。ポイントは映画の長さに関係なく、6本見れば1本只で見られますので、6600円÷7=1本当たり943円になります。これとは別に1分1マイルと言う映画の長さでマイルが加算され、6000マイルに達しフリーパスポートを発行して貰えば、1ヶ月何本見ても無料になります。

    そんなわけで「ジャイアンツ」や「ベン・ハー」などの、昔の70ミリ映画に見られるように、途中にインターミッションが入るような長尺ものは、只で見た方が得のようですが、ポイント鑑賞はマイルもポイントも付きませんので、ポイントがあっても金を出して見た方が、マイルが貯まる分だけ得と言うことになります。従って短い映画ほどポイントで見る必要があります。な~んて、年金生活だとみみっちいこともしなくてはなりません。

    で「おとなの恋は、まわり道」は、見た方が正解の面白い映画でした。一言で言えば会話劇の軽いコメディですが、主演のキアヌ・リーブスとウィノナ・ライダーは4度目の競演とかで、アドリブも交えた会話劇の息がぴったり合っている。ぶどう畑が広がるリゾート地の結婚式に招かれた、ヘンクツ男とヘリクツ女。人生いろいろ経験したが大人2人の会話劇は、ウッディ・アレンを思わせるこじれセリフの連続が楽しい。2人は自分の意見を一歩も譲らず、口を開けば毒のあるツッコミばかり。ああ、もう余白が少なくなりました。余白残0。

  • >>No. 21208

    こちらは先ほどから、小雨がシトシト降っていて寒いです。師走になって早くも中旬に入りました。今日はミニシアターへ行って「ぼけますから、よろしくお願いします。」と言うドキュメンタリーを見に行こうと思っていたのですが、何だか寒そうで行くのが億劫になったので止めました。こんなことでは自分が惚けてしまいますね。

    >最近は、映画評論家、という人の姿自体を見なくなりましたが、もう以前のような活躍の場は無く成ったのでしょうかね。<
    そうですねankさん。昔は荻昌弘、淀川長治、水野晴郎、増田貴光などが、よくテレビに出ていましたので、あの頃が映画評論家の全盛期だったんでしょうね。この人たちが亡くなってからは、高名な評論家は出ていないようですね。もともと映画評論家などと言う、確立された職業はありません。雑誌や新聞に投稿して採用され、定期的に原稿依頼が来るようになれば、自分で勝手に“映画評論家”を名乗るしかありません。

    活躍の場がなくなったことも大きいんでしょうね。これは映画館のポスターを書く、看板屋さんの仕事が無くなったのと同じでしょうね。映画産業が衰退し、ビデオの時代になっても、レーザーディスク時代までは、まだメディアが大きくケースも大きかったので、ビデオ発売時に解説を書く原稿依頼も多かったのですが、DVDになるとケースも小さくて薄いので、映画の解説を書くスペースがないんですね。これも映画評論家が、活躍の場を失った要因の一つでしょう。今の時代では映画評論一本ではやっていけないでしょうね。

    評論家でも脚本家でも漫画家や小説家も同じでしょうが、こうした仕事は納品書や請求書が切れないことと、仕事を干されたらそれまでなので、弱い商売と言えそうですね。私の友人の弟が漫画家で、少年ジャンプに連載を書いていました。ところが強力なライバルが現れ、連載を打ち切られ仕事を失い路頭に迷いました。彼は独身だったので三輪自転車に家財道具一式を積み、四国88カ所お遍路の旅に出ました。そこで出会った人たちや出来事をマンガに書き「55歳の地図」と言う単行本を出し、私も買いました。こうして漫画家として見事に復活しましたが、その後はまたさっぱり名前を聞かなくなりました。

    脚本家に転身し、NHKやフジテレビなど、多くのドラマを書いた友人もいましたが、その内に仕事を干され、今は行方さえ分からなくなりました。余白残0。

  • >>No. 21206

    皆様こんばんは。
    巷ではイルミネーションが輝き、クリスマスムード一色と言った感じですね。ああもうそんな時期なんだなぁ~と、感慨に耽っている老人です。来年は喜寿に当たり、後は傘寿・米寿・卒寿・白寿・紀寿・茶寿・皇寿・大還暦などとあるようですが、欲を出しては切りがないので、80歳の傘寿当たりまでは、何とかならないものだろうかと考えているこの頃です。

    ankさん、ご心配を頂きまして有り難うございます。たしかに、寒い朝の散歩は身体にいいとは言えないでしょうね。そうでなくても私は根が不精なものですから、寒い日は出来たら動きたくないものです。ただ現役時代に永年会社のカギ当番をしていましたので、毎日6時に起きて会社まで歩き、カギを開けるのが習慣となっていました。しかし次第に歳を取り、そんなことが億劫になり、タイマーによるドアの自動開錠装置を考案自作して、後年はカギ当番をサボっておりました。しかし主治医から余命を宣告されて、また早朝の散歩を復活しました。散歩となると何だか早朝にこだわってしまいますね。

    >」ジェームス、ディーンと言えば、彼の大ファンの女性の映画評論家がいましたね<。“小森のおばちゃま”と言われていた小森和子さんでしたね。「エデンの東」はジェームズ・ディーンが初めて主演した映画で、これが彼の代表作でしょうね。ジェームズ・ディーンはアクタースタジオの出身で、リハーサルもろくにせず独特のアドリブを多用する“メソッド演技法”は、父親役のレイモンド・マッセイの、昔ながらのオーソドックスな演技法と対立し、撮影時に激しく衝突したようです。これが役柄と見事にマッチしましたので、監督のエリア・カザンは、2人の不仲をうまく利用したのでしょうね。

    今日は行きつけのシネコンで「来る」という映画を見てきました。特にこの映画が見たかったわけではありませんが、時間的にちょうど良かったので見る気になったのでした。しかしこれは見ても見なくてもいい映画ってことは、見ない方がいい映画と言えます。岡田准一、妻夫木聡、松たか子、黒木瞳、小松菜奈、石田えりなどのベテランを網羅した予告編を行く度に見せられ「来る!・・・来る!・・・来る!」と絶叫されれば、いったい何が来るだろうかと興味が湧いてくる。しかし、見れば、な~んにも出て来やしないし、怖くもなんともない。こんなんインチキくさい気がしますね。余白残0。

  • >>No. 21204

    何だか急激に寒くなってきました。今朝散歩に出たら顔に当たる風が冷たく、震え上がってしまいました。今年は暖冬かと思っていましたが、どうやら師走らしさが出て来たようです。クリスマスも正月も来るのは結構なのだが、孫どもにやるお年玉が憂鬱なこの頃です

    ankさんこんばんは。
    「斬、」は黒澤明の「羅生門」のように、大自然の森の場面が多いのですが、私の見たミニシアターの映写状態では、どの程度のヌケが出ているのかがさっぱり分かりませんでした。剣の達人だが人を斬ったことがない若者が、人を斬る仕事に誘われて苦悩する話です。これは西部劇「必殺の一弾」のグレン・フォードの苦悩に似ています。そんなテーマも鮮明で話もシンプルで、塚本晋也の風貌は「七人の侍」の志村喬を思わせます。しかしあのヌケがオリジナルだとしたら、見るに値しない映画と言えます。

    今日は友達を誘って、午前十時の映画祭で上映中の、ジョージ・スティーブンス監督の「ジャイアンツ」を見てきました。私は「アラモ」「大いなる西部」「ジャイアンツ」を、勝手にテキサス三部作と呼んでいます。「ジャイアンツ」は三部作の完結編に相応しい超大作と言えます。監督が「ママの想い出」「アンネの日記」「シェーン」など、ホームドラマが得意なジョージ・スティーブンスですから、これも基本的にはホームドラマの形をした、テキサスの歴史大河ドラマと言えます。

    ジェームズ・ディーンは「ジャイアンツ」のクランクアップの一週間後に、自動車事故で死んでいますので、映画の公開時にはすでにこの世の人ではありませんでした。端役では何本か出ていますが、主演したのは「エデンの東」「理由なき反抗」「ジャイアンツ」の3本だけです。「ジャイアンツ」の後半で酔い潰れ、みんなが帰ってしまったパーティの席で、演説をする場面は名演技でした。題名の「ジャイアンツ」の意味は、テキサスそのものとも言えますし、一介の使用人から石油王になったジェッ・トリンクでもあります。

    しかし本当のジャイアンツは、後半のレストランのシーンでメキシコ人の差別に怒ったベネディクトが、ジュークボックスから高らかに流れる「テキサスの黄色いバラ」の曲に乗って、大男のレストラン店主とヘビー級の殴り合いの末、敢えなくノックアウトされてしまうベネディクトでしょう。ディミトリ・ティオムキンの壮大な音楽もこの映画の魅力です。余白残0。

  • >>No. 21202

    皆様こんばんは。
    日中でも一桁の気温が続きますと、いよいよ本格的な冬の到来ですね。一頃日本がまだ好景気だった頃、この時期になりますと、民家でのイルミネーションが盛んだったのですが、震災で電気事情が悪くなってから、さっぱり見かけなくなりました。

    昨夜は時代劇の衰退について書きましたが、時代劇がなくなったわけではなく、テレビで形を変えて細々と生き残っています。代表的なのが「水戸黄門」でしょう。貧乏裏長屋の娘が綺麗な着物を着ていたりするのは、嘘に決まっていますが、誰も見た人はいないわけで、それはそれまた別の世界の出来事として見ることが出来ます。見た人がまだ生き残っている戦争中の話でも、例えば某局の朝の連続ドラマなどで、食べ物のない戦後の若者が真っ白の褌とシャツを着ている。

    そんなの嘘に決まっているのだが、朝食時の放送にキタナイ越中フンドシは映せない事情もあるのだろう。こうして時代劇もだんだんスタイルが変わってくるんですね。そんな状況下で今でも時々時代劇は作られています。若松孝二のミニシアターへ行って、塚本晋也監督の「斬、」を見てきました。今の時代劇は、例えば「るろうに剣心」に見られるように、コミックの若者に時代劇の衣装を着けたものが多い。「斬、」はそんな映画とはちょっと違いました。衣服も風貌も綺麗とは言えませんが、台詞はすべて現代語で語られます。

    この映画はシンプルな物語構造で、今までの時代劇でまだ誰も扱わなかった、刀というものの存在感を示し、それを通して現代における武器の問題性に踏み込んでいます。刀というものはとりもなおさず戦争の道具なんですね。日本の刀社会はアメリカの銃社会に似ています。しかし日本では明治初年に「帯刀禁止令」が施行され、警察官と軍人や官僚が正装時以外は、刀を持つことが禁止されました。しかしアメリカは銃の所持が禁止されることはなく今日に至っています。そんなところも日本が戦争に負けた一つの要因でしょう。

    「斬、」は、幕末の江戸の農村で、いつかお国のために働こうと、農村で若い百姓に剣術を教える浪人がいた。そこへ老境に差しかかった剣豪がやってきて、江戸に行くことになるのだが、そこに荒ぶれた野武士のグループがやってきて、事態が急変するという話。これは今年のベストテン上位に入る映画であるが映写状態が悪いのが玉の傷。これはたぶんDVD映写だろう。余白残0。

  • >>No. 21200

    ankさんのように、多くのDVDを借りて、面白くないものには早い内に見切りを付けるのも、一つの方法ですね。食べ物と同じで、食べてみないことには、自分が美味しいと感じるかどうか分かりませんからね。私も映画をあまり多く見ていない時代には、面白くないと途中で見切りを付けて、退場したことも何度かありました。映画ではありませんが、長野県の田舎で行われたベテラン女性演歌歌手のショーで、受けを狙ってか客の農家のおばちゃんを、蔑んでからかうような言動をした。歌唱力は抜群だが田舎だと侮りステージでのマナーが悪い。私は不愉快になり熱唱して会場がシーンと静まりかえるタイミングを見計らい、ステージを睨み付けて退場したこともありました。

    >昔の西部劇の中でも、メジャーでないものにも、ちょっと面白いものはやはり有るものですね。<
    アメリカ西部劇の黄金期には、B級と呼ばれた聞いたこともない題名の、夥しい数の西部劇が作られていましたね。あの量の多さから見ると、私が見ているのはほんの一握りの西部劇でしかありません。その中には日本に入ってきていない作品も多くあり、レンタル店にあるのも僅かと言えるでしょうね。その西部劇もジョン・フォードが、インディアン側に立って作った「シャイアンの秋」を堺にして、ハリウッドの大きなジャンルであった西部劇も、次第に崩壊の兆しを見せ始めます。しかし銃社会が崩壊することはありませんでした。

    日本の時代劇も同じことが言えると思います。昭和20年代から30年代にかけての日本映画は、各社とも時代劇が大きな柱で、それぞれに時代劇のスターを擁していました。そんな中で黒澤明の「用心棒」は、時代劇のスタイルを変えてしまいました。たしかにこの映画を見ると、片岡千恵蔵や歌右衛門、雷蔵や勝新の時代劇とはスタイルが違いました。ジョン・フォードを崇拝していた黒澤明は、時代劇をまるで西部劇のようなアングルで撮り、西部劇紛いの1対1の決闘を時代劇に持ち込み、現代の音楽を入れました。これが「椿三十郎」となって、日本の時代劇も、次第に衰退することになります。

    日本の時代劇の衰退は、撮る場所がなくなったのも一因でしょうが、時代劇専門役者がいなくなったのも大きな要因でしょう。片岡千恵蔵、月形龍之介がいないと、時代劇は撮れないんですね。左田啓二、佐分利信、高橋貞二などでは時代劇は成り立ちませんね。余白残0。

  • >>No. 21198

    「かぞくいろ」は、血の繋がらない父と娘、母と子が家族になるまでが描かれています。日本で家族制度が崩壊して久しい気がします。その結果独居老人が増え、都会へ出た若者のセックス離れ結婚離れが進行し、結果として少子高齢化に拍車がかかる。昔は結婚して子供を作り、家族のために懸命に働くことに価値があった。これは私たち世代の、単なるノスタルジーではないと思う。家族単位での生活は、日本だけでなく世界中何処でも基本的なことではなかろうか。私たちは今の時代に、どうしたら家族制度の復活が成るかを模索している。映画やテビドラマでは、しばしば疑似家族が描かれています。

    「かぞくいろ」も地方のローカル線に対するノスタルジーと、そこで生活を営む家族が描かれています。車社会が進むにつれ、地方の鉄道はJR、私鉄、第三セクターの構図が出来、何処も経営が厳しいのが現状。そんな状況下でローカル鉄道は、肥薩オレンジ鉄道で見られる食堂車などの、アイデアで特徴を出し営業を続けています。松竹のRAILWAYSシリースとは別に、同じようにローカル鉄道が描かれている「えちてつ物語~わたし故郷へ帰ってきました~」という映画が目に付いたので、単館系劇場まで行って見てきました。

    この映画は福井県を走る第三セクターの「えちぜん鉄道」が描かれています。もともとは私鉄の京福鉄道で、2000年と01年に、2年続けて正面衝突事故を起こし、一時は廃線に追い込まれたが、地元民の強い要望で2003年に第三セクターとして復活したらしい。この路線の特徴は、ローカル線に女性アテンダントを乗車させたことでしょう。彼女たちは車掌とは違い、首にスカーフを巻き、車内での乗客の世話をする。ここも当然高齢者の乗客が多い。

    「えちてつ物語」は、横澤夏子演じるヒロインいずみが、お笑い芸人になろうと東京へ出たものの、鳴かず飛ばずで挫折して故郷の福井に帰ってくる。彼女の実家はすでに両親は亡くなり、兄と兄嫁が蕎麦屋を営んでいる。いずみはこの家の養女で、血の繋がりのない兄との仲はギクシャクしている。いずみはこの家に居候して、ひょんな事からえちてつの社長(笹野高史)にスカウトされ、えちてつのアテンダントで再出発をする話。ここの沿線には東尋坊をはじめ、丸岡城、芦原温泉、九頭竜川の鉄橋など、風光明媚な沿線風景だが、横澤夏子が主演女優として魅力に乏しく力不足。余白残0。

  • >>No. 21197

    映画「かぞくいろ」についてもう少々。晶(有村架純)と駿也は15歳しか違わない義理の母子である。晶は駿也の父修平と結婚する時、駿也は自分の子として育てることを固く誓った。しかし寡黙な義父の節夫(國村隼)は、晶が孫の駿也と家にいてくれることは嬉しいが、25歳の若さで子育ての苦労をさせることが不憫でならないと思っている。やがて晶はJR研修センターで運転士の資格を取り帰ってくる。そして義父の働くオレンジ鉄道で見習い運転士として乗務することになる。

    しかし自動車の免許も持っていない晶が、気動車を動かすには無理があったのかも知れない。急ブレーキをかけて乗客にショックを与えたり、ホームの停車位置をオーバーしたりと失敗続きだった。また駿也は転校先で虐められ、喧嘩をして相手に怪我をさせて、晶は学校へ呼び出されたりする。ある日のたそがれ時、晶の運転中に鹿が線路上に現れる。気が付いた晶は急ブレーキをかけるが間に合わず、鹿を轢いてしまう。この鹿の死が亡夫の死とオーバーラップして、晶は心に大きなショックを受ける。会社からは「アンタは運転士には向いていない」と言われ休職扱いになる。

    義父は「自分のことだからよく考えて決めなさい」と言う。一方駿也は学校で10歳になると“半成人式”という行事があって、親というテーマで作文を書き、1人ずつ舞台に上がって、自分の書いた作文を読む。駿也は父親がまだ生きているように、父親への思いを書き途中で泣き出してしまう。思わず駆け寄った晶は「お父さんはもういない!」と叫び逃げ出した駿也を追いかけ「お父さんの死を受け入れなさい」と言う。ここで駿也は「アキラちゃんがいなくなったら良かったのに!」と突き放す。この一言にショックを受けた晶は、自分は駿也の母親になれないことを悟り、それっきり姿を消してしまう。

    と、ネタバレはこれまでとします。25歳のヒロインが傷つき挫折しながらも、家族として再生する姿が描かれています。この映画が面白いのは、肥薩オレンジ鉄道に女性運転士が誕生する姿を描いていることでしょう。主演の有村架純はキビキビした動きで点検、指差呼称する姿は新鮮で大好演を見せる。家族が出来たことで生きがいの出て来た義父を演じる國村隼は、寡黙ながら孫と娘を見守るベテランの味を見せて好演。天草列島を望み八代海沿いを走る、肥薩オレンジ鉄道のロケーションが素晴らしい。余白残0。

  • >>No. 21196

    皆様こんばんは。
    毎朝6時から散歩に出ますが、今朝は雨が降り出しそうな曇り空で暖かく、家へ帰るまでにうっすらと汗をかいてしまいました。九州の福岡や大分では、観測史上初めて12月の夏日を記録したとのニュース。異常気象とよく言われますが、これは一つの過度期で10年も経てば、これが普通になってしまうんでしょうかね。

    昨日に続き「かぞくいろ」の話を続けます。私がこの映画に肩入れするのは、私が熊本県の出身だからでしょう。主人公の節夫は肥薩オレンジ鉄道の運転士をしているが、妻はすでに亡く定年間近の独り暮らしであった。東京へ出て行った息子とも疎遠になり、死んだことさえ知らなかった。そんなところへ息子の嫁と、息子の先妻との間に出来た孫が、突然現れるのでびっくりする。節夫と晶とは他人であり、晶と息子の駿也も他人同士である。晶は25歳の若さなので、節夫は当然晶が駿也を置いて東京へ帰ると思い込み「これからどうする」と聞く。ここで晶は座布団から退き、畳の上へ正座して深々と頭を下げる。

    そして晶は「暫くここへ置いて下さい」と義父に嘆願する。イラストレーターをしていた夫の修平は、友達に欺され借金を作っていて、アパートの家賃が滞り家を追い出され、行き場のない2人は夫の郷里川内へ流れてきた。晶は義父に「駿也の親は私しかいません。私が仕事を探してちゃんと育てます」ときっぱり言う。駿也も10歳しか違わない義母の晶を「アキラちゃん」と呼び、卑屈になることもなくよく気が付いて明るい子供である。晶はたまたま肥薩オレンジ鉄道が、運転士を募集していることを知り応募する。

    面接会場には義父の節夫も来ていた。晶は応募の理由を聞かれ「息子が鉄道マニアなので自分の運転する電車(気動車)に乗せたい」と言う。節夫はそんな理由で運転士になれるはずがないと思うのだが、イマドキ第三セクターのローカル線の運転士など、やり手がないらしい。そこで晶は採用され、気動車の足回りの点検から給油まで、男のやる仕事を悪戦苦闘して勉強する。やがて晶は福岡のJR研修センターへ行くことになる。大きな荷物を持った晶を駿也は駅まで見送る。初めて晶と離れることが不安になった駿也は、別れ際に「アキラちゃん、このまま、帰ってこないことは、ないよねえ」と言う。

    「バカ言わないで!」と晶は一蹴するのだが、このことが後半の伏線になっている。後がない余白残0。

  • >>No. 21194

    皆様こんばんは。
    >自分が今まで158本ですから、その偉大さが解ります。<
    これは“そのバカさ加減が”解ります。と訂正した方が良さそうですね。私の場合、ただ数を打てば当たると言う論理で見ているのですが、なかなか当たりませんねぇ~。

    今日は「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」を見てきました。これは松竹の「RAILWAYSシリーズ」の第3作目。前の2作も地方のローカル線が描かれていましたが、今度の新作は熊本県の八代から、鹿児島県の川内を結ぶ117㎞のローカル線「肥薩おれんじ鉄道」が描かれています。10月に見た「オズランド」は、熊本の話でしたが熊本弁は出て来ませんでした。この映画はちゃんと熊本弁や鹿児島弁のセリフが、出て来ますので好感が持てました。

    シングルマザーらしき奥園晶(有村架純)が小学生の駿也を連れて、鹿児島県の川内にやってくる。ここに住んでいる義父の奥園節夫(國村隼)を訪ねて来たのである。この3人の出会いが非常に面白い。息子の駿也は鉄道マニアらしい。電車を降りる時3人は顔を合わせるのだが、互いに知らない同志である。2人は節夫の家まで行ったが、留守だったので夜になるまで表で待っていると、先ほど電車の運転士をしていた節夫が帰ってくる。2人を見るなり節夫は「アンタたちは誰?」と怪訝な顔をする。ここで晶は「嫁の晶と息子の駿也です」と名乗る。家に上がらせて貰った晶は、白木の箱をそっと差し出す。

    しかし節夫は何の反応もない。ここで駿也が小声で「おじいちゃんは何も知っていない」と耳打ちする。節夫は箱のふたを開けると骨壺が見える。「修平(息子)は死んだのか?」と言い、初めて事態を理解する。晶は「何度も留守電を入れた」と言う。独り暮らしの節夫は留守電をチェックしていなかったのだ。節夫は急いで電話の所に行って留守電を再生し、息子が急死したことをすべて理解する。と言う冒頭のエピソードからこの物語は始まるのだが、決して父子の断絶があったわけではない。

    駿也は母親のことを「アキラちゃん」と、友達みたいな呼び方をする。駿也の母親は生まれて間もなく亡くなり、ある程度育ってから父親の修平が、駿也を連れて晶と再婚したらしい。晶と駿也は実の母子ではなかった。夫に死なれた晶は義父を頼って、鹿児島までやってきたのだ。節夫は「これからどうする」と晶に言う。もう後がない。余白残0。

  • >>No. 21192

    今年になって11月を終わった時点で、外国映画88本、日本映画88本と肩を並べて176本の映画を見ました。このバランスを保って今年は終わりたいと思っています。この調子ですと190本ペースですが、昔のように年末に入って見たいものが目白押しと言う時代ではありませんので、190本は難しいかも知れません。目標は200本だったのですが、旧作も併せて年間200本見るのは、なかなか難しいようですね。

    昨日は土曜日の映画の日で、今日は日曜日なので出来るだけ終末はシネコンに行かないように心掛けています、平日の客席は寂しいけど回りを気にせず楽に見られます。
    ankさんは「この世界の片隅に」のDVDをお探しですか。私は公開時に見ました。ankさんはアニメーションはあまりご覧にならないようですが、私はそれほど抵抗なく見ています。戦争を次の世代に伝えることは大切なことだとは思いますが、今の時代にリアルに戦争の悲惨な現実を実写で伝えることには、私もいささか抵抗がありますね。今の若い世代にはアニメーションというメディアを、使った方がいいのかも知れません。

    昨日と今日は山田太一氏最後の連続ドラマ「ありふれた奇跡・全11話」を見てしまいました。このドラマはフジテレビの木曜劇場の枠で、2009年に放映されたものです。私も放映当時に見ましたが、その時点ではあまり面白いとは思いませんでした。その後DVDのレンタルがありましたので、一度に全部借りてきて一気に見ました。これはテレビ放映で週に一度、CMの入ったものをリアルタイムで見るのとは全然違いますね。一気に見ると緊張が持続しますので、テレビ放映時と違って断然面白いですね。

    先日レンタル店が廃業した折りに、投げ売りしていた中に倉本聰の「優しい時間」と山田太一の「ありふれた奇跡」が全巻揃っていましたので買い取りました。それを昨日と今日の2日かけて全巻見終わりました。このドラマは見る回を重ねるごとに面白くなります。山田さんのドラマはすべてホームドラマと言えますが、晩年に書かれたものは少子化と言うこともあり、疑似家族が描かれているのが特徴のようです。「ありふれた奇跡」も崩壊した家族が疑似家族を形成する話となっています。

    そんなことで昨日と今日は、山田さんのセリフに酔い、大笑いをして涙を流して過ごしました。こう言うものは数年に一度見るといいですね。余白残0。

  • >>No. 21190

    今日から師走になりました。年金生活者としては師走だからって、特にどうと言うこともない普通の月に違いない。しかし世間が師走で慌ただしい生活をしていれば、自分は関係ないと涼しい顔は出来ない。世の中に合わせて慌ただしいポーズを取らなければなりません。これがわざとらしく見えるのでなかなか難しいですね。

    今日から4K・8Kテレビが開局しました。テレビってのはそれぞれ節目があります。昭和28年に白黒テレビが開局し、昭和34年の皇太子殿下のご成婚と、力道山のプロレスで一気に普及しました。それから昭和39年の東京オリンピックで、テレビはカラー時代を迎え、昭和45年の万博でテレビは不動の地位を築きました。その後長い沈滞期間がありましたが、平成15年にデジタル放送が開始され、平成23年にアナログ放送は終了しました。そして今日から開始された4K・8Kテレビの開局です。

    今日の10時から開局とのことで、東京では開局記念のセレモニーも行われたようです。家電量販店は4K・8Kテレビを目玉にして前面に押し出して宣伝していますので、今日の開局はさぞや人が出るだろうと予想していました。私も野次馬根性で、昼食を食べてから家電量販店を覗きに行きました。今日は土曜日でしたがテレビ関係の売り場は閑散としていて、中年のおじさんが1人説明を聞いているだけでした。有機ELテレビで4K放送が映し出されていましたが、周りに人影は見られません。もはや4K放送などには、誰も興味を持っていないようですね。東京オリンビックで売れるとはとても思えない。

    テレビ放送もDVDやBDの再生も、現行のハイビジョン方式で十分だと思う。4Kは現行のテレビより画素数が4倍で、8Kは16倍になると言う。超高精細になるのは解るのだが、それを何に使うかが問題だろうと思う。私の考えでは家を新築する人や、リフォームをする人は一考する必要があるだろう。8Kテレビを壁の中へ埋め込んで、水族館の水槽に見せかけ、BDでソフトを入れ替えれば、いろいろな楽しみ方が出来ると思う。

    日本の木造家屋は消防的観点から言えば、家の中で暖炉を燃やすことは感心しない。しかし暖炉を形作って中に大型8Kテレビを埋め込み、BDソフトの燃える映像と火花の弾ける音響で、疑似暖炉を作れば火災の心配はなく、炬燵を使う貧乏人の生活から脱し、暖炉を燃やす優雅な生活が出来る。余白残0。

  • >>No. 21188

    皆様こんばんは。
    いよいよ11月も今日で終わり、明日から師走となります。そろそろ年賀はがきの準備もしなければと思っていますが、まだはがきを買っていません。またプリンターのインクも買わなければなりません。インクジェットプリンターってのは、私はほとんど黒だけしか使わないのですが、他の色も同じように減っていくのが気にくわないですね。黒のカートリッジだけ消耗するように改善出来ないんでしょうかね。しかし今年は今のところまだ喪中はがきが1通も来ていません。本当は年々多くなるのだが・・・。

    漢字で一文字題名の映画は、もっと沢山あったはずだと思うんですが、急には出て来ませんね。そうそうジャック・ベッケルのフランス映画「穴」と言う脱獄映画の傑作がありました。日本映画では木下恵介監督の「女」というのもありましたね。今ミニシアターで公開されている塚本晋也監督の「斬、」も漢字一文字ですが、何故か句読点が付いていますので一文字とは言えません。これも見なければと思ってはいるのですが・・・。

    「キャスト・アウェイ」は、このトピが始まった2001年に公開された映画なのでよく覚えています。主人公のトム・ハンクスは、フェデックスの社員でしたね。航空機事故で無人島に流れ着き、1人で4年ぐらいサバイバル生活をする話でした。都市生活で訓練も何もしていない人間が、独りぼっちの無人島で、4年も生き延びるなんて、奇跡だとしても考えられませんね。私だったら一週間もすれば気が狂ってしまうでしょうね。

    昨夜の「銃」のつづきですが、この映画はモノクロームの映像でスタートします。時々こう言う映画はありますが、普通は冒頭の部分だけでカラーになるものです。ところがこの「銃」は、いつまで経ってもカラーにはなりません。たしかにフィルム時代はカラーと白黒はフィルムが違いましたが、デジタルの記録メディアに白黒の区別はないので、色を消してある映像で昔の白黒映画とは違います。イマドキ珍しくオールモノクロかと思っていたところ、ラストの5分間ほどカラーになっていました。こんな映画は初めてです。

    何故モノクロかと考えてみると、人間の精神を変えてしまうあの銃の、銀色に光る不気味さを表現するためであったと思われます。それが最後に人を殺してしまうことで、鮮血がドッと流れ出る色は、やはりカラーを使うのが、一番効果があったと思います。余白残0。

  • >>No. 21186

    逮捕以来、毎日、新聞紙上にはゴーンさんの記事が載っている。私のような低額所得者はゴーンさんの報酬が羨ましいという所を通り過ぎ、妬ましさを抱いていたことも事実。そのゴーンさんの逮捕のニュースに「それ見たことか!」と、拍手喝采で爽快感があったことも事実。しかし拘留期間が次第に長くなってくると、国際社会の非難を浴びるようになった。フランスの有力紙は「精神的な圧力に常に晒されている」と、取り調べに弁護士が立ち会えず、否認すると拘留期間が長くなる日本型刑事司法は、国際水準では中世並と言われている。冷静に考えれば民間企業のトップの報酬が、どれだけであろうと関係ない。この問題は長引けば長引くほど、日本の立場が悪くなるような気がする。

    そうですねankさん。「男はつらいよ」シリーズが48本も作られ、さらに主演俳優が死んでも新作が作られることは、それだけ国民に指示されていた証でしょう。それは古き良き時代の家族制度への思いと、日本特有の故郷の情景ではないでしょうか。満州の不毛の地で育った山田洋次監督は日本に引き揚げ、その美しい姿に振れ“国破れて山河あり”という言葉が身に浸みたことと思います。そこにはまた私たちとは違った故郷への思いがあったのでしょう。日本各地にロケを敢行し、「男はつらいよ」の中で、その美しい情景を撮るのに48作が必要だったのだと思います。しかし主演俳優の渥美清が健在であれば、このシリーズは、まだまだつづいていたのかも知れません。

    今日は行きつけのシネコンより、3倍ぐらい遠いイオンシネマまで出向き、日本映画「銃」を見てきました。客は私を入れて4人でした。漢字一文字の題名、特に洋画は面白いものが多い。「山」「丘」「河」「鳥」「崖」「謎」「敵」囮」「鏡」などなど、昔から面白い映画が多かったようですね。今日見た「銃」もちょっと面白い映画でした。主人公の大学生トオル(村上虹郞)が、死体の側にあった銃を拾って部屋へ持ち帰る。力の象徴でもある銃を持ったことで、トオルは過剰な自信を持つ。と言う冒頭のエピソードは、米国の銃社会がどんなものかを垣間見ることが出来ます。

    トオルは銃を所持することで、自分が強くなったと錯覚し、気持ちが充実するんですね。こうなると世の中は怖いものなしになってくる。それまで消極的だった女の子でも、知り合ってすぐに強引にセックスに持ち込むという具合。余白残0。

  • >>No. 21184

    皆様こんばんは。
    ankさんは「彼女がその名を知らない鳥たち」と「マンハント」は、途中で見切りを付けられましたか。この2本は私も公開時に見ています。「マンハント」は合作ではなく中国映画でした。「彼女が・・・」は、阿部サダヲがダメ亭主をやっていたことぐらいしか記憶に残っていません。「マンハント」は、福山雅治のアクションシーンがあったようですが、これもあまり印象に残っていない映画です。途中で止められたのは正解であったと思います。しかし金を払って見ていますと、どうしても最後まで見てしまいますね。

    ankさんは「幸福の黄色いハンカチ」はお好きじゃないようですね。私は「男はつらいよ」シリーズの、合間を縫って作られた作品では好きな方です。それは映画の進行に合わせた色彩の使い方と、渥美清の使い方に山田洋次色が濃く出ていたと思います。渥美清が演じた渡辺係長は、紛れもなく黒澤明の「生きる」の主人公の生まれ変わりに違いないと思っています。それは「息子の出来がいいんで・・・」とのセリフによく現れています。

    それから無軌道でゴミくずみたいな若者を演じた武田鉄矢は、山田洋次の思惑にぴったり合った役でした。彼は役柄と同じ福岡の出身ですから博多弁を使いましたが、たぶん脚本は博多弁では書いてなかったと思いますが、あれは武田のアドリブによるものでしょう。武田の方は自然な博多弁でした。相手役の高倉健も福岡県の出身ですが、こちらの九州弁はちょっとぎこちなかったですね。私が九州の出身なのでそのあたりが気になるのです。

    レンタル屋に行ったら「孤狼の血」が、13本中3本ばかり返ってきていたので借りてきました。この映画は東映の配給となっています。私は東映の時代劇が下火になり、ヤクザ路線になってからほとんど見ていませんでした。同じチャンバラでも江戸時代以前のものは、知らない世界ですので面白かったのですが、ヤクザ映画で鍔の付いていない日本刀でのチャンバラは、あまり格好のいいものではなく、好きではありませんでした。

    「孤狼の血」の白石和彌監督は東映のヤクザ映画全盛期の頃、映画監督として修行中で、東映のヤクザものを多く見ていたと思う。それで同じ東映マークで、かつてのヤクザ路線の上を行く映画にしたのが「孤狼の血」でしょう。「東映マークの映画は、何をやってもええんじゃい」と言う声が聞こえそうな映画ですね。余白残0。

  • >>No. 21182

    皆様こんばんは。
    11月も最後の週になり、残すところあと3日となりいよいよ師走が迫ってきました。本当はそんなこと何の関係もない私ですが、そこはやはり世間に合わせて、慌ただしいポーズを取らなければなりません。

    そんな時に昨夜は山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」がテレビ放映されていました。9時半頃テレビを点けたらやっていましたので、ちょっとだけ見るつもりがとうとうエンドマークなで見てしまいました。この映画はスクリーンでも何度も見ていますし、ビデオでもテープ時代からLDを経て、DVDに至ってからも何度も見た映画です。繰り返し見てセリフもすべて分かっていて、今見ても最後まで見てしまうのは、この映画にはそれだけの力がありますね。それは山田監督の世の中を見る眼の的確さでしょう。

    この映画が公開されたのは、万博後7年の1977年のことでした。日本の高度成長も軌道に乗り、絶頂期を迎えようとしていた頃でした。そうした繁栄の陰には当然歪みも生じてきます。高度成長社会に取り残された人たちも大勢居たわけです。固形燃料が液体燃料に変わり、炭鉱は閉山続きで闘争が各地で相次いでいました。職を失った炭鉱労働者は行き場を失ってしまいます。そんな時代に主人公の島勇作(高倉健)は、それまでの生活を精算して、九州から北海道の夕張にやって来て、炭鉱夫となりスーパーのレジ係の光枝(倍賞千恵子)と知り合い、半ば強引に結婚する。

    一方高度成長社会には、人生をゴミくずのように無軌道、無感動に過ごしてゆく、若者も大勢生み出しました。この映画に出てくる花田欽也(武田鉄矢)も、その部類に属する若者です。彼は仕事も長続きせず仲間からも除外され、貯金をはたいてマツダのファミリアを買い北海道へと一人旅に出る。そして駅前で一人旅の女の子朱美(桃井かおり)を引っかけて、無軌道な若者らしい気楽なドライブを楽しんでいた。同じ頃島勇作は網走刑務所を出所したばかりだった。勇作は偶然に2人の若者と知り合い、車に便乗することになる。

    勇作も欽也も朱美も、言ってみれば高度成長の繁栄から外れた人間です。この3人が意気投合したり反発し合いながらのロードムービーは、函館から夕張まで続く。ファミリアの塗装色の赤に象徴される色彩から、北海道に来てから次第に黄色に移り変わり、最後は黄色一色でまとめる鮮やかな色彩が素晴らしい。↓へつづく。

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