ここから本文です

投稿コメント一覧 (1958コメント)

  • >>No. 20896

    女神湖さん、こんばんは。
    随分お久しぶりですね。どうされているかと心配しておりました。
    今日は同居人が美空ひばりの「東京キッド」が見たいと申しますので、背中で見ていましたが、これが面白くて気になって、書き込みが進まず女神湖さんの書き込みには気が付きませんでした。

    この映画は斉藤寅次郎監督で、出演が川田晴久、堺駿二、花菱アチャコ、榎本健一などの芸達者揃い。ドラマは何と言うこともない、斉藤寅次郎流のお笑いですが、今更ながら美空ひばりってのは天才でしたね。時々こう言う物を見ると昔が懐かしく、あの時代に自分が何をしていたかが思い出されます。こう言う映画が今はないだけに面白いですね。

    女神湖さん、無理のない程度に、また書き込みの方を宜しくお願い致します。

  • >>No. 20895

    皆様こんばんは。
    今日の名古屋は38℃まで上がり、隣の岐阜県揖斐川町では39.3℃まで上がったとのことで、これはもう大変なことでございます。こんなに暑いとお年寄りがバタバタ死にますね。しかし風が吹けば桶屋が儲かるとは行かないようです。明日も引き続き猛暑日となりそうなので、ここは何とか死なないように、生き延びたいと考えています。

    ankさん、昨日はご心配を頂きまして有り難うございました。家内が道端で転びました。その場は大したこともなかったようですが、夕方になって患部が腫れて立てなくなりました。転んで尻餅をついた時、大腿骨折の手術をやったところにまともに当たったようです。それで病院に運んだわけで、私は緊急入院になるかと思っていましたが、レントゲンとCTを撮った結果、骨折はないようなので、休み明けに整形の専門医の診察を受けることにして、帰ることが出来ました。今日は1人で歩けるようになり、家事も出来ますので大したことがなくてホッとしました。

    14日に孫どもが2人来ていまして、行きつけのシネコンがサービスデーだったので「万引き家族」が見たいと言いますので、連れて行ってきました。土曜日のサービスデーでも客は20人ほどの入りでした。是枝裕和監督はカトリーヌ・ドヌーブ主演で新作を撮るとのことですが、この人は同じスタイルの映画は2度と撮りませんね。「万引き家族」もユニークな作品と言えます。この監督の映画では「海街ダイアリー」が一見、一番一般受けのする映画だと思います。しかしそれはあくまで一見であって、この映画の奥にあるものが、なかなか理解出来ないと言う点では、難解と言うことが出来ます。

    「万引き家族」がユニークな点は、セリフでしょう。普通、映画のセリフは物語を誘導する重要な役割をします。この映画を見ていると、出ている俳優がみんなバラバラにしゃべって、脚本がないみたいですね。私たちの日常生活でもそうですね。その場その場で勝手なことを言って過ごしていますね。これが本当のリアリズムであり、ドキュメントでしょう。つまり是枝監督は観客の立場ではなく、独り善がり的な作劇で「万引き家族を撮っています。それがフランスで評価されたのだと思います。その点が山田洋次監督とは正反対ですね。山田監督は常に観客の立場で映画を撮りますので、どうしても同じパターンになってしまうのかも知れませんね。余白残0。

  • >>No. 20892

    皆様こんばんは。
    今日は夕方の5時頃から、休日救急病院に同居人の家内を連れて行っていまして、先ほど帰ったところです。
    遅くなったので今日の書き込みはお休みします。

  • >>No. 20890

    皆様こんばんは。
    名古屋場所は休場者が続々と出ていますが、これも暑さのせいでしょうね。今日の中部地方は38℃を超えたところもあり、この連休中はもっともっと暑くなりそうです。私も今日まで家も車も、エアコンは入れずに頑張っていましたが、今日は孫どもが2人来た事もあって、今年初めてエアコンを稼働しました。この部屋の温度も32℃からなかなか下がりませんね。何とかこの夏は乗り切らねばと思っています。

    ankさん、私もロバート・ワイズ監督の「ウエスト・サイド物語」は劇場で何度も見た口です。昭和36年に公開されたと思うのですが、その時は数週間で打ち切られました。しかし翌年アカデミー賞10部門を獲得し凱旋上映が行われました。私はその時初めて見たのでした。当時は70ミリフィルムの全盛期で、ジェット団が徒党を組んで町を歩き、自然に踊り出すシーンを初めて見た時は、背中がゾクゾクした事をよく覚えています。それまでミュージカルのダンスは見慣れていましたが、あの場面はまったく斬新な感覚でした。私はロードショー劇場へ毎週通っていました。

    それから35ミリ版の2番館3番館と追っかけて、13回見た事は覚えていますが、その後も何度か見ました。ラス・タンブリンは「略奪された七人の花嫁」や、西部劇の「必殺の一弾」などに出ていましたので、彼のダンスの素晴らしさは知っていましたが、彗星の如く現れたジョージ・チャキリスが、タンブリンの相手として素晴らしいダンスを見せましたね。レナード・バーンスタインの曲は、どれもこれも素晴らしいものでしたが、私は特に「アメリカ」と「トゥナイトのクインテットのコーラス」が、70ミリの磁気録音がダイナミックな効果を上げていましたね。

    その後1996年のブロードウェイミュージカル「ウエストサイド・ストーリー」の日本公演を見に行きました。舞台の袖に戸田奈津子さんの、電光字幕入りでした。これでびっくりしたのは、あれだけの激しいダンスをしても、出演者が1人も汗をかかないことでした。さすがに本場のミュージカルは、公演に入る前の鍛え方が違うんですね。その後2003年のミラノスカラ座バージョンの「ウエストサイド・ストーリー」の公演も見に行きました。もちろんLDやDVDが出た時はいち早く買いました。「ウエスト・サイド物語」は、私の青春そのものでした。もっとも暗い青春でしたが・・・。余白残0。

  • >>No. 20888

    皆様こんばんは。
    大相撲名古屋場所も6日目を迎え、珍しく横綱が姿を消してしまいました。そして頼みの新大関栃ノ心もあっさりと負けました。こうなると鬼の居ぬ間の何とかで、ご当地力士御嶽海に期待がかかります。何れにしても名古屋場所に相応しく、明日からの三連休は猛暑日になりそうです。昔は日射病とか熱射病と言っていましたが、昔の暑さとは質が違うようです。老いも若きも熱中症には気をつけましょう。

    ankさん、そうですね。音楽映画は、グレンミラーを初め「ベニー・グッドマン物語」や「トミー&ジミー・ドーシー物語」レッド・ニコルズの伝記映画「五つの銅貨」など、たしかに駄作はなくみんないいですね。私はロジャース&ハマースタイン2世の、「オクラホマ!」から「サウンド・オブ・ミュージックに至る一連の、ブロードウェイミュージカルも好きでした。

    エドワード・ドミトリクの西部劇「ワーロック」では、リチャード・ウィドマークが主役を演じました。牧場主が牛耳るワーロックの町では、ヘンリー・フォンダとアンソニー・クインの最強コンビのガンマンを雇い、治安を維持しようとする。でもこいつらは拳銃使いで保安官=正義とは言い難い。野放しにしておけば町を食い物にする輩である。ここで立ち上がるのが正義に目覚めた、リチャード・ウィドマークでした。万に一つも勝ち目のないヘンリー・フォンダの早撃ちに果敢に挑む。脇役が多かったウィドマークは、ヘンリー・フォンダやアンソニー・クインと競演し、見事に主役の座を獲得しましたね。

    戦前戦後のハリウッドは、西部劇というのが一つのジャンルとして確立されていて、一時は凄い量の西部劇が作られていました。西部劇のテレビシリーズも作られ、「ガン・スモーク」から「拳銃無宿」まで、毎日のように何らかの西部劇が放映されていましたね。そんなブームもありましたが、ジョン・フォードが、インディアン側に立って「シャイアン」を撮ってから、次第に西部劇は下火になり、サム・ペキンパーの「ワイルド・バンチ」を以て、西部劇に終止符が打たれたと言われました。

    隆盛を極めた西部劇も、再上映されるのは「シェーン」などの名作に限られています。その他はDVDで見るより仕方ないんですが、数が多いだけにDVD化されていない西部劇も多く、またレンタル屋に置いてないものも多いですね。テレビ放映の録画もしなくなりました。余白残0。

  • >>No. 20886

    ankさん、アンソニー・マンの「ウインチェスター銃‘73」は面白い西部劇でした。あの映画には、ワイアット・アープやバット・マスターソンも登場しましたね。千に一丁の特製のウインチェスター銃が、ダッジシティの射撃大会の賞品に出るんですね。ジェームズ・スチュアートが、投げたコインを撃つのだが、落ちてきたコインを見ると当たった形跡がない。しかしジミーはコインの穴の中を弾が通っていると主張する(そんなアホな)。じゃあってんで、今度はコインの穴にシールを貼り、もう一度撃つとちゃんとシールが破れていた。

    それから賞品のウインチェスター銃が、人の手から手に渡り、日本の名刀正宗の行方みたいな面白さがありました。ジェームズ・スチュアートは、あの飄々としたところが魅力でしたが、意外と西部劇の出演が多かったんですね。「グレン・ミラー物語」やヒッチコック作品もいいのですが、私はフランク・キャプラの「素晴らしき哉、人生!」「スミス都へ行く」などの方が好きでした。

    リチャード・ウィドマークは、後年は主役が多かったようですが、脇役時代が精彩がありましたね。「ゴーストタウンの決斗」で銀行強盗仲間のウィドマークは捕まって刑務所へ送られ、ロバート・テイラーは逃げ延びて、町の保安官に収まっている。開拓時代は拳銃だけが法律でしたので、こんなケースはいくらもあったんでしょうね。面白くないのはウィドマークで、彼は刑務所を出所して復讐にやってくる。どうも2人でやった最後の銀行強盗の金を、テイラーがどこかに隠している模様。

    ウィドマークは仲間を引き連れて、テイラーと恋人を拉致して金の隠し場所に案内させる。テイラーは隠し場所の、ゴーストタウンの小高い丘の墓地をスコップで掘る。ウィドマークは葉巻を吸いながら墓石にもたれて「早よ掘らんかい!」などと言い余裕綽々である。ところがテイラーは金と一緒に銃を一丁埋めていた。素早くこれを取り出し「手を上げろ!」と銃口を突きつける。ここでウィドマークはニタッと笑い「土中に何年も埋まっていた銃など、火薬が湿気て弾は出ないぜ」と言う。でも内心ひょっとしてとの思いもあり、このあたりのウィドマークの芝居がいい。

    極めつきは「悪の花園」インディアンの矢を胸に受けたウィドマークは、クーパーに抱き起こされて言う。「今日も日が沈む、日は沈む時誰かを連れて行く。今日は俺だ」これ最高。余白残0。

  • >>No. 20884

    今日の名古屋は35℃まで上がり、名古屋場所に相応しい暑さとなってきました。朝目覚めると蝉の鳴き声が喧しい。蝉はアスファルトだけの市街地でも、土の隙間を見つけて必ず出て来ますね。

    ankさん、「鳥」も怖かったですねぇ~。何でもない場面でもヒッチコックの手にかかると怖いですね。ティッピー・ヘドレンがベンチに腰掛けていると、後ろの柵にカラスが一羽スーッと下りてきます。暫くして振り返るとカラスがずらっと並んでいる。見ていて怖かったですねぇ~。それから鳥の目線で撮られているガソリンスタンドの俯瞰撮影は、これから何かが起こるという、不安を掻き立てスーッ下降する場面は怖かった。ヒッチコックは映像の魔術師と言われていて、至る所でそれが見られましたね。

    「サイコ」のヒロイン、ジャネット・リーは、恋人と安ホテルで真昼の情事に耽っている。この時カメラは遠くから窓の側まで寄って来て、そのまま窓から部屋に入り情事の様子を捉える。こんなことが出来たら何でも覗けると言う、映画を見ている観客の願望でしょうね。ヘリコプターによる空中撮影で窓の側まで寄るのはいいが、プロペラが回っているので寄りにも限界がある。ヘリコプターのカメラを、どうやってホテルの中のカメラマンに渡すのか。今ならCGで何でも出来るが、カットのつなぎ目がないので、どうやって撮ったのか皆目見当が付きません。シャワーのシーンでも、正面から撮ってレンズに水滴が付かないので、これらも映像の魔術でしょう。

    しかし私が一番びっくりしたのは「知りすぎていた男」でした。この映画は挿入曲「ケ・セラ・セラ」が出て来て、ドリス・デイが歌い大ヒットしました。ドリス・デイとジェームズ・スチュアートの夫婦が政治暗殺劇に巻き込まれ、男の子を誘拐されます。息子の居所をを追って夫婦は大使館のパーティに出る。息子は大使館の2階に監禁されている。ここでドリス・デイは「ケ・セラ・セラ」を歌います。ドリス・デイはよく通る声なので、歌い始めたら即座に2階の息子に聞こえるはず。しかしヒッチコックは、そんなありきたりな描写はしませんでした。

    「ケ・セラ・セラ」の歌が階段を一段ずつ登り2階に達し、廊下の角を曲がって息子が監禁されている部屋のドアと床の隙間から入り、ここで初めて息子の耳に入り「アッ、ママが歌っている!」となる。ヒッチコックはまさに映像の魔術師でした。余白残0。

  • >>No. 20882

    この地方にも昨日「梅雨が明けたものと思われる」と言う、曖昧な梅雨明け宣言がありました。今朝目覚めると紺碧の空が果てしなく広がっていた。

    >アメリカ人は良く笑いますね。<
    そうですねankさん。アメリカ人は映画に参加出来るんですね。日本人は舞台などの生身の人間がその場にいないと、スクリーンに映った無機質のものだけでは、参加出来ないようですね。でもたまに参加出来る人もいますね。「男はつらいよシリーズ」で、さくらの息子満男が反抗期になり、親にことごとく反抗し寅さんに憧れる。ここで客席にいた労働者風のおじさんが「ターケーッ!おみゃあは、親の苦労が分からんのか!」と、吉岡秀隆を罵倒していた光景を見た事があります。山田洋次監督は、上映中に騒いでもいい。前の席を蹴ってもいいと言うのが持論で、観客が映画に参加する事を望んでいます。

    「北北西に進路を取れ」の原題は「ノース・バイ・ノース・ウエスト」であったと思います。私は外国語はまったくダメなので、ノースが2回出て来て、ウエストが1回なので「北北西」と言う原題だと思っていました。でも北北西だけでは、ヒッチコックスリラーの日本語題名としてはインパクトがありませんね。MGMの宣伝部では、主人公がどんどん移動する話なので「進路を取れ」と言う命令形を追加して、大ヒットとなりました。昔は「現金に手を出すな」「現金に身体を張れ」「潜望鏡を上げろ」「あの高地を取れ」「バターンを奪回せよ」など、命令形の日本語題名が多く、これらはみんな面白かったですね。

    「北北西に進路を取れ」は、ニューヨークを起点にして主人公がどんどん移動し、ラストはサウスダコタ州のラシュモア山にたどり着きます。この映画を見て題名の北北西とは方角が違うと気付いた芸能記者がいました。ヒッチコックが来日した折に「監督、この映画の題名は北北西だが、方角が違うんじゃないですか」と聞いたそうです。そこでヒッチは「キミは英語を知らんね」と言った。記者は「何故ですか?」と聞いた。するとヒッチは「北北西は英語で、『ノース・ウエスト・ノース・バイ』と言うんだよ」と応えた。

    そこで記者は「だったら題名の『ノース・バイ・ノース・ウエスト』とはどんな意味ですか?」と逆襲した。ヒッチは「別に意味は無いよ、ただ語呂が良かったんでそうしたんだ」と応えたそうです。ヒッチコックって面白いですねぇ~。余白残0。

  • >>No. 20880

    西日本豪雨は日を追うごとに被害が拡大しています。ついに死者は三桁を超え、安否不明者も80人を超えています。豪雨による水害だけで100人を超える死者は、近年にはなかったような気がします。まったく痛ましい限りで言葉も出ません。

    ankさん、こんばんは。
    >笑えるジョークと、何だ、と肩がカクッと成るようなものもありますね。<
    その通りですね。特に私は外国語がまったく解りませんので、外人客がドッと笑っても、字幕頼りには限界があり、何がそんなに可笑しいのか理解出来ません。ヒッチコックの「北北西に進路を取れ」でこんな場面がありました。国連本部ビル内での殺人事件で、ケーリー・グラントは犯人と間違えられ、指名手配になり駅には顔写真が貼られ、真犯人を捜しながらの逃避行となります。

    グラントは列車に乗り、車内でエバ・マリー・セイントと出会う。2人はシカゴ駅で降りて、グラントは赤帽の服を着て変装し、2人並んでホームを歩いている。ここでエバが「あなたこの服をどこで着替えるの?」と言う。するとグラントは「マーシャル・フィード・ウインドウズ」と応える。これはヒッチコック特有のユーモアで、ここでアメリカ人はドッと笑う。公開当時の字幕は「銀座三越の前で」と出た。後で考えるとこれは名訳だと思うが、日本人としては咄嗟には笑えない。

    当時はまだ海外旅行が自由化されておらず、観光で行く人はほとんどいなかった。ウインドウズは分かるんだが、マーシャル・フィードとは何のことか、当時の日本人には分からなかった。私は後年になって知ったのですが、マーシャル・フィードはアメリカで一番大きなデパートで、本社がシカゴにあるらしい。それが分かれば「銀座三越の前で」と言う字幕が当てはまりますね。しかしこの映画も午前十時の映画祭で上映された時には、マーシャル・フィードのくだりでは、字幕は出ませんでした。

    「北北西に進路を取れ」の後半で、監禁されたグラントが窓伝いに脱出し、隣の部屋に忍び込むと年配のおばちゃんが寝ている。男が入ってきたのでびっくりして「ストップ!」と言う。そして起き出してメガネをかけて見ると、これがいい男だった。立ち去りかけるグラントに、おばちゃんは今度は甘えたような声で再び「ストップ!」と発する。この時の字幕が「ねぇ、ちょっと、待ってよぉ」と出る。今はこんな字幕が書ける人はいなくなりましたね。余白残0。

  • >>No. 20878

    今日は日曜日だったので、朝コーヒー屋へ行っての帰り、激しい雨が降りました。このまま1時間も降り続ければ、大洪水になるかも知れないと思いましたが、5分も続かず後は晴れ間がいっぱいに広がり、入道雲も出て梅雨明けを思わせる空模様でした。名古屋場所も始まり、いよいよこの地方も本格的な暑さの到来となります。

    ankさん、そうそうロバート・アルドリッチの「ヴェラクルス」という西部劇がありましたね。ランカスターが自分のプロダクションへ、大先輩のクーパーを招いての西部劇でした。そんな事情もあってクーパーに花を持たせる必要があったのでしょうね。ここでクーパーは珍しくジョークを言います。メキシコ政府軍のパーティに招待された2人のガンマン。この時クーパーがランカスターに言う。クーパー「子供の頃におもちゃの兵隊を無くして、泣いていると親父が言った。その内に出てくるよ、と」。ランカスター「へェ~、それでどうしたい」。クーパー「今、出て来たよ!」。ここでランカスターが大笑いするシーンが面白かったですね。

    で、最後にこの2人が早撃ちの決闘をします。2人はほとんど同時に抜いて発射しますが、ランカスターは拳銃をくるくるっと回しホルスターに収める。ここで見ている客にランカスターが勝ったように思わせ、次の瞬間ランカスターの身体がガクッと崩れると言う描写だったと思います。この映画を見ていますと、ランカスターは後ろ向きの曲撃ちなどを披露し、老齢のクーパーではとても勝てそうにない雰囲気でしたね。ところが実際のランカスターは、拳銃の扱いが下手でクーパーが手ほどきをしたらしい。そんな事情もあってゲストに花を持たせるのは常識でしょう。

    「ヴェラクルス」が公開当時、この決闘場面に疑問を持った西部劇マニアの先生がいました。この当時はビデオも何もありませんでしたので、この先生は映写室に乗り込み、フィルムを1コマずつかざして見て確認したが、ランカスターの銃が発射したかを確認する事は出来なかったらしい。家へフィルムを持ち帰ってスライドで映せば確認出来るでしょうが、35ミリフィルムを直に覗いても、小さくてはっきりは見えないでしょうね。そんなエピソードも生まれたように、あの決闘シーンは伝説となっていますね。昭和20年~30年代には凄い量の西部劇が公開されていましたので、見たか見てないか記憶にないものも多いですね。余白残0。

  • >>No. 20876

    私の住んでいる地域ではたいした雨量ではありませんでしたが、西日本の方はかつてないような思いもよらない大災害になっているようです。被災地の皆様方には心よりお見舞い申し上げます。

    ankさん、「椿三十郎」の決闘のシーン。私も最初は腰に差した刀の向きを、180度変えていたと思っていましたが、決闘の前後のスチル写真を見ても、鞘の向きは変わっていませんでしたので、気になって古い資料を探して確認してみました。「羅生門」以来、スプリクターとして黒澤組に参加していた野上照代さんの話によりますと、あの決闘のシーンは西部劇の早撃ちを刀の居合いでやりたかったわけで、殺陣師やスタッフがいろいろアイデアを出したが、三船敏郎が気に入らなかったとの事。それで三船と殺陣師が相談して、あのシーンを考え出したとの事で、あれは三船敏郎のアイデアだったそうです。

    公開当時の雑誌を探したところ、このシーンの分解図が書かれていました。これによりますと、①左手で巻き込むような形で刀の柄を握る。②刀を返して刃を下向きにして抜く。③右足を左前に踏み出す。④右手を刀のに添えて押し上げながら切り上げる。と、こんな風になっていますが、その時の絵では刀の鞘の向きが逆になっていました。このようにきちんと説明してあれば、私もおかしいとは思わなかったでしょう。何と言っても次の瞬間に、仲代達矢の血潮が噴出しますので、度肝を抜かれてそんな細かい事は全部忘れてしまいます。しかし公開されて50年も経ちますと、見る方も余裕が出来て、ちょっとオカシ
    イんじゃないの?となってしまうんですね。

    完成した映画を見ると、 刀の鞘の向きは変わっていないので、オカシイんじゃないか思
    ったんですね。たぶんこれは三船のアイデアなので、②の部分の刀を返して刃の部分を下向きにして引き抜く。と言う部分を三船は省略して、手首を返さずに引き抜いたのだと思う。その後に手首を返せば刃先が向こう側になり、鞘は元のままでいいわけです。で、今日はその部分だけDVDをコマ送りにして確認しました。まず仲代が両手を刀にかけ、半分ぐらい引き抜くまで三船は拳を握っている。その後三船の左手が動き、親指が下側になるように手首を左にねじて刀を引き抜く。そして左に払うのだが、あの体勢では三船の刀は仲代に届かず、僅かに左脇腹をかすった程度。で、やはりあの決闘には無理がありますね。余白残0。

  • >>No. 20874

    皆様こんばんは。
    名古屋は昨日からずっと雨が降り続いていますが、たいした雨量ではなく河川の増水までには至っておりません。気温は26℃までしか上がらず、家の中にいると寒いぐらいですね。明後日からは名古屋場所も始まりますが、月曜日までは雨の予報で、こんな涼しい気候で名古屋場所が始まるのは、あまり記憶にありません。

    ankさん、私も青木富夫さんは知りませんでした。この人は小津映画では“突貫小僧”という名で出ていたようですね。私が青木さんを初めて知ったのは、何にも知らずにミニシアターに行った折、劇場の支配人が「今青木富夫さんが話をしていますのでお入り下さい」と言われ、そんな人知らないな~と思いながら客席に入ると、年配のおじさんが前で小津監督について話していました。飯田蝶子さんとの墓参りの話は、そこで青木さんの口から直接聞いたものです。飯田さんは戦後も多くの映画に出ていましたので、よく知っていました。飯田さんが日雇い労務者の役で、お尻を掻く仕草が有名でした。

    行きつけのシネコンも今日から、新作が何本か公開されました。それで今日はニック・パークのクレイアニメーション「アーリーマン~ダグと仲間のキックオフ!~」と言う映画を見てきました。アニメーションの定義について、その道の第一人者森卓也氏は「アニメーションとは、それ自体生命のない物体を、生命がある如く動かし、物語などを創作する」と書いています。ですからまだ映画のない時代に、障子に映る影絵などはアニメーションという事が出来ます。

    現代のアニメーションは、CGアニメと言われるものが圧倒的に多くなってきましたが、ニック・パークのアニメは、クレイアニメと言われる粘土細工で、アニメのキャレクターを作ります。1コマずつ形を変えて写真に撮るわけですから、1週間仕事をしても1分間ぐらいの映像しか出来ないので、もの凄く手間と時間がかかるんですね。ニック・パークはこの新作に8年の歳月を費やしています。従ってニック・パークのアニメーションは、前作の「ウォレスとグルミット ベーカリー街の悪夢」から10年も経っていますので、忘れた頃にしか見られないわけです。

    この映画は、サッカーと言う競技は石器時代の原始人が発明した物で、その発生の様子が説明されます。原始人がサッカーをやるという奇抜なアイデアのギャグが、やたら可笑しくて面白いんですね。余白残0。

  • >>No. 20873

    6月に見た映画、面白かった順に並べてみます。
    1.「ワンダー 君は太陽」スティーブン・チョボスキー監督
      寸評:登場人物は皆善人で理想主義的なきらいはあるが後味が爽快な一編。
    2.「Visiyon」河瀬直美監督
      寸評:青々とした木々や太陽の光、吉野の森の音は美しく神秘的である。
    3.「レディ・バード」グレタ・ガーウィグ監督
      寸評:誰もが通り過ぎる青春には輝きと痛みがある。ヒロインが瑞々しい。
    4.「空飛ぶタイヤ」本木克英監督
      寸評:正義も悪も組織の中でしか生きられない男どもの生き様を描いた佳作。
    5.「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」ロン・ハワード監督
      寸評:ストーリーの展開は縦横無尽だがディズニーに変わって落ちた感あり。
    6.「万引き家族」是枝裕和監督
      寸評:安藤サクラの加入によりグンと良くなった。是枝監督もピークの年齢。
    7.「オンリー・ザ・ブレイク」ジョセフ・コシンスキー監督
      寸評:実話だけにハッピーエンドにはならず、1人残して全員死亡が悲しい。
    8.「焼き肉ドラゴン」鄭 義信 監督
      寸評:戦後帰る国もなく日本で過ごす他なかった在日朝鮮人街の悲喜劇。
    9.「最後のランナー」スティーブン・シン監督
      寸評:パリ五輪金メダリストデリルは大戦下の中国へ渡り宣教使となる。
    10.「30年後の同窓会」リチャード・リンクレイター監督
      寸評:一人息子をイラクで亡くしたドクは30年ぶりにベトナムの戦友を訪ねる。
    11.「アメリカン・アサシン」マイケル・クエスタ監督
      寸評:恋人をテロリストに殺され復讐を誓う若者がCIAにスカウトされる。
    12.「羊と鋼の森」橋本光二郎監督
      寸評:ピアノはピアニストの物か聴衆の物か調律師の物かが問われる。
    13.「50回目のファーストキス」福田雄一監督
      寸評:毎日が新鮮なのは女だけで男は30年後のおばさんでも抱けるか?。
    14.「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています」李 闘士男 監督
      寸評:死んだふりのスタイルが毎日変わるとコストが大変だと思うのだが。
    15.「終わった人」中田秀夫監督
      寸評:終わったと諦めればいいのだが、諦めきれない男の悲喜劇が始まる。
    16.「OVER DRIVE」羽住英一郎監督
      寸評:ラリーが街中を走るとは知らなかった。モーター狂には堪らない。残0。

  • 皆様こんばんは。
    今日の名古屋は台風の影響か風が強く、時折り小雨が降り、外気は27℃ぐらいまでしか上がらず、比較的涼しい1日でした。このぐらいが暮らすにはちょうどいいですね。

    ankさんこんばんは。
    >わたしはまた火葬場に有るのかと思って、ちょっとビックリしました、何を写すのかと思って・・^^;<
    火葬場の炉が並んでいる現場付近には、映像機器は見当たりませんが、私が不思議に思うのは、その付近は全て撮影禁止になっている事です。今はみんなスマホを持っているし、自分の身内が最後のお別れをして、柩が炉に入って行く写真を撮りたい人もいると思う。そして変わり果てた姿で炉から出て来た様子を、写真に収めて初めて、亡くなったんだなぁ~と、現実を受け入れるための写真も必要だろう。アウシュビッツじゃないんだから、特に外部に漏らしてはいけない秘密や、ノウハウがあるわけでもないと思うのだが、何故か撮影禁止との看板が出ている。

    待っている間に時間があったので、現場で働いている年配のおじさんに「ここはどうして写真を撮っちゃいけないの?」と聞いてみた。するとこのおじさんは「別に撮ってもいいんだけど、これには歴史的背景がある」と説明してくれた。昔は火葬をやる人は隠亡と呼ばれていて、下賤な仕事として差別されていた。今では役所のボイラーマンだから立派な仕事だが、たぶん戦前頃まではそんな風習があったのでしょうね。写真を撮れば火葬場の従業員が写ってしまう事がある。その仕事がバレて子供が虐められたりするので、写真を撮るのはプライバシーの侵害になってしまう。そんな昔の名残が、こんな形で残っているんでしょうね。

    話は変わり、飯田蝶子さんと青木富夫さんは、戦前の小津映画の常連でした。小津さんが還暦の誕生日に亡くなって暫くして、飯田さんが青木さんの家へ来て「アンタ小津さんの葬式に来ていなかったね。これからお墓参りに行くから一緒に行こう」と誘いに来た。青木さんは言われるままに、飯田さんについて鎌倉の円覚寺まで着いて行った。“無”と書いた小津さんの墓前に座った飯田さんは、パーン!パーン!と柏手を打って合掌した。これを見た青木さんは「ちょっとちょっと飯田さん、お墓の前で手を叩くのはオカシイんじゃないですか?」と言った。そこで飯田さん「何言ってんだいお前さん、この人は神様だよ!神様の前では手を叩くもんだ!」余白残0。

  • >>No. 20869

    今この部屋の気温は29℃が表示されています。今日の名古屋は日中31℃まで上がりましたが、曇り空で日差しが弱く過ごしやすい1日でした。今朝は蝉の声が聞かれましたので、この地方も梅雨が明けたのだろうか。

    今日は朝の9時半から告別式でした。坊さんのありがた~いお経を聞いて、最後の別れをして出棺となり、火葬場への移動となります。今はどこの葬儀場もスクリーンとプロジェクターが用意されています。映画ファンだとこんなところへ目が行くものです。人は突然亡くなることが多いし、時間も予算もないので顔写真を用意するのがやっとで、映像プレゼンテーションまで用意している人は少ないようです。派手な葬儀をやる人に、この手の映像プレゼンが時々見られます。

    内田けんじの「鍵泥棒のメソッド」で、ヒロインの父親が末期癌になり、親の生きている内に何とか結婚し、親孝行をと思うのだが、何しろ結婚は相手が要ることなので間に合わない。しかしそこは親の方が役者が一枚上だった。命の期限を言い渡された親父さんは、元気のある内にDVDを製作していた。死者が葬儀場のスクリーンに登場して、それまでお世話になった人たちに、自ら挨拶を述べると言うもの。それも念が入ったことに、49日、1周忌、3回忌などの分までみんな収録してあった。私はこの映画を見て、もっと若かったらこんな仕事がしたいと思いましたね。映画製作と違い、5分や10分ぐらいの映像編集なら、自分にも出来そうだと思ったのでした。

    久しぶりに火葬場へ行きましたが、今日は次々に霊柩車が入ってきて、かなりのラッシュが見られ、高齢化社会の現状を目の当たりにしました。アメリカ映画などを見ますと、国土が広いせいなのでしょうが、アーリントン墓地でもそうですが、埋葬はほとんど土葬ですね。火葬は1000度以上の高温ガス炉の中で焼かれる事を思うと、熱そうで堪りませんね。死んだら熱いも冷たいもないと言うが、やっぱり見てると熱そうです。私は墓標は要らないが自然の土に返る土葬の方がいい。

    ankさん、スペースがなくなりました。小津さんは日常の中でそんなドラマチックな出来事があるもんじゃない。淡々こそが人の営みで、そこにドラマがあるとの考えだったのでしょうね。山田洋次監督は「そんなのは映画じゃない」との持論でしたが、結局は小津さんに抗しきれず「東京家族」を撮ったことでよく解ります。余白残0。

  • >>No. 20867

    皆様こんばんは。
    高齢化社会とはお年寄りが多いってことだろう。私を含めてこの世代が人口の溜まり場みたいになって、ひしめき合っている。とは言っても人間がみな百歳まで生きるわけもない。団塊の世代が上がってしまえば、高齢化社会も解消されるだろう。しかし当面は高齢化社会なので、その人口の分だけ亡くなる人も多いってわけ。人の死を客観的に見れば、特別の事じゃなく至極日常的な事である。

    暑い時期になるとお年寄りが亡くなる。これが親類縁者の死だと、日常的な事であると言って涼しい顔はしていられない。今日は家内の姉の主人が亡くなったので、通夜に行っていまして、帰りが遅くなってしまいました。高齢化社会だと葬儀屋やセレモニーホールの景気がいいだろうと思うのだが、時代と共に葬祭の形も変わってきました。「男はつらいよシリーズ」に出ていたタコ社長こと太宰久雄は、生前にこんなことを言っていました。「死者は生者を煩わせることなかれ」と。ここらを境にして、昔のような派手な葬祭をやる人は少なくなりました。今は身内だけのささやかな葬儀が主流になったようです。

    ankさん。
    東山:「ほんとうに志郎のような子でよかったのかねぇ・・」
    節子:「ええ、なにもかも忘れられますから・・」
    このセリフはなかなかい~いですねぇ~。特に原節子がいいですね。
    原節子と大阪志郎では、映画のキャリアが違うので、大阪志郎の方が若く見えますが、この2人は共に1920年生まれなので、再婚相手としてもいいわけですね。

    私が是枝監督の映画で「海街diary」が好きなのは、小津映画の場面がいっぱい出てくるからです。しかしそれは一度見ただけでは気が付かず、見過ごしてしまいます。私はどうしてもおかしな場面が気になって、二度目にシネコンで見た時、鰍沢温泉駅のホームで、三女の夏帆が「あ、来た」という短いセリフをしゃべった時、ハッと気が付きました。それでもう一度見直したら、納得のいかない場面がスッと理解出来るようになりました。

    同じ映画をシネコンで3度も見るのは限度で、DVDの発売を待っていち早く買いました。それで何度も繰り返し見ていますと、小津映画紛いの場面がゾロゾロ出て来て、面白いんですねぇ~、これが。特に花火見物の帰り道、風太とすずがベンチに腰掛けてしゃべっている。これが小津節の再現だと気が付くまで、随分時間がかかりましたね。余白残0。

  • >>No. 20865

    皆様こんばんは。
    今日の名古屋は33℃まで上がり、蒸し暑い1日でした。この部屋は今31℃になっています。私の部屋には窓がないんです。昔は2方に窓があったのですが、西日が入るのが嫌で窓を塞いでしまいました。それで堪らず昨日からエアコンを稼働しました。だだこのエアコンは、石原慎太郎が運輸大臣の頃に、新幹線の騒音対策の助成金で付けた物なので、いつまで持つのか不安です。とりあえず今年は持ちそうだと、毎年言っています。

    ankさん、東京物語で次男の嫁の原節子が、義理の両親を狭いアパートへ呼んで、どんぶりの出前を取ってご馳走する場面はいいですね。ここでは原節子は隣で酒を借りてきますね。ついでに徳利も借りてきて、燗を付けて笠智衆に呑ませる場面がとてもいいですね。あのような光景は今ではどこにも見られませんが、小津さんの映画では遺作となった「秋刀魚の味」にも似たような場面が、左田啓二と岡田茉莉子夫婦の住むアパートで出て来ますね。ここではたしかトマトかなんか借りていたと思います。

    親としては戦死した次男の嫁が、何時までも1人でいる事が心配なんですね。まあ、嫁が綺麗なので尚更でしょう。これが不細工な嫁だったら、それほどには心配しないのでしょうが。戦後はあのようなケースはどこにもありましたね。あのような場合、3男と結婚すると言うのが、一番ベターだと思います。私の周りにも戦後いくつかそんな例が見られました。が、この場合大阪志郎ではちょっと釣り合いませんね。それから東山千栄子が亡くなって、今度は原節子と笠智衆の間で同じことが話し合われますね。

    ここでの原節子の対応の仕方が、東山千栄子の時とちょっと違いますね。原節子はここで「あたくし狡いんです。お父様やお母様が思ってらっしゃるほど、そういつもいつも昌二さんの事ばかり思っているわけではありません。笠「ええんじゃよ忘れてくれて」。原「でもこの頃思い出さない日さえあるんです。忘れている日が多いんです。あたくしいつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。このまま1人でいたらどうなるんだろう。1日1日が何事もなく過ぎてゆくのがとても寂しいんです。どこか心の隅で何かを待っているんです。狡いんです」と、このような長いセリフをしゃべるんですね。

    ここでは貞淑な未亡人が姿を消して、女の性の哀しさが前面に出ていて、とても面白いですね。余白残0。

  • >>No. 20863

    皆様こんばんは。
    九州や関東方面は梅雨明けしたそうですが、中部地方はまだのようです。しかし今朝は真っ白い入道雲も見られましたので、この地方の梅雨明けも近いと思われます。

    ankさん、そうですね。サッカーや野球の代表チームを“サムライ・ジャパン”との呼び方はあまり感心しませんね。サムライという言葉を世界に知らしめたかったら、日本の剣道をフェンシングみたいに、もっと世界的に広めて、オリンピック種目にすればいいでしょう。丸いボールを追う選手がサムライとは違和感がある。

    「お茶漬けの味」は、倦怠期を迎えた中年の夫婦が、最後にお茶漬けを食べる話でした。「秋刀魚の味」は、サンマもサンマという言葉も出て来ませんが、「お茶漬けの味」はそのものズバリの映画でしたね。私が40を過ぎて小津映画が面白くなってから、この映画は映画館では上映していないようですので、ビデオでしか見ていません。小津監督は戦争中にこのストーリーを書いたようですが、夫を戦地に送る事になった妻が、オロオロする話でしたので、検閲に引っ掛かって企画は通らなかったとのこと。

    それを戦後になって、脚本を書き直したのが「お茶漬けの味」でした。有閑マダムの小暮実千代が、夫の佐分利信を田舎者扱いして遊び回るが、その夫が海外へ出張する事になり、妻は慌てるが夫は悠々として妻をいたわる。そして最後は2人でお茶漬けを食べると言うただそれだけの話。戦地に行く夫の話を、平時のサラリーマンに置き換えた事に無理があったのでしょうね。この映画は評判が悪かったようです。小津さんはこの翌年、後に世界の小津と言われた「東京物語」を撮り、前作の不評を見事に挽回しています。

    先日「椿三十郎」のラストの決闘場面を書いていて、どうもおかしい事に気が付きました。サムライにもぎっちょがいたのでしょうが、右腰に刀を差しているサウスポーは見たことがありませんね。三十郎も左利きではないんでしょうが、あの場面では相手至近距離なので、左手で抜いて左側へ払いますが、あの逆手握りでは力が入らないので、右手を刀に添えてその力で、半兵衛の腹を切るわけですね。しかしよく考えてみましょう。腰の刀を左手で抜けば、相手側は峰の方になり、切れ刃の部分が手前になる理屈。従って自分の右手を切ってしまうことになる。切れ刃を相手側へ向けるには、咄嗟に左手首を180度ねじる必要がある。余白残0。

  • >>No. 20861

    皆様こんばんは。
    今朝起きて新聞を見たら、第1面に「日本決勝Tへ進出」という見出しだった。サッカーの事は忘れていて勝ったかと思った。しかしよく見るとポーランドに1対0で負けていた。さらに記事を読むと、セネガルと1勝1敗で並んだが、警告などの数がゼネガルが多かったので、日本がフェアプレーポイントで上回ったとの事。何だかよく解らないが、日本が決勝トーナメントに進出した。

    夕刊が来たので1面を見たら、西野J「攻めるな」との見出し。記事を読んでみるとポーランド戦後半の15分で、西野監督は時間稼ぎを指示したとの事。勝っているチームの時間稼ぎは解るが、負けているチームの時間稼ぎなんて聞いた事がない。勝っているポーランドは、これ幸いと同調する。サッカーがスポーツであるならば、この作戦はどうかと思う。決勝T進出のための薄氷を踏む策であろうが、最小点差で負けているチームは、勝ちに行くのが当然だろう。この作戦には賛否両論があるだろうが、金を取って大勢の客を呼んでやるスポーツでは、観客を馬鹿にしているとしか思えない。

    ankさん、こんばんは。
    >それ以下の「まあだだよ」までの作品は、全て見ていません。<
    それは賢明だと思います。今の若い世代が「どですかでん」以降の作品を見て、「みんな黒澤明って凄いと言うが、この程度か」と思ってしまいますね。黒澤明は何でも凄いわけじゃなくて、全盛期の作品が凄いわけです。芸術家でも映画作家でもそうだと思いますが、年齢的にピークの時期があると思います。持っている才能が身体中から沸騰するような、研ぎ澄まされた感性が発揮出来るのは、人にもよるのでしょうが、30代から50代までぐらいじゃないでしょうかね。職人でもサラリーマンでも、60を過ぎると仕事の効率が落ちてきます。

    その点で小津安二郎監督は、60歳の還暦の誕生日に亡くなっていますので、映画作家として一番円熟期に亡くなりました。その遺作となった「秋刀魚の味」は、小津監督が59歳の作品で、戦後小津映画の集大成とも言える傑作でした。ハリウッドの名匠・巨匠と言われた人たちは、年齢的に限界を感じたら引退していましたが、最近のウッディ・アレン(82歳}やクリント・イーストウッド(88歳)などはよく頑張っています。新藤兼人監督は100歳まで映画を撮りましたが、山田洋次監督(87歳)にも頑張って欲しいものです。余白残0。

  • >>No. 20858

    皆様こんばんは。
    ankさん、いらっしゃいませ。この人の寄りつかないトピに、ようこそお出でくださいまして有り難うございます。ただの独り善がりとは言え、独りぼっちで続ける事は大変なんですね。私たちの世代で今の時代に、映画を見続けている人はほんの一握りだと思います。そんなトピは誰も来ないのが当たり前ですが、たまにどなたか来て下さると、読んでくれている人がいたのかとホッとします。どんなことでも結構ですので、書き込みの方をどうぞ宜しくお願いします。

    ankさんは、黒澤映画では「赤ひげ」が一番お好きですか。この映画は「天国と地獄」の後、1965年に公開された作品で、私も好きな映画の1本です。「椿三十郎」と同じ山本周五郎の原作を映画化したものでした。長崎で西洋医学を学び、幕府の御殿医として出世が望みの保本(加山雄三)が、小石川養生所の赤ひげ先生(三船敏郎)に預けられ、そこで人間の生きる事の厳しさを教えられ、若者が成長していく様を軸にして、短い幾つかのエピソードで成り立っていました。

    中でも一番のエピソードは、おとよ(二木てるみ)と長坊(頭師桂孝)の話に、娼家の女将きん(杉村春子)が絡むエピソードが秀逸でした。きんがおとよを取り返しに小石川養生所に乗り込んでくる。そこで大根を洗っていた数人のおばちゃんたちが、逃げるおとよをかばって、寄って集って大根で殴る場面。名優の杉村春子さんを、ダイコンで殴るなど以ての外!に違いない。これは黒澤監督独特のユーモアだが、これに応えた杉村さんの冷血鬼婆ぶりがまた素晴らしい出来でした。

    この「赤ひげ」は1965年の作品ですから、黒澤監督が55歳の時で、映画作家として一蕃油の乗りきっていた時期かと思います。それから5年後の1970年に、同じ山本周五郎原作の「どですかでん」を撮りました。これで分かるように黒澤監督は「赤ひげ」を境にして三船敏郎も出なくなり、黒澤色が薄れて作品的に落ちてきます。その後「デルス・ウザーラ」「「影武者」「乱」「夢」「八月の狂詩曲」「まあだだよ(1993年)」まで続きますが、もはや往年の黒澤映画の面影は見られませんでした。

    黒澤監督は83歳まで映画を撮っていましたが、山田洋次監督は86歳で新作「家族はつらいよⅢ/妻よ薔薇のように」を発表しましたが、作品的にそれほど落ちていないのは凄い事だと思います。今日はこれにて余白残0。

本文はここまでです このページの先頭へ