ここから本文です

投稿コメント一覧 (2372コメント)

  • >>No. 10392


    >何時まで経っても、自分が理解できないからといって、輪廻はこの世の事だときめつけ能書きを垂れるのは、
    >ショーシャンクさんが言われるようにカズマさんは始末が悪いね。♪

    貴方様は、あの世の輪廻をみてきたのですか?
    私にとって、あの世は、思議し難く、想像に域をでません。

    経験的に申しまて「十界互具」――私は日々六道輪廻している凡夫です。

    あの世に輪廻は、無知な凡夫には知ることができません。 
    私は、見てきたような嘘をつきたくありせんので、
    許して下さいね。

  • >>No. 59580

    >曽野綾子を印籠にして黙る相手ばかりと思わない方がいい。

    アレアレ、黙ってほしいなんて思っていませんよ。
    貴方の発言は子供のようでとても面白いです。

    私は、曽野綾子の著書に救われたという経験を述べただけです。

    曽野綾子も“只に人”ですよ。

    貴方も私も「ただの人」 !(^^)!

  • >>No. 59584

    >そうやって逃げるくらいなら、

    逃げてはいないでしょう。
    あなたのレスに、無知は無知に応じていますよ。

    >聖書と違うようだね、といったトンチンカンなレスをするな。

    貴方のレスが、途切れ途切れで、無知の私には聖書と離れて感じます。
    長文で、もう少しかみ砕いて説明してほしいのですが、
    無理でしょうね。

    残念です。

  • >>No. 59582

    >ふだんから私の投稿をろくに読んでいない証拠だね。

    何年も読まさせいただいていますが、さっぱりわかりません。
    ごめんなさいね !(^^)!

  • >>No. 59578

    >私が沈黙を守るなどと書いた覚えはない。

    そうした一方的はいけません。
    「見本を見せて下さい」
    というのが無知な私の意見です。

  • >>No. 59576


    >人間性に卑しさをなんとかしろ。女の腐ったようなせせこましい揚げ足とりしかできんのか?

    女性差別ではありませんかね、
    クワバラクワバラ ( ;∀;)

  • >>No. 59576

    >「超越」した次元から現実世界にはたらきかけたということだ。

    ハイハイ!
    天の世界から働きかけてくださっているのですね。

    そのようにちゃんと説明して下さいませ !(^^)!

  • >>No. 59574

    >とにかく、頑固で素直さがなさすぎる。

    頑固というよりも、無知ですから「分からないものは分からい」ですよ。

    >自分の固定観念の誤りを反省して正す謙虚さがほとんどない。

    無知な者に、説明できない貴方の能力を反省されたらいかがですか。
    無知な私は、キリスト教徒の人々から「善き生き方」を学んでいます。

    教会論はいいですから、「善き生き方」を説いてほしいものです。

    ではでは !(^^)!

  • >>No. 59573


    ●「沈黙を守る」というのなら守ってくださいね●

    >沈黙すべきだというわたしの意見を述べているだけだが。

    意見とは、貴方の意志でしょう。
    「沈黙を守る」必要はありません。

    沈黙を守ったら掲示板は成立しせん。

    貴方が「沈黙を守る」というのなら、貴方が守ってくださいね。 !(^^)!

  • >>No. 59569

    >やはりぜんぜんわかっていないね。理解できない世界には沈黙を守るべきだ。

    「黙っていろ」ということでしょう。
    こういうのを口封じというのです。
    日本語を理解しましょうね !(^^)!

  • >>No. 59566

    >キリスト教の神の捉え方の特徴は、「いかなる意味においても人間が拵えたものではない」性を
    >徹底的に追求したところ。文明、文化、風土、歴史、地域、国、社会、家族、そういったものから
    >超越しているのが神なんだということだ。

    ふ~ん。
    現実世界から超越しているんだ。
    現実世界と神を分断し、現実世界に「神のはたらき」はないわけだね。

    聖書と違うみたいだ。
    つまらないよ !(^^)!

  • >>No. 59564


    ●口封じはいけませんよ●

    >やはりぜんぜんわかっていないね。理解できない世界には沈黙を守るべきだ。

    表現の自由ですよ。
    貴殿のレスの所見です。
    それ以上でもそれ以下でもありません。

    口封じはファシストやカルトの始まりです。

    お気をつけあそばせ !(^^)!

  • >>No. 3834


    ●別教一乗――見道(頓悟)後の世界●

    華厳は「円教」を、天台宗の同教一乗に対して「別教一乗」が最終段階としますね。
    十宗判によれば、「円明具徳宗」で、

    謂く、別教一乗の主判具足無尽自在所顕法門の如き是れなり。

    同教一乗の一念不生から一転して、順逆自在の現実世界の無限の関係性を説くのが
    円教だといいます。時間的にも空間的に多彩な関係性という「事事無礙法界」です。

    ただしそこには修道論がありまして、頓悟という自己の見性(見道)を通過した後の話です。
    絶対否定を通した後の絶対肯定の世界。事事無礙法界に生かされている「真実の自己」を
    見性した後のお話です。

    「真実の自己」を求めない「菩提心なき者」の世界ではありません。

    空海も華厳そのもので、華厳に命を与えた人物ですが、即身成仏儀の「重々帝網を即身と名づく」
    と端的に述べています。また禅の臨済も華厳の影響を強く受けていますが、禅宗では、
    「大死一番・絶後に蘇る」と言い、蘇った世界が、「無一物無尽蔵、花有り、月有り、楼台有り」
    言います。

    否定の底を証するとともに、どこまで展開して行く現実世界に入って来る。というところに
    華厳仏教、しいては大乗仏教の大きな意味もがあります。

    菩提心を発し、真実の自己を検証すると、順逆自在となり、そこから仏道が始まるということです。

    “菩提心なき者”には決して分かることのない世界です。

    世界を変えたいなら、それ以前に自分を変えることでしょう。

  • >>No. 3834


    ●毘盧遮那仏は理想の人格(目指すべき自己)●

    『華厳経』には、無自性・空、唯心思想、如来蔵思想、菩提心、修道論、仏心論、
    大乗仏教思想のすべてがあるというではありませんか。
    そして、華厳経は、釈尊正覚後7日間の自らの“悟りの内容”で、毘盧遮那仏は、
    その「悟りに内容の人格化」で実体はありません。

    では、なぜ人格化するのでしょうか?
    それは、己自究明(自己変革)の指針で、理想的な人格だからです。
    毘盧遮那仏は、私たちが目指すべき理想の人格なのですよ。
    阿弥陀仏も、私たちが目指すべき理想の人格です。

    理想の人格の光に照らされて照るのでしょうね。

    華厳経は、菩薩道という聖道門で、“まどかななる悟りの世界に入る実証についての章”
    という「入法界品」の善財童子の旅という菩薩道こそが主題なのです。

    「華厳唯心偈」がありますが、私たちの心を毘盧遮那仏に向けて変容していくか、
    仏教の主題は、あくまで「自己の変容」です。
    赤ちゃんのように如来のお乳をしゃぶっている自己からの解脱、旅立ちです。

    最近になって、善財童子の旅という「入法界品」が胸に落ちてきましたので、これを機に
    まとめさせていただきました。唯識も華厳の三界唯一心造を正教量の所依としています
    ので「華厳唯心偈」を掲示させていただきます。

    心は工なる画師の如く
    種種の五陰を画き
    一切世界の中に
    法として造らざる無し
    心の如く衆生も然り
    仏の如く衆生も然り
    仏と仏と及び衆生とは
    是の三差別無し
    諸仏は悉く
    一切は心より転ずと 了知したまう
    若し能く是れ如く解らば
    彼の人はの仏を見たてまつらん
    心も亦是の身に非ずして
    一切の仏事を作し
    自在なること未だ曾て有らず。
    若し人もとめて
    三世一切の仏を 知らんと欲せば
    応当にかくの如く観ずべし
    心は諸々の如来を造ると。

  • >>No. 59547

    社会を宗教社会に変えたいさんねさん。
    社会を変える前に”自分を変える”というのが仏道ですし、真実でしょう。

    一人一人で大人(凡夫の菩薩)でなければ、どんな政治もうまく行かない。

    自分が変れば世界も変わるものです。

    そして、自分を変え続ければ、変わらない自己が現成するものですよ。
    「変容する自己」と「変容しない自己」の相補性(此縁性の縁起)。

    救世主願望はさておき、自己を変容しつづけてみませんかね。

  • >>No. 38697


    ●一発菩提心を百千万発するなり●

    『正法眼蔵』と出会い20年の旅で辿り着いたところが「発無上心」巻の次の一節。

    「一発菩提心を百千万発するなり、修証もかくのごとし」

    でした。
    道元も、菩提心と正覚、一と無量という、此縁性の縁起確定法を修した釈尊直結の仏弟子。
    『正法眼蔵』からも、その因果関係確定法の導きがありました。
    『正法眼蔵』の切磋琢磨に感謝しています。

    「かくのごときの発菩提心つもりて、仏祖現成するなり」

    それではごきげんよう !(^^)!

  • >>No. 3830


    ●正雑・定散・他力の中の自力の菩提心(横超の金剛心)●

    >真宗内部では「禁句」となっており、

    あれあれ、さんねさんの教団では禁句なのですか?
    これじゃ仏教が骨抜きにされるじゃありませんかね。
    そして、さんねさんも骨抜き為体……ですか。

    親鸞聖人は、聖僧明恵の「菩提心なき法然」批判を受けて『教行信証』に取り組んだはずです。
    そこでの論理は、仏教の根幹である「此縁性の縁起確定法」に照らされています。
    『教行信証』より、

    ………
    横超とは、正雑・定散・他力のなかの自力の菩提心なり。
    横超とは、これすなわち願力回向の信楽、これ願作仏心といふ。
    願作仏心すなわちこれ横の大菩提心なり。
    これ横超の金剛心と名づくなり。
    ……

    正と雑の此縁性。定と散の此縁性を示しつつ「他力の中に自力の菩提心」。
    他力と自力の此縁性ですね。

    縁性の「おかげさまの自己」という無我の仏教においては、菩提心も如来という
    「他力のおかげさま」――「他力の中の自力の菩提心」であるから真宗も仏教。

    親鸞は釈尊直結であり実に深いではありませんか。
    真実を求める心(菩提心)なくして仏教はありません。
    真実を求める心(菩提心)がなかったら、自分勝手なことしてしていればいいじゃ
    ありませんか。
    真実を求める心(菩提心)のないさんねさんに仏教は必要ありません。
    仏教からしたら“外道”です。

    「横超の金剛心」――ダイヤモンドのような他力によって光輝く心。
    帝釈天の宮殿の巨大なシャンデリアのような、事事無礙法界によって光輝く自己。
    無量無辺の無量寿の光によって、ダイヤモンドにように光輝く自己。

    仏の大慈悲こそが仏道の正因――すばらしいじゃありませんか。

    金剛の自己は、その光によって、娑婆世界の他者をも輝かすことができる。
    他力に輝かされた自己が他を輝かす。
    これぞ「自と他の此縁性」。
    親鸞は、釈尊の悟りに確信に迫ったのですね。

    他力に輝かされた金剛の自己は、菩提心と正覚(仏)の此縁性も心得ていて、
    永遠に仏を求めて生きることができるのでしょう。
    華厳経の「初発心時便成正覚」も、菩提心と正覚の此縁性でしょう。

    「永遠の菩薩道」―――あの世でも弥陀の説法の場に在る。
    その弥陀の説法の場こそが浄土なのでしょうね。

    華厳経も『華厳五教章』も、どこまでいっても〈菩薩道〉。
    大乗経典は、どこまでいっても〈菩薩道〉。

    それも「他力の中の自力」という如来の大慈悲にいただいた〈菩薩道〉。

    華厳経の善財童子が菩薩道の見本です。
    全知知識を尋ねる旅にひとつに親鸞聖人が在りました。

    大乗仏教は菩薩道につきます。
    それも、如来にいただき輝く、金剛の永遠の菩薩道です。

    その菩提心、菩薩道を否定するさんねさんは仏教からしたら外道です。
    外道の道もまたよろしいようで……真っ直ぐ進めばご臨終時には分かるでしょう。

    真実の確認は「此縁性」という因果関係確定法にありました。

  • >>No. 10383


    ●『ウパニシャッド』の五火二道説●

    タイヤ交換後の休憩に横から失礼します。

    >ヒンズー教の最も古い経典はヴェーダ聖典です。ヴェーダはいまから約三千年前には成立して
    >いた仏教より古い教えだが、そのヴェーダ聖典のどこを探しても、輪廻とかカルマ(業)
    >といった概念はないのよ。

    ありますよ。
    素朴な輪廻転生説はギリシャにもインドにもありましたが、論理的にまとめられているのは、
    『ウパニシャッド』の五火二道説。
    ネットから転載しておきます。

    ………

    五火二道説とは『ウパニシャッド』(BC.600年頃~)に説かれる輪廻思想である。
    五火とは、死者は火葬されたのち
    (1)月に行き
    (2)そこから雨となって再び地に落ち
    (3)植物に吸収されて穀物となり
    (4)それを食べた男の精子となり
    (5)女との性交により胎児となりこの世に再生する、
    という5段階で輪廻するという説である。
    二道とは、人間の死後の運命は2種類であるとする説である。

    (1) 祖先の道(祖道):死後は先祖の世界に行き、後に再び五火のサイクルで人間界に戻る

    (2) 神々の道(神道):死後は神々の世界に行き、人間界に戻ることはない

    …………

    貴方様の輪廻転生観はどんなものか知りませんが、
    仏教の六道輪廻は“この世の日々”のことでしょう。
    仏の世界から観れば、カズ魔は、日々六道輪廻している凡夫です。

    貴方様のお陰で、『ウパニシャッド』を深く知ることができました。
    ありがとうございます。

    月~雨~植物~精子~胎児
    広大な自然観を学び、自然を大切にしたいものですね。

  • >>No. 59527


    ●すべての人が放免され、かつ生命を与えられる●

    >なので、日本の縄文時代だろうが、歴史的に遡ったどの地域のどの時代に生きる古代人だろうが、
    >人間である限りは、神であり人間であるイエスの贖罪の効果を受けるのだね。

    「……ひとりの人の罪によってすべての人が放免され、かつ生命を与えられるのである」
    (ローマ人への手紙)

    イエス様!ありがとう!ありがとう! の贖罪論。

    イスラム教徒であれ、仏教徒であれ、無神論者であれ、誰であれ、すでに罪は赦されて
    いて、キリスト教を信じようが信じまいが「永遠の生命」を与えられているのですね。

    ファンダメンタルズみたいに、それは信じきれればどんなに幸福かわかりませんが、
    贖罪論を信じられない私のような罪深きものは、キリスト教徒になれそうもありません。
    ごめんなさいね。

    「イエス様!ありがとう!ありがとう!」の道もまたよろしいようで……。
    自分の信じる道を真っ直ぐお進み下さい。

  • >>No. 22335


    ●「あり、あり、あり」→「なし、なし、なし」→「あり、あり、あり」=自己浄化●

    「現状公案」なら、道元禅師の孫弟子である内山興正老師の『現成公案・魔訶般若波羅蜜
    を味わう』あたりをお勧めしますよ。

    有と無の「此縁性の縁起」です。だから仏法。
    「一切が有る」と思っている世界を、「一切が無し」と否定尽くしてゆくと、
    どうしても否定尽くせない自己が現成するのですよ。
    すると、今までとはちがった形の「無において一切が有る」という世界が現成する。

    『般若心経』と同じ、無所得の自己浄化。

    「あり、あり、あり」→「なし、なし、なし」→「あり、あり、あり」
    哲学者は絶対否定の絶対肯定などと言っています。

    否定の極が肯定の極――否定と肯定の此縁性の縁起。
    否定の極に肯定の極に蘇る――大死一番絶後に蘇る――死と生の此縁性の縁起。
    毎朝、『般若心経』で大死するもの善いものです。

    何はともあれ、『正法眼蔵』は、道元禅師の孫弟子に尋ねたほうがよろしいようです。

本文はここまでです このページの先頭へ