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投稿コメント一覧 (723コメント)

  • >>No. 2928

    『カント入門講義 - 超越論的観念論のロジック -』(冨田恭彦)

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    第2章 なぜ「物自体」vs 「表象」なのか

    ・私たちが今「感覚によって」知覚しているさまざまな「物」、それと、「物」が持っているさまざまな性質は、それが感覚によって知覚されているものである限り、カントに言わせれば「物自体」ではなくて、「物自体」が私たちに刺激を与えた「結果」なのです。(p.92)

    ・私たちが感覚によって知覚しているのは、みなその結果ばかりで、当の刺激を与えている物自体は、私たちの知覚の対象とはならないのです。(p.92)

    ・カントの場合、外には「物自体」があり、他方、それが私たちの感覚能力を触発して私たちに知覚させる色や形など-あるいはそういう性質を持つ「物」- は、すべて「心の中」にあるというわけです。そして、そういう、「心の中」にあって意識の対象となるものを、カントは「表象」と呼ぶことにします。(p.94)

  • >>No. 2886

    『カント入門講義 - 超越論的観念論のロジック -』

    冨田恭彦

    ちくま学芸文庫,2017

    http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480097880/

    >我々が生きている世界は、心の中の世界=表象にすぎない。その一方で、しかし同時に「物自体」はある、とも言うカントの超越論的観念論。そのカラクリとして、基本的なものの見方・考え方の枠組みが人間の心にはあらかじめセットされているとカントは強調した

  • >>No. 2144

    『君死にたまふことなかれ』

    与謝野晶子

    http://www.geocities.jp/the_longest_letter1920/kimi_shinitamou_koto_nakare.html

    あゝおとうとよ、君を泣く
    君死にたまふことなかれ
    末に生まれし君なれば
    親のなさけはまさりしも
    親は刃をにぎらせて
    人を殺せとをしへしや
    人を殺して死ねよとて
    二十四までをそだてしや





    -------------------------------------------
    いずれ、親が刃をにぎらせて人(敵)を殺せと子に教える時代、人(敵)を殺して死ねよと送り出す時代がくるのでしょうかねえ。

  • >>No. 2921

    『イタリア・ファシズムの芸術政治』

    鯖江秀樹

    水声社, 2011

    http://www.suiseisha.net/blog/?p=1830

  • 2017/09/23 12:57

    >>No. 2923

    " Realism with a Human Face "

    Hilary Putnam,1990

    http:
    //spiritual-minds.com/philosophy/assorted/Logic,%20Philosophy%20-%20Putnam%20-%20Realism%20with%20a%20human%20face.pdf

    これは翻訳されないのかな。

  • >>No. 2281

    『内部実在論と認識における価値』

    伊勢田哲治

    『実践哲学研究』,1993

    https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/59172

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    伊勢田が『プラグマティズム入門』(ちくま新書,2016)を書いた伊藤邦武におくった質問状というのがあった。

    ://blog.livedoor.jp/iseda503/

  • >>No. 2915

    『ハイデッガ―の建築論 - 建てる・住まう・考える -』

    中村貴志 訳・編

    中央公論美術出版,H20年

    http://www.chukobi.co.jp/products/detail.php?product_id=495

  • >>No. 2907

    『レーニ・リーフェンシュタール - 美の誘惑者 -』

    ライナー・ローター

    瀬川裕司 訳

    青土社,2002

    http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=1144

    >『意志の勝利』と『民族の祭典』の圧倒的映像美で全世界を驚嘆させた監督リーフェンシュタール。その数奇な生涯とナチズム賛美者という「リーフェンシュタール問題」を基軸に、美と権力、戦争責任、映像文法、フェミニズムなど、その芸術の魔力を徹底分析。

  • >>No. 2898

    『徹底検証 日本の右傾化』(塚田穂高 編著)
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    塚田らの言う「右(傾化)」とはどういうことか?  私には正直よく分からない。
    ただ彼らが言う「右(傾化)」が、どのような社会現象を通して書かれているのか、それは以下のような内容をみれば分かるような気がする。(第Ⅳ部~は省略) 

    しかし繰り返すが、この手の主義主張は、多かれ少なかれ私の身近に存在し続けていたし、受け継がれてきたんじゃないかというのが私の感想であるし、ウヨク、ミギといえば、復古調の街宣ウヨクを指していた。私の身近なヘイトスピーカー(笑)たちも騒々しい街宣ウヨクには眉をしかめていたものである。

    身近でローカルなヘイトスピーカーから復古調の街宣ウヨクにいたるまで全て包括してしまう概念が、塚田らの考える「右」の意味なのだろうか。まだよく分からない。

    >第Ⅰ部 壊れる社会―新自由主義、レイシズム、ヘイトスピーチ
     第1章 罪深く恥ずかしい「サロゲート」に沈み込む前に
     第2章 在日コリアンへのレイシズムとインターネット
     第3章 ヘイトスピーチ、極右政治家、日本会議 -特報部の現場から

    >第Ⅱ部 政治と市民―右傾化はどこで起こっているのか
     第4章 排外主義とヘイトスピーチ
     第5章 自民党の右傾化 - その原因を分析する
     第6章 有権者の「右傾化」を検証する

    >第Ⅲ部 国家と教育―強まる統制、侵蝕される個人
     第7章 <震災後>の日本におけるネオナショナリズム
     第8章 教育基本法「改定」しその後
     第9章 国に都合のいい子、親、教師をつくる教育政策

  • >>No. 2916

    『ハイデガーとナチス』

    ジェフ・コリンズ

    大田原眞澄 訳
    細見和之 解説

    岩波書店,2004

    https://www.iwanami.co.jp/book/?book_no=257669

  • >>No. 2915

    『オイゲン・ヘリゲル著「国家社会主義と哲学」「サムライのエトス」全訳と解題』

    Herrigel Eugen

    秋沢 美枝子・山田 奨治  訳

    国際日本文化研究センター,2006

    http://ci.nii.ac.jp/naid/120005681565

    >ドイツ人哲学者オイゲン・ヘリゲル(一八八四~一九五五)がナチ時代に書いた、「国家社会主義と哲学」(一九三五)、「サムライのエトス」(一九四四)の全訳と改題である。「国家社会主義と哲学」は、ヒトラーの第三帝国下で、哲学がいかなる任務を担いうるかを論じた講演録である。ヘリゲルは、精神生活の前提条件に「血統」と「人種」を置き、新しい反実証主義の哲学者としてニーチェ(一八四四~一九〇〇)を称揚した。ニーチェの著作には「主人の精神と奴隷の精神」があるといい、その支配―被支配の関係をドイツ人とユダヤ人に移し、差別を正当化しようとした。

  • >>No. 2898

    『徹底検証 日本の右傾化』(塚田穂高)
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    >日本の右傾化が進んでいると言われて久しい。実際、ヘイトスピーチや改憲潮流、日本会議など、それを示す事例には事欠かない。ならば日本社会は、全般的に右傾化が進んでいるのか

    「右傾化」とはどういうことか?  私には正直よく分からない。ヘイトスピーチ、レイシズム、日×会議… これらは数年前から最近にいたるまで、よくみかけるコトバである。だが、この手の主義主張は、多かれ少なかれ私の身近に存在し続けてきたし、受け継がれてきたんじゃないかというのが私の感想である。

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    現代思想2017年8月号 特集=「コミュ障」の時代 (青土社)
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    >千葉 … かつてインターネットはコスモポリタンな関係を実現するという夢が語られましたが、それどころかもっとムラ的ななものが強まるかたちとなり、過剰に空気を読み合う状況を生み出し、そのなかでいかにコミュニケーション付加価値みたいなものをアピールできるかの競争、コミュニケーション資本主義の競争が強まっていき、そこにうまく乗れないケースが「障害」として発見されていく。(討議「コミュニケーションにおける闇と超越」國分功一郎×千葉雅也, p.55)

  • >>No. 2915

    『形而上学入門 付・シュピーゲル対談』

    マルティン・ハイデッガー

    川原栄峰 訳

    平凡社ライブラリー,1994

    http://www.heibonsha.co.jp/book/b160261.html

  • >>No. 2911

    『ハイデガーの根源的倫理学 -人聞の本質としてのエートス -』

    池辺 寧

    奈良県立医科大学医学部看護学科紀要, 2012

    http://ginmu.naramed-u.ac.jp/dspace/handle/10564/2246

    >ハイデガーは倫理学を主題にした論述に取り組むことはなかったが、人間の本質と存在との関係、を考えるなかで倫理学に一貫して関心を抱いている。本稿の目的はこのことを示すことにある。本稿ではまず、ハイデガーが人間の本質として、エートスを挙げていることに着目した。彼はエートスの根源的な語義を住むことと捉え、人聞を住むこととしてのエートスによって規定された存在とみなした。次に取り上げたのは脱-存である。ハイデガーは人間の本質として、存在へと脱-存しつつ存在の真理を見護ることも挙げ、人聞を「存在の牧人」「存在の隣人」 とみなした。この点においても彼の問題意識は、人間はいかに住んでいるのか、つまり、エートスの問題にあるといえる。最後に、存在の真理を問うことはエートス、すなわち、倫理学が生まれてくる根源を問うことでもあること、それゆえハイデガーは存在の真理を思索することを「根源的倫理学」と名づけたことを論じた。

  • >>No. 2898

    『なぜ、世界は”右傾化”するのか?』

    池上 彰・増田ユリヤ

    ポプラ社

    https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8201119.html

    >イギリスのEU離脱やトランプ政権の混乱が続く中、仏大統領選挙では極右政党の代表が選ばれなかった。
    世界に「昔はよかった」という流れが生まれている一方で、くい止めようとする力も働いている。
    「右傾化」をキーワードに世界を読み解く。

    日経ビジネスオンラインとやらでこんな記事をみつけた。

    http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/221631/062000006/

    >池上:いま、世界で起きていることは、「右傾化」ではありません。なので、タイトルに「右傾化」と入れることについては、「違うんじゃないですか」と申し上げました。で、最終的に、「右傾化」という言葉を「“”」でくくる、ということです。

    >増田:パリ14区のカフェで開かれた集会ですね。私は最初、彼女たちがEUからの離脱に反対するのは経済的な不安があるからだろうと思っていたのですが、彼女たちの口から次々に聞かれたのは「戦争のこと」でした。彼女たちいわく、「私たちの代も、私たちの親の代も戦争をしていないのに、子どもや孫の代で戦争が起こったら困る。だからEUには加盟し続けたい。それをはっきり主張しているのは、大統領候補の中でマクロンさんだけだから、彼を支持する」と。

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  • >>No. 2889

    『ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ  -プラグマティズムの水脈 -』

    ラッセル・グッドマン

    嘉指信雄・岡本由起子・大厩 諒 ・乘立雄輝  訳

    岩波書店

    https://www.iwanami.co.jp/book/b308214.html

    >レイ・モンクの『ウィトゲンシュタイン―天才の責務』には,『宗教的経験の諸相』を読み,「病める魂」として深く共感した若き日のウィトゲンシュタインが,ジェイムズのことを「良い哲学者」として敬愛していたことが言及されている.しかし,本書を読み通す時,ほとんどの読者は,ウィトゲンシュタインがジェイムズの著作,とくに『心理学原理』を二十年にわたって読み続けたこと,そして,後期ウィトゲンシュタイン哲学の思想は,「抗いつつも続けられた,ジェイムズとの対話を通じて形成されたことを知り,強い驚きの念に打たれるのではなかろうか.『哲学探究』にたびたび登場する,目に見えない対話者は,ジェイムズだったのである.

  • >>No. 2911

    『戦争倫理学における功利主義的思考  -現代功利主義からの議論の検討 -』

    伊勢田哲治

    『応用倫理学研究』3, 2006

    http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/handle/2237/6839

  • >>No. 2898

    『「ヒトラー、動機正しくても駄目」=麻生氏が再び問題発言』
    時事通信社

    https://www.jiji.com/jc/article?k=2017082901193&g=pol

    >麻生太郎副総理兼財務相は29日、自らが率いる自民党麻生派の研修会で行った講演で、「(政治は)結果が大事だ。何百万人殺したヒトラーは、やっぱりいくら動機が正しくても駄目だ」と述べた。ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺の「動機は正しい」と擁護したとも受け取れる
    >麻生氏の発言は、所属議員に政治家の心構えを説く中で出た。
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    要するに、我が国の副総理をやってるこの人物は、ヒトラーの反ユダヤ主義はその政治的な動機としては正しくても結果としてナチズムに気触れた人々は実際にユダヤ人を何百万人も殺したので駄目だ、と仲間内でこう言いたかったのかな?

    ところで、織田信長は延暦寺を焼き討ちしたと言われているが、後世の私たちは彼の動機を彼の立場から評価することはできるだろうが、「焼き討ち」行為についてはさすがに全面的に正しいとは評価できないだろう。で、ネットを眺めててフーンと思ったのは、延暦寺を発掘調査したら人骨が全く出なかったらしい、信長は彼が悪党であれば得をする者によって悪党に仕立てられたんじゃないか、みたいな推理。

    ある行為の動機の正しいとされることの是非と、その行為の導いた悪しき結果の関係。
    そうした結果を事実か否か検証し修正することによって、その動機の正しさは救われるのか?

  • >>No. 2906

    『ダダ・シュルレアリスムの時代』(塚原 史)

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    … とはいえ、シュルレアリスムとファシズムを同じ座標系に置いてみると、時間的・空間的共通項だけではなく、もう一つの共通項をわれわれは発見する。それは「言語システム」という共通項である。(p.255,「シュルレアリスムと全体主義的言語」)

  • >>No. 2904

    『ダダ・シュルレアリスムの時代』

    塚原 史

    ちくま学芸文庫,2003

    http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480087850/

    *************************
    >人間存在の意味とその営為を根本的に変化させてしまった二十世紀。その時代とともにあったダダ、シュルレアリスム運動は、既成の芸術運動をはるかにこえ、時代の“意識”を最前線にたって変革していく思想運動だった。

    【目次】
    文庫版への序文
    プレイバック・ダダ―序にかえて
    1 トリスタン・ツァラをめぐって
    ・チューリッヒからパリへ
    ・言語破壊装置としてのダダ
    ・スペクタクルとしてのダダ
    ・拒否と持続の言語
    ・ツァラを葬った日
    ・ツァラとシュルレアリスム
    2 シュルレアリスムのほうへ
    ・アンドレ・ブルトンとエクリチュール・オートマティック
    ・シュルレアリスムの政治的体験
    ・シュルレアリスムと全体主義的言語
    ・ジョルジュ・バタイユの眼球
    ・レーモン・ルーセルの世界
    意味の外へ―ひとつの透視図として

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