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投稿コメント一覧 (983コメント)

  • >>No. 12185

    私は処分品を買うのは、廃棄されるのがもったいないからと、その日に使うならお得だからです。時々夜半額時間に行く時があるが、お惣菜コーナーにはすごい人の数ですね。

    今の所得では、夜の総菜半額がせいぜいの贅沢なんでしょう。
    スーパーも儲かってない。今日は処分品は買いませんでした。その代わり食べるのを減らす、と。
    実感として全体に経済が停滞してます。イカの原価がいくらかわかりませんが、スーパーでは綱渡りの価格ということが分かります。20万で2万が消費税か。二万をどこかで減らさないと。

    ルフナ

  • >>No. 12183

    おはようございます。ガソリンは134円、大根は100円くらいかな。
    昨日、早速食べ物がなく、近くのスーパーに行きました、夫を連れて。
    麦茶が600ミリ1箱を担いでもらうため。焼きそば用の野菜袋詰め45円4袋と(処分品フライパンにいっぱいになります、量はソバより多い)焼きそば、豚肉買って、夜はそれで。レタス百円で買っていたので、ゆでむきエビを添えてサラダに。夫は糖尿なので、ご飯はあまり炊くなと。私ご飯に海苔が大好きだけど、三日に一回くらい炊いています。今朝は夕餉の残りと、紅茶と牛乳、果物(いちご、きうい)ヨーグルト。です。

    ルフナ

  • >>No. 12182

    金持ちは罰金払ったら一人っ子政策でも何人でも生めたとか。
    田舎奥地は少数民族が多くて、教育を受けてない親、その子には学校もないので、いつまでたっても格差が縮まらない。
    売り子さんたちも、日本語必死で学び、例えばお茶の店では、お茶が売ってるものと考えていたが、連れていかれたところは、茶葉以外の漢方の生薬が入っていて、とても貴重な茶葉だと、説明するので、生薬とは具体的にどういう薬だと聞くと、生薬としか答えられない。薬なら薬剤師だろう、とこちらは思うわけです。宝石ならその石の持ち味、ランク、など質問しても答えられない。「これ安い、いいもの」「絶対得する」
    日本の男性でもこんなへたな口説きは女性にしないだろう(失礼( *´艸`))、というような、モノの本質を説明できる売り子がいない。自分が売ってるものは何なのかわかっていない。情報統制はダメです。

    私は若いころ、本質的な部分を説明できる男性に惚れました。

    なんてたって、日本は明治以降教育勅語であれ最低の教育は受けられた。

    夜のクルーズに川から見えるように少数民族の子どもが躍っている。鵜飼が出てきたり、きんきらきんの塔をライトで照らしだしたり、あらゆる工夫をしているが、例えば少数民族の歴史を伝えるテーマがあったり、桂林の歴史を少し工夫して見せたりと、なんかあるだろうと腹が立った。ディズニー風か日本舞踊なのか、あ、ロックをやってるとか。なんでもいいから見世物を、です。

    自由経済だけでは行き詰まるなー。
    世界遺産で何もできないのがよかったか景色は満点でした。世界遺産がどういうことか分かっていない。結構つらい旅でした。

    ドラムから、いろんな分野の音楽を学び、巣立っていけたらいいですね。

    ルフナ

  • >>No. 12179

    旅行中、臨時ニュースで、次々と亡くなる有名人さんのニュースを、ホテルのWi-Fiで受け取ったが、詳しく見ようとするとブロックされる。中国日本の動き、朝鮮半島のことなど全く情報を得られなかった。
    ま、観光だけに集中できたが、こんな情報遮断の旅行初めてだった。特に中国のことを知ろうとするとブロック。いやいや。

    ルフナ

  • >>No. 12178

    4日間のうち、2日は移動、2日間だけ桂林旅行をしました。
    なんでも黒ウーロン茶の背景写真が漓江下りの風景の1つだとか。

    田中角栄さんの中国との雪解け以来、多くの日本語ガイドさんがいましたが、ガイドで日本語をとる若者は少なくなったとか。
    同時に30年前の中国を知る人々も人口の中で少なくなっているように思いました。
    中国人の日本国での電化製品の爆買いの裏で、中国の文化遺産ともいえる、磁器陶器が激変したのではと。博物館級のジェダイドの彫り物などが、展示されていたので見入っていたが、売り物ですと。また、偽物を本物と眺めていたのかと、瞬間考えた。がどう見ても細かい細工がすごいなと眺め入った。

    「これらは中国の金持ちが手放したもので、買っていただくと少数民族の教育や生活向上に使われます」
    それに反応した夫、石細工の置物を二個買った。貴石については多少読み漁ったので、夫がいきなり買うから値段相応を判断しろ。と。相当額割り引いたが、買った後でまだ夫が文句を言う。高く買ったのではと。いいじゃない寄付なんでしょ?と言いたかったが、またかみついてくるので、知らぬ顔。

    参加者に80歳を超えた夫妻が一組。健脚で、早い。漓江クルーズは4時間近く。二時間半は炎天下で風景を楽しむ。午後は街の散策。夜のクルーズと元気そうで、私はへとへと。翌日もハイキングと、買い物。夜はショー鑑賞。私はやめた。
    翌朝、6時出発。珍しく待ち合わせに遅れた夫妻。空港ラウンジで隣に来たので、挨拶すると奥様が「主人が嘔吐して、食欲がない」とコーヒーをご主人に差し出した。山登りも汗もかかず、水飲む姿もなく、という印象。また嘔吐?らしくトイレに奥さんと。24度から35度の気温。冷房の効いた車にホテル。熱中症では?と奥さんに言うと。「今までこんなことなかったのに」と。
    帰国して体調の悪い人として施設で見てもらったら、熱中症だった。年取ると気温の変化に体が対応してなくて突然体調を崩す。
    私みたいにしんどいしんどいというのもどうかと思うが、元気すぎる高齢者は気を付けないと。また一つ学んだ。

    ルフナ

  • >>No. 12174

    まさしく僕らの明日は老々介護が当たり前です。社会は助けてくれません。
    夫は仕事ができるからまだ生きていける。
    しかし迷惑をかけてるかも。耳がひどく聞こえないようになっている。
    ラインという文字文化ができて助かっている。話し合えないのは耳が不自由だから。目はまだ眼鏡で見えるが。

    お互い大変です。大変だけど命があるなら生きようよ、生きてみようよ。孫や娘の成長、息子は成長するや?

    もしもがあるので、娘一家が3泊4日いた後を片しまして、十畳が十五畳に見えるようになりました。疲れ果てた。それが生きてる証拠。

    奥様はしっかり生活をしています。頑張らず長生きしますよ、支えあいながらお互い生き抜きましょう。

    ルフナ

  • >>No. 12172

    まじめでやさしくない男。

    旅行料金は私の分は自分のクレジットで払えば保険が有効になるからと、何度も言ったが、🙅
    早朝だから出発に4,5日前から最寄りの駅までタクシーを予約するのに帰宅したら電話かけまくっている夫。昨日、「私がかけようか?」というと「お前がやっても同じやろ!こんだけかけても予約お断り。近くて、儲からないからみんな断ってる。おまえがやってどうなる!」
    今朝になって、「お前も電話してみろ!」
    二回目で予約できました。今度はバスの予約。早めにしてもいいものを。
    会社からかけても話し中ばかりや、おもえがかけろ。

    私は調べたいことがあり、それと手間暇かかる夫の稚拙なやり方に、私が解決すべく時間を費やし、ひるになりました。

    時間の無駄がたくさんいる夫婦の関係です。

    あなたのあほは40数年付き合ってるから、私がやりましょうか、といえば、やってくれるかくらい言えないかな。

    むなしいな、少女が無残に天国に。

    ルフナ

  • >>No. 12169

    小学生低学年のころ、二十歳前後の男性に、「ちょっと」と声を掛けられいきなり脇抱えされ連れ去られる寸前、人が通りかけて、手放されたことがあります。

    かわいいのでしょうね、そのころ。ばあさんになり、孫を見ててかわいいもの。文句なしに。理由なく。

    重要参考人が任意で話を聞かれてるとか。

    もしも容疑者が逮捕されたら、理由を聞かせてほしい。かわいい花は咲かせてあげるのが、当たり前でしょう。

    痛ましくて。

    そういえば幼稚園児の息子が5分の間にいなくなり、5時間探し、友達の家に行っていたことが分かり、ほっとしたではなく、寝込みました。男の子は群れるけど、女の子は独り歩きで帰宅することが多々ありました。

    ルフナ

  • >>No. 12168

    >船頭ばっかりで

    小舟、すぐひっくり返りますね。

    しかし、議員さん「女性は子供3人産まないと、よそ様の税金で老後を云々」とか。

    まず労働、所得、恋愛、好きなもの同士の出会い、時間をかけて家族をと。それでもっと彼氏の子がほしい、となれば、の話でねーの。

    若者がカップルになってもよい土台作りなしで、「生む機械」でも産めないわよ。

    ルフナ

  • >>No. 12166

    野党情けないです。遊び感覚で手つなぎしたり、切ったり。
    いい加減にしてほしいです。

    小学生が殺されたのが、痛い近頃です。孫の笑顔を思い出すと痛いです、心が。
    孫は専用のバス。帰りは子どもクラブに行ってるそうでお迎えに行くそうで。安心はしています。

    ルフナ

  • >>No. 12164

    40数年連れ添ったから、生活できない夫に(成長しない夫に)あきれ果ててます。

    一昨日、昨日が雨ということで、一日中、布団カバー、毛布、カーペット、12,3枚洗い干しました。二階までの上り下り、何回しただろう。ベランダではおひさまにあたってたが、強風に吹き飛ばされないよう(干しもの)頑丈に固定し、の繰り返しで、日が暮れて散歩を少しと歩いていたが、心臓が止まりそうな感覚で、20分ほどで帰宅したが、息苦しくて、そのまま寝転んで朝まで。調子は悪いが、夫を車で駅送り。帰宅して寝ました。

    三泊四日の朝夕のご飯の支度。娘は遊び疲れたふりで。夜遅くまで歓談。朝はご飯の用意ができるころに起きて。夫はいつものように生活。いいですね。

    関西でやっている「上沼高田のクギヅケ」で男性、夫の成長しない様を揶揄してました。Youtubeを使いそんなものを見て留飲を下げてます。

    ルフナ

  • >>No. 12162

    昨夜、次女一家は帰っていきました。3歳になる孫は起きている間は止まっていない、動きっぱなし。最後に温泉風呂に一緒に行ってほしいとしつこく言うので、「神経がいかれているので、すぐ出るかも」「それでもいいから」

    温泉に行った結果は、娘がゆっくり入りたいので、2人の孫を風呂で追いかけて、のぼせて、くたくた。上の孫は言えばわかる子だけど、下は好奇心が強く、お話が好きで、瞬間、瞬間を大切にと必死で追いかけて・・・
    分かってはいましたが、ほっとした娘の顔を見ると、まあいいか。
    「疲れを知らない子どものように…」の通りで。
    1時間半、ふろの中で過ごし、大きな休憩室兼レストランで、1時間。で、帰ってくれました。( *´艸`)

    夏に来るというので、私はホテルとっておくからととりました。
    娘にとって母親というのは今どき重宝しますね。

    夫、ホテルとったからと言ったら、言葉に詰まって、黙りました。
    娘夫婦に相当言われたようですが。夫、すぐ忘れます。誰かさんみたく。

    ただ孫には会いたいですね。

    そういえばしょうぶ湯の一角があり、3歳の孫が、「しょうぶ、しょうぶ」といって、ママに教えに行く。
    休憩室に孫のパパが待っていて、「風呂にネギが入ってたね」ん~~~
    数学の先生だが・・・・

    ルフナ

  • >>No. 12161

    >>夜は家で食事。

    「酒の肴買っとけ」
    というから、子どもの日(子供用の寿司)のお惣菜とおつまみになるようなもの買って、夕方、出していたら
    「誰が食べるといった、こんなもの買いやがって、明日食べてやる片づけろ!」今からレストランにいくんや、と。

    次女の旦那が目の当たりにして、どうしていいかわからない様子。冷蔵庫にしまって、私は疲れがひどいから、早々に寝ました。

    気を使って孫と娘が、
    「お寿司美味しかった」と言いに来る始末。
    今朝、「昨日は悪かった、俺が用意しろといったのに。悪かった」

    次女に言われたのでしょう、これ常習犯ですわ。人前でこういう辱めを何十回夫から受けたか。
    海外旅行でも結末はこうです。山口達也さんではないが、酔うともっとひどいことを言います。子どもたちが来ると「ヒーロー」に成り上がり、天まで舞い上がって、私を見下すようなことばかり口からドロドロ出る。これ生まれ在所の染色体に染みついてる。治らない。
    私の母、姉、兄がいたから、無事私は子育てできました。

    はてさて。

    ルフナ

  • >>No. 12159

    今日は朝一でスーパーに。途中、昼はどうするか家に電話。子どもの広場的なところに「じーじ」連れて行くと。どうぞ、どうぞ。
    出かけるとき、娘が忘れ物をしたと、舞い戻り。
    「そういうのおっちょこちょい、というのだよ、と娘(孫)言われた」と。
    忘れ物は財布と紙パンツ。そういえば去年も、スーパーに行き、子供用のカートに2人乗せて、袋をひっかけて、そのまま忘れて、帰宅。すぐ気が付きスーパーに電話。「紙パンツの下に7万入りの財布があり、預かってます」

    車で二往復。娘は緩んでます。私はその間、緊張です。孫二人の命預かってます。二週間お通じがへんてこりんに。
    今回は5日間。同居の向こうのご両親に休憩をという意味でうちがその負担をです。

    夜は家で食事。

    しばし休憩。

    ルフナ

  • >>No. 12158

    私より巨体の友人が杖をついて歩けるのに、杖を使おうとしない。体重が足から半減し楽なのに。私は杖を階段で使います。
    体重減らそうと、ジムに通いプールで歩こうと誘いますが、近くのプールにはいかない。この前、上野、千鳥ヶ淵、歩いてきましたが、杖ついてるのが当たり前の風景で、車いすも当たり前。年老いた顔を写されるのは嫌だと拒否していた姉が、写真を趣味にしている私に向かって写すようにポーズをとるように。高齢化社会それぞれに不自由な姿態を晒して、それぞれの自由を満喫してます。生きてるんだからもったいないですね。旦那様をこき使って、四季折々様々、楽しむようにお勧めします。皆さん、自分より不自由だと見るや、年上の方が私に席を譲ってくれます。それが当たり前になっていくことに参加されてはいかがかと。恥ずかしいなんて、捨ててしまった私も私ですが。

    ルフナ

  • >>No. 12156

    次女一家がやってきました。やりたい放題。朝、果物、軒並み食い尽くし。三日分買ってたつもりだけど。
    家事をしなくていい解放感、いいのでしょうね。

    次女一家が東京に出たので休んでます。昼食べたらすぐ帰ると。は~

    ルフナ

  • >>No. 12152

    >スケートの「羽生選手」

    ごめん。平昌でフィギュア2位になった日本選手を「わんこ」だとかいってました。傲慢なパワハラ的発言だなと思いました。あれで嫌いになりました。神童ですか、努力と才能は認めます、それだけ。いろいろ賞をもらって、軽はずみなことは言えない存在になりましたね。それはよかったです。人々が喜ぶだの、みんなのためにだの、形容詞がごたごた並んだ発言はうんざりしてます。

    大谷選手は、サイン入りのTシャツあります。
    ひたむき、いいですね。
    あとは論外。

    ルフナ

  • >>No. 12151

    お嬢さんと話し合える関係はいいですね。
    うちは話し合えない関係。

    娘のボランティア活動で巡り合った、筋ジスの娘さんは、お母さんはなくなって、お父さんがゴミの回収の仕事がいいとそのころ66歳だったか、娘さんより先に行ってしまったらと、貯蓄を毎月相当額していたと。ボランティアて交通費くらい出るそうですが、娘は全部自前だったそうです。筋ジスのお嬢さんTDLが好きで月に3,4回行っていたそうで。ほかのボランティアに頼むと経費がかかると娘は1人で首から下はほとんど動かない人を乗せ100キロは超す車いすをひいて自前で交通費、入場料、食費を出していたそうで。お人好しの娘はそのために正月もバイトをして、あちこちの塾の講師をしてたら、後に単位が足りなくて、教員免許中学、高校しか取れなかったとか。
    お人好しは人間関係がかえってこじれるという経験をして、できないことはしないと、学んだそうです。私は全く知りませんでした。

    まだ家族としていてくれるお嬢さんならば、あと3年くらいしたら年金も少し出るのでは?話し合いができるならば、自分たちで解決できる道が開けるのではないですか。

    ルフナ

  • >>No. 12149

    野坂昭如さんもよく住井先生のお宅を訪れていました。

    火垂るの墓を三日くらいで書き上げた、その話を住井さんの学習会でお話しされていました。
    戦後間もないころ、孤児院に入って、栄養失調児がたくさんいましたが、後ろ姿でお尻の穴が見え出すと、三日後にはたいてい死んだとか。
    戦中、妹に食料を(強姦以外なんでもしたとのこと)ゲットして、妹にかみ砕いて口移しでやろうとすると、あまりの自分の空腹に負けて本能が飲み込んでしまう。そうして死んだ妹。
    地獄から這い上がらなければ、「火垂るの墓」はない。アウフヘーベンとは地獄からの贈り物です。と思いました。

    住井さんとの様々なお話の中で、父親がいない、母親にも縁が薄いなんて甘ったれるな、という結論を30歳で自分のものにできました。
    「橋のない川」全巻読んで、たくさん質問しました。
    その一つは「物語の一家だんらんの食事風景におかゆが出てきますが・・・ほんとに・・・」
    言い終わらないうちに、
    「本当のことは書けません。だから物語です。フィクション。未開放部落におかゆを食べられる人々はいなかった」

    飢饉で世界中の子供たちが苦しんでいる、その状況は戦後を野坂さんが描き、差別される人々はお粥さえ手に入らなかったことを知ると、自分の悩みがばからしくなる。

    世の中、生き地獄。みんな修羅場の上で生きていることを、教えていただきました。

    人の苦しみを理解ではなく共感まで押し上げることは、どうしても自分というエゴに惑わされ行き着きません。
    姉は、今78歳で、施設に入った夫の縁戚の二人の婦人を毎週見舞っています。癌病棟の手術室の看護婦だった経験を生かして。
    看護の職業で、400人を清めて送ったそうです。
    20,30代では仕事がきつい日は、風呂に入れない患者さんをきれいに拭いてあげることができなくて機械的にしたことをずいぶん後悔したそうです。今だったら、かゆいところに手が届くほど丁寧にしてあげられる。
    生きてる限りできなかったこと、今できること、無限にあると思います。

    ルフナ

  • >>No. 12147

    親がいなくてどのように育ったのか、私は?です。

    母方の祖母は10人子どもを産んで、10人とも乳母育ち。母の乳母は長生きしたのであったことがあります。母は、10人の中では一人大陸に渡り、父親と結婚したとか。父は建築家、友人の夫は医者、貿易商。そういう中に母は多くの親戚の子どもたちも北京に呼び、養育したようです。戦後帰国した後もそういう友人夫妻と会ってましたね。父はいませんでしたが。

    姉は結婚した後、10年くらい会計士の資格を取る夫のため、子育てと労働、生活を一手に引き受けたという苦しい時代を超えた経験で、息子の結婚相手にはそんな苦労はさせたくない、という思いが強かったのを覚えています。そういう状況を知らずにのほほんと過ごしていた私に強く当たったこともありましたが、姉ってそんなもんだと、思ってましたから、姉のヒステリーに付き合うのはしんどかったですが、兄や姉の青春はひたすら生きることだけに追われた時代。
    それを私は飲みこんで受けていましたから。
    子育てが終わると、兄姉の面倒、夫の甘ったれの面倒、よくみたなと。

    友人の両親には20代のころ私の親代わりになって、どういう人になるべきか生活の中で教えていただきました。後には住井すゑ先生にもかわいがっていただき、一生分の教えをいただきました。
    親に出会い、さまざまな人との人生の交流、教えにより人は成長すると思います。

    親の言う通りにはならない、のがわが子どもたちです。人との出会い、邂逅がその人の人生に影響を与えます。その素地として親のあり方が見えてきます。
    私は親に縁がなかった分、素晴らしい人々に出会えたと、恵まれた今を感謝してます。

    政治は営利組織。と理解すれば群がる人たちの頭が見えてきます。

    ルフナ

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