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投稿コメント一覧 (1917コメント)

  • 見るだけといったら…

    おもちゃ

    子供のころ、デパートに行くことがあった。当然、おもちゃがほしい。が、「見るだけ」と言われる。子供は欲しい。駄々をこねるが「見るだけ」は見るだけなのだ。
    自分が親になって、やっぱり子供に「見るだけ」と言っていたような気もする。
    見るだけで満足なんてしないのは経験しているのに…
    人は「見るだけ」にどれだけ我慢できるものなのだろうか?


    幼児期
    「おもちゃ屋さんに連れてって!」
    「見るだけだよ」
    「見るだけじゃ遊べないよ。買って~」

    小学生時代
    「本屋さんに連れてって!」
    「見るだけだよ」
    「立ち読みってことかよ!」

    中学生時代
    「映画に連れって!」
    「見るだけだよ」
    「音は聞けねぇのかよ!」

    高校生時代
    「レストランに連れてって!」
    「見るだけだよ」
    「サンプルマニアじぇねぇよ!」

    成人
    「ストリップに連れてって!」
    「見るだけだよ」
    「踊り子さんに手を触れられねぇのかよ!」


    ひろ

  • 報酬といったら…

    お手伝い

    人が最初にもらう報酬はお駄賃だろう。
    親に頼まれておつかいに行って貰うお駄賃。
    お手伝いをするとお金がもらえることを覚える。
    労働に対する初めての報酬。それがお駄賃だ。

    それを覚えた子供はお駄賃欲しさにお手伝いを要求したりする。働き者だ。
    子供でもお金は必要なのだろう。

    しかし、それも小さいころだけだ。
    お駄賃からお小遣いに変わる。
    小学生にもなれば、子供なりの交際費も必要で、月にいくらとか1週間、場合によっては1日単位でおこづかいをもらうようになる。
    そこには、労働の対価としての報酬はない。
    不就労所得である。
    小さいときは働いて稼いだくせにちょっと大きくなると働かなくても収入を得られる。
    堕落だ。

    子供は成長する。小学生から中学生、高校生へと成長する。
    成長とともに、欲しいものも高額になる。
    高額なものを親は簡単に買ってはくれないことに気が付き、おこづかいをためるか、ほかの方法でお金を得ることを考える。
    親はあてにならないとなれば、おじいちゃんやおばあちゃんを取り込むことを覚える。
    おじいちゃんやおばあちゃんに優しく接して、幾ばくかのお金や物品を得ることを覚える。
    心から優しく接していればいいが、金品のために優しくふるまっているとすれば、それは詐欺だ。

    しかし、祖父母からもらえる額にも限界はある。
    欲しいものはその限界を超える。
    となれば、働いて稼ぐしかないと覚悟する。
    アルバイトだ。
    お金のための労働なのだが、世間の労働は甘くない。アルバイトといえども要求される労働の質や量はそこそこだろう。お金のために働き始めたはいいが、そんなに一生懸命働く気はありません。でも、働かないと報酬はもらえない。
    ジレンマだ。

    そんなアルバイト経験し、就職して、報酬をもらう。
    今度は、働き甲斐を考える。お金のために働くのに働き甲斐とかどうでもいいのではないかと思うのだが、働き甲斐を考えていないと心のバランスが保てない。
    人はお金のために働くくせに、仕事は金のためですとは言いにくい生き物らしい。
    お金のためとは言いにくいならば、勤労と納税は国民の義務だから働いているのですと言えばいいのではないか。
    金のためではなく、義務。
    しかし、義務で働いているんですと言うならば、お金のためですと言った方が清々しく感じるのはなぜだろうか?

    ひろ

  • 彼女といったら…

    レンタル

    世の中にはレンタル彼女なるシステムがあるらしい。
    お金を払って、デートをする。
    ちなみに、レンタル彼氏もあるらしい。

    しかし、レンタルした彼女はあくまでレンタルだから決して自分の彼女にはならない。
    ということは、レンタル彼女を好きになってはいけないのだろうなぁ。
    もはや、それは彼女と言えるのか不明である。
    っていうか、そもそも彼女ではないから、彼女と言ってはいけない。

    デートの練習にご利用される方もいるらしい。
    しかし、レンタル彼女とデート中に本命の女性に出会ってしまったら、事態は深刻ではないのだろうか?
    デートの予定コースはばれてしまうし、それ以上に本命の女性をデートに誘いにくくなる。
    そもそもデートに練習が必要なのかもわからない。

    まぁ、一人でさびしく1日を過ごすならば、レンタルでも一緒に食事をしてくれる相手を求める気持ちはわからないでもない。

    レンタル彼女…。
    返却し忘れたら、延滞料はどれくらなのだろうか?
    いや、返却をし忘れることがあるとは思わないのだが…

    ひろ

  • ミュージカルといったら…



    日本のミュージカルとなれば、劇団四季は外せない。
    劇団四季といったら、「キャッツ」は外せない。
    正直、ミュージカルの魅了をいまひとつ理解しきれない私。
    それでも、いろいろな関係で、劇団四季のミュージカルをいくつか観ている。
    「オペラ座の怪人」「キャッツ」「マンマ・ミーア!」

    「オペラ座の怪人」は寝た。
    劇団四季さんがつまらないからではない。
    その時の私が疲れていたため、「オペラ座の怪人」のストーリーが頭に入ってこなかったから。

    「キャッツ」は寝なかった。
    なにしろ、猫だから。
    猫好きではない。
    猫の世界だから、別に突然歌いだし、踊りだしても、「猫だもん。猫の奴らなら、そんなことがあっても不思議ではない」と思えたからだ。

    ミュージカルにいまひとつ興味がわかないのが、歌と踊りなんだろうなぁ。
    家の中で突然歌いだし、踊りだす。しかも、周りの人も一緒になってしまう。
    なんとも唐突過ぎて、のめり込めない。
    芝居は好きだが、歌と踊りに興味がないからかもしれない。

    それが猫の世界なら、ファンタジーで納得できるからいいのかもしれない。

    ミュージカル好きな人って何が好きなんだろうか?
    歌と踊りを楽しみに行くのだろうなぁ。
    その楽しみがわからない朴念仁の私だからミュージカルと観に行きたいと思うことがない。

    好みは人それぞれだから許してほしいとは思う。

    ミュージカル好きな人が集まった会社があったら、どうんだろうか?
    経理の女の子が突然、歌い、踊りながら、営業マンが持ってきた領収書を突き返す。
    突き返された営業マンも、なんとか経費で落としてくれるように懇願の歌と踊りを披露する。
    そこに、経理課長が歌いながら登場して、断固拒否。
    営業課長が部下たちを引き連れた登場し、経理対営業のバトル。
    それも歌い、踊りながら。そう「ウエストサイドストーリー」のように…

    そんな会社があったら、ミュージカルよりも観てみたい気もする。
    ただ、そんな会社で働きたくないないが…

    ひろ

  • ハンバーグといったら…

    トマトケチャップ

    子供のころ、ハンバーグにはトマトケチャップだった。
    歳を経るごとに、トマトケチャップだけじゃないんだということを知り、今となっては、トマトケチャップでハンバーグを食べることさえ少なくなった。
    なんでだろうか?
    ハンバーグのソースが次々と開発されたのか?
    それとも、そもそもトマトケチャップが代用品だったのか?

    子供のころ、ハンバーグはごちそうだった。
    子供はハンバーグが好きだ。
    大人になって、嫌いになることもないから、いまだに好きだ。
    お子ちゃまっぽいメニューだが、好きなものは好きだ。
    お子ちゃまっぽいメニューといえば、オムライスやチキンライスもそうだ。

    まぁ、幼稚園児が「やっぱりこの季節の白子は最高だね」と発言するのもどうかと思うから、お子ちゃまにはお子ちゃまメニューでいいと思うし、三つ子の魂百までというから、大人になってもお子ちゃまメニューが好きでもいいじゃないか。

    ハンバーグが食べたくなってきた。
    といって、家内に電話して「今夜はハンバーグにして」というのもいい大人としてどうかと思ってしまう。

    いい大人にとって、お子ちゃまメニューを食べるのはなかなか難しいような気もする。

    ひろ

  • だるまといったら…

    駅弁

    ご存じ、群馬県は高崎の人気の駅弁「だるま弁当」
    赤いだるまの容器に入っているからだるま弁当。
    蓋を開けたら、だるまのキャラ弁だったらいいのにと思うのはわたしだけだろうか?

    汽車に乗って駅弁を食べるということも最近はしていないなぁと思う。
    といって、昔はよく汽車の中で駅弁を食べたかといえばそうでもない。
    移動は、新幹線になるし、別段車内で駅弁を食べる必要性もなくなった。
    スピードアップによる移動時間の短縮化により駅弁を食べることが減ったのかもしれない。
    そういえば、昔は新幹線の中に食堂車があったなぁ。
    駅弁を車内で食べなくなったのは、コンビニの進出により、コンビニでサンドイッチやおにぎりを買って乗ってしまうということもあるのかもしれない。
    その方が安上がりなのは事実だし…

    となると、駅弁は百貨店とかの駅弁まつり的な催事のときに買って食べるということになる。
    もはや駅弁ではないのではないか?

    駅弁に旅情を求めることもなくなったのかもしれない。

    っていうか、今の子供たちなんて駅弁を車内で食べたことなんてないのではないか?

    デパートで買うのになんで駅弁なの?
    そんな素朴な疑問をもつ子供たちもいるのではないだろうか?
    そんな子供たちにために、駅弁ツアーとかやってみたらどうなんだろうか?
    人気の駅弁を食べまくる2泊3日の汽車の旅。朝昼晩とぜんぶ駅弁。
    ダメだろうか?

    ひろ

  • 運転といったら…



    寒波らしい。
    首都圏では雪の予報というか、もう降っているのだろうか?
    私の町は滅多に雪が降らない。
    ということで、雪の気配もなく雨が降っている。

    そういう町で生きていると雪道への対応なんて考えない。
    1年中ノーマルタイヤであり、冬場は雪が降りそうなところには車で行かないということになる。
    だから、雪道の運転方法なんて知らない。というか、経験がない。
    ニュースなどで雪の中を車が走っているのを見ると、なんで運転できるのか不思議にさえ思う。

    いや、車だけではない。
    雪の中を歩くことさえもない。
    大学時代は、東京で過ごした。だから、雪の日もあった。
    なんど転びそうになり、幾度転がったか。
    歩いていても転ぶのだから、車なんてもってのほかだろう。

    雪国の方でさえ、大雪になれば苦労がある。
    雪に慣れない首都圏の方ならなおさらだ。
    とにかくお気を付け願いたい。

    雪といえば、まもなく冬季オリンピックらしい。
    私の中ではいまひとつ盛り上がりに欠けている。
    ただ、冬季オリンピックの競技を観るたびに思うことがある。
    冬季オリンピックは、夏のオリンピックと大きく違い点がある。
    それは、冬季オリンピックの競技の多くは、転ぶということだ。
    スキーもスノボーもスケートもとにかく転ぶ。
    そして、転ぶことによって大きく順位が変わる。
    転ぶか転ばないかというギリギリのところに勝敗の分かれ道があると思う。
    そう思って観ているせいか、転ばないとちょっとさびしい気にもなる。
    冬のオリンピックの醍醐味は転ぶことにあると思ってしまいっているのだが、それは正しい見方なのだろうか?
    はなはだ疑問ではある。

    ひろ

  • じゃんけんといったら…



    じゃんけん。
    グー、チョキ、パー。
    グーは石。
    チョキはハサミ。
    パーは紙。

    石対紙は、包み込みで紙の勝ち。
    紙対ハサミは、切り刻みでハサミの勝ち。
    ハサミ対石は、刃こぼれで石の勝ち。

    そうなのか?
    ほんとうにそうなのか?

    この3つはもう長年戦っているのだ。
    相手の手の内は把握しているに違いない。
    だったら、次は必ず勝ってやると思っているはずだ。

    石だっていつまでも紙なんかに負け続けるのはいやだろう。
    紙だって、ハサミだって同じ相手に負けっぱなしじゃいやだろう。
    きっと、いつかあいつを倒してやると思っているに違いない。
    だから、逆転の新技を考えているに違いない。

    包み込みならば、紙はハサミにだって勝てることに気が付く。
    石は、突き破りで紙に勝てると思っているはずだ。
    ハサミだって、捨て身の一点突きで石を割ってやるとチャンスをうかがっているに違いない。

    彼らの隠れた努力がいつか実を結び、それぞれのライバルに勝てる日がくることを祈ることにしたいと思う。

    ひろ

  • 絵といったら…

    日記

    絵日記。
    小学校の低学年の夏休みの宿題のひとつ。定番なのではないだろうか?
    毎日日記を書くことだけでも苦痛なのに、さらに絵まで描けという鬼のような話だ。
    絵がうまい子ならいいが、私のように絵は下手、字も下手となると日記帳を開くことさえ試練だった記憶がある。
    絵日記も日記も書くために、毎日何かをしないとけないという強迫観念があったような。
    時には、親に絵日記の話題のためにどかかに連れていけというような要求も出る。
    迷惑だ。

    小学校も高学年になると絵がなくなって、ただの日記になっていたような気もする。
    となると、絵日記の「絵」とはなんだったのだろうか?
    低学年は文章を書くのが大変だとからという理由なら、文書の欄をもっと減らせばいい。
    絵なら絵だけにして、ちょっとだけキャプションをつけるくらいにするとか考えないのだろうか?

    絵とキャプションと書いて、思ったのがインスタだ。
    あれは、絵日記の進化版なのかもしれない。

    インスタ映えというのが流行語大賞だったような。
    インスタ映えするかしないかでものを判断する傾向にあるのだろうか?

    「ごめんなさい。あなたとはもうこれ暮らしていけません。別れましょう」
    「なんだよ、いきなり。どうしてだよ!」
    「だって、あなたはインスタ映えしないから…」

    インスタ映え離婚だ。
    そんなことが当たり前になったら、大変だ。
    だいたい、インスタ映えする亭主なんてそうそういないのではないだろうか?

    絵日記もアナログなインスタだと考えるべきかもしれない。
    っていうか、携帯で写真が当たり前の時代だ。絵ではなくて写真でいいじゃないか。
    写真とって、貼って、コメント書いて…

    日記じゃなくても、インスタそのままでいいような気もしてきた…

    ひろ

  • 新年おめでとうございます!

    とはいえ、新年早々星野仙一さんの訃報に接しちょっとショックではありました。
    楽天なのに阪神愛がにじみ出てしまっていた星野さん
    とっても残念です。

    星野イズムは金本監督にも流れている思われます。
    今年は、なんとしても優勝。
    昨年2位なんだから、優勝しか残っていないでしょう。
    金本監督の3年目。
    「超変革」「挑む」ときて、「執念」
    執念なんだぁと思ったのは事実。
    個人的には、「奪取」だったのだけどなぁ(笑)

    この2年育成を主眼の起用。今年は勝つための起用と願いたい。
    が、2年経過してもレギュラーが決まらないのはなんでだろうか?
    福留、鳥谷、糸井だけだよ。
    新助っ人ロサリオが活躍してくれればなぁ。
    となると、セカンド、ショートはどうするのか。
    上本、糸原、北條、西岡、植田、そこに大山。候補はいるのだが固定されなそうなのだよなぁ。

    キャッチャーも梅野、坂本を中心になるのだろう。そこに原口がそれだけ食い込めるのか。

    にしても、センターラインが決まらないのはちょっとつらいのではないかと思ってしまう。

    投手陣は、藤浪、岩貞が去年の分も活躍してくれないとねぇ。
    リリーフ陣は、去年のような活躍は期待しないことにしている。新しい力が加わらないと不安。

    ま、万全だと思っていた昨年があの結果だから、多少の不安があってのキャンプ、オープン戦の方がいいかもしれないけどね。

    そうですか、#33にしたのですね。
    なかなかきわどいところを狙いましたね(笑)

    子供のためにユニを買ったけど、自分のために買っていないのです。
    そろそろ自分でも買おうかなぁと思っているのだが、買った選手が球場に行ったときに出てないと悲しいしなぁと思ってしまう。
    買うなら、生え抜き選手だと思っている。
    糸原もいいなぁ。上本、俊介、中谷あたりも捨てがたいのだが…

    と言いながら、西武の鈴木将平のユニが一番欲しいかも(笑)

    開幕戦ですか!
    菅野VSメッセンジャー!
    ん? 勝手に開幕投手を決めているじゃないか!
    でも、この二人になるんだろうなぁ。
    メッセンジャーは、虎のエースだものなぁ。

    早くキャンプ始まらないかなぁ。
    そうなると、気持ちも盛り上がってくるのだけどね。

    ということで、今年もよろしく!
    秋ごろに優勝のカウントダウンをできるといいですね!

    ひろ

  • 販売機といったら…



    私がまだ大学生のころ、本の自動販売機があった。
    本と言っても、夏目漱石や森鴎外、川端康成とかの作品ではない。
    エロ本である。
    当時は、ビニ本とかも流行りの時代。
    ビニ本はエロ本なのだが、ビニールに包まれていて中身が見られない。買ってからのお楽しみなのだ。
    そんな本ばかりを扱う本屋だってあった。
    エロ本の自動販売機も当然だが立ち読みができない。
    どんなものが出てくるのかはお楽しみだったはずだ。

    ビニ本も自販機本の買ったことはない。
    が、自販機で売るくらいだから需要はあったのかもしれない。

    真っ暗の中にポツンと立つエロ本の自動販売機。
    ジュースの自販機よりも哀愁を感じる。
    エロ本の自動販売機があったのだから、自販機に入れるエロ本を何にするのかを考えていた人がいたのだろう。さらには、自販機にエロ本を詰める人もいたのだろう。

    年中無休でエロ本を売っていた自販機はもちろん、それにかかわった人たちはエライ、と思う。



    ひろ

  • 主婦といったら…

    年中無休

    「なんですって! 主婦は年中無休なのよ! これ以上、主婦の仕事を増やす気なの!」
    「なにを言ってやがる! 洗濯機だって全自動の乾燥機付きだし、食洗機だって買っただろう! 掃除だって、ロボットがやってんじゃねぇか! 職場環境は、機械化、IT化進んで最先端になってんだろうが!」
    「であっても、反対よ! 絶対反対!」
    「お前が反対したって仕方ないだろうが! それが会社の方針なんだよ! 働き方改革なんだよ!」
    「そんな働き方改革なんて迷惑よ。迷惑千万だわ」
    「お前が喚いても仕方ないんだよ! 文句なら政府に言え!」
    「そうやって、政治のせいにするのね」
    「そういうことじゃないだろう!」
    「いやよ、絶対に反対。なんで、あなたが在宅勤務なのよ! 在宅勤務ならあたしはずっと在宅勤務よ! だったら、あたしなんてもうずっとずっと昔から働き方改革よ!」
    「言っている意味がわかんねぇよ!」
    「そうだわ、とりあえずどこか、喫茶店でも、図書館でも行ってそこで仕事しなさいよ! 家にずっといるなんて迷惑なのよ!」
    「なんで、そんなに迷惑がるんだよ!」
    「だって、昼ごはんまで考えなきゃいけないじゃないのよ!」
    「だったら、昼飯くらいは勝手にやるわ!」
    「それだけじゃないわよ。ずっとあなたの監視下に置かれるわけじゃない!」
    「別にいいだろうが。俺は仕事しているんだし、お前は家事をやってればいいんだから!」
    「だから、それが問題じゃないのよ!」
    「なにが問題なんだよ!」
    「あなたが言ったじゃないのよ! 機械化、IT化が進んでいるのよ! 時間があるのよ! 専業主婦は、実働時間が短くて、手待ち時間が長いのよ! 午後はもうワイドショーとドラマ三昧なのよ! あたしの労働実態が可視化されるだけじゃないのよ!」
    「そ、そうだったのか…。時間があるんだったら、パートにでも出ればいいじゃないか」
    「はっ! そうか、それが政府の狙いなのね! 夫を在宅勤務にして、女性活躍推進と言って、専業主婦を家から追い出して、労働力としようとしているのね! 陰謀よ! これは政府の陰謀なのよ!」
    「お、お前…、大丈夫か?」


    この話はフィクションです。実在の主婦のみなさんとは関係がありません!


    明けましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いいたします。

    ひろ

  • 今年も終わりに近づいています。

    今シーズンの阪神は2位。
    去年、今年、来年を予想して、今年が一番優勝に近いと思っていた。
    なのに、2位。
    藤浪と岩貞が機能したら、ダントツ優勝だったのではないかと思っているのですが、うまくはいかない。
    今年の2位もベテラン3人と、上本、大和、俊介、それに代打の切り札的起用となった伊藤隼太の中堅のおかげだと思っている。
    大和が抜けたは痛い。
    来年はもう優勝しかないんだから、ベテラン、中堅、若手含めて、勝つための起用をしてほしいと願っています。

    昨日、BSの番組で、1985年の西武との日本シリーズの検証番組をやっていました。
    優勝したいよね、日本一を観たいよね。心からそう思ったよ(笑)

    楽天と阪神のオープン戦が、地元の球場であります。
    でも、平日のデーゲーム。
    観に行きたいけど、行けるのだろうか?
    なんで、土日にやらんのじゃ!

    ということで、今年もお世話になりました。
    来年もよろしくです。
    来年こそは、ここで、おんぷと優勝を祝いたいものですね

    ひろ

  • お休みといったら…

    年末年始

    多くの方は今日が仕事納めなのでしょうか?
    私は、もう半日あります。とても、仕事が納まっているとは思えませんが仕事納めです。

    年末年始の休みは、休みっぽくなくていけません。
    年始のあいさつだとかもろもろあって休んだ気にもならない。
    ま、ないよりはいいのですけどねぇ。

    皆様は今年1年はいかがだったのでしょうか?
    当方は、子供の受験、大学進学からスタート。
    そのため、夫婦二人の生活となりましたが、子供の世話が終了した家内は糸の切れた凧のようになり、家にいることは少なく、二人暮らしというよりも一人暮らしという感じの今日この頃。
    阪神タイガースは優勝を逃し、では、来年は優勝確実かと言えば大丈夫か? って感じであります。

    結果、今年もたいしたことはやっていないのだなぁと思うしだいです。

    それでも、大きな怪我も病気もなく過ごせたことに感謝はしないといけません。

    今年もいろいろとお世話になりました。
    来年は1月4日からスタートとなります。

    来年もよろしくお願いいたします。

    では、みなさまもよいお年をお迎えください。

    ひろ

  • ミスといったら…

    受験。

    受験生の皆様は、クリスマスもお正月もなく受験勉強の真っ最中かと思います。
    我が家は、昨年受験は終了しました。
    息子は、数学の試験で計算ミスをして第一志望に合格できませんでした。
    受験はミスひとつが命とりになり、これまでの努力が水泡に帰すこともあります。
    勉強は大事ですが、試験本番でミスをしないことはもっと大事です。
    受験生の皆さんには、ぜひとも先人の教訓を生かしていただきたいと思います。

    我が家のサンクロースが勇退してから6年になるでしょうか?
    ミセスがプレゼントを調達する家庭も多いのですね。
    我が家は、サンタの仕事でした。ミセスは、「ちゃんと用意してあげてね!」と心配なのか命令なのかわからない言葉を投げかけるだけでした。まぁ、ミセスはミセスでディナーの用意で忙しかったのかもしれませんが…
    息子のサンタへの願いは、なかなか難題もありました。
    全28巻のマンガひと揃えと言われ、市内の本屋を探し回ってこともあります。昔昔、発売していた仮面ライダーV3のハリケーン号のラジコンと言われ、昔ながらのおもちゃ屋を事前に訪問調査をしてこともありました。
    それでも、サンタは、そのミッションを果たしてきました。
    息子はサンタを試していたのかもしれない…。

    さらに言えば、一人っ子だったこともあり、サンタを信じ込ませるために、サンタとは別に親からのプレゼントを用意するという、今思えばなんて無駄なことをしていたのかとも思うのです。

    それでも、24日の夜に、息子の枕元にプレゼントを置く楽しみはあったし、朝、興奮する息子を観る楽しみもあったのです。

    サンタを勇退して、そういう楽しみはなくなりました。

    しかも、息子が家を離れてしまった今、家内は出かけてしまったので、ひとりでイブを過ごすことになりました。スーパーへ夕飯を買いに行ったのですが、売っているものといえば、どこもかしこもチキンばっかり。チキンは前の日にこれまた一人で食べた。だから、チキンを食べたいとは思わない。
    クリスマスイブだからってチキンを食べる奴ばっかりじゃねぇぞ! と思いながら、刺身と餃子を買った食べました。

    クリスマスだからこそ、チキン以外のものも売るべきではないか?
    っていうか、スーパーごとチキンってのはどうなのさ。

    そんなことを思った今年のクリスマスイブでございます。

    ひろ

  • 若人といったら…

    青年

    実は若人から、「若人あきら」を連想した。郷ひろみさんのものまねをしていた芸人。熱海で行方不明になり記憶喪失状態で小田原に現れた人だ。その後、我修院達也に改名した人。
    が、話が展開しないので保留。

    で、青年。
    Wikipediaによれば、青年は、日本では12・13歳から17・18歳までを青年前期、そこから24・25歳までを青年後期と区分されていたらしい。社会的な実態から30歳前後までを青年期とみる青年期延長論も提起もされているという。
    「JICA青年海外協力隊」の資格要件は20歳から39歳。
    「日本青年会議所」、「商工会青年部」は20歳〜40歳。
    「民主党青年局」は40歳以下の党員。
    「自由民主党青年局」、「全国青年司法書士協議会」で45歳以下の党員、会員。
    厚生労働省における若年者雇用の定義では、青年層に相当する15歳から34歳を若年者。
    厚生労働省が所管するわかものハローワークでは、おおむね45歳未満を対象。

    どうも不明確だ。
    12歳から45歳まで幅広い。

    しかし、中学生と45のおっさんまで同じ青年でいいのか?
    中学校で、45歳の先生に叱られたとしてもだ、「なに言ってんだよ。同じ青年じゃねぇか! 偉そうにするんじゃねぇよ!」と言われたらその通りである。
    ならば、定年間近の先生ならいいかと言えば、「うるせぇ! くそじじい!」である。
    それでいいのか?

    少年という呼び方もある。こちらは、おおよそ6、7歳から18、19歳頃までの世代を指すらしい。
    ってことは、中・高生は、青年であり、少年だ。青年とか大人ぶっても少年法で守られる世代。ずるいじゃないか。都合がよすぎるだろう。子供を甘やかすとろくなことはない。

    厚労省の一部資料では、幼年期0~5歳、少年期6(小学生)~14歳、青年期15(社会人・高校生等)~29歳、壮年期30~44歳、中年期45~64歳、前期高年期65~74歳、中後期高年期75歳~と区分されてもいるらしい。

    私は中年期となる。残っているのは高年期だけだ。
    人生の最終コーナーを曲がるころということか。
    そんなことを考えてしまう中年期の年の瀬なのです。

    ひろ

  • サラダといったら…

    焼肉

    焼肉サラダ。
    生野菜の上に焼肉が乗っているサラダ。
    以前も書いたと思うけど、私にとってサラダというのは健康にいいというイメージがある。
    が、焼肉といったら、サラダと真逆に位置するものという感じだ。
    焼肉と生野菜を一緒にしたから、カロリーゼロで、太らないとか思っているのか?

    確かに、焼肉をサンチュに巻いて食べるはおいしい。
    豚の生姜焼きだって千切りキャベツと一緒に食べるとおいしい。
    だから、焼肉と生野菜を一緒に食べることに文句はない。
    が、同じ皿に放り込んでサラダと言ってしまうのはどうなんだ?
    サラダなのか焼肉なのか?
    そもそもこれはおかずなのか?
    生野菜でご飯を食べるのはなかなか難しい。
    焼肉とご飯は大丈夫だ。
    焼肉サラダはどうなんだ?
    焼肉サラダから焼肉だけとって食べるのはダメだろう。
    なんのためのサラダなんだということになる。

    っていうか、サラダを食べるつもりが肉まで食べたら、元も子もないのではないか?
    いいのか?
    それでいいのか?
    別々に出せばいいのではないか?
    そんなことではないのか?
    焼肉サラダをサラダとして認めていいのか?
    サラダってなんだ?

    う~ん、前回もサラダの本質が理解できないままだったが、今回も理解できないままだ。

    ただいえるのは、焼肉と生野菜を一緒に食べるからプラスマイナス0で、健康的にはセーフというデブの心理的弱点をついた食べ物であることは間違いないと思う。

    ひろ

  • 22才といったら…

    グレープ

    なんで22才がグレープなのか疑問だと思う。
    私も疑問だ。

    谷村新司さんも「22歳」という歌を歌っていたはずだ。
    歳をタイトルにした、または歳が入っているタイトルの歌はほかにもある。

    南沙織は「17歳」
    吉田拓郎は「20才のワルツ」
    かまやつひろしも「20才の頃」という歌を歌っていた。
    で、さだまさしと吉田正美さんのデュオのグレープは「19才」

    ということで、一番つなぎやすそうな「グレープ」を選んだだけ。

    17歳、19歳、20歳、22歳…

    微妙な年齢だと思う。

    17歳は、子供なのだろうが、否定したい年齢。
    19歳は、子供と言い難いが、大人でもない年齢。
    20歳は、成人なのだろうが、どこかまだ子供を引きずっている。
    22歳は、大人なのだろうが、まだまだ小童な感じだ。

    人にはそれぞれの年齢の思い出は思いはあると思う。

    22歳のころ、私は大学生だったはずだ。
    特別な野心もなく就職活動をしていたころかもしれない。
    振り返れば、大したことをやっていなかったと思う。
    あれから30年以上経過したが、やっぱり大したことはやっていない。

    大したことをする人と、大したことをやっていない人と、大したことをしでかしてしまった人と、きっと人はこの3パターンだろう。圧倒的に多いのは大したことをやっていない人ではないか?
    大したことをしでかしてしまうのは問題かもしれないが、やらないよりはましか?
    大したことをする人はきっと、若い時から大したことをやるつもりだったに違いない。

    だいたい、大したことってどんなことなんだろうか?
    世間があっと驚くようなことだろうか?
    そうおもうと大したことをする人ってかなり少ないな。
    大したことをしでかした人の方が多いかもしれない。

    なんで大したことの話をしているのだろうか?
    あ、私が大したことをしていないという話だった。
    そう自慢ではないが、大したことはしていない。自慢することではない。多くの人が大したことをしていないのだから。

    世界の人が全員大したことをしてしまったら、大したことのハードルが上がってしまう。
    だから、私のような大したことをしていない人間も価値があるというものではないだろうか?

    そうでも思わないと生まれてきた意味がないような気がする。
    そんな55才なのです。

    ひろ

  • レストランといったら…

    失恋

    失恋レストラン

    かなり、昔の曲だ。
    清水健太郎さんが歌って、大ヒットとなった。
    その後清水健太郎さんは、交通事故に、大麻に、覚せい剤に、ひき逃げとかで、失恋どころの騒ぎではなかったような。

    失恋レストラン。
    失恋した人が集まるレストランなんて繁盛しないだろう思ったが、そうでもないのかもと思い直した。
    なにしろ、失恋した男女が集うお店だ。
    お互いに慰めあっているうちに、新しい恋が生まれるかもしれない。
    失恋した男女だ、間違いなく、彼氏、彼女はいないはずだ。安心してナンパ、逆ナンパができるじゃないか?
    相席屋よりもずっと効率がいいのではないか?
    失恋相席屋。もうこりゃ入れ食いなのではないか?
    これは繁盛するかもしれない。

    この歌の最後は、主人公が、マスターに失恋までのフルコースを注文するのだが、なんで失恋前提のフルコースを注文したのだろうか?
    成就することを望まずに、失恋を望むというのは、どこか歪んでいないだろうか?
    だいたい、失恋なんて簡単だろう。付き合わなくても失恋は可能なのだ。
    誰を好きになる。その誰かには彼女(彼氏)がいたことがわかる。この時点で失恋完成。
    「失恋、ワン入りま~す」と、「ひよっこ」の谷田部みね子が厨房に声をかける姿が浮かぶくらいだ。
    簡単だ。あまりに簡単。だから、なんど失恋したことか…。いや、そんなことはどうでもいい。

    問題は、なぜに失恋前提なのかということだ。
    思うに、失恋相席レストランで、恋が生まれる可能性が高いから、自分も失恋しておいて、この店でうまいことやろうと思ったのではないだろうか?
    しかし、なんでそんなまどろっこしいことをする必要がある。
    普通に、傷心している女の子に片っ端から優しく声をかけてればいいだけじゃないか。
    まったくもって意味がない注文である。
    しかも、この主人公は、早く、早くと催促している。
    なにを焦っているのだ。そんなに焦ってどうするのだ。
    何度もいうが、失恋なんて簡単だ。とりあえず、誰かを好きになればいい。
    だから、これまで何度も失恋したきたのだ。しかも、その相手は私が彼女を好きだったことさえも知る由もないままなのだ。
    いや、だから、そんな話はどうでもいい。

    とにかく、失恋相席レストランは繁盛しそうだから、誰かやってみればいいのではないだろうか?

    ひろ

  • 大和がFA移籍で、DeNAへ。
    そうなるかもしれないと思っていたけど、ショックだ。
    大和のヒッティングマーチを聞けないかと思うとさびしい。

    大和がいなくなった阪神の守備はどうなってしまうのだろうか?
    ただでさえ、守備力の弱いチームなのに…

    大山がショートを試しているとか。
    北條や糸原や植田だっているのに…
    ルーキーの熊谷も入団するのに…
    鳥谷が長く君臨していたショートがいつのまにやら激戦区になっている。

    このチーム、選手層が厚いんだか、人材がいないんだか、わからないときがあるんだよね(笑)

    ひろ

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