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投稿コメント一覧 (1899コメント)

  • レストランといったら…

    失恋

    失恋レストラン

    かなり、昔の曲だ。
    清水健太郎さんが歌って、大ヒットとなった。
    その後清水健太郎さんは、交通事故に、大麻に、覚せい剤に、ひき逃げとかで、失恋どころの騒ぎではなかったような。

    失恋レストラン。
    失恋した人が集まるレストランなんて繁盛しないだろう思ったが、そうでもないのかもと思い直した。
    なにしろ、失恋した男女が集うお店だ。
    お互いに慰めあっているうちに、新しい恋が生まれるかもしれない。
    失恋した男女だ、間違いなく、彼氏、彼女はいないはずだ。安心してナンパ、逆ナンパができるじゃないか?
    相席屋よりもずっと効率がいいのではないか?
    失恋相席屋。もうこりゃ入れ食いなのではないか?
    これは繁盛するかもしれない。

    この歌の最後は、主人公が、マスターに失恋までのフルコースを注文するのだが、なんで失恋前提のフルコースを注文したのだろうか?
    成就することを望まずに、失恋を望むというのは、どこか歪んでいないだろうか?
    だいたい、失恋なんて簡単だろう。付き合わなくても失恋は可能なのだ。
    誰を好きになる。その誰かには彼女(彼氏)がいたことがわかる。この時点で失恋完成。
    「失恋、ワン入りま~す」と、「ひよっこ」の谷田部みね子が厨房に声をかける姿が浮かぶくらいだ。
    簡単だ。あまりに簡単。だから、なんど失恋したことか…。いや、そんなことはどうでもいい。

    問題は、なぜに失恋前提なのかということだ。
    思うに、失恋相席レストランで、恋が生まれる可能性が高いから、自分も失恋しておいて、この店でうまいことやろうと思ったのではないだろうか?
    しかし、なんでそんなまどろっこしいことをする必要がある。
    普通に、傷心している女の子に片っ端から優しく声をかけてればいいだけじゃないか。
    まったくもって意味がない注文である。
    しかも、この主人公は、早く、早くと催促している。
    なにを焦っているのだ。そんなに焦ってどうするのだ。
    何度もいうが、失恋なんて簡単だ。とりあえず、誰かを好きになればいい。
    だから、これまで何度も失恋したきたのだ。しかも、その相手は私が彼女を好きだったことさえも知る由もないままなのだ。
    いや、だから、そんな話はどうでもいい。

    とにかく、失恋相席レストランは繁盛しそうだから、誰かやってみればいいのではないだろうか?

    ひろ

  • 大和がFA移籍で、DeNAへ。
    そうなるかもしれないと思っていたけど、ショックだ。
    大和のヒッティングマーチを聞けないかと思うとさびしい。

    大和がいなくなった阪神の守備はどうなってしまうのだろうか?
    ただでさえ、守備力の弱いチームなのに…

    大山がショートを試しているとか。
    北條や糸原や植田だっているのに…
    ルーキーの熊谷も入団するのに…
    鳥谷が長く君臨していたショートがいつのまにやら激戦区になっている。

    このチーム、選手層が厚いんだか、人材がいないんだか、わからないときがあるんだよね(笑)

    ひろ

  • 一人勝ちといったら…

    ゲーム

    多くのゲームは一人勝ちなのではないだろうか?
    カードゲームも一人勝ちのものが多いような気がする。
    トランプの七並べも一人勝ち。しかも、相手のカードを止めるという人としてどうなのさというあくどい手を使っての一人勝ち。
    UNOも一人勝ちのゲームだろう。
    他にどんなものがあるだろうかと考えていたら、一人負けのゲームを見つけた。
    ババ抜き。
    これは、負ける奴を決めるゲームだ。
    負ける奴を決めるゲームってなかなか珍しいような気もする。

    ボードゲームのモノポリーは、完全に一人勝ちのゲーム。
    土地を独占して、家やホテルを建てて、レンタル料を払わせて相手を破産に追い込むゲームなのだから。
    しかし、このゲームは昔からあって、個人的には一番好きなボードゲームでもある。
    単純だけど面白い。土地を独占するために相手と交渉するというのもおもしろい。
    ただ、ボードゲームは一人ではできない。
    最近のゲーム事情は知らないが、以前はスーパーファミコンのソフトにあった。
    我が家にもある。
    だから、ひとりで楽しめた。

    なにしろ、私は友達が少ないので、独り勝ちなのです。

    ひろ

  • 星といったら…

    占い

    星占い。
    12星座が一般的らしいが、最近は13星座もあるらしい。
    なんでひとつ増やしたんだ。
    今までかに座で生きてきたのに、急にかに座じゃありませんって言われても困る。
    困るといいながら、実は何も困っていないことに気が付く。
    もともと、それほど信用してはいない。
    が、信じきっている人だっているかもしれない。
    そういう人からしたら、えらいこっちゃではないのか?

    12が13なるとな何が変わるんだろうか?
    いままで相性がいいと思っていた人が急に相性最悪になったりするのだろうか?
    大変なことではないか。

    「ごめんなさい! 今まであなたとの相性がいいと思っていたけど、13星座だと違うみたい。だから、別れましょう」

    これまで築き上げた信頼関係も貢いだ額も木端微塵だ。

    12星座よりも13星座の方が精度が高いのか?
    そういうことなのか?
    ひとつ増えたくらいであんまり変わらないのではないか?
    精度を高めるならもっと増やした方がよくないか?
    100万星座占い。
    雑誌の片隅では間に合わないから、ほぼ1冊星占いのページだな。
    っていうか、自分の星座を見つけるのに一苦労だ。
    いや、夜に輝く星座だって素人が探そうと思ったら一苦労なのだ。
    だったら、自分の星座を探すのに苦労して当たり前だ。
    苦労して見つけた自分の星座占いが、大凶だった日にはかなりショックが大きいとは思うが…

    雑誌の片隅に載っている占いを人はどこまで信じているのだろうか?
    多いのだろうか?
    少ないのだろうか?
    少ないのだとしたら、雑誌の占いコーナーはなんのためにあるのだろうか?
    なくてもいいのではないか?
    そういえば、最近占いのページを読んだ記憶がない。
    読まなくても生きていける。
    いや、まて、読んだらもっといいことがあったかもしれない。
    こんな風に思うから占いのページはなくならないのか。

    ひろ

  • 大統領といったら…

    歌舞伎

    「いよっ! 大統領!」

    掛け声として、よく知られている気もする。
    が、実際に、そう叫んでいる人はあまり見ない気もする。

    しかし、なんで大統領なんだ? 
    昔からの疑問だった。
    日本に大統領はいない。
    といって、「いよっ! 総理大臣!」とは言わない。
    なんでだろうか?
    総理大臣は褒め言葉ではないのか?
    ま、言われてうれしくもないかもしれない。

    せっかくの機会なので、ちょっと調べてみた。
    Wikipediaによればだが、「大統領」の掛け声が、二代目市川左團次に対するものらしい。
    なんでも、彼が翻訳劇に積極的に取り組んでいたために、「大統領」
    英米の代表的な単語が大統領だったのかもしれない。
    が、いまひとつ納得できない気もするが、仕方ない。

    ほかにも、
    大時計!  六代目坂東彦三郎、趣味の時計蒐集が有名だったため
    銀行員!  五代目市川三升、サラリーマンから転職して市川宗家を継いだため
    校長先生! 六代目尾上菊五郎、日本俳優学校の校長だったため
    などがあるらしい。

    時計蒐集有名だから大時計って…
    車蒐集が有名だったら、「車屋!」とか「カーディラー!」と言っちゃってもいいのか?
    サラリーマンからの転職って、なんでもありじゃねぇか?
    「広告代理店!」とか「保険屋!」とか…

    ま、現実問題として、そんな風に掛け声を出す人もいないのだろうけど…。

    とにかく、「いよっ! 大統領」てのは、歌舞伎が起源だとわかった。

    が、次に気になるのが、誰が最初に「大統領!」って言ったのかである。
    誰なんだ? お客さんだろうとは思う。
    本人が、「大統領」って声かけてくださいとは言わないだろう。
    最初に言った人がいて、追随した人がいるってことだろう。しかも、大統領に至っては、もう歌舞伎の世界だけにとどまらないのだ。

    ひょっとしたら、受けを狙って叫んでしまったのかもしれない。
    下手すれば、周囲の客から顰蹙を買うかもしれないのに…。
    それでも、「大統領!」って言いたかったのだろう。
    きっと、観劇の何日も前から、「『大統領』って言ってやる!」と心に決めて、こっそりと練習していたかもしれない。
    勇気が必要だったろうなぁ。
    その勇気を褒め称えるべきだろう。

    「いよっ! 大統領!」

    ひろ

  • 芝居といったら…



    猿芝居。

    「今回、日本人監督として初めてメガホンをとったわけですが、今回の作品のコンセプトはなんでしょうか?」
    「リアルです。特殊メイクやCGなどを超えるリアルな世界観を作品全編に表現する。幸い、日本には古くから猿に芸をさせるという文化がありますから、その日本の伝統的文化とSFを融合して、さらにリアルな世界観を作り上げること。これが、コンセプトです」
    「それで、本物の猿を起用したのですね」
    「そうです! リアルは想像を凌駕するのです!」
    「本日はありがとうございました」

    「おい、『猿の惑星』の最新作の記事はできたか?」
    「はい、とりあえず、見出しはこれで行きます」
    【『猿の惑星』最新作は、リアル猿芝居】
    「う~ん、間違っていないとは思うが…」

    ひろ

  • パンツといったら…



    紙パンツなるものがある。
    海外旅行の時などに持っていく使い捨てのパンツ。
    昔、海外旅行に行くことになった時に、家内が持たせてくれた。
    別にパンツなんてそんなに荷物になるものでもあるまいにと思ったが、旅行中に洗濯をすることもないからそこそこの枚数にはなる。それに穿いたパンツをそのままずっと後生大事に持ち歩くというのも確かにいかがなものかとも思う。
    ただ、初めて穿いた時にはどきどきした。トイレに行ったあとにすぐに破けてしまわないだろうかとか不安になったが、結構丈夫だ。2日間穿いても大丈夫だ。試したから確かだ。
    紙パンツは有能で便利だ。なにしろ、使ったら捨てればいいのだから。
    トイレで紙がなかったらパンツでお尻を拭けるかもしれないから安心だ。紙パンツは神パンツだ。
    いや待て、お尻を拭いたパンツをまた穿くとというのはどうなんだ? もはやパンツの意味はないのではないか? 

    パンツは紙があるが、ほかの下着に紙はないのだろうか?
    パンツ同様毎日代えるものだし。
    あったら便利じゃないのだろうか?
    使い捨てなんだし、帰りに荷物にならないし。
    紙ブラジャーとか作ったらいいじゃないか。
    と思って、検索したら紙のブラジャーが売っていた。
    エステ用? 一応旅行にも使えるらしい。
    フリーサイズだ。
    フリーサイズ? なんて大雑把なんだ。
    検索ついでに、女性用の紙パンツを観ていたら、Tバックもあるじゃないか!
    う~ん、紙なのにTバックなのか。
    女性ってどんな状態でもオシャレがしたいのだろうなぁ。

    ひろ

  • 処方箋といったら…



    医薬分業ということで、いちいち調剤薬局に行かねばならなくなった。
    昔は病院で診察してその場で薬をもらえたのに…。

    病院に行って受付をする。
    待合室で待って、診察して、支払いをして、処方箋をもらう。
    処方箋を調剤薬局へ持って行く。
    ここでも順番待ちがあって、ようやく薬をもらえるのかと思ったら、「風邪ですか?」とか質問してくる。知っていて訊くなよ。ほっとけよ! 早く薬をくれよ。
    「薬だよ、薬くれよ、早くくれよ」なんか危ない人になりかけている。

    しかし、彼らはこっちのそんな気持ちにお構いなしに、いちいち説明をしてくださる。
    この薬はこういう効能で、どのように服用するかなど、一生懸命説明してくれる。
    まるで、ファーストフードのマニュアルのように説明してくる。
    「栄養ドリンクもいかがですか?」なんて言い出すのではないかと思うほどだ。
    さらに、「お薬手帳はお持ちですか?」なんて言い出す。
    そんなもの持ち歩かねぇよ。だいたい、どこにあるかも忘れたよ。
    それが、彼らのお仕事だろうとは思うのだが…


    インフルエンザで高熱があって、がんばって病院に来て、診察時間まで待って、ようやく終わって、ここまで来たのに、まだ薬を渡さねぇのか!
    熱があるんだよ! 早く帰って寝たいんだよ! お前の説明なんて上の空なんだよ!
    っていうか、今、お前らのおかげで、インフルエンザの菌を町中に撒き散らしてんだよ! 
    あぁ、患者が増えればお前らは儲かるのか。そういう魂胆、そういう料簡か!

    もちろん、そんな料簡ではないと思う。
    患者さんが、服用を間違えないように懇切丁寧にご説明してくれているのだろう。
    だが、病の時には人は心が狭くなるものである。

    にしても、このシステムはどうなんだろうか?
    もう少し病人に優しいシステムにならないものなのか?
    病院から薬局に連絡して、薬局が病院まで薬を持ってくるとか。
    そんな人の余裕はありません。そりゃわかる。
    わかるのだが、病人があっちこっちと歩くのも辛いんよ。

    ひろ

  • 勘違いといったら…



    多くの恋は勘違いから始まる。
    女性に縁がない素朴な青年がいたとする。
    ふとしたことで、女性に優しくされたとしよう。彼はきっとドギマギするに違いない。
    「好かれているのか?」
    でも、俺みたいな冴えない男が彼女みたいなかわいい子に思われているわけはないと否定する。この時点で彼女への過大な美化が始まっている。
    しかし、別の時に、街で偶然に彼女と遭遇して、笑顔で手でも振られたら、「運命」と言葉が頭をよぎる。
    「彼女は俺に気があるのかもしれない」と思い始め、それでも「いやそれは勘違いだ」と否定して、心が大きく揺れる。
    ものは試しと今度は彼の方から声をかけてみると、やっぱり笑顔で会話が成立したとする。
    もうこうなると、素朴で、経験が不足している男は、完全に勘違いに陥る。
    彼女のことが気になって気になってどうしようもなくなって、寝ても覚めても彼女のことばかり考え始める。
    彼女は俺に好感を持っている。で、俺も彼女が好きになっている。両想いじゃじゃいか!
    気を付けるべきはこの時点である。最初は、彼女が自分に気があると思っていたはずが、気持ちが逆転して、俺が彼女を好きになっているのだ。こうなると、突き進まないことには収束しない。
    彼は思い切って、彼女をデートに誘う。彼女が拒否すれば、この勘違いの恋はここまでだ。しかし、女の子によっては、男友達と食事としたり、映画を観たりすることにこだわらない人もいる。こういう女性がやっかいなのだ。デートが成立してしまう。そうなれば、男の気持ちはもう止まらない。
    だから、「僕と付き合ってください!」と告白したとたんに「ごめんなさい!」となって玉砕する。
    こうやって恋は勘違いから始まり、儚い結果を生む。

    私はこういう女性を否定しない。彼女は悪くない。勘違いする男が悪い。でも、勘違いするくらいだから、彼女を責めない。短い時間だけどわくわくさせてくれてありがとうなのだ。なんていい奴なんだ。いい奴は、とことんバカでもある。

    問題は、こういう男は成長しないから、いくつになっても勘違いからの恋をし続けてしまうことだろう。

    もっとも、女性も、亭主の寝顔を見て、なんでこの人と暮らしているんだろうと思ったなら、スタートは勘違いだったと思うべきかもしれないが…。いや、この場合は計算違いかもしれないか…

    ひろ

  • 日本シリーズ真っ只中。
    ソフトバンクの2連勝でスタート。
    う~ん、おんぷ同様ソフトバンクを応戦する気がないのでちょっとがっかりなのだ。
    DeNAもこの2試合負け方が悪いからねぇ。圧倒されている感じ。
    今日から、ハマスタに戻るから大勝してくれるといいのだが…

    ドラフト終了。
    1位指名は公約どおり清宮。
    ドラフト前日、家内が「清宮はどこがとるんだろう?」というので、「あっさりと日ハムがもっていくんじゃないか」と答えたら、その通りになってしまった! 「阪神が獲る!」って言っときゃよかった(笑)
    清宮を外して、ピッチャーにするのかと思ったら、安田を指名。その心意気は買うけど、また外した。
    清宮か安田が獲れたら、話題性は大きかったけどね。
    でも、結果、現実的なドラフトの結果になったような。
    1位指名の馬場投手。知らないけど、ソフトバンクも指名したから有望なんだろう。
    気になるのは、熊谷内野手と島田外野手。熊谷は守備に定評のあるショートで、島田は俊足の外野手って評判。このところ、野手は打撃力で選んでいたような感じだから、守備や足ってのは新鮮で楽しみ。そういう選手も必要ですからね。
    ただ、FA権の行使が気になる大和と俊介の後釜ってことになるとさびしい。
    大和にも、俊介にも残ってほしいんだよね。この二人が抜けたらセンターラインはガタガタ。今年以上のエラー数になるんではないかと不安で仕方ないからねぇ。

    シーズンもドラフトも終わってしまって、大和と俊介のFAを気にしながら、まだこれから戦力外通告もあるんだろうとそっちも気になる。

    秋季キャンプも始まるし、来シーズンは、福留、糸井、鳥谷のベテラン勢を中堅、若手が駆逐するくらいになれば優勝だって狙えると思うのだ。まぁ、どこのチームもそうだとは思うけど。金本監督になって3年目だし、そろそろ育成から若手がレギュラー定着にならないといけないころだと思うのです。

    ひろ

  • 王子といったら…

    怪獣

    怪獣王子。
    私が幼稚園くらいのころ、「怪獣王子」という特撮番組があった。
    確か、子供がプロントザウルスという恐竜と一緒に、地球を狙う宇宙人だか怪獣と戦うという内容だったと思う。プロントザウルスは、陸上で生活する首の長い恐竜。その番組では「ネッシー」と呼ばれていた。子供が何かの事故で島に漂流してこのネッシーなるプロントザウルスに育てられた。その子供が敵と戦う時に使う武器がブーメンラン。

    ウルトラシリーズからの怪獣モノやネッシーの話題を取り入れた番組だと思われるが、今見れば、かなりつっこみどころ満載の番組だ。

    ネッシーはネス湖のUMA。水棲だからプロントザウルスではない。名前だけ借用したものだろう。てか、なぜ名前をつける必要があったのだろうか?
    恐竜に育てられた子供。狼に育てられた少女というニュースはあったが、狼は哺乳類だからお乳も出るかもしれない。しかし、爬虫類の恐竜はお乳を出さないのではないか?
    巨大な恐竜が人間の子供を育てるってのはかなり厳しくはないか?
    恐竜と意思疎通するってのは可能なのか?
    さらに、敵と戦う武器がブーメランってのは、かなり非力ではないか?
    ブーメランでやっつけられる相手ってどんなに弱いんだ?

    もう子供だまし以外のなにものでもない。
    そして、そのテレビを見ていた私は、子供だましに騙された子供である。それが証拠に、ブーメランを投げて遊んでいた記憶がある。
    たぶん、今だったらネットで話題沸騰、下手すりゃ炎上だろう。
    最近の子供はこの程度では騙されないに違いない。そういう意味では当時の私はなんて素直で純粋だったんだろうか。

    とにかく、私が最初に王子と名のつくものに出会ったのが、この「怪獣王子」だと思う。
    その次が、怪物ランドの王子様の「怪物くん」かもしれない。
    いや、待てよ、「リボンの騎士」のサファイアか? でも、サファイアは王女だから王子じゃない。

    怪物くんは血統が王子だからいいが、この怪獣王子には、王家の血なんか流れていない。ただの子供だ、それが誰が名づけたか、「王子」なのだ。
    だから、「ハンカチ王子」や「はにかみ王子」よりも前に、王子と呼ばれた一般人は怪獣王子が最初だと思う。
    もっとも、恐竜に育てられ、恐竜と一緒にブーメランで侵略者と戦う少年を一般人と呼んでいいのかは、わからないが…

    ひろ

  • ランチといったら…

    ラーメン

    昼飯に会社の近所のラーメン屋に行くことがある。
    自販機で買った食券を渡すと、必ず、「無料で大盛りにできますが」と訊かれる。ついつい、「では、お願いします」と答える。それが太る元なのだと思ってはいるのだが…。
    きっと、ランチタイムのサービスなのだろうが、これは果たしてサービスになっているのだろうか?
    同じ値段で大盛りが食べられる。それはありがたいが、だったら大盛りにしない場合は大盛り分を値引きしてほしいと思う。大盛りにしないと損した気分になるんだよ! その気分が太らせるんだよ!
    この手のランチタイムのサービスに、「小鉢1品サービス」なるものもある。いらないんだよ、小鉢! 小鉢分安くしろよ! と思ってしまう。
    そう思うたびに、せこい自分に嫌悪感を抱く。
    無用なサービスはいらないのだ。何もしなくていい。小鉢が必要ならお金を出して求めるから。大盛りにしたかったら大盛りの代金払うから。
    だから、普通盛りを安くして、大盛りにしたら普段の普通盛りの値段でいいですよって言ってくれよ!
    もっと別のサービスにしてくれよ!
    居酒屋でも散々注文してから、キャンペーンでこれがサービスで付きますなんて持ってくることがある。先に言えよ、先に! そうしたら頼む料理を1品減らしたかもしれないんだからよ!

    とんかつ定食を注文したら、サービスですってカツカレーが付いてくるのと同じなのだ。
    そんなに食えねぇよ! てか、カレーの気分じゃないんだよ! 
    おまけに、「全部食べきれない場合は、カツカレーの代金をいただきます」なんてことになっていたら、もうサービスなんだかぼったくりなんだかわからないじゃないか。

    サービスしてお客様に喜んでもらいたい気持ちはよ~くわかるのだが、もうすこしなんとかならないものかと思うこともしばしばあるのです。

    でも、「無料で大盛りにできますが…」と訊かれたら、「じゃ、お願いします」って、きっと答えてしまうのだろうなぁ。

    ひろ

  • 芋といったら…

    大学

    大学芋。
    なんで大学なのかという理由には諸説あるらしい。
    大正から昭和にかけて、神田界隈の大学生が好んで食べていた。
    昭和初期、帝国大学の学生が学費捻出のために作って売った。
    帝国大学赤門前のふかし芋のお店「三河屋」が販売した。
    諸説を諸説のままにして、白黒つけていないのがいい。

    好きな説をご自由にお選びくださいということか。
    神田界隈の大学生が好んで食べたというのは、どうなんだろうか? 好んで食べていたということは、そこそこ売れていたのだろう。本来の名前があったのではないかと思う。そうでないと買えないし…
    学費捻出というのは、苦学生の心温まるエピソードように思える。しかし、学費を賄えるくらいに売り上げたなら、そりゃもう青年実業家として立身出世すべきでがないか?
    赤門前のお店が販売していたとなるとやっぱりもともとの商品名があったのではないか? 
    三河屋さんで売っていた蜜をつけた芋を神田界隈の学生が好んで食べていたということになるのだろうか?
    いや、苦学生が三河屋さんアルバイトしていて、芋に蜜をつけた商品を開発したとか…。

    まとめてみよう。
    大正から昭和にかけての時代、田舎から上京した貧乏学生がいた。この学生が学費を捻出するために赤門前の三河屋というふかし芋を売る店でアルバイトをしていた。その学生が、芋に蜜をつけて売ったらどうかと考え、神田界隈の学生に食べてもらったら好評だったため、正式に商品として開発、「大学芋」と名付けて売ったところ空前の大ヒットとなったということになるのか?

    この際だから、三河屋さんには年頃の娘さんがいたことにしよう。娘が、その苦学生に恋心を抱く。当然、苦学生も娘のことが気にかかる。純情を絵に描いたような二人の恋はなかなか進展しない。そんなときに、なぞの中国人実業家が登場。中国人は娘を自分のものとしたくて、大学芋に対抗してチャイナポテトを販売し、三河屋の乗っ取りを画策する。三河屋は好条件の申し出に心揺れるが、苦学生は娘を誰にも渡せないと考え、娘も苦学生と添いたいと思い、三河屋を守るために奮闘し、最後は結ばれて三河屋を日本一の芋屋にする。
    というような話で、朝ドラを作ったらどうだろうか? 
    タイトルはもちろん、「イモ姉ちゃん」

    ダメだろうなぁ…

    ひろ

  • 仮眠といったら…


    落ちる


    穏やかな午後。授業中の静かな教室に、突如大きな音が鳴り響く。誰かの机が跳ねあがった音。ウトウトしているときに、無意識にビクッとしてしまう。誰もが経験したことがあるのではないか。
    これは、ジャーキング現象というらしい。名前があったことに驚いたが、誰でも経験があるのだから研究する人もいるのだろう。研究するにあたって「あのウトウトしたときのビクってなるやつ」では格好がつかないから、それらしい名前を付けるのは当然のことだろう。
    人間だけではなく、犬や猫でも起こる現象らしい。象やキリンでも起こるのだろうか? だとしたら、象やキリンが突然ビクッとするところを一度見てみたいものだと思う。

    疲労やストレス、寝心地の悪い体勢で寝ていることが原因らしい。確かに授業中にバレないように姿勢を正して寝るのは体勢が悪いだろう。

    入眠時に、脳の動き不安定な状態になり、筋肉に間違った指令を出すのだそうだ。脳も寝惚けるということか。いや、脳が惚けるから寝惚けるのか。
    眠り始めて全身の筋肉が緩み始める。その状態を脳が高いところから落下していると勘違いするのだそうだ。

    私は、夜寝るときにしばしばビクっとなる。ビクっとならなくても、夢現の状態で落ちている感覚になって死ぬほど驚いて目が覚めることがある。いや、起きているときでも、落下する恐怖に襲われることがある。ん? それは半分寝ているというとか? いや、違う。普通に考え事をしていてそうなる。ん? 考え事をしながら半分寝ているのか? 

    とにかく、これをジャーキング現象というのだそうだが、正直あまり浸透していない。授業中に、ビクッとした奴をみて、「ジャーキング現象だね」なんて言うやつを知らない。もっとも、今の子供たちは知っているのかかもしれないが、話題になっていないからやっぱり使われていないのではないかと思う。
    あの現象は、ジャーキング現象と言われずに、今でもやっぱり、「あのビクッとする奴」なのだろうなぁ。

    ひろ

  • 終わってしまいました。
    ファーストステージ敗退。

    先発能見が打たれて、ウィーランドに抑えられ、負けてしまった。

    この3戦ともに、今シーズンの阪神タイガースの集大成的な試合だったと思ってしまう。
    初戦は、メッセンジャーからマテオ、桑原、ドリスと完封リレー。福留の2ランを守りきる。
    守りでは、メッセンジャーとリリーフ陣が頼りだったし、打つ方もベテラン頼り。
    2戦目は、先制するも直後に追いつかれ、勝ちこされ、なんとか追いつくも、自慢のリリーフ陣が失点して負ける。あのリリーフ陣で負けたら、しゃーない。
    3戦目は、先発が立ち上がりにつかまり、相手の苦手投手を攻略できずに負ける。どんだけ苦手投手がいるんじゃ~

    先発投手が総崩れの1年だったのにかかわらず、2位。
    リリーフ陣が想像以上にがんばって、2位。
    期待の若手が伸び悩んだのに、2位。
    ベテランが引っ張って、中堅ががんばって、2位。
    がんばったよね。

    よく考えたら、金本監督ってCSは初めてだったんだよなぁ。
    短期決戦に慣れていなかったのかもしれない。目の前の1試合をどう戦うを考えた采配。
    対するラミレス監督は、シリーズを通してどう戦うかを考えた采配。
    終わってみれば、なんかそんな違いがあったような気もします。

    それでも、最後に、藤浪らしいピッチングを観られたことはうれしい話題でしょう。

    もう試合がないんだよなぁと思うと、退屈でしかたない。

    とりあえずの楽しみはドラフトだし、補強かなぁ。
    ってことは、さらなる戦力外通告やトレードもあるのだろうなぁ。

    あっ! 大和も国内FAか。俊介もそうだったかな?
    どうするんだろうか?
    大和と俊介がいなくなったら、守備力ガタ落ちになってしまう。
    なんとしても流出は阻止してほしいのだけどねぇ。

    ひろ

  • CSが始まりました。
    初戦は、メッセンジャーが6回まで0点に抑えて、4番福留の1発で先制して、マテオ、桑原、ドリスで抑えての勝利。今年の阪神タイガースの戦い方を象徴したような試合。

    どうせ、日、月は雨で中止だと思っていた。
    が、日曜日、中止の発表が出ないで、スタメンの発表があった。
    やるのか? やれるのか?
    やれるなら観たい。そりゃ、試合は観たい。

    テレビでグラウンドの状態を観たら、本気でやるのか? と思った。
    時間が経てば雨は止むってことなのだろうか、と思って観てたけど、止みそうにないじゃん。

    阪神が2点先制して、すぐ同点にされ、大山のホームランで勝ち越したと思ったら、逆転されて、梅野のスクイズで同点にしたら、一気に突き放された。
    こうやって書くとなんだかおもしろそうな試合なんだけどなぁ。

    試合を観ていて、自分が何の試合を観ているのかわからなくなった。
    私の観たい野球って、こんなんじゃないなぁ。
    こりゃ野球なんだろうか?
    やっている選手は必死なのはわかるけど…。
    せっかくのCSならば、もっといい状態でいいプレーを見せてほしかったなぁ。
    CSだから強行なのだろうけど、これじゃCSが台無しじゃないのか?
    もっと日程に余裕をもてないものだろうか?

    実は、CSを観に行きたくて、チケットゲットに燃えたのだが、ファンクラブの抽選に落ち、一般販売でも買えずに、ちょっとショックだった。
    ただ、昨日の試合を観ていたら、行けなくてよかったかとも思った。

    DeNAの打線は強いよね。
    あの状況で、内野の間を抜く強い打球を打てるんだもの。

    阪神はちょっと守りに入ったかも。
    同点で途中で中止になれば終了だったからねぇ。
    金本監督もどこかで、途中で中止になるって思いながらの采配だったかも。

    それと、ピッチャーが足りないのではないかとも思った。
    もしも、同点になって12回までとなったら、どうするつもりだったんだろうか?
    短期決戦だけに、先発を早々に交代するケースを想定するなら、ロングリリーフがもうひとりいてもよかったのではないか?

    ま、これで1勝1敗。
    今日はさすがに中止になった。そりゃそうだろうなぁ。
    明日が勝負。勝った方が翌日から広島へ。それも大変だよねぇ。

    明日は、阪神園芸さんにがんばって、いい状態のグラウンドで試合をしてほしいなぁ。

    ひろ

  • ビンといったら…

    手紙

    手紙をビンに入れて海に流す。
    どこかの誰かに宛てた手紙。
    どこかの国のどこかの浜で拾った人がその手紙を読む。
    そこから始まる絆。

    アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」では、事件の告発をビンに入れた手紙で行っていたのが印象的なのだが…

    これはどうなんだろうか?

    そもそも手紙を入れたビンを浜辺から投げても簡単に沖まで行かない。波で戻される。
    なんとか、沖まで運ばれたとしても、途中でクジラの腹の中に入ってしまうかもしれないし、どこかに流れ着くとは限らない。
    仮に、どこか異国の浜にたどり着いたとしよう。
    それを拾ってもらえるかもわからない。
    拾った人がいたとしても、手紙の文章を読めるとは限らない。なにしろ、異国の言葉だ。
    読める人に発見される。読めないが読めそうな知り合いがいる人に発見される。拾った人が何が何でも読みたくって異国の言葉を勉強する。
    えらいことだ。
    ま、それで読んだとしよう。
    返事を書くか、書かないか。
    では、書いたとしよう。
    それを郵送すればまだしも、拾ったビンに入れて海に投げたとしたらどうだ。
    もうこれは連絡手段ではない。
    無謀だ。無理だ。無駄だ。
    だからこそのロマンなのか?

    今は、SNSで見ず知らずの人とアクセスできる時代だ。
    こんなことをする必要のないだろう。

    そもそも誰とも知れない人に書く手紙の内容ってどんなものなのだろうか?

    それが、不幸の手紙だったら、もう最悪だろうなぁ。

    ひろ

  • しわといったら…

    おばあさん

    女性は、いくつになっても若く、きれいでいたいと思うものなのでしょうね。

    「しわ取りばあさん」

    むかし、むかし、あるところに、いつもニコニコと笑っているおばあさんが住んでいました。その隣の家には、いつもしかめっ面をしているおばあさんが住んでいました。
    ニコニコおばあさんは、目じりに笑い皺がたくさんありました。しかめっ面おばあさんは、眉間に皺がたくさんありました。
    ニコニコおばあさんは、ある夜に鬼の宴に出くわしました。おばあさんは、鬼たちの踊りを見てはニコニコと歌を聴いてはニコニコと笑っていました。
    「ばあさん、お前がそうしてニコニコしているおかげで、酒が美味くなるし、楽しくてしかたないわ。明日もここで宴をしておるので、また来るのじゃぞ。そうだ、必ず来るように、ばあさん、お前のその大事そうな皺を預かっておこう」
    鬼はそういうと、おばあさんの皺を取ってしまいました。
    翌日、隣のおばあさんの娘のように若返った顔を見て、しかめっ面おばあさんは、なんで皺がなくなったかを眉間に皺を寄せながら、しつこく聞きました。
    「お前はいったいどうして、あの皺が消えたんだ。こっそりコラーゲンを摂っていたのか? ボトックス注射か? それともヒアルロン酸注射か?」
    ニコニコおばあさんは、笑いながら、昨夜の出来事を話しました。
    「ならば、今夜はあたしがその宴に行ってくる」

    その夜、しかめっ面おばあさんは、意気揚々の鬼の宴に出かけていきました。しかし、しかめっ面おばあさんは、鬼の踊りを見ても、歌を聴いても、ただただ、しかめっ面をしているだけでした。
    鬼は怒りました。
    「ばあさん、お前のしかめっ面のおかげで、酒は不味くなるし、まったく宴を楽しめない。興ざめじゃ! 昨夜、預かった皺を返してやるから、もう二度と来るんじゃない!」

    その後、しかめっ面おばあさんは、ニコニコおばあさんの笑い皺の分も増えてしまい、しかめっ面がますますひどくなって皺もどんどん増えていきました。
    ニコニコおばあさんの方は、その後もいつもニコニコと笑って暮らしていましたので、いつのまにか、また、笑い皺が増えてしまったとさ。

    めでたし、めでたし

    ひろ

  • うざい

    母親

    息子にとって母親はうざい存在だと思う。
    娘にとって、母親がどういう存在なのかわからない。なにしろ、娘を知らないから。
    娘にとって父親はうざい存在なのだろうか? うざいというよりは、穢いかもしれない。

    なぜに、母親がうざいのか?
    口うるさいからだ。
    「宿題はやったの!」
    「片づけをしなさい!」
    「明日の支度は出来ているの!」
    確かにうるさい。
    息子がそれでもやらないと、「言われたことをやらないなら、もうお弁当もご飯もつくらないから! おこずかいもあげない!」と食糧補給路を断ち、兵糧攻めを企てる。食を司る母親は強い。
    母親からすれば、息子が困らないように注意をしているのだろうが、時々、自分の仕事を増やしたくないから言っているのではないかと思うこともある。
    父親からすれば、宿題ができていなかろうが、子供の部屋が散らかっていようが、明日の支度ができていなかろうが、知ったことではない。困るのは自分だから困ればいいし、困れば対策も考えるだろう。ただ、みんなで出かけるとか、他人様に迷惑かけることになる場合だけは、注意はする。

    口うるさい母親をうざいと思っているであろう息子だが、母親を嫌っているわけではない。何かあれば、母親に話をするし、具合が悪ければ母親を頼り、困れば母親に泣きつく。
    そりゃそうだろう。母親とは「おぎゃー」とこの世に出てくる前からの付き合いだ。母親のお腹の中に居候していたのだし、そんな容易く縁が切れるわけもない。
    息子は、母親をうざいと思いながらも好きなのだ。母親とは愛されるうざい人。
    これは、稀有な存在だ。

    普通は、うざい奴とは関わりたくないから、近寄らないし、距離を置く。関わらねばならないときは極力事務的に相手する。
    うざい奴は、自分がうざいと思われているなんて思っていない。
    「お前は、うざいんだよ!」
    「またまたぁ~、そんこと言ってぇ~」
    懲りない。
    懲りないからうざいのである。
    うざいは、自覚がないし、懲りないから、うざいが止まらない。
    うざいを止める方法はないのか? ストップ! ザ・うざい!
    たとえば、うざい奴とうざい奴を1日同じ部屋で二人きりにしてみるとか…。

    1日経って、部屋から出てきた二人はそれぞれこういうに違いない。
    「あぁー、本当にあいつ、うぜぇ!」

    うざい奴は永遠に自分のうざさには気が付かないのだと思う。

    ひろ

  • 話といったら…

    自慢

    自慢話。
    偏見だとは思うのだが、男の自慢話は、自分の苦労話からの手柄話というのが多いような気がする。あとは、車とか時計とか趣味の自慢とか。
    女性の自慢話は、彼氏自慢、旦那自慢、子供自慢が多いのではないか? 中には、友達自慢までいるかもしれない。うちの家内などは、そういう話を聞くと「自分自身がない」と思うらしく嫌いらしい。逆に言えば、私が他人に自慢できる旦那ではないということなのかもしれないが…。

    女性の会話によくある「この服いくらだと思う?」という話も一種の自慢話だろう。

    「その服、素敵ね」
    「いくらだったと思う?」

    この場合は、やっぱり予想よりも高い値段を答えるのがいいのだろう。

    「そう見える? 実は…」

    と言って出てくる値段は、特価でなければならない。

    買い物上手自慢なのだろうか?
    それとも、安い服でも高そうな服に着こなすファッション自慢なのだろうか?

    そう思うと、プチ自慢話は世の中にあふれているような…

    ひろ

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