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投稿コメント一覧 (47コメント)

  • 戦争犯罪の真実を暴く!!



    日本のメディアは、「利益」のために虐殺されている人々の真実を隠蔽している
    2013/11/24 00:00

    世界ウイグル会議研究センター副長のトゥール・ムハメット氏は、
    中国政府によるウイグル人弾圧に関して、
    日本のメディアに苦言を呈しています。



    2009年7月、ウルムチで約1万人のウイグル人がデモを行い、
    軍や警察が暴力で鎮圧し、大虐殺を行いました。
    日本のメディアは、この時からウイグルに関する報道を始めました。



    中国の公式発表では、死者は約300人ですが、
    ムハメット氏らが把握しているところでは、
    約3000人が殺されたといいます。



    「ウイグル問題、チベット問題をはじめ中国国内で起きている
    さまざまな問題があまり日本には伝わっていない。
    私は、これはおかしいと思います。
    日本は中国と違って、自由と民主主義を基本とする国家です。
    真実を、どこで何が起きているのかをきちんと伝えることが
    マスメディアの役割ですが、その役割を果たしていません」



    このようなことから、ウイグルの方々は、
    今年の天安門のような事件を引き起こしたのですが、
    中国政府は、ウイグル人をテロリスト扱いし、
    NHKや朝日新聞などは、中国の言いなりになり、
    中国側の意見を、そのまま垂れ流しているのですから、
    ムハマット氏の怒りは当然です。


    日本のメディアは、中国からの利益を得るため、
    虐殺されている人々を知りながら、真実を伝えないという姿勢を正し、
    人間として正しい行動を取るべきです。

    中国の官憲によって激しい拷問を受けるウィグルの若者  ↓

  • 知らないでは済まされないかも




    各界に広がる在日民による侵蝕




    半島勢力を日本国内へと誘導する。この流れの背景には、あの公明党らが制定に躍起になった「個人情報保護法」がある。この個人情報保護法の制定により、企業の採用活動には暗幕が降ろされることになった。出自や宗教、思想信条など、それらの事項を採用判断に取り込めなくなったのである。

    これが事実と思われたのがみのもんたの朝ズバ!の同番組での韓流ブームの特集に対し毎日新聞の記者のコメント
    http://www.youtube.com/watch?v=IDfEUKhCXps


    鈴木琢磨氏「・・・人間として上手ーくやればですね、北朝鮮に風穴を開ける、ひとつの大きな人間として育ってくれるかも知れないんですね。
    実際に、メディアにも朝鮮学校卒業生はたくさんいるんですよ。もう、ええ。

    そういう現実をもっとですね、、大阪には在日の人、たくさんいます。そこの首長であるあのー、橋下さんはもっと在日社会をリアルに知って欲しいんですね。
    情報収集というのも含めて」

    みの氏「なるほど・・・」
    (毎日新聞編集委員 鈴木琢磨氏のコメント)

    毎日新聞の在日枠による不正入社の在日記者が佐賀県知事にしがみつく
    http://www.youtube.com/watch?v=UPdOTjuA5aw


    この次の段階に来るものは何か。同じく、公明党、売国議員らが推し進める韓国の前例をもとに起草した悪法・人権擁護法案である。次の記事をご覧いただきたい。
    http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n116316

     マスコミへの脅迫や嫌がされ、在日のパチンコ、ロッテ、サラ金などのスポンサーの圧力、朝鮮系カルト創価学会のNHK,民放支配による恐ろしい情報操作、これだけの在日、韓国、北朝鮮が捏造した歴史がテレビでも新聞でも学校の教科書でも普通に掲載されるという恐ろしい朝鮮人の邪悪な権力です。

    在日の強制連行説の嘘 創氏改名を強要され名前を奪われた嘘 外国人参政権の違憲性と危険性 
    http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n110182

    北朝鮮のスパイ活動をする朝鮮総連、政治家と警察官僚のパチンコ利権
    http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n110633

    行政に嫌がらせ、脅迫して奪い取った在日特権
    http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n110554

    戦後の在日の悪行の数々
    http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n118670

     在日のスポンサーの圧力と朝鮮総連の脅迫、嫌がらせにより上記の事実はほとんど報道されません。

     在日枠が事実だと実感させ、唖然したのは去年の夕食中午後7時半頃、NHKはEテレのバラエティで「自己主張できない日本の草食系男子はもてず、自己主張できる中国、韓国人の肉食系男子が持てる」と言う日本人を侮辱するバラエティ番組。もう在日朝鮮人による違法行為によりNHKが乗っ取られている!

  • 願望を歴史の事実として



         そこに誇りを求め



    歴史を捏造してでも民族意識を高める




    「日本の植民地時代に民族の解放のため犠牲となった独立運動家たちが建国の主体になることができず、あろうことか、日本と結託して私腹を肥やした親日勢力がアメリカと結託し、国を建てたせいで、民族の正気がかすんだのだ。民族の分断も親日勢力のせいだ。解放後、行き場のない親日勢力がアメリカにすり寄り、民族の分断を煽った」

    ソウル大学教授の李 榮薫(イ・ヨンフン)氏によるとこれが現在の韓国の認識のようです。こうして強烈な民族意識は歴史を捏造歪曲し、民族自尊史観を作り上げていきます。

    民族の戦った歴史を捏造し、そこに誇りを求めます。天安の独立記念館には「独立戦争館」というのがあり、ジオラマで独立戦争の戦闘場面が再現されています。

    小学校国定教科書
    「(大韓民国)臨時政府は日本に宣戦布告して、連合軍と連絡を取りながら独立戦争を展開していった。わが民族の独立の意志が広く知られると、世界の強大国もわが国の独立を約束せずにはいられなくなった」

    わが韓民族は戦って独立を勝ち得た、ということにしたいのですね。そうだったらいいのにな、という願望を歴史の事実として捏造してしまったのです。臨時政府があったのは事実で、宣戦布告したのも事実ですが、独立戦争などやっていません。宣戦布告も意味のあるものではなく、サンフランシスコ条約に参加する資格さえありませんでした。

    人文系高等学校世界史
    「倭族(日本のこと)は大概東北アジア系統の族属と南洋族そしてアイヌ族の雑種だった。彼らは一時代には今日の九州と本州西部にかけて部落諸国家を成していた。彼等のなかで特に大陸に近い部落に住む倭人は三韓から文物を受け入れ、再びわが三国時代に至り、倭人は主に百済を通じ漢字と仏教徒各種技術の同文物を受け入れた」

    高等学校世界史
    「我が国の農業技術・漢字・暦法・仏教を日本に伝えてやったので大和政権はこれを活用し、国家の体裁を整えていった。日本の文化は新石器時代から我が国と中国の影響を受けて成長した」

    要するに日本は遅れた雑種部族だったが、韓民族が文化を教えてやったんだ、と言っているわけです。日本は8世紀には「日本書紀」などの正史を持ちますが、朝鮮では12世紀からです。

    日本には古典文学「源氏物語」「万葉集」などがありますが、朝鮮にはない。「源氏物語絵巻」「鳥獣戯画」のような絵巻物もない。国風文化というものが存在しないのです。

    李朝時代の小説は225種類あるそうですが、朝鮮を背景とした作品はたった71種でしかもそれは主人公が朝鮮出身のもので、物語の舞台が朝鮮であることを明示したものは21種類なのだそうです。ほとんどは支・那人が主人公で、舞台は支・那です。

    李榮薫教授は「生産と市場における信頼と法治と国家の歴史こそ真正な歴史である」として民族史のみに焦点をあてた現状に苦言を呈しています。やはり識者としてここまで歴史を捏造歪曲されているのを見ると危機感を覚え、弾圧されてでも警鐘をならしたくなるでしょう。

    この人が知性と理性の、人ソウル大学教授の李 榮薫(イ・ヨンフン)氏 ↓

  • ベトナムの証言

     ベトナム戦争で有名な住民虐殺は昭和43年(1968年)3月16日の米軍ソンミ村虐殺事件が挙げられますが、最も残虐だったのは韓国兵だったと言われています。

     南ベトナムクアンナム省フォンニィ・フォンニャット村の虐殺、ハミの虐殺、ゴダイの虐殺、タイヴィン虐殺をはじめ、村々で化学兵器まで使用して住民を殺戮しました。

    ベトナム人の証言

    「遠くでタイハンが私たちを呼んで手まねきした。かれらは手にアメを一握り持っていたので、私たちはわれ先にももらおうと走っていった。しかし私たち近づくと、アメをもっていたタイハンは笑いながら銃をとるや、いちばん先に走ってきた子どもの頭めがけて引き金を引いた。そうやって先にいった子どもが三、四人死んだ。私は殺されると思って逃げた。あれが果たして人間なのかと、身震いしながら走った。私たちは、大きくなったら必ず韓国からきたあの悪魔に復讐するのだと、なんどもなんども約束した」

    韓国人の証言

    「後輩のひとりが今年軍隊を除隊しました。後輩の話によれば、彼の部隊長は、ベトナム戦争のときに自分の部隊が村を丸ごと焼き払い、住民全員を撃ち殺したと自慢げに語っていたということです。かれらは修道女まで殺したそうです」

     この種の証言はベトナムでも韓国でも何人かに尋ねてみれば数多く聞き出せるといわれる。

     韓国軍の「フィアス・タイガー(猛虎師団)」「ブルー・ドラゴン(青竜師団)」が最も残忍無比だったと言われ、"索敵殺害" - "殺しつくせ、焼きつくせ、破壊しつくせ"という作戦の中で老若男女問わず赤ん坊まで殺戮した。ベトナムの退役軍人の人は次のように語っている。
    「韓国兵に会ったら、死に出会ったも同然だった」

     韓国軍はとりわけ女性にとって恐怖の的でした。韓国兵は残忍なやり方で女性をレイプしてから殺すのだ。米韓軍が共同でベトナム人の結婚の行列を襲って花嫁を含め7人の女性を強姦し、結婚式に呼ばれた客の宝石を残らず奪った上、三人の女性を川の中へ投げ込んだという事件まであった。

     韓国軍によるベトナム人大虐殺は推定で30万人を超すと言われている。

    朝鮮人は信じたいことしか信じない。
    見たいものしか見ない。
    現実と妄想の区別のつかない民族だ。

    ベトナム戦争での韓国軍によるソンミ村虐殺事件も忘れたらしい。
    いや問題にしたり騒いだりすると逆に国民から批難を受ける。
    だからマスコミも今更取り上げない。

    ベトナム戦争時、米国の要請に応じて最前線で戦った韓国軍(1965年から1973年)が残忍で、殺したばかりのベトナム人たちの内臓を取り出し、米兵などにもすすめながら食べた行為は現地ではよく知られている。

    ・・・捜索掃討作戦は、一次的にじゅうたん爆撃等で作戦地域を公開して, 韓国軍等の地上軍が現場に投入されて村に残っている住民たちを即決処分した後、家を燃やしてブルドーザー等で村全体を押し潰す方 式で展開した. 生存者の韓国軍に関する証言で共通な点は, 無差別機関銃乱射, 大量殺戮, 妊産婦, 女性に対する強姦殺害, 家屋への放火などだ. 生存者の証言を土台に韓国軍の良民虐殺方式を整理してみると、いくつかの共通した類型が現れる.

    ★住民たち(大部分が女性と老人, 子供たち)を一ケ所に集めた後、あるいはいくつのグループにまとめて、機関銃を乱射して抹殺する.

    ★住民たちを一戸に追い詰めて銃を乱射した後、家と一緒に死亡者も生存者も全部燃やす.

    ★子供の頭を割ったり首をはね, 脚を切ったり四肢を切断して火にほうり込む.

    ★女性を強姦した後、殺害して, 妊産婦の腹を胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す.

    ★住民たちを村のトンネルに追い詰めて毒ガスを浴びせて窒息死させる.

    韓国軍の大量虐殺が強行された所では、子供たちの口にキャンディやケーキが含まされていた. 老人たちの口にはタバコが 咥えられていた場合が多かった. 恐らく、村人を安心させながら一ケ所に集めるための手段だったようだ.

    http://www.altasia.org/hangyore/hangyore99256.htm

    しかしありもしない従軍慰安婦問題や100年近く前の日韓併合には執拗なほど粘着し謝罪と賠償を求める。
    日韓基本条約で解決済みであってもだ。

    同胞は同胞を殺さない。
    韓国軍は虐殺などしない。
    日帝は酷いことをしたに違いない。
    彼らの思考回路がそうなっている。

    事実などなんの意味もない。

  • 不幸な過去をとりあげるのは国益に反する!!




      ライダイハン(越:Lai ?・?i Han)とは、韓国がベトナム戦争に派兵した韓国人兵士による現地ベトナム人女性に対する強姦などの性的交渉によりもうけられた子供のこと。

    パリ協定による韓国軍の撤退と、その後の南ベトナム政府の崩壊により取り残され、「敵軍の子」として迫害された。

    「ライ」はベトナム語で動物を含む「混血雑種」を意味する蔑称で、ダイハンは「大韓」(朝:??)のベトナム語読みであるが、卑語であることから「ライダイハン」という語そのものがベトナムの公式文書に現れる例は少ない。

    韓国では、ベトナム語からの借用語として取り入れられ、「ライタイハン」(朝:?????)のように発音される。

    韓国の金大中大統領は98年にベトナムを訪問したさい、「遺憾」の意を表明、2001年8月にはソウルの首脳会談でベトナムのルオン大統領に対し謝罪したが、それは日本の加害責任を問いつづけている手前もあっての外交カードではないかと解釈されている。(会談直後 に、謝罪撤回)

    金大中は訪問時に公式謝罪を約束しながら、帰国後は国内の帰還兵団体の圧力に屈して、正式謝罪はしない。
    ベトナムは、未来志向であえて追及はしていないが、韓国はベトナムの姿勢を学ぶ気は全くないようだ。

    しかし、今でもこの虐殺を受けた村には碑があり、韓国人に対しての怒りは収まっていない。

    2000年12月ソウルで開かれたシンポジウムでも、指揮官クラスの人々は「新聞、雑誌は二度と記事を載せるな」「韓国の資本がベトナムヘ入って感謝されている。不幸な過去をとりあげるのは国益に反する。ベトナムから補償要求が出たらどうするのか」と反発した。

    元従軍将校や兵士達の中から、事実を認める参戦軍人の証言を掲載したハンギョレ新聞は、退役軍人の集団に襲撃、放火され、社員たちが暴行され傷つけられる事件を起こされている。

    それ以後、韓国のメディアは攻撃をおそれ、全く報道もされることなく、学校の教科書でも、「ベトナム戦争に米国とともに参加した」程度の短い文しか触れられず、若者の殆どが、朝鮮戦争のことなど全く知ることはない。

  • ◆京都で卒業したら留学生の永住OK…特区申請へ

    (読売新聞2013年4月11日14時24分)

     京都府は、府内の大学で学ぶ留学生に卒業した時点で永住を認める「大学ユートピア特区」を今年度中に政府に申請することを決めた。

     特区効果で海外から優秀な人材を呼び込んで大学の国際競争力を高め、永住によって京都や周辺都市の活性化につなげるのが狙い。認められれば全国初となる。

     府の構想では、全大学の学部・大学院を特区の対象とし、卒業時に永住を希望する留学生は原則許可を得られるようにする方針。

     日本学生支援機構の調査(昨年5月)によると、京都府で学ぶ留学生は6900人。東京都(4万3500人)、大阪府(1万521人)、福岡県(1万434人)に次ぐ4番目で、京都府と地元経済界は2040年に5万人に増やす目標を立てており、特区制定で達成したい考えだ。


     この3年ほどの間(と言うことは、民主党政権スタート時から)、主に支・那人留学生に対して、日本の大学を卒業すると同時に、申請さえすれば日本国籍を付与しようという政治行動が進行している。

    支・那人留学生には、自民党の親中派が進めた「腰砕け、負け犬」外交のおかげで、従来から日本の生活保護を上回る月額17万円の奨学金支援がされている。

    大学に学費相当額を納入しても日本で生活するには困らない額である。支・那人留学生の90%が支・那共産党の関係者だと言われているところ、在日支・那大使館が奨学金を一括管理している。

    日本の金で留学してきた支・那人は、奨学金を受給するために毎月支・那大使館(地方では領事館か?)に出頭している。そこで、何らかの情報提供をさせられているとのことだ。

    支・那大使館は、日本政府が措置した奨学金で情報工作活動をさせているのである。
    国費であるのだから、留学生に直接給付するなりすればいいものを、大使館の奨学金ピンハネに加担しているという卑屈さだ。

    さらにこれが国際問題として潜行しているようである。

    それは、他の外国人留学生にはそのような奨学金給付措置が配慮されていないという不満が燻り続けているというのだ。

    反日の不満分子予備軍に給付する金があるんなら、その金を他国の留学生に措置してやればいいのである。
    その前に、日本の経済的に恵まれない高校生の奨学金に措置すればいいのだ。

    日本人の大学生が受給する奨学金は一部例外を除いて、ほとんどが貸与奨学金で返還義務がある。

    給付奨学金を支・那人にくれてやる必要なんか無いんだ!

     山田啓二京都府知事 ↓

  • ◆「従軍慰安婦」の創作経緯

    ・支・那・大連生まれの元毎日新聞記者 「千田夏光」 が
    「従軍慰安婦」という言葉を創造、1973年「従軍慰安婦」を出版
     
    ・1983年 「吉田清治」 が自著「私の戦争犯罪」にて
    「済州島でイアンフ狩りをした」と記載 89年ハングル版出版、と同時に
    「青柳敦子」 が韓国で「訴訟費用は負担します」とビラ配り
     
    ・驚いた済州島で、地元紙「済州新聞」が綿密な取材を敢行、
    89年8月14日に『「私の戦争犯罪」は捏造』と報道
     
    ・2年後の1991年8月11日、突如 「朝日新聞」 が、
    「元慰安婦に聞き取り調査開始」と報道
    (いわゆる「イアンフ捏造キャンペーン」開始)

    記者は「韓国太平洋戦争犠牲者遺族会」理事の娘と結婚していた 「植村隆」 。
    NHKが終戦記念日企画として「イアンフ」捏造番組を放送。

    「青柳敦子」 が連れてきた「元イアンフ」は 「金学順」 。
    この後に東京地裁に提訴、訴状には「親に売られた」と記述
    (ここまで朝日は、常に韓国を『軍事独裁国家』と呼んで蔑んでいた)
     
    ・翌92年1月11日、 「朝日新聞」 が「慰安所 軍関与示す資料」と、
    「吉見義明」 の記事を報道。
    (内容はというと、軍と警察が違法業者を取り締まるという内容だった)
     
    ・1月16日 「宮沢喜一」訪韓、何の検証もなしにいきなり謝罪、
     
    ・1月23日、またしても「朝日新聞」が、
    夕刊コラムで「吉田清治」の「私の戦争犯罪」を紹介
     
    ・6~7月、正論8月号&諸君7,8月号にて、
    秦郁彦氏が 「吉田清治」 の捏造を看破、騒動が急速に沈静化
      
    ・「第一次サハリン裁判」で 「吉田清治」 が偽証、
    担当弁護士は翌年インドネシアで「元イアンフ2万人募集」をやる 「高木健一」 。
    「加藤紘一」が「慰安所には軍が関与」とし、1993年8月4日 「河野洋平」 が談話発表。
     
    ・1997年1月3日、『朝まで生テレビ!』で「吉見義明」が
    「強制連行&挺身隊が慰安婦にさせられた例は未確認」と自白。
     
    ・2001年、「金学順」 東京地裁で敗訴(判決前に既に死亡)、
    控訴&上告、2004年最高裁にて棄却

  • ◆「従軍慰安婦」の創作経緯

    ・支・那・大連生まれの元毎日新聞記者 「千田夏光」 が
    「従軍慰安婦」という言葉を創造、1973年「従軍慰安婦」を出版
     
    ・1983年 「吉田清治」 が自著「私の戦争犯罪」にて
    「済州島でイアンフ狩りをした」と記載 89年ハングル版出版、と同時に
    「青柳敦子」 が韓国で「訴訟費用は負担します」とビラ配り
     
    ・驚いた済州島で、地元紙「済州新聞」が綿密な取材を敢行、
    89年8月14日に『「私の戦争犯罪」は捏造』と報道
     
    ・2年後の1991年8月11日、突如 「朝日新聞」 が、
    「元慰安婦に聞き取り調査開始」と報道
    (いわゆる「イアンフ捏造キャンペーン」開始)

    記者は「韓国太平洋戦争犠牲者遺族会」理事の娘と結婚していた 「植村隆」 。
    NHKが終戦記念日企画として「イアンフ」捏造番組を放送。

    「青柳敦子」 が連れてきた「元イアンフ」は 「金学順」 。
    この後に東京地裁に提訴、訴状には「親に売られた」と記述
    (ここまで朝日は、常に韓国を『軍事独裁国家』と呼んで蔑んでいた)
     
    ・翌92年1月11日、 「朝日新聞」 が「慰安所 軍関与示す資料」と、
    「吉見義明」 の記事を報道。
    (内容はというと、軍と警察が違法業者を取り締まるという内容だった)
     
    ・1月16日 「宮沢喜一」訪韓、何の検証もなしにいきなり謝罪、
     
    ・1月23日、またしても「朝日新聞」が、
    夕刊コラムで「吉田清治」の「私の戦争犯罪」を紹介
     
    ・6~7月、正論8月号&諸君7,8月号にて、
    秦郁彦氏が 「吉田清治」 の捏造を看破、騒動が急速に沈静化
      
    ・「第一次サハリン裁判」で 「吉田清治」 が偽証、
    担当弁護士は翌年インドネシアで「元イアンフ2万人募集」をやる 「高木健一」 。
    「加藤紘一」が「慰安所には軍が関与」とし、1993年8月4日 「河野洋平」 が談話発表。
     
    ・1997年1月3日、『朝まで生テレビ!』で「吉見義明」が
    「強制連行&挺身隊が慰安婦にさせられた例は未確認」と自白。
     
    ・2001年、「金学順」 東京地裁で敗訴(判決前に既に死亡)、
    控訴&上告、2004年最高裁にて棄却


  • ◆京都で卒業したら留学生の永住OK…特区申請へ

    (読売新聞2013年4月11日14時24分)

     京都府は、府内の大学で学ぶ留学生に卒業した時点で永住を認める「大学ユートピア特区」を今年度中に政府に申請することを決めた。

     特区効果で海外から優秀な人材を呼び込んで大学の国際競争力を高め、永住によって京都や周辺都市の活性化につなげるのが狙い。認められれば全国初となる。

     府の構想では、全大学の学部・大学院を特区の対象とし、卒業時に永住を希望する留学生は原則許可を得られるようにする方針。

     日本学生支援機構の調査(昨年5月)によると、京都府で学ぶ留学生は6900人。東京都(4万3500人)、大阪府(1万521人)、福岡県(1万434人)に次ぐ4番目で、京都府と地元経済界は2040年に5万人に増やす目標を立てており、特区制定で達成したい考えだ。


     この3年ほどの間(と言うことは、民主党政権スタート時から)、主に支・那人留学生に対して、日本の大学を卒業すると同時に、申請さえすれば日本国籍を付与しようという政治行動が進行している。

    支・那人留学生には、自民党の親中派が進めた「腰砕け、負け犬」外交のおかげで、従来から日本の生活保護を上回る月額17万円の奨学金支援がされている。

    大学に学費相当額を納入しても日本で生活するには困らない額である。支・那人留学生の90%が支・那共産党の関係者だと言われているところ、在日支・那大使館が奨学金を一括管理している。

    日本の金で留学してきた支・那人は、奨学金を受給するために毎月支・那大使館(地方では領事館か?)に出頭している。そこで、何らかの情報提供をさせられているとのことだ。

    支・那大使館は、日本政府が措置した奨学金で情報工作活動をさせているのである。
    国費であるのだから、留学生に直接給付するなりすればいいものを、大使館の奨学金ピンハネに加担しているという卑屈さだ。

    さらにこれが国際問題として潜行しているようである。

    それは、他の外国人留学生にはそのような奨学金給付措置が配慮されていないという不満が燻り続けているというのだ。

    反日の不満分子予備軍に給付する金があるんなら、その金を他国の留学生に措置してやればいいのである。
    その前に、日本の経済的に恵まれない高校生の奨学金に措置すればいいのだ。

    日本人の大学生が受給する奨学金は一部例外を除いて、ほとんどが貸与奨学金で返還義務がある。

    給付奨学金を支・那人にくれてやる必要なんか無いんだ!

     山田啓二京都府知事 ↓

  • 不幸な過去をとりあげるのは国益に反する!!




      ライダイハン(越:Lai ?・?i Han)とは、韓国がベトナム戦争に派兵した韓国人兵士による現地ベトナム人女性に対する強姦などの性的交渉によりもうけられた子供のこと。

    パリ協定による韓国軍の撤退と、その後の南ベトナム政府の崩壊により取り残され、「敵軍の子」として迫害された。

    「ライ」はベトナム語で動物を含む「混血雑種」を意味する蔑称で、ダイハンは「大韓」(朝:??)のベトナム語読みであるが、卑語であることから「ライダイハン」という語そのものがベトナムの公式文書に現れる例は少ない。

    韓国では、ベトナム語からの借用語として取り入れられ、「ライタイハン」(朝:?????)のように発音される。

    韓国の金大中大統領は98年にベトナムを訪問したさい、「遺憾」の意を表明、2001年8月にはソウルの首脳会談でベトナムのルオン大統領に対し謝罪したが、それは日本の加害責任を問いつづけている手前もあっての外交カードではないかと解釈されている。(会談直後 に、謝罪撤回)

    金大中は訪問時に公式謝罪を約束しながら、帰国後は国内の帰還兵団体の圧力に屈して、正式謝罪はしない。
    ベトナムは、未来志向であえて追及はしていないが、韓国はベトナムの姿勢を学ぶ気は全くないようだ。

    しかし、今でもこの虐殺を受けた村には碑があり、韓国人に対しての怒りは収まっていない。

    2000年12月ソウルで開かれたシンポジウムでも、指揮官クラスの人々は「新聞、雑誌は二度と記事を載せるな」「韓国の資本がベトナムヘ入って感謝されている。不幸な過去をとりあげるのは国益に反する。ベトナムから補償要求が出たらどうするのか」と反発した。

    元従軍将校や兵士達の中から、事実を認める参戦軍人の証言を掲載したハンギョレ新聞は、退役軍人の集団に襲撃、放火され、社員たちが暴行され傷つけられる事件を起こされている。

    それ以後、韓国のメディアは攻撃をおそれ、全く報道もされることなく、学校の教科書でも、「ベトナム戦争に米国とともに参加した」程度の短い文しか触れられず、若者の殆どが、朝鮮戦争のことなど全く知ることはない。

  • ベトナムの証言

     ベトナム戦争で有名な住民虐殺は昭和43年(1968年)3月16日の米軍ソンミ村虐殺事件が挙げられますが、最も残虐だったのは韓国兵だったと言われています。

     南ベトナムクアンナム省フォンニィ・フォンニャット村の虐殺、ハミの虐殺、ゴダイの虐殺、タイヴィン虐殺をはじめ、村々で化学兵器まで使用して住民を殺戮しました。

    ベトナム人の証言

    「遠くでタイハンが私たちを呼んで手まねきした。かれらは手にアメを一握り持っていたので、私たちはわれ先にももらおうと走っていった。しかし私たち近づくと、アメをもっていたタイハンは笑いながら銃をとるや、いちばん先に走ってきた子どもの頭めがけて引き金を引いた。そうやって先にいった子どもが三、四人死んだ。私は殺されると思って逃げた。あれが果たして人間なのかと、身震いしながら走った。私たちは、大きくなったら必ず韓国からきたあの悪魔に復讐するのだと、なんどもなんども約束した」

    韓国人の証言

    「後輩のひとりが今年軍隊を除隊しました。後輩の話によれば、彼の部隊長は、ベトナム戦争のときに自分の部隊が村を丸ごと焼き払い、住民全員を撃ち殺したと自慢げに語っていたということです。かれらは修道女まで殺したそうです」

     この種の証言はベトナムでも韓国でも何人かに尋ねてみれば数多く聞き出せるといわれる。

     韓国軍の「フィアス・タイガー(猛虎師団)」「ブルー・ドラゴン(青竜師団)」が最も残忍無比だったと言われ、"索敵殺害" - "殺しつくせ、焼きつくせ、破壊しつくせ"という作戦の中で老若男女問わず赤ん坊まで殺戮した。ベトナムの退役軍人の人は次のように語っている。
    「韓国兵に会ったら、死に出会ったも同然だった」

     韓国軍はとりわけ女性にとって恐怖の的でした。韓国兵は残忍なやり方で女性をレイプしてから殺すのだ。米韓軍が共同でベトナム人の結婚の行列を襲って花嫁を含め7人の女性を強姦し、結婚式に呼ばれた客の宝石を残らず奪った上、三人の女性を川の中へ投げ込んだという事件まであった。

     韓国軍によるベトナム人大虐殺は推定で30万人を超すと言われている。

    朝鮮人は信じたいことしか信じない。
    見たいものしか見ない。
    現実と妄想の区別のつかない民族だ。

    ベトナム戦争での韓国軍によるソンミ村虐殺事件も忘れたらしい。
    いや問題にしたり騒いだりすると逆に国民から批難を受ける。
    だからマスコミも今更取り上げない。

    ベトナム戦争時、米国の要請に応じて最前線で戦った韓国軍(1965年から1973年)が残忍で、殺したばかりのベトナム人たちの内臓を取り出し、米兵などにもすすめながら食べた行為は現地ではよく知られている。

    ・・・捜索掃討作戦は、一次的にじゅうたん爆撃等で作戦地域を公開して, 韓国軍等の地上軍が現場に投入されて村に残っている住民たちを即決処分した後、家を燃やしてブルドーザー等で村全体を押し潰す方 式で展開した. 生存者の韓国軍に関する証言で共通な点は, 無差別機関銃乱射, 大量殺戮, 妊産婦, 女性に対する強姦殺害, 家屋への放火などだ. 生存者の証言を土台に韓国軍の良民虐殺方式を整理してみると、いくつかの共通した類型が現れる.

    ★住民たち(大部分が女性と老人, 子供たち)を一ケ所に集めた後、あるいはいくつのグループにまとめて、機関銃を乱射して抹殺する.

    ★住民たちを一戸に追い詰めて銃を乱射した後、家と一緒に死亡者も生存者も全部燃やす.

    ★子供の頭を割ったり首をはね, 脚を切ったり四肢を切断して火にほうり込む.

    ★女性を強姦した後、殺害して, 妊産婦の腹を胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す.

    ★住民たちを村のトンネルに追い詰めて毒ガスを浴びせて窒息死させる.

    韓国軍の大量虐殺が強行された所では、子供たちの口にキャンディやケーキが含まされていた. 老人たちの口にはタバコが 咥えられていた場合が多かった. 恐らく、村人を安心させながら一ケ所に集めるための手段だったようだ.

    http://www.altasia.org/hangyore/hangyore99256.htm

    しかしありもしない従軍慰安婦問題や100年近く前の日韓併合には執拗なほど粘着し謝罪と賠償を求める。
    日韓基本条約で解決済みであってもだ。

    同胞は同胞を殺さない。
    韓国軍は虐殺などしない。
    日帝は酷いことをしたに違いない。
    彼らの思考回路がそうなっている。

    事実などなんの意味もない。

  • 願望を歴史の事実として



         そこに誇りを求め



    歴史を捏造してでも民族意識を高める




    「日本の植民地時代に民族の解放のため犠牲となった独立運動家たちが建国の主体になることができず、あろうことか、日本と結託して私腹を肥やした親日勢力がアメリカと結託し、国を建てたせいで、民族の正気がかすんだのだ。民族の分断も親日勢力のせいだ。解放後、行き場のない親日勢力がアメリカにすり寄り、民族の分断を煽った」

    ソウル大学教授の李 榮薫(イ・ヨンフン)氏によるとこれが現在の韓国の認識のようです。こうして強烈な民族意識は歴史を捏造歪曲し、民族自尊史観を作り上げていきます。

    民族の戦った歴史を捏造し、そこに誇りを求めます。天安の独立記念館には「独立戦争館」というのがあり、ジオラマで独立戦争の戦闘場面が再現されています。

    小学校国定教科書
    「(大韓民国)臨時政府は日本に宣戦布告して、連合軍と連絡を取りながら独立戦争を展開していった。わが民族の独立の意志が広く知られると、世界の強大国もわが国の独立を約束せずにはいられなくなった」

    わが韓民族は戦って独立を勝ち得た、ということにしたいのですね。そうだったらいいのにな、という願望を歴史の事実として捏造してしまったのです。臨時政府があったのは事実で、宣戦布告したのも事実ですが、独立戦争などやっていません。宣戦布告も意味のあるものではなく、サンフランシスコ条約に参加する資格さえありませんでした。

    人文系高等学校世界史
    「倭族(日本のこと)は大概東北アジア系統の族属と南洋族そしてアイヌ族の雑種だった。彼らは一時代には今日の九州と本州西部にかけて部落諸国家を成していた。彼等のなかで特に大陸に近い部落に住む倭人は三韓から文物を受け入れ、再びわが三国時代に至り、倭人は主に百済を通じ漢字と仏教徒各種技術の同文物を受け入れた」

    高等学校世界史
    「我が国の農業技術・漢字・暦法・仏教を日本に伝えてやったので大和政権はこれを活用し、国家の体裁を整えていった。日本の文化は新石器時代から我が国と中国の影響を受けて成長した」

    要するに日本は遅れた雑種部族だったが、韓民族が文化を教えてやったんだ、と言っているわけです。日本は8世紀には「日本書紀」などの正史を持ちますが、朝鮮では12世紀からです。

    日本には古典文学「源氏物語」「万葉集」などがありますが、朝鮮にはない。「源氏物語絵巻」「鳥獣戯画」のような絵巻物もない。国風文化というものが存在しないのです。

    李朝時代の小説は225種類あるそうですが、朝鮮を背景とした作品はたった71種でしかもそれは主人公が朝鮮出身のもので、物語の舞台が朝鮮であることを明示したものは21種類なのだそうです。ほとんどは支・那人が主人公で、舞台は支・那です。

    李榮薫教授は「生産と市場における信頼と法治と国家の歴史こそ真正な歴史である」として民族史のみに焦点をあてた現状に苦言を呈しています。やはり識者としてここまで歴史を捏造歪曲されているのを見ると危機感を覚え、弾圧されてでも警鐘をならしたくなるでしょう。

    この人が知性と理性の、人ソウル大学教授の李 榮薫(イ・ヨンフン)氏 ↓

  • 特段の配慮があってしかるべきである



              ある程度の納税はこれを否定しないが




    1967年、同和信用組合(現・朝銀)に国税庁が脱税容疑で強制捜査に入った。在日コリアは、これに対して「納税要求は、民族差別だ」と抗議を繰り返し、「五項目合意」を結ばせた。これにより、朝鮮総連傘下の商工会は、納税が免除されるようになった。

                    五項目合意
    (1976年、社会党(当時)の故・高沢寅男衆議院議員の部屋で、総聯傘下朝鮮人商工連合会役員と国税当局の幹部の間で取り交わされた)

     在日朝鮮人の五箇条のご誓文ともいわれている既存特権です。

    1.朝鮮商工人のすべての税金問題は、朝鮮商工会と協議して解決する。
    2.定期、定額の商工団体の会費は損金(必要経費)として認める。
    3.学校運営の負担金に対しては前向きに解決する。
    4.経済活動のための第三国旅行の費用は損金として認める。
    5.裁判中の諸案件は協議して解決する。

    これによって

    ①在日朝鮮人の経営する店舗は、日本の税務署と直接税金について協議する必要が無く、②③④にかかった費用も実際なにに使ったのかノーチェック

    金額もノーチェック。
    税務署は、朝鮮人経営者の提出する書類に、朝鮮商工会のはんこが押してあると、もう何も言えません。
    全部損金で出せば、税金は発生しません。
    つまり、脱税しようと思えば簡単に出来る特権です。

    実例として1988年国会予算委員会議事録の在日優遇税制に対する自民党・浜田幸一議員の質問
    浜田「私の調査によれば、彼の経営する会社は、次のとうりだと言われております」

    ある在日企業の売上と納税額
    式会社プラザ・ヒカリ 売上 15億6850万円 納税額48万円
    有限会社銀星会館 売上 7446万円 納税額 0円
    ヒカリ観光  売上 20億4700万円 納税額 0円

    パチンコで儲けまくっても税金ゼロ
    出典:宝島社「北朝鮮利権の真相」
    免税特権の酷い実態の一部が1988年のハマコーの答弁より

    引用終わり 北朝鮮へ金を流した分、免税されるという事か

    当時の朝鮮総連の見解は、あくまで「いまだ日本は朝鮮に対して戦前の処理を終えていない。さらに日本にはいわれなき民族差別が厳然と残っており、在日朝鮮人に正当な人権はほとんど保障されていない。まして租税条約が締結されていない状況下、在日朝鮮人が納税義務のみを強要されることは不当である」というものであった。

    そこで税務署で私はこう主張したのであった。
    「在日朝鮮人の納税に関しては、朝日親善の見地からある程度の納税はこれを否定しないが、特段の配慮があってしかるべきである」と。
    この私の主張に対して、ほとんどの税務署職員は返答につまった。
    (中略)

    時には税務交渉で机を蹴飛ばし、灰皿を投げつけたりもした。それが高じて警察ざたになり公務執行妨害などで身柄を一時拘置されることもあったが、それは問題ではなかった。むしろそのような事態が起きれば起きるほど、私は同胞社会での評価が一段と高くなるのであった。

    したがって、乱暴な税務交渉に何のためらいもなかった。私の税務交渉は喧嘩そのものであった。商工会の上部組織は、常々「在日同胞たちが勝ち取ったすべての権利は、私たちの積極的な闘いによって手に入れたものである。日本政府が在日のために進んでなした善意の政治など一度としてあった試しがない」と主張していたし、私もそう思っていたからである。

    税務署で暴れて、無理やり優遇処置を取らせた事を自慢する在日コリア
    参考 「黒い蛇」の遺言状 張龍雲 小学館文庫 より

    もと朝鮮総連工作員、張龍雲氏 ↓

  • それにしても日本人はおおらかですね!




             次は安重根の石碑ですか・・・




    金沢に戦前に上海で爆弾を投げつけ多くの日本人を死傷させた反日活動家、尹泰吉。このテロリストの記念館が処刑された場所、金沢に※来年、開設される。日本人殺害を「抗日の英雄」と扱う在日韓国人の団体である在日本大韓国民団が中心となって進めており、民団石川県本部内に開設される予定だ。

    上海事変が勃発した1932年(昭和7年)の4月29日,日本軍は中国との停戦調停中,天長節(天皇誕生日のこと)兼戦勝祝賀式典を上海虹口公園で催しました.式典は国歌斉唱から始まったがその途中壇上に爆弾が投げられ軍首脳や外交官などに死傷者がでました.爆弾を投げた犯人はその場ですぐ取り押さえられたが,その人物こそ尹泰吉(ユン・ポンギル)だったのです.

    尹泰吉は1908年朝鮮忠清南道徳山面で生まれ,青年時代から漢学を好み,民族意識に燃えて,「月進会」を組織し,文・盲退治,共同耕作,消費組合の運営などさまざまな実践的活動に取り組みました.

    1930年尹泰吉23歳の時,日本支配の風刺劇を上演したことが原因で,官憲に狙われる身となったため,父母と身重の妻と子を残し上海へ亡命しました.
    そして,上海で「韓人愛国団」を組織する金九と接しテロによる抗日運動を選び,1932年4月29日の上海・天長節事件を起こしました.

    彼は「大韓独立万歳」と叫んだその場で逮捕され,軍法会議で死刑の判決を受け,1932年12月19日金沢の三子牛山で銃殺されました.

    その後,尹泰吉の遺体は墓標も立てられず,密かに暗葬されましたが,1946年野田山公園墓地の参道の下から在日同胞にて遺骨が発掘されました.

    掘り起こされた遺体は,ソウルに喪の「凱旋」をし,盛大な国民葬をもってソウルの国立孝昌墓地公園に葬られ,今は立派な記念碑が建っています.ソウルには 「尹泰吉記念館」も建てられ,また,郷里に近い大田忠武体育館前と「民族独立記念館」内には,銅像が建てられています.韓国では,伊藤博文を暗殺した安重根に比肩する英傑と評価されています.

    現在,石川県金沢市南郊の野田山墓地公園に「尹泰吉義士暗葬之跡」と「尹泰吉義士殉国記念碑」とが建立されており,はるかふるさと韓国を望んでいます.

    それにしても日本人はおおらかですね。
    日本人を大勢殺傷したテロリストの、義士としての石碑の建立を日本国内に認めているのですから。 ↓
    そのうち安重根の“殉国義士”碑も皇居前あたりにできるんじゃないでしょうか・・・

  • 事実はまさしくその通りなんです



               意識としてはそうじゃなくなっているんです





    『在日・強制連行の神話』( 鄭大均著 文春新書)

    「在日の多くは海峡を自らの意志で越えたのだ。 在日は強制連行されてきた人々とその末裔だとする主張がある。
    が、一世の証言に丹念にあたれば、それが虚構にすぎないことが分る」

    朝鮮人によるマスコミへの卑劣な圧力が無かった頃は、朝日新聞も大量の密入国者がいる事実を報道してました。
    『朝日新聞 1959年6月16日付』(「世界」2000年10月号 戦後日本「在日外国人」の虚像と実像 原尻英樹)より
    「密入出国をしたまま登録をしていない朝鮮人がかなりいると見られている」

    戦時徴用による強制連行についての資料
    3)1974年の法務省編「在留外国人統計」によれば、在日韓国・朝鮮人の日本上陸は昭和16~19年の間は1万4514人。
    「国民徴用令」による徴集は19年の9月以降の僅か4ヵ月間であるから、単純に計算しても、この期間に徴用された者は 昭和16~19年間の1万4514人の12分の1、つまり1210人ほどにすぎない。

    昭和20年9月1日以前は679名であり、
    それを加えた概算1889人ほどが、真に徴用の名に値する在日朝鮮人だという事になる。

    仮に「官斡旋」を徴用の概念の中に入れ、官斡旋が行われていた昭和17年2月~19年8月の来日者の推計数を全部加えても 約1万1300人ほどである。
    したがって、在日全体の僅か0.5%未満にすぎない事になる。

    「これでは困る韓国」呉善花、崔吉城 1997 より
    呉「在日の人たちにしても、植民地時代も自分の意志で積極的にきた人のほうがずっと多いんじゃないですか。強制連行で連れてこられた人たちはほとんど帰ってしまったわけですから。」

    崔「そこはいいポイントです。事実はまさしくその通りなんです。ところが、そうであるにもかかわらず、意識としてはそうじゃなくなっているんです。 自分も植民地のときに強制的につれてこられたのだと、これはアイデンティティ としてそうなってしまっているんです。」

    在日朝鮮人が必死で隠す君が代丸の史実
    http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n124926?fr=rcmd_chie_detail

    なぜ、戦後の朝鮮人の密入国が多く、なぜ在日は必死で嘘を付いて嫌いな日本に永住するのか?
    理由その1 韓国が行った、共産主義者大虐殺
    http://ja.wikipedia.org/wiki/済州島四・三事件
    帰国すれば報復が怖くて在日は帰国しません

    理由その2 韓国の兵役が嫌だから
    在日が帰国したがらない一番の理由が韓国の兵役が嫌だからだそうです。

    理由その3 在日に対する、韓国での激しい差別
    在日は朝鮮王朝時代の八段階の階級で最も階級が低い、白丁(ペッチョン)という奴隷階級の子孫です。日韓併合時、日本が奴隷階級の白丁を解放しましたがそれでも韓国で激しい部落差別のようなものを受け、生活が苦しくなり日本やアメリカに大量移民しました。

    韓国へ帰国すれば白丁の子孫として日本に住んでいるより在日は差別を受ける、朝鮮戦争の時逃げた、兵役逃れで白い目で韓国人から見られ、韓国の兵役が嫌なので在日韓国人は帰国したがりません。韓国人は在日を韓国語で国捨て人の意味で※半チョッ・パリと言って、日本人以上に嫌い差別するそうです。

    ※チョッ・パリ 意味は韓国語で豚の足。転じて日本人の足は豚の足のように短いと言う意味で韓国人が日本人を軽蔑、馬鹿にする言葉

    半チョッ・パリは韓国を裏切り、韓国人に酷い事した日本に逃げ込み裏切った、韓国人ではない、半分日本人と同じだと韓国人が在日を軽蔑する意味で韓国人は在日を半チョッ・パリと呼ぶ

    在日が北朝鮮に帰国すれば朝鮮戦争の時逃げた罰で強制収容所送りです。そこで日本に残るために強制連行と言う嘘を付き始めました。

    1948年4月3日韓国済州島大虐殺事件 ↓

  • 寛大に扱った



                 罰則なし



                          大量流入




    在日コリアの来歴

    1. 強制連行説の嘘
    参考)「教科書が教えない歴史(4)」 藤岡信勝 平成9年 扶桑社
    年代 法令 日本・台湾 朝鮮

     1938 年 国家総動員法(国民徴用令は1939 年)が成立
     15~45 歳までの男子、16~25 歳までの女子が徴用
     徴用の代わりに、内地の企業による求人活動が許可される
     1942 年 人手不足により、「官斡旋」による募集が始まる
     既に徴用済み日本企業への就職が斡旋される。しかし、雇用先を辞めても罰則なし。

    1944 年 朝鮮に初めて徴用令発布(実質、六ヶ月間で終了)
     既に徴用済み本人の意志を優先した為、達成率は79%に留まる。
    注釈)強制連行は徴用の歪曲であり、その徴用も朝鮮人には中々課されなかった。
     なお、徴用で来日し、残留した朝鮮人はわずか245 人。出典)朝日新聞1959 年7 月13日付

    2. 土地収奪による移民説の嘘(本当の来歴) 

     戦前は、一大畜産地・済州島で牛の疫病が発生して生活難に陥った島民が、当時 存在した済阪航路に乗って大阪に大量流入し、その後全国に広がった。
     大阪や東京では7割ぐらいを同島出身者が占めていた。戦後も在日ネットワークを頼って1970 年頃まで韓国人の日本への密入国が続いた。

     在日における済州島出身者の比率の異常な大きさと、朝鮮半島の総人口に占める 同島民の比率の小ささを考えると、朝鮮総督府の土地調査事業で土地を奪われた農民が、仕事を求めてやむなく来日したというのも嘘だとわかる。
     今日の在日韓国・朝鮮人には、戦後の密入国者とその子孫がかなりの比率を占めている。
     日本政府は、在日の永住権を巡る韓国政府との外交交渉で、密入国者に関しても寛大に扱った。

        米国公文書の秘密文書を調査したブルース・カミングス・シカゴ大学教授 ↓

  • 日本は、もうやりません!!







              バカらしくて!!







                      更生計画下の国の管財人など!!








    韓国は1997年に国家破綻の危機に陥った後、IMF・日本などから総額570億ドル(現在のレートで57兆円)に上る救済金融を受けました。

    支援の内訳は、IMFが210億ドル、日本が100億ドル、日本が第2位の資金供与国である世界銀行が100億ドル、日本が第1位の出資国であるアジア開発銀行が40億ドル、米国が40億ドルなどでした。

    日本は自国にも金融危機が波及していたにもかかわらず、日本の金融機関(民間銀行)に韓国の借金返済期日を延期するように説得をして合意を取り付けました。

    また、日本は欧米の民間銀行とも交渉をして、「日本は韓国を見捨てない」という安心感を世界中の投資家に与え、韓国の借金返済期限を延期することで合意しました。

    韓国に対する救済金融を主導していたのは日本です。


    韓国は、いずれこうなる。 ↓

  • 「解決済み」






              「消滅した」






                    ところが、ゾンビのごとくうごめきだした!!






    ソウル高裁は10日、1965年の「日韓基本条約」と、これに伴う協定を全否定した不法判決を下しました。

    ソウル高裁は、日本に「強制徴用」され、賃金を支払われなかったと主張する原告4人が新日鉄に損害賠償を求めた訴訟の差し戻し控訴審で、原告勝訴の判決を下しました。

    判決では、「日本政府が韓国政府に支払った経済協力金は、請求権と法的な対価関係にあるとは言えない」「請求権協定は植民地支配に対する日韓両政府の合意がない中で締結された」としました。

    そして、韓国人原告らの「損害賠償請求権は消滅していない」としました。

    ソウル高裁は、新日鉄(旧日本製鉄)に、原告1人当たり1億ウォン(約880万円)と遅延損害金の支払いを命じる判決を言い渡しました。

    戦後の補償問題で、韓国の裁判所が日本企業に損害賠償を命じたのは初めてのことです。


    しかし、原告の4人は1941年から43年にかけ、日本製鉄の募集担当者に十分な食事と賃金を保障し、技術も習得できるなどと懐柔され日本に渡ったと主張しています。

    韓国人は徴用を「強制徴用」と主張していますが、当時の朝鮮人は日本国民であり、日本国民と当時は日本国民だった台湾人と同じで徴用に応じる義務がありました。

    なにより、韓国人原告が日本に渡ったと主張している、1941年から43年に朝鮮で徴用は行われていません。

    朝鮮で徴用が行なわれたのは、1944年9月から翌年3月までのわずか7ヶ月だけでした。

    つまり、自由意志で企業の募集に応じた出稼ぎ労働者であり、給与が支払われないなど労働条件が違えば、同じ日本国民として国家機関への訴えも可能でした。

    1997年12月、今回のソウル高裁で勝訴した原告のうち2人は新日鉄を相手取り、賃金の支払いと違法行為による損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こしました。

    大阪地裁の判決では、原告の損害賠償請求権は「日韓請求権協定で解決済み」とし、原告が敗訴しました。

    2003年10月、この判決は最高裁で確定しています。

    日本の裁判では、「1965年の日韓請求権協定で個人請求権も消滅した」として原告の訴えを却下し、当時の韓国政府も同じ見解を取っていました。

    2005年、韓国人原告らは、新日鉄を相手取り韓国で訴訟を起こしました。

    韓国での訴訟では、一審、二審ともに「日本の確定判決は韓国でも効力が認められる」と判断、原告敗訴の判決を下しました。

    日本で訴訟を起こしていない残りの原告2人に対しても、「旧日本製鉄の違法行為は認めるが、旧日本製鉄は新日鉄と法人格が異なり、債務を継承したとは見なせない」とし同判断を示しました。

    2012年5月、韓国最高裁(大法院)で、大東亜戦争当時に徴用された韓国人元労働者らが、三菱重工業と新日本製鉄に損害賠償などを求めた裁判の上告審がありました。

    韓国最高裁は、
    「日本の判決は日本植民地時代の強制動員そのものを違法と見なしている韓国の憲法の中核的な価値と真っ向から対立する。こうした判決をそのまま承認することは、韓国の善良な風俗やその他の社会秩序に反する」
    と判断しました。

    韓国最高裁は併せて、旧日本製鉄と新日鉄の法的同一性を否定した原審の過ちを指摘し、「1965年6月に締結された韓日請求権協定により個人の請求権も消滅したとは見なし難い」と判断しました。

    つまり、韓国最高裁は1965年の日韓請求権協定について、「個人の請求権は消滅していない」とし、「被害者に賠償すべき」という判断を下したのです。


    韓国最高裁は原告敗訴の判決を取り消し、ソウル高裁に審理を差し戻しました。

  • 善は一つでほかは悪!!








                   悪は排除しなければならない!!







    拓殖大学の呉善花教授は、「今後、日本が韓国に対してどのように向き合っていけばいいか。まず言いたいことは、日本は韓国に対してつねに甘すぎるということだ」「日本と韓国では、精神構造が根本的に異なっている」と述べています。

    呉善花教授は、韓国・済州島生まれで1983年に来日し、その後日本に帰化した韓国系日本人です。

    韓国で生まれ育った呉善花は韓国人について、「思想的に善は一つでほかは悪、つまり韓国人がいっていることが善で日本人のいうことは悪であり、悪は排除しなければならない、という思考から抜け出せないのである」「人間にはいろいろな考え方があるから話し合いましょう、という価値観が韓国にはないのだ。」と警告しています。

    そもそも、日本は日韓基本条約締結時に1円の金も渡す必要がありませんでした。

    日本は、日韓併合により糞・尿を垂れ流していた朝鮮人に読み書きを教え、インフラを整備するなど朝鮮半島への諸政策の結果、当時、未開固・陋の後進国であった韓国は今日、近代化を遂げられたのです。

    大東亜戦争終結後、今日、韓国がG20入りをできたのは日本からの無償・有償援助など莫大な経済支援によるもので、日本の資本、つまりは日本国民の血税の持ち出しに拠る結果に他ならないのです。

  • 特に満足の旨仰せあり!!






              「富強の実を認むる時に至る迄」の文字を加へ






                     聖意を満足ならしむる!!






    歴史を捏造する韓国は、第二次日韓協約の交渉の際、「伊藤博文が韓国駐箚軍(日本軍)にソウルの宮殿を包囲させていた」と、条約の不法性を主張しています。

    韓国では、儒者などによる「騒擾(テロ)」が、日露戦争中の1904年(明治37年)から異常に多く発生して日本を悩ませていました。

    韓国駐箚軍が王宮前広場で演習などを行った日は、李完用学部大臣の邸宅が焼き討ちされる等の状況でした。

    日本は、テロ防止の目的からソウル市内と宮殿を警護しただけで、第二次日韓協約締結は不法ではありません。


    第二次日韓協約の交渉中、韓国皇帝の高宗らが儒者などを使った「テロ」を企てており、伊藤博文は韓国側の策略を知りました。

    1905年11月15日の高宗との内謁見で、伊藤博文は「昨今儒生輩を扇動して上疏献白を為し秘密に反対運動を為さしめつつありとの事は、疾く我軍隊の探知したる所なり」と述べました。

    伊藤博文の指摘したことに対して、高宗は反論できずに、伊藤博文ら日本側は交渉を続け、韓国側は納得して第二次日韓協約を締結したのです。

    第二次日韓協約締結について、高宗は納得どころか満足していました。

    暫くあつて李内相、李宮相出来り、陛下は該修正案を満足に思召し裁可を与えらるるへきの処、今一箇条陛下の御希望として、韓国か富強を致し其独立を維持するに足るの実力を蓄ふるに至らは此条約を撤回する旨の字句を挿入せんことを特に大使に懇望せらるるとの御沙汰に基き、大使は聖意を満足ならしむる為め自ら執つて協約書の前文中に『韓国の富強の実を認むる時に至る迄』の文字を加へ、再ひ李内相、李宮相をして聖覧に供せしめたるに、陛下は特に満足の旨仰せあり。
    「伊藤特派大使日韓新協約調印始末」(日本外交文書)

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