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投稿コメント一覧 (3528コメント)

  • >>No. 248678

    >「特異的」なのはよいが、
    方形で寸足らずでは、
    情報源の「大作冢(徑百餘歩)」とは、まるで違い、
    はなっから話にならないと言うことですね。<

    祇園山はドーム状の高まりの上部に四角錐の構造体が乗っている。
    複数の埋葬が認められたのは四角錐部の裾だが、
    この場所は円と四角からなる二段構造の一段目の上部にあたるんだ。
    円形の下部構造の大きさは徑百餘歩でも矛盾しない。

    前方後円墳が平面上に円と方が繋がっているのに対し、
    祇園山は円の上に四角錐が繋がっている興味深い構造だ。

  • >>No. 248656

    >殉葬遺体があるかないかは、
    墓域全体を、掘り返して見ないとわからない。
    単なる「仮定」で議論しても、
    らちが明きません。<

    相当数の墳墓が発掘調査されているのが現実です。
    残念ながら特大の古墳はやんごとなき理由で調査されていないのも事実ですが、
    それでも発掘事例から古墳は一定のルールで造られているというのが結論であり、
    それを単なる「仮定」と言ったら学問が成り立たないと言う想定では、
    共通点を持つ多くの発掘事例からこの国では殉死の実績は認められません。

    話題になっている祇園山は、
    その形状の独立性や複数の埋葬が行われていることが特異的です。

    その立地が筑後川をのぞむ久留米の平野に突き出した尾根の末端であることも含め、
    邪馬台国の存在位置を示す可能性のある九州でもここだけの墳墓で、
    とても興味深いものです。
    畿内には無いです♪

  • >>No. 248653

    >貴殿の「「殉葬墓」を示すのは困難だ。」に
    同意したはずだが・・・・<

    卑弥呼以死 大作冢 徑百餘歩 殉葬者奴婢百餘人
    「殉葬墓」が無ければ、そこは卑弥呼が葬られた地では無いってこと!

  • >>No. 248640

    >簡単にわからないものは、
    特定情報に成らないと言うことです。<

    何度も言わせないでほしいが、殉葬を示す遺跡は、
    畿内を中心とするエリアからは発掘されていないんだ。

    この意味がわかるか?

  • >>No. 248637

    >「殉葬墓」と「集団墓」の違いは如何に?<

    畿内を中心に分布する古墳からは「殉葬」をうかがわせる発掘事例はない。
    よってどのような様相の墳墓が「殉葬墓」を示すのは困難だ。
    一方で「集団墓」は弥生の墳丘墓が多く知られている。
    そこでは同じ墳墓に複数の埋葬が行われ、それぞれの埋葬状態に差が認められない。

    この視点から祇園山をみると、頂上部に埋葬された人物と、
    裾から発掘された数十の埋葬事例とは明瞭な違いが認められるから、
    これらを集団で括ることは出来ない。
    すなわち複数の埋葬が行われていても集団墓とは言えない。

    >原文によれば、殉葬されたのは「奴婢」である。
    恐らく、品物同然の「奴婢」なら、
    副葬品や家畜の殉葬の様に、まとめて埋葬されるだけであろう。<

    いつも言ってるべ偉そうにするなと!
    品物同然の「奴婢」がどのように埋葬されたかは不明だが、
    殉死する「奴婢」が品物同然とは限らないべ!
    被埋葬者の死後に向けて殉葬したのなら、
    黄泉の国でもお仕えするよう特別な扱いで葬られたとしても矛盾はない。
    死んじまった奴婢と、これから殉死する奴婢は価値が違う。

    >墓域全体を掘り返して見ないとわからない。<

    祇園山は九州自動車道を通す為に事前に本格的な発掘が行われたヨ♪
    ちょっとは勉強しろといつも言ってる!

  • >>No. 248545

    >紀元前5世紀頃の燕と交易していた頃の倭人<

    その時代は列島に倭人がようやくやってきた頃。
    鉄はあったとしたら持参品でしょ。

    >邪馬台国以降では大和地方の朱が輸出品<

    いきなり6~700年も話を飛ばさないように!
    あなたの投稿じゃ、奴隷じゃなかった?

  • >>No. 248532

    勝手に生口を奴隷と同列にしてはいけない。
    出かけた先の女性を相手にするなんて、国内の女性の反乱が怖い。
    馬は卑弥呼の時代にはいなかった。
    きみの言い分は無茶苦茶だよ!

  • >>No. 248529

    >邪馬台国の時代から朝貢する場合は生口という奴隷を
    献上してました
    奴隷を商品にするのが倭人の交易形態です<

    あなたサ。言ってることが破茶滅茶だよ。
    ↓あなたの投稿だ

    「戦争ともなれば多くの戦争奴隷が発生します
    華北の人間を華南に売っていたのでしょう
    列島にもその奴隷は入ってきたでしょう」

    列島が奴隷を古墳造営に輸入してたんだろ!
    それがこの投稿じゃ真反対の列島からの輸出品になってるゾ!

    それとも華北の奴隷と列島の生口とじゃ交換比率が違うとでも?
    敷嶋の大和男一人でちゃんけは十人とかか?
    古墳造営の単純労働なら数がものをいうから、交易の利権が大きいとか?
    あほらし!

  • >>No. 248528

    >鉄、馬<

    鉄の入手先は弁韓でしょ。交渉相手が違うんじゃないか?
    馬は卑弥呼の時代には仮に存在しても少数だったろうから時代が違う。
    それにこれらの入手が巨大古墳の造営を可能にするメカニズムは?

    >渤海湾女性は列島の縄文系男性の本来のパートナー女性が無くなってしまうほどの影響を残したとしか思えません<

    難解な日本語だが、忖度するに、
    縄文系女性が遺伝子を伝えることが出来ないくらい、
    渤海湾女性が魅力的で男子の大半を独占したと言うことか。
    縄文系女性はHの対象じゃなくなったんだ。

    >貴方は現代日本人のミトコンドリアDNAの渤海湾地域との相似性を
    どう説明するのか<

    相似性が認められるなら、同じ遺伝子集団の子孫ってことでしょ♪
    その中で渤海湾地域に残った人と列島に来た人がいたってこと。

  • >>No. 248526

    >当時の交易は物だけでなく人間も取引されていました<

    人も物扱いってことサ。
    交易で物々交換ではない交換物って何だ?

    >それで得た膨大な利益で巨大な古墳を造営したと思われます<

    膨大な利益ってあなた、具体的には利益の中身は何?
    古墳を作る労働力?
    優秀な古墳造営集団をゲットしたとでも?

    それとも古墳に必要な資材か?
    これらは全て輸入品ではなく国内調達だべ!

    無茶苦茶な投稿は残り少ない期間を無駄に費やすだけ!

  • >>No. 248403

    ところで列島に残された多くの古墳の大部は解放されている。
    例えば葛城氏が残したと考えられる馬見古墳群は公園になっている。

    ここではナガレ山古墳が公園として整備されており、
    造営時の様子を見せるようになっている。
    ここに立てば古墳へのアクセス法が自ずと見えてくる♪

  • >>No. 248401

    前方後円墳の円噴部分のみで造営された円墳は列島には存在しない。
    もしこんな墳墓を選んだ集団がいて、被葬者をその頂部に埋葬するとしたら、
    遺体はどこからでも良いが裾から頂部に上ったことでしょう。

    でも方部が併せて造営されていれば話は異なって来る。
    まず、方部に上り、そこから後部の円頂部へ進んだであろう。
    方部の役割が通路と儀式の場ととらえる思想だ。

  • >>No. 248397

    円噴とはお皿を伏せたような円錐を切り取った形状を積み上げて造営されている。
    何段かの層を積み上げているが、それぞれの段は方部とそろっている。
    そして段差部には犬走のように並行部があって歩くことが出来る。

    初期の古墳では方部に比べ円部の方が段数が多い。
    つまり円部の方が高い。
    これらの頂部は平たくなっている。

  • >>No. 248388

    前方後円墳について考えて見る。

    これは寺沢と言う学者の受け売りだが、帝国では円天地方の概念がある。
    前方後円墳はそれに影響を受けて列島で完成した施設であり、
    そこで行われた儀式にも大陸の思想が色濃く反映されている。

    つまり円と方はセットということだ。
    それを自己都合で分離しても噴茶ものと言うこと。

  • >>No. 248384

    おはよう

    小まめに「そう思う」「そう思わない」をクリックするってどんな人なんですかね?
    mkpoは冥府魔導の世界に踏み込んで迷ってますから、
    早く成仏させてあげるのが慈悲ってもんです。
    プクプクチ~ン♪
    そう言えば伊調選手が復活しましたね。大したもんです!

  • >>No. 248349

    おい、いい加減にしろといつも言ってるベ。

    >埋葬主体は「円墳部分」ですよ。
    「方部分」や 「周濠部分」は墓域に過ぎません。<

    「方部分」にも埋葬施設がある事例が多数発掘されてるベ。
    しかも河内に移る頃には「方部分」の方が高くなるんだ。
    円部が必ずしも主体とはならないってこと!

    >これら外構部分は、工程上、一番最後の工事になります。<

    方部を勝手に外構とするな!、は、さて置く。
    方部は円部と同時に構築されたと言うのは定説だよ。

    まず円部の中心を決め、
    円部と方部の外寸を地表に書くんだ。
    そしたら、その外側を掘って溝部を造ると同時に、
    掘り出した土を円部や方部に積み上げて、これらを造成する素材とするんだ。
    土は現地調達ってこと。

    君アホでしょ♪

  • >>No. 248310

    えーとですね。
    ポンちゃんは勝手に造語するんです。
    だから、いちいち、その言葉の定義の確認が要るんです!
    どうせ中身はぐちゃぐちゃなので、
    面倒くさいから、結局アホって言っておしまい。
    プクプク・チ~ンとなります。

  • >>No. 248287

    >「自分の認識=事実」になっていて、事実は事実だろうが~、と考えている<


    ポンちゃんの頭の中は私にゃわかりませんが、
    「考えている」なんて高尚なもんじゃなく、
    いつもの頑迷な駄々っ子書きこでしょう。
    過去の事実が事実とは別物と理解出来てませんから♪

  • >>No. 248280

    「統計的推論」を「ある集団の性質を統計の手法によって導くこと」
    と解釈すれば、それは統計学そのものだと思ってる訳で・・・。
    いずれにしろ数値を扱う学問ですナ。

    >事実すなわち過去がどう確定したかは、人の認識に過ぎない<

    そうですよね。
    それも過去を調べる人の認識で、人によって違うし、時代によって変化もする。

  • >>No. 248277

    ばあヵめ

    貴方の書きこがいかに頓珍漢かを、
    これから検証する!

    まずは全数検査だ。
    君はなんか偉そうに数が少ないと全数調べるようなこと言ってたでしょ。
    でも巨大な数の対象を全数調査する事例もあるんだヨ♪

    そもそもどの程度抜き出すかを専門用語でなんちゅうか?言ってみそ!

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