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投稿コメント一覧 (3488コメント)

  • >>No. 246760

    >だから、それをどうやるか、という問題。
    私に思いつくのは、
    ・北極星-- 出発点の竿 -- 2本目の竿
    が一列になるように竿を立てること。
    竿の頭に松明を結んで、これを前の棒が見える距離で繰り返せばかなり正確に南北が決まる<

    それはポーラーシステムの変形ですな。
    拠点(ベース)を定めて二次キャンプ、三次キャンプと伸ばす考え方ですが、
    目的地(極点とか山頂とか)との行って来いならともかく、
    千里の距離を行くなら適用は現実的ではないんじゃないか?
    後続の部隊が追い付いて来るのを待つのは無駄でしょう。

    現実的な方法は地図の上に直線を引いて、有力な地点をマークして進むことだが、
    地図も無い場所となると常に羅針盤を参考に手探りで直進するしかない。
    それが簡単ならリングワンデリングを起こすことはないし、羅針盤も無いなら一層困難。
    考えられるのは進む方位を決めたら何らかの地上の目標を定めてそこに向かうこと。
    ゴルフじゃ似たことを考えてグリーンを目指す。

    相模湾を航行する漁師は富士山と大山と大岳山を目視にて位置を同定するとか。
    半島との海峡も晴れていれば島影を見失うことはないとか。
    ともあれ出発点から南の方向を見極め、目標となる山とか一本木とかを定め、
    そこに向かって進むというのが私の方法!

  • >>No. 246753

    >オマエの考えることは支離滅裂すぎてさっぱりわからん(とユーか、馬鹿過ぎとわかる)。
    何だか知らんが、北緯35度近辺では、影は16/80になるに決まってるだろ。<

    そして正南・正北にそれぞれ千里移動すると15/80と17/80になるのも再現する。
    ただしその千里は77kmでしか成立しない。
    距離を案分すれが、影長も案分された結果となる。

    ついでに住所が解ればウォッチズで北緯が解るから、
    そこでの影と棒の比率も簡単に割り出せるし、
    ナビから直接北緯を知ればその場所での比率も解る。
    ただし経度を知って計測時間を補正しないと駄目。
    明石の人以外は12時に測っちゃ駄目ってこと。

  • >>No. 246753

    》北極点の真上に北極星があるとして、南へしばらく歩いて北極点より西に北極星が見えたら《

    ↑こういう投稿に対してこそ得意の「意味不明」を使うんじゃないか?

    >オマエのアタマの悪さはなかなかのものだな。
    「北極点」方角を知る唯一の頼りが北極星なんだよ。
    北極点が北極星より東や西にあるかどうかなんぞわからんのだ。
    とにかく、オマエは馬鹿過ぎる。<

    北極星が「北極点」の真上にないのは明らかなのに、
    この仮定は愛嬌だが、忖度すると・・・。
    スタート地点で北極を確認し、
    「南」と考える方向に暫く歩いてからもう一度北極を確認し、
    「南」と考えていた方向からずれていたら修正するちゅうことでしょ。

    しかし宿舎で夜に方位を確認して翌日の出発の作戦を立てたなら解るが、
    平時に夜間行軍をしたとも思えないから、
    昼間行動しながら北極を確認するのは磁石が無い限りお天道様しかない。
    例えば切株を見て育ちが良い側を南とするなんて高度なテクをもってたか?

    いずれにしろ「おオマエは馬鹿過ぎる」は賛成でござりまする♪

  • >>No. 246654

    >キミさぁ、最初の頃は「mkppoくんを馬鹿だ馬鹿だと言い過ぎだ。もっと普通に議論しなさい」とか言ってませんでしたか?
    議論すればするほど「オマエは馬鹿!」と言うしかない腐りきった野郎だとわかるでしょ?<

    普通に議論すれば相手の言い分のレベルは自ずから明らかになるでしょ。
    相手の言い分が明瞭になったところで、莫迦認定すれば良いと思います。
    莫迦のこの言い分が馬鹿とすれば賛同者も増えるちゅうか、
    言い返せないと言うか。

    でもポンは莫迦でしょ。なのに偉そうにしてるのが許しがたい!

  • >>No. 246649

    >だからワシは「mkpoはどーしよーもなく馬鹿」と判定してるわけ。
    オマエも、あんな馬鹿を『先生』と呼ぶのは止めた方がいいと思うぞ。<

    御意!
    あんなのを先生に迎える県立高校があるとは信じがたい。
    生徒がかわいそうだ。
    じゃぁ大学はどうだ?

  • >>No. 246646

    >古物を使った腹話術と違って、
    文献史料は、年代をピンポイントで指摘する。
    「其八年・・・卑彌呼以死、大作冢、徑百餘歩」(魏志倭人伝)
    つまり、
    西暦247年には、既に倭國で大型墳墓ができている。
    わかりますか。<

    何故私がムクポンを莫迦呼ばわりするかが、この下りで顕著なんだ。
    「古物からは過去の事実解らない。
    過去のことは古典に記載されたことからしか解らない。
    でも自分に都合の悪い記載はデタラメでオカルトだ。」

    ネ、自分はロマンスで他人は不倫ちゅう言い分だ。
    莫迦だろ~?

  • >>No. 246546

    >金が欲しいんですよ。畿内説を採れば文科省から金がでる。
    信じていなくても畿内説を採る。<

    う~ん。
    少し認識が違うと思います。
    お役人が予算配分権を握っているのは確かですが、
    その割り振りに公平性が必要なことも十分わかっています。
    そこでその分野のい・わ・ゆ・る権威に委ねるわけです。
    一流とされる大学の先生やらが影響力を及ぼします。
    その頂点にいつの日からか、大和教のドンが居座ったのでしょう。
    昨今スポーツで似た構造がスキャンダルになってます。

    信じていない先生方も多く存在するから、
    何かをきっかけにこの有り様が問題になると、
    旧石器問題とおなじようなことが起きます。
    その時むく犬は惨めなことになります!はい!

  • >>No. 246548

    >古代で人工の港は多くないであろう。
    だから、大型船は艀を積んでいる。
    重要なのは「海の道」である。
    わかるか。<

    わかりません。
    お前は私の言っている意味を理解出来ていないでしょ、莫迦だから。
    港はそれを使用する集団が地形の制約を受けながら設置するわけ。
    だから担い手が変われば変化するんだ。
    大和の集団が瀬戸内に海路を設置するのも、
    出雲の集団が日本海沿いに海路を設置するのも、道理があるんだ♪

  • >>No. 246544

    >理解できなくて、当然である。
    過去を記録する文献に無知なら、
    過去がわかるわけないじゃん。
    無知を補うのは空想では無く勉強である。
    これは、理解できるか?<

    お前が莫迦と言うのは納得している。
    過去の文献を勉強したお前の結論が文献はデタラメと言うことだろ。
    それでいて邪馬台国の所在地を畿内とする思考回路が、
    「お前は莫迦」と言う結論以外に思いいたらない訳。
    ま、もちょっと苦学することだ。
    それから本の虫も良いがたまにはフィールドに出てみることだ。
    箱根越えや和田峠越えでもして汗をかいてみ。

  • >>No. 246538

    >道路は人工物であり、
    道路建設を通じて道の距離を知ることもできるが、
    維持、補修管理が悪いと消滅する。<

    近代的な道をイメージしてないか?
    獣道なんかはある意味自然発生的に生じる。
    これはA地点からB地点へ通じるのに地形の制約を受けながら、
    最少のエネルギーで到達する通路であり、
    多くの人や動物が通過する為に踏み固められ草が生えない状態になる。
    だから古道は人工物とは言い切れないんだ。
    それ故維持・管理も不要なんだ。

    海の道の場合は泊施設が人工物なので時に不安定になる。

  • >>No. 246539

    >邪馬台国を畿内にもっていく為には、捏造だってなんだってやる連中ですよ。
    歴博の炭素年代のいい加減さでよく分かります。<

    倭人伝の行程記事はデタラメだ。
    寸千里はオカルトだ。
    などとほざいて、どうして邪馬台国の場所が特定できるか私にゃ理解出来ません。
    もし記載内容が検討するに当たらないなら邪馬台国の所在地は不明とすべきでしょうナ♪

    そう言えば科研費の期間が過ぎた為か、
    あれほど賑やかだった炭素年代の話題も静かになりましたネ。
    結局、弥生年代の遡りや古墳年代の遡りは、
    言ったもん勝ちになったんでしょうか?
    学者のやることは理解不能!

  • >>No. 246531

    >片手間ではなく、実地調査をしたと思う。
    さもなければこれほど正確な距離記載はあり得ない。<

    行動時間から割り出したと考えるけどなぁ。
    郡から女王都まで水行十日、陸行三十日。
    循海岸の水行と陸行は日に250里程度。
    渡海は日に千里。

    距離記載は正確と言うけど、
    有効数字は1ケタだし、方位も曖昧だけど、
    それでも東夷世界へ軍派遣を検討する最初の情報としてはまずまず。

    これをデタラメと言う人が何故女王国の位置を主張出来るかわけわからん。

  • >>No. 246248

    >>C:「※ 「戦国策、韓一」に、強い弓に関して「天下の強弓は六百歩の外を射る」とある。
    ↑これは直接「短歩」を示す貴重な史料です。」<<

    >ポン:蘇秦の口車に載るな。
    短里、短歩を取る者は、幼い脳。<

    ネ、ばかぽんの対応はこんなもん。
    自説と相いれない記述には墨入れ、ひたすら冥府魔道の闇をさまよってる。
    無明とは救いが無いが、タイの子供たちは洞窟から救助されはじめたゾ♪

  • >>No. 246248

    >過去、エライ先生方が嬉々として論じていた「どう解釈するか」は、短里説の登場ですべて吹っ飛んでしまったので、この問題には立ち入ることができません。
    畿内教徒は殻に閉じこもって「ナカッタ・ナカッタ」と呪文を唱えると心の平安を得られるのでしょう。<

    1里は414m(別の尺尺が出土しているので423mも有る)だ。
    これで「周髀算経」の「寸千里」を検証すると、
    1寸ではなく、5.3寸の影長変化となるから空想だ。
    ↑これが莫迦論証なのが解らないところが典型。

    8尺棒の夏至日正午の影は、1尺6寸の場所から414km移れると5.3寸変化するなら、
    「寸千里」の法則から1里を導くことが出来、その答えは短里となる。
    なぜなら「寸千里」が成立する場合の千里は地球上北緯35°付近では、
    「短里」の存在を証明することが出来る記述だから♪

    ここで無党派さんも書いているが、
    「短里」や「短歩」の痕跡はそこそこ散見されています。
    「周髀算経」の中にも「寸千里」以外に「短里」でないと解けない例があるとか。

  • >>No. 246218

    短里を語る場合のカタストロフ点は秦始皇帝と魏明帝と考えるべき♪

    『史記本記Ⅰ』秦始皇帝本記第六
    始皇帝は五行説に立ち、古の周が《火徳》であるとしたのに対し、
    秦はこれに勝つ《水徳》とし、水徳に叶うと言われる黒色と六の数を尊んで、
    符節や法冠の長さは六寸、輿は六尺、一歩は六尺、乗馬の馬の数は六匹とした。
    つまり始皇帝は《五行説》の好みから六の数値を採り、
    一歩(距離の単位)=六尺(物の長さの単位)と定めた。

    魏は蜀が漢の正統を主張したのに対抗して周の古法に復する里を制定した。
    魏・晋は直に亡び、後継王朝はその正統を主張するため再び漢制に戻した。

    短里の存在を提起する人たちは既に、その痕跡や変遷の研究に取り組んでいる。
    これに対し反対する人たちは無いものは無かったと無視を決め込んでいる。
    無視しても良いけど倭人伝の過大な距離をどう解釈するかはハッキリさせて欲しいです♪

  • >>No. 246206

    何だ、得意の権威まかせか?
    その先生の言い分は正しいわけナ!
    じゃ何で韓伝の方4000里や郡から狗邪韓国7000里、
    海峡3回で3千里とかが地理知識に合わないんだ?

    駄目だよ偉そうにしたって尻抜けだろ♪

  • >>No. 246203

    あほ
    逃げてるのは莫迦のお前だ。
    じゃあ刻印のある「標準器」が正統な物品と証明してみせろ。

  • >>No. 246202

    あほ

    別に恥ずかしくもなんともないぞ。
    風習が中華南方に似ていたからそう思ったのだろうが、
    郡から女王国の道筋が、都から當在會稽への道筋と相似と言ってるだけ。

  • >>No. 246198

    >余談だが、
    あのインチキ短里は、
    あきれるほどの差がある<

    それで5倍も誇張の有る韓伝や倭人伝の距離がピタリと納まるんだ。
    1里は約77mで読むんだよ。
    そうすると邪馬台国は北部九州になるんだ♪

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