ここから本文です

投稿コメント一覧 (3507コメント)

  • >>No. 247641

    >吉備人が直接纏向に移住したと思われます。<

    まず瀬戸内の東岸は河内に拠点を築き、
    そこから大和川を遡上して大和へ進出し、
    さらに伊勢から三河、ついで山城から近江と言うように版図を拡大した。
    それでは安芸・周防さらに九州へは?

    >吉備から「桃喰い族」が移住したのでしょう。<

    吉備って桃が上手いのか?

  • >>No. 247636

    >古墳時代初頭って言うのは3世紀初頭のホケノ・勝山から箸墓築造時代ではないでしょうか。<

    3世紀初頭と言うと卑弥呼の時代と被るから、
    ここに葬られてる人達は倭王ではないことになる。
    地域の主張層が自分の好みで突き出し部付の円墳を選んだんでしょう。

    >特殊器台の元祖は赤穂の有年原・田中のようです。<

    播磨の墓制が吉備に影響を与えた可能性は否定しませんが、
    吉備の様式が纏向に持ち込まれたと考える訳でs。

    >asi*****が訳の分からん自説を言うので<

    彼の言い分が訳分らんは、その通り!

  • >>No. 247632

    >岩永省一さんは纏向石塚やホケノを終末期末~古墳時代初頭としておられるから、以下それより古い突出部付きの古墳を列記<

    どうも曖昧な部分が多くて横させてもらうよ。

    終末期末とは弥生終末期と思うが、石塚やホケノはどっちに入るんだ?
    それとも石塚が弥生でホケノが古墳時代初頭か?
    「それより古い」とは石塚やホケノより古いと言うことか?

    >宮山型・矢藤治山型特殊器台 の存在から古墳時代初頭に置いたが、大和での前方後円墳出現との時間的前後関係は微妙である。<

    何を古墳時代初頭に置いたんだい?
    そもそも古墳時代初頭って言うのは箸墓築造時代を指すんじゃないか?
    宮山は箸墓に先行するか平行するかは不明瞭とされるものの、
    箸墓には宮山と同じ特殊器台が出るから宮山が先行すると思うゾ。
    特殊器台は吉備が元祖だからネ。

    楯突はこれらより先行すると思うぞ!
    だから弥生後期に入れるんだろ。
    弥生末期に瀬戸内に突き出し部のある円墳が造営されたんだ、
    それが纏向型を経て箸墓で定型化が完成したとするのが今の主流の考えだ。
    東海の影響が入り込む余地は無いヨ。

  • >>No. 246887

    大谷の特大アーチが160mなんだぜ。
    その5倍も飛ばないだろ。

  • >>No. 246879

    >その文章の原文は普通の弓ではなく弩と呼ばれる(いしゆみ)の話であり、普通の弓の話ではないのだ。<

    (いしゆみ)だと800m飛ぶのか?
    飛ばないんじゃないか?

  • >>No. 246878

    >それは既に終わっている。
    「韓の方可4000里」は、子供でもできる検証だが・・・<

    終わっているなら再掲よろしこ♪
    おわっているのはおまえ!アチョチョチョチョ!

  • >>No. 246878

    >それは既に終わっている。
    「韓の方可4000里」は、子供でもできる検証だが・・・<

    終わっているなら再掲よろしこ♪
    おわっているのはおまえ!アチョチョチョチョ!
    懐かしいネ北斗の拳。

  • >>No. 246875

    >お世辞の検証は不要じゃ。<

    あ~あ~良いよナ~。
    検証不明事項に逃げ込めば何でも通る。
    じゃあデタラメはオカルト文の検証はどうする?

    そんでお世辞の塊で邪馬台国の所在地を主張するんだね。

  • >>No. 246874

    >君はアホか。

    「デタラメとか誇張とか」書くお馬鹿はいない。
    それらは検証で判定するものである。<

    それじゃ検証よろしこ♪
    それから下らん挑発は慎め。
    アホは暫時異で莫迦が君で足は生徒だ。
    おらは天馬と言ってるべ~

    君から検証して判定するカキコが来ないに賭ける資金がまだないソ・・・。

  • >>No. 246871

    >お世辞に、合理も不合理も無い。
    「一人當百」なども不合理そのもじゃ。<

    いい加減サイバーさんが嫌になる気持ちが解る。
    嫌ポンがここを覆うムードとなるか?

    お世辞と言っていたろ!
    でもってお世辞には合理も不合理もないんだろ!
    それでいて「一人當百」なども不合理そのもの!
    じゃあ「一人當百」はお世辞じゃなくて何なんだ?
    あんた一体何なんンさ♪

  • >>No. 246867

    魏志倭人伝の行程記事の里程は現実の地形に対し大幅に誇張されている。

    例えば韓の方4000里。
    半島の幅と南半分の地域は精々方400kmだ。
    例えば平壌の南地区から半島東南岸まで7000里。

    例えば半島南岸から対馬、対馬から壱岐、壱岐から九州島北岸は、
    それぞれ千里だが、どう考えても半島と列島の海峡幅は12000kmは無い。
    そんなにあったら互いにもっと清々しく毎日を送れる。
    それを説明しないと、邪馬台国の所在地論争には参加出来ないヨ♪
    あ、デタラメとか誇張とかなら、それが何処に書いてあるか証明付きでお願い。

  • >>No. 246862

    「君たちはめでたい脳。」

    その言葉はのしをつけて返品する。

    皆射六百步之外とあるその六百步が800mが合理的かという話だ。
    自分に都合の悪い話はみんな誇張だのデタラメだの世辞だのにしちゃうんだ。
    まったくめでたい!

  • >>No. 246859

    >キ印くんは言い張るのみです。<

    そうですね。
    里の長さは皇帝が決めたものだから411mに決まっている。
    谷本計算は誤っている。
    の一点張り♪あ、ニ点か~

    >弓で矢を飛ばせる距離など、50mとか、せいぜい80mくらいのものでしょう。
    だから、150mでも「ホントかよ!」です。<

    槍投げ競技のように、矢を発射した場所から落下した場所までの距離なら、
    少なくとも150mは有り得る気がします。
    一定の精度で命中させ、相手の防御装備を打ち破ってダメージを与える距離は、
    もっと短い気がしますけど、どうなんですかね。
    前者を飛距離、後者を射程距離とか区別したら混乱はないです。
    ちなみにあっちゃんは飛距離800m説ですな。角度も45°と言ってるし。

    初速が同じなら約45°の角度で打ち出すのが最も飛距離が出ます。
    これだとICBMと同じように最高点で一旦速度がゼロになって、
    再び落下の加速度によって威力を増して相手集団に損傷を与える作戦でしょう。
    映画ですけど、ペルシャ軍が矢を雨のように射かけるのを、
    スパルタ軍が盾を傘のように重ねて広げて防ぐってのがありましたがどうでしょ?
    映画三国志でも盾を集団で使う作戦が写ってました♪
    この国じゃ陣地に板を並べるけど、戦闘員は盾を持たず鎧で防ぐ作戦ですけど。

    三十三間堂も的まで飛ばすのに、天井に当ててはならず、
    横に射るので力が求められたとか。
    現代は距離は同じでも空間条件(天井の制約)が違うので、
    随分と簡単になっているとか。

  • >>No. 246857

    ちょっと補足すると。

    あ>長歩で600歩(=800m)飛ばせる弓は可能
      現代の物だって400mを越えるから過去の物がそれ以上でも可

    と言うように読めたので、現代でやっと400mなら、
    過去の技術でその倍は厳しいんじゃネ?
    精々半分くらいかな・・・それなら150mは妥当と思うが・・・

    てなことを寝ながら考えた訳で増々寝苦しくなったってこと。

  • >>No. 246854

    まだ7月と言うのに寝苦しい夜が続きますね。
    これじゃあ、お彼岸が来るまでにへばりそう><

    ところで→あ>長歩で600歩(=800m)飛ばせる弓は可能
    の出所がカキコから読み取れません。
    少し自分で調べて見たらどこかの識者が同じ数字を言っていましたが、
    その人の根拠が不明でした。
    現代技術の粋を集めて400mが限界なら古代中国にそれを上回る物は無かったはず。

    1)弓をしならせ、その反発力を使う武器ですから、強い素材が求められる。
      弩は数多く出土するそうで(それだけ汎用的な武器だった)青銅製とか。
      カーボンファイバを凌駕することは難しい。
      長く厚くすれば良いが重くなるし持ち運びが困難になる。

      弦にゴム弾性を持たせることも考えられるが(パチンコ方式)素材が無かった。

    2)弦を強く引いて弓を変形させこれを開放して矢を飛ばすには力が要る。
      弩は弦を引くのに補助具を使ったようだが効力に限界があったのではないか?

    3)弓が元の形状に復元する時に後ろに引かれた弦が矢を前に押し飛ばす訳だ。
      矢の初速が速い程遠くに飛ぶが、初速は上述した弦の反発力と変形量で決まる。
      矢の重量により同じ初速でも飛距離は異なり、空気抵抗も無視出来ない。
      アルミ製の筒状物と竹の先端に金属鏃が有り後に羽が付いてる物とじゃ勝負は明らか。

    ↑以上から私は400mを越えるのは難しいと思うが実態はどうだった?
    野生号みたいに復元して実際に飛ばして見たなんて話は無いのかな?

  • >>No. 246845

    弩の飛距離が800mと言う人がいるようだが、
    その出所が600歩との記載だったら傑作な循環になるが、
    どうやって800mを割り出したかくらい開示して欲しいナ♪

    800mは歩いて10分の距離だから遥か先を狙う感じだが、
    ちなみに600歩は2里だから約150mとなるがこれなら現実的だ。

  • >>No. 246760

    >だから、それをどうやるか、という問題。
    私に思いつくのは、
    ・北極星-- 出発点の竿 -- 2本目の竿
    が一列になるように竿を立てること。
    竿の頭に松明を結んで、これを前の棒が見える距離で繰り返せばかなり正確に南北が決まる<

    それはポーラーシステムの変形ですな。
    拠点(ベース)を定めて二次キャンプ、三次キャンプと伸ばす考え方ですが、
    目的地(極点とか山頂とか)との行って来いならともかく、
    千里の距離を行くなら適用は現実的ではないんじゃないか?
    後続の部隊が追い付いて来るのを待つのは無駄でしょう。

    現実的な方法は地図の上に直線を引いて、有力な地点をマークして進むことだが、
    地図も無い場所となると常に羅針盤を参考に手探りで直進するしかない。
    それが簡単ならリングワンデリングを起こすことはないし、羅針盤も無いなら一層困難。
    考えられるのは進む方位を決めたら何らかの地上の目標を定めてそこに向かうこと。
    ゴルフじゃ似たことを考えてグリーンを目指す。

    相模湾を航行する漁師は富士山と大山と大岳山を目視にて位置を同定するとか。
    半島との海峡も晴れていれば島影を見失うことはないとか。
    ともあれ出発点から南の方向を見極め、目標となる山とか一本木とかを定め、
    そこに向かって進むというのが私の方法!

本文はここまでです このページの先頭へ