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投稿コメント一覧 (2911コメント)

  • >>No. 10049

    >南方(中国南部)出土の6千年前の人骨から復元された顔は古モンゴロイドだった<
    >北方系の新モンゴロイドが古モンゴロイドを吸収しながら南下して行ったと<

    あのさ、新モンゴロイドが誕生するまで、全て古モンゴロイドなんだろ。
    それで全員が氷河期に北上していったんだろ。
    何故、新モンゴロイドだけが南下に成功したんだ?
    南方産のコメや、それより古くは南方で後で北方に定着したアワなんかをゲットしたからか?

    どうして南方産が北上するのに、その中で北方適合者が南下したんダ?
    きみの説は無茶苦茶と思うのは、ムクポンが出鱈目と思うのと同じ次元♪
    まだ、ミサイルじいの方が面白みがある!

  • >>No. 10047

    >華北でも、温暖化した1万年前以降に南から北上した人々が栽培を始めたんだよ<

    何だ、華北人も南方系か?
    一体、北方系の新モンゴロイドっていつごろ誕生したんだ?
    大陸じゃ、新石器人や金属人は皆南方系と言うことだろ。

    列島じゃ、旧石器人がそのまま新石器人になったので北方系♪
    南方系の旧モンゴロイドって説はいかがわしい。

  • >>No. 10036

    >イネのほかにキビ、ヒエ、小麦など雑穀類のプラントオパールも検出されているという。  当時、貝塚は海岸部にあり、イネは近隣から貝塚に持ち込んだとみられる。貝塚には墳墓があることやイネのもみ殻のプラントオパールも見つかっていることから、祭祀(さいし)の際の宴会や脱穀などの共同作業で持ち込んだと推定されるという。  高橋元教授は「見つかったイネは中国南部原産の可能性があり、大陸から伝わったイネではないか」と話している。<

    キビ、ヒエ、小麦は華北の文化だ。南の島ではないだろ。
    イネも大陸から伝わったんだ。高橋先生がそう話しているだろ。
    ただしイネは揚子江中・下流域の文化だから、伝えた人は南方系!

  • >>No. 10034

    あのさ、どの遺跡の発掘結果かくらいは書いてちょ♪
    どうせ、成果をあせった考古学者の捏造さ♪

  • >>No. 10032

    >日本より北方アジアが進んでいたはず<

    ナラ林文化が大陸で始まったとする考古学の考え方で東日本の縄文文化をとらえるのは、
    彼の地での発生が従来の説よりずっと遅れ、むしろ東アジアから伝搬したと見直され、
    佐々木先生の説は見直しになっているようだ。

    縄文時代は貧しい狩猟採取文化だった→栽培や耕作を開始していた注目すべき文化だった→
    「農耕は行わず栽培を取り入れ狩猟や採取と組み合わせた再生可能な文化だった。」←今ココ!

    いろいろ縄文時代の捉え方も変化しているようだ。
    人口拡大の手段獲得に伴う階級の萌芽に対する見方はまだ保守的じゃないか?

  • >>No. 10029

    >しかし、縄文の陸稲稲作は呉から来たわけではない<

    設楽博己と言う東大の先生の話だ。(全部打つのは大変なので勝手に要約)
    第99回歴博フォーラムにて15年12月6日(日)開催。

    「縄文時代晩期の終わり、いわゆる突帯文土器の時代をさかのぼる穀物の圧痕が、
    土器にはほとんど無い。
    半島ではアワとキビの栽培が紀元前3千年にさかのぼるのに、
    列島に入って来るのは紀元前千年だから、二千年間列島で取り入れている状況が無い。
    ダイズやシソやエゴマを栽培するが、拡大再生産につながっていくような
    穀物の栽培に乗り出していかないようなところがある。」

    今までの「縄文時代にも早々と農耕を取り入れていた」説こそ、
    科研費狙いか売名の捏造だったんじゃないか?

  • >>No. 10027

    >様々な状況証拠も稲作が北周りで来た事を否定している<

    やっと意見が合ったネ。
    南から来たんだ。
    それを持ち込んだ人もね♪

    オラはあほじゃ無いサ♪
    弥生人は南方系だヨ!
    ムトウハちゃんもパプアちゃんの呪縛を早く解くと良いよ♪

  • >>No. 10021

    >縄文人は南方出身で、あとから北方からやって来た弥生人が被さったと言う二重構造論を否定して、北方一元論を出したのは、万世一系論を唱えるウヨに迎合する文科省の主導による物だろう<
    >Y-DNAだってネグリトが持っているD*からの進化だし、縄文人の小柄なのはネグリト由来かも知れない<

    人類がアフリカを出て拡散を開始した時にはY-DNAで5つのグループだった。
    その内AとBはアフリカを出なかった。
    CとD・EとF~の3つの集団がアフリカ外へ出た。
    アジアにはヒマラヤの北と南を分かれて進んだが、
    もとは同じだから到達地の今を調べても、どのルートで来たかの判断は難しい。
    D*が見つかるのは現代人のD系統がD*から生まれたことを示唆するだけ。
    運よく古い遺伝子が残った地域があっただけサ。

    縄文人はD系統を現代日本人に伝えると考えられるが、
    言葉と同じで近隣に見当たらないから由来ははっきりしない。
    それだけ古くにやって来たってことだろう。

    弥生人がO系統を伝えたと考えられるが、こちらは半島にも存在する。
    はっきりしているのは、コメは南方原産と言うことだ。
    南方の物を北方の人が持ち込んだとするのが可笑しいだろ?
    コメ栽培は揚子江の中・下流域で生まれ、中国の東海岸を北上し、
    山東半島から遼東半島へ渡り、半島を南下して列島に届いたんだ。
    渤海湾の北側は寒冷で耕作に適さなかったんだろうからスキップした。
    どう考えたって日本のO系統は南方系でしょ。

    二重構造を言うなら北方系の人達に九州経由で南方系の人達が来ただ!

    身長は慎重に考慮した方が良いゾ。
    日本人はここ数十年で遺伝子はそのままで急に大きくなったろ。
    百mだって9秒台で走るほどの成長だヨ。
    Y-DNAは形態を伝えないってこと。

    強い風がようやくおさまって来た♪

  • >>No. 10017

    >6千年前のプラントオパールは大量だ
    上の方にもっと大量のプラントオパールが存在しなければ、下まで落ちてくることは無い<

    オラは思うんだけどサ。
    発掘作業って結構いい加減に行われてると思うんダ。

    随分と前の話だけど発掘の責任者と実際に作業に従事している方と、
    夕食をご一緒したことがある。
    実務者は単純労働者だ。
    学者もその実態は認識してるから、発掘作業が時に精緻な化学分析に耐えないと知ってる。
    そうは言っても厚みのある調査は無視出来ないから、その狭間でやりとりをするんだろネ♪
    最初の鉄器だって、いろいろいちゃもんが付いて、時代が見直されちゃったロ♪

  • >>No. 10018

    >ニューギニア島の4万年前の石器から里芋のデンプンがでていて、栽培していたと言う事の確定は出来ないが、あちらで食糧にしていたことは確か<

    で、本州島の石器から芋デンプンが検出された事例は報告されているんか?
    皆、縄文クッキー学者のナウマン象脂肪酸検出に懲りて、石器付着物の調査は止めてるだろ!
    そう言うのを芋説と言うんだヨ!おいもちゃん♪

    列島では大豆や小豆に依存してたと言うのが最近の説だ。
    豆類は澱粉も去ることながら油分(これ炭水化物)と蛋白分を豊富に有する。
    従来は糖質を木の実から取り、魚介類や獣から蛋白を取る生活と考えられていたが、
    縄文時代は豆類からの滋養に依存して人口を増やした可能性が議論されている。
    そこに芋や穀物の利用は無かった!

    >食糧を作り出してくれる女性を怪しんで(嫉妬)、あるいは食糧を産み出す方法が不浄であるとして殺してしまう<

    この国の神話では出雲神のスサノーが殺害の役割を果たしてなかったか?
    それは邪馬台国の存在と関係するんか?

  • >>No. 10014

    シソとエゴマも指摘されている。
    肝心な穀物が来たのは遅かったとの説が出されている。

  • >>No. 10003

    >縄文人は芋も栽培していたらしいし、熱帯ジャポニカと言う稲も栽培していた
    7千年前から熱帯ジャポニカのプラントオパールが見つかっている<

    縄文人が芋栽培をしていたのは知らない。
    最近の見直しでプラントオパールは後の時代のコンタミを指摘されてるそうな。
    米栽培の確実な証拠は3000年前程度とか。
    アワやヒエなども、それより古くに半島まで広がっていたが列島には入っていない。
    ただ金属器時代の前には九州あたりに入って来たので、その頃に人の流入があったはず。

    縄文人が栽培していたのが確実なのは、旧石器時代まで遡る可能性のあるヒョウタン。
    それに日本固有種と考えられるダイズとアズキだ。

  • >>No. 235584

    なぜ、おまえはムクポに味方する?
    これまで何回もあったか、何故その都度、ムクポから反応がない!

    お前ら阿保丸出しだ。
    まさか・・・

  • >>No. 235546

    それはネ。
    あほなmkpが偉そうにするので、それを許さないとサイバーが突込み、
    それをmkpが逃げ回るからです。
    きみ、そんなことも解らずにこれに触れてはいけません。

    アホ丸出しです♪
    きみはざんじいと遊んでいればよろし。

  • >>No. 10001

    お、本当だ♪
    スレ主がいい加減な割には続いているネ♪
    もっとも最近は九州王朝から離れた話題で遊んでいるが、
    そもそもは旧石器の捏造から始まったんで、まあ良いか?

  • >>No. 235299

    起と接が動詞で続けているんじゃないか?
    だから故無い火が起きて天に接するでも良いと思うが、
    それが何?って感じです。
    石が天まで届くような火を噴くか?

  • >>No. 9998

    >旧石器人や縄文人北方渡来説は「人が船での移動が無理だった」と言う思い込みから始まっているんですよ
    南北アメリカへの先住民の移動も大洋を渡れたはずがないという思い込みで無理を重ねている<

    神津島は伊豆半島から目視出来るそうだ。
    伊豆諸島を繋いで海を渡って行くなら房総や三浦あたりからでも、
    見える島伝いに到達出来る。
    津軽海峡でも対馬海峡でも対岸は目視出来る。
    海岸に到達して目視で認識した対岸へ渡ろうとすれば、
    サピエンスならどこの人でもその知恵が有ったと言うこと。

    ただし水平線しか見えない遠洋に乗り出した可能性は低いから、
    太平洋を組織的に横断したとする考えは荒唐無稽だ。
    太平洋にサピエンスが分布を広げたのは最近だ。
    それも見える島伝いに渡って行ったと考えられている。
    それも芋か何かの栽培技術を携えてネ♪

  • >>No. 235118

    「有阿蘇山其石無故火起接天者」を、
    「阿蘇山が有って、その石は故無く火を起こし天に届く」と解釈するけど・・・。

    この「有阿蘇山其石」を「阿蘇山のその石がある」と読むと、
    それに続く「無故火起接天者」がどんな現象を記述しているか意味不明。
    まさか阿蘇から切り出したピンク石が火を噴くわけではあるまい。

    「阿蘇山に有る其の石」なら未だ石は阿蘇山にあるから、阿蘇での現象となるが・・・。
    それでも「阿蘇山にある阿蘇山の石」の解釈になるから「其」が重複だ。
    「阿蘇山里有石」ならちったあ意味が通じるか?

  • >>No. 9992

    神津島産などの黒曜石の最古の利用例は列島では旧石器時代に遡る。

    >9点の分析試料は、和田峠7点、麦草峠1点、神津島1点という産地構成を見せた。<
    >火山があるから必ず見つかる物ではない、黒曜石は貴重な物だった<

    和田峠や麦草峠は北八ヶ岳の山中で、しかも産地は峠から少し離れている。
    一方、神津島は伊豆の海に浮かぶ離島だ。
    古代人はどんな地形だと黒曜石が見つかるか知っていただろうが、
    どちらも偶然に通りすがるような場所では無く、探し求めて動き回った結果の発見だろう。

    これらから旧石器人は離島まで往復する航海術を持っていた証拠となる。
    最も列島は寒冷期を通して大陸と陸続きになることは無かったから、
    列島に人が存在したことが、旧石器人が渡海した証拠ではある。
    一方で深い山中に分け入って、歩き回る山岳民の様相も示す。

    黒曜石が産地から離れた場所から出土することから、
    彼らは既に交易の仕組みを持っていたことが解る。

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