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投稿コメント一覧 (272コメント)

  • 明けましておめでとうございます。
    今年の日本は生き返る年となるでしょう。

  • >>No. 492

    > 安倍総理との関係は。

    どういうことでしょうか?

  • >>No. 490

    >清原氏の薬物問題について「野球界全体で考えないといけない。学童、学生、プロ野球全体の問題」と指摘。

    清原個人の責任であって、しかも犯罪です。
    それを野球界の所為にしてどうしますか。

  • 【近況雑感】

    古代の日本が朝鮮半島の影響下にあったなんていうバカげたことを言う人がいたわけですが、なんでそんな話になるかと言へば、日本人が朝鮮に無関心で何も知らないのも理由の一つでしょう。
    なんとなくそんな気がするんでしょうね。
    根拠がないから、話にならないわけです。

    日本は律令制度を取り入れて、いわゆる国家という形をとることになった。
    律令をどう施行するかという細目をまとめたのが、「延喜式」です。
    私の仕事も書いてあるので、所要があって読み返してみましたが、まあ、細かいことが書いてあります。

    自分の仕事が1100年も前の文献に書いてあるのも不思議な感じですが、それを読むと、日本独自の古代から継続してきた文化というか、生きた日本人の生活がよく理解されます。
    これも、天皇の命によって藤原時平が編纂をはじめ、彼の死後は藤原忠平が継いだから延喜式も藤原です(笑)
    しかし、中身をよく読めば、彼らの恣意的なものは何もないことがわかる。ただただ「式」が書いてある。

    大切なことは、祝詞と宣命が書いてあること。
    そこに助辞(てにをは)が書いてある。
    これもまた日本語独特なものだけれど、これに気づいたのが本居宣長です。
    師匠の賀茂真淵も、その気づきには驚いた。

    万葉集の和歌は、古代の日本語を残すものだけれど助辞を省くものもある。
    それは、文字が和歌の表現を制限するからで、延喜式の祝詞・宣命を深く研究して復元させることによって、宣長は古事記を読み解いた。

    こういうことを知れば、「記紀も万葉集も藤原のねつ造だ」などというバカな意見になるわけがない。
    梅原猛の勉強してきた西欧哲学で日本を見ると、そこに誤解が生じるのは、見る目と感じ方が違い、気づきがないからですが、そういうことを理解するためにも、こういうことを知らなければならないように思います。

  • >>No. 13828

    > 太平洋戦争の前には「陸海軍相争い、余力をもって米英と戦う」と言われたほど省庁間の利権争いが盛んだった。
    > 15年ほど前の本だが中身は未だに通用する。
    > https://www.amazon.co.jp/%E5%AE%98%E5%83%9A%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E7%B8%84%E5%BC%B5%E3%82%8A-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E9%81%B8%E6%9B%B8-%E5%B7%9D%E5%8C%97-%E9%9A%86%E9%9B%84/dp/4106005581
    >
    > まさに公務員としての高級官僚は、平安時代から続く藤原一族の生まれ変わりだ。
    > 存在意義は自分たちの利権拡大。

    本を読めと言ったら本を紹介したところは認めますが、内容を書かなきゃいけませんよ。

    > 15年ほど前の本だが中身は未だに通用する。

    どこがどう通用するっていうんですか?
    そこが大切。

    例えば「台湾にリハビリセンターまで作り、その所長に杜聡明を任命し、結果、アヘン中毒者撲滅に成功した」と私が書いたけれど、「所長に杜聡明を任命」した理由があった。それが大切なこと。それを知れば、日本の台湾でのアヘン対策が理解できる。そして、あなたの紹介したネット記事がうそだとも。
    そういうことが、本を読むということなんですよ。

  • >>No. 13827

    > あんたの所属していた仕事場は電通だったんじゃないの(WWW)
    > そう、満州鉄道調査部の後身が「影の総理府広報室」に等しい築地の電通。
    > 職員の最大の仕事は公務員と同じく「仕事を増やす事、天下り団体を増やす事、同僚と足並み揃えてチーチーパッパ」
    >
    > 俺は電通や博報堂や東急エージェンシーに知人か少なからず居た。

    ADKには知人は居ませんでしたか(笑)

    電通は競争相手だった。コンペで負けたことがありません(^O^)v
    博報堂にはCMのお手伝いをしたことがある。私の一言で、ある自動車会社のCMが決まった(^O^)v
    旭通とは、ある部署の部長とパートナーシップを組んで、あるプロジェクトの事務局をやっていました。

    > 電通と他社との違いは?
    > 電通はそこそこ偉くなると、皆そろって個人会社を創設する。
    > そして電通で受けた仕事を自分の会社に丸投げしてしまう。

    > 循環取引のメッカだ。

    そんなことはどうでもいいことです。
    日本は資本主義なんですから。

    どこから仕入れたネタかと思えば、またウィキペディア。
    いい加減にしたらどうですか。

  • >>No. 13822

    あなたね。
    本を読みなさい。
    そうするとね、ネットに書いてあることのウソがわかる。
    わかりましたか。

  • >>No. 13822

    それにしても、毎度毎度読むものを間違えてかわいそうです。
    だれ?あなた(笑)
    > http://www.jca.apc.org/~altmedka/ahen-4.html

    同じところにこういうのがある。
    http://www.jca.apc.org/~altmedka/ahen-gotou.html

    <阿片の吸飲は日本国内では厳禁だった。中国本土でも禁止運動が広がっていた。それを知りながら、後藤は、台湾では阿片を禁止せずに「漸禁」の専売政策を実施し、「医療用」に専売したのである。「漸禁」の名による阿片許可の政策は、財政目的だけではなくて、現地人を阿片漬けにし、反抗を押さえる目的をも合わせ持っていた。イギリスと中国の阿片戦争の例を引くまでもなく、阿片は歴史的に、植民地支配の根幹としての役割を果たしてきたのである。>

    ではなぜ、台湾にリハビリセンターまで作り、その所長に杜聡明を任命し、結果、アヘン中毒者撲滅に成功したんですか?
    「現地人を阿片漬けにし、反抗を押さえる目的をも合わせ持っていた」なんて言うのは、単にウソです。

  • 2016/11/06 18:10

    >>No. 13821

    hujiwara_yorinaga_2さん、こんばんは。

    > >例えば戦前の日本は、台湾からアヘンを撲滅させたという事実がある。

    > 治療の一環としてアヘン投与の漸減方式を採用した。

    「治療の一環」て、なんですか?
    確かに日本は、日本は、1879年(明治12年)に「薬用阿片売買竝製造規則(阿片専売法)」を施行した。だから「治療の一環」というならお笑いの類です。そのために「漸減方式を採用」したわけじゃない。漸減方式の目的は、アヘン中毒者の根絶です。
    台湾阿片令が敷かれたのが1897年。随分後のこと。台湾総督府はアヘン患者のために「阿片矯正所(リハビリセンター)」を作り、結果、台湾のアヘン中毒は完全に撲滅されました。


    > そしてアヘン販売を専売公社が独占したわけだ。
    > アヘン販売の余りの高収益ぶりに刮目した日本政府は、こんなに美味い商売を民間人に任せて堪るかと驚喜する。
    > 後は一瀉千里で中国本土の巨大マーケットに参入した。

    アヘン患者をなくすことは、買い手をなくすこと。つまり商売にならなくなる。そんなバカなことを何故日本はやったって言うんです。
    ばかばかしいことだとわかりますか。

  • >>No. 13818

    私の書き込みを採録しますが、あなたの言は「すべてねつ造でウソ」というお話しです。
    日本は戦前、アヘンを撲滅させた(^O^)/

    #13806
    yam***** 10月25日 08:18
    >>13797
    > 「おおみたから」なんて言葉は藤原不比等が捏造した言葉で、早い話が渡来朝鮮人のチャンピオンが日本列島に君臨してから創った言葉。
    >
    > 645年に起きた乙巳の変で天下を握った藤原氏は以後、1400年間も日本列島を我が物にした。
    > 有名な話だが近衛文麿は昭和天皇の面前で椅子に腰掛け、ふんぞり返りながら天皇を立たせて詰問した。

    それにしてもすべてねつ造でウソだけれど、なんでこんなことがネット上で通用するのだろうか。
    ねつ造する人間は、他人もねつ造すると思い込むってことか(笑)

    自分に都合の良いネット上の記事を紹介し、日本がアヘンを広めたなんて馬鹿なことも書く。
    例えば戦前の日本は、台湾からアヘンを撲滅させたという事実がある。戦前、清王朝下の満州を知らない。
    それを書こうとしたけれど、もう反応がない(笑)

    こういうバカげたことを信じる人たちもいて、信じさせるのもまたネット社会か。

  • >>No. 13816

    > 佐野真一は好きだから買った本はハード・カバーで定価1900円。
    > 初版で2003年8月29日第Ⅰ刷と書いてある。

    買っただけじゃいけません。
    読まなきゃね。

    あなたが紹介したウィキペディアもよく読んで御覧なさい。
    http://ja.yourpedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%BD%94



    > >でたらめばかりで、自分が恥ずかしくありませんか

    > その言葉は自分のプライドを保つためかい?

    そんなことはありません。
    でたらめはでたらめだというだけのことです。

  • >>No. 13812

    アメ豚さん、以下をご覧あれ。

    **********
    保通協 9月26日 20:41
    >>13663
    >佐野眞一が2003年に書いた「てっぺん野郎」は面白いよ。
    >産まれて此の方、小遣いに不自由しなったと称する、山下汽船の実質経営者だった石原のオヤジ。

    >『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』31-33頁によると、「潔の山下汽船入社時の身分は「店童(てんどう)」だった。
    ***********

    「『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』31-33頁」なんてもっともらしく書いてあるから調べてみれば、情けないことにウィキペディアのコピペ。
    http://ja.yourpedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%BD%94

    しかしだ、これを読めば石原慎太郎の宇治素性が知れるわけで、親父は山下汽船の関連会社の重役で「山下汽船の実質経営者だった石原のオヤジ」なんてことはない。
    オヤジのオヤジは警察官で、その前は服部姓。

    >  石原の親父は当然ながら、日本人の戸籍を買ったんだよ。

    でたらめばかりで、自分が恥ずかしくありませんか(笑)

  • 2016/10/29 08:41

    >>No. 13810

    Abraham Shakespeさん、おはようございます。

    >  1987年に石原裕次郎が梅毒で亡くなった時

    本当かどうかはともかく、とかく日活にまつわる噂はあった。思い出しました(笑)

    >  石原一族は在日二世なんだそうな。

    「山下汽船の御坊ちゃま」じゃなかったんですか。
    それとも、これもでたらめでしたか(笑)

  • 2016/10/27 04:06

    >>No. 13808

    今度はAbraham Shakespeですか(笑)

    石原慎太郎が受賞するまでの芥川賞は、世間の注目を浴びるものじゃなかった。今のように騒がれるようになったのは、石原慎太郎以降です。
    石原は、そういうものを持っているようで、彼から文壇が世間一般に知られるようになった。
    芥川賞は今でも新人賞ですが、純文学の賞ですから、売れるか売れないかが選考基準にあるものじゃありません。

    石原はしかし、稼がなければならなかった。
    そこで、いわゆる売れる小説を書いた。
    例えば「青年の樹」。これが「青春とはなんだ」に続いて、当時の若者に多大な影響を与えた。
    そうしてお金稼ぎをしたわけです。
    その一方で、純文学の世界がある。

    石原は、同世代の大江健三郎について、「私は大衆小説を時々書いて金を稼いで家も建てたけれど、大江などはそれをしてこなかった」などと語っています。

    > あんたは山下汽船の御坊ちゃまの小使いか?

    石原慎太郎の何をご存じ?(笑)
    あなたの場合、一事が万事で、でたらめを信じすぎる。いや、それが好みか(笑)
    三島由紀夫は「あなたが一所懸命だということは、僕はあなたに対して終始一貫感じていることだよ。だけど世間は必ずしもそうは思わないね。それは日本の社会というものだよ。」と言っています。なぜかといえば・・・(笑)

    何故かという話をあなたは理解できないでしょうね。
    何故かと言えば、あなたは三島の言う「世間」だからです。

    それはそうと、日本語は平和な言葉。
    どう思います?

  • >>No. 13649

    > 角栄本で大儲けした石原慎太郎の過去を見れば判る。
    > 彼等は政治家に非ずして政治ブローカー(Lobbyist)なのだ。

    石原慎太郎は「青嵐会」を作った。その趣意書。

    <青嵐会趣意書>
    自由民主党は、敗戦のドン底から、驚異的な繁栄を築いてきた。
    しかしながら、今や歴史の推移とともに、高度経済成長のもたらした物価、公害などのもろもろのヒズミ を生じているが、われらはこれを是正し、克服する努力とともに、わが党・立党の精神に立ち返り警鐘を乱打 し、政治並びに党の改革を断行せんとするものである。われわれは、いかなる圧力にも屈せず、派閥を超越し、 同志的結合を固め国家・民族的視野に立って行動する。
    それこそがわれらに与えられた歴史的使命であることを確信する。

    一、自由社会を護り、外交は自由主義国家群との親密なる連携を堅持する。
    二、国家道義の高揚を図るため、物質万能の風潮を改め、教育の正常化を断行する。
    三、勤労を尊び、恵れぬ人々をいたわり、新しい社会正義確立のために、富の偏在を是正し、不労所得を排除する。
    四、平和国家建設のため、国民に国防と治安の必要性を訴え、この問題と積極的に取り組む。
    五、新しい歴史に於ける日本民族の真の自由・安全・繁栄を期するため、自主独立の憲法を制定する。
    六、党の運営は、安易な妥協・官僚化・日和見化など、旧来の慣習を打破する。
    結び
    青嵐会は、いたずらな論議に堕することなく、一命を賭して、右実践することを血盟する。
    昭和四十八年七月十七日

  • >>No. 13797

    > 「おおみたから」なんて言葉は藤原不比等が捏造した言葉で、早い話が渡来朝鮮人のチャンピオンが日本列島に君臨してから創った言葉。
    >
    > 645年に起きた乙巳の変で天下を握った藤原氏は以後、1400年間も日本列島を我が物にした。
    > 有名な話だが近衛文麿は昭和天皇の面前で椅子に腰掛け、ふんぞり返りながら天皇を立たせて詰問した。

    それにしてもすべてねつ造でウソだけれど、なんでこんなことがネット上で通用するのだろうか。
    ねつ造する人間は、他人もねつ造すると思い込むってことか(笑)

    自分に都合の良いネット上の記事を紹介し、日本がアヘンを広めたなんて馬鹿なことも書く。
    例えば戦前の日本は、台湾からアヘンを撲滅させたという事実がある。戦前、清王朝下の満州を知らない。
    それを書こうとしたけれど、もう反応がない(笑)

    こういうバカげたことを信じる人たちもいて、信じさせるのもまたネット社会か。

  • >>No. 14980

    あぱらぎさん、こんにちは。
    大阪の放送の様ですが、嵩原弁護士が良いことを言っていると思います。

    https://www.youtube.com/watch?v=AekW4ziOgOg

  • 2016/10/23 10:01

    保通協 den_of_vip since_645
    創業者万歳enyasu_banco
    無芸大食wreck_my_bed
    乞食の宴会tart_tramp_bum
    先公のお気に入りteachers_pet_best
    kumiai_goro_goro
    rice_wheat_force
    danielandkidy
    組合ゴロyutai_broker
    此の世の終わりjal_kokyoujigyo
    世襲万歳guiter_guru

    以上の方々、どなたでも結構です。
    なにかお書きください。
    題材は沢山あるはずですから。

  • 2016/10/22 10:38

    >>No. 13759

    since_645さん、おはようございます。

    > 既にお読みになっていると思うが、八幡和郎という東大法学部卒の元経産省官僚が日本の古代史の欠陥を指摘した。

    その八幡さんですが、「古代の朝鮮半島は未開の地だ」といっています。「帰化人で文化を伝えたのは漢人、亡命者は百済・高句麗系です。」とも。
    その上で、「米と弥生人の伝来ルートはまず間違いなく江南→山東半島→半島沿岸→九州でしょう。それ以外に当時の航海術でそれなりの人数がやってくる可能性はない」と。

    歴史について、私と意見が合わないのは書いたとおりですが、面白い見解だと思います。

    いずれにしろ、日本の皇室や藤原氏などが朝鮮から来たなどということは、いまや全く否定されていることは、私が縷々書いてきたことでお分かりになったと思います。八幡さん流にいえば「未開の地」でしたから。だから、先進大国日本の影響を受け、権威付けにも使った。それは、史跡の発掘でもわかることです。

  • >>No. 13792

    創業者万歳さん、おはようございます。
    レスポンスがたまって大変でしょうが、また少し書いてみます。

    > 朝鮮人は可哀そうな話だが人口の4割が学問を禁じられた奴婢階層だ。

    これを日本統治前について調べてみると、研究した人がいまして(尋ねられれば紹介します)、それによると・・・

    <1904年当時、「学校教育は主に首都ソウルに限られて」おり「しかもそこには、小学校がわずか7,8校あるのみ」だった。人口1200万人の朝鮮で、近代的な公立学校に通っている生徒の総数は500人程度だった。公立学校以外に私立学校が数百くおあったが、大半はミッション・スクールだった。>

    人口の1%程度いたといわれる両班は、「書堂」という寺子屋式の村塾に通い勉強していたわけですが、それにしても500人という数字を見れば、「人口の4割が学問を禁じられた奴婢階層だ」などというのは過大評価だとわかる。

    それがです、1910年の朝鮮の公立学校の生徒数は20,200人から1937年には45倍の9,011,209人に増えています。
    これが日本が朝鮮に与えた教育制度です。

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