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投稿コメント一覧 (11229コメント)

  • pipitさん、おはようございます。
    さっき、PCの電源入れたら、へんな横線が何重にも入って、「あら、ついにPC故障か~。」でしたがヤフーに辿り着いたらなんとか普通になってました。
    これでなんとかpipitさんに挨拶ができる。(よかったです。)
    私はいまだガラケーで、ネットはPCだけなのです。

    pipitさんの御投稿をテキストリームで拝見すると、小春日和のような感覚になることが多かったです。
    ほんわかとしました。
    もう拝見できなくなるのかと思うと寂しい気がします。

    pipitさん、これからもお元気で。

    私もできる範囲で、興味のおもむくままですが勉強みたいなことはしていきたいです。
    自分の中では、もう宗教はあまり興味がなくなっていて、西洋哲学と文学かな、と。
    ハズキルーペを買ったから細かい文字の本もとりあえず読めるのです。(笑)

  • >>No. 285

    こんにちは。 元気どすね~?(^-^)  よかったです。

  • >>No. 59677

    もしなんか言いたいことがあったらだけど、私のトピに書いといてね~。
    あったら、だよ。  じゃあね~。

  • >>No. 59677

    こんにちは。 ひさしぶりでございます。

    >妻が一か月に一度、料理教師は開いていまして、店での私の評判がいいと話になり、
    凡夫を高く評価されるのも困りものですから、「愛による復讐」の話をしたのです。
    実はその「愛による復讐」は、「自分をぶっ殺す」ことだったのですね。


    奥さんに気を遣ってるの? いや、唐突にすみませんね。。。
    別にそんないい旦那や店員さんをがんばらんでもいいんじゃねえべか、と。
    どうなんだろうね。。  そうしてないと心配なんかな~?

  • もうすぐテキストリームも終わりじゃけんのぉ。
    なんか書いてみるべかな~。

    先日。 動きが止まってしまうような美しい光景を観た。
    若いお父さんと女の子が、手を繋いで大きな声で二人で歌いながら道路を歩いていたのです。
    お父さんは今どきの若者風で、女の子は三歳ぐらいだったかな。
    心が洗われるようだったよ。

  • >>No. 283

    野州無宿さん、こんにちは。

    なになにそんなに過激なんですか?って思って見て見たら・・・まぁたしかに、こんな清純そうな若い子たちにしては過激ですよね。 
    ピンクレディーもおんなじようなかっこしてたけど、あちらはセクシー路線だったんだしそれで普通だったわけで。
    てな感じどす。

  • >>No. 4643

    ぶたのはなにねぎさん、おはようございます。

    昨日は、某コンビニでクリスマスケーキの予約をしたのです。 午前10時くらいと忙しくない時間を狙ったつもりなのだけど、やはり後ろで待ってるお客さんができてしまい、店員さんも慌ただしそうで・・何か悪い事をした気持ちになってしまい落ち着かなかったのでした。
    へんなとこに小心なんじゃの~( ´艸`)、って感じでございました。

    『ところでホームズさん、あなたのお頭は立派なものですねえ。』←これ、気に入りました。
    お頭ってとこが、です。
    ん?っと・・ 『緋色の研究』にある部分なのかな・・ 細かいところはすぐに忘れてしまうので・・

    それにしても。 小学生であれを読むとは、どんだけ頭いいの?
    私は小学生の頃には、伝記が関の山だったな~。

    検索してわかったことなのですが、市原悦子さんの役名って考えてみたらすごいですよね。。
    「おばさん」って(笑)

    昔の時代劇って、今にして思うと信じられないくらい残虐なシーンがあったよ。
    そういうのがお茶の間に流れてたわけで~。 今ならBPOとかがやかましいと思います。
    あ、でも。 今も残虐シーンはたまにドラマとかでもありますか。
    私はもうそういうのがとても苦手なんで。。観ませんけど。

  • >>No. 11430

    ryuichiroさん、おはようございます。
    私はきちんと読み込めていなく、背景などについてもほとんど知らなく、そうした状態での思うところを投稿してみたのですが・・、そのような投稿に対して丁寧に対応いただきありがとうございます。

    『異邦人』を昨夜、一通り再読し終わりました。
    デビュー作であるこの作品は、『ペスト』よりセンセーショナルな内容ですし、世に出るための策というのもあるいはあったのかな、と昨日、感じました。
    新しいタイプの倫理感をテーマに据える、ということであれば『ペスト』においては成功していると思うのですが、『異邦人』では、ムルソーの人物像ではそれは不十分ですし。

    カトリックの司祭の発言に抵抗したり、また、熱心な信者である判事の発言に抵抗する主人公たちを通じて、建前で生きている人々をカミュは批判したかったのだろう、と感じます。

    >戯曲の《誤解》等にしても、矢張りフォーマットに《聖書》・キリスト教の隠喩が含まれておりますし、それはヨーロッパのキリスト教圏の作家には抗い難く運命的・強迫観念的に意識に刷り込まれているのかも知れないですね。

    この部分については私はまったくわからないのですが(読んでないので)・・・
    神と名付けられるような人間には計り知れない何か、というものまでの否定はしきれなかったというか、するつもりもなかったというか・・ なのかな。
    神と名付けられるしかないようなものの存在は否定しないけれど、組織的なものへは反感、みたいな。
    というような感じにとりあえず考えておこう、と思います。

    >カミュは、サルトルとの遣り取りで『自分は実存主義ではない』と明言しておりますけれど、しかし《異邦人》では実存主義的な立場からキリスト教(ローマンカソリック)を批判した様に思えます

    ムルソーも根っからの善人とは言い難いけれど、キリスト教に関係する人物については批判されるべき人物像として描かれているようですよね。
    一方、精神的に自由で何物にも隷属することなく死んでいったムルソーとして。

    カミュは、「○○主義者」と呼ばれることをよしとしなかったのかもしれませんね。

     
     生の感想、としての部分も。教えていただいてありがとうございました。

  • >>No. 11427

    ryuichiroさん、おはようございます。

    ryuichiroさんは、カミュの「異邦人」は読まれていましたっけ?
    たしかお若い頃、読まれたと書かれていたような気はするのですが・・・
    私は若い頃、読んで、今、再読してるとこなんですね。
    「ペスト」は、訳がどうにも私には硬くて途中で挫折してますけど、あらすじは知ってます。

    それで・・・私はなのですが、カミュの言わんとするところ(厳密には、そう私が感じる主観になるのだけど)には、共感するところがあるな、と感じています。

    脈々と続いてきたヨーロッパの風潮としてのキリスト教、を、がちがちに信じ心まで硬くなり教条主義になり、信仰信念が自分のプライドになってそれに振り回されるように生きている人たちに対しての批判、そうしたものが彼のテーマの一つとしてあるのだろう、と今のところは感じているのです。

    現在、フランスでのカトリック人口というのはだいぶ減ってるらしいです。
    カミュの考えていたことというのは、当時の多くの市井の人々の声なき声と一致する部分は多かったのではないか、ともなんとなくですが感じます。
    そうしたこともあり、ノーベル文学賞に通じた部分もあったのかな、とも感じたり。

    (一応、お断りしておきますと・・・個人的にキリスト教を批判するつもりはまったくなく、ただ、時代にはそぐわなくはなってきてるんじゃないか、と思ってるだけです。
    キリスト教が素晴らしいと思う方をどうの、と思う気もないです。)

    もしよければですが、ryuichiroさんのカミュの作品に対しての生の感想を教えていただけないですか。

     他の方でも・・・もし読まれている方で、感想を教えていただける方がいらしたら、よろしくお願いします。

    ある小説を誰かが読んでそれのテーマとされるものをその誰かがどう捉えるか、というのは、本を買って読んだ人の裁量に任されるものだと思うし私もそうしているわけですが、できれば、作者のテーマを正しく認識したいな、と。
    それで、本に詳しい方が多く見ておられるであろうこちらのトピに投稿させていただきました。

  • >>No. 4640

    ぶたのはなにねぎさん、おひさしぶりです。
    師走も11日、テキストリームもあと少し・・、って時にお会いできるなんて・・嬉しいですよ。
    なんやかんや言っても、見れば、「あ~、皆さん、お元気そうでなによりだな~。」って思う。
    それがもうすぐなくなりますからねぇ。。

    >テレビで再放送されている『翔べ!必殺うらごろし』という時代劇を録画して観ています。僕が生まれるより前に制作されたTVドラマですが、『まんが日本昔話』の市原悦子さんがあののんびりした穏やかな声で話しかけながら通り魔のように悪人を刺殺します。話しかけながらまず背中や脇腹をブスリと行って、とどめに正面から胸を刺したりします…
    >「子どもが見たらトラウマになる」という表現がありますが、本当に言葉通りに子どもが観たら泣きそうな映像になってます。

    え?え? マジですか? そんなすごすぎる。。と、検索してみたところ・・ありました~、そんで、子どもの頃にどうもちらっとは観たことあるみたい。
    市原さんのシーンじゃなく、和田さんがなんつうの・・あの、白いさ~、現代語で言うと短パンみたいなの履いてて・・たしか?

    しかし・・ぶたのはなにねぎさんの興味の幅の広さってすごいですね。

    あ、「緋色の研究」おもしろかったです。 長いので苦労はしたけどおもしろかった。
    あんなことにね~、なってたとはね~、ほほ~、って感じでした。

  • >>No. 4638

    そう。 なんで再読してるかというと、内容ではなく文体を学ぶためなのだ~。
    趣味で小説を書き始めてるので。 ただ、えげつない内容だからどこにも公開はしないけどね。
    えげつなくないやつだけは今後どこかに公開する予定。

    マージャンさんも書いてるんだよね?  がんばれ~♪

  • >>No. 4637

    マージャンさん、おはよー。

    >今年は英語(英会話)に特にエネルギーを注いだが・・・
    >来年も英語とは親しくお付き合いはするが・・・
    >来年は男の手料理に特にエネルギーを注ぐ予定^^

    それはけっこうなことですね。^^

    私は健康に留意して家事をがんばり、合間にはできるだけ本を読みたいです。 とりあえずしばらくは小説かな。
    今はね。 「金閣寺」「砂の女」「異邦人」、それから、宮沢賢治の童話集を、その日の気分でとっかえひっかえ読んでるよ。
    前の三つは高校生の時に読んではいたのだけど、再度購入したのです。
    あらすじしか記憶になくなってたので。

  • >>No. 11391

    しんばさん、こんばんは。 おひさしぶりです。

    都庁ではなくYOKOHAMAです。

    横浜界隈と女物サンダルの酔っ払いのおじちゃん。 そして、その独り言と独り笑いにおののく田舎のおばちゃん。
    そういう光景です。 我ながら滑稽なのでした。

    そうか~。 女いる風。。。なんかわかります。
    その時、服はスエット上下が合うと思う~。

  • >>No. 11390

    ryuichiroさん、こんばんは。

    どう反応していいか迷ってしまうような投稿内容で、すみませんでした。 
    適切な返事だなんて、お気になさらずともいいんですよ。^^   たんなる戯言なんですから。

    その、例のおじさんなんですが。(とかなんとか言いながら、またその話でございます。)
    あくまで私の妄想世界では(妄想だと認識はしているわけです。)、私がおじさんの女物風サンダルをガン見したから、「おばちゃんよ~、俺はこう見えてもずっと都会なんだよ。」と、都会に詳しい自慢を独り言にて語りだしたともふと感じられたりもし・・・
    でも、そのおじさんの独り言と独り笑いが、何か仕掛けて来られそうな恐怖を呼び、すまし顔しながらも内心はおののいていた私の心情・・・
    そのあたりが、後になったら滑稽でたまらなくなったのでした。
    で、虚構にはなるのですが・・・、電車内での、おじさん、そして私のそれぞれの心情を交互に描く形でのおもしろい短編に、いつかできないかな、と考えたのです。
    とはいえ、それがいつになるかはまったく不明で~す。

      ↑ これ、そもそも伝わってるかな~? ふあ~ん(´Д⊂ヽ 文章力のなさ。。。

    新宿の大久保というのは、コリアタウンのところでしたっけ?
    本屋さんでアルバイトをされていたのですね。

    太宰治の芥川賞のお話しは、私も、太宰治をウィキで調べてほんの少しですが存じてはおりました。
    彼がそんなに賞とかを願うようなタイプとは感じていなかったので意外にも感じました。
    でも、心中死した理由というのは、女性関係のもつれなどではなく、尊敬していた先輩作家や文壇との関係に悩み、被害妄想的になっていたからならしいですね。
    奥様を思う気持ちを書いた遺書になっていたそうで、奥様の心はそれで少しは救われたことでしょうね。
    まぁでも、心中した女性の親とかにしたら、太宰はろくでなしですね。

  • >>No. 4634

    ヤフーへの感謝をこめての投稿は、掲示板のほんとに最後の時期にここに短く書く予定。(生きていれば)

  • 記念スタンプみたいな投稿をしてみた。

  • >>No. 11387

    おじさんは、ただ、一人で話しそして笑い、話に夢中になりすぎて、自分の降りる駅に着いてもすぐには気づかず、ドアが閉まりそうになってからそれに気づき、猛ダッシュで降りていった・・・それだけなのです。

    でも、私の中では違うストーリーが展開していたわけです。

    そして、私の隣にいた私の同行者にとって、そのおじさんの一部始終は、たんに「おもしろいおじさん」なだけだったみたいで、恐怖などは一切なかったらしいです。

    なにより、そのおじさんが電車を降りていった後、近くにいたお客さんの表情を何気なく観察してみたのですが、にやにや笑っている人はいても、安堵の表情の人は見かけませんでした。

    私も、内心、ものすごく安堵したのですが、それは一切、表情には出さず、何も見ていないような顔をしながらその恐怖の時間を過ごしたのでした。

    多くの人々が無表情、没個性で過ごすことが多いであろう大都会の電車内で、意のままに悠々と過ごしていたおじさんと、その姿から恐怖を感じ取っていた私。
    その対比がおもしろいな~、と、冷静になった私は感じたのでした。
    ただ、一切は私の心の中の動きであり、他人から見ればきっと、居眠りをしていたおばさんがいる、というだけだったということなのですけど。

  • ryuichiroさん、皆さま、こんにちは。   今日から12月ですね。

    先日、とある大都会に遊びに行き、電車に乗った際、普段の私の生活では体験がなかなかできないよう出来事に遭遇しました。 地方在住で、普段の移動はマイカーばかりなのです。

    電車の座席に座り、観光の疲れからうとうとしていると、隣の車両から移ってきた人が通路を挟んだ斜め向かいの座席になだれ込むように座ってきました。
    すると、アルコールの匂いが漂ってきて、私は薄目を開けてなんとなくその匂いのもとの方に目をやりました。
    全身、黒っぽい色の服の70半ばぐらいの男性が、黒い女性物だと思われるサンダル(つっかけ というタイプ)を履いてそこにはいました。

    観光で都会に出た私は、高層ビルの展望台から観る景色や、おしゃれにまとめられた都会の輝きの部分だけを駆け足で見て、帰路につこうとしている途中で、生活感に溢れたサンダル履きの酒臭いおじさんに出会い、その足元を、いろんな思いを駈け廻らせながら見てしまいました。 そしてまた、目を閉じて電車に揺られていました。

    それから1,2分の時が経ってからだったと思います。 そのおじさんは、一人で話始め、話の合間には一人で笑ったりもしはじめたのです。 そして、その声は徐々に大きくなっていきました。
    話の内容の主題を纏めるならどうやら、ある大都市のいくつかの街々の雰囲気の違い、ということについて、になると思います。
    そして、その話し声と話し方というのは、あまり知的そうではない外見とは不釣り合いに感じてしまうぐらい、純粋に都会の言葉で声質も優しそうではありました。
    でも、一人で話し笑っている・・・それはやはり怖くて・・・何かが起きるのではないか、そうでなければいいけど・・と、感じたりもしていました。

    すると。そのおじさんが、突然、立ち上がり、角度的には私たちが座っている方向に向けて勢いよく走りだしたのです。
    私は恐怖で一杯だったのですが、そこで立ち上がったりするのもどうかと瞬時に判断し、そのままじっとしていました。

    次の瞬間。後になって思えばそれは電車のドアが閉まりかける音だったのですが・・、それが聴こえた時、おじさんは、そのドア口をすり抜けていたようで、もう姿はありませんでした。

    (続きます。)

  • >>No. 11366

    ryuichiroさん、おはようございます。 朝日が気持ちいい朝になっています。

    気象観測所のご夫婦のお話し(実在ではなく空想とのことなのですね。)、いつか小説に纏まるといいですね。

     山口出身の中原中也は、祖父母がクリスチャンですね。 彼は晩年(と言っても30歳ぐらいなのですが)、息子を病で亡くしたで悲しみに暮れ、住んでいた鎌倉のカトリック教会に通っていた時期があるそうで。
    「イエス伝を読んだ」「神父と二時間ばかり話した」「ミサを欠席した」などの記載が当時の日記にあるそうです。

    「夕照」という詩は好きな詩の一つなのですが、その中には、「落陽は慈愛の色の金のいろ」とあります。
    「サンタマリア(聖母)」と呼び掛ける詩もありますね。

    一方、太宰の「人間失格」には。
    『自分は神にさえ、おびえていました。神の愛は信ぜられず、神の罰だけを信じているのでした。信仰。それは、ただ神の笞むちを受けるために、うなだれて審判の台に向う事のような気がしているのでした。地獄は信ぜられても、天国の存在は、どうしても信ぜられなかったのです。』 と、あります。
    作品中での主人公の言葉なのですが、太宰治自身のな心の奥底での言葉でもあるのだろう、と感じはします。

    中也は、救ってくれる神を信じよう愛されようとしているのが感じられ・・・
    太宰は、罰する神、畏れ多い神としての認識から離れることはできなかった・・・
    そんな印象が今のところにはなるのですが、あります。


     松本竣介さんについて少し調べたのですが。 三十代の若さで亡くなられたのですね。
    「街」という題の絵が出て来たのですが、おっしゃられているのはその絵のことなのかな、と思いました。

  • >>No. 11369

    11369のリンクですが。
    梶井基次郎「檸檬」の、京都の丸善についてです。

    丸善は、2015年に、京都BALというファッションビルの地下に、カフェを併設した大型書店として復活していたのだそうです。
    本を並べてある売り場には、レモンを置いていくためのカゴも用意して置いてあるそうです。

    (興味のある方も多いと思うので、投稿させていただきました。)


    梶井基次郎の時代の丸善は、場所を移して平成に入っても営業はなされていたようです。
    そして、2015年に、とてもおしゃれなファッションビルに場所を移し、今も営業中ということなのですね。

    「檸檬」は、時を超えて・・・素敵ですね。

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