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投稿コメント一覧 (4026コメント)

  • 元気なMushakuさんが復帰されたのが、今日の収穫。

  • Mushakuさんの姿が暫く見えない・・・・

    時間がとれないのか、どこか旅でもされているのか?
    ご健康で過ごされていることを祈ります。

  • >>No. 10548

    図表:いつものDisclaimer

    一見見難いだろうが、図表をダブルクリックすると、別ウィンドウで本文+拡大図表が現れる。

    更にもう一度図表をダブルクリックすると、今度は、図表だけが別ウィンドウに現れ、Browserの拡大機能を使えばもっと拡大できる。

  • 「スピンにご注意」

    最近、MLBのフライボール革命が日本でも受容されつつあるようだ。
    しかし、相変わらず、射出角とスピンの問題とが、ごっちゃになっている。

    何度かAlan Nathan教授の仕事を紹介してきた。

    彼らの最近の仕事を纏めると、「飛距離を伸ばすには、射出角が影響を与えるが、ボールのスピン自体はほとんど影響しないということ。」

    しかし何故か? 直感的にこれは受け入れがたいだろう。
    投手が投げたボールのスピンが、ボールの軌道に与える影響の大きさは、Pitch f/xの解析(バックスピンに応じて、重力による自然落下よりも少ない距離を“落下”するから、結果として浮き上がったような効果を持つが、それが数値化されて出される)を見るまでもなく体感覚として明らかだろう。

    Nathan教授たちは、この実験を、MLBの開閉式ドームを借り切って行っている。

    ドームの天井を占めて、風がもたらす空気の移動を完全に遮蔽、湿度などの要因もコントロールしている。

    そこで、射出角、スピンを自由に変化させられる投球マシーンを用いて、特定の射出角、射出速度、スピンで、何度もボールを射出し、その飛距離を測定するという方法で実験している。

    tp://baseball.physics.illinois.edu/FlyBallDistance.pdf

    その結果が、付図の左図。スピンが横軸。縦軸が飛距離。
    ベストの逆スピンを与えれば、飛距離が10~20mは伸びるという大方の予想(あるいはそういう著述も複数見たこともある)を裏切って、1500~3000の間で、ほんの2,3m(高々10フィート)しか距離に差が出ていない。

    しかし、物理の法則で、流体の中を回転しながら移動する球体には、マグナス力が働くから、バックスピンならボールの進行方向に向かって直交上向きの力が作動するはず。
    それがボールを「リフト(正確には重力に対抗して自然落下を減らす)」して、飛距離を伸ばすはずだ。
    実際、Bに示されるように、ほぼマグナス力の予想値に等しい「リフト」が飛球で検証されている。
    ではなぜこれが、飛距離を伸ばすことに貢献できないのか?

    従来の議論で考慮されて来なかったのは、スピンが上昇した時、ドラッグ(空気抵抗)が一定なのか変化するかということ。
    言い換えると、スピンとドラッグ係数とは、独立か従属かということ。

    それを実際に検証したものが、図C。両者にはほぼ一次線形の関係が成立する。

    簡単に纏めると、スピンが増えるとリフトは増えるが、一方で空気抵抗が直線的に増加するので、両者がほぼ相殺して、結果としてスピンが増えても目に見えるほど飛距離には影響がでないということ。

    勘違いしないで欲しいのは、射出角を10~26度の間に保つことは、HR 及びヒットを産生するうえで有効だということ。
    だが、そこにスピンを絡めるのは間違い。

    ちなみに、フライボール革命については、射出角の問題だけではない。
    打球の初速が遅い場合、理想の射出角でも単なるポップフライになって凡打になってしまう。

    射出角+初速の組みあわせ(2次元的に描かれる「図形」)の一角に、ヒット、HRになりやすい(つまり内外野の中間に飛ぶか、外野を越えて飛ぶ)領域が存在するということ。

    ワシントンポスト紙の以下の記事が判りやすく、そしてその領域を示す図表も付いている。

    tps://www.washingtonpost.com/graphics/sports/mlb-launch-angles-story/?noredirect=on&utm_term=.ad080b68d2c3

    書きかけの、「打球初速を左右するパラメター」でも、スウィング速度だけでない要素について考察・紹介している。

    スウィング速度と打球初速がごっちゃになった論が多いため。
    そして、打球初速は、その飛距離や軌道を決定するうえで、最も重要な因子。

    早くこちらも完成しないと。
    まあほぼ大詰めまで来ているのだけれど・・・・

  • ファームの球宴。

    先発馬場、クローザー望月に脚光が当たっている。好。
    ところで打者は何処へ行った?

    やはり、陽川の次の世代のロングヒッターが少ない。

    かつて球団社長だった野崎さんが、対談(本当は強い阪神タイガース、鳥越 規央著)の中で、自分が球団社長だったとき、スカウトに厳しくメスを入れたと語っている。

    こういうのは、一方行だけから話を聞いて鵜呑みすると危険だが、裏が取れないのでご容赦。

    当時、スカウトは選手OBの姥捨て山で、数ばかり多く、一人一人が独立性と責任をもって職務を果たしていなかった。
    そこで、荒療治として、一気に数を減らし、一人一人が有望な選手を自覚と責任をもって推薦してくるようにした(これは2002年前後。2000年代のタイガースは、確かにAクラスが普通だった)が、自分が退いた後(任期半ばで、一場をはじめ有望候補に現金授与していた事件の責任をとり)また元の木阿弥に戻っていると警鐘を鳴らしていたことを思い出す。

    野崎さんは、日本の球界人にしては先見性があり、いち早く計数に基づいた分析を編成部の導入し、MLBではあたりまえのOperations 部門設立を目指したが、タイガースでは特に現場・OBからの反撥(素人を入れるな)が強く、難行。折角MLBからリクルートした人材も、日本ハムに移ってしまった(そして日本ハムのBOSシステム・部門を構築した)などと、随分残念な裏話が語られている。

    BOSシステムにも当然毀誉褒貶があるが、近未来の球団運営に、同種の部門・システムを活用することは必然だろう。タイガースは大きなチャンスを逃したが、こういう球団体質では、たとえトップダウンで組み立ててもどれだけ効率よく機能したかは疑問・・・

  • Ouenさんの姿が見えないね。

    山歩きにいってしまったかな?

  • クロエイシャが決勝進出。
    歴史・政治的に随分いろいろある国だが・・・・・・・

    まあ、そういう「大人の事情?」をリセットできるのがスポーツトーナメントの本来の姿だよね。

  • >こちらはKindleでなくKobo

    ありゃ、浦島ぶりを暴露してしまった(笑)。
    浦島序にもう一つ。

    >どうして日本人はコンビニやスーパーでカードを使わないんだろう

    Debitカードの普及率は上がったのだろうか?
    10年ほど前の記憶だけれど、その頃日本じゃ殆んど認知されていないような印象があった。

    こっちじゃ93,4年頃から銀行口座を作ればほぼ自動的についてくる。
    審査もないし、リアルタイムの引き落としだから、決済の必要も皆無で、それを店で使うなら、それこそ1ドルでも端末がある限り使えるし、店側も小銭・現金を置く必要がないからセキュリティー上からも歓迎だしね。

  • Ouenさん、

    みんながみんなそうしているわけではないでしょうが、本もスマートフォン(Kindleというアプリケイションはご存知だと思います)で読む時代になっていますよ・・・・・・・

  • で本題のご質問に対する答え。

    「やっぱり聴いてたら何言うてるかは分かりますか?」

    結局、トラバクさんの答えと同じになってしまいますが、場合によりけり。

    元々日本語以外で書かれたオペラを、日本語で上演している例があります。
    歌われている歌詞は日本語ですが、歌手によっては何のことかさっぱりわからないこともあります。

    その歌手固有の発音に加えて、言葉を音楽に合わせると、リズム故に音節が不自然になったり、発音の規則に逆らう必要が出てきます。特に、ヨーロッパ語に合わせて書かれた音楽は、原語の音韻法則が載りやすいように書かれているから、音韻構造が違う日本語との相性がよかろう筈がありません。

    私の場合英語については、

    >大人になってから英語圏に行った日本人が苦手とするのは聴き取り

    これそのもの。
    来てから30年近くになります。

    国籍も移してしまったから、待ったなしで、この言葉と生死を共にしています(笑)。

    でも、言葉の習得に終わりはありません。

    第一に習得した言葉(いわゆる母国語というやつです)でもそうではないでしょうか?

    中学高校をドイツで送った女の子を指導したことがあります。
    もちろん、米語が母国語です。しかし大学で、周囲の友人からしょっちゅうからかわれていました。
    曰く「どこか幼稚な言葉遣い」「文章とか、完全に大学生レヴェルじゃない」「大学生のスラングを全然知らない」
    成長過程で体験できなかったものを完全に後から復元することは、極めて困難です。

    後から日本語を学んで流暢に話せるようになっても、助詞の使い方などが、ほんの少し違う(違和感という形容がありますが、この言葉大嫌いなので使いません)という例も多々あります。

    それどころか、正真正銘日本で日本語で育ったにもかかわらず、この言葉を完全に使いこなせていない文章が、インターネットには溢れていますね。

    個人的な体験に戻ります。

    来た日から一応ほぼ苦労なく様々な状況で会話していました。相応の準備もして来ましたし。
    でも、TVの主題歌など、聞いても判らないケースも多かったです。
    特に電話をすると(特にそのころ開発された携帯電話は電波の状態がプアーで、声の質が悪かった)後で、「う~ん、あれ何だったんだろう?」と思うこともしばしばありました。
    文章を組み立てておかないと込み入った内容の交渉などは満足にできませんでした。
    相手の出方に応じて対応するということが苦手でした。
    想定外のことを言われると、相手が何言っているのかわからない。

    つまり、言葉一つ一つをキャッチして理解するのではなく、文章全体を雰囲気で察しつつ、言葉を類推していたのだと思います。

    5年目ぐらいになって、「ちょっと楽になったかな」と感じました。
    この頃、最初のころを振り返って「気負いすぎ。未熟」と思ったものでした。

    しかし、10年目ぐらいになってから、5年目あたりを振り返ると「まだまだ・・・」。
    20年目ぐらいに、10年目を振り返って「やれやれ・・・・」と。

    こちらの能力も、すこしずつは進歩しているのでしょうが、あるところまでくると、進歩・変化はとても緩やかになってしまいます。

    それでも、咄嗟の時、その少しが能力を左右してくるから、気を抜くわけにはいきません。

    しっかりとした文法、豊富な語彙で書かれた文章を常に読み続ける。
    他の人と会話するとき、その人の長所に注意して、学べるところは吸収する。

    様々な相手と、常に会話をする。

    といっても、言葉を磨くとか、そういう下心があっては台無しです。
    相手も自分も楽しめなければ、会話ではありませんしね。

    再び本題に戻って。

    歌でも、多くのケースで、歌詞がそれこそクリアーに一語一語頭に響きますし、歌や映画のセリフの中で「一つの言葉」が共鳴してきて、思わず胸が熱くなったり、逆に一瞬で沸騰するぐらい腹が立つこともあります。

    トラバクさんの場合、幼少期に現地で暮らしながら学んだ言葉だから、もちろんクリアーに理解しているでしょう。

    70%というのは、完璧に理解している積りでも、実はこの程度なのが同じ言葉を喋る2人の人間間のコミュニケイションの限界ということですね。

    そういう心理学的研究結果を見たこともあります。

  • Ouenさん、面白いご質問ですね。
    これは「定量化」に繋がるじゃありませんか?

    判る?という質問で、「全然わからない」「完全にわかる」という二者択一の答えを期待されているわけではないと思います。

    「100%わかる」
    「75%わかる」
    「50%しかわからない」
    「25%しかわからない」
    「全然わからない」

    というように、このご質問には、程度も含まれているように思います。
    理解程度の定量化です。

    数字に帰着させることで、具体的なイメージが出てきやすくなりますね。
    つまりは何かの性質の度合いを数量化することが、定量化です。

    数量化しないと、「外国語を、どれだけよく理解しているか」という感触が得られないのではないでしょうか?

    私は個人的には「数字にならないものがある」という姿勢(信仰といってもよいかな?)には反対です。
    人間の脳の働きですら、もっと技術が進めば完全に電気的に解析できるでしょう。

    なにより、AI(人工知能)を作るということが、そもそも「脳の高次機能(感情も含めて)」を完全に再現しようという試みです。

    例えば、人工の生命を作ることは既に試験管の中で可能です(試験管ベイビーとは違います、簡単なバクテリアの細胞を完全に合成できるということです)。
    これは生命の誕生に「奇跡(Divine intervention)」は必要ないということです。つまりは、「Super-being(人間を遥かに超えたもの=神」が居なくてもこの世界は始まり得たということです。

    戦国時代の日本人のように、鉄砲というものをみて、独自に(パーツをコピーするのではなく)それと同じものを作り上げることができたなら、オリジナルの鉄砲の動作原理を完全に理解したということになります。同じことを江戸末期の蘭学者たちもやっています。

    人工知能(という、人間の脳とは全く違った材料で組み立てられた存在)が人間の高次脳機能を模倣できたら(再びどれだけ精密か?100%に近いのか、25%ぐらいにしか過ぎないのかということもご質問されたくなるでしょう。つまり、定量化を求めること極めて自然な知的欲求だということです。)、我々は人間の感情を作り出すことができたということで、それを理解したといっても良いでしょう。

    本来のご質問とは外れますが、その姿勢に面白いものを感じます。

  • ちょうど今、仕事をしていたら、スペイン人の同僚がやってきて、「日本の豪雨の災害を映像でみた。見舞いの言葉だけでも」と言ってくれた。

    彼は研究者であるとともに、Catholic教会の僧侶。

    世界の他の場所で、人々が痛みを分かち合ってくれていることは、心温まることじゃないだろうか。
    こういう人たちがいる限り、世界が滅びることはないと思いたい。

  • 今回大阪の地震で、すこし日本の地質について知識を新たにすべくインターネットなどを検索していたら、面白い情報がありました。

    関東平野の地下の構造が複雑なのは、周知です。太平洋の地殻が、陸の下に潜り込んでくる。そこに、独立してフィリピンプレイト(伊豆諸島などを載せた、そして南海トラフを形成している地殻ですね)が衝突している。
    伊豆から富士山に至る火山は、フィリピンプレイトが、日本列島に錐もみのように突入している部分で、その辺縁が関東平野の地下に潜り込みつつ、太平洋の地殻とぶつかり合っている。

    これが、関東に地震が頻発する理由ですが、10年ほど前に新しい仮説が提唱されています。なかなかトンデモナイ(これは、面白いという意味で誉めています)提唱で、関東平野の地下は、スタックした(詰まって動かなくなった)ベルトコンベヤーのようなものだと。

    200万年ほど前、太平洋の海底山脈が、日本の地盤の下に潜り込むとき、山頂の部分が沈み切れず、分離して浮いたまま巨大岩盤として残ってしまった。そして、その上からフィリピンプレイトがこれを太平洋プレイトに向かって押し続けていて、その結果巨大岩盤が、フィリピン・太平洋両者の沈み込みを阻害しつつ、上の日本の地盤とも押し合いへし合いを続けているから、大地震が続いて起こると。

    下の図にその概要が示されています。

    あくまで仮説です。しかし本当なら、例えばこの岩盤を破壊すれば、理論上関東地区での大地震の頻度は激減します。

    今の地球上にこれを可能にするテクノロジーは現存しないし、もし仮に可能となっても、破壊のエネルギーが大地震(人工の地震)として放出されるし、岩盤が破砕されたところで、それが完全にクリアーされるまで数千年単位の時間がかかるから、その間は逆に壊滅的な地震が増えるかもしれず、結局日本列島から日本人を数千年単位で退避させたうえでしか(人口の大部分を亜光速宇宙船に乗せて宇宙旅行に送り出せば可能かな・・・)この計画は成就しそうにないし、リスクも巨大すぎて、近未来の科学技術の進歩を見込んでも、実現できるかどうか、全く予測不可能。

    しかし、自然の脅威に対して、首を垂れる?だけでなく、こういう「戦い」もあり得ると思います(あくまで思考実験として)。

  • >>No. 1879

    >どう、どう。ね。

    昔、人生の達人としか呼べないような先輩が、周囲の人々の無知・無理解・保守性・頑迷について口を極めて批判攻撃していた知人に向かって「どうどう・・・・・・・・もっと言え」と。

    皆爆笑するしかおまへんでしたえ。

  • >>No. 1878

    我々を取り巻く自然が、「味方」というのが、日本をはじめ多くの文化に共通した見方ですね。

    しかし、インドの民話では、「嫌われ者の子供」が太陽になったという伝説もあって、この場合酷熱の太陽は、決して人間の味方とは見做されていません。
    少数の例ですが、自然を敵と見なす文化もあると思います。

    また、現代の科学は、「自然をコントロール」する方向を模索しています。

    例えば、かつて恐竜を絶滅させたような巨大隕石が向かってきたとき、真面目に爆破する(映画アルマゲドンのように)方策が、NASAを中心に研究されています。

    巨大な台風や、災害をもたらす異常気象、大噴火を目前とした火山、大地震を起こす地質学的構造。
    これらに、身を委ね、災害を「待つ」のではなく、制御しよう(戦う)という発想・計画です。

    おそらく根強い不安・反対を呼ぶでしょう。
    そもそも人間が自然を制御するような「大それたことをしてよいのか」とね。
    しかし、いずれ人類はそれを可能にしてゆくのではないでしょうか?

  • >>No. 1876

    どうどう・・・・(笑)

    屁理屈ですが、地球からの攻撃という見方もありませんか?

  • >>No. 1874

    事情も異なるし、一律な比較は慎みたいですが・・

    諸行無常という感じ方は文化だと思いますね。
    それぞれの文化毎に違いは感じます。
    しかし過去の歴史を見ても、何かから復興するとき、日本人が常に後ろ向きの姿勢を見せるわけでもない。

    悪天候に現代の社会がこれ程脆いというのはやはり意外だったし、自然の脅威を感じたり、無力感に苛まれることも当然だと思います。

    広島をはじめ、中国地区の水害の映像を見ると、只事ではないですし、復興も含めてまだまだ時間がかかりそうです。
    災害に直面された方たちへの心配りも当然のことですし。

    私の体験は個人的なものです。

  • >>No. 7411

    タイガースファンには留飲の下がる試合だったでしょうね。

    どうせこれだけ一軍の選手を使うなら、鳴尾浜でなく、急遽甲子園に振り向けて、ファンサービス特別ゲイムにできないのでしょうか?

  • 9・11も歴史のかなたの事件になりつつある。
    あの日、ペンタゴンにもテロ機が突っ込み、職場・居住地周辺も相当なパニックになっていた。

    偶々その週の木曜日、ピッツバーグでのコンサートに行く予定だったが、ピッツバーグ郊外にもテロ機が墜落し、当然コンサートは中止になったと思ったが、念のためボックスオフィスに電話をかけてみたところ、意外にも「指揮者・ソロイストの強い意向で、コンサートは万難を排して開催します」ということだった。

    その晩のコンサートは、予定されていたプログラムを一部テロ被害者追悼に組み替え、それこそ演奏者と聴衆の心が一つになった、忘れがたい体験となった。

    もちろん、あの事件で、私個人は何も失っていない。直接の被害を被ったわけでもない。
    だから、自分が局外者であるあらゆる災害で、実際に被災された人たちの気持ちを代弁できるとは思わない。

    ただ、個人的に、あの日興行を可能にしてくれたすべての人に対して今でも感謝の念を感じている。

  • >>No. 7394

    災害だからこそ、みんなが笑顔を取り戻せる興行はできるだけやって欲しいですが、インターネットで読む限り、広島地区・中国地方の交通事情はまだかなり復旧に時間がかかりそうですね。
    これは現地でないとわからないことでしょう。

    折角の試合のティケットを無駄にしたくないファンの人たちが、普段より苦労して球場まで/から往復しなければならないなら、順延という措置もやむを得ないように思えます。

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