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投稿コメント一覧 (822コメント)

  • >>No. 2162

    筍、こんな感じです。

    のりこちゃん(という人)が生まれた頃に、この山の持ち主でいらしたYさんが、竹を一本、山の下の方に植えた、それがどんどん山に広がって、苦労して開墾した畑だったこのあたりまで竹林になっちまって〜。。。と、お花の丘のおばさんが言っていました。で、そのYさんの次の世代の方は、今、がおっている(伏せっている)ので、筍とりにもこられないから(これよりさきに竹林が広がらないように)どんどんとっちゃっていいのよ♪と。。

    竹林のなかには、イノシシも乱入して、鼻で掘っては筍の甘いところだけを食し、皮のところはそのあたりに散乱させていますけれども、ここは、イノシシ対竹のバトルでこの際なので、イノシシのほうに肩入れして、取り残しでそだってしまう若竹を6月あたりに切ってまわる!という感じにしたいなと思っています〜。

  • >>No. 2161

    こんにちは、すなおさん♪

    >夕方に帰宅し、ショートステイからの帰りに間に合いました。

    そうでしたか。
    ご家族も、ショートステイで沢山の人とお話しする時間を楽しまれ、そろそろ帰り時かな〜と思われた頃だったでしょう。お二人ともお疲れ様でした♪

    >絵本のご紹介ありがとうございます。その昔、誰かに薦められて「100万回生きたねこ」を購入して読んだことがあります。

    私も、幼稚園課程のゼミの、絵本と読み聞かせについて実習。。というのに参加したことがあり、そのときに読みました。でもそのときは、何も思いませんでした。

    介護を終えて、改めてこの本を思い出すと、誰かの誰かの時間と自分の時間を、例えば介護のように、シンクロさせ調整しながら自分の活動を決める、といったような時間配分が当たり前になっている日常の枠が、急に消滅したときの空虚まこころの手触りに重なるように感じました。あ〜それは、魂が流れ出るような涙を流すしかないわね。と。

    煩瑣な日常がいつか途切れる必然を理解しながらも、感情的にもそれを受け止め、また、表出を恥じないで表現するといった在り方が、特別な関係性にあっては増幅されるのもまた必然。。というか。。

    >エッセイ集のご紹介ありがとうございます。こちらの方は私にも関心が持てそうです。

    読まれたら、もしかしたら、呆れかえるかも♪

    佐野さんのようなのびのびした感じ、私としては、でも、かなり好きだったりもします。
    理系の夫は、結論は何?とかすぐ言うのですが、人生の結論は、死んだ>ということだけでしょ、といつも返事します。起点と終点のあいだで、どのような軌跡を辿ってどのように感じて表現しながら生きていくかという経過の一瞬一瞬にしか、真実はないように、ワタシ的には思っていたりもします。

    今のところそうさしせまってはいないものの、かなりこわごわ、今日も父の伴走をしてきました。
    本日の筍の収穫は、15本でした♪
    リハビリ筋トレ筍掘りのおつきあいということにしています。

    >美しい花の写真のご紹介ありがとうございます。とても上品な花ですね。

    ありがとうございます。
    この木のすぐ脇(1メートルほど)から、縄文時代後期の土偶が、昭和27年に発掘されたとかでした。

    http://bunka.nii.ac.jp/heritages/heritagebig/200354/1/1

  • >>No. 2159

    ...切れてしまいました〜
    「ことばが通じることだけで満足したりするのだ。(略)
     わたしは、もし子供向けの絵本を作り続けていくなら、ことばでないものを通じさせなくてはいけないのですね。ことばや絵を通して、ことばではないことばの背後に、絵ではない絵の背後の、世界の不思議さをわかりあうことなのだ。ことばで納得し合う、大人の世界で仕事するんじゃなくて本当によかった。(略)」

    。。。という一節:100万回生きたねこ>の作家の〜エッセイ集にありました〜。
    ttps://ja.wikipedia.org/wiki/100%E4%B8%87%E5%9B%9E%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%AD%E3%81%93

    ことばではないことばの背後・絵ではない絵の背後の、世界の不思議さをわかりあう>絵本。。

    読めない言語だとよりいっそう、そういう、幼子の目のような感覚的なものをもって世界を感じるモードに、もしかしたらなりやすいかも。。。とか思いました〜。
    「ふつうがえらい」というエッセー集です。ものすごく理系的ではない本ですけど、いつか暇〜なときにでも♪


    画像は、こちらの林檎畑のフジの花です。
    今年は、いつもですと連休あたりにはいるべき摘花作業の時期が早そうです。

  • >>No. 2155

    こんにちは、すなおさん♪

    東京-長野の長旅、お疲れ様でした〜。

    妹さんの集めていらっしゃる絵本のご紹介、ありがとうございます。

    外国の絵本は、色づかいも絵も題材も、なんとなく目にしている日本ふうのものとは少し異なって、楽しいものですね。近年増えてきた他国からの家族のために、図書館にも、いろんな国の絵本のコーナーがあって、読めない言語もあったりして、興味をひいたものでした。

    「そして、私は深く納得したのだ。子どもはことばが通じない者なのだ。あいつらのことばなど数えるほどしかない。それなのに私は、やさしいことばで言えば、子どもにことばが通じると思い込んでいたのだ。大人の沢野ひとしでさえことばは全然通じない。ことばは通じなくても、ことばではないものを感じたりわかったりするのだ。言い直せば、ことばをおぼえればおぼえるほど、ことばが通じるようになって、ことばが通じることだけで」

  • >>No. 2152

    >垂れ桜のピンクの美しい写真のご紹介ありがとうございます。

    ぼやけた人の形が映り込んでいるでしょう?
    その左から2人目が、ハンチング帽を被り、緑系の灰色のベストに濃紺のズボンに杖の、先を行く父の後ろ姿です。

    >妹の家の庭の石楠花の写真を送ります。

    ありがとうございます。
    いろいろお話されたことでしょう。うらやましく思います。

    よく手入れされたお庭♪シャクナゲは、(なんとなく)山を思わせる花ですね。

    こちらの庭は、久留米ツツジが咲き始めました。蕗も葉を茂らせて、もう食べられそうです♪
    椿が終わって、ユキヤナギとドウダンツツジも雨に鮮やかです。

  • こんばんは、すなおさん♪

    長野に寄っていらしたのですね。そちらも林檎の花に雨。。という感じでしょうか。

    今年は花も筍も、例年より10日ほど早いようで、昨日は山の上の畑で筍30本を収穫しました。
    小さめのスコップをいれて筍の周囲の藤ほか草の根をぐるっと切り離してから、大きいスコップで掘り出す!という作業に、二時間ほどかかりました。もう、イノシシに食べさせてあげれば?とは父に提案しましたが、みつけたからには掘らなければ気が済まないようでした。

    体に力がはいらなくなってきているとかいいつつも、大丈夫そうな感じでしたけれども、筍米袋二つ分は、440歩の距離を(万歩計で)私が運び下ろしました〜!
    26本は御近所に、92でよれよれしながらも元気に掘った筍です!と配ってきました。
    でも、元気でうらやましいですね〜!といわれるのは心外のようで、それなりに大変なんです、とかいってましたが。

    また、小雨のなか、休耕田一枚に、れんげの種を2㌔ばらまいてきました。
    いつか自分がいなくなって、春が来て、自分の子どもの頃の景色のような、一面のれんげ畑になる。とかいうプランがあるようでした。

    そのようなプランの数々をサポートしているとプチ燃え尽き症候群になりそうですが、そういうときは、同年配でいっしょに語ってもらうのが効果的みたいです。実感としての共感がありますものね。。


    演劇メソッドセミナーのご紹介ありがとうございます。

    プレゼンス(解放されてそこに存在する感じ)・パフォーマンス>で検索しましたら、エイミー・カディーさんの動画にいきました。実験の再現性について、異論はあるらしいですが、楽しいから笑うのではない・笑うから楽しくなるのだ>という笑いヨガにも共通する姿勢があって、なるほどと思いました。

    >プレゼンスはパワーポーズをとることで得られ、パフォーマンスは即興力の訓練によって得られます。

    >この状態で複数のカードから1枚を選んで裏に書かれているキーワードを基に、1分スピーチをして、即興力を高める訓練をします。このような1分スピーチを2回しました。

    訓練された即興力が、演劇に求められ、役を演じる感じというものが、自分の人生の役回りを客観視しながらも、表現として練りつつ没入できるアゥエアネスみたいなものに繫がる。。そういう印象になるでしょうか?

  • >>No. 2149

    こんばんは、すなおさん♪

    東京での演劇メソッドのワークショップ、お疲れ様でした♪

    >小学校の学芸会の演技を思い出しながらがんばります^ ^

    いかがでしたか?


    私は、週末は、父を連れて、喜多方:日中線が1984年廃止された線路の跡地の遊歩道3㌔ほどに枝垂れザクラが植えてあるという、枝垂れザクラのトンネル>をみにいってきました。

    乳母車の赤ちゃんも、わんこ用乳母車(?)のわんこも、車いすの方も、杖のお年寄りも、カップルも、友達同士も家族連れもツアー観光客も、手が触れるところにある桜の写真を撮ったり、背景に背負ったりして、大賑わいでした〜。
    暑くて、長蛇の列だったのは、かきごおりやさんでした♪

  • >>No. 2147

    おはようございます、すなおさん♪
    今日は久々の雨です!
    ジャガイモ・ほうれん草・アスパラガスなどの種を二週間ほど前に撒いて、初めての雨です!
    これで発芽が促進される上、畑仕事が休みで自分のペースで動けます♪

    というわけで、金曜に伴奏あわせをするものの、琴はまだ入れないに決まっているので、ピアノパートと琴パートが両立しそうなところをピアノパートに臨時に組み込んで練習をしながら、家中をまとめて気持ち良くしようとまじめに働く予定の今日です♪

    >私も現役のころの会社での作業も一人ですることはしないで必ず二人ですることにしていました。仕事の途中で気分が悪くなって倒れこんでしまう恐れもあるからです。

    四十度以上の炎天下での作業とか、足場の悪いところでの作業とか。。いろいろおありでしたでしょう。
    現場があるお仕事は、慎重にすべきポイントが、それぞれにあるのですね。。

    >データーが送信されてくるたびにコメントしています。少しずつ原因がハッキリして、近いうちに収束すると思います。おっしゃるように後輩に受け継がれることを目指しています。

    息の長い楽しみですね♪

    >この日曜日に東京で演劇メソッドを学びます。この関連で、「ことばが劈(ひら)かれるとき」(竹内敏晴)という本を有意義に再読しています。竹内さんのワークを30年ほど前にうけたとき、本にサインしてもらいました。「初一念神也~田中正造」と書かれていました。「田中正造の谷中村」を竹内さんは演出上演されたようです

    以前話題にしたことがありましたね。
    野口体操・教育学の林竹二さんと竹内さんとの接点がある大学にちょうど私もいたのですが。。
    脱力・喉の奥をひらいて体全体から発声する訓練とか。。授業であったのを思い出します。
    声楽にも関連することだったりもしました。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=rXWH7ltaQXc
    また、こういう発声関連の壁を壊そうとする方法論は、吃音関連でも繋がりがあるのですね。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=hF0HJy6RrzY


    ご参加になれば、また、触発されることが沢山あることでしょう。
    わくわくする出会いがあるとよいですね♪

  • >>No. 2144

    >>先週末は会社後輩からメールで発電用蒸気タービンの振動低減のための助言を求められました。メール添付の20枚ほどの基本仕様、図面、写真、測定データなどをもとに、振動原因の仮説を五つほどあげ、これらを現場で確認してもらうことにしました。今週からまたメールのやりとりで対応する予定です。絵本に続いてこれも避けてはいけない私の課題です^ ^

    >後輩とのメールのやりとりからみて、後輩へのアドバイスは役に立っているように思われます^ ^

    素晴らしいですね♪
    振動原因の仮説5つを現場で確認して特定していく経験は、次の異なる事態に応用が利くことでしょう。
    ご専門が、(直接的ではなくとも)様々な形で生かされて、後輩の方に受け継がれもするのは、とてもよいことのように思われます。

  • >>No. 2144

    こんにちは、すなおさん♪

    先週からデゾレートをまくべく、切った竹の枝を斜面に積み、幹(竿)を移動しては積み、地面に空きをつくって、更に表土から落葉を取り除いてから薬剤散布>というような(父の)構想で作業をしておりました。
    これ、去年の11月頃からやってきたのですが。。

    ふと夜中に目覚めて、んっ?この順番って。。
    薬剤を若葉の頃にまく。これはいいんですけれども、その前に竹を切らなくてもよかったのではないかしら。。

    散布後、一ヶ月ほどして効果がでたのを見定めて、弱った竹を切るなら切り、次の春に、竹林が死力を尽くして出す筍を、(薬剤のために食べられないので)やや育ってから踏み倒す!
    これでよかったのでは?_?と。。

    農家やってる義兄に日曜に確かめたところ、そりゃ〜草を刈ってから除草剤を撒くような二度手間は普通はしないでしょ・草の葉の部分にかけた薬剤が循環して根にも吸収されるわけだから!.....との返事。
    竹の葉が茂って光合成をし、水と栄養を根が蓄えようと活動しているときこそ、薬剤の吸収がよいのだそうでした〜。

    がっくり。。
    薬剤を使わないから竹を切ってたんじゃなかったの?と夫もびっくりしていて、私は二重にがっくりでした。
    下調べや構想の検討なしに、作業を勧めるから毎度こうなっちゃうのではと思いましたが、
    父の脳トレと体力作りと生き甲斐のおつきあいと割り切って、忘れることにしました〜。


    今日の山の畑は、去年まいたサヤエンドウ12畝が15㎝ほどに育ちました。
    A地点で切った竹をB地点へ運び上げ、長さを揃えて畑に打ち込み、つるを這わす土台作りに入りました。
    40本近くの竹を抱えて急な坂を上る、私の筋トレでした。

    それに、別の林で、筍も7本ほどでました〜。(T_T)

    家族からは、もう何があっても覚悟して、ひとりでいかせれば?といわれますが、そんなかわいそうなことはできないです!


    >多額の謝礼、よかったですね。それだけ、評価されたということですね。

    そうなのでしょうか。先生は、どこかでお披露目しようとしておられる様子。
    大丈夫よ〜、時間はたっぷりあるから、ゆっくり仕上げましょうね、と、先週は16小節をミンチにして30分でした〜。全体把握願望の私としては〜(@_@)←こういう感じでした♪

    中途や途中のことを、楽しみに思えるようにしなくてはですね。

  • >>No. 2142

    こんにちは、すなおさん♪

    今日は仙台にいってきました。

    途中の県境あたりは桃の畑が広がっている地域にて、バスの窓から、ピンクの霞か霧のような桃の花の色がひときわ鮮やかでした。北に行くにつれて、もうすこし淡い桜や、終わり際のコブシが。。

    仙台の欅並木は、ちょうど芽吹きはじめ。。点描画のようで綺麗でした。梢に烏の巣がまるみえでしたが、卵を産む6月頃には、葉が茂って、巣を、猛禽類の目から隠してくれることでしょう。

    で。。今日は、編曲をしてはじめて、多額の謝礼をいただいてしまいました〜。
    すなおさんもランチに誘えるぐらいです!
    が。音出しに立ち会ったところ、器楽曲を声楽曲にする変換の出力法に苦労しそうな感じで、歌いにくくてごめんなさいっでもそれは原曲を歌に置き換えて演奏する上で避けて通ることができない関門にて原曲へのリスペクトをもって間をとるべく精進してくださいませ。。。と心のなかで思いました〜。

    歌うって、声というか声を発する体と心と技術あっての心技体ってことなので。。
    次回は、ごり押ししてもピアノ伴奏を弾かせて頂き、あるいは琴パートをピアノでとって、そういう背景のなかの声のパート。。。ということを感じながら練習していただかないと!と、先生に注文してきました。

    沢山いただきました謝礼は、精神的なものとして、演奏料として私から支払うっという形で還元し、コーラスの皆様の一回分のランチぐらいになりそうですから、ギャラあり演奏の初体験をお分けしたいと思っています。

    >リボベジ、生命力の強そうな野菜ですね。植物の成長には、私も成長し続けなければといつも励まされます。

    大根・にんじんなどの根菜の生長を見守るもの、根ごと売っている三つ葉・芹・豆苗を実用的に刈り取るものなど。
    豆苗、簡単なのでお試しあれ!
    手間と感動を秤にかけたコスパがダントツです!

    >ものづくり方法を勉強している私としては、上手い下手はあるものの、絵本でも、美顔クロスでも、何でもできるはずと思って挑戦する必要がありそうです。

    お話、いつも楽しく伺っております。

    >具体的には所属している発明学会の企画による「各種企業のアイデア募集」に応募する形で、ワークショップをするもの良いかなと考えているところです。

    ロケットのめざすものに外部の評価が得られれば、モチベーションアップに繫がりそうですね。

  • >>No. 2139

    こんにちは、すなおさん♪

    今週は、4日続けて山にいって、竹の整理をしていました。
    デグリートという、稲科の植物に対して、根から吸収させて弱らせる除草剤を2アールちょっとの竹が育ってしまった地面に撒くプランがありまして。。

    去年、根性だけで切り倒して半分は整理した竹ですが、よく考えると、切る前に薬剤をまいて、竹が1ヶ月ほどで枯れてきてから切り倒す順番のほうが、省エネだったのではと思ったりもしますけれども、もう遅いですね。

    竹の生えていない斜面に、おろした枝と竹竿をどんどん積み重ねる!という作業が、書くのは簡単なのですが、足場は斜面と崖だし、力仕事で、結構大変です♪何とかクリアしたので、来週、薬を撒く予定です!
    あとは、まだまだ余力ある竹の根が、筍と若竹を伸ばす時期に、踏み倒すか切って、地上で光合成をして得た養分を根に届けられないように邪魔すればいいらしいです。

    来年以降、そんな力が自分に残っているかとこころもとなく思っているらしき父は、5月には実のなる樹の苗を、放棄する予定の畑に植えていこうと思っているようです。持続可能にするために、二時間以上の仕事はしないような誘導をしつつ、いけるところまでいってみる!という感じです。

    ひとつだけ嬉しいのは、光を遮っていた竹がなくなって、斜面の沢山の山椿が、今年は枝一杯に花をつけたことです。


    >先日、私もルッコラの種を鉢植えのために蒔きました。
    >数日で芽が出たのでせっかちな私向きな植物かもしれません。

    食べられるっていいですよね♪それに条件が完璧でなくともすくすく育つ植物は。
    横着な私は、リボベジの豆苗の林ぐらいですが、みると私もがんばろう!と励まされます。


    >「TAE、デザイン思考、モノづくり」を考慮した絵本ということなので男性の私としても避けるわけにはいかないと思った次第です。

    男性というか、ものづくりを生業としていらしたすなおさんとしては、ということですよね♪

    >第3の柱は、やはり、物作りです。これをワークショップとしてどのように運営するかを考えている今日この頃です。

    工夫と継続が必要な分、プランをたてる。。未開拓分野へのチャレンジの楽しさですね。

    それに、後輩の方からアドバイスを求められるのは、水を得た魚>的な感じもあることでしょう。


    がんばらなくっちゃ〜♪と思える状況は、ハッピーかも♪

  • >>No. 2136

    >おっしゃるとかもしれません。「どんぐり(寺田虎彦)」「理系の作文技術」「理系のための英文作法」「新文章工学」「文章表現の心得(中山正和)」など理系の人たちの文章に関心があります。そして「文章作法と機械設計は類似する」と考えているところが私にはあります。

    なるほどです。あ!それから、村上さんの本が届いたところです♪

    >ただ、今回のA4版4枚の資料は、勉強会の近況報告と絵本づくりワークシートおよび使用例(わたしたちのごしゅじんさま)についての図表や箇条書きでした。絵本づくりワークシートについては3か月前にメールで依頼された日本語の先生のリクエストに応えるためでした。大学の司書資格の授業で絵本作りをすることがあり、「TAEを取り入れたデザイン思考」や「ものづくりの手法」を教えて欲しいというものでした。これに応えるために、急遽、勉強会で昨年末から絵本の勉強を開始したのでした^ ^ そのような背景があるにせよ、絵本づくりは勉強会の新メニューとして和菓子づくりとともに続けたいと思っています。

    日本語の先生のリクエストがきっかけ。。というのは面白いですね。
    すなおさんと絵本>という組み合わせに、初め、意外な印象を持ちましたから、これも、そうだったんですか〜という感じです。

    仕様説明書とか取扱説明書と、絵本が、交差したら面白いかも。。などとふと想像。。
    想像しながらもう休みます。

    明日から、うちの高校生は新学期です♪

  • >>No. 2135

    こんばんは、すなおさん♪

    少し寒さが戻って、長野では桜に雪が降ったそうですね。
    こちら、先週は父とジャガイモの植え付けをしました。

    >おっしゃるとおりです。
    ・・・「良寛禅師重病の際、何の御心残りはこれなきかなと人問いしに、死にとうなしと答う。また辞世はと人問いしに、散る桜 残る桜も 散る桜」 死にたくないと良寛が言った時、彼はすでに死にたくないという執着を、その一言で乗り越えたと言ってもいい。・・・
    そのように「良寛入門」の著者の栗田勇は書いています。私は良寛とは違って執着しながら、死に際して死にたくはないと言うことでしょう。

    摂理や悟りについてというか、それを前提としてもわき起こる個人的な感情についての話というか。。


    先週はまた、敬老会もあり、1ブロック先の会場に、迎えに行ってお連れしなくてはいけない参加者の方が二人ありました。私の車は二人乗りなので、先に、さくさく運びそうなMさん・その10分後に、要介護3の御近所さんを予定していました。Mさんの後、迎えにいくと、家は鍵をあけたままもぬけの空。。迷子になられたこともある方だったので、焦りました〜。近所を車で探すうち、その方がお一人で会場にいらっしゃったという電話あり。。

    会に半分でて、それからステントを入れに病院にいくから♪なんて言われる方もあり。。
    骨折でお休みの方も、車いすでいらっしゃる方もあり。。

    でも、皆さん楽しみに来て下さるので、このままいくしかないですね。


    春の歌を父が4曲練習してきた尺八で、春の小川・春が来た・さくらさくら・荒城の月!と続けて歌い、そのあと1時間ほど次々と。。湯の町エレジー・影を慕いて>などを私も勝手にご披露し、ロシア民謡がお好きなMさんにはカチューシャをリクエストし。。という具合でした。
    私が知らない柿の木坂の家>のリクエストに、アカペラで歌って下さる方もあり。。

    その朝つくった赤飯他で、学校時代の給食の時間のようにみんなで昼食にして、会は終わりました〜。


    >家族会の総会が来月30日(水)にあります。今年は25周年なので総会2部で1時間ほどのイベントは、音楽にしようと思っています。普段着的なところを目指それているハミングさんを招くことができれば、私たちもくつろぎや心地よさを感じることができてベストかもですね^ ^

    光栄なのに残念です!

  • >>No. 2131

    >音楽は世代を超えて人と人を優しくつなぐものなのですね。ハミングさんが音楽をご専攻されたことを羨ましくいつも思っています。

    音楽は、できるできない・才能の有無をはっきりと色分けするものでもあり。。
    私は中ぐらいのところの隙間に棲息して、普段着的なところを目指しているので、(力もないのに)こだわりなく音を出せるのだろうと思います。こだわりはありませんが、その音色(楽器)らしさを、その曲らしさに繋げて、距離感を縮めて触れるようにしたいとは思っていますけれども。。

    >時間を掛けて良い楽譜にして、他の団体にも演奏してもらえるよう・・・、というのは素敵なことですね。

    私は楽譜を実体化させるのが先、という気持ちのほうが強いかも。。
    声や琴の音やピアノの構成する場という実感を伴わないところでの修正として感じられ、微妙にむむむと思ったりします。私も、「もう献呈しちゃったので、あとはどうぞお好きなように微調整されてください〜」なんて逃げようと思ったのですけれども。。音出ししてから自分で考えてください、的な♪

    >私もTAE合宿で提供したA4で僅か4ページの資料ですが、これを3か月かけて30回ほど作り直した成果もあってか、合宿の場に居合わせない先生にも渡したいからと言われてコピーをリクエストされたほどです。国語が嫌いで数理や工学にすすんだ私としては、日本語教育の先生たちから一定の評価をうけたことを自画自賛しています^ ^

    すなおさんの文章は、機能的というか曖昧さを排除しながら、標準化されたツールとしての語彙を紡いで、思うところを慎重に確かめながら伝えようとするものなので、そういうどこか工学的なところが、文系日本語教育系の先生の立場からご覧になると、新鮮な切り口として感じられるのではないかと想像します。

  • >>No. 2132

    >グループ懇談2時間の最後には全員で振り返りました。グループ懇談を振り返って介護者たちの言葉の優しさにふれて感動したと涙ながら振り返る人もいました。包括センターの人には今回の印象を機関紙に投稿してもらうために依頼をしました。

    包括センターの方にとって、対象者は多数でも、一人一人にとっては、初めての経験を生きているのですから、気持ちを動かすような振り返りをシェアする時間は、有意義に作用する時間だったかもしれませんね。。
    ご紹介、ありがとうございました。

    >>小説でも音楽でも、身近な生き物の命でも、花でも樹でも、始まりがあるものには終わりが当然あるわけですけれども、そういうことに時々我慢がならなったりもします。

    つまり。。当然の摂理は承知はしていても、やっぱり、そのときそのときで、心は揺れたり、悲しくなったりするものということなのです。

    >先日、長男からラインで独り言のように話してきました。長男が子どものころに般若心経に関心を持っていて、最近はユーチューブなどで現代訳を観たりしているとのことでした。
    「それは良いことです」と褒め称え、所有する般若心経の現代訳として、柳沢桂子さんの本、ひろさちやさんの本、父親49日の折に寺でもらった本にくわえて、「釈迦の読み方」、「釈尊のさとり」という本をレターパックで送ったところです。

    お父上であるすなおさんと、そういうものを分かち合うことは、ご長男が生きていく上でのヒントとなるのでしょうね。。つまり、すなおさんという具体的な人間が、ご長男の知るところの具体的な人生のなかで、そのような考えに至っているということを示唆するような本をシェアした、ということは。

    私のところは、子どもが一人また巣立ったので、父に、私たちが一人ずつ家を出たとき、寂しかったりした?ときいたところ、<J(母)がいたから何も寂しいことなどはなかった>とのことでした。31年の介護ありの生活が終わったときに、「すさまじい寂しさ」であったと、Mさんに語っていたりする父でしたが、いろんな死別を経験しなくてはならないのが生きているということなのだろうと思いつつも、それだけでは寂しすぎるので、何かを為そうとするのだろうと思います。

    この春は、ゆずとびわを山に植え、暫く休んでいた田圃は、ススキなどの根を掘り起こして、れんげ畑にするとかでした。

  • >>No. 2129

    こんばんは、すなおさん♪
    昨日・今日と、お花見日和でした。
    で。。昨日は早朝と午後のお茶の時間と、二度の散歩をしてきました。

    二度目は、おいしいおだんごやさんに六種類20本をつい注文。。ランダムに4種類をひとパックに詰めるようにしたものの、一人4本は無理だし、寄り道してMさん宅に1パックお届けしました。
    二度目は父も伴っていきました。坂道を登るのも、お花見のシートに座るのも立つのも、大変そうでした〜。

    この頃父は、日曜は、自分のところのお風呂にひとりで入ることにしており(使えるようにしておきたいとかで)、私は心配なのですが、したいように生活し、その結果も引き受けることが人間の尊厳である、とか言うに決まっている父にて、好きにして、何かがあったときは、それはそれで幸せな人生として、諦めるのがいいんじゃないの、と夫などは言います。隣の家にモニターつけようか?ともいってはくれるのですが。。

    私としては、風呂に入るからね、ぐらいは、面倒でも教えてくれればいいだけなのにと思います。
    仕方がないので、お風呂は一般的に事故の多い場所であり、大丈夫といわれても、そう思いつつもそうなってしまうのが事故なわけで、その辺よろしくおねがいします!とアバウトにお願いしました。


    >スピーチといっても開会の挨拶で前回と同様です。ポイントは次のようです。
    ・・・現在介護中の人、介護を終えた人、女性介護者の人、男性介護者の人、いろいろな立場の人がいらっしゃると思いますが、介護というものを通して、人生を一生懸命に生きていることには変わりはないと思います。そのような現在を生きている想いも差し支えない範囲で紹介し合って懇談していただければ幸いです。

    それぞれの段階にあって、心の重荷を、時に分け合えないような気持ちになったりする介護者にとって、垣根を低く伸びやかな気持ちにしてくれるような、心に染みる挨拶ですね♪距離感があってよいのだというところも。。

    グループ懇談も、それぞれが語る時間を保障し、人生を一所懸命に生きていることにどこも変わりはない介護者としての経験を、シェアされたのですね。

  • >>No. 2126

    >今日午後は家族会でスピーチをしてから、クループ懇談の司会などをします。

    お疲れさまでした。

    すなおさんはどんなスピーチをされたのかしら。また、懇談ではどんな話題がでたのでしょうか。


    認知症は、時間的に個人差はあれど、ある段階ある段階を必ず通って、少しずつ何かを手放していく。。という過程かと想像します。そのなかで、被介護者がその人らしく生きるのを、介護者が、人生愛をもってサポートして、人生の時間を共有し、いつかお別れする。。介護とは(全般に)そういうことかと、私は思っています。

    しかし、介護以外でも、私のように、(かなり自立的な)父92才と暮らす場合も、その傾きがなだらかであっても、本質として変わりはないように思われます。

    小説でも音楽でも、身近な生き物の命でも、花でも樹でも、始まりがあるものには終わりが当然あるわけですけれども、そういうことに時々我慢がならなったりもします。客観的には、自分もまた過ぎ去る者にて、そういうもの!と受容べきことはわかりきっているのですけれども、その寂しさを、満たされたものとして受け止められれば、何でもないことであるような予感もあります。そう思いつつ、ジタバタするのが、人間の良さとも思います。

    私は、沢山ジタバタし、沢山笑って、怒ったり涙したり、無力感にどよ〜んとしたり、気分転換でそういう自分をごまかしてもエネルギーにしたりして、そして時々、音楽も絵画も風景も、あ〜こんなものがあったんだった・いいなあ。。と思い出したりして、一喜一憂しながら、ムダに時間を費やしていく、それもいいかなと思ったりします。

    今日は、93才の方と、確か90間近の方から、アレンジについてコメントを頂き、嬉しかったです。
    ピアノを弾く方も多いので、楽譜を弾いてみたら良い感じだった!と、他の方からも言われました。
    琴はタブラチャー譜で、春の海は13弦、12345678910・斗為巾(といきん)の名前がそれぞれの弦にあって、それを調弦の音階に脳内変換して、琴奏者の気持ちに同期するわけですが。。

    先生は、ご自分がお忙しく、次の11月あたりまで、時間を掛けて良い楽譜にして、他の団体にも演奏してもらえるようにね、などと、おっしゃるのですが、その曲で頭をいっぱいにして詰めて完成!あとは忘れちゃうっ!といったタイプの私としては、波長の微妙なずれが、むむむです♪

  • >>No. 2126

    こんばんは〜、すなおさん♪
    今日は、前日より10℃ほども気温が低くて、満開になった花も少し長く楽しめるかもです。
    今日は仙台行きの日でした。途中の山にはコブシが咲き、日のあたる斜面の段々畑の梅も満開でした。

    >念のため、「塗顔(?)」を「美顔」、「クロス」を「ガーゼ」で検索したら、キーワード「ローション、パッティング、コットンではなく」がありました。

    奥様に最適のものがみつかるといいですね♪
    洗顔のあとで化粧水っていうのは男性であってもさっぱり気分になるかもですし。

    昔、学生だった頃に、オペラの授業の発表があって、ドーランなるものを顔に塗りたくり、ノーズシャドウやらアイシャドウやらチークやらをいれてその役に変身っ!という体験もしたことがありました。その時、化粧とは顔をキャンバスにしての塗装仕事なのか〜と思ったわけですが、男の子でも、変身(顔)がくせになりそうといってた子がいたような。。オンとオフを切り替えるきっかけにする方は多いのかもですね。

    化粧療法>もあるんですよ。友達が、数年前からボランティアしていて、そういうのって大事なことなんだなと教えて貰いました。つまり、化粧するということは、他者の目を意識してTPOを考えて自分の顔をキャンバスに表現することですものね。桜のライトアップみたいな。
    いちばん状態の良い自分を見てほしい。という気持ち、少しずつ若さにお別れしていく年令の〜、さして輝いていたわけでもない私としては、な〜るほどです!としか書きようがないかもです。
    ttps://ninchisho-online.com/archives/14238/

    今日は、私としては完成していた歌詞について、先生が〜(今頃!)
    大漁をうたう連のあとで、<歌と琴の音 風に乗り 潮に乗り>で、琴>が出てきたのは何故?
    。。。と。。で、芸歴50年のAさんが琴を弾かれるからです!
    それに先生に献呈済みにて、どうぞ推敲してください〜と、いってはみたのですが。。
    2時間ほど考えて推敲しました!脳内の納得バランス追求にしつこい私です。

    で。。↓こうなりました♪
    ttps://blogs.yahoo.co.jp/mi_ya03/35058078.html



    藤田嗣治さんとモジリアーニの人物画のリンク、ありがとうございました。
    どちらも、いいかんじですよね〜。

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