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投稿コメント一覧 (14023コメント)

  • >>No. 19038

    > >19012

    > 何年かぶりに見に来てみれば1月28日で終わりということで驚いた。

     まあ、アラシが横行し、誹謗中傷で収拾がつかなくなる状況になっていたからね。
     昔のように、罵倒するのも、芸風の内、といった雰囲気からエスカレートしていった。
     
    > << ところで、この板の最初にあるように、現在の『皇統⦆、継体欽明皇統は、何と縄文系のY-DNAであるY--D1b2系だという事にほぼ決まった。で、徳川家も同じ、Y-DNAだとされる。私が倭人で日本語を齎したと考えた,Y-O1b2(⦅旧⦆O2b)けいとうではなかった。これは全く意外だった。藤原氏は、Y-O1b2系だった。
     天皇家とは違うが、出雲国造家や物部氏も、Y-D1b系統に属するらしい。
     要するに、支配者にも被支配層にも,Y-DNAだと、それぞれのハプロが分布していて、偏りはなかった、という事だ。>>

    > 継体あたりが怪しいね。
    > 体:体制、権力を継ぐということは、名:皇統は継いでないという理解だろう。
    > 継体が出雲の東北弁地域の北陸に流れた子孫だと面白いね。

     母方が越前だが、父系は近江なので、出雲敬はないだろう。近江には和爾氏もいたから、それとは関係するかもしれないが

    > 徳川家は、新田氏の末裔で、被差別部落出身臭く、
    > 明治政府に大金もらって英国に追い払われたという猫漫画男爵の系統だから、
    > ありうるね。

     まあ、永享の乱の負け組で、時宗の遊行層になっていたというのも確かそうだから、被差別部落とも無関係ではないだろうが、実際には二代泰親が甥に家督を譲って、京に出て、伊勢氏と縁を持ち、三河松平氏が伊勢貞親の被官になり、高利貸をやったり、近江の日野家の荘官になったりしているから、被差別部落には入らなかっただろう。近い所まで落ちぶれかかっていたのだが、運よく有徳人の養子になれた、と言うのが初代親氏で、その弟の泰親は、松平氏の金を利用して、京で成功したのだろう。

    > こういうのは、N数が増えると大勢がわかると思うので、
    > これからが期待できるね。
    > 特に蘇我氏が新羅系DNAで、天智系が百済系DNAだと面白い。

     蘇我氏の男系直系子孫等、続いているのかな?
     天智自身が継体欽明皇統だから、D1bで決まりだろう。

  • >>No. 19025

    > >  林胡や楼煩は、⦅戎⦆ではなく、狄で、匈奴の⦅構成』種族だったように思うが、戎にも分類されていたの?


    > 林胡や楼煩の分類は戎ですよ。
    > ただ、林胡は東に逃げたが、楼煩は北に逃れて狄とか匈奴に合流した。

     ある種、重複して分類された、というのもあるかも

  • >>No. 19021

    > そもそも、O2としても巨大過ぎるのですよ。

     だから,O2の言語としては、漢蔵語族,KOREDAKEDEMO,TBと漢語の2大語族と言ってもよいが、それにHmon-Mien語族を加えて、3つで良い。チュルクは、C2かQか。

    > 言語的にどこかで線引をするとしたら、O-M134辺りが出発点と考えた方が良い。
    > O-M134にしたって起源は2万年以上前です。

    > そうしないと極端には世界祖語みたいなファンタジー話しになってくる。

     語彙に関しては、そういうものもあっても良いと思うし、ユーラシア祖語や,Y-O系祖語などは、十分あり得るのでは?

    > O-M117をTB、O-F444をテュルクとするとスッキリする。
    > O-M134以前のO-P201は、先住民の言語化したと考えられる。つまり、O-M188がAN化、O-M7がHM化。

     HMは、O2系の分枝で良いと思うが

    > O-M134は征服者の様相を持つので、先住民を言語的に同化していった。

     それはOK

  • >>No. 19015

    > あのさぁ、殷はそれこそ原シナ語族ですよ。

     それを無根拠に前提にされてもね。

    > 子姓っていうのは山西にも多いが分布の中心は南方ですよ。

     抑々、商には「姓」などなかったという話だ。
    後代に、商の一族が「子○」とかいわば封建されていて名乗ったからだ。後商には「多子族」というのもいて、甲骨文韋現れるから。
     おそらく、宋等に周から与えられた姓が「子」姓だったのだろう。
     シナ・タイ語族説もあり、商がその根拠になっていることは知っている

    > 出土品にしても南方の臭いがプンプンするでしょうに。
    > 北方・西方の民族は工芸品の作りも飾りもシンプルですよ。

  • >>No. 19014

    > > > mk2 の偽物もいるようだ。
    > >
    > >  今確認したが、懐かしや、doutakunooomikami氏か。
    > >  
    > >  終了前に、少しでも嫌がらせをしたいという、さもしい根性のやつがいる、という事だ。
    > >
    >
    > これ、老師でしょw
    > 捏造とか誹謗中傷ではなく、言ってることはそれほど間違いではないと思うが。

     やはりdos君か、そのお仲間だったか。
     っき方から、三派入りでなければそうかも?と思っていたが。
     しかし、ヒトの捨てハンを使用する、というのは、やはりそこに善意を見出すことなどできる筈もない

  • >>No. 19005

    > 偽内科医師hn。
    > おめーの糞誤魔化しでは、病院内で携帯電話は使用禁止で、PHSでウ○コしているお前に緊急連絡してたのか?
    > 笑藁笑
    >
    > そうじゃないだろが、非番の時
    > 更に、医師なら、私用の携帯電話も、早くから所持していましたよ。
    >
    > バカジャナイノ♪

     たまにはミハイルの嘘を指摘しておかないと、嘘も何回でも言えば、真実になる、とかいう共産圏流の発想を信じてしまう人もいるかも知れないから、まあ反論して置く。

     院内で、PHSを首にぶら下げて、歩いていたのだよ。そのリボンと言うか繋ぐひもは赤かったのを今でも覚えている。で、当直時に外食する場合などは、オンコール用のものがあったが、普通は食事と言えど、院外に出ることはまずないから、携帯はなかった。しかし、田舎の病院などでは、産婦人科などは宅直で、そういうところでは、携帯が支給されたらしい。昔、私がバイトに行かされていた滋賀県下の病院では、産婦人科医は、2名しかいないので、官舎が与えられ、部長は宅直が月に半分ぐらいあった。医員は大学から派遣されていた。

  • >>No. 19002

    (略)
    hn)「アボリジニ」と言う語彙を、無党派さんが「オーストラリア先住民」という意味で使用している、と私は認識しているが、抑々「アボリジン」という語彙自体は、「先住民」を意味する語彙なので、「大アンダマン島のアボリジニ」が、オーストラリア先住民に属さない事は明白なので、多用しない方が望ましい

    m)大アンダマンにはネグリトも居る。そして並列して「アボリジニとネグリトが住んでいる」とされる。
    アボリジニが単に先住民を指しているのではない事は明らか

    hn)英文で読んだのか、日本語のウィキでそうなっているのか、どちら?
     aboriginal,aboriginを勝手に「アボリジニ」と解釈しているのでは?

    m)日本語でさ

    m)なお、大アンダマン人の言語はオーストラリア諸語に属していると言う話なので、オーストラリアのアボリジニと共通祖先である事は間違いない

    hn)例のインド・太平洋大語族?古アジア語族同様、一種の地理的類型論に基づく分類で、特に比較言語学的に厳密に証明されたわけでもないでしょう

    m) 下の図見れば解るでしょ?
    アンダマンあたりにアボリジニの遺伝子が濃くある。
    あんたは【常に】間違っているということを認識しな、

    > > 例のライクの『交雑する人類』の集団Yについての図ね。
    で無党派さんは図のみで、集団Yについても、ライクが何を言っているかをろくに意識もせず、自己流に勝手に解釈しているだけ。
     どちらが間違っているかは、普通の人であれば判断がつく

    > 普通に判断して大アンダマンにアボリジニが住んでいる事はあの図ではっきりわかるでしょ。

     何の説明もナイアの図で、普通の人が尊案風に読める恥もない。
     あの図を収載したライクの『交雑する人類』を読んで、初めて図の理解ができる。
    例によって、無党派さんお著者の意図と反した勝手読みの癖が出ているだけで、およそ科学的とは無縁な態度

    > 普通にあんたが間違っているのさ。

     で、最後にそういうレッテルを貼る。将に左翼の常とう手段で、私が、大学時代に見たセクトの連中の手法と同じ発想。どうしようもない

  • >>No. 19000

    > hn氏は目が悪くなったようだが、
    > 斉藤成也氏の『日本列島人の歴史』は読んだかな?

     核ゲノムで縄文人が、東ユーラシア人で、最初に分岐したという近著は読んでいるが、その本は読んだかどうかわからない。何しろ大阪北部地震で、本棚が壊れ、未だ平積み状態なのだ。その近著の他に、彼の著書も間違いなく、1=~2冊あった筈なので、読んでいるかもしれないが、別な本かも知れない

    > 3段階渡来モデルというのを想定しているが、
    > 2段階目:4000年前~3000年前(縄文晩期~弥生初期)が肝で、
    > 列島の南だけに影響を残したとのこと。

     あれ、これは例の近著だと思うが、又別な著書を出したのかな?
     3段階説は『科学』の人類学特集号にも、出していた。

    > これで、沖縄は、アイヌとの遺伝子分岐の距離が大きい、
    > ヤマト人との距離が近い 説明になると思った。

     これはあっさり、本土から、琉球へ、何度か移住があった、でよいと思う。

    > また世界的に孤立したYD1から考えると、
    > これは、南方からYD1遺伝子をもった民族が列島を北上し、
    > 4000年前~3000年前に2段階目の渡来人種に分断され、
    > 南は言語も遺伝子もその影響を受けて変質したということだ。

    > 3段階目も前半(3000年前~AD500年:弥生時代~古墳時代)
    > 後半(AD500年以降:伽耶滅亡、百済滅亡、高句麗滅亡の受け皿時代)
    > に分けていた。

    > この3段階目の前半と後半のDNAに違いが判れば、
    > 邪馬台国と大和朝廷の非連続性が客観的に証明されるが、
    > それは弥生時代の北九州人と古墳時代の畿内人
    > 骨の核DNA調査でわかると思うが、
    > まだそんな本は出ていないのかな?

     考古学者は、どうやら邪馬台国近畿説が主流だ。
     私は、東遷説が2割、近畿説8割だが。

  • >>No. 18991

    > > 言ってましたよ。
    > > 「無党派さんが私のように30年代生まれであるとは思えないから云々」。
    >
    > じゃあ、年齢詐称ですか。笑

     私がそんないじましい事をするはずもない。
     おそらくdos君は、第一次安保闘争の話などをどこかで読んで、無党派さんが、その時代の高校生や大学生ではないだろうと私が書いていた辺りを誤読したのか、思い違いしたのでしょうね。
     若いのに、もう記憶が怪しくなっているのか。

  • >>No. 18987

    > >  dos君のTB語族の話で、「アルタイ化」でなく、日本語の文法的特徴がTB語族化で、十分解釈できるのであれば、勿論、「⦅AA語⦆族のTB化」説に何時でも転向の用意はあるが、まあ、専門の言語学者の批判を見ないと、素人の我々では、その当否の判断はできる筈もない。

    > はぁ、、、何言ってるんだか。もう、思い込みが強すぎて平行線ですね。
    > 日本語は、文法がTB化したのではなく、語レベルでもTBなのですよ。

     その「語レベル」云々も、当然、検討の対象になる。
     君も,TB語族とAA語族の語彙の類似について、発現していたと思うが、であれば、日本語とTB語族とで、同源らしい語彙が、ともにAA語族から来源した可能性等、当然チェックが必要だろう。
     そのあたりを、AA語族の専門家に、チェックした結果を、知りたいのだ。

  • >>No. 18986

    > その「倭」にしたって日本人O1b2と直接関係するか分からない。燕に支配されたというのは日本人O1b2とは関係ないだろう。
    > 「倭」のひとつくらいにかするくらいに考えた方がいい。

     『三国史記』高句麗本紀の次大王遂成が、倭山で田猟し、その時に兄の国祖大王宮に謀反する計画を打ち明けたという記事がある。平壌遷都前だから、おそらく満州に倭山があったのだろう。勿論遂成の即位前の話だ。
     新羅本紀では、初代の朴赫居世の代に、倭人御重臣瓠公が、腰に瓢箪をぶら下げて日本から渡ってきたことが書かれているし、彼が、馬韓王から新羅の独立を勝ち取る交渉をしたことも書いてある。おそらくこの「馬韓王」というのが、中国史書の「辰王」に当たるのだろう。で4代の王が、日本から来た昔脱解で、慶州の東岳の神として、祭られている。脱解は瓠公の屋敷を詐術で得たという。王になる吉兆とか内科を感じたとかいう話だ。で、『三国遺事』で、迎日湾から両氏の延烏郎と妻の細烏女が、岩か亀か内科で、天命により、日本に運ばれて、王になったという。彼ら夫婦が日月の精で、その結果、新羅は光が差さなくなり、帰国の交渉が失敗し、代わりに細烏女が織った織物を持ち帰り、それが新羅の太陽と月の代わりをしている、という伝承だ。
     この「烏」はおそらく「倭」の意味だろう。新羅の官爵に⦅大烏、小烏」というのがある。まあ中級の官だ。
    陳寿の『三國志』魏書韓伝でも、神尾南は、倭と接している。これを「海を隔てて」接しているからと強弁するのは無理だろう。

     何れにしろ、半島に居た、或いは満州辺りにも居た「倭人」倭種を、まさかY-D1b系だとするわけにもいかないだろう。O1b2が最も考えやすい。

  • >>No. 18982

    > >...スレの運営方針に合わなければ、従えないなら去るのが筋だろう
    >
    > スレの方針?
    > 右翼路線、D1b1信仰、O1b2礼賛、皇紀だろ?何を馬鹿なこと言ってるんだか・・・
    >
    > 私に撤退はない。笑
    > 最後に残るラスト・マン。
    > コメント数7777は無理のようだが。

     君はモスレムらしいが、変なジハード意識は、不要だ。
    やるなら、イスラム圏でやれ。

  • >>No. 18981

    > 言語虫!w
    > 私がやっつけてやった!

     大人げない奴だな。
     独白型というか、自己の仮説を宣伝する為に、スレを開いた人の主張に同意できないなら、放置すればよいだろうが。

  • >>No. 18973

    > 言ってましたよ。
    > 「無党派さんが私のように30年代生まれであるとは思えないから云々」。

    おいおい、何を捏造発言しているのだ?
     私は自分いついて、伏せていることはあっても、嘘を書いたことは一度もないよ。
     それが、最低限のネットのマナーだと考えていたからだが、ま、今はそんな事を考える人はいないのだろうな。
     しかし、他人はどうあれ、自分のやり方は、よほどのことが無い限り、変えないのが私の主義だ。

  • >>No. 18965

    (略)
    hn)よく読みました?
    鮮卑との「交流」を告げる証拠という評価であり、鮮卑が来たという「考古学的証明」にはなっていない。
     自説に都合よく、勝手読みする無党派さんの得意技を又発揮しただけ。
     騎馬民族は、朝鮮半島南部には来ていない、という説もまだ考古学者には多い。おそらくその方が主流かも知れない。
     私は鮮卑ではなく、扶余(騎馬民族と言うより半農半猟だが)なら来たとしても良いとはおもっているが

    > 申敬澈氏は日本の騎馬民族王朝説肯定論者であり、彼の学位論文では3世紀末から4世紀中庸の間に新羅伽耶に騎馬民族的集団が来たとしている。騎馬民族的集団とは鮮卑族

     まあ扶余ではなく、鮮卑なら無理筋でしょう

    > 森浩一氏の『騎馬民族の道はるか』に寄せた文では騎馬民族的集団が来たのは俗は4世紀中庸としている。
    前の住民の墓を壊して騎馬民族的墓を作ったとも言う。
    前の住民の墓を壊しているのだから、騎馬民族が武力で持って先住民を支配したと考えるべき。
    同じく、「騎馬民族的風習は5世紀初頭になると伽耶から忽然として消える。この騎馬民族的集団は何処に行ったのか?日本に行ったと推測できる」としているよ。
    私もこの意見に賛成だ。

     前にも繰り返して議論したからその事は判っていますよ。
     でその時に、日本御考古学者の須恵器の編年の問題との話も出て、申氏の説だと、特に須恵器の編年で、後期が年代的に各窯の存続期間が短くなりすぎて、成立し得ない、という反論を紹介した記憶がある。
     韓国の考古学者も日本御須恵器の年代観には関心を持っている。それは韓国の辺縁にも直結するからだ、という范氏も紹介した記憶がある。
    で日本御考古学界の主流派どうも朝鮮半島南部に騎馬民族は来ていなかったというのが主流らしい

    > 4世紀初頭には新羅の要請に応じて高句麗軍が伽耶まで侵攻する。
    > その時、新羅伽耶に居た騎馬民族たる鮮卑族は新羅伽耶肩逃げ出し、日本に来て継体天皇の祖先になったのだろう。
    > 日本でも5世紀以降になると各地に騎馬民族的風習が急増する。

     へえ、鮮卑族がY-D1b2だったというおつもりですか?
    C2かO2系でしょう。無理。

  • >>No. 18961

    > HNさん、燕人もモンゴル人じゃぁ〜とか言ってなかった?笑

     dos君のミハイル化も進んでいるな。
     燕が姞姓で、商代の召方の子孫である事ぐらいは、当然知っていて、そう書いてもいるよ。新参者の君が知らなかっただけだ。『竹書紀年』の話は南海か書いている。
     西周末期、周が東西に分裂し、東周によって西周が滅ぼされたことなどは、金石文と『竹書紀年』にはあるが、『史記』にはない事も、dos君登場以前に書いているよ。

  • >>No. 18956

    > > > 天皇なんて意味ない。
    > > > 天皇が国民統合の理念なんて、なんて遅れた土
    > > > 人なんだと思う。

    > >  そういう政治思想の人がいてもおかしくはないが、まあそれが「進んでいる」と思うのは、⦅錯覚⦆に過ぎない。単⦅に⦆洗脳されているだけだよ


    > えたいのしれない地元のオッサン!笑
    > 政治思想うんぬんじゃなくそれがフツーの感覚でしょ。

     変なグローバルだの、インターナショナルだのというより、localを尊重するほうが、健全だろう。
     まあ、日本から出て、外国で生活し、そこに同化するのであれば、そのidentityを、日本人ではなく,Orientalsに求めるのも、生きる為だからやむを得ないだろうが、それで日本列島に住む日本人を批判しない事だ。
     カリフォルニアの日系3世だかの下院議員マイク・ホンダ(Hongdaと言うべきだろう)のように、選挙に通る為には、少数の日本人よりも、多数派の中国系や韓国系の意を迎えるのも生活の為だろう。まあ、上等な人間だとは思わないが。

    > 明治以前は天皇なんてただの祈祷師で、今でも得体のしれない儀式してるし。正直キモいよ。

     まともに歴史を勉強していない奴だな。天皇は鬼頭もしたが、実は江戸時代に、他にする事がなくなったのが大きい。それまでは、政治的県央を十分に果たしていたのだよ。
     一神教徒は、料簡が狭く、偏向が過ぎるな。それを自覚しないところがさらに怖い。

  • >>No. 18953

    > >  渡来系弥生人側が、現地の首長を担ぎ上げて、摩擦を避けた。で、農耕を受容した在来系弥生人(縄文系の弥生化した集団)の王家が、大王家になる。当然彼らのidentityは、「弥生人」=倭人のものになる

    > ネーション創出の願望でしょ。
    > 今のD1b1は都落ちした天皇一族がバラ撒いた種でしょ。
    > 縄文人じゃないよ。

     前に引用しているが考古学者下條信行氏辺さんお著書で、九大教授の故人田中良之氏らが、縄文弥生後退期の、北部九州の考古学的様相を、書いている。で田中氏らは、縄文系の長老が、渡来者をコントロールしていたとする。農地開発の最初の段階に使用する伐採用の石斧が、在来系の縄文系打製石器で、効率の良い磨製石器ではないことなどからだ。そのような考古学的知見が、多く集められ、現在では、縄文から弥生への転換が、ゆっくりとしたものだったこともわかっている。
     更に、地域差の問題も、九州の考古学者を中心夷、重要視されている。縄文時代、西日本御土器は「非縄文系」だった時期が殆どだった。東日本は縄文土器だが、西日本は、装飾の少ない非縄文系土器なのだ。
     同じように、弥生時代が進んでも、その様相の地域差も意識されている。

     結局、人類学的な地域差も、同じ文脈なのだろう。出雲国造家、天皇家、物部氏が、何れもD1b系(それぞれ別系)というのが正しいのであれば、各地で、移住してきた渡来者は、同じ様に現地の首長を擁立した、という形だったのだろう。
     結果として、倭人化した在来縄文系のY-DNAの保有者が、列島の支配者になった。

  • >>No. 18949

    > 混合説はアホの局地だからやめなさい。
    > 実験じゃないんだから。

      私もすっきりと一つの語族帰属で済む方が、単純明快でよいとは思うが、日本語の起源委関心を持つ言語学者が、初期のアルタイ語族説論者を覗き、おおむね混合語説に傾いたのを無視はできない。文法は朝鮮語やアルタイ系に類似するが、語彙がどうにもそれでは間に合わない。どうしても南方系の言語が関与したとかしないと、収まらない、というのだろう。

    > 借用語はあるが、言語をゲノムの混ざり合いみたいに捉えてはいけない。

     そう思っていたが、ピジンやクレオールの研究者は、そうは思っていないようだよ。
    そのあたりの専門的な話は、言語学者間でも、合意はないのだろうな。

     TN後z句の語彙が、日本語に似る、というのも、一方で,TB語族とAA語族の語彙間に関連があるのであれば、必ずしも、日本語とTB語z句の同源~同系らしい語彙が、TB語族から日本語族に引き継がれたわけでは無い可能性がある。つまり、何れも水稲農耕などと関連して、A語族から、日本語やTB語族に入った可能性がある。
     結局,AA語族の専門家が、どう考えるかが、わからないと、私には判断がつかない。
     だから斎藤成也氏が書いていた長田氏の日本語起源論の新著(編集)の刊行が待たれる。
     古んでゃ彼もAA語族と日本語の比較について、逃げないだろう、と思う。

  • >>No. 18948

    > ウズベク人のおばさんが立ち小便してるのは見たことがある。
    > 夜だったが、後ろでジョボジョボジョボと音がして振り返ったら立ち小便していた。音にびっくり。笑

     女性の立小便お話は、中学生頃に、五味幸助が『週刊新潮』に連載していた『柳生武芸帳』という小説に書いてあったので、印象に残って、早くからその事実がある事は知っていた。父が診療所待合室に『週刊浸透』と⦅週刊文春⦆を置いていたので、読んでいた。
     島根県では講談社の月刊雑誌『キング』を置いていたのを読んでいた。

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