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投稿コメント一覧 (21コメント)

  • 燃え上がったのです!!




              熱狂の渦が巻き上がったのです!!





                     かの国の人たちも、興奮の坩堝と化したのです!!




    1942年に日本政府が朝鮮での徴兵制の実施を閣議決定した時、『朝日新聞』5月10日朝刊は、「昨年の大東亜戦争開始以後の朝鮮人の戦争完遂に関する熱意は、献金に、あるいはその他各種の銃後援護に強く表明され、内鮮一体の機運はますます強固なるものがあるので、政府は朝鮮同胞のこの報国の赤誠に応え、朝鮮に徴兵制を施行し」たと報道した。

    同6月11日夕刊の「朝鮮・徴兵制に感激の波高し」と題した記事では、「大東亜戦争の実戦に参加し得る栄誉を与えられた朝鮮同胞は広大無辺の皇恩に感泣し半島全域の同胞から陸軍省へ寄せられた感謝の手紙や電報は連日引きもきらず遂に数千通の多数に達した」として、それを紹介している[安田将三, 石橋孝太郎: 読んでびっくり朝日新聞の太平洋戦争記事, p.198-199(原文は旧仮名遣い)]。

    こうした新聞報道は、必ずしも誇張や捏造によるものではない。1923年生まれの崔基鎬(チェ・ケイホ)が当時を回顧して述べているように、朝鮮人の大部分は、日本の侵略戦争を熱狂的に喜んでいた。

    「戦前から東京にいた私は、年に1~2回はソウルとか当時の平壌に行きました。その当時の韓国人は日本人以上の日本人です。劇場に行くと映画の前にニュースがありましたが、例えばニューギニアで日本が戦闘で勝利をおさめたという映像が流れると、拍手とか万歳が一斉に出ます。

    私は劇場が好きで、日本でも浅草などに行って見ていましたが、韓国で見るような姿はごくわずかです。韓国ではほとんど全員が気・違いのように喜びます。それは当時としてごく普通の姿ですから、特別に親日ということではありません。
    [崔基鎬:武士道の覚醒と強い日本を願う,漁火新聞]



    下は栄光に満ちた朝鮮人志願兵たち ↓

  • 魑魅魍魎・・・


        百鬼夜行・・・


          利権にしゃぶりつくハイエナ軍団、歴史総会屋たち!


    アイヌ利権】

       「アイヌ利権で山菜取りに行くと補助金出る」

          「墓参りもお金を貰える」

            「半分は国税」

               「アイヌになぜか朝鮮人が混ざってる」

                  自民党議員がメスを入れる模様


    今回のアイヌ騒動…やっとアイヌ政策の闇を全国に知らしめられるかも知れない。
    北海道議会での追及には限界があり、これはビッグチャンスだ!!

    墓参りもお金を貰えます。沖縄旅行とて「アイヌ民族と沖縄の方との交流」とアイヌ文化機構が認れば、タダどころかお金まで…湯水の様に税金が使われているのです。

    http://onnagumi.jp/appealFile/2009ainu01.html
    http://www.peeep.us/4a67bd33

    先住民族アイヌの権利回復を求める団体・個人署名の要請

    ◆呼びかけ人・団体◆
    旭川アイヌ協議会
    アイヌ・ラマット実行委員会
    おんな組いのち

    ◆呼びかけ人◆
    金  時鐘 (詩 人 反日の急先鋒)   
    佐高  信 (週刊金曜日編集委員)
    辛  淑玉 (人材育成コンサルタント 極端な反日家) 
    田中 優子 (週刊金曜日編集委員)
    中山 千夏 (作 家)
    朴  慶南 (エッセイスト 極端な反日家)
    針生 一郎 (丸木美術館館長)
    藤崎 良三 (全労協 議長)
    丸山未来子 (おんな組事務局)

    名前がおかしいだろ。何で在日が関わってくるんだ?

    http://hosyusokuhou.jp/archives/39687980.html

    同和特措法がなくなり、アイヌに群がり始めた方々がいますし、勿論「日本名とは思えない名前」のアイヌ協会の会員さんも複数おられます。

    3年前に天皇・皇后両陛下が北海道にご来道された時には、アイヌ協会の幹部が札幌で「天皇・皇后来るな!大集会」を開催していましたから… 天皇の謝罪だとか5兆円の賠償だとか、アイヌの団体は明らかに異常ですよね。まるで従軍慰安婦の団体みたいです。

    (補足です)

    北海道には明治維新の時、もちろん相当数のアイヌの方がいらっしゃいました。しかし、アイヌ民族の圧倒的な数の人たちは、樺太=サハリンに在住していました。中国の元朝=クビライ皇帝の時は、サハリンから何度もアムール地方にアイヌが侵攻し、そのたびにクビライは防衛軍を出さざるを得ませんでした。そしてクビライは元寇に先立つはるか以前より、悩みの根源を断つべくサハリン征討を計画していたのです。

    沿海州やアムール地方へのアイヌの侵攻に業を煮やしたモンゴル=元朝は、実際、数千隻の船団に数万余の軍団を乗せサハリン=樺太征服に乗り出しました。そして、樺太を制圧し樺太南端に白主土城を築きました。(なぜか、北海道へは侵攻しなかったようです。理由はよくわかりません。)これを日本史では、厳密には、第一次元寇と呼ぶのですが、一般の日本人の方はほとんどこのことを知りません。

    日露戦争後、サハリン=樺太の南半分が日本領となりました。それにより現地のアイヌの方も日本国籍となりました。

    第二次世界大戦末期のソ連参戦により、南樺太もソ連に占領され奪われました。それにより、もともと南樺太に在住していたアイヌの方々も全員一人の例外なく、他の日本人とともに日本人として北海道に渡ることを強く希望し、受け入れられました。

    不思議その一)もともと樺太に在住しておられたアイヌの方々は、なぜ先祖伝来の故地である樺太にとどまろうとしなかったのでしょうか???

    不思議その二)ロシア革命後のソ連は北樺太に在住していたアイヌ民族を徹底的にソ連に同化させ、民族の伝統性をひとかけらも残すことなく抹殺しました。日本でアイヌ問題に関わっておられる方は、なぜかこのことには一言も触れようとはしません。日本の為政者のことは非難しますが。なぜなのでしょうか???

        ↓

    (予想される回答)

    旧ソ連やロシアにいくら抗議したり文句を言ったところでビタ一文払ってくれない。それだったら、弱腰で払ってくれそうな日本政府を徹底的に攻めたほうが効率的だから。

  • 「事実」を抜きにしたら





                  「歴史」は矛盾」せざるを得ません





    日頃、韓国人は「日本は朝鮮半島でひどいことをした」と言い、パク・クネにいたっては「千年経っても日本を恨み続ける」とさえ発言しています。「日本は戦前、朝鮮半島で何をしたのでしょうか?」 

    韓国の教科書では、「日韓併合時代」を「日帝強占下」と呼んで、「朝鮮半島は日本の植民地であり、日本は朝鮮から略奪しまくった」と教え込んでいます。実は日本の教科書でも、自虐史観に立つ教師は韓国と似たようなことを教えているわけですが・・・
     
     まず「日韓併合」は1910年に始まります。そして、1945年のアメリカ軍による南朝鮮占領までの35年間が「日韓併合」の期間です。期間的には35年です。それを「1000年恨む」のですから「29倍返し」ですね。

     実は35年間の「日韓併合時=日帝強占下」で起こった大きな混乱は、1919年3月1日に起こった「三・一事件」だけです。大韓帝国初代皇帝高宗(李太王)の葬儀にあわせて、朝鮮人過激派(独立派)がデモを呼びかけ、その混乱の中で、駐在所や郵便局が襲撃され、、官憲の死者8名と負傷者158名が出ます。当時、朝鮮の行政は朝鮮総督府が担っていました。

    朝鮮を統治していたのは日本人と朝鮮人なんです。日本が一方的に支配していたのではありません。ですから騒乱にも日本人と朝鮮人によって組織された憲兵警察が騒動の鎮圧に当たりました。その時点で暴徒側にも死者が出ます。その数は、当時の朝鮮総督府の記録「朝鮮 騒擾事件道別統計表」(3月1日 - 4月11日)によると「死者357名」。

    当時上海に亡命しており伝聞の情報であると本文中に書かれている朴殷植の「韓国独立運動之血史」によれば、「死者7509名」です。その後、この騒乱での刑事処分が行われましたが、死刑・無期懲役になった者、懲役15年以上の実刑になった者は誰もいません。

    「郵便局を襲撃した朝鮮人がいて、治安の維持に当たっていたのも大多数が朝鮮人憲兵警察であった」ことを忘れてもらっては困るんです。韓国人は「全ての責任を日本に押し付ける」ことを戦略的な手段として用いてますが、「事実」を抜きにしたら「歴史」は矛盾」せざるを得ません。実際、韓国の国会議員の父や祖父に憲兵や憲兵補助員だったのがゴロゴロいるわけです。

    パク・クネだって実父は日本の「陸軍士官学校」を出ているのですから、いくらなんでも一方的な「植民地支配」などという捏造歴史は通用しません。私たちの父や母、祖父や祖母の時代、日本人は朝鮮人の国づくりのために誠心誠意協力していたんです。そのことだけは断じて歴史を曲げさせるわけには行かないのです。

    下 ↓ 説明文によると洋服の男性(日本人)と韓服の男性(朝鮮人は)朝鮮総督府の同僚

  • 21世紀の共同幻想論!!





         「憲法九条があったから日本は平和を維持できた」





           「軍備にお金を使わなかったから経済が発展して豊かになった」





    ◆GHQ憲法の欺瞞


     1990年以降、ワシントンの国立公文書館でCIAの前身にあたるOSSの機密文書が再調査されている。これによると「日本計画」といわれる対外基本戦略が作成されていることがわかった。このOSSが知識人向けのマルクス主義と言われる「フランクフルト学派」の巣窟になっていた。OSS計画のもとGHQは占領政策を行っていく。

     GHQピンカーズ(赤い奴)たちは「二段階革命理論」で日本共産化を目指した。「社会主義は軍国主義の破壊を通して、ブルジョア民主革命を達した後に得られる」というものである。

    象徴天皇を通して日本を統治し、他の改革を待って廃絶に追い込むというものである。これらはそもそも天皇を「KING」と誤解しており、日本の伝統的民主主義を理解していなかったことから出発している。

     GHQ憲法はこの理論に基づいて作成され、第九条の軍隊を持たない、というのも第二段階の革命を行いやすくするためのものであった。軍隊が革命を阻止するかもしれないからだ。九条は国防に関することが目的ではなく、内政の問題だったのである。

     マッカーサーは憲法第九条を強く推し進めている。憲法が国会で成立した後、昭和21年(1946年)10月と昭和22年(1947年)5月の天皇・マッカーサ会談で国際情勢に対して憲法九条を懸念する昭和天皇に対してマッカーサーが憲法九条の必要性を力説していることから伺える。マッカーサーはOSSの計画通り進めていたのだ。ちなみにマッカーサー側の通訳は共産主義者ハーバート・ノーマンである。(後、赤狩りのため自殺)

     マッカーサーがどの時点でGHQ内にピンカーズ(赤い奴)が占めていることに気がついたのであろうか。昭和23年(1948年)に米国務省政策企画部長のジョージ・ケナンが来日し、GHQ民政局のピンカーズの危険性を警告している。

    1948年(昭和23年)米国で出版された「アメリカの鏡・日本」の著者ヘレン・ミアーズ女史とマッカーサーは激しく論争している。おそらくこの頃から「失敗」を意識したのであろう。

     そして日本は吉田茂らにより戦後レジームを決めていく。「軍備はやらん・経済再建一本で行く。米国は日本を守れ・それが米国の義務だ」

     その後、日本人はこんなウソをつき始める。

    「憲法九条があったから日本は平和を維持できた」

    「軍備にお金を使わなかったから経済が発展して豊かになった」

     日本の九条のようなものをもっていなくてもほとんどの国が大東亜戦争後は世界全体が平和への努力をし、局地的に戦争はあったものの世界大戦を回避している。平和とGHQ憲法九条の因果関係はない。軍事バランスや核の抑止力がもたらした平和だろう。核兵器を持った大国同士はもう戦争はできない。日本は安保によって核の傘下で平和が守られてきたに過ぎない。

     昭和初期から日本は軍事大国であったが、GNPはどんどん上がり豊かになっている。現在の中共も軍事力を拡大しても経済成長し、豊かになっている。軍備と経済の因果関係はない。

     豊かになった日本、戦後の成功が日本人を思い上がらせ「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(1980年ごろ)の声に高揚し、戦後を全肯定し、ウソを撒き散らしたのである。フランクフルト学派が日本を破壊し、その後の革命のために憲法九条を作ったことを考えるとなんと悲しいウソであることだろうか。

  • 20年の封印を解かれた闇資料




    「東アジア黙示録」より  





    河野洋平が愛した洋公主…慰安婦役者の最初のウソ

    そこには生年月日も出身地も記されていなかった…河野談話発表の“決め手”となった聞き取り調査の中身が判明。20年の封印を解かれた闇資料が慰安婦捏造派を更に追い詰める。

    「ちょっとお聞きしたいんですけれども、ヒヤリングを出さないと決めていらっしゃるわけですね。どうして出さないんですか?名前だけでも出せないんですか?」

    平成9年3月、自民党若手議員の勉強会に参加した西岡力教授は、政府関係者を追及、資料の公開を求めた。答えたのは河野談話の発表に深く関わった内閣外政審議室の東良信審議官だ。

    「非常に少ない人数なものですから、内容が出ますと必ず特定できるという状況になっておりますものですから、そこは…」(展転社刊『歴史教科書への疑問』170頁)

    はっきり言います。これは全くの詭弁です!
    なぜならば、この自称元慰安婦たちのほとんどが日本で訴訟を起こし、名前は完全にばればれになっているんです。(裁判は公開ですので。はい!)
    何をいまさら、“個人情報保護“ですか???
    ちなみに裁判は、自称元慰安婦側の全面敗北で全員あえなく撃沈されましたが。


    政府側が公開を拒んだのは、河野談話で一方的に謝罪する“決め手”となった自称慰安婦の証言記録。これまで政府側は、個人情報の保護などを理由に20年間にわたり門外不出としてきた。

    その重要資料を産経新聞が入手、10月16日付の1面を飾った。スクープである。先日の朝日新聞の意味不明な“慰安婦関連スクープ”とは質も格も違う。河野洋平らの大罪を暴く決定的な資料だ。


    産経新聞がゲットした証言記録は計13ページで、自称慰安婦16人が話した就業の経緯や体験談がメモされている。対象が僅か16人であることは以前から判明しているが、その内容は想像以上に杜撰だった。

    大阪や台湾など戦地でなく、慰安所がなかった地域で働いていたという証言が6人にのぼる。この6人は慰安婦を自称した時点でウソを吐いている。軍の関与も何ら関係ない一般的な売春婦に過ぎない。


    そして、半数の自称慰安婦は生年月日を詳しく明かさず、大半が出生地を明示していない。更に、氏姓すら曖昧な証言者も含まれる他、同一人物が複数の名前を使い分けていた疑いまで浮上した。

    【出身地も生年月日も忘れたが…】

    「20年ぶりに日の目を見たこの報告メモに目を通し、理由が分かったような気がする」

    慰安婦の実証研究で知られる現代史家の秦郁彦氏も、呆れ果てる。河野談話で「軍の強制性」を示す唯一の証拠となった証言記録。それは、歴史資料として逆立ちしても扱えないシロモノだった。

    「身の上、氏名、年齢さえあやふやな慰安婦が多く、公文書と呼ぶには恥ずかしいほどお祖末なものだったからである」(10月16日付産経新聞)


    ▼現代史の権威・秦郁彦氏(産経)

    秦氏が卒倒するのも当然だ。証言メモで出身地が明かされているのは、16人のうち僅か3人。しかも、ソウル・平壌と答えたのが2人で、全羅南道唐津郡と詳しく語っているのは唯一人だった。

    我が国の保護下の朝鮮半島では戸籍制度が整っていた。例えば、沖縄に移り住んだ元慰安婦を追った『赤瓦の家』の著者は、半島本籍地の役場や近隣を訪問し、一族の消息を調べ上げている。


    ▼本籍地を追跡した『赤瓦の家』

    出身の村を正確に伝えれば、第三者が現地調査し、村人から客観的な証言を引き出すことも容易い。本籍地の隠蔽は、追加調査で嘘が暴かれるのを防ぐ為だ。

    これとは対照的に、ビルマ・ミートキーナで米軍が慰安婦を拘束した際の尋問では20人全員が出身地を明かしていた。生年月日も出生地も不備だらけの証言メモが、河野談話の核になっていたのである。

    下は、身元を調べた米軍戦時情報局資料

  • ピースおおさか、まだ“自虐”? 




    来館7割が小中学生…




    ナレーション文も、橋下市長の了承後こっそり“偏向”




    戦争に関する「偏向展示」が指摘され、来年4月にリニューアル
    オープン予定の大阪市中央区の「大阪国際平和センター」(ピース
    おおさか)が準備でつまずいた。「南京事件」の映像展示の原案に
    ついて、出資する大阪府、大阪市の両トップが「行きすぎ」と再考
    を要求し、教科書に準拠したとするピースおおさか側は困惑。

    外部からは南京事件を扱うことに反対する声が上がる一方、日本の
    加害行為の展示を求める圧力もいまなお強い。正常化への道は険し
    そうだ。

    虐殺ニセ写真を展示…撤去・修正が相次ぐ施設
    「表現内容が踏み込みすぎだ」。橋下徹市長は9月19日夜、ピー
    スおおさかが計画する南京事件の映像展示について切り出した。

    産経新聞が同日付の朝刊で、映像に重ねるナレーションの原案内容
    が〈(日本軍によって)捕虜のほか女性や子どもを含む多数の住民
    が殺害された〉になっていると報道。

    橋下氏は同日朝は「問題ない」としたが、担当者に詳しい事実確認
    をして認識を改めた。

    ピースおおさかの運営財団は大阪府・市の共同出資で設立された。
    平成3(1991)年の開館後、旧日本軍の加害行為と説明した出
    所不明のニセ写真の展示が指摘され、撤去・修正に追い込まれるト
    ラブルが相次いだ。

    多様な歴史の見方を示さず、日本をことさら糾弾する立場に立つ
    「自虐史観」といった批判の声が府市両議会や市民団体から上が
    った。

    捏造展示物を強制観覧させられる小学生たち ↓

  • 韓流スターに広がる“訪日ボイコット”の動き・・


    中国・環球網は19日、今月9日に羽田空港で韓国人歌手、
    イ・スンチョルさんが日本への入国を拒否された騒動をめぐ
    って、韓国のスターたちの間で“訪日ボイコット”の動きが出
    ていると報じた。

    入国拒否騒動は日韓両国で報じられ、インターネット上でも
    大きな話題となった。日本の「女性自身」誌は19日付の記
    事で、この騒動によって韓流スターたちの間に「日本での仕
    事はしない」という反日の輪が広がり始めていると報じてい
    る。

    日本人も訪韓ボイコットで行きましょう!!

    こいつがイ・スンチョル ↓

  • 千原ジュニア“換金所”発言に、




    パチンコ企業・京楽が大激怒!




    「換金所は存在しないはず」




    千原ジュニアが、スポンサーの怒りと大ひんしゅくを買っている。
    問題が起こったのは、先月25日に都内で行われた京楽産業.のパチ
    ンコ新機種「ぱちんこ よしもとタウン」(来年1月導入予定)の
    発表会。

    いつも通り軽妙にトークしていたジュニアだったが、「換金所で育
    ったヤツが今、芸人をやっている。だから(パチンコのイベントな
    んだから)、 そいつをここに呼んだほうがよかったんちゃうか!?」
    と口にしたことから、一騒ぎに。

    千原ジュニア、ダウンタウン……吉本芸人が「ギャラ半分」でも関
    西ローカル“Uターン”のワケ一見、なんら問題のない発言に思われ
    るが、京楽側が憤慨。マスコミ各社に、このジュニアの発言を使わ
    ないよう通達したという。なぜか――。 「京楽側が引っかかった
    のは“換金所”です」と、芸能関係者はこう明かす。

    「パチンコの換金は、日本では法的に違法。それを、出玉を景品に
    替えて、それを景品交換所で換金するという、いわゆる“三店方式”
    を 取ることで警察は黙認し、現在はグレーゾーン扱いにしている状
    態です。

    そんなパチンコ業界にとって、建前上“換金所”は存在しないものな
    んです。 警察でさえ“パチンコでは換金は行われていない”と表向き
    に主張している。

    なのに、イチ芸人に“換金所で育った”なんて言われたら、
    パチンコ業界にとってはたまったもんじゃない」京楽側がジュニア
    の発言に神経をとがらせたのは、IR推進法案(いわゆるカジノ法案)
    の審議の行方もあるとされている。

  • 二重スパイになりかけた男・・・




                 歴史を改ざんをしても気にも止めず・・・




                     日本は朝鮮より格下であるという意識を捨てられず・・・





    李 鍾植(イ・ジョンシク、生年月日不詳)は、日本生まれの元朝鮮籍の作家。現在は日本国籍を取得している。「李鍾植」は本名ではないと著作に記している。

    在日朝鮮人の三世として日本に生まれる。朝鮮籍であったが、家族の判断により大韓民国籍を取得、現在は日本に帰化して日本国籍となっている。

    大学在学中に、韓国国家安全企画部(現在の大韓民国国家情報院)の人間から接触を受け、大韓民国のために諜報活動を行うようになる。しかし後に、北朝鮮工作員から本人が韓国の諜報員であるとは知らずに接触を受け、北朝鮮への協力を依頼されてしまう。

    韓国当局に報告するが、ダブル(二重)スパイになることを持ちかけられる。それまでの経験上、ダブル・スパイの行く末は、用がなくなったら消されるだけであるということを知っていたため、身の危険を感じて当局との関係を解消する。

    現在は、過去の人脈を生かした情報収集活動をもとに、作家活動をおこなっている。内容は、韓国の政治や軍事、韓国人の歴史観や気質、日本やアメリカとの外交関係、また北朝鮮の政治的内情と軍事、日本をターゲットにしたテロ計画、地下核実験やミサイル発射の意味、有事の可能性などを著している。

    <朝鮮人気質>
    執筆する内容が身の危険に関係する可能性もあることから、仮名による執筆活動を行っているものの、著作においては自らの生まれや家族構成などについても触れている。

    また本人も含め多くの朝鮮人が持つ気質にも触れ、頭では日韓併合当時の時代背景や、朝鮮半島が中国との関係では何度となく侵略され、長らく支配されて来たことなどは、歴史的な事実であるとわかってはいるものの、儒教世界や中国を中心とした世界観の中で日本は朝鮮より格下であるという意識を捨てられず、感情では日本の過去の行為ばかりを許せず、また長らく中国王朝に依存した自国の歴史も認めたくないため、歴史を改ざんをしても気にも止めず正当化する気質があることを述べている。

    そのため、韓国人と日本人とは永遠に分かり合うことはできないであろうと喝破している。

    <日本人拉致問題に関する記述>
    著作にはラングーン事件、大韓航空機爆破事件など、北朝鮮の関与とされた事件に関しての記述も多い。

    北朝鮮による日本人拉致問題に関しては、横田めぐみ生存説に関して諜報機関員の間で指摘される「ふたつの仮説」に言及している。その1つは日本のメディアでも取り上げられる、横田めぐみが金正日ロイヤルファミリーの日本語教師に抜擢されたため、一族の秘密を知る重要人物となってしまったというもの。

    もう1つは、大韓航空機爆破事件の蜂谷真一(金勝一)らに日本人の父親像を教える役目を負ったというもの。後者の場合、本来否定していた大韓航空機爆破事件への北朝鮮の関与の事実が明るみに出てしまうため、日本に帰国させることができないというもの。これは、李恩恵とされた田口八重子の拉致事件のケースも同じである。

    また拉致問題に関して、在日朝鮮人として日本に生まれ育ち、在日韓国諜報部員として働いた著者の目からみて、北朝鮮工作員らの教育係や日本語教師の役目をさせるために、日本人をわざわざ拉致することの不自然さを述べている。

    日本には、日本語と朝鮮語の両方に堪能な在日朝鮮人・在日韓国人は数多く存在していること。また、朝鮮総連の事務所が日本全国にあり、在日朝鮮人が日本の風習や生活習慣に精通するのは難しいことではなく、「祖国訪問」の名目で北朝鮮へも渡航できたため、日本人拉致は逆にリスクが高いと疑問を投げかけている。

    この事件の背景について著者は、映画好きで『007シリーズ』ファンでもある金正日が、父親金日成から朝鮮労働党調査部の実権を授けられた頃からジェームズ・ボンドよろしく荒唐無稽な作戦を立案し、それを実行したがために起こってしまった可能性に言及している。

  • 史実???





             そんなものは関係ない!!




                史実など、どうでもいい!!





               必要なのは、政治のための歴史認識だ!!!





    「論理ではなく日本国を弾劾することが目的」





    大日本帝国統治時代に様々な近代化が行われたことを認めつつも、資本主義の萌芽は李氏朝鮮の時代に既に存在しており、大日本帝国による統治はそれらの萌芽を破壊することで、結果的には近代化を阻害したとする資本主義萌芽論が、1950年代に北朝鮮で唱えられました。これはのち1960年代から1970年代に日本に紹介され、1980年代には韓国へ日本を経由して伝わりました。

    近年、李栄薫らは李氏朝鮮時代の資料を調査し、李氏朝鮮時代の末期に朝鮮経済が急速に崩壊したことを主張し、近代化萌芽論を強く否定しました。またハーバード大学の朝鮮史教授カーター・J・エッカートは、資本主義萌芽論を「論理ではなく日本国を弾劾することが目的」とし、韓国の資本主義は日本の植民地化の中で生まれ、戦後の韓国の資本主義や工業化も、大日本帝国の近代化政策を模したものであると明言しています。またエッカートは大日本帝国による統治そのものについて朴正煕政権との類似性などを挙げ、軍事独裁の一形態であり、韓国の資本家に独裁政権への依存体質をもたらす原因になったとも述べています。

    これに対しカリフォルニア大学のステファン・ハガードは、エッカートの議論は具体例に乏しいと批判しています。しかしハガードの研究においても、戦後の韓国の経済成長は日本統治期から引き継いだ金融システムと権威主義的国家構造による効率的な外資利用によるものだとしており、韓国の内在的発展性の重要性を弱めていると主張する韓国人もいます。

    ほか韓国においても、その後の実証的研究の進展により、若い研究者からはこの資本主義萌芽論は採用されなくなってきています。

  • 史実???





             そんなものは関係ない!!




                史実など、どうでもいい!!





               必要なのは、政治のための歴史認識だ!!!





    「論理ではなく日本国を弾劾することが目的」





    大日本帝国統治時代に様々な近代化が行われたことを認めつつも、資本主義の萌芽は李氏朝鮮の時代に既に存在しており、大日本帝国による統治はそれらの萌芽を破壊することで、結果的には近代化を阻害したとする資本主義萌芽論が、1950年代に北朝鮮で唱えられました。これはのち1960年代から1970年代に日本に紹介され、1980年代には韓国へ日本を経由して伝わりました。

    近年、李栄薫らは李氏朝鮮時代の資料を調査し、李氏朝鮮時代の末期に朝鮮経済が急速に崩壊したことを主張し、近代化萌芽論を強く否定しました。またハーバード大学の朝鮮史教授カーター・J・エッカートは、資本主義萌芽論を「論理ではなく日本国を弾劾することが目的」とし、韓国の資本主義は日本の植民地化の中で生まれ、戦後の韓国の資本主義や工業化も、大日本帝国の近代化政策を模したものであると明言しています。またエッカートは大日本帝国による統治そのものについて朴正煕政権との類似性などを挙げ、軍事独裁の一形態であり、韓国の資本家に独裁政権への依存体質をもたらす原因になったとも述べています。

    これに対しカリフォルニア大学のステファン・ハガードは、エッカートの議論は具体例に乏しいと批判しています。しかしハガードの研究においても、戦後の韓国の経済成長は日本統治期から引き継いだ金融システムと権威主義的国家構造による効率的な外資利用によるものだとしており、韓国の内在的発展性の重要性を弱めていると主張する韓国人もいます。

    ほか韓国においても、その後の実証的研究の進展により、若い研究者からはこの資本主義萌芽論は採用されなくなってきています。

  • 二重スパイになりかけた男・・・




                 歴史を改ざんをしても気にも止めず・・・




                     日本は朝鮮より格下であるという意識を捨てられず・・・





    李 鍾植(イ・ジョンシク、生年月日不詳)は、日本生まれの元朝鮮籍の作家。現在は日本国籍を取得している。「李鍾植」は本名ではないと著作に記している。

    在日朝鮮人の三世として日本に生まれる。朝鮮籍であったが、家族の判断により大韓民国籍を取得、現在は日本に帰化して日本国籍となっている。

    大学在学中に、韓国国家安全企画部(現在の大韓民国国家情報院)の人間から接触を受け、大韓民国のために諜報活動を行うようになる。しかし後に、北朝鮮工作員から本人が韓国の諜報員であるとは知らずに接触を受け、北朝鮮への協力を依頼されてしまう。

    韓国当局に報告するが、ダブル(二重)スパイになることを持ちかけられる。それまでの経験上、ダブル・スパイの行く末は、用がなくなったら消されるだけであるということを知っていたため、身の危険を感じて当局との関係を解消する。

    現在は、過去の人脈を生かした情報収集活動をもとに、作家活動をおこなっている。内容は、韓国の政治や軍事、韓国人の歴史観や気質、日本やアメリカとの外交関係、また北朝鮮の政治的内情と軍事、日本をターゲットにしたテロ計画、地下核実験やミサイル発射の意味、有事の可能性などを著している。

    <朝鮮人気質>
    執筆する内容が身の危険に関係する可能性もあることから、仮名による執筆活動を行っているものの、著作においては自らの生まれや家族構成などについても触れている。

    また本人も含め多くの朝鮮人が持つ気質にも触れ、頭では日韓併合当時の時代背景や、朝鮮半島が中国との関係では何度となく侵略され、長らく支配されて来たことなどは、歴史的な事実であるとわかってはいるものの、儒教世界や中国を中心とした世界観の中で日本は朝鮮より格下であるという意識を捨てられず、感情では日本の過去の行為ばかりを許せず、また長らく中国王朝に依存した自国の歴史も認めたくないため、歴史を改ざんをしても気にも止めず正当化する気質があることを述べている。

    そのため、韓国人と日本人とは永遠に分かり合うことはできないであろうと喝破している。

    <日本人拉致問題に関する記述>
    著作にはラングーン事件、大韓航空機爆破事件など、北朝鮮の関与とされた事件に関しての記述も多い。

    北朝鮮による日本人拉致問題に関しては、横田めぐみ生存説に関して諜報機関員の間で指摘される「ふたつの仮説」に言及している。その1つは日本のメディアでも取り上げられる、横田めぐみが金正日ロイヤルファミリーの日本語教師に抜擢されたため、一族の秘密を知る重要人物となってしまったというもの。

    もう1つは、大韓航空機爆破事件の蜂谷真一(金勝一)らに日本人の父親像を教える役目を負ったというもの。後者の場合、本来否定していた大韓航空機爆破事件への北朝鮮の関与の事実が明るみに出てしまうため、日本に帰国させることができないというもの。これは、李恩恵とされた田口八重子の拉致事件のケースも同じである。

    また拉致問題に関して、在日朝鮮人として日本に生まれ育ち、在日韓国諜報部員として働いた著者の目からみて、北朝鮮工作員らの教育係や日本語教師の役目をさせるために、日本人をわざわざ拉致することの不自然さを述べている。

    日本には、日本語と朝鮮語の両方に堪能な在日朝鮮人・在日韓国人は数多く存在していること。また、朝鮮総連の事務所が日本全国にあり、在日朝鮮人が日本の風習や生活習慣に精通するのは難しいことではなく、「祖国訪問」の名目で北朝鮮へも渡航できたため、日本人拉致は逆にリスクが高いと疑問を投げかけている。

    この事件の背景について著者は、映画好きで『007シリーズ』ファンでもある金正日が、父親金日成から朝鮮労働党調査部の実権を授けられた頃からジェームズ・ボンドよろしく荒唐無稽な作戦を立案し、それを実行したがために起こってしまった可能性に言及している。

  • 掴めます???


    油をさしたウナギ!!



                      無能といわれても、


                つかみどころのなさで、切り抜けるのさ!!!



    潘 基文(パン・ギムン、英語表記: Ban Ki-moon、ハングル: 반기문、1944年6月13日 - )は、第8代国際連合事務総長。大韓民国出身。第33代大韓民国外交通商部長官。第11回ソウル平和賞(2012年)受賞者。

    1970年2月にソウル大学校外交学科を卒業し、同月高等外交官試験に合格、3月に外交部に入部した。1972年の駐インド韓国大使館副領事を初め、1974年同二等書記官など主に海外勤務畑を歩み、1980年に外交部国際組織条約局国連課長に就任した。

    2006年10月14日、国連事務総長に当選する。2007年1月1日から5年間、事務総長職を務める。

    元国連大使の崔英鎮を駐コートジボワール特別代表に任命するなど、国連の主要なポストに自国民を起用したことから縁故主義であるとして、潘に対し国連内部から反発が生じている。これに対して潘は、元々国連への財政負担の割に極端に職員数が少なかった韓国人職員の数が増えたに過ぎない、と反論している。
    ただし、韓国は国連分担金の内、10個国際機関分担金1100億ウォン(1億1600万USドル)を滞納している。

    国連事務総長は複数国家の代表として、職務の中立性が求められる。しかし、潘は事務総長就任以来、上記の縁故採用問題の他、たびたび事務総長としての中立性を保っていないばかりか、むしろ自ら破っていると指摘される出来事を起こしている。

    歴代の国連事務総長たちは、見た目には重要なポストであることに比べて大きな実績を上げてこなかったが、潘については「その中でも際立って無能」との評価を受けてきている。

    ニューズウィークは、韓国外相から事務総長に転じた2年半の間に大きな失敗を犯したわけではないが、核問題や難民問題にも関心を示さず、「世界中で名誉学位を収集して歩き、見事なまでに何も記憶に残らない声明を発表し、事務総長として影響力を発揮できたかもしれない貴重な機会を無駄にすることに費やしている」と評した。

    また米誌フォーリン・ポリシーにおいても歴代事務総長の中でも特に指導力や存在感を欠き「国連を無意味な組織にした」と酷評され、英誌エコノミストからも潘の管理・調整能力不足を指摘され、自身が最重要課題に挙げた地球温暖化問題も含め大きな実績はなく、欧米諸国の支持を失っているともされた。 
     
    オスロ合意締結に尽力したノルウェーのモナ・ユール(当時次席国連大使、夫のラーセンは潘の下でレバノン問題特使を務めていた)は、本国政府宛の公電において「不明確でカリスマ性に欠ける」「かんしゃく持ちで周囲の手に負えない」とこき下ろした。この記事をきっかけに、以前から存在した潘に対する絶望的な不安感や批判が噴出している。ニューズウィークでは「勇気がなく」「魅力に欠け」「無能」と断じられ、即刻退任するのが世界のためと言い切られた。

    ヒューマン・ライツ・ウォッチは2011年1月24日に発表した年次報告書において、潘について、「人権侵害を繰り返す国々に対して、国際的な地位がそれほどでもない国々に対しては、強い批判を口にするが、中国のような大国に対しては何もしない」と名指しで批判した。

    一方で、慰安婦問題に対しては米国下院の決議案を支持する姿勢を堅持したり、自身主催の国連本部開催でのコンサート上で日本海を東海に変更すべきだというパンフレットを来場者に配布したことが発覚し日本政府から強く抗議されたりと、現在の日本政府の立場とは相容れない部分もある。

    韓国内では、上司の言うことは何でも聞く「イエスマン」(韓国経済新聞)、「米国べったり」(アジア外交筋)、「本音を出さず、無色無臭で生き残った」(韓国紙日本特派員)等の辛口の評価もあるようだ。韓国では「答えるのが難しいデリケートな質問が多くなされてもよく抜け出る」という意味で「油をさしたウナギ」というニックネームがあった。

  • みなさーん!!  




    遠慮しないでください!!




    名乗り出た女性には





    全員もれなく、200万円を進呈!!




    高木 健一(たかぎ けんいち、1944年(昭和19年) - )は弁護士。
    東京大学法学部卒、弁護士開業(1973年)以後、サハリン残留韓国人帰還問題に取り組み、 従軍慰安婦問題やアジア全体の戦後補償問題に関わってきた。

    ○自作自演の慰安婦問題
    1993年にインドネシアを訪問し、地元紙に「補償のために日本からやってきた。元慰安婦は名乗り出て欲しい」という 内容の広告を出した。 しかし、インドネシアのスエノ社会大臣は事件を焚きつけた日本人達(共産党・朝日新聞・日弁連ら)に対して「インドネシア政府は、この問題で補償を要求したことはない」「しかし日本政府(村山富市首相)が元慰安婦にお詫びをしてお金を払いたいというので戴くが、元慰安婦個人には渡さず、女性の福祉や保健事業のために使う」「日本との補償問題は1958年の協定により、完結している」との声明を発表している。

    また、インドネシア英字紙「インドネシア・タイムス」会長のジャマル・アリは「ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦(インドネシアに居た日本兵は約2万人だった)がいたというのか。どうしてインドネシアのよいところを映さない。こんな番組、両国の友好に何の役にも立たない。我々には、日本罵倒体質の韓国や中国と違って歴史とプライドがある。『お金をくれ』などとは、360年間、わが国を支配したオランダに だって要求しない(インドネシア・タイムス)」との見解を発表し、高木らを批判した。

    インドネシアの「兵補中央協議会」元会長のタスリップ・ラハルジョは「東京の高木弁護士の指示を受けて始めた。『早く進めろ』と催促も受けた」とジャカルタ郊外の事務所で産経新聞政治部・阿比留瑠比の取材に証言している。同協議会は、慰安婦登録者を対象としてアンケートを実施していたが、「高木弁護士の文案で作成された」とラハルジョは証言している(産経新聞2010年8月1日)。

    藤岡信勝は、高木のインドネシア訪問に関して「自作自演」「火のない所に煙を立てて回っている」等の批判を行っている。

    ○関わった主要な訴訟
    • 樺太残留者帰還請求訴訟 - この件については提訴取り下げ後に韓国政府から国民勲章を授与され、「これをモデルケースとしてこれからも同じように補償裁判を起こしていく」と発言。一方で、ずっと帰還運動をしてきた朴魯学夫婦は、この弁護団は在樺コリアンの帰還を求めるのではなく、日本を糾弾することのみが目的であった、と批判している。
    • アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件

  • 交尾はしましたが・・・




               交戦はしていません!!





    交尾は、国際法上賠償の対象にはなりません。

    従い、日本は韓国に一銭も賠償金を支払っていません。

    軍属などとして、戦争で被害にあわれた方に対し、補償金ということで支払っています。

    北朝鮮の分も含め、一括して支払っております。

    よって、北朝鮮は、日本に対し補償金を要求することはできません。

    韓国に分け前をよこせという権利はあります。

    日本は、韓国側にこの補償金を個人に支払うよう強く要請しましたが、

    韓国側は、日韓基本条約の内容を国民にひた隠しにし、経済発展のための

    インフラ投資にすべてつぎ込みました。

    朝鮮は、あくまで日本と一体になり、大東亜戦争を主体的に戦いぬいたのであります。

    ですから、李承晩がサンフランシスコ講和条約に、戦勝国=連合国の一員として、

    参加させてくれとアメリカに懇願しましたが、アメリカ、イギリスからにべなく断られました。

    昨日まで日本と一緒になって、米英軍と死闘を演じていた国を、連合国の一員に

    加えることは、断じてできないということであります。

    以後、韓国、北朝鮮は、徹頭徹尾戦争被害者、植民地の被抑圧者・被搾取者の

    立場を、一貫して装い貫き通しています。

  • 度を越えたコンプレックスが転じて招く、





                          度を越えた幻覚優越感!!





               そして、とどまるところを知らないレイシズム(人種差別)






                あなたは、その国が、どこの国か知っていますか???







    韓国の人種差別(Racism in South Korea)は、韓国人がその歴史を通して、彼らが「純血である」とする一般認識から生じた社会現象。実際は、エヴェンキ族、ワイ族、パイ族などの鮮卑系の混交雑種。


    国連の「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」は、 「韓国の民族の同質性重視が、その領土で暮らすさまざまな民族や国民グループの相互間の理解、寛容及び友好関係の促進に支障を表す恐れがある」と懸念している。


    現在では民族的にほぼ均質になった韓国では、混血児は一般的に蔑視を受ける。異人種間の混血男性たちは、2011年1月まで、韓国の兵役を禁止されていた。


    2009年に行われた世論調査では、韓国の子供たちの47%が、「異人種混血の子どもを友人にできるかどうか」と問われ、はっきりしないか、後ろ向きであったことが明らかになっている。「民族差別」は韓国では、教育システム全体におよぶ広範なものと考えられている。


    2012年6月、韓国のMBCテレビが、「外国人」の男性が韓国人女性との関係に有害であるとするドキュメンタリー番組を放映。これに怒った4900人以上の在韓外国人が抗議を行った 。『コリア・タイムズ』紙は「反外国人グループは人気上昇中」と記事に見出しをつけた


    日韓併合時代は、65万人近い華僑が朝鮮に在住していたが、太平洋戦争後、韓国政府はすべての華僑を自国より追放した。朝鮮半島は、いまや世界中にあるチャイナタウンを見ることができない、世界でもきわめてまれな国となっている。

  • 韓国系日本人の中には、こういう方もいらっしゃいます。





                 永住外国人への地方参政権付与に反対!!





             「在日の耐えられない軽さ」とは???







    鄭 大均(てい たいきん(、チョン・ テギュンとも)、1948年 - )は、日本の学者。首都大学東京人文科学研究科社会人類学分野教授、国家基本問題研究所客員研究員。専攻はエスニシティ、東アジアのナショナル・アイデンティティ、日韓関係論。韓国系日本人。

    岩手県生まれ。父親は1922年に内地へと渡航した朝鮮人で、1923年に出版され、朝鮮人によって書かれた最初の日本語小説として知られる『さすらひの空』の著者である鄭然圭。母親は岩手県黒沢尻町(現在の北上市)出身で、戦後疎開先である同地で大均を出産した。

    岩手県立黒沢尻北高等学校、立教大学文学部および法学部を卒業。1973年から74年にかけてアメリカ合衆国東部で暮らす。1978年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校修士課程修了(M.A、アジア系アメリカ人研究)。履歴については自叙伝的作品である「在日の耐えられない軽さ」(中公新書)に詳しい。

    米国から東京に戻り、英語学校で教えながら1980年頃から在日論を書き始める。その後70年代に東京で会った元韓国人留学生の友人からの誘いを受け、東亜大学校人文学部(韓国釜山市)や啓明大学校外国学学部(韓国大邱市)などで14年間教鞭をとる。この辺の体験も部分的に「在日の耐えられない軽さ」に記されている。

    啓明大学校副教授から転じ、1995年に東京都立大学(現首都大学東京)人文学部に助教授として着任、1999年に教授。2004年に日本に帰化。妻は韓国の大学教員。


    妹は鄭香均。香均は、日本国籍でないことを理由に東京都の管理職選考試験の受験を拒否されたとして都を訴え、二審で一部勝訴(慰謝料支払のみ認定)するも、最高裁において(最大判平成17年1月26日民集59-1-128)敗訴が確定した。これに関し、鄭大均は正論やニューズウィークの誌上、「在日の耐えられない軽さ」の中で妹に苦言を呈し、日本国籍の取得を勧めた。

    日本に帰化した韓国系日本人(元在日外国人)の立場から、永住外国人への地方参政権付与に反対しており、国会で参考人招致を受けた際も反対論を展開している。

  • 韓国における「挺身隊」と「慰安婦」の混同と流言

    当時の日本で使用された「挺身隊」と「慰安婦」のことばはそれぞれ、まったく異なるものである。「挺身隊」は主に工場などでの勤労労働に従事する女性を指し、「慰安婦」は戦地内地等での公娼・売春婦を意味していた。しかし、戦中当時にも朝鮮社会ではすでに両者が混同されてパニックに陥っていた家族もあった。

    大東亜戦争(太平洋戦争)末期の1944年8月、日本内地において日本人女性を工場などへ強制動員する「女子挺身勤労令」が出され、これは12歳から40歳までの未婚女子が対象であった。同時に学徒勤労令も出され、中等学校二年以上の学徒も軍需工場などで勤労した。男子は1939年の国民徴用令で強制動員されていたが、朝鮮では実施を遅らせて民間企業による自由募集、そして1942年1月になって官斡旋(朝鮮労務協会が実務)となり1944年9月になって徴用令が発動された。いわゆる「強制連行」はこの徴用令に基づく内地等への労働力移入を指す。

    朝鮮半島の女子についてはこのような日本内地における徴用令も女子挺身勤労令も発令されなかったが、斡旋によって挺身隊が日本内地へ向かった事例もあったため、挺身隊と慰安婦が混同され、「挺身隊に動員されると慰安婦にされる」との流言(デマ)が流布した。

    デマによってパニック状態になった朝鮮の未婚女性や親は、学校を中退させたり、結婚することで徴用を逃れようとした]。例えば、韓国で挺身隊=慰安婦という認識を広めた韓国挺身隊問題対策協議会初代代表の尹貞玉(1925年生)も父親の忠告に従って1943年4月に入学したのを同年9月に退学している。

    そのようなデマについて政府も認識しており、1944年6月27日の内務省文書では
    勤労報国隊の出動をも斉しく徴用なりとし、一般労務募集に対しても忌避逃走し、或は不正暴行の挙に出ずるものあるのみならず、未婚女子の徴用は必至にして、中には此等を慰安婦となすが如き荒唐無稽なる流言巷間に伝わり、此等悪質なる流言と相俟って、労務事情は今後益々困難に赴くものと予想せらる。
    と「荒唐無稽なる」「悪質な流言」と記載があり、日本政府はそうしたデマを民族主義者による反日謀略とみなしていた可能性も指摘されている。1944年10月には朝鮮総督府が「国民徴用の解説」で女子挺身勤労令を発動しないと答弁した。

    また尹明淑によれば、労働力として国民登録する朝鮮の女子はあまりに少なかったため、学校教師による勧誘が進められたが、内地に動員されたことが多かったためデマの元になったとしている。実際、官斡旋による女子挺身隊動員は小学校や女学校の教師が指名勧誘する事例が多かった。

  • 反対していたのだろうか?





    実は賛成し、 それを推進していた!!!





    「現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての

    体面をもつことはできない。亡国は必死である。

    亡国を救う道は併合しかない。 そして併合相手は日本しかない。

    欧米人は朝鮮民族を犬か豚のように思っているが、日本は違う。

    日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、

    これは朝鮮民族を同類視しているからである。 そして、

     日本人は朝鮮民族を導き、世界人類の文明に参加させてくれる

    唯一の適任者である。それ以外に我が朝鮮民族が豚の境涯から

    脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。

     日韓併合が問題になるのは、変な話だ。我輩の併合観は

    欧米人の朝鮮民族観を基に考察したのだ。」


       朝鮮全権大使 李成玉 「李完用侯の心事と日韓和合」


    朝鮮民族は、朝鮮語を忘れてしまわなければならない。

    朝鮮民族が日本語でものを考えたときこそ、朝鮮民族が最も

    幸福になった時である。学校で朝鮮語を教える必要は全くない。

    朝鮮民族を不幸にしようとするならば、朝鮮語を永続させて、朝鮮的な

    低級な文化を与え、それ以上の発達を阻止することである。



                     玄永燮 「朝鮮人の進むべき道」


    私は今となってはこうした信念をもつにいたった。すなわち、朝鮮民族は

    朝鮮民族であることを忘れなければならないと。

    血と肉と骨がすっかり日本人になってしまわなければならないと。

    この中に真に朝鮮民族の永生の唯一の道があるのだと。

    したがつて朝鮮人文人ないし文化人の心的新体制の目的は第一に
    自己を日本人化し、第二に朝鮮民族すべてを日本人化することに

    全力をささげ、第三に日本文化を昂揚し、世界に発揚する文化戦線の

    兵士になることである。

    朝鮮文化の将来はここにある。このために朝鮮民族は民族感情と伝統の

    発展的解消を断行すべきである。

    「心的新体制と朝鮮文化の進路」   韓国の作家 李光洙


    日本は日清戦争を通じて韓国を独立させ、日露戦争でロシアに

    食われかけていた韓国を救ってくれた。

     それでも韓国はこれをありがたく思うどころか、あの国にくっつき、

    この国にくっつきし、結局は外交権を奪われることになったが、これは

    我々が自ら招いたことである。

     丁未条約を締結することになったのも、やはりハーグ事件を

    おこした我々に責任がある。 伊藤博文公が韓国国民を見守ってくれ、

    太子を導いて我々韓国のためにご苦労されたことは忘れられない。

     にもかかわらずハルピンの事件がおきてしまった以上、今後

    いかなる危険が到来するのかわからない。

     これもまた韓国人自らそうしてしまったのである。(中略)

     それゆえ劣等国民として保護されるよりは、いっそ日本と合邦し

    大帝国をつくって世界の1等国民として日本人とまったくおなじ待遇を
     
    うけながら暮らしてみよう。

                   「韓日合邦を要求する声明書」
      
                  1909年 12月4日  一進会

  • ついに、解明されました!!






               長年の科学的研究の成果が、ここに実りました!!






    最新の言語学会の定説です!!






    歌詞に歌われているアリラン峠は伝説上のもので、朝鮮半島各地にある同名の峠はこの歌にちなみ、後から地名としてつけられたものと考えられています。アリランという単語の語源説は、キム・ジヨンの『我離郎・我離娘、我耳聾、我難離、阿娘、兒郞偉、閼英』の6説が基本説といわれていますが、現在も多くの語言説が発表されており、未だ決定的な説はありませんでした。


    しかし、近年、歌詞に含まれる「アリラン」、「スーリ」は北方民族であるエヴェンキ族の言葉ではそれぞれ「迎える」、「感じ取る」という意があることが明らかになっており、にわかに関連性が着目されています。
    それ以外でも、


    韓国外国語大学ロシア語科のカン・トクス教授はサハ共和国南北辺境に住んでいるエベンキ人たちが使うエベンキ(ツングース)語は数字や一家親戚を称する単語が韓国語と非常に似ていると考えています。根源が同じではないかと主張しているのです。

    ●エベンキ語のデョルは韓国語のドルで「石」
    ●デュルはドゥルで「2(二)」
    ●デュル-レはドゥル-レで「周り」
    ●ムはムルで「水」
    ●アミはアビで「父」
    ●エニはエミで「母」
    ●アシはアッシで「若い女性(アガシ)」
    ●アキはアチで「おじさん(アジョシ)」
    ●べイェはべで「輩」
    ●~ンイは~ウイで「~の」を意味する。


    エヴェンキ族というのは、中国の古代の歴史書にも登場します。“鄂温克族”として。
    「諸夷の中で最も不潔である。」と。
    理由は、人尿で顔を洗う習慣があるからです。これには、中国の巡撫使者も腰を抜かすほどびっくりしたそうです。


    檀君神話で有名な朝鮮民族の始祖、檀君も人尿で顔を洗っていたとか!!!

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