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投稿コメント一覧 (2236コメント)

  • もう少しで映画公開です

    「エルネスト」

    チェ・ゲバラと行動を共にした日系人のフレディ前村を描いた作品です

    https://www.cinematoday.jp/movie/T0021279

    映画館で鑑賞したいけど、無理でしょうね、、
    レンタルできる日を待ちましょう

  • こんにちは!
    ご無沙汰に打ち過ぎ、申し訳ございません
    この数ヶ月は多くの事に忙殺されていました

    留守中、毎回多くの話題を提供頂き、感謝感謝です

    そして
    あの歌の季節になったことを実感した次第です
    「さんまの歌」に表現されている、静かな情熱はこの季節ならではの心地よさを感じます

    人が人を想う気持ちは、相手が誰であろうと、美醜に関係なく、倫理観をも乗り越えて、さんまを焼く「炭火」のように燃えづづけるものでしょうね

    谷崎と佐藤は異なったタイプの男性でしょうが、より深い愛を知っている人の歌は 刹那の感情を永遠に変えてしまうほどの深みを感じさせてくれます

    時空を越えて常に立ち戻れる「思い出」を持てることこそ、味わいある人生と言えるのでは無いでしょうか?

    それも全て「縁」が育む不思議から生まれますね

    縦糸と横糸が絡んで布を仕上げるように、私たちも多くの忘れ難い記憶を織り続けています

    https://www.youtube.com/watch?v=jOegTv3a2h4

  • ルーズベルトは事前に真珠湾攻撃を知っていましたが、パールハーバーの艦隊司令官や、陸軍司令官たちには知らせませんでした

    大統領の陰謀?とでもいうのでしょうか、愚かな指導者のもと、常に犠牲者は下の者たちです

    戦争とはそういうものでしょう

    北朝鮮の不穏な警告を含めて、歴史から学んで欲しいと思います

  • 山本五十六には英雄伝と裏切り伝という、間逆の評価がありますよね

    彼はアメリカ通であり、骨の髄まで米国に傾倒していた「フリーメーソン」であったという説もあります
    ハーバード大学に学び、大使館付きの武官として2階も米国勤務となり、石油事情やアメリカの軍事力についても知識を深めたはずです

    戦闘機の改良や海軍の航空化に貢献したのですが、不思議な事に空軍の設立に反対しています
    これはどのような理由からでしょうか?
    空軍の戦闘における重要性を知りながら、独立した力を持たせる事に反対するには、自らが指揮権を握る必要があったのではないでしょうか?

    真珠湾攻撃は仕組まれた作戦ですが、そのやり方について、山本は結果としてルーズベルトに力を貸したことになります

    まず、12月8日に攻撃すると決めたこと、この日は空母レキシソトンはミッドウェーに飛行機を輸送中、エンタープライズ、サラトガはアメリカ本土西海岸にいたために無事ということを、知っていたのではという疑惑が生じます

    攻撃の内容にしても、米国の戦艦6隻は引き上げられて修理され、実戦に使われていますね
    燃料タンクも破壊されていないので、米国の目的は「卑怯な日本」というイメージだけで充分だったのでしょう

    しかし、この日を境に、日本は戦争へ突入して入ったのですから、多くの犠牲者を出す引き金になったことは事実です

    ただ、日本軍の暗号がことごとく事前に傍受、解読され海軍は大きな痛手を被りましたが、暗号の変更に関して、山本五十六は引き伸ばし、引き伸ばしを繰り返しています
    ミッドウェーで空母部隊だけを突入させたのか?
    自分は艦隊で後方で、待機?
    不思議ですね

    今日は終戦記念日です

    今や戦争体験者の多くがすでに他界していて、埋もれてしまった歴史的事実が「憶測」として語られるに過ぎません

  • >>No. 13438

    >一致協力体制

    勤勉さとこの一致協力体制は、日本人の国民性ではないでしょうか?
    民間人ながらもシベリアに抑留された父が
    「日本人は一致協力体制でいろんな事を企てるので、ソ連兵は親しい者同士を別々の収容所に送った」と話していたことがあります

    格差が生じても、助け合えば良いのです
    それぞれの役割分担で、手を出し合うことが出来るDNAをもった民族ですから、その事を思い出しましょう


    災害の後に「暴動」や「略奪」が起こらない日本、
    私たちは平和ボケしているなかで、忘れてしまったことが一杯ありますね

    朝倉や日田にも沢山のボランティアが参加しています

    >一致協力体制


    これは良い言葉ですね

  • 日本の教育、とりわけ学校教育における「愛国心」や「道徳」、家庭教育に於いては「親に孝行を尽くす」「目上を敬う」、地域社会に於いては「相互扶助」「助け合い」など、戦争を境に大きく「意識変化」が起こりました

    それは教育の分野における米国の「思惑」により、日本は豊かさ=物質という構図、さらに「権利」を主張する国民へと意識を変化させられました

    焼け野原からの復興に於いて、映画やドラマで流れる「資本主義大国アメリカの豊かさ」を目指して、突き進んで来たのでしょう

    「向こう三軒両隣」の助け合い関係が消え、「プライバシー」「個人情報」などどマスコミなどから流れる意識に流されて、ひたすら「物質文明」を築いてきたと言えます

    仕事に忙しい父親不在の家庭の中で「家長」制度は崩れ去り、権利を主張できる団塊の世代を中心に、ますます個人主義は進んでいったといえます

    その2世たちはどうでしょうか?
    生まれたときから豊かであり、苦労した親たちは自分の夢を子供に託し、「親を乗り越えて羽ばたけ!」とのエールを送り続け「孝行」という意識は薄れていったのでしょう

    ところがこの時期、リーマンショックなどにより、40代の人々は正規雇用を得ることが困難であり、若年貧困世代に追い込まれています
    結果結婚が困難になり、少子化が加速する原因にもなっています

    格差は果たして近年の事でしょうか?
    子どもの頃も在りましたよね、、

    物質的に恵まれてきて、平等という教育の中で1970年代には、9割の人々が「中流意識」を持っていました
    ところがバブルを体験し、弾けた中で、とてつも無い「お金持ち」の存在を知ってしまい、生活が2極化していきます

    それは経済面からの「格差」という捉え方ですね

    しかし、私は経済面での格差より怖いのが「人との繫がり」の格差だと感じます
    社会構造や政策のまずさに関係なく、人々の精神面の格差が「意欲」や「向上心」を崩壊しているのでは無いでしょうか?

    社会保障が充実していない頃、老人介護は在宅でした
    それを子供たちは見て育ち、親を子供が介護するのは当たり前だった時代です

    何処までを社会に託すか、熊本震災を体験し、委ねるところと自助努力しなければならない所があることを知りました

    常に「準備しておく事」が大切ですね
    それは物質だけではなく「人との関係の再構築」が解決の鍵を握っています

  • 私たちは子どもの頃、未熟さゆえに喧嘩もしますが 仲直りも上手でしたね

    大人になると、いつの間にか人を許すことが出来なくて、怒りに駆られることがあります
    そんな時脳内では、大量のアドレナリンが放出され、緊張が続き自らを傷つけてしまいます

    マイナスのエネルギーは自分だけでなく、周りの人々をも傷つけてしまします

    人を許す事は「自分を解放する」ともいえますね
    囚われからの脱出とも言えます

    許すことが出来ないなら、忘れる事です

    「もうひとつ 心の扉を開けること」という韓国ドラマの台詞のように、フェイドアウトする事でしょう

    長年、怒りや恨みを募らせていると、心や体に悪影響を及ぼします

    ネガティブを引きずらないように、前を向く為に必要な事でしょう

    インドのガンジーは
    「弱い者ほど相手を許すことができない 許すということは、強さの証だ」と言っていますね

    自分の幼さや心の弱さ、心の狭さが「許せない」感情を引きずっているのでしょう

    私は自分の弱さを知っていますから、昔から苦手な人からは逃げるようにしています

  • >>No. 13424

    年齢を問わず、手を合わせる姿は美しいと感じます

    高齢者施設に慰問に伺うと、車椅子の方々や会話が困難な方々が手を合わせて微笑んでくださいます

    「人は神なり、仏なり」


    手を合わせる その姿が仏なのではないでしょうか?

    チベット仏教であろうと、タイなどの上座部仏教の方々であろうと、挨拶の際には手を合わせます
    基本は日本も同じでは無いでしょうか?

    ただ葬式佛教と云われるように、日本では修行に重点を置くよりも
    ビジネス化してしまった寺が多くなった為、合掌されない方々もいるのは事実でしょうね

    仏教では左手が仏さまの手、右手が自分という事で 両手を合わせることで「仏と一体になる」という意味や、感謝を表すようです

    挨拶での合掌は、相手に対する敬意を示していると思います

    ではではおやすみなさい~     合掌

  • >>No. 13419

    >儚くも 肌打つほどに 命あれ
       寄せては返す 波間のうちに  (じじ)


    キラキラと 波間のうちに 光あり
      寄せては返す 想いを胸に    (もも)


    本日はオフ日で、久々にのんびりと過しています

  • >>No. 13417

    女性政治家の中で、私が尊敬するサッチャー元英国首相

    彼女は「鉄の女」と言われながらも、実に努力と自分を律する事を知っていた人だと思います

    I do not know anyone who has got to the top without hard work. That is the recipe. It will not always get you to the top, but should get you pretty near.

    一生懸命働かないでトップになった人など 私は知りません
    それが秘訣だと思います
    必ずトップになれるとは限りませんが、近づくことは出来るでしょう

    一生懸命働いていたら(努力していたら)人がついてくる、
    政治家(リーダー)に求められているのは、男女に限らず「自らを制する事」と、速やかな「行動力」ではないでしょうか?

    彼女の魅力は決して女性であることを忘れないで、家庭生活の経験を「国の運営」に生かしていけた点だと思います

    何事も「資質」はとても重要だと感じます

  • >>No. 13414

    >・・女性政治家を作る場など「用意されていない」 男性政治家に交じった政界が 女性政治家を作る場 これが男女平等の参政権 女性政治家 専用の場など無い

    その通りだと感じます
    仕事の場に於いても、女性経営者を特別扱いされる事はありません
    男女雇用均等法に於いても性差による差別を取り除かれ、さらに女性には「母性を尊重されつつ…」という分野も配慮されています

    ここにはまだまだ多くの問題があるにしても、政治家だからという特例は存在しないと思います

    ただ「生活者の視点」を基準にするならば、女性だからこその視点を政治家自身が自ら学ぶべきではないでしょうか?

  • >蝉時雨れ 我が世の春は 短くも
      鳴いて命が 燃え尽きるまで  (じじ)

    他の昆虫に比べたら、蝉の一生は長いですね
    成虫として地上でのお役目を果たし、秋風の吹く頃にはいのち燃え尽きてしまいます

    土の中で「我慢強い」幼虫、地上で一気に活動し、存在感を示す姿には「潔さ」を感じます

    発する「音」には私たちが忘れかけていた「生々しい生命力」を感じさせる力があるようです

    現代人が失った夏の音、風鈴の音、下駄の音、せせらぎの音、風の音、、

    車の騒音やスマホの電子音、工事現場の騒音、、そこに「生々しさ」は微塵も感じることはありませんね

       蝉時雨 肌打つ音に 刺激され
         いのちあるうち 息のあるうち (もも)

    日々、出来る事に挑戦したいと思います

  • 昨日、所要で阿蘇に行きました
    夕方近くになって帰路に着こうとしたら、先方さまに引き止められ
    日没まで滞在する事になりました

    「日没後に出発されたらいかがですか?」

    どうしてでしょうか?

    「阿蘇では今の時期、トンボが一斉に飛び交っています。地震で壊れた道路を避けて、標高の高い場所まで迂回しなければなりませんね。車を運転しているとフロントガラスに衝突して、殺生する事になってしまうのです…何となく申し分けなくて、、」ということでした

    明日からお盆ですものね

    小さな生き物のいのち、自分たちのいのち、差はありませんもの、、

    「お盆には昆虫など小さないのちに乗って、ご先祖さまが帰ってくるのですから…」という母の言葉を思い出しました

  • 夏の匂いとイメージして、私が一番に思い出すのが
    「土用干し」した庭先の「梅干」です

    酸味を感じさせる香りが鼻腔に届くと、条件反射で唾液が口に広がります

    夏休みの我が家の庭、すっぱいと判っていながらも 通りがけに一粒を口に、、
    大地の恵みと太陽の熱気が 夏バテ気味の身体に渇を入れてくれます

    この天気でとても綺麗に干しあがりました

    感謝、感謝ですね

  • 生命現象の中でエネルギーの捉え方は「変化」の原動力として重要なものです
    生命の進化を促すエネルギーをはじめ、あらゆる領域にエネルギーは存在します

    この地味なスレッドにも、一つの動きが生じています

    独自の主観を客観視する為に、書くという行為に於いて取り巻く環境から発するエネルギー、
    自らの主張で生じるエネルギー、
    相互作用により、交流や反発で生じるエネルギーなど、生命現象には不可欠ですが 文字の世界に於いてもこの有様です

    ところが自然界に目を向けると、実にほど良く「平衡」が保たれているのが判ります
    土の中の微生物たちも、森の植物も、海洋に住む魚たちも、自ら発する代謝エネルギーと環境エネルギーを効率よく使いこなしています

    それに比べて人間たちの実にお粗末な事!

    「我」をコントロールする事も忘れ、他に対しこれほどのエネルギーを発することが出来るという事は、ある意味「生きる気力」の表れでしょう

    蝉時雨の如く 8月の猛暑に負けないほどの「音」が聞こえてきます


        夏深し 梢に蝉の 声きこゆ
           脱ぎ捨て落つる 抜け殻を踏む (もも)

  • 脳の発達した生物ほど、未熟な状態で生まれます

    ヒトはまさに、生まれたときから「一人では生きていけない状態」で生まれてきます

    自分を守ってくれるヒトを認識し、安堵感を得て育ちます

    常に誰かの手をかりて生命を維持し育まれ 目覚しい成長をしていきますね

    教養に関して言うと、記憶力や理解力、知識など学習で得られたものは教養とはいえないでしょう

    教養とは「他者」との人間関係をいかに調整できるかという「力」ではないでしょうか?

    それぞれの立場の人々の主張と自分の考えとの折り合いをどのように調整できるかは、まさに教養の差だと思います

    掲示板も一つの交流の場だとすると、単に「罵倒」したり、決め付けたり、切り捨てたり、相手に対する調整が出来ない人は
    「教養が無い」という風に感じられます


    常に自分と他者が同じ考えでない事を理解した上で、他者との衝突を避けようとすればするほど、苦手な相手には近づかないほうが得策だと私は思うのですが・・・

    ヾ(▽⌒*) キャハハハ
    ( *´艸`)クスクス
    o(*^▽^*)o~♪あはっ

    など 絵文字を解さない私としては、このスレッドで使用されると、とても不愉快です

    多くのスレッドをお持ちのようですので、そちらのみでご使用ください

  • 人間は霊長類と言われますね

    「霊長」という言葉には地上の動物の「長」たる者であるという意味でしょう

    ヒトは世界中の何処ででも 環境に順応して生活する事が可能であり、それは「脳」の発達によるものでしょう

    それ故「ルーツ」を知るだけで、その意図を理解し「分かり合える」という能力を有しています

    まさしくヒトの「長」たる所以は 相互理解であり 体力では他の動物に劣りますが、知恵を持って助け合うことが可能な生物であるという事では無いでしょうか?

  • 国籍や人種にこだわりすぎている人々へ、、

    https://www.youtube.com/watch?v=tyaEQEmt5ls

    DNAは正直ですね

    ルーツを辿ると国籍はありませんね
    そのルールを、地球上の誰もが自分の中に有しているという事実を認めると、争いは少なくなる事でしょう

  • 情報過多の社会に於いて わたし達の5感は刺激を受けすぎて 正常な神経が麻痺しているのではないかと思われるような現象に遭遇する事があります

    感覚器官からの強い刺激は わたし達の意識までも麻痺させてしまっているのでは?と思うことさえあります

    外部にばかり向けられた意識は 他人との軋轢を生んだり 不満ばかりが充満してしまいます

    そもそも「意識」とは内側に向かうものではないでしょうか?
    「心」とか「思いやり」とかは、自分の内面から湧き出る情を 改めて意識する事で「認識」が生まれます

    外にばかり向けられた感覚は 物欲から生じる様々な軋轢を生み 自然や他者に対する配慮に欠けてきます

    その点、植物は人間に比べて実に見事な能力を持っています
    宇宙の神秘的な働きばかりでなく まわりの人間の感情までもキャッチする能力です

    自分にとって心地良い空間なのか、否か、瞬時に判断しその後の生長に大きな差が生じますね
    過去を記憶する能力もありますし、空間認識にも長けています

    万物の霊長と言いながら、人間の方がよっぽど人の思いを汲み取れない場合もありますしね、、

    植物たちは知性をもち 仲間を助け 昆虫や微生物との連携をしながら「個」を大切にしつつ 適応能力を自ら引き出して生息しています

    自然の摂理によると「生物の集団形成」も一つの生き残りの手段となりますね

    人間の知性よりも植物たちの知性の方が 実に清清しく感じることがあります

    空き地に根付いた雑草、草の香りが漂ってくるようです

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