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投稿コメント一覧 (2368コメント)

  • >ここで いつもの鴨長明 方丈記

    川の流れは絶えずして しかも元の水にあらず・・は余り関係ないが 川の流れは絶えずして しかも元の位置にあらず

    この部分を読んでましたら、加藤清正の事を思い出しました

    江戸時代の治水工事といえども、科学的根拠をもって川の流れの状態を計測していたということです

    「流量計」なるものが無い時代、彼はどうして「川のながれ」を計測していたのでしょうか?

    それは、上流から「半紙」を流し、ポイントとなる観測地に人を立たせて、それぞれの場所による流量の差を分析しながら、引き込む井手の水量を決めていたようです

    川をながれるのは「大きな桃」や「一寸法師」だけでは無かったようです

  • 中州の土地は誰のものか?
    竹の子を取ってもいいの?と、疑問が湧いたので調べたら、
    河川法が昭和40年、4月1日から実施され、それ以前に中州に畑を作っていたならば、その人の所有となるそうです

    昭和40年以降は、届出をして認められると「所有権」が発生するとか、、

    でも勝手に畑にしてしまうと、川を管理している国や県から警告を受けるようです

  • 10年ほど前、過去の水害についての専門的な調査に加わったことがあります
    「未曾有の雨量」という危機的な状況の中で、河川の治水工事は言われるように昔からの課題でした

    熊本には土木の神様といわれた加藤清正の素晴らしいお手本があります

    清正は「後世の人の為に」が口癖で、事前調査を徹底的に行ったという記録があります
    それは、自然に逆らわず「流れ」を 強制的にせき止めるのではなく、井手を作ったり堰を駆使したりして、水害を最小限度に食い止める為の知恵が施されています

    今の治水工事は、新しい技法や工事材料などの研究はなされていますが、ハザードマップを無視した「住宅開発」や、山林の伐採など、人災とも言える要素も見受けられますね

    「天災は忘れた頃にやって来る」という名言で有名な物理学者の寺田寅彦は 自身のエッセイの中に

    「文明が進むほど 天災による被害も大きくなる」と書いています

    科学技術の発達の裏で、自然の猛威に対しては 私たちはまだまだ無防備であること、行政の政策の中に「連携」と言う要素が加わらない限り、大規模災害が無くなることはないと思います

  • 日本昔話の声優をされていた「常田富士男さん」が7月18日に逝去されましたね

    アニメ 日本昔ばなしでの 懐かしい語りが思い出されます

    常田さんは小学校3年生から 熊本県の阿蘇郡南小国町で生活されていました
    この地は自然豊かな場所で、子どもの頃の情緒を育むには最適だったのは無いでしょうか?

    「むか~~し、むかしのことじゃった・・・」とはじまる語りには常田さん独特の趣がありました

    「物語」と云うのは 現実性から少しはなれた 偶然が作りだすお話の事で、幼いころ 現実との境がまだわからない子供たちにとっては、想像力や空想力を磨く素晴らしい教材となっていたことでしょう

    物語の中には しつけに絡めたものや、戒めになるものなど
    子供の中に「核」となる善悪の基準をぼんやりと認識させる意図があったかのように想われます

    俳優としても活躍されていた常田さんですが、訃報に際し
    「むかしばなし」のあの独特な声は 忘れられないものとなりました

    ご冥福をお祈り致します

  • 共感覚については大きな関心があります

    植物と関わっていて、喜びの収穫の際、作物たちの声を聞くことがあります
    「こんな風に料理して欲しい」とか、
    「どう?立派に育ったでしょう!」とか
    対話を通じて、喜びが一層増幅されることを自覚した瞬間、これは空想を越えて 妄想に通じるのではと思えるほど
    主観的な概念が 次なる発見に繫がることがあります

    このとき「ひらめき」として「新製品」が生まれ、新しい加工方法を思いつくという事が起こります

    薬膳という考え方で食材と向き合うことで 「いただきます」の精神を充分生かすため 「共感覚」を活用する事により、植物の持っている「生命エネルギー」を最大限に取り込むヒントを植物自らが「声」として発していると感じるからです

    生命エネルギーの高い野菜には 害虫と云われる虫が付きません
    声なき声で 虫たちが嫌いな波動を出す為、近づくことが出来ないのだろうと想像しています

    現実味を帯びた想像から、ファンタジーの世界に通じる空想へと発展し、根拠のない主観的妄想へと発展していても
    見えないけれど「感じる」という「共感覚」を磨く事で 人生の風景に「奥行き」ができる楽しみを 味わえるのでは無いでしょうか?

  • こんばんは!
    皆様、暑中お見舞い申し上げます

    当方も連日の猛暑で、寝苦しい夜もエアコンが一晩中大活躍です

    朝窓を開けると、早朝からの蝉時雨、、
    涼を求めて標高の高い山道に向かうと、草むらからいろいろな虫の「音」=声が聞こえてきます

    ずっと前に読んだ本で、日本人とポリネシア人だけが虫の鳴き声を「声」として認識できるとのことで 驚いた記憶があります

    右脳は雑音や音楽、機械等の音を認識し、左脳は言語脳と云われるように 人間の会話を処理する役割を果たすそうですが、日本人は虫の音を「声」として左脳で聞いているのだか、、

    他の人種の人々は、虫の声を「音」として右脳で聞いて処理しているのだそうです

    虫の音以外にも、小川のせせらぎや風の音、雨音なども日本人は言語を処理する左脳で聞いているのだそうです

    どうしてでしょう?

    それは日本人が持つ、独特な季節感や風情や情緒を楽しむ世界観にも原因があるようです

    八百万の神をはじめ、多くの生き物に宿るいのちに対する畏敬の念が、音ではなく声として受け止めると考えると納得できる気がします

    人工的なエアコンの室外機の音に混じって リーンリーンと虫の声をキャッチできただけで、そこにしばしの涼を感じたり、季節の変化を重ね合わせるという趣が生まれます

    自然の声をキャッチする事で生まれた短歌や俳句、
    擬声語という「声」を分析して 自然と対話する楽しみから生まれたのでしょう

    ひとりして 寝息たてたる 夏の夜
       眠りを阻む やぶ蚊一匹  (もも)

    やっと寝付いたのに、蚊が耳元でささやきます


    暑さと虫の声で眠れない夜です

  • >>No. 18312

    >芸実作品

    芸術作品でした(笑

  • >>No. 18309

    全て事象は表裏一体であるといえるが如く、歴史を検証すると 視点を変えるだけで 嘘と真実 善と悪 が複雑に入り混じっている事がわかりますね

    現在が 対戦前の時代背景と似ていると言われます
    歴史が繰り返されるのか、それとも歴史から学ぶのか 芸実作品の中には そういうメッセージが込められていると思います

  • >>No. 18308

    この作品は、三船敏郎が出演していない、地味な人間のこころの影にスポットを当てた作品です

    派手な演出もなければ、役者も素朴な表現に徹しています

    しかし、白黒だからこそ人間臭さが際立ち、ずっとこころにのこる作品でした

  • こんばんは!
    お久しぶりです

    黒澤明監督の作品で一番好きな作品は 「生きる」です
    若い頃鑑賞したのですが数ヶ月前 見なおすと 私自身が人生の体験を重ねた分 さらに味わいが深まった感動を覚えました


    平凡な市役所職員が 人生の終盤に来て「公務員」たるものの基本に立ち戻り 市民ファーストの立場で上司と対峙する場面など
    今の時代にも通じる「生きる意味」を問いかけられている気がしました

    これはどのように生きるか?というよりも、どのように死ぬか?という 人生の課題を問われているともいえます

    ぜひ ご鑑賞ください

    もも

  • >ある学者は 人間の「腸内会」には 数百種類以上の腸内細菌が生息していると述べていますが これは 人間の 遥か遠い昔 バクテリアから動物に変異したので バクテリアの諸君と、共存共栄で 人間は 健康維持 生命維持しているものと思われます

    現在は無酸素状態で生存している菌の特定研究が進み、500~1000種類の菌が特定されるようになりましたね
    体の全ての常在菌は数にしても500~1000兆個におよび、重さは1.5kにもなるそうです
    これはもう、体の一部だといえます

    >義兄弟であるバクテリアを、始末にすれば 仁 義 徳の人の道に外れるでありましょう
    我々の 遠い遠い 天皇の先祖より ずっと遠い昔 我々人間は バクテリアから進化したものでありましょう


    免疫を左右する腸内細菌の大切さは 食文化に大きく影響してきました

    それ故、この微生物をより強くする食事、つまり醗酵食品を取り入れる事で、ご腸内の「平和共存」を保てば、病になるリスクを避けることが出来るわけです

    気象の大変化により、来るであろう食料危機に際しては、体維持のために少量でも腸内細菌を元気にする為の食材の開発が必要と思われます

    それは当然、人工的な添加物たっぷりの加工品ではなく、自然のエネルギーを含んだ微生物を元気にする食品の開発こそ、次世代に求められるものなのでしょう

    日本の調味料を初め、伝統食はまさに理想のバランスを保っています

    合掌

  • >火星は 昼間は数度 夜間はマイナス100度 大気は主に窒素 劣悪な環境で 有機高分子(DNA)が 合成される可能性は 低いと思われます かりに有機物が存在していても ウイルス類 バクテリア類程の誕生がありえても 植物 動物の誕生は 非常に低いと思われます

    これに、全く同意です

    現実に地球でも、バクテリアは存在しても、自身で培養できません
    自然界では環境が整わないからです
    それは生命が本体を守る為でもありますが、細菌等は一定の環境が整わないと、増殖すらできません

    別の生命体に寄生することで細胞が複雑化したり、進化が進むのですから、土星のような環境に於いては、厳しさのあまり飢餓状態のまま、休眠している状態を創りだし、そこからの変化はありえません

    地球がいかに恵まれた星なのか、生命体にとっては楽園と言えるでしょう

  • 生物の発生や進化が起こるには「エネルギー」の存在が不可欠ですね

    「神のご意志」により選択肢があるわけではありません

    しかし、このエネルギーの分野が科学や医学の分野で無視され続けてきた為に、現代病と云われる癌や免疫疾患、精神疾患の面での解決策の見出せなかったといえないでしょうか?

    生命体というものは環境の中から選択した、あらゆる物質とエネルギーを取り入れて 生命を維持するエネルギー反応系であるといえます

    環境から取り入れる(重力、気圧、温熱、光波など)もの、
    動物が行動する事で発生するもの、生体力学など、
    ミトコンドリアの細胞呼吸による代謝エネルギーなど、

    これらが 複雑に取り込まれた中で生命は発生し、進化したのでは無いでしょうか?

    それゆえ微生物、植物、動物、地球上に存在する全ての生き物が 全て共存の関係にあることを体系付ける事により 確認できると思います

    これは原始時代にすでに「精霊」と言う存在で多くの原始信仰の原点になったものと同じ結論に至ります

    つまり、近代科学によって認識・検証されたことは、すでに古代人はそのことを「自然の摂理」として理解していたということになります

    違うのは科学者は自然界の謎の背後に「物理学的法則」を当て込んで、古代人は「精霊」を見いだしていたということで、同じ「認識回路」になっています


    DNAは安定した遺伝情報ですが、その前の段階を言うならば、
    無機質が化学反応により有機質に変化し、RNAが細胞膜を作り出し、その膜の中でアミノ酸が作られ、たんぱく質が作られ 複製を作っていく段階で、より安定したDNAに情報が引き継がれていくと思われるのですが、、

    ここから先の段階として、エネルギーの取り込み方により、多様性が生じていくのでしょう
    遺伝子にスイッチが入ったり、変異したりと、このバランスにより生命は変化して行きます

    それ故、現在私が考えている「微生物」を主流にした病気への対策が、結果的に生命体に大きな変化を起こすという結論に至ったわけです

    そこには「エネルギー」の存在が不可欠なのです

    それ故、野菜も無農薬だけではダメで、生命エネルギーの大きなものを 作り出す必要があります

    話しが飛躍しましたが、とても納得できる投稿でしたので、コメントさせていただきました

  • とても痛々しいのですが、このようなデーターもあります

    http://kangaeru.s59.xrea.com/nikushin.htm

    北九州市在住の保護司の方との交流があるのですが、
    少年犯罪の根っこには、境遇が大きく影響しているという事です

    親が子供に対する愛情が不足している場合、むしろ他人の手で育てられた方が親を客観的にみれるのでしょう

    「おやっさん」と呼ばれている70代の知人に紹介された数人の若者たちは、10代の頃、親と引き離された為に犯罪を犯さずに済んだと自分の半生を語っていました

    資源の少ない日本では、人材こそが国の宝として、他人でもその生育期に関わることで、多くの解決策があるのでは?と思います

    紹介された若者たちは現在40代になっていますが、仕事を通じて交流をすることで、擬似家族のような 不思議な関係が出来上がっています

    血のつながりで生じた 憎しみ=言葉を変えると愛情 を、上手くコントロールできて、「生んでくれたこと」に感謝以外の感情を入れなくとも大丈夫なように、他人の愛情が必要な時もあるのでしょう

    人との絆は、血のつながりを越えるということだと思います

  • おっしゃる事は良くわかるのですが、視点を変えて考えてみましょう

    尊属殺人は直系間での事件をさしますね

    しかし、昔の日本の方が、今よりももっと多かったというデーターがあります

    http://kangaeru.s59.xrea.com/G-sonzokusatu.htm

    親を殺すという事件に限ったデータですが、今の人口の7割程しかない時代ですから驚くべき数字だと思います

    これは「人としてのあり方」を問う前に、人々が血族同士、いかに親密であったかということの表れではないかとも言えませんでしょうか?

    「愛情の深さ」は「憎悪の深さ」に通じ、甘えが一気に真逆の殺意にも通じているのでは無いでしょうか?

    外国で尊属殺人が少ないのは 自立心を重んじ、家から子供を外に出し、親子といえども一定の距離を保っている分、愛情と憎しみの「振れ幅」も少ないのだと思います

    一方で他者に対する殺人は、外国の方が多いといえます

    日本は近しい人たちがより密接に生活し、血族同士の繋がりが深い分「可愛さ余って憎さ百倍」とか「逆鱗に触れた瞬間、身内に対する甘えから自制が働かない」ことで 魔が差す瞬間を迎えるのではないでしょうか、、

    近所付き合いが少なくなった 孤立した家族にとっては、愛情も憎しみも 家族同士に向かうものだという事を理解した上で、
    親も子も程よい距離感を忘れず、他人が関わる部分を持たないとこれからも増える傾向にあると思います

    お釈迦様は5つの大罪を上げて、その中でも「子供が親を殺す事」に対して説いておられます
    尊属殺人のなかでも、「親殺し」は許されない重罪といえます

    戦前の教育に「教育勅語」が必要だったのは
    「父母に孝行をつくし、兄弟仲良くし 夫婦は仲むつまじく・・・」と、教育を通じて 現状を憂慮しての事ではないでしょうか?

    これから介護の問題などを巡り、ますます不幸な出来事が起こりやすい環境になってくると思います

    親子の距離感を含めて、深刻さを感じている人々が追い詰められる事のないように、お節介な他人のかかわりが 必要になってくると思います

  • 人は神なり 仏なり、、

    どちらも常に現世を生きる人々と切り離せない存在で、ころ良く共存する世界観が、江戸時代までの風潮でした

    近代社会になり、「神道」と「仏教」は 大きく切り離され
    人々は自問自答しました
    「純粋な信仰心があるか?」と云われたら、わからないという答え=無宗教となってしまったのでは無いでしょうか?

    もともと「いいころ加減」が日本を支えていました
    極端に「教義」に忠実な宗教観があったわけではない日本人は、新興宗教と云われるオウム事件以来、怖れてしまい「無宗教です」という分野に自分を入れることで、大切な事を忘れてしまったといえます

    それは宗教家と云われる人々の責任もあるでしょうが、信仰は一人ひとりのものですから、考えてみる必要があると感じます

    除夜の鐘を聞いて、神社に参るという風習の意味を考えると、実にそれは理にかなった行為だといえます

    中道というのは、どの分野にも当てはまるものですから、、
    手を合わせて祈る行為こそ、自己吟味といえます

  • 人々がまだ自然に対して 畏敬の念を持っていた時代、手を合わせる習慣や、神と仏を分離せず、神仏習合の時代には それぞれが「お互いさま」の精神で 謙虚さや感謝が生まれていました

    開国と同時に 明治政府は廃仏毀釈を推し進め、人々の心の中にあった神仏まで分離してしまいました
    これも、西欧諸国の思う壺だった事でしょう

    天皇を神とする為に、仏はずっと押し下がった状態といえます

    太平洋戦争の戦後処理の中で、「神風」の精神が若い世代に植え付けられることに恐れを感じたGHQは 次世代の教育の分野にどんどん踏み込んで、子供たちに対してますます神仏分離の精神を植えつけました
    「政教分離」を楯にして 宗教色を一掃した教育です

    日本家屋は神棚と仏壇が仲良く共存する作りになっています
    世界的にも珍しい宗教観があり、ころ良く共存する事で 争う事はありませんでした
    伊勢神宮の天照も大日如来と表裏一体であるという事は、仏教を学んだ人ならば 周知の事でしょう

    チョコレートや食料を与えながら、長年に渡り、平和に処理されてはいますが、人々の心の中から、
    「手を合わせる」とか「思いやる」とか「感謝する」とか、
    「耐える」とか、そういう慈悲の心を持った人々が激減し
    「権利」を主張するだけの人々が増加したのは 事実です

    アイデンティティーの崩壊は 侵略の中でも「こころ」「スピリッツ」に踏み込んでいますので、現在日本が抱えている諸問題の根源にもなっていますね

    しかし、災害や困難に際した時、遺伝子が目覚め、人々は助け合う事で生き残る事が出来ています

    人口が減少し、大量の外国人労働者が日本に入ってくる中で、平和ボケしているといわれている日本人は、果たしてしっかりと未来への備えが出来ているでしょうか?

    無宗教と云われる多くの日本人が介護するよりも、信仰心溢れるアジアの人々に看取られたいと思う高齢者が増えているそうです

    矛盾していますね
    今後 介護が必要な世代こそ 我が子世代を「無宗教」という立ち位置に育ててしまった「ツケ」を自らが受ける事になるでしょう

    最小単位の社会である「家族の崩壊」こそが、勝戦国の狙いだったとしたら、日本は見事に長い時間をかけて 大きな代償を払っているといえます

    そう思うと、多くのシステムが壊れ始めている事は、これも自然の摂理と思わざる得ません

  • 江戸時代が大好きで、いろいろな視点から資料を集めたり、江戸の文化や風習に触れたりしていますが、人口に関する危惧も江戸時代にもありましたね

    江戸時代の中期から明治にかけては、人口は減少するか横ばい状態でした
    ひとたび大きな飢饉に見舞われると 人口は大幅に減少しています

    その際 現代のようにリストラや改革を余儀なくされ、人々は今以上に将来に対する不安があったことでしょう

    幕府は3度の大きな改革を行い 人々は生き残る為に「努力」と「智恵」を出し合い、それまでにない方法で「助け合う」ことを余儀なくされました

    人口減少期にこそ、仕事の仕方や商品の作り方、お客さまとの関係などを大きく見直し 驚くべき「逸品」が誕生するのだと思います

    現在に残っている「伝統工芸」「特産品」は、こういう厳しい時代に人々が工夫をした事で生まれたものです

    限りなく成長する経済はありえないと思っていますから、生きていく為に、少し後退したように見えても、人と人の距離は 実は近くなっていくと思います

    震災の時、挨拶を交わしたこともない人と、避難所で生活を一緒にするとき、不思議な連帯感が生まれて 助けあう暗黙のルールも出来て、人々は苦難を味わっていましたが、孤立はしていませんでした

    人口が増え続けることが良いことばかりでは無いでしょう

    江戸の絵図をみると 町中に「物売り」がひしめいています
    どちらさんも必死で お客さまを飽きさせません

    宵越しのカネは無くとも、「てやんで~」と明日吹く風に任せる生き方をしてきた「粋さ」は 見習いたいものです

    ごまめの歯軋りをしながら、買ってくれる人を探し探し、売り歩く時代や 御用聞きの時代が再来すると、嫌でも人との会話が成立してきます

    しかし それにしても江戸時代と違うのは、庶民と云われる人々の中にこれほどの格差はありませんでした

    急激な変化は人々の意識をも変化させ それが消費を落ち込ませ
    気分まで暗くしている事は間違いないですね

    不安材料ばかりに囚われず、生きている今日を 豊かにたのしみましょう・・・と、本日も頑張りました(笑

  • 植物を育む土壌の力=地力は、何で判断するかという専門的なお話をわかりやすく説明すると、

    物理性(土壌粒子の形状や粘度など)と化学性(水溶性の化学物質がどれ程溶けているか)、微生物性(有機質をどれほど含んでいるか)の3点のバランスの良い、重なり具合で決定していきます

    地力は腐食性が高ければ高いほど大きく、一般に言う肥えた土はきのこ類が生えてくるようであれば、完璧に地力が高い土といえますね

    それ故、この地力を高める為にさらに日本の土壌に不足しているカルシウムを充分与え、マグネシウムやカリウムなどのミネラルと整えるだけで、余計な事をしなければ植物は化学肥料を使ったり消毒をしなくとも、どんどん成長して行きます

    日本の農業は戦前まで、家畜の生糞や人糞で行ってきました
    原始的に見える農法が実は、実に自然に逆らわない環境に優しい農業だったといえます

    連作障害をなくすために、大豆を栽培すると「根粒菌」の働きで微生物性がUPし土壌が改良に貢献します

    体の免疫力と同様に、土に任せておけば自然とバランスを保ち、地力は増します
    現代農法は人間の作った化学物質こそが、バランスを崩す原因そのものになっているという矛盾したばかげた事を行っているわけです

    これは抗がん剤による治療と同じ事です

    「共生」する生物同士の力を信じて、手を加えすぎないで作物を栽培する事により、生命エネルギーの高い植物が収穫できます

    植物の生体防御反応=ファイトアレキシンを引き出せるようにすると「害虫」が植物に寄り付かなくなります

    よって殺虫剤や消毒剤も不要ということです

    隣の畑で、化学薬品を使っても、すぐさま中和剤を葉面散布する事で、農薬は検出されない野菜が作れます


    無農薬野菜には虫が来るという常識が、覆るということになります


    これをこころある農家の方々に、説明しながら取り入れてもらっているという訳です


    朝鮮人参に関しては、根の部分に薬効があるのですが、岩の間に根を張る朝鮮人参の根の部分には、過酷な環境の中で如何にして養分を取るかという植物の必死さが伝わり「根酸」という元気を出す成分が蓄えられます
    効果が大になる理由といえますね

  • >おお! 友よ

    と、呼びかけてくださり、本当に嬉しく思います

    掲示板でお会いしてからもう何年になりますでしょうか、やがて10年?
    数ヶ月のブランクがあっても、お互い大病を患いながらも「友」
    つまり「ソウルメイト」ともいえる存在であることを嬉しく思います

    黒猫さんは、とても辛口で本当の事をズバリ言ってくださるので
    その「情」に甘えて、奮起し、起き上がることが出来ています

    身体的理由や仕事上の都合で、なかなか書き込み出来ませんが
    今後ともよろしくお願い致します

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