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  • 真実教えて」母親の訴え、赤ちゃん取り違え問題
    4/19(木) 19:22配信
    TBS News i

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     順天堂大学の附属病院で51年前、赤ちゃんが取り違えられた可能性が高いことがわかった問題、母親が初めてカメラの前で取材に応じました。母親は「真実を教えてほしい」と訴えています。(19日15:54)

    最終更新:4/19(木) 19:54
    TBS系(JNN)

  • 言うまでもないが、新生児の取り違え事故が1件あれば、取り違えられ、本来とは別の人生を歩まざるをえなくなった人は、必ず2人いることになる。

     この男性が、育ての親と顔も性格も似ていないのであれば、もう一方の被害者も、引き取られた先の親や兄弟と容姿も性質も異なっていたであろうことは、容易に想像がつく。「みにくいアヒルの子」よろしく大きなハレーションが起きていたとしても、なんら不思議ではない。

     だが、順天堂の関係者はこう語る。

    「その男性は順天堂医院を訪れて、本当の親に会いたいと訴えたのですが、順天堂側はそれを拒んだのです。しかも、“取り違えられたもう一方は平穏に暮らしている可能性が高いのに、それを壊してはいけない”というのがその理由です。そして、男性に金銭での解決を提案し、和解金を支払う代わりに、取り違えがあったことを一切口外せず、もう一方の相手を探さないことを約束させた。最終的に男性は押し切られてしまった格好です」

     病院は相手を探すことに協力してもよかったのではないか、という思いを、関係者は滲ませるのである。

     男性に対する順天堂の対応は、倫理的にどう評価されうるのだろうか。医療事故に詳しい田村勇人弁護士に尋ねると、

    「病院側が勝手な判断で患者の個人情報を開示すると、情報を曝されたほうの家族から、損害賠償請求をされる可能性があります。それを避けたいのでしょう。また、取り違えの事実が明るみに出て、もう一方の家族が名乗り出た場合、病院側はそちらの家族にも賠償金を払わなければいけなくなる。単純に倍のお金がかかりますからね」

     そう言いつつ、病院に注文をつける。

    「その男性の方が、もう一人を見つけたいというのであれば、病院はできるかぎりの協力はして然るべきだと思います。法的に義務が生じるかどうかは判断しかねますが、人としてというか、倫理的にはそうすべきではないでしょうか」


  • 被害者の告白

     そんな小林さんが、今回、重い口を開くにいたったのは、本誌記事を受けて学校法人順天堂がHPに掲載した〈お知らせ〉がきっかけだったという。

    「誠意がないばかりか、偽りが多い。こうなれば私が話すしかないでしょう」

     と順天堂への不信感を漏らすのは、小林さん本人だ。

    〈お知らせ〉が掲載された後、順天堂の代理人弁護士から小林さんの元へ、〈通知書〉が送られてきたという。そこに小林さんへの謝罪の言葉はなく、代わりにあったのは〈(HPで公表はしたが)合意書に基づく貴殿の守秘義務が解除されることにはなりませんので〉〈貴殿らに守秘義務違反があった場合には、しかるべき対応を取る所存ですので〉といった文言だった。

    「これって恫喝じゃないですか? ホームページでは〈心よりお詫び〉と言って世間体を取り繕って裏で恫喝する。どういう病院でしょう」

     そして、こう訴えるのだ。

    「本当の親が知りたい。それだけなんです。知る怖さはあるけど、知らないでいるほうが幸せだなんてことは絶対にない。近所の親子連れを見ても、親子が出てくるドラマを見ても“俺の本当の両親はだれなんだ”と考えてしまいます――」

     実は、さかのぼること45年前には、わが子の取り違えを疑った小林さんの母が、順天堂医院を訪れたことがあった。ところが病院は取り合うことなく、“訴えればいい”という態度だったというのだ。

     4月12日発売の「週刊新潮」では、小林さんの告白を掲載すると共に、順天堂の心無い対応などを報じる。カメラの前で小林さんが心情を語ったインタビュー動画は、現在「デイリー新潮」にて公開中である。

    「週刊新潮」2018年4月19日号 掲載

  • 実の親になぜ会えぬ 51年前の当事者
    . 毎日新聞2018年4月17日 03時05分(最終更新 4月17日 09時15分)


     「実の両親に会って、私が何者なのか知りたい」。順天堂大順天堂医院(東京都文京区)で51年前に起きた新生児取り違えの当事者の男性=東京都=が、毎日新聞の取材に応じた。病院側はミスを認めて男性に謝罪したが、実の親に関する情報提供は「相手方の平穏な生活を乱す」と拒否した。国内に同様のケースを想定したルールや法律はなく、情報開示の是非が議論を呼びそうだ。【原
    .

  • 話し合いはその後、数カ月にわたって重ねられ、

    「16年12月、不本意ながらも話がまとまり、ほぼサインするだけになりました。ところが年明けに順天堂側の弁護士が代わり、積み重ねてきた話をひっくり返したんです。怒りがこみ上げましたが、長い話し合いで疲弊し、母も“もういい”と言うので、押し切られる形でサインしました」

     その結果、小林さんは金銭こそ手にしたものの、なにひとつ満たされないままだという。

    「本当の親が知りたい。それだけなんです。知る怖さはあるけど、知らないでいるほうが幸せだなんてことは絶対にない。近所の親子連れを見ても、親子が出てくるドラマを見ても“俺の本当の両親はだれなんだ”と考えてしまいます。50歳をすぎて本当の親を知っても、いまさら人生は変わらないでしょう。それでも知りたい。仮に私が生まれたとき30歳だったら、もう80歳。時間がないけど、ギリギリ間に合うかもしれない。母だって本当の子供に会いたいはずです。私は最後の親孝行に、母の本当の息子も探したいんです」

  • “金銭で解決したい”

     DNA検査の結果が知らされたのちに時計を進める。16年1月13日、小林さんは順天堂に出向いて「取り違えられたみたいなんですけど」と伝えたという。病院との最初の話し合いがもたれたのは3月3日。

    「小さな会議室で“どうやら事実のようです”と告げられました。病院側の出席者は4人。私は“本当の親に会わせてほしい”と訴えましたが、病院側は“それはできない”。院内でも意見は割れたようで、看護部長さんら女性スタッフの間では“公表して引き合わせるべきだ”という意見が多かったそうですが、多数決で公表しないことに決まったというんです」

     順天堂はその方針を崩さず、それが小林さんの拭えぬ不信感の源泉だという。

    「取り違えの相手方は平穏に暮らしているかもしれず、その家庭を壊してはいけない、というんですが、おかしいと思う。事実が判明した以上、公表して相手に伝えるのが義務でしょう。それに見た目も性格も違う家族のなかに一人置かれたら、平穏に暮らせないというのが私の実感です。病院の説明では、私が生まれた日に院内にいた新生児は24名。その日に生まれたのは私と、15分違いで生まれた男の子の2人だそうです。だから相手は半ば特定されているのに、順天堂はきれいごとを言って事実を隠ぺいしたんです。4月12日に行われた2回目の話し合いでは、順天堂の顧問弁護士から“金銭で解決したい”と、はっきり告げられました」

  • 「母と離婚した父に結婚を報告しようとしたら、“会いたくない”と拒まれて疑問を感じてね。同じころ祖母から“あんたはこんな苦労する必要なかったのに”、親戚からは“(両親は)あなたの血液検査が原因で離婚したんだよ”と言われて、どんどん疑問がふくらみました。考えてみれば、私は顔も性格も母に全然似ていない。母に“本当に俺はおかあさんの子?”と聞いてみましたが、“橋の下で拾ってきたのよ”とはぐらかされましてね」

     そんな母親が、小林さんにようやく疑念を打ち明けるまでには、さらに20年ほどを要したのだ。

  • 両親の離婚、母の精神病

     小林さんが覚えてきた違和感は、色も姿も異なるアヒルのひなの群れに放り込まれた白鳥のひなの違和感に近いか、またはそれ以上であったようだ。

    「私が生まれたのは1967年1月半ば。母に聞くと、初めて取り違えを疑ったのは、私が小学校に入るときだそうです。当時は小学校に入学するとき血液検査を受けたんですが、うちの両親は2人とも血液型がBなのに私はA。生まれるはずがない。母は出産した順天堂医院に何度も行って“取り違えがあったんじゃないか”と相談したのに、“だったら訴えろ”と、無下に追い返されたといいます」

     以来、悲劇は日増しに拡大していく。

    「直後、会社を営んでいた父が家からいなくなりました。私が生まれるはずのない血液型なので、父は母の不倫を疑い、離婚になったと聞きました。以後、母は精神病院への入退院を繰り返し、その間、私は祖父母や親戚の家に預けられっ放しになったんですが、小学3年のとき母が再婚しましてね。やっと普通に暮らせるかと思ったら、新しい父から毎日つらく当たられた。弟にはやさしいのに、なんで私にはこんなに厳しいのか解せなくて、何度も自殺を考えました。いまにして思えば、私は不倫の子。母親の人生が滅茶苦茶になった原因だと思えば、私が憎く思えたのでしょう」

     継父に虐げられる日々は、その後も続いたという。

    「小学生のときサッカークラブに入っていたら、継父に“金がかかるから”とやめさせられました。貧しくて、中学に入ると生活費を稼ぐために朝日新聞の配達もしましたよ。高校受験では都立高校に合格したのに、継父から“うちには学費を出す余裕がない”と言われ、行けなかった。仕方なく実家近くに家賃1万8000円のアパートを借りて、食品工場に就職しました。母が時々きてご飯を作ってくれましたが苦しかった。それからしばらく職を転々としてから定時制高校に入り、ラーメン屋や鉄工所で働きながら卒業しました」

     その後、小さな会社を自身で営み、20代のうちに結婚するが、そのころから違和感が強まったという。

  • 順天堂「取り違え」被害者がすべて告白 不倫疑いで両親離婚、母は精神病を患い…
    4/19(木) 8:02配信
    デイリー新潮

    順天堂「取り違え」被害者がすべて告白 不倫疑いで両親離婚、母は精神病を患い…
    順天堂の回答は…

     本誌(「週刊新潮」)が報じた、順天堂大学医学部附属順天堂医院の新生児取り違え事件。記事掲載後に順天堂はホームページにて〈お知らせ〉を掲載し、報道内容を概ね認めている。その一方で、取り違えられた当人である小林義之さん(51)=仮名=の元には、順天堂の代理人弁護士から〈通知書〉が送られてきたという。内容は〈貴殿らに守秘義務違反があった場合にはしかるべき対応を取る〉と、まるで“恫喝”……。

    「順天堂の〈お知らせ〉は誠意がないばかりか、偽りが多い。こうなれば私が話すしかないでしょう」

     当初は順天堂の“口封じ”を理由に取材を拒んだ小林さんだったが、今回、すべてを告白した。

     ***
    .

     もっとも、今回事が露見する前から、小林さんの順天堂に対する堪忍袋の緒は、擦り切れる寸前だったという。その理由を伝えるには一から話すしかない――と観念した小林さんは、ゆっくりと語りはじめた。

    「母に“話しておかなきゃいけないことがある”と言われたのは、15年11月です。母の姉がいる介護施設でのことで、自分もいつ姉のようになるかわからないと思って、切り出したんじゃないですかね。“私とあなたは血がつながっていないかもしれない”“薄々感じていたでしょ”って。あまり驚きませんでした。私は“やっぱりね”と答えたくらいですから」

     すぐにDNA検査を受け、結果はクリスマスイヴの晩、電話で伝えられたという。

    「親子である確率は“0%です”と。やっぱりな、と思いましたが、すぐに“なんでこんなことが”“許せない”という気持ちがこみ上げてきました。これまでの人生でのいろんな違和感が一気につながって、放心状態になりましたね」
    .

  • <新生児取り違え>当事者男性と家族が要望書 原因検証求め
    4/19(木) 18:52配信
    毎日新聞

     順天堂大順天堂医院(東京都文京区)で51年前に起きた新生児取り違え問題で、当事者の男性と家族が19日、原因の検証を求める要望書を厚生労働相や日本医師会などに提出したことを明らかにした。

     要望書で、母親が40年以上前に取り違えを疑って調査を求めたのに医院が応じなかったことについて、男性側は「対応が悔やまれる」と指摘。厚労相らに原因の検証と再発防止に向けた対処方法の説明を求めている。また、「今となっては元に戻らない人生を歩んでいる」「育ての親、年老いた母を、悔いを抱えたまま見送りたくない」と複雑な心境も記している。【原田啓之】

  • 私の写真アルバムに、「首里城の模型」がありました。

  • みなさん
    こんばんは♪
    いかが、お過ごしですか。
    お元気で、ご活躍の事と思います。
    私は、今日も、頑張らずに、頑張りました。
    読書、絵描き、ウオーキング、外国語の学習です。
    絵描きしながら、浮世の辛さを忘れるようにしています。
    この世知からい浮世を渡るのは、85歳の老いぼれにとっては、
    苦しいことでございますが、川の流れに身を任せています。
    人生は、成るようになるというから・・・頑張らずに頑張ります。

  • みなさん
    こんばんは♪
    いかが、お過ごしですか。
    お元気で、ご活躍の事と思います。
    私は、今日も、頑張りました。
    読書、絵描き、ウオーキング、外国語の学習、更に
    今日は、市営体育館内のジムに行き、体力強化に努めました。
    85歳の老いぼれは、お陰様で、さわやかに生きています。
    ありがとうございます。

  • >>No. 10981

    私の母校の写真を掲載して戴き有難うございます。
    私は、昭和27年=1952年に、日吉キャンパスの土を踏みました。
    私たちが学んだ教室は、米軍が残したカマボコ型の校舎でした。
    その校舎は、いまや、ほとんど無くなり、あらたな校舎が沢山に増設されました。
    日吉キャンパスでは、毎年、秋になると、
    連合三田会のお祭があり、全国から、塾員(慶應義塾卒業生)があつまります。
    何時まで経っても、大学時代の友情は、続いています。
    ありがとうございます。
    ロマン

  • いまを生きる人間として、私にとって大切なものとは・・・
      
           *健康   
           *安定・平和   
           *尊敬・尊厳   
           *人格・自己の確立   
           *自然との調和   
           *友情・隣人愛   
           *余暇・趣味

  • 今日も、絵描き、ウオーキング、
    そして外国語の学習の3点セット実行の生活です。
    老い耄れになると、スロー、スローの身体運動です。
    これで、健康ならば、最高の老後生活です。

  • >>No. 17919

    首里城の中、ミニチュア建築ですね。

  • 石破氏「国会議員たるもの、忠誠誓うのは官邸ではない」
    4/11(水) 18:16配信
    朝日新聞デジタル

     (自民党として政権を監視する責任を問われ)自分に対して耳障りのよくないことを言う人でも、私利私欲ではなく国家国民のために言ってるならば、その人の見識にふさわしいポストが与えられるべきで、役人も一緒だ。逆らったらダメということをやっていると、誰もモノを言わなくなる。それはシステムとして崩壊している。

     ポストがもらえなかろうが、干されようが、若い人に言うんですけど、自分を国会議員にしてくれているのは官邸でもなければ党本部でもない。国会議員にしてくれているのは、選挙区の有権者がお休みの日にわざわざ投票所まで行って、自分の名前を書いてくれるんだと。

     だから、国会議員たるもの、誰に忠誠を誓うかといえば、官邸でもなければ党本部でもない。最終的には有権者に対して恥ずることなかりしかということなのだと思う。「あんた、またきれいごと言って」とか言われて、ご批判の多い昨今です。(都内での講演で)
    .
    朝日新聞社

  • >>No. 136609

    白馬さん

    次の総理大臣は、あなたの出番です。

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