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投稿コメント一覧 (672コメント)

  • >>No. 26691

    ご無沙汰してました、amatalawです

    年内に閉鎖らしいですね

    それで、ヤフーブログに引っ越されるのですか。

    なんだかんだで、ネット上で知った人が、行方知らずになるのもさみしいものです。

    早いうちに、ブログのアドレスを公表しておいていただきたいです。

    どうも、こちらの板は、多くの人の交流の場になっているようです。

    スナック○○みたいなものですか、酒こそ出ないでしょうが。

    また、ぜひ、寄らせていただきます。

  • >>No. 10600

    「15年くらい前から…」

    ryuichiroさん、ご無沙汰しています。
    最近、こちらも賑やかというか、出入りが多いようですね。
    パソコンを一万円で購入されたのですか、興味深いです。
    使えないことはないでしょうが、メルカリですかね。
    私もサブのサブのTV、室内トレーニングする際に録画映像を垂れ流しで見るための、半分故障した20インチを送料込み2800円でゲットしました。
    まあ、デスクトップ本体なら、新品なら電気屋で、四、五万はするでしょうが。
    安く済ませようと思えば、ネットでできなくはない、そこが面白いところです。

    それにしても、いつの間にか、時の流れを感じます。

    私の記憶では、西暦2000年頃から、今は書き込みもなくなった「直木賞にいたるまで」をマイクさんが、だらだらと始めて、私が適当にこのトピに絡んでいるうちに、15年くらい経過したようにも思います。

    私の記憶では「直木賞」の後、ryuichiroさんの「文学と文学賞。。」は、2002年頃に立ち上げたのではありませんか。
    マイクさんは、その後、どのような作家修行をされたのかは不明ですが、私はマイクさんと世相一般の雑談を10年はやっていた記憶があります。

    結果的にryuichiroさんの方が、自前のサイト「コルトレーンに捧ぐ」に小説を5本以上は発表したり、数冊の自費出版をアマゾンで販売してましたので、立派なものだと思います。私はひととおりネットで読みましたからね。

    私も何かしら残したいと思いながら、ゼロではないとしても、歳月は流れていきました。

    ryuichiroさんの「real」ですか、秋葉原無差別殺人事件をモチーフに描いた力作、アマゾンで買って、三島由紀夫の「金閣寺」とかと一緒に本棚に並べていますよ。いや、買おうとしているうちに、売り切れになったのだったかもしれません。人間というものは、都合よく記憶を書き換えるものですから…

  • 【二大スターの時代】

    将棋界は、「人類VSコンピュータ」の時代だったが、
    この勝負は完全に着いた(カンニング騒ぎというおまけまでついて)として、
    ここ最近は、「二大スターの時代」に移りつつある。

    二大スター、それは急上昇するスター(藤井少年)と、
    急落下するスター(羽生善治)である。

    国民栄誉賞は、永世七冠という最高のタイミングで与えられたが、
    羽生善治(47歳)の連敗が止まらない。
    さすがの王者羽生も、年齢には勝てないのである。
    羽生七冠いや羽生二冠、一冠、そして羽生善治九段への転落のドラマである。
    それでも、タイトル通算100期まであと1タイトルである。
    羽生善治への興味は、タイトル通算何期まで行くか、101期か、108期?、110期ぐらいまでいくか。無冠へのカウントダウンへの興味である。

    一方の急上昇するスター(藤井聡太七段)は、いったい何歳でタイトルを取るのか、
    歴代棋士の記録を破るか(破るだろうが)、どう破るか、
    そして七冠(現在は叡王を含めると八冠である)制覇はいつか、が興味の対象である。

    全棋士の成績を反映したレーディングのサイトがあるのだが
    http://kishi.a.la9.jp/ranking2.html
    ついに藤井聡太が8位から5位へ、羽生善治が5位から8位へと、
    ここ最近、立場が入れ替わってしまった。
    私のようなマニヤはこのようなサイトを日々チェックして、
    「クソっ! ついにこの日が来たか!」
    とやっているのである。

    藤井聡太くんについては、私のような下世話な人間にとっては、
    今後、私生活も大いに気になる。
    女性関係は、そして結婚はいつか(そうとう先だろうが)、である。

    羽生善治と藤井聡太、
    それにしても、二人とも人に嫌われる要素が実に少ない、
    好感度しかないような素晴らしいキャラクターである。
    まぶしい、棋界の太陽ふたつ、である。

    この将棋ブームに乗って、
    将棋界はもう少し拡大(ファン拡大)を狙ってみたいところだが。

    ええ、例えば、千駄ヶ谷の将棋会館であるが、
    なんとも、小規模すぎる。
    改築はいつか、あと50年これでいくつもりなのか、
    規模拡大してもらえたら、そうしたいのであるが、難しいかな(笑



    .

  • 「きみたけ」

    龍一郎さん、賑わっているようですね。
    三島由紀夫がこちらの板で何度も話題になっています。
    偶然なのか、私も最近三島が気になり、
    というよりも三島ぐらいしか関心がもてないという面もあります。
    「自決の日」というブルーレイを何度も見た上で、今度は新書も読み始めました。

    時代は自主憲法への改正が叫ばれ、戦後レジームの脱却が問われています。
    一方、北朝鮮の核武装を食い止められず、改めて国家とは何かが話題になっている。

    作家三島由紀夫の行動は、チャイルディッシュで、滑稽なまでに、現実社会に対して無力でした。
    しかし、あの自決の茶番劇は、舞台の上での芝居のように純粋なものがありました。

    この世の多くの人間が、はっきりした意思もなく、河童の川流れのごとくに、
    ただ、日々の日常の中で惰性のように年老いていく、それが現実です。

    三島が自分の武士道の美学を貫いて、わずか45歳で戦死を選んだ、
    日本の行く末を憂い、国家のために死んで見せた。
    そうです、武士というのは、戦死で人生を終わるのが最高の華なのですから。

    まあ、じゃあ自分はどうするのか、よくはわからない。
    せいぜい、今日はひとまず、こちらに駄文をアップしてみました。

    そうですね、日本はアメリカに占領されてしまった。
    軍事的には、米軍の胃袋の中に納まっている状態である。
    三島はそれを言わなくてはならないと、思っていたのでしょう。
    言っても始まらないが、黙っているよりはいいと考えていた。

    太平洋戦争が敗戦で終わったとき、逆に中国が戦勝国となり、
    そうして今や、日本も上回る経済力も核武装も備えた強大国となり周辺国を脅かしている。
    そういうことが、最近、妙に気になってくるな。。。。(ぶつぶつ)

    あと、240字書き込みが可能、しかし、もうこのくらいでよいでしょう。


  • >>No. 129

    ところで、のりすけさんも、やはり文学を志して、
    某大学の文学部仏文科を卒業されたのでしょうか。

    まあ大江健三郎は東大文学部仏文科で小説の各所にフランス文学を引きずるようなところがある。太宰治も仏文科でしたね。
    フランス語を生かす就職も難しいでしょうが、
    私の知り合いは仏文科でありながら英語を学んで、
    外国人相手に投資顧問業のセールス業をしていたようでした。

    文学の話しになると、一つご自分も語ってみたくなる方なのでしょうか。

  • >>No. 132

    10年程前はギターで弾き語りを楽しんでいたのですが、
    洋楽にも憧れて、「愛の休日」は入り口だけを歌っていました。
    フランス語に詳しい人に、歌詞の意味の詳細を聞いてみたく、思っていた。

    背景をよくわかった上で歌いこみたいでしょう。
    もっとも、最近は弾きませんがね。

  • のりすけさん、いらっしゃい
    仏文科を卒業されたのでしょうか。

    私も以前、小説のようなものを書いて、
    慶応大学仏文科卒業の方に見せたら、
    こんなものは、小説とは言わないなどと憤慨していました。
    しかし、文学科卒業でも小説にチャレンジしたことはなかったということです。
    なんでも、英検1級の優秀な方でしたがね。

    どうも、自分の領域(文学)を侵略された気持ちだったようです。
    それまでは、一緒に日本史を語るいい相手だったのですが。
    通訳の資格をとるとか、とったとか、通訳になるためには、
    外国人に日本史を語る必要があるらしく、日本史も勉強していた方でした。

    私は昔、ミッシェルポルナレフをギターでコピーしていたのですが、
    勤め先の仏文卒の人にぜひ、フランス語の講義をしてもらおうとしていたのですが、
    辞めてしまったようで、時期を失してしまいました。

    また、ぜひ来て下さい。


    それから、無視かごに、随分と虫が入っているようですが、不気味ですね。
    80代90代の独居老人の孤独の闇がどんなに凄まじいか、私の理解を超えています。
    野良犬にうかつに一度、餌をやると、一生つきまとわれるということでしょうか。
    みなさんも、原則、無視リストで願います。
    変に反応すると、手に負えないことになるでしょう。

  • >>No. 122

    Maruさん、いらっしゃい

    さっそく、始動されたのでしょうか
    私の息子も文系進学となって、最近妙に話題が文学一色となってきました。

    特に、息子の受験科目の古文・漢文・日本史を見直す機会が増え、
    日本の古文などは、とんでもない著作ばかりです。

    なんでも源氏物語は、世界最古の長編小説と言いますが、
    私も息子に多少つきあいましたが、
    宮中でも、当事は疫病でばたばたと人が死ぬ不衛生な環境でした。
    何かというと、祈祷に悪霊。
    また、一夫多妻制の通い婚が当たり前で、一晩だけでは不成立となり(朝起きて不細工なら二度と来ない)、三晩通えば結婚披露宴に当たる「所顕し」で正式な夫婦だそうです。
    私が言いたいのは、こういったことを、受験生は学ばなければならないマストです。
    どうも聞いていると、現代のアフリカ奥地の一部族の風習にも聞こえてきますね。

    朝方に創作時間を設けたわけですか、それは結構です。
    くれぐれも、現在の職業を大切に。
    文学で飯を喰うなどといって、私の知人のようにはならないように。
    私も一時は、創作に没頭したこともありました。
    Maruさんにとって、創作がよいご自身の歴史になることと思います。

    ぜひ、また経過を知らせて下さい。

  • >>No. 120

    グローバリズム、私は大いに興味ありますよ、
    話題の半分は、内外の話題のつもりです。

    実は私もかつて、怪しげな英語の翻訳で利益を小遣いを得ていたことがありました。
    もっとも技術の世界の話で、こなれた表現が要求される文学ではありませんが。

    まあ、今は、maruさんの試みには興味深く感じますね。
    人の創ったものを、読んだり見たりは十分にしてきた。
    では、自分らは何ができ、どこの地点まで歩いていけるのかということを。

  • >>No. 118

    ノリスケさん、書き込みありがとうございます。

    グローバル化が進み、もはや日本語が機能しなくなった、
    それは考えられませんが、日本語の日本文学が、
    ノーベル賞選考員に届きにくいことは事実でしょう。

    ノーベル文学賞をめざす以前に、東大文学部を出るクラスが、
    小説で大家を目指す風潮もなくなってきた気がする。

    日本語ネイティブが文学作品として表現に磨きをかけながら、
    ノーベル文学賞を意識して、はじめから英文で創作する状況。
    例えば、村上春樹がこれからそれをやろうと思えばできなくはないが、
    その試みはほぼ失敗するだろうし、氏にしたところで、
    自らピエロになりにいこうとするはずもない。

  • >>No. 115

    maruさん、書き込みありがとうございます。

    このトピックス、いや、スレッドは、約2年前に私が設定したもので、
    ノーベル文学賞をベースに、文学の役割り、文化ぜんたい、
    そして世の中の諸事象を網羅(もうら)するトピックスです。

    振り返れば、私は、確か2000年頃から国内の文学賞のスレッドに小説や世論一般の書き込みを続けていました。
    私が今度は自分でスレッドを起こすにあたり、新たに「ノーベル文学賞」という軸を設けてみました。
    文学というジャンルを、世の中のもっと堅牢なジャンル、例えば、物理学や工学、
    それから法曹の世界、経済学、実業の世界などと対比させたかった。
    文学というジャンルは魅力的なのだが、あまりに荒唐無稽で自由すぎて、流動的すぎます。

    また、ノーベル文学賞を持ち出すことで、日本社会に限らず、世界から見た日本という視点が得られました。現在のグローバル化した日本においては、国内だけでは何事も論じられないと思います。

    また、来てください。

  • >>No. 113

    maruさん、いらっしゃいませ

    日本のノーベル文学賞作家、または、ノーベル文学賞作家の候補とされた作家について、一通り読まれたということですか。
    そして、今度は、それを創作に生かそうとされているわけですね。
    どの作家のどの作品が創作の参考になりそうでしょうか。
    読むと書くとでは、かなり勝手が違うのではないでしょうか。
    まあ、ノーベル文学賞という限定で、創作のヒントを探す人もそういないでしょうが。

    私個人でいえば、大江や安倍公房はかなり面白く読みましたが、
    そう言えば、安倍公房の『壁』は、それなりに学生時代、クラスの中でも話題にはなりました。
    よい作品が書けると良いですね。また、いつでも来て下さい。

  • ノーベル文学賞をベースに

    文学の役割り、文化ぜんたい、

    そして世の中の諸事象を網羅(もうら)するトピックスです。


    ストーカーは、二度と来ないでくれ!

  • 「馬鹿々々しい、出入り禁止はmini何某の方だろう!」

    この三ヶ月というもの、私もこのmini何某に本当に迷惑を蒙っている。
    ryuichiroさんがトピずれだというのだが、とんでもない話だ。

    私は、ryuichiroさんの書き込みを面白く読んでいます。
    それ以上に、ryuichiroさんのサイトにアップしてある10余りの作品も全部読みました。プロレベルとまではいかないとしても、情熱を感じるし、文学作品として出来不出来の差はあるとしても、結局のところ、プロの受賞作と本質的な違いは感じない。

    こちらの「文学と文学賞。。」はこれでも文学賞を受賞したれっきとした作家さんも一時は出入りして、ryuichiroさんと対話していたこともある。また、多くの人が出入りした経歴があり、そういう人は書き込まなくとも、私のように読んでいるし、お気に入りに入っている。

    ryuichiroさんの書き込みは私小説風に自分の意識に焦点を合わせて語られる一方、今の時代の断片断片をモザイク風にアレンジされたもので、私はそれなりに面白さを感じている。

    一方の何某の方は、本当のアラシでありストーカーだ。
    まあ、私も15年はヤフーの掲示板でいろいろな人間と対話したけれども、
    ここまで酷い人物ははじめてで、今後も、現れようもないだろう。

    相手の気分を害する書き込みを、相手が根を上げるまで延々と繰り返す。
    もちろん、この老人は自分でスレッドを立ち上げる能力など全くない。
    ただ、方々のスレッドで汚らしく糞を撒き散らして、恥ずかしげもなく嫌がらせを繰り返す。こんな迷惑老人の内容も無い指摘など、もちろん気にする必要はない。

    「風に吹かれて」や「1Q84を語ろう」、「シャンソンの部屋」、「湘南うんぬん」も全部この迷惑老人に荒らされて、いまはひっそりした状態である。

    なんでも80歳をとっくに過ぎた爺さんで、時間をもてあまし、酒をあおりながら、一日中、PCの前に張り付いているらしい。私には、変態という言葉も浮かぶ。

    ここ最近、さらに過激にクレイジーになってきているので、私なども折をみて、何がし氏の書き込みについては、ヤフーの管理局に警告はしています。

    まあ、とにかくryuichiroさんの書き込みと、この迷惑老人の撒き散らす糞とでは雲泥の差がある。それが私の結論です。

    二度と来ないで下さい。

  • 「馬鹿々々しい、出入り禁止はmini何某の方だろう!」

    この三ヶ月というもの、私もこのmini何某に本当に迷惑を蒙っている。
    ryuichiroさんがトピずれだというのだが、とんでもない話だ。

    私は、ryuichiroさんの書き込みを面白く読んでいます。
    それ以上に、ryuichiroさんのサイトにアップしてある10余りの作品も全部読みました。プロレベルとまではいかないとしても、情熱を感じるし、文学作品として出来不出来の差はあるとしても、結局のところ、プロの受賞作と本質的な違いは感じない。

    こちらの「文学と文学賞。。」はこれでも文学賞を受賞したれっきとした作家さんも一時は出入りして、ryuichiroさんと対話していたこともある。また、多くの人が出入りした経歴があり、そういう人は書き込まなくとも、私のように読んでいるし、お気に入りに入っている。

    ryuichiroさんの書き込みは私小説風に自分の意識に焦点を合わせて語られる一方、今の時代の断片断片をモザイク風にアレンジされたもので、私はそれなりに面白さを感じている。

    一方の何某の方は、本当のアラシでありストーカーだ。
    まあ、私も15年はヤフーの掲示板でいろいろな人間と対話したけれども、
    ここまで酷い人物ははじめてで、今後も、現れようもないだろう。

    相手の気分を害する書き込みを、相手が根を上げるまで延々と繰り返す。
    もちろん、この老人は自分でスレッドを立ち上げる能力など全くない。
    ただ、方々のスレッドで汚らしく糞を撒き散らして、恥ずかしげもなく嫌がらせを繰り返す。こんな迷惑老人の内容も無い指摘など、もちろん気にする必要はない。

    「風に吹かれて」や「1Q84を語ろう」、「シャンソンの部屋」、「湘南うんぬん」も全部この迷惑老人に荒らされて、いまはひっそりした状態である。

    なんでも80歳をとっくに過ぎた爺さんで、時間をもてあまし、酒をあおりながら、一日中、PCの前に張り付いているらしい。私には、変態という言葉も浮かぶ。

    ここ最近、さらに過激にクレイジーになってきているので、私なども折をみて、何がし氏の書き込みについては、ヤフーの管理局に警告はしています。

    まあ、とにかくryuichiroさんの書き込みと、この迷惑老人の撒き散らす糞とでは雲泥の差がある。それが私の結論です。




    こういう状態です

  • ノーベル文学賞をベースに

    文学の役割り、文化ぜんたい、

    そして世の中の諸事象を網羅(もうら)するトピックスです。

    どうぞ、お気楽に

  • 「羽生善治の国民栄誉賞」

    将棋界の羽生竜王が前人未到の永世七冠を達成したことにより、国民栄誉賞を受賞することが決定し、ニュースなどで長時間インタビューが放送されている。
    将棋は長年の自分の趣味であり、自ら指す将棋とプロ棋戦を見る将棋の両面に渡り日々楽しんでいる、いや将棋沼でもがいているとも言える。
    だが、将棋は例えば野球やサッカーのようにはメジャーではなく、なんとなく肩身が狭い思いでいたことも事実である。

    しかしながら、一昨年のスマホカンニング騒ぎ、ここ数年のコンピュータにもはや人間が勝てない騒動、また最年少棋士藤井聡太クンの29連勝など、将棋界の注目度が高い中、スター羽生の永世七冠達成を期に、国民栄誉賞が与えられ将棋ブームは頂点に達したようである。

    国民栄誉賞は、プロ野球選手・王貞治を称えるために内閣総理大臣顕彰では前例がないため1977年当時福田総理がより柔軟な賞として創設したものらしい。確かに、羽生善治も囲碁棋士の井山裕太も内閣総理大臣顕彰も同時に受けているのだが、こちらの賞の知名度はかなり低いのではないか。
    国民栄誉賞の目的は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」という。

    将棋棋士が敬愛され社会に明るい希望を与える、私としては、スポーツ選手や歌手ばかりではなく、知的競技たる将棋(や囲碁)が敬愛されて希望を与えるのは自然なことである。すなわち、今世紀の労働の質も肉体労働から精神労働(知的単純労働または複雑労働)が比重を占めるに至るにつき、知のヒーローが求められるのは必然と考える。

    それにしても、羽生善治の振る舞いにはいつも目を見張る。知性が極まった人間はどのような表情でどのような話しをどのようにするのか。よこしまなものが全く感じられない。私などは氏を見ていると「清涼」という言葉が思い浮かびます、ひたすら尊いです。

    それでは、じゃあ小説家が「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与える」立場に成り得るか。まだ小説家が国民栄誉賞を受賞したことはない。

    ひとまずここで、私の堕落した偏見を示すなら、池井戸潤などは達成率35%です。それから、作詞家の秋元康は29%です。
    受賞者のイメージは、ずばり夏目漱石だが、なにしろ物故作家である、最近ではアンドロイドとしては逢えるようです。

  • 「北朝鮮、平昌(ピョンチャン)冬季五輪の不参加をチラつかせる」

     来月2月8日に、韓国の平昌五輪の開催を控え、北が参加を表明したり、引っ込めたりしていると言う。制裁を緩めないと出てやらないぞと言うわけか。
     大陸間弾道ミサイルを完成させたと年明けに宣言した北朝鮮であるが、これにより自信をつけたということだろうか。
     別に北など、参加してもしなくとも変わらないと思うが、北にとっては平昌五輪というのは、韓国が国際社会に評価された象徴らしく、強烈な嫉妬の種であるらしい。

     思い返せば、1988年のソウル五輪の際は北の嫉妬はもっと強く、北は大韓航空機事件を引き起こして激しく抵抗した。抵抗?
     もっと面白いのは、当事、北は、南(韓国)に抵抗するべく、柳京ホテルという実に105階建ての超高層ビル(世界一のホテル)をむりやり建てて(正確には建てようとして)、自国の壮健をアピールした。
     しかし、資金不足で建築は中止、飢餓も蔓延し、アメリカのファッション誌に世界で最も醜い建造物として選ばれたそうである。
     歳月は流れ、このホテルはかろうじて外装だけを整えたというが、30年経ったいまも完成にいたらず、不気味な姿をさらしているという。
     正に北朝鮮という国家の狂気の象徴として、私には興味深い。




  • 「文学で飯を喰う」

    文学で飯を喰う、小説家を目指すなどと言っていた者が、学生時代クラスに何人かいた。
    私は面白く思ったが、現実味が無かったし、危うさしか感じなかった。

    私は小説を読みながらも、理科系大学に進学し就職して、普通の人生を歩んだ。
    そのことに後悔したことなど、一度も無い。

    しかし、今、自分の息子が理科系の進学を諦めて、文系の進学コースを目指して日々勉学に励んでいる。
    どうやら現代国語の成績が一番良いらしく、小説の解釈などが最も高得点となるので、私は理系を勧めたのだが、文系となってしまった。

    文学で飯を喰っていくつもりか。二人でイシグロカズオなどを論じているときは盛り上がるのだが、文学コースは危ういし、そもそもこのジャンルの評価も曖昧で、ロクなことがないだろう。

    学生時代、文学で飯を喰うとほざいていた奴と連絡が取れそうになったとき、興味深く感じてうん十年振りにあってみようと間接的に提案したのだが、相手の返事は、会いたくないということであった。

    ま、文学などそんなものですwww




  • なんとかさん、私は貴方と絡みたくない、自分が下らなくなり汚れるだけだから。それは誰もが思っているのではないでしょうか。

    この板は、二年前の秋、私が準備して立ち上げ、それなりに大事にドライブしてきました。

    引越し計画は進めているが、ひとまず、このSNSにも「無視リスト」という機能があるらしく、当分はその機能を試してみることとします。

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