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投稿コメント一覧 (810コメント)

  • 前略

    昨日は、午後は温泉であった。

    久し振りに政治社会講釈師のX氏と会ったか、相変わらずの話ぷりである。

    彼は、7-8年前に大手新聞社を早期退社。
    田舎で行灯生活を続けている。

    毎日、2時間ぐらいこの温泉に浸かる事を生活としている。

    マンションからは、自転車で通っている。

    後は、スーパーに行くぐらいで、誠に静かな生活をしている。

    其れでも、長年にわたり身に付いた知識と経験は、流石と言うところで、話にも説得力がある。

    その辺りの、コピペ聞きかじり者とはレベルの違いを感じる訳である。

    夕刻よりは、教育関係の会議・懇親会であった。
    好みの焼肉屋さであった。
    上カルビなど、大変美味しく頂いた。

    今日は、ビックな仕事が無事完了。

    勿論、良い事があった時は、鰻屋さんである。

    やはり、鰻は旨い。


    世界

    2018年11月16日撮影:鰻屋さんにて。

    つづく。

  • >>No. 2261

    前略

    人の振り見て我が身を正すとは言うが、人の振りには簡単に評価は出来るが、我が身の誤りを知る者が少ない。

    やはり自分の生き方が正しいと、思っているので有ろう。

    不遇な者の共通点であるが、其れにも気付かないのだから、その不遇な人生から脱失でないので有ろう。


    自己基準は人其々では有ろうが、その基準だけで、物事判断して仕舞う事に、誤りが発生して仕舞うのである。

    皆、自分の基準を正しいと思っている様であるが、その基準判断が正しかったならば、今の姿はあるまい。

    もっとも、その不遇な人生に酔っている者もいる様で、悲劇のヒーロー、ヒロインとでも思っているので有ろう。

    狭い世間をより狭くして、自分を高めているので有ろうか。

    この辺りの投稿欄でも、稀にその基準の誤りに気付き、改善している者もいるが、多くはその世界におぼれている者が多い。

    良き心だの精神だのと唱えてみても、その心や精神が生かせてこそ、良きものとなる。


    人の心を爽やかにしたり、和やかにする事が出来るならば、良き者となろう。

    そして、与えられた自己の立場はともかく、人に生きる勇気や希望を与えられる者であれば、最高の人生で有ろう。

    其れには、崇高な精神が宿らなければならない。


    世界

    2017年10月撮影:ケニアにて。


    つづく。


    > 前略
    >
    > 人な振り見て我が身を正すとは言うが、人の振りには簡単に評価は出来るが、我が身の誤りを知る者が少ない。
    >
    > やはり自分の生き方が正しいと、思っているので有ろう。
    >
    > 不遇な者の共通点であるが、其れにも気付かないのだから、その不遇な人生から脱失でないので有ろう。
    >
    >
    > 自己基準は人其々では有ろうが、その基準だけで、物事判断して仕舞う事に、誤りが発生して仕舞うのである。
    >
    > 皆、自分の基準を正しいと思っている様であるが、その基準判断が正しかったならば、今の姿はあるまい。
    >
    > もっとも、その不遇な人生に酔っている者もいる様で、悲劇のヒーロー、ヒロインとでも思っているので有ろう。
    >
    > 狭い世間をより狭くして、自分を高めているので有ろうか。
    >
    > この辺りの投稿欄でも、稀にその基準の誤りに気付き、改善している者もいるが、多くはその世界におぼれている者が多い。
    >
    > 良き心だの精神だのと唱えてみても、その心や精神が生かせてこそ、良きものとなる。
    >
    >
    > 人の心を爽やかにしたり、和やかにする事が出来るならば、良き者となろう。
    >
    > そして、与えられた自己の立場はともかく、人に生きる勇気や希望を与えられる者であれば、最高の人生で有ろう。
    >
    > 其れには、崇高な精神が宿らなければならない。
    >
    >
    > 世界
    >
    > 2017年10月撮影:ケニアにて。
    >
    >
    > つづく。

  • 前略

    悟りだの解脱などと語る者もいるが、この尺度も自己の心の中にあるもので、自分がそう感じたならば其れで良い。

    有るが事が良いとの判断もある。
    また、無いが良いとの判断もある。

    まあ、色々と講釈を垂れたところで、最終判断は自己判断である。

    他人から見れば、気の毒な不幸者であっても、本人が幸福と感じるならば其れで良い。

    春咲く花もあれば、冬咲く花もある。
    もっとも、咲かずに終わる花もある。
    咲くも良かろう。咲かずも良かろう。

    心に足りないものを補てん出来れば、皆様幸福である。


    世界

    2018年11月12日撮影:墨流し雲。

    つづく。

  • >>No. 2256

    前略

    近間の神社での参拝も終わり、次は家族写真の撮影、食事会となった。

    食事会は和風コースであったが、皆様美味しく頂いた様である。

    自宅へ帰り、夕刻まで孫と遊んだが、これまた楽しい時間である。

    これぞ人生の至福の時で有ろう。

    この日の為に、生きて来たかの如く感じる。

    つまらぬ講釈など、必要ない訳である。

    幸運にも、この喜びを感じる事が出来るならば、人生卒業の手前で有ろう。

    後は、妻と共に末長く健やかに生きる事で有ろう。

    誠に、良き一日であった。

    世界

    2018年11月11日撮影:孫の七五三にて。

    つづく。

  • 前略

    今日は、孫の七五三で朝から大忙しである。

    妻は、着物の着付けに美容院であるが、此方は特に用もなくいつも通りの休日である。

    一週間も前から、孫の着物から本人も何処の着物にしようかなどと、大騒ぎである。

    平和な目出度い家族行事ではあるが、我が家の女性陣にとっては、重大な行事なので有ろう。

    まあ、これが幸福と言うもので有ろう。

    世界

    2018年11月11日撮影:我が家にて。

    つづく。

  • 前略

    昨夜は、定期健診に問題がなかったかせいか、安堵感もあり、早々21時には消燈となった。

    昨年の今日は、入院騒ぎであったが、一年もたてばただの思い出となる訳で、今日が良ければすべて良き思い出となる訳である。

    60歳過ぎれば、誰でも何らかの病に関わるチャンスが多いに発生する訳で、如何に上手く関わるかが、課題で有ろう。

    其れでも、生がある限り死もある訳で、大なり小なりなりその日は訪れる。

    もっとも、魂は永遠などと考えれば、一時の休暇と考えれば、お気楽なのものである。

    今世も、二度も死にかかったが、幸か不幸か未だ生かされている。

    せっかく助かった命。

    今日も、より輝かせて生きたいものである。

    朝風呂の紅葉が良い。

    世界

    2018年11月6日撮影:自宅にて朝風呂。

    つづく。

  • 前略

    長年にわたり、心恵まれない方々を観てきたが、これも共通したところがある。

    先ずは、基本的には、何処か心が暗い訳である。

    たとえ明るく振舞っていても、その暗さが後にひいている。

    二番目に、誰でも自己中心的(欲深い)ではあるが、度を越している。

    三番目は、努力感謝はしているのが、継続性に欠ける訳で、その場限りを感じる者が多い。

    生まれや育ち、身体的問題、経済的問題等はあるにせよ、その問題を乗り越えた者は、皆幸福である。

    先日、あるパーティーで、かつて不幸の人生の代表選手であった彼女に再会した。

    なかなかの美人であるが、何処か不幸の影が拭いきれない。一生懸命生きている訳であるが、常に不幸の対岸に泳いで行って仕舞う。

    かつては、そんな印象であったが、今は、その不幸の影は去り、明るい笑顔となっているではないか。

    寧ろ、常人より幸福に輝いている。

    まあ、つまらぬ欲をいくつも捨てたので有ろう。
    人の心の痛みを人並み以上の経験した事が、より心の深さに繋がっているので有ろう。

    何か、幸福感じる一日であった。

    世界

    2018年10月26日撮影:銀閣寺にて。


    つづく。

  • 前略

    今週は、7日9日と定期検診であるが、特に予定もなく割と暇な週である。

    軽井沢の紅葉も見どころであったが、我が家の紅葉も真っ盛りである。

    朝風呂から見る楓が、見事に紅葉している。

    湯に浸かり、楓の色づきにあらためて季節の流れを感じるものである。


    週末は孫の七五三であるが、老夫婦にとっては、これまた楽しい行事となっている。

    今日は、記念撮影の前撮りがあると言うことで、妻は朝から孫のところに行っている。

    これまた平和で何よりである。

    世界

    2018年11月6日撮影:紅葉真っ盛り


    つづく。

  • 前略

    晩秋を感じる中、暖かな一日であった。

    軽井沢でも、正午の気温が軽井沢銀座辺りで18度である。

    休日でもないが、観光客が多く見かける。
    やはり、秋の観光シーズンなので有ろう。

    観れば、今日も新興宗教の皆様がはしゃいでいる。

    たかだか2000年ぐらいの歴史である。
    少なくも、推定地球生誕38億年からみれば、未だ未だ人類の生存など瞬間の出来事である。

    何を信じ様が咎める事もないが、そう信じられる事が、良いではないか。

    少なくも、その者の心を救っているのだから、ある意味素晴らしい事である。

    殆どが人間を中心に考えているが、かの太陽は人間の事など考えているので有ろうか。

    神の使いなどと妄想し、宇宙の塵にも満たない自己存在を、宇宙と一体などと陶酔が良い。

    自分の事すらままならぬ人生であるが、歴史的人物とでも、思っているので有ろうか。

    そんな力があるならば、既に世界を制していたので有ろう。

    近所からも見ても、所詮が変な爺いやお兄さんの独り言では有ろうが、堂々と語れる投稿欄は素晴らしい。

    頭の中は、青春の主張大会なので有ろう。

    多分、自己の姿に疑問は無かろう。

    まあ、冗談なので有ろう。

    世界


    2018年11月5日撮影:晩秋の山々

    つづく。

  • 前略

    長年にわたり、経済人を観てきたが、会社も潰した(精算・廃業・閉業を含む)者達には、共通したものがある。

    其れは、経営者としての心が曲がっているからである。

    勿論、なまじ能力のある者は良い時もあるが、やはりその日がやってくる訳で、その曲がりを何時迄も修正出来なかったので有ろう。

    稀に、その失敗を卒業なとど語る者もいそうであるが、誤っても卒業ではなく、中退・退学なのである。

    あれから30年とは言うが、何事も継続が大切である。

    職業・職種はともかく、同じ道を30年は一つのラインで有ろう。

    経営者として、少なくも30年以上継続出来たならば、卒業で良かろう。

    友人に、高卒・27歳で起業・一部上場企業となる・現在会長がいる。

    良きパートナーに恵まれ、良き家族である。

    その辺りのインチキ経営者の言動とは、別世界である。

    現在78歳であるが、稀に見る超人である。

    同じ人間として、この差は何で有ろうと考えるが、答えは未だ見えずである。

    其れでも付き合って感じる事は、やはり経営者としてまた人間として、真っすぐに生きているので有ろう。

    世界

    2018年11月4日撮影:軽井沢・雲場池にて。

    つづく。

  • 前略

    今日は、午前中は部屋の掃除と山荘の周りの落ち葉掃除であった。

    昼食を済ませ、午後は雲場池辺りの散策となった。

    今が紅葉見どころの軽井沢である。

    観光客が溢れている。

    京都の永観堂を思わせる賑わいである。

    勿論、造形美で申せば京都で有ろうが、自然美ならば軽井沢も綺麗である。

    この紅葉も、来週には終わりを告げるで有ろうが、雲場池の雪景色も綺麗なもので、冬か楽しみである。

    昨年までは、一観光客であったが、今は地元民の感覚となっている。

    立場変われば、映る姿も変わるので有ろう。

    後は、温泉に浸かり誠に良き一日であった。

    何事も基礎が出来てこそではあるが、お気楽に生きるもその基礎が出来ていてのお気楽である。

    この辺り、乗り越えた者で無ければ理解出来ないで有ろう。

    並みの者にも達しない愚か者が、並みの者に俗人と吠える様な者がいるが、本人はその並み以下を自覚しているので有ろうか。

    確かに並み以下の者は、俗人ではなかろうが、俗以下人である事を自覚するが良かろう。

    この辺りの投稿欄で、青春の主張でもしているので有ろう。

    世界

    2018年11月3日撮影:軽井沢・雲場池にて。

    つづく。

  • 前略

    昨日は、午前中に仕事を終わらせて、昼食の後は軽井沢に向かった。

    途中の山々は、黄金の世界である。

    夕刻には、軽井沢山荘に到着した。

    夕食は、すき焼きなど頂いたが、酔いがまわり予定していた温泉は、取り止めとなった。

    ワインでも頂きなが、山荘で過ごす秋の夜長も良いものである。

    自宅で、良き音楽を聴きながら過ごすも良かろうが、山荘での静寂の世界もまた良かろう。

    生かされている人生を、あらためて感じる時間である。

    世界

    2018年11月3日撮影:軽井沢山荘にて。

    つづく。

  • 前略

    たかが投稿欄は言うが、継続性のある投稿者を観れば、やはりそのリアルな姿が見えて来る。

    相変わらず、やたらに別ハンを作っては楽しんでいる者もいる。


    自立だの、孤独に進むなど吠えてみたところで、その孤独の世界に耐えられないので有ろうか。

    相変わらず一人芝居の世界からも、卒業出来ない。

    運薄き人生の憂さ晴らしを、今日もこの辺りでしているので有ろう。

    若い頃のタハンのキレもなく、相変わらず青春の夢でも追っているのか。

    軟弱な人生の交通標語でも唱え、揺らぐ心を支えているので有ろか。

    嘘もヘッチャラ、語る台詞と、リアルの乖離がなんとも言い難い。

    気の毒とは思えないが、其れが与えられた人生なので有ろう。

    誠に、珍品な老人がいるものである。

    2018年10月28日撮影:宝塚大劇場にて。

    世界

    つづく。

  • 前略

    昨日は、久々ぶりのキャピタル東急でのパーティーであったが、本日は連日の疲れのせいか、早々の帰宅である。

    キャピタル東急と言えば、友人長女の結婚式パーティー以来であるが、流石に一流どころと言う雰囲気である。

    宿泊出来れば良い、食が出来れば良い方々には、行く事もない施設で有ろう。

    もっとも、施設は綺麗でありサービスも問題ないが、何か足りない。

    海外の歴史あるホテルと比べると、やはり歴史が足りないので有ろうか。

    表向きのスタイルには何ら問題は無い訳であるが、何処か安っぽさを感じる。

    パーティー料理も形は整っているが、何か足りないと感じる。

    一流と言う気張りが、災いしているので有ろうか。

    何事も、自然が良かろう。

    世界

    2018年10月25日撮影:京都・鳥居井本にて。

    つづく。

  • 前略

    稀に、自分が信じる宗教を誹謗する者を見ると、あなたは不幸になるなどと説くも愚行者がいる。

    果たして、その教祖がそんな事を説いているので有ろうか。

    多分、その教祖の弟子達の誤りで有ろうが、極めて情けない信者どもである。

    その教祖は一人でも、その弟子たちが広めた宗派は沢山あるもので、出来損ないもある。

    気の毒は、その出来損ないを信じる信者達である。

    もっとも、そのほとんどの者達が、その誤りにも気付かず、その日を迎えているので有ろう。

    まあ、幸福感じて生きているならば、其れは幸福で有ろう。

    根本的な過ちに気付かず、今日も生きるは、其れも良かろう。

    2018年10月31日撮影:今宵の夕飯。

    世界


    つづく。

  • 前略

    子供の頃、良く大人の皆様に机上の空論と言われた事がある。

    今から思うに、そう言っていた大人も、大した者では無かったが、確かに力なき者、つまりは実行力のない者にとっては、暇潰しには良かろうが、ただの屁理屈なので有ろう。

    もっとも、自己慰め、自己満の世界を築くには、良き時間である。

    人の幸福は、その者の心の中にあるに過ぎないのである。

    この辺りの投稿欄を観れば、その世界に生きている者が多い。

    他人には、生き恥を晒してしるとは言いつつ、正に自分が生き恥を晒しているので有ろう。

    やはり自己中の世界が、災いしているので有ろうが、これまた常人の本音で有ろう。

    世界

    2018年10月25日撮影:銀閣寺にて。


    つづく。

  • >>No. 2240

    前略

    光の加減か、今日の我が家の紅葉は昨日より綺麗に変化している。

    実りの秋とは言うが、暑い夏の陽射しを乗り切り、秋の寒さにより綺麗に色づくので有ろう。

    中には、夏の水枯れに既に紅葉もなく、葉が落ちている樹々もある。

    これも、運なのか力不足なのかは定かではないが、現実である。

    何方が良いかはともかく、個人的には鮮やかな紅葉が良かろう。

    世界

    2018年10月30日撮影:リビングより。

    つづく。

  • 前略

    今日は、昼は名古屋駅前ホテルで会議、夕刻よりは地元で教育関係の役員会である。

    今週も、結構多忙な日程となっている。

    観れば暇な方々が、社会から疎外された自己満に生きる宗教哲学を語っている。

    まあ、どっちでも良い訳であるが、本人にとってそれが生き甲斐なので有ろう。

    もしや、時代的人物でもあるかの如くの台詞である。

    この辺りが、誠に目出度い事であるが、そこまで酔えれば人間卒業と言うよりは、やはり脱落組みのエリートコースなので有ろう。

    救われない今世を救う、良き良薬であり解決方法で有ろう。

    この現実も極楽浄土も、本人の心の問題で有ろう。

    もっとも、本人も余程の勘違い瞑想人間でない限り、まあ、冗談投稿なので有ろう。

    世界

    2018年10月25撮影:銀閣寺にて。

    つづく。

  • 前略

    昨夜は、帰路途中に夕食など頂き、夜遅くに無事自宅到着であった。

    先週は、軽井沢・東京・京都・神戸・宝塚と我が家にとっては秋のゴールデンタイムであった。

    何か良いか悪いかは、その人の価値観による判断ではあるが、こんな週は良き週との判断である。

    今日の姿は、その本人の歴史であり、結果で有ろう。

    明日の事など判らずが、今日から過去は歴史である。

    今更、ガチャガチャ語る事も無かろうが、これからも程々に意気感じる日々を望むところである。

    今週は、名古屋・東京と会議・記念パーティーの予定であるが、お気楽な時間となっている。

    秋の一日を楽しむには、概ね良好の予定である。

    今年の我が家も、綺麗な紅葉となっている。

    世界

    2018年10月29日撮影:紅葉の我が家。

    つづく。

  • >>No. 2238

    前略

    宙組の公演であったが、和モノか◆白鷺の城・洋モノが◆異人たちのルネサンスであった。

    和モノはともかく、洋モノは、かのレオナルド・ダビングに関わる人間模様を描いたもので、そんな時代解釈があったかのかと、あらためて感じた。

    かの◆モナリザの微笑み誕生の成り行きが演出されており、この辺りかつて聞いていたが、成る程との感想であった。

    来年は、久し振りにイタリアを予定している。
    既に、航空券・ホテルは予約済みである。

    勿論、フィレンツェには行く予定である。

    しかし、華やかな公演に、心豊かに感じるものである。

    世界

    2018年10月27日撮影:宝塚大劇場にて。

    つづく。

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