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投稿コメント一覧 (3806コメント)

  • >>No. 806

    私はいつの日か必ず心停止し息を引き取り死ぬ。そして私は死後硬直し火葬されて遺骨になる。

    となれば、私は一体なんのために生きているのであろうか?将来火葬されて遺骨になることを目指して生きているのであろうか?

    おそらく、私が生きることにはいつか必ず火葬されて遺骨に以外の理由があると思いたいのだが、本当にそれはあるのだろうか?

    私にとって生きる意味とは果たして何なのであろうか?

  • ああ、死ぬのが怖い!でも生きているのも苦しい!

    だから死ぬのこともちゃんと生きることもできない。

    苦しくて苦しくて仕方がない。

  • もう生きる意味がないかもしれないから、もう自殺した方が良いのかも、と思う私がいる。

    でも「もう生きる意味がないかも」と「かも」が付いているということは、心の底では「ひょっとしたらまだ生きる意味があるのかも」と少しの希望があるのかもしれない。

    だから私はまだ自殺せずに済んでいるのかもしれない。

  • >>No. 38

    吹雪さん

    ものすごく心配なので、再度書きます。

    吹雪さんは絶対に人を殺しませんよね?吹雪さんが実世界で本当に人を殺してしまうことはあり得ないことですよね?

    私はもしかしたら吹雪さんは本当に実世界で人を殺してしまうのではないかとすごく心配しています。ひょっとしたら、何度注意してもヒトラーの大量虐殺を賛美する吹雪さんは、本当に人を殺してしまいかねないとものすごく心配しています。

    吹雪さん。この場で約束してください。吹雪さんは人を殺すという極悪非道なことは決してしないとこの場で約束してください。

  • 吹雪さん

    これまで何度も書きましたが、吹雪さんはもし仮にどんなに強く人を殺したいと思ったと仮定しても、その殺したい思いがどんなに強くて激しくても、絶対に絶対に我慢して人を殺さない義務があるのですよ。

    人を殺してはいけないというのはこの世の無条件絶対真実であり、精神障害者の私が決めたことてもなんでもなく、この世の普遍的事実なのです。

    それにも関わらず吹雪さんは、精神障害者は殺されるべきとか、精神障害者を大量虐殺したヒトラーは良いことをしたとか、精神障害者の私がいくら注意しても書き続けていますよね。いい加減にやめたらどうですか?

    吹雪さんは、精神障害者は殺されるべき、とか書いてご自身の良心の呵責はないのですか?
    吹雪さんは、精神障害者は殺されるべき、とか書いてご自身の良心の呵責はないのですか?
    吹雪さんは、精神障害者は殺されるべき、とか書いてご自身の良心の呵責はないのですか?
    吹雪さんは、精神障害者は殺されるべき、とか書いてご自身の良心の呵責はないのですか?
    吹雪さんは、精神障害者は殺されるべき、とか書いてご自身の良心の呵責はないのですか?

    少し前に吹雪さんは人を殺せば懲役刑になるのは子供でもわかると書いていましたが、懲役では済まないかも知れませんよ。

    人を殺せば当然ながら死刑になることも多いのですよ。だから吹雪さんだってもし仮に人を殺せば死刑執行されて苦しみながら死んでいくのかもしれないのですよ。

    だから、吹雪さんは絶対に絶対に絶対に絶対に人を殺してはいけません。吹雪さんは精神障害者の私がいうことがさすがにもうわかりますよね?

    吹雪さんは絶対に人を殺してはいけないのです。

  • >>No. 940

    ああ、ああ、苦しい。

    生きるのが苦しい。生きているのが苦しい。

    苦しい。苦しい。苦しい。

  • >>No. 3

    まず、どんな病気でも「病気な状態」と「健康な状態」をハッキリと区別することは不可能です。

    例えば高血圧なら血圧が180なら間違いなく高血圧であることは疑う余地はないですね。

    では高血圧と高血圧ではない状態は血圧がいくら以上なら高血圧と診断するのか?これは医者でも見解がわかれます。

    それでも例えば血圧が140以上は高血圧だと定義するとしましょう。それでは血圧が139の人はどうなのか?141の人はどうなのか?朝に血圧を測ったら150だったけれども夕方に測ったら130の人はどうなのか?

    境界線をはっきりとさだめることは不可能ですね。

    精神の不調でもこれと同じだと思います。だれでも大きな失敗をすれば、精神的に落ち込みます。例えば本気で結婚しようと思っていた人に失恋したら数年間は精神的不調が続いても何の不思議もないかもしれませんね。

    それではこの人は精神的な病気なのかどうか?これは判断が非常に難しいですね。

    では「何の理由もないのに数年間精神的不調が続いている人」はどうなのか?本当に「何の理由もない」というのがもし仮に「真実」であればその人は病気と言えるかもしれませんね。でもその人は恥ずかしくて「不調の理由」を医者に言えないだけかもしれないし、そもそも本当は不調の理由があるのに本人ですら気づいていないだけかもしれませんね。

    そもそもどんな病気も「病気の状態」と「病気ではない状態」の境界は曖昧です。もちろんしにそうになっていれば、明らかに病気だと言えるでしょうが。

  • 人間は生きていれば病気になるのはごくごく当たり前のことですよ。身体の病気であれ、精神の病気であれ。

    もし精神の病気になったことを「甘え」とするのであれば、不摂生を重ねて太りすぎで心臓病になった人も「甘え」とせざるを得なくなってしまいますよね?

    どんな病気にも生活習慣とか、睡眠不足とか食べ過ぎとか、運動不足とか原因があります。それらを全て「甘え」として「自分が弱いせい」にして自己責任にしてしまえば、この世から健康保険も消えざるを得なくなってしまいますし、

    太りすぎで心臓病になった人に「体重を自己管理できずに太りすぎで心臓病になったのは『甘え』だから、医者にも行かず薬も飲まず、『気合い』で治しなさい。」

    と言ってしまえば、この世は無茶苦茶になってしまいますね。心の病気にももちろんいろいろな「原因」はあるのでしょうね。心臓病にも肝臓病にも「原因」があるのと全く同じように。

    しかし、それらをみんな「甘え」と言ってしまえば「全く何も病気にならない強い人間」のみが生き残ることになりますね。そういう「究極の弱肉強食社会」は果たして人間社会のあるべき姿でしょうか?私はそうは思いません。

    身体の病気であれ心の病気であれ何らかの原因があり、どちらの場合にもそれらを「甘え」と定義しようとすれば定義できてしまいそうですね。でもそれでは社会が崩壊してしまいます。

    身体の病気であれ心の病気であれ、やはり「病気は病気」であれ、それは身体の病気でも心の病気でも全く同じことだと私は思います。

  • >>No. 803

    804は802への返信ではなく、803への返信です。返信元を間違えてしまってすみません。

  • >>No. 802

    まあそうかもしれませんね。

    死のうと思えばいつでも死ねると思えば、死に急ぐ必要は確かにないのかもしれませんね。

    今日死のうと思っても、必ずしも今日死なないといけないわけではない。明日に死ぬのを先伸ばしにしてもかまわない。明後日でもよいのかもしれない。場合によっては来年でもよいのかもしれない。

    いつでも死ねるのなら死にたいと思っても来年に先伸ばししてもよいかもしれないし、再来年でもよいかもしれない。場合によっては5年後でもよいかもしれない。

    そうこうしているうちに寿命の方が先に来るかもしれない。以外と畳の上で老衰で死ねるのかもしれない。

    そうですね。あなたのおっしゃる通りですね。

    良いアドバイスをありがとうございます。少しだけ気持ちが楽になりました。

    いつでも死ねるのなら、死ぬのを急ぐ必要はない。確かにあなたのおっしゃる通りですね。

  • >>No. 3788

    森田療法に携わっている極悪非道な者ども達へ

    邪悪で病気の患者をさらに追い詰めている極悪非道な森田療法に携わっている人達から反論がありませんね。

    あなたたちも、既に自分達の森田療法なるものが、患者をさらに追い詰めている邪悪で極悪非道なものだと気づいているということでしょうかね。

    森田療法の本質的で邪悪な点は、人間の心は本来弱いものでそれが当然だという事実を無視していることです。

    だから「病気は気のせいだ」とか「病気だと思うから病気だと感じるのだ」とか「病気に意識を向けるから病気だと思うのだ」とかの、ありとあらゆるインキチで事実として病気に苦しんでいる患者をさらに追い詰めても罪の意識を持たず反省もせずに、「病気を気にする患者のせいだ」と患者をさらに追い詰めて苦しめて、自分達はあたかも正しいことをしているかのような虚偽妄言をしても何の罪の意識もなく反省もしないのだ。

    病気の患者は病気に苦しんでいる。だから病気のことを考えて病気に意識がいく。これは身体の病気であれ心の病気であれ、当然で当たり前のことなのに、この当たり前のことを平気で意図的に無視しようとする。こんなに患者を苦しめて追い詰めておいて貴様らには良心の呵責というものが存在しないのか?

    人間の心は本来弱いものでそれは当然で当たり前のことなのに、この当然の事実を意図的に無視しようとする。

    こんなに邪悪で極悪非道なことがこの世にあろうか?

    今すぐに邪悪で極悪非道な森田療法を止めろ!もうこれ以上心が弱って苦しんでいる患者をさらに追い詰めるのを今すぐ止めろ!

    あなた達に少しでも人間としての最低限の良心が存在するのであれば。

  • 森田療法はインチキです。こんなものを信じたら本当に命を落としてしまいかねません。森田療法は極悪非道です。ただでさえ苦しんでいる患者をさらに追い詰めます。だから邪悪で極悪非道です。

    森田療法はインチキです。こんなものを信じたら本当に命を落としてしまいかねません。森田療法は極悪非道です。ただでさえ苦しんでいる患者をさらに追い詰めます。だから邪悪で極悪非道です。

    森田療法はインチキです。こんなものを信じたら本当に命を落としてしまいかねません。森田療法は極悪非道です。ただでさえ苦しんでいる患者をさらに追い詰めます。だから邪悪で極悪非道です。

    森田療法はインチキです。こんなものを信じたら本当に命を落としてしまいかねません。森田療法は極悪非道です。ただでさえ苦しんでいる患者をさらに追い詰めます。だから邪悪で極悪非道です。

    森田療法に従事している全ての者に告ぐ。貴様らは本当に病気の患者に「気の持ちようだ」とか「病気だと思うから病気に感じる」とか本当に病気に苦しんでいる数多くの患者をさらに追い詰めているではないか。

    貴様らは苦しむ患者をさらに追い詰めている事実を自ら極悪非道だと思わないのか?自らを反省して心の奥の奥の奥の奥底から心を入れ換えるつもりはないのか?

    人間は本来心が弱いのが当然の姿だという事実から目を背け続けるのか?

    貴様らは苦しむ患者をさらに追い詰めても良心の呵責を感じないのか?

    今すぐにインチキ療法を止めろ?一体どれだけ多くの患者を「病気は気のせい」とか極悪非道にも追い詰めて苦しめているのに自ら反省する気持ちのカケラもないのか?

    人間の心は本来弱いものという客観的事実にいつまで目を背け続けるのか?

    いい加減にしろ?

    邪悪で極悪非道な森田療法はすぐに止めろ!貴様らはこれからも患者を苦しめ続けるつもりの極悪非道の連中なのか?本当に本当に本当に本当に心の奥底から反省しろ!

    人間は本来心が弱いものという事実にしっかりと目を向けろ!

  • もう死のう。と思っても死ぬのを躊躇してしまう自分がいる。

    でも、これでよいのかもしれない。もし躊躇しなければ、本当に死んでしまうから。

  • 私っていつか必ず死ぬのですよね?

    怖いです。怖くて怖くて仕方がありません。

  • 私は本当にこの世で生きることができるのであろうか?

  • 私って、いつか必ず死ぬのですよね?

    それが今日でなければよいのだけども。

  • 私は本当に命尽きて死んでしまうのであろうか?

    死ぬのが怖くて怖くて仕方がないにもかかわらず。

  • ああ、死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!死ぬのが怖い!自殺するのが怖い!

    ああ、死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!

    うぉ~!ぎゃ~!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!

    ああ、死ぬのが怖い!死ぬのが恐ろしい!死ぬのが怖い!死ぬのが恐ろしい!死ぬのが怖い!死ぬのが恐ろしい!

    うぉ~!ぎゃ~!うぉ~!ぎゃ~!ああ、怖い!怖い!怖い!怖い!

    ああ、ああ、

  • 地獄の奥の奥底から聞こえてくる。恐ろしい恐ろしい死神の呪いが。

    ああ、苦しい!苦しい!生きるのが苦しい!生きているのが苦しい!

    叫べ!叫べ!叫べ!叫べ!叫べ!叫べ!叫べ!叫べ!叫べ!叫べ!叫べ!叫べ!

    叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!叫ぼう!

    ああ、死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!死ぬのが怖い!生きているのが苦しい!

    ああ、苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!

    生きるのが苦しい!生きているのが苦しい!

    でも死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!死ぬのが怖い!

    ああ、私は八方塞がり。

  • 私って、もう本当に死んでしまうのかな?本当に自殺してしまうのかな?

    いままでつらいことや苦しいことがあっても、なんとか頑張って乗り越えてきた。どんなに苦しくてもどんなに挫折しても、時間がかかっても地獄の底から苦労して這い上がってきた。

    でも精神科医は、

    這い上がろうとするから苦労する。這い上がろうとしなければ苦労しない。

    なんてことを言って私を苦しめる。今までどんなに挫折しても時間がかかっても這い上がろうとしてきたから、今までなんとか生きてこられた。

    挫折から這い上がれても、這い上がれなくても、這い上がろうとする力そのものが私の生きる力になってきたのに、精神科医はそれを否定して私から生きる力を奪おうとしている。

    もう本当に死んでしまおうかとも思ってしまう。

    私から辛くても生きようとする力そのものを奪おうとするのであれば。

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