ここから本文です

投稿コメント一覧 (829コメント)

  • >>No. 2454

    おはようございます♪

    >プロかどうかは怪しいものですけれども。。KWを例えば、朝鮮鐘・石の床・釜山>で設定して、画像検索をして、すなおさんの描写のような石の床を探し

    >鐘の画像から↓こちらにも着いたのですけれども。。

    >小坊主くんのお土産売り場に、同じタイプの子たちが並んでいて、2000ウォンっというあたりから
    >↓もしかしてこんな感じでしょうか?_?
     ttps://www.pusannavi.com/miru/1150/
    >こっちかしら?_?と伺ったのでした。

    >それにしても、もうひとつのほうの鐘・縁の曲線もデザインが異なるし、朝鮮鐘を調べると九州の鐘にも届いたりして、ただ、すり鉢状の床がある>というのが韓国風(のどの時代かのもの)なのかしらと想像したことでした。

    なるほどです。まずは、KWにプロを感じます。「朝鮮鐘ちょうせんしょう」という言葉を私は知りませんでした。「石の床」というのも凄いです。私は、「地面がすり鉢」、と言っただけなのでした。そして最後の決め手はやはり「小坊主」だったのですね。それにしてもこの鐘の音を聴きたいものです。振動音響の専門家の集団だったのに、寺の和尚に懇願しなかったのは、プロらしからぬ、アマと言われても仕方のないことですね^ ^

    >♪ 異質なものの組み合わせ。。でいくと、たこ焼きやシュウマイふうの和菓子。。とか。。上に♪をのせる。フォーチューンクッキーふうに、その♪にひとつだけ目印をつけておく。
    和菓子をひとつ余分につくっておき、当たった人にもういっこ。で。。その人は次回のカラオケで一番に歌い、周囲は桜になりきって盛り上げる♪。。。とか・・ちょっと邪道。。そういう話じゃないですよね。

    いえいえ、なかなかの、豊かな想像力を感じます。今度の英語構文は、If … then… です。もしも、ハミングさんが勉強会に参加されれば、その時、物作りアイデアは一挙に加速するでしょう。もっとも、フォーチューンクッキーもどきのものは、先日の勉強会でも話題になりました。優れもののアイデアの数々ありがとうございます。

  • >>No. 2452

    おはようございます♪

    >鐘の開口部に対応する地面がすり鉢のように掘られている。。ってどんな感じなのかしら。。と探してみたのですが、
    ↓もしかしてこんな感じでしょうか?_?
    ttps://www.pusannavi.com/miru/1150/

    ご紹介ありがとうございます。大正解です。ここで何故か高校英語を思い出しました。Not only…..but also の構文です。ハミングさんは、音楽のプロだけでなく、検索のプロでもあったのですね♪ 証拠写真を添付します。不鮮明ですが、<壇戒剛金>の表示が見えます。寺のひさしの左下には研究仲間の姿もあります。

    >>鐘の響きが良好になるとの説明でしたが、確認はできませんでした。
    >鐘撞楼それ自体が鐘の音と共鳴するというのは、楽器みたいですね。壁とドアとか窓をつけて、開閉めして音量調節をしたり、音が響いている間に開け閉てすると音色が変化してわうわうと聞こえたりしたら、何かの合図にも使えるかも。。などと想像してしまいました♪

    おっしゃるとおり興味深いですね。鐘の響きの確認できなかったのが残念です。鐘の開口部に対応する地面のすり鉢が、トランペットのミュートのように感じられました。わうわうと、やはり聴こえそうですね。

    >。。。ということは、一曲3分として、すなおさんが9曲歌われて30分。もうお二人もそれ以上は歌われるでしょうから、みんなで2時間コース昼食付きって感じでしょうか。リフレッシュされたことでしょう。 それに高評価もいただいて、ますますよかったですね♪ 小坊主くんの応援の賜も幾分あったかも。。

    ご指摘のとおり2時間で、たこ焼きとシュウマイ付きでした。タイトル「創作和菓子」→テーマ「みんなが喜んで集まりたくなるような和菓子」→キーワード「魅力がある」→類比QA「カラオケ」とつながるカラオケではあるのですが、和菓子ではなくて、たこ焼きやシュウマイを注文したので、 小坊主くんは、少しへそを曲げて、「カラオケで遊んでばかりいないで早く木魚を叩けるようにアイデアを創出しなさいよ」と言っているようにも感じました^ ^

  • >>No. 2450

    おはようございます♪

    >この(釜山でしたっけ?)のお寺のお土産売り場からお連れ申し上げた小坊主くんは。。

    ご紹介ありがとうございます。1997年韓国の慶州で開催されたAPVC (Asia-Pacific Vibration Conference)で私は研究仲間とともに論文の発表をしました。そのときに韓国の大学の先生には公私にわたってお世話になりました。会議を終えて慶州から釜山へと先生たちに案内されました。釜山のお寺も見学させてもらいました。お寺の鐘が地上1mくらいと低くセットされ、鐘の開口部に対応する地面がすり鉢のように掘られているのを興味深く見学しました。鐘の響きが良好になるとの説明でしたが、確認はできませんでした。そのお寺の近くの売店で小坊主を買ったような記憶があります。この小坊主は、私と目が合ったので、ゲットしました。小坊主は何かを訴えかけているようでした。「もっと勉強してもっと良い論文を発表しなさい」と訴えていたのかもしれません^ ^

    >木魚をたたいて読経ができるロボットもあるらしく。。心をいれられるか(心が入っていると人が感じるか)がポイントとか。

    ご紹介ありがとうございます。経典を読む音声と木魚の叩き方をよりスマートにするように、今後改善されれば、私は、一式購入し、毎日一緒になって修行することで、私の物作りアイデアを加速できるかもです。心は、他力本願ではなく自分自身で入れま~す^ ^

    昨日の勉強会をブログにアップしました。参加者三人のうち一人は第九合唱の練習とかで早退しました。これに負けまいと、残る二人はカラオケ店へ直行し、練習しました。私が歌ったのは、涙そうそう、有楽町で会いましょう、ラブミーテンダー、胸の振り子、思い出のサンフランシスコ、二人の大阪、愛の讃歌、泣かないで、別れのブルースなどでした。このうちで、「しゃくり、フォール、こぶし」などのカラオケ評価では90点をゲットしたのは「泣かないで」でした^ ^ 人の評価では「すなおさんのお声はダイレクトにハートに響いてきました。心地よくて素敵でした。もしかしたら天性のヒーリングヴォイスかもしれませんね(^_−)−☆ またぜひカラオケお誘いください(^^)」ということでした^ ^

  • 木魚を響かせられるように今日もがんばります♪

  • >>No. 2447

    おはようございます♪

    >昨日の宴会芸は無事終わりました〜。

    おつかれさまでした。大盛況でよかったですね。

    赤いバンダナ、お父さまの尺八、二人は若い・みあげてごらん夜の星をなどの曲目、90人ほどの参加者、新しく越してきた人、生後2週間の赤ちゃん! キーワードだけで情景が浮かんできます♪ ご紹介ありがとうございます。

    >で。。宴のあとは別人モードから本人に戻り〜K.515・K516を聞きながら
    ttps://www.youtube.com/watch?v=LwHp67lb0b8
    ttps://www.youtube.com/watch?v=hEFu9iV0Zxw

    ご紹介ありがとうございます。ソロであればバイオリンなど弦楽器よりもピアノの方がサラッとしていてしつこさを感じなくて私は好きですが、弦楽器も五重奏となるとしつこさが緩和されて聴き易いようです。

    >こちらの<死とモーツァルト―ゲオンとの比較による小林秀雄試論>を、そうかな〜と読んでおりました。。
    ttps://ameblo.jp/lajeuneparque3/entry-11967282786.html

    ご紹介ありがとうございます。「生と死」を、曲を作ることでモーツアルトは乗り越えたように、私は感じています。曲でなく、「尊厳の芸術展」のように、物を作っても同じように思います。
    尊厳の芸術展
    ttps://allabout.co.jp/gm/gc/403372/
    ・・・第二次世界大戦中に強制収容所に収容された日系アメリカ人たちが、生活のために手作りで制作した家具、日用品、工芸品、絵画などを紹介した同展は、アメリカ国内で大反響を呼んだのです。

    >>日曜の物作りアイデアの勉強会はやはり参加が少ないですが、一人になっても頑張ります♪
    >外野で応援しております♪

    応援ありがとうございます。

    >木魚の響きはすなおさんのアイデアが生まれる瞬間のイメージです!

    木魚を響かせられるように今日もがんばります♪

  • >>No. 2444

    >ありがとうございます。短そうなので先に今朝読みました〜。直感や気づきを生み出すメカニズムを意識的に真似る・大脳右半球優先で考えるためのマニュアル。左脳の担う言語によって、右脳から(過去の経験の蓄積である)イメージを引き出す。
    KW・アナロジーでイメージする周辺記憶を、問題に対して利用できないか、空間や時間の限定を外し、因果関係がある場合はもちろん、なさそうな場合も(なぞかけなどで柔軟に瞑想しながら)、俯瞰していき、ブレークスルーに至る!
    ttps://www.youtube.com/watch?v=FefMafbt1PY

    HBCモデルとNM法の真髄をマスターされたことを祝福するような木魚の響き、おめでとうございます。

    >今日は実は午後から地区全体の親睦会で、敬老会も出演依頼がきており、最終的には、みんなでうたおう>というプログラムで、二人は若い・男はつらいよ・見上げてご覧夜の☆を>に加えて、ジブリアニメからさんぽ・文部省唱歌のほうのふるさと>という5曲になってしまいました。
    >これから先の二曲の歌詞を模造紙に書き出し〜、音色を選び直し、もちょっと音色ボタン切り替えを含めて練習したり、グループ紹介・曲目紹介と、どの部分を参加していっしょに歌って貰いたいかなどをちょっと考えたり、100円ショップで揃いのバンダナ入手をしたりして、4時前には楽器やすいかわり棒などを持って、おまつりぷち正装ででかける予定です。。
    >男はつらいよ>は台詞部分をこちらの地方版に書き直して、新結成したバンカラボーイズで父は尺八で台詞のとき乱入するらしく。。
    >音楽やる方に、以前、楽器加勢をお願いしたところ、僕はプロなのでこういうところでは演奏しませんけど別のプロの紹介はできます♪なんていわれて俯いた私としては、宴会芸担当でいつまでも遊んでていいのか、と思ったりします。が〜。。十年目にはいっていよいよよれよれしてきた敬老会の方々がやるっていってるんだからやるか〜やるんだったら恥ずかしそうにやったら聞いているほうも困るだろうし、晴れ晴れやるのみ♪
    。。。ということで、これから準備と練習、がんばりま〜す^_^)。。。V

    ハミングさんのプロからアマチュアまでの幅広い音楽芸術活動を応援しています。

  • >>No. 2443

    おはようございます♪

    >昨日は仙台にいってきました。集中的に春の海>の練習だったのですが、ABA+結>と進む構成の、再現部Aを、直感のヒトである先生が省略したくなってしまったがために、序破急→序破序>という静けさに徹した、当時としては革新的な、西洋ふう(時間的)構成原理をとりいれた。。というウリが消滅しました〜”−)

    おつかれさまです。直感のヒトに対応するには、今まさにHBC(人脳コンピュータ)モデルの理解が役立つかもです^ ^

    >その他にもウリは、旋法的な構成原理で音を選び、結果として大きくぶつからず破綻がない>というところから一歩脱しての、和声的(ユニゾンで主を従ががおいかけるといった単一楽想による構成ではない)・和楽器による合奏>。。。ってことになっているのですけれども。。それは合唱3部もあり、ピアノも琴もあるので、残りました。
    >琴とはあいかわらずあわせていませんが〜合唱のほうの、コトバ(歌詞)と音(発声)をイメージをもって連結して表現力を練る!という段階は、幾分進んだ・・ような・・感じです♪
    >プログラムとして、合唱編曲のこの曲の前か後に、原曲の尺八と琴での演奏を組む構想らしく、イメージのひとである先生♪的には、ステージライトも演奏前後のさあっお聴き下さいっ♪というにこやかな表情も、既に動き始めている感じのような印象ですが、実はまだ会場がとれていなかったりします@_@)

    いろいろな嗜好があって楽しそうですね。会場を早めに決めて、会場の音響効果に合わせることも大事かもですね。

    >船頭多くして船山に登る。なので、意見は一度いうだけにして、あとは、任せておいて♪とおっしゃる先生にお任せで、琴パートをピアノの音に可能なかぎり統合して、琴なしバージョンピアノ伴奏版の決定打を密かに制作しています。
    >女子力で何かを察知するのか、メンバーの方から、あなたのピアノの音に波の音が重なって聞こえるのよ〜とかいっていただくのですが、こんな展開になってしまうのも、ひとりでやっていてはアリエナイこととしてただただ面白く、中山さんの本を読んでもついつい対比して更に面白くなってしまっておりました。

    船頭さんに基本的にはお任せして、みんなが一つ船に乗り合わせて、心地よく伝わって来る波を感性豊かに察知しながら、乗り心地を楽しんでいるということでしょうね^ ^

  • >>No. 2440

    HBC(人脳コンピュータ)モデルとNM法が共に解説されているのでこの資料がベターかもです。
    ttp://dtcn-wisdom.jp/J-Edition%202/J13-Appx%20A.pdf

  • >>No. 2439

    おはようございます♪

    朝夕こちらもだいぶ涼しく感じられるようになりました。

    >トピの初めの頃・2011年の春周辺・2013年5月の投稿などはなくなっていますけれども、残っている初めの頃に、表現アートセラピーの本の話がありました。。

    No.521の表現アートセラピーの本についての私の投稿は2012年の暮ですね。そして、小野京子さんにメールで受講を申し込んだのが2016年の夏でした。本を読んで3年半も経ってから行動に起すというのは私としては遅いかもです^ ^

    >オオカバマダラの話も、ロスの本の話からしました。その頃、阿武隈連峰を越えようとするアサギマダラをこちらの山でみつけたりして♪毎日がアルツハイマー>という映画・ユマニチュード。。

    そのころは私としても認知症介護とか死生観とかについて模索中であったような。

    >映画「ひまわり」は、ひまわり畑の下に沢山の兵士が眠っているロシアへ、恋人を探しに行く話ですね。ひまわりは、太陽の方向を向こうとする花に、希望を捨てずに探し続ける行為の象徴であると同時に、夏が過ぎて枯れていく花にすれちがっていく人間の愛も枯れていくのを重ねた。。という感じなのでしょうか。
    音楽も印象的でしたね。

    ご指摘のようにその物語に意味をもつ花なのでしょうね。そして、石楠花、紫陽花、向日葵・・・何故か私の好きな花でもあります。

    >>この夏は、「 NM法のすべて」中山正和著 産業大学出版(1977)を再読しました。
    >こちらもご紹介ありがとうございます。
    >日曜までちょっと予定が混んでいるので、それ以降、本とあわせて読みたく思います。

    「 NM法のすべて」の本は400ページもあります。アイデア発想NM法と題して20ページ足らずの資料が比較的最近の2015年にカメラ会社の人によって紹介されています。この方法は現在も活かされているようで嬉しく思いました。
    ttp://www.iwel.co.jp/kenkyukai/shiryo/NM_Text_150321terasaka.pdf

    日曜の物造りイデアの勉強会はやはり参加が少ないですが、一人になっても頑張ります♪

  • >>No. 2437

    おはようございます♪

    >ともあれ、別れに際して、ひとりひとりに、心配することなく、それぞれに、いろいろなありがとうをいわれ、祝福されたのではと思います。

    そして、ここまでいろいろとお話をしてきて、このお盆休みに至って、亡くなった人たちのお話し、ハミングさんのお母さまのこと、私の両親のことなどが、この「心の旅」でお話できて良かったと思います^ ^

    >今日の午後は喜多方に遠出してきました。ここです。
     ttps://4travel.jp/travelogue/11043631
    >スキー場のゲレンデのヒマワリ畑ですので、結構傾斜がきつく、父を連れて行ったのですが、丘ひとつの中腹で父はリタイヤし、ロッジの日陰で休んでいました。人が帰る4時頃から1時間ほどいて、沢山のヒマワリが咲く丘から会津盆地を見渡すイメージを体験してきました。沢山のヒマワリが同じ方向を向いている様子は、いつみても、どこか不思議な気持ちになります。

    ご紹介ありがとうございます。沢山のヒマワリ・・・映画「ひまわり」にも不思議感がありました。
    ttps://www.bing.com/images/search?q=%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%B2%E3%81%BE%E3%82%8F%E3%82%8A&FORM=HDRSC2

    >この曲、好きなのですが、フルートのしっくりくる渋さ、同じ人なんですね♪わかりました。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=GCxIJolUlhA
    ご紹介ありがとうございます。

    この人とこの人の組み合わせも探していましたが、やっと今見つかりました。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=gbkG-q4ATro
    Bobbi Humphrey & Lee Morgan - 1971 - Flute-In - 03 Sidewinder

    この夏は、「 NM法のすべて」中山正和著 産業大学出版(1977)を再読しました。HBC (人脳コンピュータ) モデルを作成し、これを基に、NM発想法、仮説設定、夢解釈、文章作成心得、仏の知恵、工学禅など興味深く解説しています。
    ttp://www.geocities.co.jp/NatureLand/7243/daijyounohatten.html#_Toc56566947

  • >>No. 2435

    おはようございます♪

    >自立であっても、孤立ではなく、結果としての孤独は受け入れながら、周囲との交流の余地も残し、将来的に(私の)手を借りる量が増えれば、甘んじて受ける。というような感じであることを、書いておきたく思いました。昔はもっと、さしのべる手は振り払うようなところがあり、もの言いもどちらかというと烈しいほうの父でしたので、(私含め)周りは困惑したり傷ついたり、いなくなったりしていました〜。
    >守ることによって、自分の孤独感もなく強くいられたのに、その対象の母を亡くしたことは、父にとって大きなレッスンだったと思います。甥のサポート経験・兄との義絶も、自分の体力が弱ってきていることも、同じく大切なレッスンなのでしょう。
    そんななか同世代との交流で、バンカラだった時代の自分の伸びやかさを発掘する、これも同じく。。。

    自立することと甘んじて受けること、ともに大事なことのように思います。

    >求めない・拒まないということですね。覚悟をもっての成り行き任せというような。。

    結果的には、両親自慢の医学博士の三男による医療と、独身のまま献身的な長女による介護と、長男による充分な医療費介護費の支援を、両親とも受けたのですから、これ以上の看取りはないだろう、と、たくさんの孫の顔を見せただけで役立つこともせず存在していただけの次男である私は、思っています^ ^

    >生きていくために助力が必要な場合が、私たち人間にはあるものの、助力を依頼する相手がかならずしも血縁でなくてはならないことはないように(自分自身については)私も思ってはいます。
    >ですが、手を伸べる側としての自分自身としては、父の意思を尊重しつつも、必要になったら、悲惨になるまで孤軍奮闘せず、人間への信頼をもって、伸べられる手をとるのも人徳であり教育だと私自身は思う、と、ミーメッセージとして父には、ぷちプレッシャーをかけておきました〜。
    >三人称・二人称・一人称としての話になってしまいました。。

    ハミングさんの今までの言動について私は賛成です。

    今日はこの曲にのってムーブメントしたい気持ちです^ ^
    ttps://www.youtube.com/watch?v=RJEjFh2FOzA

  • >>No. 2432

    >むむむ。。夏は畑に朝5時からいってひとりで草刈りをしているようです。家族持ちにその時間割は無理なので、私は行かないのですが、8時頃戻ってきて、一人シャワーをあび、朝食を作り、一休みして、洗濯をしたり、尺八を練習したり、本を読んだり、この頃はテレビをつけて眠ったりして、もっぱら一人で過ごす父です。 入浴と夕食の1時間半はいつもいっしょですが。。 今週末の町会の親睦会では、敬老会への出演依頼(?)がきており、男性4人で、(主力の歌い手は都合で不参加)、二人は若い・みあげてごらん夜の星をの他、男はつらいよ>を歌うそうです。

    >歌詞でわけても気にいっているらしいのは、「どぶに落ちても根のあるやつはいつかははちすの花と咲く」「目方でおとこが売れるなら」。。また、フ〜テンらしき台詞の啖呵も、肩の力が抜けるのか、好きなようです。
    >で。。台詞の地名をおきかえて、生まれも育ちもこの街のお一人が担当するあいだ、尺八でメロデイ〜をとる!と張り切っていました。
    >それで、先週は、抜き打ちで、いつものMさんが、わかもの80才のSさんを誘って、酒と徳利をリュックにいれて、よろよろ歩いてきて、練習会という名の呑み会でした。Sさんは鉱山技師でいらした方で、この頃のご参加です。
    >バンカラな歌声で、父とこういう時間をもつようになるとはと、1時間ほどですが、面白かったです。

    お父さまについてのご紹介ありがとうございます。

    私の父親は、「親の意見となすび(茄子)の花は、千に一つの無駄もない」「親は子を産んでやっただけで充分、小学校を出してやっただけで充分であとは自分で仕事をするなり進学するなりして生きていきなさい」という時代に生きて、それを実行してきたようです。その父親が私たち子どもに対して言っていた言葉があります。「世の中にたった二人しかいない両親のために働くのではなくて、世の中の大勢の人たちのために働きなさい」「子育てを終えた親鳥はそのまま死んでいく、子どもの鳥たちに面倒を看てもらうこともないし、人間の親のように期待をする、こともない」というものでした。

    そのような父親の姿にすがすがしさを感じています。孤独死はないに越したことはありませんが、必要以上に騒ぎ立てることもないように思っています。人は最後はたった一人で死んでいくのですから。

  • >>No. 2431

    おはようございます♪

    >ワークショップやボランティアなどのお誘いも折々におありでいらっしゃるのですから、これはつまり、主観的な距離・あるいはこころを満たすような興味とか動機の強さが、ある程度の輪郭をつかんで少し減じて、以前ほど強くは惹かれなくなった、ということでしょうか。
    >あるいは、介護状況の進行やご自身の体調変化など、他との関連があるものとして認識する>ということで考えれば、ご自身のフェルトセンスを完全に把握することに最も集中して、オリジナルな活動の割合をキープしていこうとする時期になった、ということでしょうか。

    主観的な距離はおっしゃるとおりです。興味や動機が減じたことも他人へ余計な影響を与えてしまうこともそうですが、おっしゃるように、介護負担の増加と身体能力の減少がより大きな理由です。
    その一方で、学会では10年で30回の1週間セミナーの講師、資格試験問題の作成提案、訓練機関の認定など「良」の自己評価です。協会では5年で3件の論文投稿、個人対話、被災者支援、自殺防止カフェ企画など「優」の自己評価です。家族会では6年で介護体験を物語る新企画、音楽療法のイベント企画、緩和ケア医師の講演企画、死生観と看取りの講演などオーガナイザーやファシリテーターで「優」の評価です。NPOでは立ち上げの頑張りの「良」の評価です。各種業務は頑張ったので卒業いたしま~す♪ という意識があります。

    >思うに、すなおさんの知識や経験を生かす物作りと、例えば私のようなフツーの人が考える物作りとを同時に進めて、グループとしての化学変化みたいなものを期待するとして、すなおさんが独立峰的にいらっしゃる場合、変化は進行しにくいということでしょうか?
    エンジニア系のお知り合いで親しい方数人をお誘いし、グループの組成に少し変化を加えるとか。。男女比が変わるともしかしたら面白いかもしれませんし♪ 一人で続けるのはもちろん基本でしょうけれども。。

    ご提案ありがとうございます。一人で続けるのを基本として考えていきたいと思います。

  • >>No. 2428

    おはようございます♪

    >閉じた空間での孤軍奮闘より遙かによいような。。それに、影響されるかどうかは、受けてが選び取ることなのですから、選ばれるとしたら、それは、価値のあることだから、ということなのだと思います。

    そうかもしれませんが、私としては、協会や学会から離れ、家族会やNPOからも距離を置くようになりました。残るのは、勉強会だけなのですが、これも、個人でやれば良いようなものをグループでやっている状況ともいえます。それで、物作りなど少し堅苦しいテーマにこだわってメンバーが集まらなければ、これも一人で続けるようになるかもしれません。一人でやって、やがては一人でこの世を去っていくのが基本かもです。ハミングさんのお父さまの気持ちがわかるようです。

    >母の場合は、介護期間が長く、兄弟のお嫁さんが、介護の担い手としての役割を押しつけられるのではないかといった攻防(?)もあり、世代間ギャップもあれば、介護保険もないころからでしたから。。
    >私の所もそれなりに大変でしたが、他は(そればかりがもとではないでしょうけれども)シャッフルとなりました。で。リニューアル(?)に伴い新しい人間関係が複雑化した、というような。
    >同世代とのおつきあいも、まだやってるの〜的な視線や、自由な持ち時間の少なさから、早くより激減♪ それはそれでその程度のことだったのだと後悔はしませんでしたが。。人間への無条件の信頼はないかも。なので人間関係はとても大事にし、大事にしてももらっているかもです。

    人間関係は大事ですね。妹は一人なので帰郷のときにいつも言っています。職場での若い事務員さん、税理士の若い先生、川柳の友だちなどは、妹が体調を悪くしたときなどいつでも駆けつけてくれたようです。これからも大事にしたいと繰り返して言っています。それはそれで大事なことと私も思います。

    >理解を求めるとか周囲に影響を与える>というようなことは、第一義的なことではななくて、副次的なことなのですね。→理解される・周囲に影響する

    フォーカサーにとって大切なことのように思われます。もっともフェルトセンス自体は他から完全に切り離されたフォーカサー内部のものとみるよりは、他との関連があるものとして認識する必要があるとは思います。

  • >>No. 2425

    おはようございます♪

    >ええっそうなんですか?_? ほどよさ代表(と勝手に私が思っている)すなおさんですら、そのような人間界のごたごたの波が打ち寄せてくるとは、驚きですが、あるある>共有なわけですから、あるある>なのでしょうね。。

    吃音と認知症介護は私の人生の2大体験のように感じています。この体験を通して学んだことは自分の今後に生かすのが本意です。しかし、協会などの関係者からの誘いとはいえ、ワークショップやボランティアを通じて他人にも影響を与えることがあるのは恐れ多いことのように思っています。

    >なるほどです。人間に対してロマンチストであるすなおさんが、比較的ご存じの男性性・イマイチご存じではない女性性に対して、前者同様クリアにしておきたいのに、障壁としても作用する柔らかな靄にモヤモヤを感じられた。。とか?

    吃音のバイアスのために対人恐怖のように男性にもイマイチで、女性に対しては柔らかな真綿で締め付けられるように強力に作用していたようです。

    そして、フェルトシフトによって、アートセラピーで描いたイメージで、左のピンクの縮こまっていたモヤモヤ形状が、右のピンクの中央にハートをもつ大きなモヤモヤ形状に開放されているようです。

    >周囲条件による影響>を考慮するとして、それが、お天気のように受け入れるしかないことなのか、働きかけ可能なのか、といった分類はあってもよいかも。。

    「我思う、故に我在り」という命題がありますが、私にとっては「我フェルトセンスを感ず、故に我在り」というのが命題です。私のこのフェルトセンスを私自身が完全に把握することが最も大事です。周囲条件による影響は、その一助として考えているだけです。

    >ちなみに、私が描きましたのは、絵の会メンバーYさんのご主人が近所の畑を借りて作った、くろむすめ>というこだまスイカです。デンスケのような光沢を帯びた黒っぽい皮で、果肉は赤です。
    >深く穴を掘って肥料をいれた土に、野ねずみ・モグラの被害を防ぐべく、周りに彼岸花を沢山植えたとか。。このところの晴天で、甘い実が16こ、無傷で採れたそうでした。
    >同じ大きさのカボチャ(オレンジ色の金山カボチャ)と比べると、スイカのほうがずっしりと重かったです。

    解説ありがとうございます。描かれている果物や野菜が貴重なことを物語っているのですね。

  • >>No. 2422

    こんばんは♪

    >原因が互いの内部にあるにはあるものの、他の兄弟の状況への偏見に基づく、常識から外れた非難や揶揄や拒否の言動がネックにて。。なぜそんな人格を疑わせるような言を発するに至ったか、情報収集したとしても、つまり、理解に基づく対処や説得はムダであって、分離しかない>というのが、1・0思考の父の結論のようです。

    他の兄弟姉妹の状況への「被害妄想」に基づく、常識から外れた非難や揶揄や拒否の言動がネックにて、「認知症」という病気ゆえのことと判明してからも、10年ほど前から私のところも義理の兄弟姉妹とは電話拒絶のままです。葬式の知らせくらいはくるかもしれませんが、それも仕方のないことのように思って、最近では私も諦めています。

    >女性を代表する色はピンクなんですね♪ そうですね〜・・敵意とか悪意がなくとも、人はすれちがったり、傷つけ合ったりするものなのでしょうから。。ふわっと明るい柔らかさがある色はピンクかも知れません。そういう柔らかさに、解決しようとすまいと、クッションになるような耐性はあるのかもですけれども。

    「泣きたいような、甘えたいようなモヤモヤ」した気持ちが正体不明なときに、優しそうな女性とすれ違っただけで、その気持ちが高まるように感じてはいました。それで、何か女性との関係するような出来事であることは、20年ほど前から何となく気づいてはいました。

    フェルトセンスが周囲の条件で強弱などの変動があるのもフォーカシングをすすめるうえでヒントになると思って、先日の別の人のセッションに対して、オブザーバーの私はコメントとしたところ、その人は、今まで周囲の条件の影響について考えたことはなかったので、今後様子をみてみます、との返事でした。このように、フェルトセンスについては4つの面のほかに、周囲条件による影響も考慮したほうが良いかもしれません。

  • >>No. 2420

    こんにちは♪

    >私も人気の妹のはずなんですが、群馬の兄は〜父が勘当しちゃって以来、もう5年も寄りつきません〜”-)永遠の命を信じているようでもないのに、命の旬とか不可逆性とか、人が生きるために必要なパン以外のものとか、何かを譲るとか、思い通りでないことへの寛容性とか。。お土産売り場でちょっと買って、顔見せて貰いたいのですが、神仏任せです♪

    先日のフォーカシングの母娘の問題でフォーカサーの娘さんが解決への気づきを得たセッションについて、オブザーバーの私は感想を述べました。
    「母娘の対立・矛盾を乗り越えるような成長した気持ちが伝わってきて、正反合の弁証法のように感じました」「弁証法は物作りにもあります。ノートパソコンをハンドバックで運べるように小型化してしたいけど、画面やキーボードも小さくなって操作性が悪くなる。つまり小型化と操作性が対立・矛盾するが、ソフトキーにしたタブレットで問題解決する」
    親子関係を物作りなどと一緒にしたような感想を述べてしまったのですが、その娘さんは弁証法を勉強します、と感謝の言葉を返してくれました^ ^ 父息子の問題も解決すればいいですね。

    >ピンクのもやもや>には、色があってカタチがなく、靄と、靄のなかの曖昧なものに焦点をあてるシンボルとされたのですね。感情と経験を遡って再認識し、気づきをもって、自らが慰め手となり、更に踏み出し得たというような。

    「泣きたいような、甘えたいようなモヤモヤ」は、二歳児の私に言葉のマインガンを浴びせて吃音のキッカケをつくった従姉妹に対するものかと思ったのですが、母親のおつかいの買い物をめぐってでした。いずれにしてもそのモヤモヤは女性に対するものでしたのでピンクの色がふさわしいかもです。

    >アートセラピーで思い出すのが、フリーダ・カーロです。遺作のスイカに書かれた文字「VIVA LAVIDA(人生万歳)」。。メキシコの大地に育ち、赤い瑞々しい果肉を包んだスイカに、(血がでる)体をもつ自分の命の歩みを重ねて、描いたんだろうな〜と。

    >これをみては、この続きどうする、私?と自問でした〜

    ご紹介ありがとうございます。どうなるでしょうか、楽しみにしています^ ^

    今日はこの曲に乗っかってムーブメントしたいような気持です。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=qJi03NqXfk8

  • >>No. 2418

    おはようございます♪

    >世の中はお盆休みながら、うちは今年は、子供たちもそれぞれ都合がつかなくて、平常通り過ごすことになりそうです。

    平常通りというのも主婦業や主夫業がゆっくりできてたまにはいいものですね。私のところは毎年夏休みの引き受け先として、若者には人気がある信州の妹が担当してくれます。

    >>フォーカサーであるその人は、最初のうちは、4つの面のうちで、1と4について語っていましたので、私は、2や3について語ることができるように導き、フェルトセンスの全貌を言葉にするにことによってフォーカサーに気づきが生まれるように促しました。この意味で私も勉強になったことをその人にもシェアしました。
    >2.感情的特質 (怖い、腹が立つ、いらいらした、悲しい・・・)、 
    >3.イメージまたはシンボル (木の枝、岩、カニ・・・)、
    >を加えることによって、アートセラピー寄りになるような気がします。

    おっしゃるとおりです。私が体験したフェルトセンスの当初の状態です。 1. 胸のなかのモヤモヤ 2.泣きたいような、甘えたいような感情 3.未定 4.詳細は未定
    この状態でカウンセラーの存在を得て実施したフォーカシング思考ロールプレイ(?) で、4.の物語として、「小学生の時に母親のおつかいの買い物をして親孝行したいが、お店で買い物をするときに品物の名前を吃音のために発音できなくて店員さんから嘲笑されるのが嫌だ」という葛藤に気づいてフェルトシフトできました。3.は神戸で三宅さんのアートセラピーをうけてピンクのモヤモヤのイメージを描きました。

    >演技>ドラマセラピーで、認知症の世界と現実の世界をつなぐ。。という、すなおさんのお話を思い出しますが、

    介護論文を作成するために準備をしました。小野京子さんの「表現アートセラピー」の著書や翻訳を読んだり、表現アートセラピーのレッスンを東京と神戸でうけたりしました。竹内敏晴さんや平田オリザさんの演劇関係の本も数冊読みました。島崎敏樹さんの「感情の世界」や「心で見る世界」を再読しました。「モーツアルトのピアノ協奏曲への誘い」という本を読んだり、「音楽の聴き方」などの本を読んだりしました。

  • >>No. 2416

    >。。。(直接的な意味としての)問題解決志向ではなく、だからといって、みんな違ってみんないい>的な紋切り型的な解釈でもなく、自分の願いとか思いはアナロジーとして託して表現するように思われて、面白く思います。

    家族介護において、小野京子著「表現アートセラピー」でいうような生命力を第一義に置くことが認知症においても大事であり、「芸術と心理療法」でいうような演技を認知症の世界と現実の世界をつないで共に生きるうえで大事になるように励まされました。

    小野京子著「表現アートセラピー入門」(p.146) そしてナタリーは、心理的に安全で、分析や批判をされない環境で、非言語的表現媒体(視覚的なアート、ムーブメントやダンス、音楽やサウンド、声、ドラマ、ライティングなど)を用いて、自己の内面に触れ、それを表現するときに、言葉のみでは到達できにくい自己の内面の豊かさや、創造性すなわち生命力(ライフ・フォース)に触れることかできるということを実感しました。ナタリーは、創造性とは、生命力そのものであると力説しています。

    「芸術と心理療法」(p.237) モレノのシステムでは、個人は自分のドラマのなかの劇作家であり、役者なのです。彼の哲学によれば、芸術の目的が価値あるプロセスの創造であるならば、その人個人の生活のなかにその題材が求められなければならないのです。このアイデアは必ずしも新しいものではありません。「世界はすべて舞台であり、すべての男と女は役者である」などの古典的なセリフは、演劇と生の統合という考え方を広く普及するのに役立ってきたのです。

  • >>No. 2415

    こんにちは♪

    >そのフォーカシング的交流によって、すなおさんご自身もなにがしかの影響を受けられたことでしょう。自己有用感にまつわる満ち足りた気持ち以外でも。

    初めての電話リスナー役を依頼されて、私はフォーカサーのフェルトセンスを明確にしたいと考えました。そのとき頭に浮かんだのは、アン・ワイザー・コーネルの著書「フォーカシング」完全なフェルトセンスについての次の記述でした。

    アンの「フォーカシング」(p.132) 完全なフェルトセンスは4つの面から成り、フォーカサーは初め、この中のどれかに焦点を当てます。これらの面をフォーカシングへ導く4本の道と呼ぶことができましよう。4つの面とは、 1.からだの感じ (締めつけられた、圧迫された、ピクピクする、重い・・・)、 2.感情的特質 (怖い、腹が立つ、いらいらした、悲しい・・・)、 3.イメージまたはシンボル (木の枝、岩、カニ・・・)、 4.生活や人生とのかかわりまたは物語 (職場のあの人について、前進することについて・・・) です。

    フォーカサーであるその人は、最初のうちは、4つの面のうちで、1と4について語っていましたので、私は、2や3について語ることができるように導き、フェルトセンスの全貌を言葉にするにことによってフォーカサーに気づきが生まれるように促しました。この意味で私も勉強になったことをその人にもシェアしました。

本文はここまでです このページの先頭へ