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投稿コメント一覧 (716コメント)

  • >>No. 2197

    おはようございます、ハミングさん♪

    >音楽的には、モーツアルトに内在するベートーヴェン的な私的な心情吐露の表現のもととなるものを、ご自身のなかに意識していらっしゃるということかと。。

    その意識はずっと続いていて、機会をとらえて、今更ながら、癒したり励ましたりしているようです。

    >そういうことで、自分の声で歌うという有限な能力を大事にしておきたく思っています。

    自分の現状とうまくお付き合いしながら、その機会に備えて、心身を整えるということでしょうか。

    >週末は母の5回目の命日になるのですが、我が母は、寝たきりであったので、電話で話しをすることが無常の楽しみでした。話題には、私の個人的な(病気などの)ことも含まれ、共通の知人から、大変なのですって?と予期せぬ言葉がけを貰ったりして、胸が怒りで熱くなるようなこともありました。よいところもわるいところもある全体を受容しなければならない介護者としての立場を守りはしたものの、むむむでした〜。

    もう5回目の命日なのですね、とても速く過ぎ去っていくものですね。そして、私と母の場合もそうですが、良いところも悪いところも、時間とともに全てが懐かしく親しみ深く思えるようです。

    >人の世界は、あざける対象があればそれを決して見逃さない、どろどろと醜い側面をも併せ持つものと思います。そうした側面に接した者だけが感じ得る怒り>は、誰にも確かにあると思います。それをどう方向づけるかなのでしょうね。。

    あざけりについては、私の体験からも、ハミングさんのおっしゃるとおりと思います。

    >ご自分の体を楽器として、声を響かせる>といった体験が、からだの声を感じながら過ごすことへの架け橋となって、よりいっそう<自由>の度合いを高められたら楽しそうですね。。。

    アドバイスありがとうございます。ボイストレで、あらためて、心、体、声のつながりを感じてみたいと思います。吃音など狭い範囲の自分自身に捉われ過ぎて、それ以外の自分の心や体を感じるのが疎かになったり、周囲の人のまなざしや反応などを感じとる距離が適当に保てなかったりする傾向を、あらためて、チェックしてみたいと思っています。

  • >>No. 2194

    こんばんは、ハミングさん♪

    >こんな穏やかな日は、生きていてよかったと思うでしょ〜・(戦地からも)帰ってきて良かったね〜・よかったよかった♪。。とか父にいいながら、山の畑への12㌔の道のりを運転していきました。
    >祖母(というか父の母)も母も他界して思うに、男の子たちを育てた私のなかにも、いわゆる母なるもの的感情の土台が育ってきて、たま〜にですけれども、ふらふらっと、何か満ち足りた気持ちを共有しながらいっしょに生きていることを喜んでもいいかな〜といった気分になる、それがワタシ的には人生愛かと思ったりします。

    人生愛の解説ありがとうございます。それは、子供の世界やモーツアルトのピアノ協奏曲が私にもたらしてくれる生命的感情に溢れた愛に通じるものを感じています。

    >>「吃音は辛かったよ」と私は母に初めて言いました。
    >>それでも母がいるうちに私から直接言えたのは、それはそれで良かった、と思うことにしています。
    >良かったのです。

    私の場合は、吃音について何らかの形でいつまでも心に残っているようです。今でも関連する本などを読んでいます。

    三島由紀夫の「金閣寺」はだいぶ前に読みました。今日は水上勉の「金閣炎上」を読んでいました。その解説には次の記述がありました。・・・三島がその作品のなかで、吃音症と醜さのため、「美」から隔てられていると思っていたもの、戦火によってその寺が焼亡する可能性を想像し、生の一回性を「美」の一回性に近づけることができると夢想した寺僧を造形したのにたいして、水上勉は、それを京都の「歴史」と文化の展望のなかに置きなおし、金閣寺という分かちがたい政治と「美」と富を支えた貧しい地方出身の庶民という階級的な落差に焦点を合わせ、その人間の不幸な内面を明らかにしたのである。

    そして、私が社会人になる直前に読んだ「ドモリの正しい治し方」浜本正之著 日本文芸社(1958)という本に、著者と放火の罪を犯した青年僧とのインタービューがありました。
    ・・・著者「どうして放火する気になったんです?」 青年(暫く黙っていたが)「ミ、ミ、ミみなのやつが、ボボボボ僕をいつも馬鹿にするので、シャシャ癪にさわって、トトトとうとう、怒りがバババ爆発して夢中で放火してしまったんです」

    7月の東京の美ボイストレも気持ちのうえで少しつながっているようです。

  • >>No. 2192

    こんばんは、ハミングさん♪

    山のお仕事おつかれさまです。

    >時間は戻せませんが、その時マイナスと思ったことが、次のステップを決めたりして、別の納得を求めて過ごすことができて、それはそれでよかったと思うものの、少しぐらい文句もいっておいたほうが正直に思えました。

    おっしゃるとおりです。「吃音は辛かったよ」と私は母に初めて言いました。「あれはね~」と母は言ったきりでしたが、私には全て伝わりました。母に心配かけないようにと、吃音で悩んでいることを、小学生の頃からずっと隠してきた私が初めて打ち明けたのでした。母の死の枕元で言うべき言葉ではなかったかもしれません。今更、何を言っているのかと批判されるかもしれません。それでも母がいるうちに私から直接言えたのは、それはそれで良かった、と思うことにしています。

    >>いま未来の扉を自分で開ける、ということが私の青春時代は勇気がなくてできませんでしたが・・・
    >吃音を気にせず突き進む!という意味での勇気、ということで書いていらっしゃるのでしょうか。でもお話を伺う限り、かなり良い感じに見えますけども。

    学生時代の長い時間を吃音の渦中で悩んでいただけなのがとても残念です。社会人になる直前にようやく吃音教室など外に向かって扉を自分で開けることができたのでした。

    >>そしてクリエイティブな成長のなかに愛があるように思います。
    >人生愛ってことでしょうか?

    人生愛という言葉の意味を私は理解できていませんが、親子愛、兄弟愛、異性愛、自己愛、神への愛というような対象を意識しているわけではありません。

    愛によって、相手の中に愛を生み出す。愛によって何か新しいもの、今までなかったものをもたらす。そのようなこともイメージしています。

    >私も家族はいますが、時が来たら、同じようにして生きていこうと思っていることを、別れ際に、いつも伝えます。

    将来をイメージするのは大事のことのように思います。私の場合は、学生時代にお世話になった一人暮らしの下宿のおばさんの生き方をイメージしています。

  • >>No. 2190

    こんばんは、ハミングさん♪

    >父なく 古びし家に  汝がため ひとり生くる
     苦しき母の願いの 通えや 汝れが夢路に

    歌詞のご紹介ありがとうございます。母親の子供を想う気持ちがよく伝わってくる歌詞ですね。

    >後年(母が亡くなる前の年ですが)このことを、子供の人生への侵略行為ではなかったですか?と問いただしました。私が介護で時間を費やそうとも、母の在ろうとする生き方を応援こそすれ、私が最もよいと思うことを強いたりはしない、それと比べて考えてみて下さい、と。そうだったね。といって貰いました。

    お母様と率直にお話ができてよかったですね。

    >それと、忘れていたのですが,BELIEVE(作詞・作曲:杉本竜一)
     >いま未来の 扉を開けるとき
     >悲しみや 苦しみが
     >いつの日か 喜びに変わるだろう
    >という箇所も半信半疑ながらそう思えたらいいかもと思わせるような曲と歌詞です!

    ご紹介ありがとうございます。いま過去を後悔したり、いま現在の悩みの渦中にいたり、するのではなく、いま未来の扉を誰かに開けてもらうのでもなく、いま未来の扉を自分で開けるとき、それは間違いなく、悲しみや 苦しみが 喜びに変わる・・・私もそう思います。いま未来の扉を自分で開ける、ということが私の青春時代は勇気がなくてできませんでしたが・・・

    >この曲もいいなあと思いますけれども、だんだんと、元気がでる動きのある曲>という選曲から外れて行ってますね。。m(__)m
    ttps://www.youtube.com/watch?v=7xXW0EExbys

    >愛は花 生命の花
    >きみは その種子

    ご紹介ありがとうございます。私の死生観のなかで、「自然において、岩や石が風化していくなかで、草花はクリエイティブに成長していると考えられ、人の心身もクリエイティブに成長していると考えられる」と書きました。そしてクリエイティブな成長のなかに愛があるように思います。

  • >>No. 2187

    >ロンドンデリーの歌>などは、和音が綺麗で、子供を思う母の歌にすごくマッチしていいなあと思ったものでした。

    「いとしく育みしわが子よ ひととき帰りこよ せめては幻となりて なつかしき母の夢に」ご指摘のように子供を思う母の歌ですね。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=VMWbXEtjz0Q

    子供を思う母の歌、それが介護にも表れているように思います。子育て言葉、子供の面白語をそのまま再現して、介護の言葉かけに使うと、微笑とともに介護のプロセスが進むようです。

    >ハワイアンではありませんが、加山雄三さんの歌も、屈託がなくて、お好きな方が多かったりします。 今日の西城秀樹さんの訃報で、ヤングマンなんかも思い出しました。ビューティフルサンデーとかも同じ頃流行りました。この頃だと、愛は勝つ・それが大事とか、この世で一つだけの花とか。。

    印象に残る歌にはそれぞれ素敵な力が潜んでいるようですね。歌詞も旋律も良き昔を思い出させてくれるようです。

    >日常に戻るまで少しかかるようで、しばらくは少し手伝うところとか手伝って貰えないところが増えますが、ずっとそうなわけではないので、介護のうちには入らないような。。ご心配おかけしました。

    これからの梅雨時も乗り越えてお大事になさってくださいね。苦しく辛い体験も、優しさや愛を育むキッカケにできる、というようなポジティブ心理学の教えるところかもしれません。

    > 家族という安定した関係があることによって、(いろいろと心細いであろう当事者としての)不安を感じずにすむ部分が増えて、その分ご家族であるすなおさんが引き受けていらっしゃるのでしょうけれども、穏やかな時間が少しでも長く続くとよいですね。

    介護状況が移り変わっていく中で、最適なバランスをとっていくことがこれからも大事なように感じています。OB役員にお任せするところはお任せして、現役役員として現役介護者会員には向き合うところは向き合うというところが現在のバランス加減です。

  • >>No. 2186

    おはようございます、ハミングさん♪

    >時々暑くなったり戻ったりしながらも、そろそろ雨の季節ですね。

    こちらもこのところ蒸し暑さが増したようです。雨の季節も近いのでしょうね。

    >歌声喫茶で、ロシア民謡は人気だったと聞きました。

    新宿の歌声喫茶に何度か通ったように思い出します。その後は、ダークダックスとかボニージャックスのテレビ番組で親しみを増したようです。ダークダックスは本場のロシア(ソ連)でロシア民謡を歌って大好評だったようですね。その時の日本からの持参した曲「鈴懸の径」はアンコールが止まらなかったほどで、何回となく歌ったと彼らは言っていました。

    >2曲・知らなかったのですが、ステンカラージンってすごい内容の歌詞ですね。ボルガにペルシャの美人のお姫様を放り込んで色香に迷わない根性を見せる!というような。。それにすごい人生だった人なんですね。それが歌になっちゃうって少し驚きました〜。
    >すずらんもかわいい曲ですね。 赤いサラファンと二つのギターは歌詞を知りませんでした。おかげで歌声喫茶ふう>選曲を仕入れました。ご紹介ありがとうございます。

    ロシア民謡にも豊かな物語が秘められているようですね。雪の白樺並木夕日が映える・・・何かロマンチックな美しい物語の始まるように感じられて、私は高校生のとこから「トロイカ」が好きでした。

    >子供たちの音楽の教科書と、私たちの頃の教科書を比べてみると、土曜が休みになって授業数が減ったこともあり、時代も変わってきて、習う曲がかなり違うみたいでした。坂本龍一さんのTomorrowとかアンジェラアキさんの十五の君へとか、久石譲さんの命の名前などが加わり、世界の民謡>的な選曲は少し減ったようです。

    歌詞をたどって印象的なのは次のようです。「明日が素晴らしい夢と素敵なメロデイ運んできてくれるだろう」というポジティブ心理、「未来の自分に宛てて書く手紙ならきっと素直に打ち明けられるだろう」という心理療法、「叫びたいほど いとおしいのは ひとつのいのち帰りつく場所」というトランスパーソナル心理

  • >>No. 2183

    こんばんは、ハミングさん♪

    >先週は金曜が、地区の敬老会でした。父が連休に、そわそわと一人で(禁を破って)山で掘った筍30本のうちの数本を使って、中華風おこわ・水餃子と筍と春雨の卵スープ・だし巻き卵などを作りました。それと、柏餅を買いました!

    筍づくしでいいですね。

    ロシア民謡は懐かしいですね。トロイカ・カチューシャ・灯火・赤いサラファン・黒い瞳・ヴォルガの舟歌・二つのギター・一週間・ステンカラージン・ すずらん・ カリンカ・・・私も歌えます。

    >で。。土曜は、お絵かきのモデルの最終回してきました〜。

    モデルおつかれさまでした。貴重な体験をされたようですね。

    >音楽的であるとするのは自分にとっての密かな大前提でも、いっしょの活動には巾広さアバウトさが望まれます。 楽しみを分かち合って交流するツールとしての音楽なのですから。。

    楽しみを分かち合って交流するツール・・・おっしゃるとおりですね。

    > 家人、明日は退院です。介護というほどのことは全くなく、ちょっと手伝う程度でした。
    >たとえば手術時に腰椎からの麻酔をして、5時間ほど、自分の足であるという感覚を失う。。という状態がどういうものなのか、体験したであろうと思います。

    手術を体験されたのですね。ご退院よかったですね。

    >母が亡くなって思うのは、病院との継続的な縁が切れた!という身軽さです。

    介護負担増加を理由に6年継続の家族会と縁を今月から私も切りつつあります。総会・役員会・懇親会・機関誌など間接業務はOB役員にお任せして、現役役員の私はグループ懇談など現役介護者との対話など直接業務に限定することにしました。

    >で。。二曲目には、アップテンポの、気分をあげてくれるような曲もお探しになってはどうでしょう?
    難しいですね。よりテンポのはやいもので、私の歌えるものは、
    鈴懸の径、森の小径、小さな竹の橋の下で、地上の星、東京キッド、黄昏のビギン・・・
    ttps://www.youtube.com/watch?v=lLt-e_spmPA

  • >>No. 2180

    >これからどうやって生きていこうかなと思うとき、そう多才でもない私としては、とりあえず、能力的にも時間や場所の制約からも、できることから広げていくしかないので、ぐずぐずした気持ちになるときは、できることで喜ばれそうなことを練ることにしました。

    できることで喜ばれそうなことを練る・・・共感、インタビューや観察からユーザーの物語を見つける、ワクワク感を共有する、といったデザイン思考の最も大切なところですね。応援しています。

    >前回いきました地域密着型居宅サービス>のデイでは、音楽系の方からも好評だったとか伺って、少し嬉しく思っています。今週末のいつもの敬老会の次に予定を組んで、キーボードや手持ちの打楽器を背負って伺おうと思っています。5月半ばといえば、若葉の季節ですね!

    音楽系の方からも好評・・・ハミングさんとこうしてお話してきた経過においても、ハミングさんの音楽活動の実績はかなり高くなっていると思います。改めて好評は嬉しいですね。

    >今週は、命にかかわるようなことではないのですが、家人が数日入院します。ここぞというときに大事にしたりされたりする記憶は気持ちを温かくしてくれるものだし、大事にしてきます♪

    お大事になさってくださいね。ハミングさんの介護はプロ級であるように思っています。ハミングさんご自信も健康に注意してくださいね。応援しています。

    美ボイストレで何を歌おうか考えています。
    この歌もいいかな^ ^
    ttps://www.youtube.com/watch?v=buU7A1mt1Vw

  • >>No. 2179

    おはようございます、ハミングさん♪

    >五月になったら、陽気は三月下旬に後戻りしたとかで、寒暖差に体がびっくりですが、すなおさんのところはみなさんお元気ですか?

    こちらも寒暖差があって、私も今朝は風邪の前兆のようで喉が少し痛いです。さっそく風邪薬を飲んでうがいをしたところです。

    >歌詞はあやしくとも、旋律って大丈夫なのですね。。それに曲が何を歌っているのか、また、その曲を歌ったときの自分というものの記憶も、変わらずそこにある感じです。記憶のなかの旋律が、帰る場所>みたいなものにもなると思うと、どんな音(コード進行とかベース進行とか音色とか)を使えば、感情の色合いに対応できるかしらとか、いろいろ考えますけれども、いっしょに歌って音をだす、それだけでもきっと意味のあることなのかもとも思い、でも自分のいちばん綺麗だと思う音を出さなくては、何か不誠実な気がしたりもする、そういう時間の影響はプライスレスと思ったりもします。

    歌詞はあやしくとも、旋律って大丈夫・・・言葉は左脳、音楽は右脳という分担からでしょうか。ここでも音楽の力を感じさせてくれますね。
    私の介護論文において、子育て言葉→家族の面白語→感覚に訴える言葉→歌詞→音楽、というように言葉から音楽へとつながっていきます。

    TAE介護論文の骨格文と結果文はつぎのようでした。
    骨格文:(R 演技 )は、(O 言葉 )を (P 音楽 )に近づけ (Q 動き)をつくる。
    結果文:認知症の家族介護において介護者である夫による適切な「R演技」は、要介護者である妻と夫の共通体験のなかにある子育て言葉、家族の面白語、感覚に訴える言葉、第3の言葉(歌詞、諺など)などの「O言葉」を、「P音楽」に近づけ、生命のリズム、躍動感、動機などを育み、要介護者と介護者ともに生き生きとして生きて、介護のプロセスをすすめるという「Q動き」をつくる。

    音楽家であるハミングさんは音楽に直接働きかけて、「どんな音(コード進行とかベース進行とか音色とか)を使えば、感情の色合いに対応できるかしら・・・」と思いをめぐらせることができることが素敵ですね。応援しています。

  • >>No. 2175

    こんばんは、ハミングさん♪

    >本日も父のリハビリ付き添いで、山に筍掘りにいってきました〜。

    おつかれさまでした。

    >こういう時間がず〜っと続けば良いのにと思いますが、とりあえず今年一年の為に、茄子と胡瓜とカボチャの苗を全部で10本ほど畑に植え付ける手伝いをしてきました。。

    こちらもおつかれさまでした。

    >子供は、そう言いたい気持ちなんだから、そっとしておけばいいんだよ、とか言いますが、多分、私のほうが寂しがりなんだろうと密かに思ったりもします。

    寂しがる気持ちは、私も、「大人の世界の豊かで温かい人を思い遣る気持ち」として大切にしたいと思います。それでも、「子供の世界をもう一度」を大切にしたい気持ちもあって、昨日の勉強会では、絵本づくりに着手しました。例のブログにアップしました。

    >写真は、畑を通って山の反対側に抜ける道を覆い尽くそうという、竹と藤です。
    通過するだけだったら、綺麗だな〜で終わるのですが。。 綺麗ではあるものの、凄みがあるような気も。。
    >写真は筍の井戸端会議。こんな狭いエリアに5本も投資して、どんどん勢力範囲を拡大しようとしている竹林。 命と命の波打ち際の争い!というような感じです。この勢いを見習うべく・・

    写真のご紹介ありがとうございます。どちらも植物の迫力がつたわってくるようです。

    >こちらは、良寛相聞>から2曲・千原英喜さん作曲の混声合唱曲です。

    ご紹介ありがとうございます。懐かしく美しい曲ですね。私もボイストレをしたくなりました。ストアカで今までに、デザイン思考、絵本づくり、演劇メソッドをしました。この夏の帰郷時に東京に寄って、美ボイスに挑戦する予定です^ ^

    今日は昨日の続きを自宅でしていました。絵コンテをつくりました。

  • >>No. 2170

    おはようございます、ハミングさん♪

    >連休も後半にはいって、昨夜から雨模様になりました。ますます緑が茂りますね。

    おっしゃるとおりです。ベランダの鉢植えの雑草も成長して花を咲かせています。

    >我が家は、子供たちが集まってきて5日間ほど賑やかでしたが、今日の午後からは静かになります。

    母親業おつかれさまです。こちらは静かに毎日を送っています。明後日の勉強会にむけた絵本づくりの写真を編集したり、蒸気タービン発電機の送付データに対する技術支援をしたりしている程度です。

    >モーツアルトのK.421-4楽章のリンク、ありがとうございました。ニ短調ということについて、アインシュタイン説としては、何か宿命を感じさせるものとして扱われていますね。
    ttp://www.marimo.or.jp/~chezy/mozart/op4/k421.html
    >それに、変奏と変奏のあいだのどこで演奏を止めても、ぶつっと切ったという感じにはならないし。。
    >気持ちに同期するものとしてひとり耳を傾けるには20番もいいかもですが、緩徐楽章も穏やかながら起伏に富んで綺麗だし。。そのあと別の曲調のものもききたくなる長さがあるかもです。
    ttps://www.youtube.com/watch?v=fInq2EegqaI&list=RDfInq2EegqaI&t=60

    アインシュタイン説や20番のご紹介とコメントありがとうございます。

    >病室の近くのお庭に植えると、ひと山が50年で竹林になる生命力で、床を突き破って筍がでてきそうです。筍怖い。でも鉢植えなら。。どうでしょうか。。成長は早そうですね。

    床を突き破って筍がでて・・・というのは良寛の五合庵のようですね。
    ttp://www.pref.niigata.lg.jp/nagaoka_kikaku/1356812239546.html

    鉢植えでは毎日監視して必要に応じてカットしているので大丈夫です。

    >昔、茨城にいたころ、切った青竹にお米を詰めてご飯を炊き、大鍋で肉じゃがをおかずに食べる会があり、子供をつれていったことがありました。ご飯を食べた後で、竹細工なんかをして楽しんできたような。。でも今思うと、竹との格闘の一環だったのかもです。

    竹の中のご飯、いつかテレビで観たことがあります。竹の良い風味があって美味しいのでしょうね。

  • >>No. 2168

    >里山は、人が手を加えることで、穏やかにバランスのとれた姿を維持して、沢山の恵みをもたらしてくれるもの。。 手をいれられなくなれば、均衡は崩れていくのでしょうね。竹と藤と葛は、里山の天敵みたいなものかもです。

    里山のご紹介ありがとうございます。観光ルートなどとして市町村が援助してくれれば良いのでしょうが・・・ 
    ttp://blog.livedoor.jp/satoyamasukune/

    >座位ですから、好戦的ではないという設定です。ワタシ的には、背負った袋の口を操作して、袋の中身を披露する、リラックスした状態>と思えたりもします。その袋が見えないので、空想の余地があり、祈りをも取り込む万能性を感じさせたのかもと想像したり。。
    >こころのなかの、形を取らない何か・豊穣なものとともにある状態を表現していたのではと、ワタシは思いますが。。

    豊穣なもの・・・なるほどです。ユニークなポーズなので、レプリカを部屋に置いておきたいような気持ちも湧いてきました^ ^

  • >>No. 2167

    おはようございます、ハミングさん♪

    >今日は仙台にいってきました。

    おつかれさまです。 羽生さんのことや欅並木の新緑のことなどご報告ありがとうございます。

    >ご自宅で寝転んでテレビをみていられたとき・・・というのは、そうした苦痛が(いつか)訪れる運命を知るよしもなく、のんびりとくつろいで過ごされた、どこにもある、平凡な時間であったのでしょうね。

    そうですね。その平凡な時間が自分の生命にとって貴重であることを、胸に秘めて生活したいと思うこの頃です。

    >豪華客船でしたら、室内楽のアーティストも同船していたりして、リクエストすれば、モーツアルトのカルテットとか、演奏してくれたりして。。となればタイタニックに連想はいったりもしますが、他も♪

    ttps://www.youtube.com/watch?v=Nj2VPFK24lg

    音楽、そして観葉植物の出窓の竹なども持参するかもです。

    >「海上のピアニスト」という映画のこの曲とこのシーン、録音中に、窓の前を通り過ぎた人に一目惚れっ!というときに心から湧き出た音楽☆という設定だそうでした。
    >同じくモリコーネの、シネマパラダイス>という映画の音楽なんですが、これも綺麗です〜♪

    ご紹介ありがとうございます。洋上のピアノも良いかもですね。

    >末期癌の疼痛にあったとして、自分が過ごしてきた時間とともにあった音楽を聴きたいと願う為には、ある種の根性が必須かもです。

    疼痛対策としては、足の裏を強く押し当ててもへこまないようなベッド柵と、聴きなれたモーツアルトのピアノ協奏曲で私の場合はOKかもです。

  • >>No. 2164

    >今のところそうさしせまってはいないものの、かなりこわごわ、今日も父の伴走をしてきました。本日の筍の収穫は、15本でした♪ リハビリ筋トレ筍掘りのおつきあいということにしています。

    筍掘りお疲れ様でした。

    >この木のすぐ脇(1メートルほど)から、縄文時代後期の土偶が、昭和27年に発掘されたとかでした。

    土偶のご紹介ありがとうございます。面白いポーズですね。右手を左で抑えていても、口は何かを訴えるように感じました。武術でなくて話術で相手に対峙することが大事であることを表現しているのでしょうか。

    >筍、こんな感じです。

    ご紹介ありがとうございます。新鮮な筍のイノシシの好むところは、高級料亭で筍のサシミとして提供されているようですね。

  • >>No. 2163

    こんばんは、ハミングさん♪

    >介護を終えて、改めてこの本を思い出すと、誰かの誰かの時間と自分の時間を、例えば介護のように、シンクロさせ調整しながら自分の活動を決める、といったような時間配分が当たり前になっている日常の枠が、急に消滅したときの空虚まこころの手触りに重なるように感じました。あ〜それは、魂が流れ出るような涙を流すしかないわね。と。
    >煩瑣な日常がいつか途切れる必然を理解しながらも、感情的にもそれを受け止め、また、表出を恥じないで表現するといった在り方が、特別な関係性にあっては増幅されるのもまた必然。。というか。。

    緩和病院の末期がん患者さんが質問されました。「今、仮に、何処へでも行けて、何でもすることができるとしたら、どうなさいますか?」という質問です。その患者さんは回答しました。「自宅の部屋で寝転んでテレビを観たい」という回答でした。
    私ならば豪華客船で世界一周したいと回答するかもしれません。でも、その人は、日常平凡な生活に戻りたいようです。健康な日常生活においては気がつかないだけで、本当はそのような生活のなかに幸せがあるのでしょうね。私も、平凡な生活のなかに幸せをみつけたいとものです。

    >佐野さんのようなのびのびした感じ、私としては、でも、かなり好きだったりもします。
    理系の夫は、結論は何?とかすぐ言うのですが、人生の結論は、死んだ>ということだけでしょ、といつも返事します。起点と終点のあいだで、どのような軌跡を辿ってどのように感じて表現しながら生きていくかという経過の一瞬一瞬にしか、真実はないように、ワタシ的には思っていたりもします。

    なるほどです。

  • >>No. 2160

    こんばんは、ハミングさん♪

    >東京-長野の長旅、お疲れ様でした〜。

    夕方に帰宅し、ショートステイからの帰りに間に合いました。

    >。。。という一節:100万回生きたねこ>の作家の〜エッセイ集にありました〜。
    >ことばではないことばの背後・絵ではない絵の背後の、世界の不思議さをわかりあう>絵本。。
    >読めない言語だとよりいっそう、そういう、幼子の目のような感覚的なものをもって世界を感じるモードに、もしかしたらなりやすいかも。。。とか思いました〜。
    >「ふつうがえらい」というエッセー集です。ものすごく理系的ではない本ですけど、いつか暇〜なときにでも♪

    絵本のご紹介ありがとうございます。その昔、誰かに薦められて「100万回生きたねこ」を購入して読んだことがあります。年寄りの私は余り関心を持ちませんでしたので、そのまま、子どもを通して、孫に与えたように思います。子どもや孫のその絵本についての感想は聞かずじまいでした。機会をみて聴いてみます。
    エッセイ集のご紹介ありがとうございます。こちらの方は私にも関心が持てそうです。

    >画像は、こちらの林檎畑のフジの花です。今年は、いつもですと連休あたりにはいるべき摘花作業の時期が早そうです。

    美しい花の写真のご紹介ありがとうございます。とても上品な花ですね。

  • >>No. 2156

    >訓練された即興力が、演劇に求められ、役を演じる感じというものが、自分の人生の役回りを客観視しながらも、表現として練りつつ没入できるアゥエアネスみたいなものに繫がる。。そういう印象になるでしょうか?

    おっしゃるとおりです。演劇人の訓練のために、パワーポーズや即興スピーチが使われているようです。私の場合は、演劇メソッドを使って、認知症の世界に寄り添って生きるために、良い意味で演技しながら、現実の世界と適切な距離を置くことによって、渦中に呑み込まれることなく、介護のプロセスを進めることできるようです。

    今日は、昼前に出て、帰宅は午後4時半になりそうです。

  • >>No. 2155

    >ぼやけた人の形が映り込んでいるでしょう?その左から2人目が、ハンチング帽を被り、緑系の灰色のベストに濃紺のズボンに杖の、先を行く父の後ろ姿です。

    おとうさまの後ろ姿は、長身でスッキリと立ってスマートで確かな足どりのようにお見かけしました。

  • >>No. 2154

    おはようございます、ハミングさん
    妹の集めている絵本を並べて見ながら絵本の話をしました。
    絵本に関心を寄せる人が身近にもいました♪

    妹のモバイルからなので短文細切れ発信です。

  • >>No. 2151

    この状態で複数のカードから1枚を選んで裏に書かれているキーワードを基に、1分スピーチをして、即興力を高める訓練をします。このような1分スピーチを2回しました。セミナーは1時間30分で、参加者は4人でした。今回は簡単なセミナーですが、次回は更に高度なものを目指したいと思います。
    垂れ桜のピンクの美しい写真のご紹介ありがとうございます。
    妹の家の庭の石楠花の写真を送ります。

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