ここから本文です

投稿コメント一覧 (290コメント)

  • ペッパーちゃんが年齢を当ててくれる会話。
    ずばり実年齢そのまま言ったのでびっくりした。
    しかも、実は見た目で判断した年齢そのまま
    言うのでなく、二十歳ほど若く言うのだそうだ。
    ということは、私は実年齢より二十歳ほど
    他人の目から老けて見られていたのだ。
    はぁ…泣

    人型ロボットを作った博士をテレビで見た時、
    博士の様子がどこか人間離れしていて、
    無駄な動きがほとんどないというか、
    人間らしい仕草を真似るロボットの動きを
    見ているような感じを覚えると同時に、
    「もしかして、もうすぐ周囲の人たちが、
    それが本物の博士ではなく、博士そっくりの
    アンドロイドだと気付いて大騒ぎするかもしれない」
    と思った…しかし、博士が発言を始めた時、
    生きている人間にしか見えなかった。
    だから、本物の博士だったのだろう…
    へ?。

  • 洗濯も掃除も料理も買い物も、灼熱地獄。
    そして運動不足、睡眠不足。
    「暑さ」で身体を鍛えることができるのは、
    適度な暑さの範囲の話であり、
    こんな酷暑には命に危険を感じる。
    遠い病院に通うのも命がけ。

  • >>No. 20206

    確かに、その方法やってみたら、うまくいきそうです。

    誰もが私に無理解、無神経というわけではない
    ということを知りました。
    誰とも関わりを断つことはできませんし、
    誰にも気づかれないこともないし、
    劣悪な環境が永久に続くわけでもないし、
    突然死できる可能性を見つけたし、
    誰も知らない難病でもなさそうです。
    長生きしなければならないかどうかわかりませんが、
    寿命についてはあきらめられます。
    すべてをあきらめて覚悟するのも一つの方法かもしれません。
    自分だけが利益を得れば良い身勝手な願い事は、
    周囲の人たちの抵抗や反発を受けやすいです。
    逆の表現が効果的なのはそういう場合だと思います。


    そして最近、新たな願望が生じてきました。

    「家事や育児や介護」という感謝されにくい
    時間制限も休暇も無い無償労働を強いられず、
    病気や障害を抱えていても有償で働く場を
    見つけることができますように。
    そして、わくわくする趣味を持ち、
    誰かを愛することができますように。

  • 自分を犠牲にして家族に尽くせば尽くすほど、
    家族は私を無視したり冷酷になっていった。
    さいわいそういうことはいつまでも続かなかった。
    子供の時から感じていた命の危険に
    慣れているせいもあるのか、何度も何度も
    「今度こそ死ぬ」と思う地獄を味わった末、
    ついに我慢の限界に達した。
    その時から徐々に私は家族を無視して
    自分のことを優先するようになった。
    そんな私の家族に対する態度の変化に、
    彼らは抵抗や反発などしていたが、
    それでも私が動じずにいると、
    家族の方も徐々に私に対して少しは
    人間扱いするようになってきた。
    不思議な現象だ。

  • 今日、人の言葉を聞き間違えた。
    昔から、そういう些細な自分のミスで
    執拗に自分を責めたり恥ずかしく思う。
    まるで、大勢の前で恥をかかされるみたいに。
    今日も自分のミスを何度も何度も恥じていた。
    その数時間後、酔っ払い患者が医師を切り付けた
    とか、酔っ払い乗客が駅員や車掌に暴行したとか
    有害劣悪な人たちのニュースを見かけた。
    その時、私の些細なミスは許されたのだった。

  • 「何のためにこの世に生まれてきたのか?」
    という疑問への答えがすぐ出るようになった。
    それは「ただ生きるため」。
    問いが「何のために生きるのか?」なら、
    答えは「自分のため」。

    この地球で生命を持つこと、それだけでもう
    この上ない最高の喜びだったかもしれない。
    たとえ生まれてすぐ天敵に食われたとしても、
    生きることがどんな苦痛に満ちたものでも、
    あの世から羨望の眼差しで見つめられている。

    圧倒的大多数の生物は天敵に食われるか
    災害や事故や病気で命を失う。
    一瞬からあらゆる長さの時間を持つ無数の命がある。
    究極の真実である「何も存在しない」死の世界から
    虚偽への「逃避」を始める。
    生きることは、真実しかない世界から
    虚偽の世界へ逃避することかもしれない。

  • 自宅近くにホームレスの女性がいて、
    路上のゴミをかぶって寝ていた。
    私は現実と同じ自分の毛布を彼女の近くに
    置いておいた。その毛布は現実で
    洗濯したけど暑くて使ってないものだった。
    二、三日の間、その毛布は最初に置いた
    状態のままそこにあった。そのうち私は
    彼女がレストランで働いていることを知った。
    そのせいで彼女に対する私の「未知への不安」
    みたいなものがなくなったのかもしれない。
    私は毛布を持って彼女に直接、声をかけた。
    「この毛布、洗濯したけど私まだ使ってないの。
    もしよかったらあなたが使ってくれる?」
    そう言うと彼女は嬉しそうな表情をした。
    彼女は「お礼」とか「感謝」とか含めて
    言葉を一切口にはしなかった。それでも、
    嬉しそうに毛布にくるまって寝ている姿を
    私は遠くから見ることができた。
    そして、暇さえあれば、どうすれば彼女が
    喜んでくれるか考えるようになった。

  • 自然災害、感染症、事故、犯罪…
    次から次へと絶えないニュース…
    昔より最近のほうがずっと多いと感じてしまう、
    それは事実とは違う。
    報道されていることは確かに起きているが、
    それが「多い」という感覚は正しくない。
    昔よりはるかに高確率で誰もが
    安全で快適で楽しい生活が実現している。
    今の人たちは昔の貴族のようになった。
    未来の人たちは今の富豪のようになる、
    ただし無駄な物がない形で…ほんまかいな。

    自分の生活や生き方について時々思う
    「このままで良いのだろうか?」という疑問
    に対する、別の自分の答えはいつも決まって
    「それでよいから何も悩まなくてよい」

  • 宗教団体に属して教祖を信じている会員の言葉に、
    今まで知らなかったことを見つけた。その言葉は
    「自分が何をすればよいかを教祖は示してくれる」
    という意味だった。それを聞いた時、彼らに対する
    不可解な謎が解けた感覚と同時に新たな疑問が生じた。
    自分が何をすればよいか自分が考えたり探すのではなく、
    信じる誰かに教えてもらうということだろうか。彼らは
    自分が何をどうすればよいのかまったくわからないし、
    だからって考えるのも探すのも嫌なのか面倒くさいのか、
    信頼できると感じた他人に決めてもらうのが楽なのか。
    もしそうなら、その人に依存したり利用されたりする。
    そういう人間関係を彼らは本気で求めているのか?
    そして、私は自分がそういう生き方を求めていない
    ということをはっきり感じた。自分がすべきことは、
    他人に頼らず自分で考えたり見つけたり探したい。
    たとえ、それがわからないまま寿命を終えたとしても。
    そのほうが最後まで自分の責任として行動できるから。

  • 消しゴムカスのような小さい棒が地面に落ちていた。
    気になって一瞬、注視するとそれは端っこに
    二本の角があってその方を先頭に前進していた。
    もう、こんな季節になったのかと、
    そんなもので季節の変化を感じてしまった。

  • 怪談を効果的にする方法をテレビで観た。
    擬音を使う、だんだん早口、
    白目を見せる、大勢の前で話す。
    しかし、文字だけだと怖くないかも。

    私の実体験。
    夏休み、学生たちが那智の滝の近くで合宿していた。
    丑三ツ時、暑さで眠れなくなった人たちが集まって、
    滝の所にある神社で肝試しをすることになった。
    参加者は十数人くらいだった。懐中電灯とか
    何の準備もせずに、かろうじて見える暗闇の道を
    滝の音を頼りに、ほとんど手探りで進んでいき、
    曇った空の微かな光に照らされた滝つぼのそばで
    皆が輪になって座り雑談した後、しばらく
    沈黙が続いたその時、ザァーという滝の音に
    耳を澄ませていると、その音はだんだんと
    学生たちとは違うもっと大勢の人たちが
    大きな広間で呪文のような言葉を低い声で発している
    音に変わっていった。学生たちは沈黙したまま
    しばらくその音を聞いていたが、一人がスッと
    立ち上がって「帰ろう!」と言った瞬間、
    全員がワァーッと一目散に真っ暗の道を
    記憶だけを頼りに走り出し、明かりのある宿の近くに
    たどり着いて初めて全員、戻ったか確認した。
    私は「滝の音が人の声に聞こえなかったか」
    と訊いてみたら、全員そう聞こえたと答えた。

  • 奇妙な体調になった。
    起床するなり下痢で、朝食の暇なく
    掃除、洗濯、買い物済んで、昼食の直後、
    吐き気、頭痛、寒気と冷や汗に襲われ、
    起きたり横になったりを延々と繰り返し、
    夕方まで何もできない時間を過ごした。
    微熱があったようだけど計る気力なかった。
    食中毒とかそういう心当たりは何もない。
    ただ、精神的につらい状況があったけど、
    誰にも言えない自分だけの苦しみだった。
    さいわい、自然に回復してきたので
    病院に行かなかった。

  • 何か事件を起こした犯人の親のほうがそもそも狂っている
    という事実を指摘する人を見かけるようになった。
    昔は犯人だけか非難され、親はむしろ迷惑を被ったという意味で
    被害者の側に平然と立っていられた。私がぼうっとしている間に
    もうそんな時代ではなくなってきているのか。私はあの犯人の親と
    言うことがそっくりな狂った毒親との関わりを断つことができたけど、
    それができなかったり失敗していたら犯罪者になっていたかもしれない。
    あの犯人のやったことと酷似した願望を長年強く隠し持っていた。
    ああいうことをしたらどんなに気分爽快だろうと思った。
    実際やってしまうとそんなことにはならないだろうけど。
    あの衝動は、あの毒親との関わりを断って何年たってもなかなか
    消えることはなかった。動機は些細なことで爆発する
    圧倒的圧力を持った「怒り」。ただし、変質する前のその本質は、
    子を私欲のために利用する毒親に対する正しい怒りだった。

  • 地震の夢を見た。
    2011年のあの時を思い出す揺れ方だった。
    最初は弱い揺れだったのに、なかなか収まらず、
    どんどん強くなってズザーッと横揺れした。
    今度こそ死ぬのか、生きてきたこの幸福な世界は
    ここで終わってしまうのかと思った。
    それが夢だと気付いたその時、目が覚めた。

  • 昔は平熱が高めで夏がつらかった。
    それが年々少しずつ体温が下がっていき、
    二~三年前まではすっかり冷え症だった。
    冷えは足先から始まって最後は頭だった。
    頭まで冷え切ったらもう死ぬかと思った。
    それが今度は逆に体温が上がってきた。
    ただし、いちばん暑いのは頭だ。
    低温の場所に移動するとメガネが曇る。
    いろんな手段で冷やし続けてないと
    頭痛になったりするほど熱い。
    三年ほど前のように真夏の炎天下、
    誰もいない公園でジョギングするなんて
    危険なことはもうできないだろう。
    四十度の風呂に浸かるのもつらくなってきた。
    どこへ行っても周囲より明らかに薄着だ。
    今年の春は高温の日が多かったせいもあって
    暑いのはそのせいだとしばらく思っていた。




  • またトイレの夢を見た。
    夢で何度も見た特定の場所に、
    トイレだけの建物で、なぜか
    行く度に改装や増築されている。
    すべて個室で数は百室ほどあって、
    しかも、一つとして同じものがなく、
    入ってみないとどういう形なのか
    わからないし、現実で見たことない
    形をしていたりする。今回、私が
    入ってみたトイレは、その一室で
    一泊できそうな設備が整っていた。

  • 毎日、似たようなパターンを繰り返す日常生活。
    この暮らしの快適さが永遠に続くことを望もうが、
    持病や環境の悪さが耐えがたくなって
    すべてを終わりにしたくなろうとも、
    それがいつまでも続くわけではないだろう。
    いつか必ず無くなる、失う、崩壊する時が来る。
    それは来年いや明日かもしれないし、
    次の瞬間、突然やってくるかもしれない。
    テロか、自然災害か、重い病気か…
    まるで天国から地獄へと変わるような世界…
    些細なことで生じる不快感に振り回されず、
    今日も平和で快適な生活を送れたことを
    当たり前ではなく、貴重なこととして
    心にとどめておきたい。おやすみ…

  • とっくの昔に亡くなった現実の祖父母の家に
    そっくりだけど違う夢の中だけの家で夕方、
    外の風景が美しい夕焼けになっていることに
    家族の一人が気付いて騒ぎ始めた。すでに
    誰かが家の広い玄関の扉を開けていて、
    そこから夕焼けの一部が見えた。
    玄関の外に出ればよく見えるだろう
    夕焼けの風景を撮影したくて、私は
    カメラを持って靴を履こうとしたけど、
    誰かが私の靴を履いていってしまったのか、
    私が履けそうな靴が見つからないまま、
    夕焼けの色がどんどん薄れていく…
    そこで目が覚める夢を見た。

  • 自分を含む数人が集まって会議をしていた。
    参加者の名前を一々呼ぶことが面倒なのか
    どうか私は知らないが、途中からリーダが
    「皆に番号を付けて呼ぼう」と提案した。
    一人だけ明らかに嫌がっていたが、他の誰も
    反対しなかったので、そうすると決まり、
    しかし、それはなぜか「○号機」で
    私は「2号機」と呼ばれた。次の日、再び
    同じメンバー参加予定の会議が始まったが、
    リーダーと私以外の人たちは来なかった。

  • 芋虫が長い糸で樹木から「ぷらーん」と
    ぶら下がっている季節になった。
    毎年必ず何度も見るけど、
    弁当の中に入ったら困る。
    髪の毛にからまっても困る。
    服についても困る。
    芋虫で汚れたシミは洗っても取れない。
    小鳥にとって芋虫はご馳走らしい。
    スズメは芋虫の奪い合いで大騒ぎになる。
    最近、テントウムシの幼虫を見かけた。
    親虫はかわいいけど、幼虫はきもい。

本文はここまでです このページの先頭へ