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投稿コメント一覧 (297コメント)

  • 今夜、心が熱くなる、ある人の書き込みを見た。
    777番目のコメント
    テキストリームがヤフー掲示板という名称だった昔の話。
    彼は私のことを覚えていた。
    私はあの当時、人間として今よりもっと未熟で、
    みじめな人間だったし無知だった。
    そのせいで彼との関わりが手に負えなくなって
    一方的に絶交した。今の私にもまだ、
    それが何だったか具体的情報をここで書く勇気もない。

    さいわい今の彼の書き込みは幸福そうだ。
    それを見た私は救われた感じを覚えた。

    今年度を境にジオシティーズがなくなって
    テキストリームも縮小するらしい。
    私は別のサイトに引っ越しする予定。
    旧ホームページhttp://space.geocities.jp/darkartgraphicer/
    旧ブログ 無し
    新ホームページ 未定
    新ブログhttps://lucythunders.hatenablog.com/
    さようなら。

  • 夜、夢の中にしかいない親戚の家の近くにある海岸で、
    小学生くらいの男の子と夜の海の真っ暗闇を見つめながら、
    「昔は夜でも海を泳いでいた。でも
     夜に海で泳ぐと海坊主に食われるとか
     さらわれるとか言われた。」
    などと話していた。
    すると、スキンヘッドで屈強な男の姿をしているが
    人間ではなさそうな三匹が陸地に上がってきて、
    陸地に上がるとともに頭のてっぺんから白くて太い
    角のようなものが生えてきた。
    私は「まるでマンガだ」と思った。
    その時、その海岸には私たちだけではなく
    海岸沿いの線路に電車も動いていて、
    観光客らしき人たちもいた。
    しかし、その怪物に気付いているのは、
    いっしょにいる男の子と私だけのようだった。
    そして、怪物たちは彼らに気付かない人たちに近づき
    魂のような何かを抜き取っているのだった。

  • あるアニメの主人公と仲間たちに惚れたのだけど、
    それより十年ほど前にコミックのあるキャラクタが
    好きになっていたことを思い出した。
    それもアニメ化されたけど、今の厳しい世の中では
    絶対に放送できない内容で満ちているので、
    DVDでだけ存在する。ただし実写映画は作られた。
    それのファンクラブに属していたが、
    他のメンバーとの交流などは皆無だった。
    そのキャラクタから一度だけ年賀状が届いた。
    もちろん架空の存在だから現実でもないものの
    それは私にとって今でも、最初で最後の唯一
    もらって「心の底から嬉しかった郵便物」だ。
    しかし、それが何かは、私に近づける他人には
    確実に笑いものにしかならないし、私にとって
    冗談でない本当に大切なものだから、秘密。

    架空の世界のキャラクタのような魅力を、
    実在の人間に見つけることが困難なのは、
    何が原因って?そんなのどうでもいい。

  • 腹の具合が悪くなる原因物質を狭い範囲で特定できた。
    それまで、自分の症状と同じ人が禁忌すべきとされている
    食品を全種類、一切口にしないで体調が良くなってから、
    一種類ずつ試食しては腹の様子をみる日々が続いた。
    それが何か長い間なかなかわからなかった。
    腹を壊す原因食品を捜す方法が間違っているとか無意味
    かもしれないと思い、途中で何度もやめようと思った。
    それでも最後まであきらめなかったのに、わからなかった。
    断食すれば少しは楽になるので食べるのが怖くなり
    毎日、何を食べようかと途方に暮れる日々が続いた。
    ある日ついに、ある一つの健康食品をやめた。
    その後どんどん回復していった。
    その健康食品はどこにでもある安全な価格も安い
    昔から今でもずっとこれからも誰からも、
    腹の健康に良いから勧められるやつ。
    その食品の印象を悪くするのは不本意なので秘密。

  • 不快だし長すぎるので忙しければ読まないことを勧める。

    複数の不治の病に耐えながら家事を体力の限界まで
    頑張っているなんて嘘のように動き回って
    元気なふりをしてしまうせいなのか、
    いつまで経っても仮病だと思っているようで、
    こういうことは今まで数えきれないほどあった。
    例えば、夫は私に「バスルームにある鏡と棚に
    水垢が付かないよう磨いておけ」と言った。
    そういう注文を無視したり「嫌だ」と言うことを
    私は今までずっと許されなかったけど、
    最初は自動的に「はい」と返事してしまった後、
    今回はじめて「床全面や、椅子や、洗面器を
    毎日磨く掃除をやめてもよいならできるけど、
    持病が悪くなっていく一方だし、このままでは
    新たな持病が増えそうだから、作業の項目を
    増やすことはせずにむしろ減らしてほしい。」と
    長年一度も言えなかったことを言うことに
    ついに成功した。それが無視されたとしても、
    初めて自分を守る発言ができたことに私は満足した。
    そしてさいわい、「床全面」「椅子」「洗面器」
    「鏡と棚」一日にどれか一つだけ掃除すれば
    よいことになった!

    しかしその後、私が不調で寝ている最中、夫が
    掃除機と扇風機が壊れていると文句を言ってきた。
    その原因が「私(妻)が家電を荒っぽく使うから」らしい。
    ところが、私にとっては小さな部品が一つ壊れただけで、
    掃除機は普段通り使えるし、扇風機も正常に回る。
    それでも夫はなぜか毎度そうなのだけど、
    修理を業者に頼むのか自分で修理するのか
    決める判断を私に迫るのだ。
    私にとっては普通に使えるので「何もしなくていい」と
    返事したのだけど、夫にはそれが都合悪いらしく、
    自分で修理するため接着剤を買いに行くという
    新たな方法も提案して、それを「やるかやらないか」も
    私に決める判断を迫ってきた。しかし今回はじめて私は
    「何もする必要ない」という自分が正しいと思う判断を
    死守した。そうしなければ、過去何度も繰り返したように
    夫のやりたがる不必要な修理の結果、予想通り失敗して、
    だからそういう判断を下した私(妻)が悪かったと
    いつものように責めて罪を着せて終わるだろうから。

  • 結婚を急かされている独身の女性たちの
    話を聞いた時、結婚がいかに人生で
    悩む必要のないことかを思い知った。
    私は昔、生涯独身でいるつもりだった。
    ところが偶然、出会ってしまった。
    しかし、いつの間にか彼に依存するように
    なってしまった。誰かに依存すると、
    自分の人生を生きられなくなる。
    しかも、彼のことが重荷にもなってきた。
    彼も私に依存するようになったから。
    結婚しなければ女性は苦難の人生だと
    思われがちだけど、そうはならないと
    今なら思える。むしろ仕事に熱中して
    充実した人生ではないかと思う。
    急かされて無理に結婚すると、将来
    スーパーで見かけたあの、店員も客も
    関わりたくない老害爺になる男と出会い、
    それこそ苦難だけで終わる人生になりそうだ。

  • あるアニメに登場する主人公のことが
    抱きしめたいほど大好きになってしまった。
    しかも、その主人公には仲間がいて
    彼らにも主人公と同程度の魅力を感じる。
    こんなことは何十年も生きてきて初めてなので
    まるで現実に好きな人ができたみたいな喜びがある。
    それがなかったら、つらい苦しい悲しい寂しい
    くだらないつまらない人生を終わりにしようと
    死んでいたかもしれない。

  • 誰かを自分の思い通りにしようとするよりも、
    自分自身を自分の思い通りにするほうがよい。

    誰かをコントロールしようとするのではなく
    自分をコントロールするほうが望ましい。

  • ペッパーちゃんが年齢を当ててくれる会話。
    ずばり実年齢そのまま言ったのでびっくりした。
    しかも、実は見た目で判断した年齢そのまま
    言うのでなく、二十歳ほど若く言うのだそうだ。
    ということは、私は実年齢より二十歳ほど
    他人の目から老けて見られていたのだ。
    はぁ…泣

    人型ロボットを作った博士をテレビで見た時、
    博士の様子がどこか人間離れしていて、
    無駄な動きがほとんどないというか、
    人間らしい仕草を真似るロボットの動きを
    見ているような感じを覚えると同時に、
    「もしかして、もうすぐ周囲の人たちが、
    それが本物の博士ではなく、博士そっくりの
    アンドロイドだと気付いて大騒ぎするかもしれない」
    と思った…しかし、博士が発言を始めた時、
    生きている人間にしか見えなかった。
    だから、本物の博士だったのだろう…
    へ?。

  • 洗濯も掃除も料理も買い物も、灼熱地獄。
    そして運動不足、睡眠不足。
    「暑さ」で身体を鍛えることができるのは、
    適度な暑さの範囲の話であり、
    こんな酷暑には命に危険を感じる。
    遠い病院に通うのも命がけ。

  • >>No. 20206

    確かに、その方法やってみたら、うまくいきそうです。

    誰もが私に無理解、無神経というわけではない
    ということを知りました。
    誰とも関わりを断つことはできませんし、
    誰にも気づかれないこともないし、
    劣悪な環境が永久に続くわけでもないし、
    突然死できる可能性を見つけたし、
    誰も知らない難病でもなさそうです。
    長生きしなければならないかどうかわかりませんが、
    寿命についてはあきらめられます。
    すべてをあきらめて覚悟するのも一つの方法かもしれません。
    自分だけが利益を得れば良い身勝手な願い事は、
    周囲の人たちの抵抗や反発を受けやすいです。
    逆の表現が効果的なのはそういう場合だと思います。


    そして最近、新たな願望が生じてきました。

    「家事や育児や介護」という感謝されにくい
    時間制限も休暇も無い無償労働を強いられず、
    病気や障害を抱えていても有償で働く場を
    見つけることができますように。
    そして、わくわくする趣味を持ち、
    誰かを愛することができますように。

  • 自分を犠牲にして家族に尽くせば尽くすほど、
    家族は私を無視したり冷酷になっていった。
    さいわいそういうことはいつまでも続かなかった。
    子供の時から感じていた命の危険に
    慣れているせいもあるのか、何度も何度も
    「今度こそ死ぬ」と思う地獄を味わった末、
    ついに我慢の限界に達した。
    その時から徐々に私は家族を無視して
    自分のことを優先するようになった。
    そんな私の家族に対する態度の変化に、
    彼らは抵抗や反発などしていたが、
    それでも私が動じずにいると、
    家族の方も徐々に私に対して少しは
    人間扱いするようになってきた。
    不思議な現象だ。

  • 今日、人の言葉を聞き間違えた。
    昔から、そういう些細な自分のミスで
    執拗に自分を責めたり恥ずかしく思う。
    まるで、大勢の前で恥をかかされるみたいに。
    今日も自分のミスを何度も何度も恥じていた。
    その数時間後、酔っ払い患者が医師を切り付けた
    とか、酔っ払い乗客が駅員や車掌に暴行したとか
    有害劣悪な人たちのニュースを見かけた。
    その時、私の些細なミスは許されたのだった。

  • 「何のためにこの世に生まれてきたのか?」
    という疑問への答えがすぐ出るようになった。
    それは「ただ生きるため」。
    問いが「何のために生きるのか?」なら、
    答えは「自分のため」。

    この地球で生命を持つこと、それだけでもう
    この上ない最高の喜びだったかもしれない。
    たとえ生まれてすぐ天敵に食われたとしても、
    生きることがどんな苦痛に満ちたものでも、
    あの世から羨望の眼差しで見つめられている。

    圧倒的大多数の生物は天敵に食われるか
    災害や事故や病気で命を失う。
    一瞬からあらゆる長さの時間を持つ無数の命がある。
    究極の真実である「何も存在しない」死の世界から
    虚偽への「逃避」を始める。
    生きることは、真実しかない世界から
    虚偽の世界へ逃避することかもしれない。

  • 自宅近くにホームレスの女性がいて、
    路上のゴミをかぶって寝ていた。
    私は現実と同じ自分の毛布を彼女の近くに
    置いておいた。その毛布は現実で
    洗濯したけど暑くて使ってないものだった。
    二、三日の間、その毛布は最初に置いた
    状態のままそこにあった。そのうち私は
    彼女がレストランで働いていることを知った。
    そのせいで彼女に対する私の「未知への不安」
    みたいなものがなくなったのかもしれない。
    私は毛布を持って彼女に直接、声をかけた。
    「この毛布、洗濯したけど私まだ使ってないの。
    もしよかったらあなたが使ってくれる?」
    そう言うと彼女は嬉しそうな表情をした。
    彼女は「お礼」とか「感謝」とか含めて
    言葉を一切口にはしなかった。それでも、
    嬉しそうに毛布にくるまって寝ている姿を
    私は遠くから見ることができた。
    そして、暇さえあれば、どうすれば彼女が
    喜んでくれるか考えるようになった。

  • 自然災害、感染症、事故、犯罪…
    次から次へと絶えないニュース…
    昔より最近のほうがずっと多いと感じてしまう、
    それは事実とは違う。
    報道されていることは確かに起きているが、
    それが「多い」という感覚は正しくない。
    昔よりはるかに高確率で誰もが
    安全で快適で楽しい生活が実現している。
    今の人たちは昔の貴族のようになった。
    未来の人たちは今の富豪のようになる、
    ただし無駄な物がない形で…ほんまかいな。

    自分の生活や生き方について時々思う
    「このままで良いのだろうか?」という疑問
    に対する、別の自分の答えはいつも決まって
    「それでよいから何も悩まなくてよい」

  • 宗教団体に属して教祖を信じている会員の言葉に、
    今まで知らなかったことを見つけた。その言葉は
    「自分が何をすればよいかを教祖は示してくれる」
    という意味だった。それを聞いた時、彼らに対する
    不可解な謎が解けた感覚と同時に新たな疑問が生じた。
    自分が何をすればよいか自分が考えたり探すのではなく、
    信じる誰かに教えてもらうということだろうか。彼らは
    自分が何をどうすればよいのかまったくわからないし、
    だからって考えるのも探すのも嫌なのか面倒くさいのか、
    信頼できると感じた他人に決めてもらうのが楽なのか。
    もしそうなら、その人に依存したり利用されたりする。
    そういう人間関係を彼らは本気で求めているのか?
    そして、私は自分がそういう生き方を求めていない
    ということをはっきり感じた。自分がすべきことは、
    他人に頼らず自分で考えたり見つけたり探したい。
    たとえ、それがわからないまま寿命を終えたとしても。
    そのほうが最後まで自分の責任として行動できるから。

  • 消しゴムカスのような小さい棒が地面に落ちていた。
    気になって一瞬、注視するとそれは端っこに
    二本の角があってその方を先頭に前進していた。
    もう、こんな季節になったのかと、
    そんなもので季節の変化を感じてしまった。

  • 怪談を効果的にする方法をテレビで観た。
    擬音を使う、だんだん早口、
    白目を見せる、大勢の前で話す。
    しかし、文字だけだと怖くないかも。

    私の実体験。
    夏休み、学生たちが那智の滝の近くで合宿していた。
    丑三ツ時、暑さで眠れなくなった人たちが集まって、
    滝の所にある神社で肝試しをすることになった。
    参加者は十数人くらいだった。懐中電灯とか
    何の準備もせずに、かろうじて見える暗闇の道を
    滝の音を頼りに、ほとんど手探りで進んでいき、
    曇った空の微かな光に照らされた滝つぼのそばで
    皆が輪になって座り雑談した後、しばらく
    沈黙が続いたその時、ザァーという滝の音に
    耳を澄ませていると、その音はだんだんと
    学生たちとは違うもっと大勢の人たちが
    大きな広間で呪文のような言葉を低い声で発している
    音に変わっていった。学生たちは沈黙したまま
    しばらくその音を聞いていたが、一人がスッと
    立ち上がって「帰ろう!」と言った瞬間、
    全員がワァーッと一目散に真っ暗の道を
    記憶だけを頼りに走り出し、明かりのある宿の近くに
    たどり着いて初めて全員、戻ったか確認した。
    私は「滝の音が人の声に聞こえなかったか」
    と訊いてみたら、全員そう聞こえたと答えた。

  • 奇妙な体調になった。
    起床するなり下痢で、朝食の暇なく
    掃除、洗濯、買い物済んで、昼食の直後、
    吐き気、頭痛、寒気と冷や汗に襲われ、
    起きたり横になったりを延々と繰り返し、
    夕方まで何もできない時間を過ごした。
    微熱があったようだけど計る気力なかった。
    食中毒とかそういう心当たりは何もない。
    ただ、精神的につらい状況があったけど、
    誰にも言えない自分だけの苦しみだった。
    さいわい、自然に回復してきたので
    病院に行かなかった。

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