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投稿コメント一覧 (5107コメント)

  • >>No. 246736

    m:
    貴殿の主張は、中身が無い張り子の虎か?



    張り子の虎がどこにいるかだわな。

    主張とかじゃなくて

    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>



    が、
    正しいか否かであって、
    主張じゃなくて
    漢文読み下しの正誤の問題。

    オマエが正しいと思えば
    正しいと言えばいいし
    正しいと思うが
    何か文句あるかと言えば
    そう言えばいいだけのこと
    そこから、話が始まるだけのこと。

    で、どうなの?

  • >>No. 246736

    m:
    <漢語文を読めないあなたには、 判定能力はありません。>

    読めないとされている
    俺が
    読めるとしている
    オマエに聞いているんだよ。


    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>



    で、いいの?

    上位者然としているオマエへの質問なんだよ。

    m:
    それが議論でしょう。



    なの、議論でも何でもないと思うんだが
    余計なことを言うと
    オマエはまたあちこち言を左右するからナ。

    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>

    で、
    読み下しはこれでいいと思っているの?

    いいか?悪いか?
    ただそれだけの事なんだから
    サ。

  • >>No. 246736

    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>



    で、いいの?

    m:
    私は、これに対して、特に反論する材料はありませんが



    m:
    *「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る



    で、
    正しくて、間違いはないと思っているの?
    っていう質問なんだ。

    どう?

  • >>No. 246647

    >「<「徑」に作る> についての考察がないよな。」

    そうお思いなら、あなたが補って頂けませんか。



    あなたが補って・・・・?

    だってか。

    補うも何も
    オマエはナニもやっていないじゃん。

    m:
    「經」は「たて」で、南北方向を指します。
    「よこ」は「緯」で東西方向を指します。
    *凡地東西為緯,南北為經。——《大戴禮記·易本命》

    ちなみに、
    今も板材の規格寸法は、
    3尺(たて)×6尺(よこ)が使われます。
    これは面積表記でもあるが、
    部材の各長さでもあります。
    家電品の寸法表記も
    「タテ×ヨコ×高さ」と言う、
    (又は間口×高さ×奥行き)
    体積計算の式の形式で各寸法を表記しますね。



    一つ確認するんだが

    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>



    で、いいの?

  • >>No. 246599

    俺の
    【「經」に作る】って、どういうことなんだろうね。

    に対しての返答が

    m:
    「經」は「たて」で、南北方向を指します。
    「よこ」は「緯」で東西方向を指します。
    *凡地東西為緯,南北為經。——《大戴禮記·易本命》



    だ。

    「經」
    の字義についてはチョットあるようだが

    <「徑」に作る>
    についての考察がないよな。

    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>

    俺だけではない、mシンパや学齢者も
    そはいかにだと思うよ。

    で、読み下しが正しいのかどうかも懸念されるな。

    漢語は得意だとでも言いたげだったよね。
    俺なんぞレベルにも腑に落ちるように説明よろしく。

  • >>No. 246076

    m:
    この情緒と主観まみれのコメントに、
    返信する価値はない。

    所詮、君との学問的議論は無理であったのう。



    「無理であったのう」
    は、絶縁通告じゃないの?

    忖度してオマエにはレスしては
    イケンのんじゃと思っていたんじゃがのう。

    俺と交信していてもオマエには
    学問的果実は一切入らないんで
    老い先短いオマエは俺なんぞと
    かまけている場合じゃないとしたのでは。

    だが、折角だから、聞いておきたいのがあるんだが

    俺は、オマエのポテンシャルをこれで測れたんだが

    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>

    オマエは、↑
    これを
    よくできたもんだと思っている?

    そうだとしたら
    【「經」に作る】
    って、どういうことなんだろうね。

    まぁ、解説よろしくナ。

  • 俺:
    「日中立竿無影」は<日中の立竿に影なし>
    とは、絶対にならない。
    「日中立竿測影」を「日中立竿無影」とするなど、まったくもって
    暴挙もいいところである。

    m:
    ・・・・?
    感情論ではなく、
    文法論や校勘論でお話しください。



    文法論とかで話さなければ分からないような
    次元のものではない。

    wajin128:
    【計其道里當在會稽東治之東】
    その道里を計って見ると、
    女王の都(宮室)は、會稽郡東冶懸の東側に在るに当たる。

    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>



    が、誤りであるということと同じ。

    こんなの、
    漢文の入門編を読めば
    立ちどころにわかるわな。

    m:
    漢語文を読めないあなたには、 判定能力はありません。



    よく言うよな。

    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>



    なんて言っている奴がさ。

    m爺よ、死ぬまで時間がないこともないんだから
    真面目に取り組んだらどうよ。

    「立て方向の面積」
    も、よく分からんわな。

    痛々しい限りだ。

  • m:
    渡辺温氏の標註の「徑;舊作經」を信じれば、
    「立て方向の面積」とも解釈できるかと思います。



    <渡辺温氏の標註>
    はともかく
    史書を読んでいる中で
    「横方向の面積」
    というのもあるのか?

    ところで、
    ここの、
    <「雉長三丈、高一丈」(周礼冬官考工記匠人註)>
    では、
    「横方向の面積」
    の出番はないのかな?

    「雉長一丈、高三丈」
    となっても
    面積は変わらんわな。

    モヤモヤさせるゼヨ。

    「立て方向の面積」
    って、どういうことを考えてのものなんだろうね。

    耄碌爺さんのよくある涎話邪老怪。

  • スカタンwajin128:
    【計其道里當在會稽東治之東】
    その道里を計って見ると、
    女王の都(宮室)は、會稽郡東冶懸の東側に在るに当たる。

    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>



    同一人物かと思わせるな。

    学齢者諸君には
    見せられない過誤。

    まぁ、素養がないということが
    ポロリ。

  • m:
    貴方様:
    あなたもめんどくさい人ですね。
    こんなことをやっているから、
    某古田史学の馬鹿チン連が横やりを入れてきましたよ。


    これなんざ、ヤッコの性格を表しているよな。

    本論にはなんら関係もない話を持ち出してサ。

    俺がナンデ今こいつの置かれている立場を
    忖度しなくてはいけないの
    かっていう話だ。

    感情論云々っていう話を
    冷静漢のように言っているが
    さにあらずだ。

    で、いいと思うよ、
    こいつも馬鹿でも人間だからさ。

    ところで、
    ヤッコは

    m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>



    で、間違いなしと思っていやがるのかな。

    だとしたら、アウト!

  • m:
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>



    これって、マジっすかぁー。

    ヒデェーヒデェー。

    どういう意味なのかだよな。

    「日中立竿無影」=<日中の立竿に影なし>
    が、まだカワイク読めるな。

    mチャンは、校勘とか何とか言えるほどのお方ではないよな。

    指摘されてヤッコは今どんな心境なんザンショ。

    其の思いを聞いてみたいもんだワサ。

  • まぁ、モノ知らずな奴がいるもんだということだな。

    「日中立竿無影」は<日中の立竿に影なし>
    とは、絶対にならない。

    この阿呆が
    上海なんたらに追従して
    「日中立竿測影」

    「測」は「無」としている。
    で、
    滅茶滅茶の無茶振りで
    「測」と「無」とは同義にはならんでしょうだって。
    阿多坊だよな。
    なるなんて言ってないしよ。

    で、
    「測」ではなく「無」
    にして
    「日中立竿無影」=<日中の立竿に影なし>
    としたんだが、これがスカタン訳なんだ。

    勝手なことを言って回って
    挙句の果てが
    俺の理路整然としたお話が
    バカには感情論に映るんだって。

    まぁ、感情は個人個人のものだから
    ええでガンショ。

    まず、「立竿」
    ってなになんザンショ。
    「名詞」?

    「立竿」
    に影が無いで
    頑張られても困るわな。

    竿に影のあるなしではなく
    太陽と竿が作る影の長さが大事なんだ
    ということが、この底抜けのアホ君には
    さっぱり理解できないようだ。

    まぁ、
    スカタンくんが
    どうしても、そうとしか読めないというんだったら
    それはそれでもいいんじゃないの。

    俺がバカに寄り添う義務なんてないしよ。

    やばくなると
    感情論というこのアホの
    言が正しいとしたら
    「言い逃れ居士には困ったもんだ」
    という呆れた感情が沸々と湧いてくる
    ところかな。

    コイツは
    自分の正体がもうすっかり白日にさらされているのに
    まだ、補修・修復に躍起となっている。

    m:
    校勘論でお話しください



    「語彙:校勘大好き居士君」
    じゃぁ、
    「南接新羅」
    でも校勘しなよ。
    どう眺めても
    隋代に
    「新羅は百済の南にある」
    とはならんからな。

    m:
    恐らく半島南部にあった任那地域を
    新羅が領土にした後の状況であろう。



    で、この大馬鹿ちゃんリンにはどんな地図となるのかな。


    m:
    添付地図に関してご注意をもしあげます。
    『隋書』では、
    「開皇初(中略)帯方郡公、百濟王。」
    「南接新羅、北拒高麗。」



    俺は、朝鮮半島三国時代到来、隋建国年に沿った地図を挙げたが
    mは「・・・ご注意・・・」
    だとよ。

    で、ヤッコは日・中・韓の地図を持っていますだとよ。
    おぉー、ええじゃないの、就学生諸君をはじめ皆さんに
    百済が南で新羅と接している隋代の地図を開陳しなよ。

  • m:
    「雉長三丈、高一丈」(周礼冬官考工記匠人註)
    <3丈×1丈=3丈丈(面積)>
    「方丈曰堵、三堵曰雉」(左傳隠元年註)
    <1丈×1丈=1丈丈=堵>、<3×1堵=3×1丈丈=雉>   
    <再掲> 「徑三百雉」の「徑(径)」の解釈がややこしいですね。
    一般的に「径」と言えば、円などの「直径の”長さ”」ですが、
    「雉」は長さの単位では無く、面積の単位ですので、
    渡辺温氏の標註の「徑;舊作經」を信じれば、
    「立て方向の面積」とも解釈できるかと思います。



    この中でオモロイのがあります。

    <「立て方向の面積」>
    って、どういうことかいな。

    長さ=三丈
    高さ=一丈

    長さ×高さ=面積

    高さ×長さ=面積
    はどないなん?

    横方向の面積

    立て方向の面積
    とでは値が違うのかっちゅう話。

    ?????????????????????
    でっしゃろう。

    オモロイと言えばオモロイんですが
    しかし、必殺の算法が潜んでいるかもですな。

    どうです。

  • m:
    狭い知見で妄想すること無く、
    文献を読んで、知見を広げてください。



    この馬鹿は
    己の浅学薄才を暗闇の中にうまく隠したつもりだが
    そこはそれ、生まれが阿呆だから
    そこここから破綻を生じさせている。

    まぁ、
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>
    としちゃったのは
    就学生にも容易にわかる失態現出場面で
    コイツ的には痛恨の極みだな。

    文献漁りも悪いことではないが
    ベースがこんな体たらくじゃ
    言われた方としても
    「はい、わかりました」
    とはならんわな。

    逃走中の極悪非道連続殺人犯に
    「万引きは犯罪だからしちゃいかんぞ」
    と、言われたチュッパチャップスをくすねた少年の心境はいかばかりかだな。
    まぁ、そういうところかな。

    このmってぇのが
    雑なのは
    <*(隋代の百済と新羅は、大雑把に東西を2分)>
    と、言ったことを忘れたかのように
    「南接新羅」
    とやっちゃうんだ。

    こいつが常々言っている
    「東じゃないのかな?」
    って
    「校勘」
    はこういうところでやるもんじゃないの?

    まぁ、己がしゃべっていることが何かさへもわからんほど
    加齢ゆえの耄碌かもな。

    之もアホが母体のポンスケ発言じゃん。

    で、往生際の悪いこと悪いこと。

    m:
    恐らく半島南部にあった任那地域を
    新羅が領土にした後の状況であろう。



    これって、隋書に沿った話だぜ。

    隋が建国した年:581年
    朝鮮半島三国時代到来:562年ごろ

    m:
    添付地図に関してご注意をもしあげます。
    『隋書』では、
    「開皇初(中略)帯方郡公、百濟王。」
    「南接新羅、北拒高麗。」



    俺は、朝鮮半島三国時代到来、隋建国年に沿った地図を挙げたが
    mは「・・・ご注意・・・」
    だとよ。

    で、ヤッコは日・中・韓の地図を持っていますだとよ。
    おぉー、ええじゃないの、就学生諸君をはじめ皆さんに
    百済が南で新羅と接している隋代の地図を開陳しなよ。

    まぁ、まだまだあるが
    チョイと出かけるので今はここまで。

    就学生諸君、くれぐれもインチキmの言に惹かれないようにね。

  • m:
    漢語文を読めないあなたには、 判定能力はありません。



    なんて言っている利巧もどきのポンスケ君にしては
    滅茶滅茶残念なのが
    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>
    だわな。

    同じように
    「日中立竿無影」を<日中の立竿に影なし>
    も、残念だよね。

    気の毒の一語に尽きる
    ポンスケ君の放言録でヤンス。

    ひどかね。

  • m:
    「徑三百雉」の「徑」は、もとは「經」に作るとありますので、
    算術の「徑」では無く、「經」で考えないといけない。
     *「徑三百、徑舊作經」(左傳隠元年註)



    <*「徑舊作經」:「徑」は、もとは「經」に作る>

    就学生諸君、
    <徑は、もとは經に作る>
    って意味わかる?

    なんや、細かく見ていくと
    こんなところにも
    阿呆が露頭してるがな。

    漢文に親しんでいるものならばこんな阿呆な読みは金輪際しません。

    こんなのは、就学生諸君には絶対見せられません。

    就学生諸君
    <*「徑舊作經」>
    は、
    <「徑もと經となす」>
    と読むんですよ。


  • <再掲>部分の
    「立て方向の面積」とも解釈できるかと思います。」
    これは間違いである。



    ナ、ことハナから分かっているじゃん。

    「徑」
    が、
    「面積」
    なんて、と思うのもいるんだと
    呆れるばかりの今日この頃です。

  • 「日中立竿無影」を<日中の立竿に影なし>

    とはならないし、意味が通じない。

    そんなことではなく
    「日中に立てた竿が作る影の長さ」
    が要諦なのだ。

    「立竿」
    ってところでなになの
    ちゅう話だ

    「立竿」

    「竿を立て」
    であって
    「立竿」
    という名詞ではない。

    造語をしたり勝手解釈をしたり
    悪質ジジィ徘徊中だ。

    御用心、御用心。

  • >>No. 246076

    m:
    所詮、君との学問的議論は無理であったのう。



    俺は感性豊かな情緒に支えられているが
    オマエは出来の悪い不良文献サイボーグだわな。

    噛み合うわけないじゃん。

    ロジカルに自分が言ったことを証明できないようでは
    話にならん。

    オマエは
    見栄なんだろうが

    俺:
    「日中立竿無影」を<日中の立竿に影なし>
    と読めると思っている?

    オマエ:
    Yes。



    という返しだが
    オマエなんざ
    もうすぐ閻魔大王の御招待状を受ける身だから
    どうでもいいんだが
    この、恥知らずな書き込みは
    多くの無辜の方々に
    誤った知識を散布する恐れがあるので
    黙過できない。

    「日中立竿無影」

    <日中の立竿に影なし>
    とは、絶対にならない。

    で、
    「日中立竿測影」

    「日中立竿無影」
    とするなど、まったくもって
    暴挙もいいところである。

    絶対に
    こういう誤った情報を信じてはいけない。

  • >>No. 246058

    俺:
    「日中立竿無影」を<日中の立竿に影なし>
    と読めると思っている?

    オマエ:
    Yes。



    オマエ、なんだかんだという割には
    気の毒なモノ知らずだな。

    オマエ:
    日本語の「ない」は主に形容詞なので、
    訓読調では、
    <日中の立竿に影なし>
    漢語での「無」は他動詞と思いますので、
    漢語調では、
    <日中の立竿は影をもたない>



    <日中の立竿は影をもたない>

    時宜をわきまえない相変わらずの御託乱射ダナ。

    カメムシもどき。

    まぁ、老い先短いオマエに言うことではないかもしれんが
    学べよ!

    って言うか、
    オマエの思っている通りだと思って死ぬのもありか。
    俺は賢いんだということで冷たくなるのありかもねぇー。

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