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投稿コメント一覧 (4377コメント)

  • >>No. 239087

    asitano81:
    秀吉にたとえてもらって



    「ン?」

    ジェンジェンですが。

    まぁ、そういう用法もないとは言えませんが
    「とか言ってるがそうでもないな」
    というほどの意味で使いました。

    「秀吉」と、いう反応もあるかもというのは
    些かありましたけどもね。
    まさか字句で表現されたのにはいささかビックリ。

    罠だとしたらマンマという場面でしょうかねぇ~~。

    asitano81:
    学者に問い合わせても、
    いちいちの事実を積み重ねる学者では、
    この問題解決に必要な>飛躍<は期待できない。



    大仰な。

    つまりは、キミは今居る狭小な知識域から出ることは
    したくない。
    自分の思ったこと、一度吐いたことはジェッタイに枉げない
    頑迷固陋人だということ。

    asitano81;
    そののちに、
    この(やまと)に大倭(だいわ)という漢字を当てて、
    大倭を(やまと)と読むようにし、
    さらにその大倭を大和の字に変えたということなのです。
    このような大正解は、
    事実を積み上げる学者には無理で、
    勇気ある>飛躍<が必要となります。



    勇気ある飛躍?
    ホッホー、そうなんだ。

    ともあれ、
    モンパ如き野次馬のキミではなくて
    刻苦勉励した学者が
    どういう事実を積み上げたのかを
    知る事なくしてふんぞり返って構えていると、
    またまた得意の
    「ニ喬=二橋」の「二の舞」
    になっちゃうと思うよ。

    「大倭=やまと」:
    「倭國・倭」
    で、
    「旧唐書」など<「日本」>
    で、
    「倭=日本」

    倭=日本=やまと=大日本=大倭」

    <日本武尊・倭建命>

    まぁ、キミの恐ろしいほど浸透力のない
    知膜の向こうには何も届かないのはいやはや感嘆至極。

    まぁ、
    劣る人間、愚かなる人間、ひきこもる人間
    なども併せてあるのがこの人の世だから
    キミも言いたいことを腹いっぱい言っても
    公序良俗に反しない限り
    その身分は「大倭」がしっかりとお守りするとのこと。
    喜べ!

  • >>No. 239075

    asitano81:
    全然、ダメ。
    (やまと)を美称としたのは、
    (やまと)がそれなりに栄誉をもつ言葉だつたから。



    チョット、なにを言いたいのか分らんが
    それはそれでイイと思うよ。

    だって、
    ヤマトは国のまほろばダケンネ。
    「大和は国のなかでももっともよいところ」
    だという認識。

    優れたキミに
    私なんぞがナニを言っても
    聞く耳持たずだろうな。

    まぁ、
    こんなのもあったので
    挙げておくわ。


    大倭五百足 (やまとのいおたり)
    大倭忌寸五百足(やまとのいみきいおたり)
    大倭龍麻呂(やまとのたつまろ)

    大倭:
    倭は「やまと」
    大はやまとを美化するもの。

    三省堂との掛け合いを待つことにするかな。

  • >>No. 238937

    mkpo33:
    『字彙補』の編纂者の呉任臣が、同書で言う、
    「鄴都之三臺」とは、
    「鄴有魏文武甄后三陵(中略)所謂三臺」(山海経広注)
    ・・・・・・



    確認ですが、
    この、文を書いたのは
    呉任臣で間違いありませんか?

    ご教示ください。

    お忙しいと思いますが
    袖すりあうも他生の縁とか申します。

    御返事に沿って
    asitano81に返信を考えております。

  • >>No. 239075

    asitano81:
    どこからきたのか研究することが最も重要な古代史の課題。



    御大層なことなんですな。

    https://www.weblio.jp/content/%E5%A4%A7%E5%80%AD
    「三省堂 大辞林」:
    おお やまと おほ- 【大倭・大日本】
    大和国(=奈良県)の美称。

    とあります。
    キミは以前
    <ワイは学者ではないし、単なる野次馬にすぎん>
    と、言っていたが
    言葉からすると
    さりとてはの者のようだな。。

    かくなる上は
    是非、嘘つきの
    三省堂編集部に<大倭≠大和>だと、
    ねじ込んでみてはどうかな。
    で、面倒でも結果を報告もらえんかな。

    応援してるよ。

    株式会社 三省堂
    本社所在地
    〒101-8371 東京都千代田区三崎町2丁目22番14号
    電話 03-3230-9411(編集) 
    FAX 03-3230-9547(編集)

  • >>No. 239013

    そうそう、杓子定規のキミだから
    わざわざ書いておかなくてはならんかな。

    読む:
    文字を読む
    だけではなく
    意味などを理解する
    という意もある。

    事例:
    相手の心を読む。

    以上!

  • >>No. 239013

    asitano81:
    大倭は(やまと)と読めない



    そぉう?

    キミの好きな<現代の新しく作られる辞典>の一つにあるよ。

    https://www.weblio.jp/content/%E5%A4%A7%E5%80%AD
    おお やまと おほ- 【大倭・大日本】

    大和国(=奈良県)の美称。

    以上を鑑みて
    異論はあるとしても
    「やまと」
    と読んでも差し支えない。

    キミも新しい辞典にあるのだから
    否やは言えまいわな。

    いかが?

  • >>No. 238941

    asitano81:
    お手持ちの漢和辞典に、
    臺=陵墓が載っているか、
    いちど見ていただければ済むと思っておりますよ。



    これはダブりだな。
    お奨めによって大容量の字典で
    確認したのでバッチリ、スッキリ。
    この単純な行為のさなか
    キミの思考視野範囲の狭さだけが
    やけに浮き彫りとなったような気がするんだがな。

    学ぼうね。ゴキゲンヨウ。

    ところで
    すすめる方がとてもいい方で信に足りても
    ナンでも丸かじりは
    危険だと思うよ。

    ソッカ、
    健啖家のキミには関係ないかな。

    少なくとも
    呉任臣だけじゃないということが
    早晩キミにも分るようにと期待するな

    学ぼうね。ゴキゲンヨウ。

  • >>No. 238940

    asitano81:
    王安石の詩は、
    当時の知識人の間で曹操の遺言のことが知られていて、
    それを前提にして書かれた字句なので、
    そのように歌ったことと実際に多数の偽墓があったかどうかはまた別の話。



    そうなんだよね。
    私がキミに言いたいのは
    王安石が文人であり且つ由緒正しい高位の政治家だということと
    詠われたものが事実に乗っ取ったものかどうかは別の話だということ。
    遺言をちゃんと知っていたということ自体はさることながら
    多くの偽陵墓を72個も作ったということにしたんだろう。
    私は物理的にも実務的にもそのようなことはあり得ないと思う。
    で、
    王安石の意識下では土を盛り上げた七十二丘の
    一般呼称の「臺」は陵墓になる。
    芸術家の思いに身を置けば朴念仁にあらざれば
    容易に感得することができる。
    詩歌や山海経などの
    芸術家によって描かれたモノは得てして
    本来の姿や用法を逸脱することがある。
    が、詩歌音曲を楽しみたい人たちのために
    字典製作に携わるモノは其処までやるかという域まで
    渉猟し便を図るんだよ。

    例えば
    「ニ喬はニ橋なり」
    とあれば
    字典編纂者は
    「喬は橋なり。『asitano81』
    とするんだよ。

    字典製作者は大変だと思うだろう。

  • >>No. 238939

    asitano81:
    手持ちの漢和辞典をめくって臺字をみてみては。
    臺=陵墓とでているといいですね。



    キミの知識取得の際にかける磨りガラス仕様のメガネでは
    豆単もコンサイスオックスフォードも同じレベルに見えるようだな。
    気の毒の限りではあるな。
    私は、
    豆単の収録数とコンサイスオックスフォードの収録数は違うと
    ハッキリ見えてる。

    もっと、視野を広げてモノを見て捉える事ができれば
    キミでも知識を豊富に得ることができるんだがな。
    まぁ、今さへよければで、
    お過ごしのようだから多くは言いますまい。

    ちゅうことですがな。

  • >>No. 238942

    asitano81:
    呉任臣がなぜ鄴に三陵あると書いたのかが問題なのです。
    そして、その三陵が、世にいう三臺だと書いているのですから、
    臺=陵だと言いたいわけです。

    臺=陵であるとしているのは呉任臣だけ、
    ということになってきます。



    果たしてそうなんだろうか?

    私は、少しくキミと意見をことにするんだが。

  • 美味い酒を呑んで、ホテルへ。

    明日は、忙しい一日になりそうなので
    寝るぞぉー。

    胡蝶美人の膝枕ぁー。

  • >>No. 238937

    mkpo33:
    呉任臣がその著書『山海経広注』で、
    「鄴有魏文武甄后三陵(中略)所謂三臺」
    と言っていますので



    実直で冷静で向学心豊かな方と常々敬服いたしております。

    確認ですが、
    挿しこまれている
    「鄴有魏文武甄后三陵(中略)所謂三臺」
    この、文を書いたのは
    呉任臣で間違いありませんか?

    ご教示ください。

  • 旅先でゆっくりレスを読めればだが
    現地の様子次第だな。

  • asitano81
    と語らってイイ時間を過ごせた。

    本当に色々と私も勉強することができました。

    各位に謝意を表します。

  • 三国志ファンは
    asitano81の話をどう読んだだろう。



    攬二喬於東南兮 楽朝夕兮與共
    で、このアンサー



    二喬は三つの臺を連結するために架けた橋ですので。
    このような形の墓は、いくらなんでもあり得ません。



    ビギナーズ暗ラック 嘉納


    「臺=陵墓」と併せて手紙に書いて送ろうかな。

    掴みにはなるな。

  • >>No. 238840

    asitano81:
    いえいえ、呉任臣が一人いました。
    非常に貴重種と判断します。
    そして、
    呉任臣が死んでその一人がいなくなったのですが、
    彼の種である辞典は残り、
    その中の臺の字の解釈は、
    そのまんま残っています。
    青朱さんが第二の呉任臣を任じていますから、
    呉任臣の種が日本で花をひとつ開いているという
    珍しい光景となっているわけです。



    少し、痛々しい文にはなっている。

    日本での花も一つではないということ。

    別に任じてという意識はないな。
    まぁ、
    康煕字典の実あるところを感得するには十分ではあった。

    陵墓とはしていないが
    キミも
    「墳丘」
    だとは認めていたヨ。

    な、ことはともかく
    呉任臣も西陵で安らかに・・・・。

    南ぁ~~~~~~~無ぅ~~~~~~~

  • >>No. 238918

    とりあえずの話。

    asitano81  238652:
    憶良が、そのような意味で臺の字を使っていることは、
    間違いないようだ。
    しかし、そのことは、
    3世紀前半の陳寿が中国の記録をみて
    邪馬臺と書いたたこととまったく無関係である。



    根拠は?

    「邪馬臺」

    「臺」
    は、墳丘の意味ではないとする字典でもあるの?
    これは私には分らないが
    キミはこれを提示しなければならない。
    私見ということであればさにあらずだがね。

    asitano81 238682:
    残念ながら、冢は臺じゃないわな。



    mkpo33さん
    情報から
    「帝王之冢曰陵、亦謂之臺」



    之はどう処理するの?
    嘘だインチキとするか受け取るかなんだが・・・・・。

    受け取るとなると
    大王ミハイルピョンピョン氏に
    にはどうなの?

    キミの意のあるところを伝えてはいかがかな。
    律儀なキミだからと思うのでだが。

    それはさておき、

    asitano81:
    呉任臣の意図は、
    陵墓=臺ではなく、臺=陵墓を示すことにありますね。

    そうだとしても

    asitano8 1238727:
    臺の意味として陵墓がなく、
    みな臺は高殿やその土台を意味すると書いてあれば、
    青朱さんはもう陵墓=臺は用いないと思いますね。



    これは、取り下げということでいいな。
    呉任臣はキミの中ではうそつき記述者ではなく
    康煕字典に取り上げられても問題のない方だということでいいのかな。

    私は、この話以前同様
    「陵墓=臺」
    をバンバン手紙にもなんにでも
    用います。

    どう?

    ところで、うらやましいくらい今回は
    キミ、収穫多かったよな。
    中でも白眉は
    コレ



    ・・・・・・・
    asitano81:
    二喬は三つの臺を連結するために架けた橋ですので。
    このような形の墓は、いくらなんでもあり得ません。



    キミ、ナニを言っているの?

    ふぅ~~ん。

    攬二喬於東南兮 楽朝夕兮與共
    杜牧:東風不與周郎便  銅雀春深鎖二喬

    ここにある
    いずれの
    「二喬」

    「橋?」。
    ・・・・・・・・・・


    論じ合うことの意義を此処に見るなぁ。

    学びましょう。

  • >>No. 238918

    asitano81:
    王安石は政治家であるが、
    文人でもあって、
    曹操臨終の遺言、
    ちゃんと知っていたということですなあ。



    それがなにか?

    その一事が何故に以て
    「呉任臣:字彙補」
    の信頼性に疑義を打つことになるのかよく分からん。

    王安石は歴史に名を残す
    素晴らしい人であるということは否定はしないよ。

    asitano81:
    曹操が臨終で遺言した中に、
    わしの墓が暴かれんように、
    そのめぐらにたくさんの丘をつくれと命令したことにあり、
    それを踏まえて書いたもの。



    これって、本当の話かどうかだ。
    私はキミとは違いこの話は王安石発だとする。

    墓が見つからないことをイイことに
    やっちゃったんじゃないの?

    確かに盗掘を恐れて
    俺の墓が容易にか絶対にかはともかく
    暴かれないようにとは
    曹操ならずとも思うよね。

    何故かは、それは曹操の墓が確定されないことにもある。
    キミはマンマと王安石に乗せられたんだな。

    キミの
    「王安石は曹操臨終の遺言をちゃんと知っていたということですな。」
    は、よく言われる講釈師見てきたようなウソを言い
    に合致するな。

    が、仮に
    72丘の遺言があったとしても
    間違いなく
    言えることは王安石自身は臨終には立ち会ってはいないヨネ。

    「銅雀台西八九丘」
    河北省、邯鄲市臨漳県三台村の西に72の丘。

    物理的な話だが一応陵墓だから土饅ちゅうことにはならんじゃろう。
    そんな墓を72基と本陵を壹基だよな。
    勿論、それに伴う葬礼も威を示す程度のものはあるよね。
    時間も大変だし
    工期はどうなんかな。

    キミの話をつなぐと銅雀臺の西に墓を暴かれないように
    王墓の周囲に
    72の丘を配したというが
    王安石の時代には曹操の墓は確認されていない。
    それはそれとしてでもだが
    で、現在、河南省安陽市の約15kmにあるのがそれとされている。

    王安石が遺言を知っていたとキミは言うが
    「騙されましたね」
    と、私はあなたに耳打ちする。

    キミに提言、オレオレ詐欺にはくれぐれもご注意あれぞかし。

  • >>No. 238914

    asitano81:
    ワイは、こういう詩より、
    芭蕉の 夏草や兵どもが夢の跡 
    むざんやな兜の下のキリギリス、
    のほうが性に合いますなあ。



    教養人であるということは認めましょう。

    が、
    それはそれでキミの感懐。

    随意に。

  • >>No. 238913

    asitano81:
    臺を含む熟語にも、陵墓に関するものはひとつも出ていません。
    ワイは、この辞典の臺の意味を支持します。



    それはそれでキミの勝手だからお好きになさればいいことだ。
    ただ
    「学研大漢和辞典」
    の名誉のために付加しておきますが
    「〝臺”はこの他にも多くの関連アイテムがありますが紙面都合により
    誠に慙愧に堪えませんが割愛することにいたしました。
    なおこれ以上お知りになりたい方は“字彙補”などをご覧ください。
    :出版責任者拝」

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