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投稿コメント一覧 (844コメント)

  • >>No. 42149

    >>42149
    kunさんへ

    >>それ(こちらは変わる必要はない)では、こちらの価値観の押しつけ(kunさんの言う個性抹殺のファシズム社会「大アンドロメダ星」)となります。
    >それまさしくブレイビクが目指す事ですが

    ループになっています。
    -------
    で(そこに異論はありませんが)、---ブレイビクも少なくとも、思想を改めて元の考えを持たない保証がつかないと---41364、とされているkunさん御自身はどうなんでしょうか?-----41900
    への回答(ご自身の立場の表明)がないままです。

    ブレイビク氏がそうであることは、kunさんがそうではない事(私の指摘への反論)ではありません。

    私の指摘を否定されないならば、kunさんも根(多様性「異なる価値観」を認めない)はブレイビク氏とおなじでしょう。


    >あんなのの話聞くとか、あなたの論説の放棄ですが?

    対話をすることがどうしてそう(対話を求める私の論説の放棄、と)なるのでしょうか?(「話を聞くこと=賛同すること」ではないことは繰り返し述べていることです)


    >キリスト教が国教の国の国民に貧乏イスラム教徒大量に押し付けた結果がこれ。ノルウエーは中東からの「かわいそうな」移民の排除か大幅な制限に踏み切るべきだという、左翼にあるまじき意見に転向しますか?

    私は、その「押しつけ」を問題とする(そうしてその押し付けた故の結果を避けようとする)立場です。(これのどこが「左翼のあるまじき意見」なのでしょうか?)

  • >>No. 164380

    >>164380
    nyankoさんへ

    >剛は柔と表裏一体です。

    いわれている「表裏一体」とは、同一(同じ時空に起きている事)ではありませんよね。

    nyankoさんも

    >力に対しては力が必要なんですね。

    とされ、力が必要なのは「力に対して」とされています。

    必要とされる力と、その原因となる力。

    両者の「力」は、時系列に沿って前後(因果関係)が明らかにできることであり、同じ事実ではありません。

    私はその原因となる力を問題とすることで、(力に対する)力がなくても責められることではない。とする立場です。。

  • >>164379へ
    mysさんへ

    >私は絶対的な非暴力主義では有りませんよ。

    では、私が指摘した
    「暴力を肯定している‐-164310」は、勝手な意見でも見当外れでもない 。ということで。


    > 自然界の弱肉強食を否定して、肉食獣を皆殺しにしろなんて言いません。
    同時に自然界と同じような国際社会において、日本が肉食獣の餌になって良いなんて露ほども思いません。

    ?。日本ではない他国は弱肉強食の餌食になって良いとされているのでしょうか。(国際社会は弱肉強食でよい。とされているのならば、そうなりますよね)


    >正に、日本は「暴力を振るわれる側」ですから、その観点からの平和です。

    「暴力を振るわれる側」による平和(日本の現状)を問題とするならば、暴力を振るう側も問題となるのでは。(暴力を振るわれる側が生じますので)


    > 日本の社会内部の暴力から多くの平和的な国民を守るために、警察があるのと同様に、
    日本外部からの日本社会全体に対する暴力の脅威を防ぐために軍隊は必要です。

    以前から気になっているのですが、
    mysさんは、正当防衛の権利が国民(主権者)にあっても銃を持てない日本の現状を、どう捉えておられるのでしょうか。

    mysさんの立場なら、正当防衛を制限する法律「銃刀法」は問題となるのでは。(銃を持つ警察官や、違法に銃を所持する者に対する正当防衛ができなくなりますので)

    それでも「銃の放棄」は問題ないとされるのならば、国際社会においても、日本(主権国家)がそれ「武器の放棄」をすることは何もおかしなことではないかと。


    > 言論で抵抗する?無差別殺人犯を言論でどうやって止めさせるんかいな?

    その殺人犯の理屈を理解できなれば、防止策は当てずっぽうとなります。

    相手の理屈を理解するには対話「言論」するしかないのでは。


    >牧場の羊は、まわりの森には狼なんていないと思っている。

    私はその狼(暴力を振るう側)を問題にしているのですが。(いないと思っていたら問題にはできないでしょう)

  • >>No. 164378

    >>164378
    mysさんへ(つづき)

    >だから、多くの国は敢えて争いを戦争に訴えて解決しようとはしないが、
    それでも相手から攻撃されれば

    これも「それでも相手から攻撃されれば」を問題とせずに前提とされています。


    > 人を殺すなというモーゼの戒律以来、何千年経つが、未だアンタの言う「教育」は、60億の人類全てに行きわたっていない。
    日本の様な平和な国でも、暴力犯罪が横行している。
    まして、未だ10世紀も前のような社会の国、民族が世界中に多くある。
    アンタの理想と現実はとてつもなくかい離しているんだよ。

    現実がそうであることは、それをこの先変えることができないことではありませんよね。(この先も変えることができない前提となるためには「現実だから」とは別の理由が必要です)


    >非暴力主義のガンジーは、暗殺者の銃で殺された。

    暴力を振るわれた時点で(弱者は)OUTですから。ですから暴力への対応力を問うのではなく、暴力(が起こること)自体を問題とするのです。(そうして暴力から身を守ろうとするのです)

  • >>No. 164378

    >>164378
    mysさんへ

    >「相手が暴力を振るうことを問題とする」の問題とは何かね?

    「暴力」自体を問題とする立場です。


    >こちらが平和的解決=非暴力の解決をしようとしているのに、相手が暴力により解決をするのは、不法、不当なことに決まっている。

    では、なんで「それでも相手が暴力を振るえば」を問題とせず、御自身の主張の前提とされるのでしょうか。


    >9条1項は圧倒的多数の日本国民により支持されている。
    それが不当とするアンタは無視すべき少数派だね。

    ?。mysさんって、無視するかどうか「是非判断」を圧倒的多数か否かで判断される方なのでしょうか。(ならば、圧倒的多数故に正しく、少数故に間違っている。とされる理由を語っていただきたく思います)


    > 平和主義とは、非暴力無抵抗主義ではない。それが現実の世界での規範。

    「平和」って、よい意味で使われることであり、暴力があることではないのでは。mysさんは、暴力「弾圧・脅迫・…」による平和を(される側にとっても)よいこととされているのでしょうか。


    >平和主義=非暴力無抵抗主義を世界の多くの国と人が守ろうとすれば、非暴力を無視する少数の無法者が支配する世界になる。

    その無法者の暴力を問題とすること(問題と表明し、疑問・異論・反論を述べること自体が、無抵抗とは異なり、抵抗になっています)で、無法者の支配を防ごうとあれこれ思考するのであり、無法者の暴力を問題とせずに前提としてそこから守ろうとあれこれ思考する立場ではありません。


    > 非暴力という信仰のために、己と家族の命を失っても良いとは思いません。

    非暴力主義は無抵抗主義ではありませんので。(非暴力主義であっても何も抗わずに家族を失ってもよいとはしていません)

    とりあえず、「戦争の惨禍」が再び起こることを覚悟することを「当たり前」とされているのであり、憲法前文、「再び戦争の惨禍が起こることのないやうに」を否定されるということで。

    ならば、9条2項だけではなく、そこ「戦争の惨禍が再び起きることを覚悟すべき」(憲法前文の否定)を隠すことなくセットで主張すべきかと。(前文がそのままでは矛盾が生じますので)

    つづく

  • >>No. 164355

    >>164355
    mysさんへ

    >あくまでも、平和的解決をめざし交渉する。
    それでも相手が暴力を振るえば、当然身を守るためだけに暴力で対抗する。

    「それでも相手が暴力を振るえば、」とされているのであり、相手が暴力を振るうことを問題とはされないのですよね。


    >9条1項を読め、何処に軍事力を行使されても、防衛しないと書いてあるか?

    そう解釈される9条1項ならば、mysさんと同じく、暴力(自衛権行使)を否定していないということなのでは。

    私は、「戦争の惨禍」を防ごうとする憲法前文を踏まえて9条を解釈しますので、そのようには解釈いたしません。(「戦争の惨禍」が再び起こることを覚悟しなけば自衛権行使「正当防衛」はできませんよね)


    >暴力を禁止した刑法には、正当防衛が認められている。

    例外として暴力を認めているのですから(mysさん同様)ある暴力を肯定していることに変わりないかと。

    それと、正当防衛は権利であり、義務でないことは了解されていたかと。(正当防衛をしないことを刑法を盾に責めることはできません)


    >野生の動物だって、平和的解決ができる場合は相手を殺しはしない。

    殺している場合の説明ではないのでは。

    無用な殺生をしないことは、ある場合は力ずくで命を奪うこと(自然界における弱肉強食)を否定していないのであり、暴力を否定していることではありません。


    >人間は欲求阻止されると、暴力に走る、幼児の行動を観ればわかる。

    その暴力を問題として、暴力に訴える代わりに言葉にすることを教えることが(脳が進化した生物ゆえの)教育なのでは。


    >平和主義=非暴力の無抵抗主義ではないよ。 その違いも分からぬアホ。

    暴力を否定できず、暴力によって平和を得ようとされているようですね。(暴力を振るわれる側の平和をどう考えておられるのでしょうか)

    それと、
    「非暴力」は「無抵抗」とは異なります。(暴力以外の方法で抗うことは可能ですから)


    「暴力を肯定している‐-164310」は勝手な意見でも見当外れでもないようです。

  • >>No. 164357

    >>164357
    nyankoさんへ

    >剛と柔は一体のものですね。

    ?。nyankoさんは、剛(ある事実)への対抗「かわす」手段として柔(柔よく剛を制す)を持ち出されていたのでは。

    ある事実「剛」が存在しなけば、「柔」で対抗する(かわす)必要はありません。(貼り付けられた返し技も相手の攻撃「ある事実」があってこそですよね)

  • >>No. 42122

    >>42122
    kunさんへ

    >あんな狂人たち相手にこちらが変われとか、誰も納得せずあなたも排除の対象になるでしょうね。

    それ(こちらは変わる必要はない)では、こちらの価値観の押しつけ(kunさんの言う個性抹殺のファシズム社会「大アンドロメダ星」)となります。

    kunさんが求めされること(普遍ではない一般論の押し付け)は、例えれば、ある食材にアレルギー反応を起こす人へ、(普通の人は食べても問題ないからと)その食材を無理やり食べさせることです。

    普通の人とは異なる人へは、一般論ではなく個別に対応することで、アレルギー反応を防ぐことは可能かと。(そうして一般論「普通・常識」とは異なる対応をとることが「個を尊重する」人権と理解しています)

  • >>164318
    mysさんへ

    >一部だけを抜き出し

    その方がこちらの(あえてレスした)意図が伝わりますので。(抜き出している部分だけしか読んでいないわけではありません)


    >いずれにせよ、治安の悪い社会に住めば、否応なくそれなりのものは持たなくてはならない。
    何故なら、話し合いで納得しない人間はいるし、話し合いで妥協できない問題はある。
    暴力には最終的には暴力でしか対抗できない現実がある。

    治安の悪い社会においては、話し合いで納得妥協できなければ暴力をつかえることを問題とせずに、その暴力に対抗する暴力「自衛権行使」を肯定されているのですよね。(「暴力を肯定している‐-164310」は見当外れではないのでは?)

    わたしは、治安の悪い社会であっても、話し合いで納得妥協できなければ暴力をつかえる。とすることを問題とする立場です。。そうして自衛権行使「正当防衛」をしなければならなくなる(弱者が排除される)状況を避けようとする立場です。


    >yoiさんよ、全ての利害対立、感情による対立を非暴力で解決できると云い切れる根拠は?

    人は、遺伝子「生命システム」に支配された野生動物とは異なり 、脳「精神システム」が進化した生き物。と理解していますので。。


    >アタシャ平和主義だから、暴力で問題を解決は決してしない。

    暴力で問題解決をしないとすることは暴力を否定することではありません。(それ以外へに対しては何も表明されていませんので)

    実際、問題解決ではない(それ以外への)暴力を肯定されているのがmysさんですよね。(自衛権行使は問題解決のためではない。とされていたかと)

    あと、御自身のことを平和主義者とされていますが、「平和」の定義も(「戦争」同様)私とは異なるように思います。

  • >>No. 164314

    >>164314
    nyankoさんへ(はじめまして)

    >剛は柔によってかわすことが出来るが、柔も力に依る物。

    nyankoさんも(mys氏同様)剛(暴力)を問題とせずに、そのあとに柔(力)を持ち出されている。

    私は、その前提とされている剛(暴力)を問題とする立場です。(強姦する側を問うのであり、された側の力のなさを問う立場ではありません)

  • >>No. 42096

    >>42096
    kunさんへ

    >あの聞く耳を持つなんて、あんなの相手だと我が闘争を読んで共感するみたいな話で左翼に取って道の踏み外し以外の何物でもありませんが。

    (以前にも指摘していることで、反論がないのでループになりますが)
    知る「理解する」ことと共感「賛同」することは同じことではありません。

    何も理解できなければ反論(矛盾「支離滅裂」の指摘)もできないことも指摘しています。

    kunさん、右か左かではなく、支離滅裂か否かにこだわっていたのでは? ならば、ブレイビク氏の理屈の矛盾を指摘できずに「右だから」と非難することはできませんよね。(佐世保の女子高生、サカキバラ氏にしても同様かと)


    > 生まれつき頭おかしいとしか言いようがない人とか直すとか考える前に、第二第三の事件を起こして勝手に「死刑執行」とかしたらどう言い訳するのか。

    相手を理解せずにこちらが変わらなかったから。となります。。

  • >>No. 164309

    >>164309

    >暴力には最終的には暴力でしか対抗できない現実がある。

    mysさんは、暴力を(否定せずに)肯定されているようですね。

    ある現実「暴力に対して暴力で対抗している」があることは、それしか方法がないこととは異なります。

  • >>No. 42084

    >>42084
    kunさんへ

    >何時までも四の五の言ってないで

    誤解されたことをそのままにすることはできませんので。


    >ブレイビクみたいなのでも改心させられると証明してください。

    そのため(どこか変えることができる)には、相手の理屈を知る対話が必要である。が私の立場です。。相手の理屈を知ることで、知らなかった場合とは異なる対応が必要になるのであり、そうしてこちらが変わることで相手も変われる。が私の理屈です。。


    >あなたが対話しようとしても、あいつから「死刑」食らってジエンド。

    同じ様なことを41576にていわれているのであり、ループになっています。

    その時にも、
    --理解してくれる(対話して関わってくれる)他者は必要なのでは。(誰も関わってくれず、己一人では生きていけませんので)--41900

    とお答え(反論)していますが、kunさんは、
    --話勘違いしてますね。 障害者の件ですが、--41906

    と別の話題をもちだし(再反論されずに)スルーされたままです。が、

    kunさんも、
    -- 彼の理屈を想像するに、「左翼は難民入れすぎで治安悪化してノルウェー人の生命が危なくなり、異文化の人間も入れすぎで、我々の文化社会も破壊されてるが、いい事してるとしか思ってないので聞く耳持たず会話での解決は無理である。よって俺がノルウェーを守るため一気に左翼を処刑するのだ。」というところだと思います。--42003

    とされているのあり、(こちらが変わって)聞く耳を持てば、また話は変わってくる。とされているかと。。

  • >>No. 42072

    >>42072
    kunさんへ(つづき)

    > 結局死刑廃止とかキリスト教の教えの流れであり(LGBT否定も)
    日本はそんなクビキがなく、無理にそんな教えに影響されず、自然に考え行動できる。
    欧米の真似など有害だったりする。

    kunさんの言う「日本はそんなクビキがなく」は(例外が存在する)一般論ですよね。

    ならば日本において、(キリスト教を知らずとも)無理なく(強制されることなく)自然に考えて受け入れている私のような人(例外)がいることを否定できないのでは。(真似を強制されるのなら有害ですが、そうではありませんので)


    >あなたにとって一番あってはならない・やってはならない事をやってしまった人間とかどうやって許すの?

    私が死刑を求めないのは、その人の言動は(他者あってのことであり)その人だけによるものではない(と強制されることなく自然に考えて受け入れている)からです。私にとって一番あってはならない・やってはならない事をしたことをすべてその人だけの所為にすることはできません。故に、(すべてをその人の所為にし、他者「社会」には何も問題はないとする)死刑を否定するのです。

  • >>No. 42072

    >>42072
    kunさんへ

    >ブレイビクは自分たちだけ例外認めろって言ってるんですよ。

    ?。自分たちだけ例外として人権を認めて、他者には人権を認めるな。ということではないのでは。。(そうではなく、「他者に認めている人権を自分たちにも認めろ」ということなのでは)

    私の言う例外を認める人権論(普遍的ではない、普通の人たち「一般人」だけのもの)とは、「普通の人ではないブレイビク氏には例外として人権を認めない」という人権論です。(ですから「例外として人権を認める」ではありません)

    「人には(生まれながらにして)人権がある」をkunさんの立場で一般論と捉えれば、そこには例外(人権がない特殊な人もいる)が存在しますよね。(実際kunさんは、--そんな危険のある奴に人権など与えるのは偽善--41364とされている)

    でも、普遍的に捉える私の立場では、例外(人権がない特殊な人)は存在しないわけです。

    ですから私の立場は、
    >あなたが一番否定してるはずの死刑を相手によってはやるのは正当なのだ。という理論なのだから。

    ではありません。
    どんな人に対しても死刑(自由意思に反して命を奪うこと)はできない普遍的人権論が私の立場であり、そこに例外(ブレイビク氏は例外で死刑ができる)は存在しないわけです。


    > 人権人権言いながら、あんな状態でも本人次第とか一体今までの主張はなんなのですか?
    支離滅裂で開いた口がふさがりませんよ。

    上に説明した通り、自由意思を普遍的人権論の柱にしていますので、「本人(の自由意思)次第」であることは支離滅裂ではありません。(奴隷になることも、強制されるのではなく、自由意思によるものならば容認する立場です)

    つづく

  • >>No. 42062

    >>42062
    kunさんへ(つづき)

    >世の中には例外・論外というものがあるのもわからないのですか?

    一般的に物事を見ればそうですが、それでは一般論「一般的には(普通は)○○だ」しか語れません。一般的(普通)でない特殊な個別的なものを(存在しているのに)「例外・論外」と否定し排除してしまうわけです。に対して、一般性とは異なる特殊性にまで個々すべてに当てはまる理論が普遍性です。ゆえに普遍性に例外・論外は存在しません。存在した時点で普遍性は消滅します。。私はこう普遍性を(一般性と区別して)理解しています。

    私は、例外を認める人権論(普通の人たち「一般人」だけのもの)には否定的立場です。


    >受け入れる人が一部に過ぎず、大多数が「あの碌でもない奴がやって来た」と白い眼で見るからこうなってる事もわからないんですか?

    ならば、

    --誰も受け入れるはずがなく--42003

    ではない、ということで。(私はそこに反論してますので)


    >彼がこの現状を幸せと感じてるとでも言うんですか?

    当人だけが言えることであり、kunさんや私が言える(確定できる)ことではないのでは。

  • >>No. 42062

    >>42062
    kunさんへ

    > 犯人とは別の根本原因をほっておいてよいとは言ってませんが?

    言わずとも、対話(原因・システムの理解)を放棄し死刑をすることは、その根本原因をほっておくことになっています。


    >ブレイビクを社会に出したら第2第3の類似犯がでなくなるとでも言うのですか?

    対話(原因・システムの理解)をせずに死刑にするより、対話してよりその原因・システムを理解した方が、第二第三の類似犯を防げる可能性(蓋然性)が高くなる。ということです。。


    > 大量殺人犯の自己正当化理論がドンドン発信されれ続けるとか、人権派にとって悪夢でしょうがね。
    植松の本も出版されたほうがよいとでも思ってるんでしょうか。

    私はそうした(表現「発信」の自由を認めない)人権派を支持する立場ではありませんので。(言いたいことを表に出せない社会より、出せる社会のほうががよい。と思っています)


    >「多数による暴力」であなたの表現の自由も存在すらも消され、あなたの綺麗事がこの世から消えますがそれでもただ自由を訴えますか?

    「多数による暴力」を問題とせず容認されるから、「この世から消える」とされるのであり、私はそうではありませんので。(多数による暴力「数の論理」を問題にすることで消されることを防ぐ立場です)

    つづく

  • >>No. 42047

    >>42047
    kunさんへ

    >ブレイビクと同じ思想のノルウェー人が多数となって最初から難民など排除すれば。の話ですが

    ?。では、
    …聞く耳持たず会話での解決は無理である。よって俺が…42003

    ではなく、

    俺(ブレイビク氏)と同じ思想のノルウェー人が多数ではないから、よって俺が…

    がkunさんが想像するブレイビク氏の理屈となるのでは。

    いずれにせよ、(再発を防ぐために)本当にそうなのか確認をとる必要があり、対話が必要であることに変わりはないかと。


    >生きていれば何らかの新たなメッセージが発信され続けます。彼らの思想の賛同者は死んでるより余計増えるでしょう。そんなのがお望みとは意外ですねえ。

    どうなんでしょうか。亡くなることで新たな発信ができずとも神聖化される場合もありますし、新たな発信をしてぼろが出る場合もありますので。

    新たなこと知ることで(それを知らなかった時より)より理解が確かなものになっていきますので、私は、「表現(発信)の自由」を、たとえ私とは異なる人が増えようと、認める立場です。。(私は、多数による暴力「数の論理」を問題とする立場ですので、多数かどうかにはこだわりません)


    > 少なくとも犯人自体の再犯防止には確実になるんで何の反論にもなってないですよ。

    第二第三…のブレイビク氏を防げなくても、ですか?
    同じ様なことが再発するならば、それは防止策とは言えないのでは。(「二度と繰り返されないように」って、同一人物による再犯限定ではなく、同じ様な事が起きないことを願うのでは)


    >あのサカキバラがどこにも長期間定住できず、あちこち転々としてる話もう忘れたのですか。 無意味な話のループは止めてください。

    その時にも反論し繰り返しになりますが、kunさんのいうとおり(誰もが受け入れない)ならば、転々とすることはできませんよね。(←に対する再反論をなされないのでループになっています)

  • >>No. 42003

    >>42003
    kunさんへ

    > 彼の理屈を想像するに、「左翼は難民入れすぎで治安悪化してノルウェー人の生命が危なくなり、異文化の人間も入れすぎで、我々の文化社会も破壊されてるが、いい事してるとしか思ってないので聞く耳持たず会話での解決は無理である。よって俺がノルウェーを守るため一気に左翼を処刑するのだ。」

    その通りならば、聞く耳を持てば(理解しようと対話すれば)処刑は防げたかもしれない、となるかと。

    で、本当にそう(kunさんの想像どおり)なのかは、本人と対話しなければ確認が取れませんよね。


    >しかし生かしていたら賛同者が更に増えてる状態で、終身刑という「死刑」に持ち込まないと、
    今の政策は間違っている!と固く思ってるでしょうから釈放は再犯を招きます。
    死刑なしでは余計まずい事態にしかなってませんね。

    ブレイビク氏(植松氏にしても)の主張に賛同するかどうかは、死刑(終身刑?)かどうかでないのでは。(主張の内容によるかと)


    >それでも死刑が存在する一番の理由は復讐ではなく再犯防止でしょう。

    どうなんでしょうか。原因・システムがわからないままでは防止にはなりませんので。

    いま日本が死刑を廃止しない理由(現法務大臣が現死刑制度を問題としない理由)は、死刑を支持する国民が大多数だからという理由かと。そしてその国民一人一人の個人的理由は「処罰感情(目には目を)」からであり、再犯防止はとってつけた後付(kunさんの言うところの「綺麗事」)、と私は受け取っています。


    >理不尽理由で他人を個人的に「死刑」にするような奴は、口で反省しましたとか言っても、
    誰も受け入れるはずがなく生きてる意味がない状態。
    あなたにこの現実は変えようがない。

    ?。死刑判決を受けたもの(犯罪者)を支えようとする人が(0ではなく)存在しているのが現実なのでは。

  • >>No. 41993

    >>41993
    kunさんへ

    >出版に反対する人がいるのは、植松の「意思疎通が取れない人間を安楽死させるべきだ」って主張を論破し同調者を減らすのが困難で、むしろ「そうだそうだ」と考える人が増えそうだからと言っている。
    あなたならどう論破し、自分も含めて考えを改めさせる事ができるのかな?

    植松氏のいう「意思疎通が取れない」とは、「正確に自己紹介をすることができない」であり(ウィキ参)、意思表示がないこと(植物状態)ではないのでは。

    私は自決(自殺)を認める立場であり、尊厳死や安楽死にも賛成の立場ですが、本人の自由意思(本人が意思表示できない状態ならば身元引受人の意思)に基づくものであり、その意思に反して安楽死させることには反対の立場です。

    kunさんも、植松氏同様、仮に御自身(や御家族)が交通事故かなんかで「正確に自己紹介することができない状態」になったので安楽死してくださいとされるのならば、私の自決を認める理屈とおなじであり、私は、kunさんや御家族が安楽死することを認めることになります。

    反論としては、「kunさんはそう(植松氏同様)ではありませんよね」となります。


    >あなたでも実際にそういう施設で働いて、いつまでも真心やらとだけで接する事ができるのかな?
    最低でも何らかの防護処置を取って対応しないとあなたが障害者に倒されるだろう。


    防護処置って、障碍者を安楽死させることだけ、ではないのでは。(私は別の防護処置を探します)

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