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投稿コメント一覧 (5498コメント)

  • >>No. 30650

    >優秀な脚本家ならできると思います。

    描写の方法はプロに任せるのは構わないですが、僕が思うに、心境の変化をもたらすモノって別に南極だけじゃないですよね。世の中大なり小なり、訴えても仕方ないような憤りとか怨みとかは心境の変化によって忘れていくものです。

    そのキッカケがコンビニでのバイトでも、受験勉強でもいいわけじゃないですか。それこそ見せ方はプロが考えればいい話です。

    僕が気にしているのは、南極にはあるけど、コンビニのバイトには無い、本件の恨みつらみを忘れるのに都合の良い要素って何でしょう?それはそれ、これはこれの無関係な事柄ですから、そこに差は無いと思うんですけどね。

    で、日向も何だかんだいってコンビニのバイトや受験勉強で明鏡止水の心境に達していたのかも知れないじゃないですか。そんな日向でも不意に旧友からコンタクトがあると煩わしさを感じてしまう。さぁどうしよう。ってシチュエーションなのでは?

    南極だからこそできた何かがあるのなら、コンビニのバイトを何か月も続けてもスッキリしなかった憤りを解消してくれるかも知れませんけど、それが論理的に無いと思うんですよね。

    >問題先送りと最終的不可逆的解決ですから、結果は同じではありません。

    自分で苦笑いしながらも、とりあえず許すけど関係は修復できないよって伝える事と、南極のおかげで爽やかな気持ちで同じ事を伝える事と、シラセが割って入って同じ事伝える事と、結果は同じという事です。

    結果は等しく関係修復する程許してはいないって事でイコールですよね。

  • >>No. 30643

    >日向が明鏡止水の心境になっていれば、君たちに興味ないからいいですよとやんわり断ってもよいはずです。

    南極の大自然がもたらす効果として明鏡止水の心境を期待するのは酷だと思います。何でそれでそういう人間になった?という違和感が生まれると思います。

    >それでいいのだと思います。そのくらいの罪は背負って生きていくくらいの罰はあった方がよいかと。

    リアルに考えると日向に取って気まずいだけの無意味な対話
    アニメではシラセが割って入る事によって日向の負担軽減。謝罪を受ける当事者としては言いにくい部分を代弁。

    ペトコさんの案だと南極の大自然のおかげで、謝罪に訪れた旧友をクールにあしらうって感じですかね。

    全て結果は同じなんですが描き方が違うと。

    南極の大自然を演出したいなら他の場面で使った方が良いかと。美味しんぼとかだと、もやしっ子と馬鹿にされている少年にもやしはとても良い食材だと教える事で気合を入れるみたいなシーンがありましたけど、要するに普通に考えたら、それはそれ、これはこれ、の別問題なんですが何らかのこじつけがある事で説得力を強化しています。

    南極の大自然は一時的に怒りを忘れさせる事は出来ても、何のこじつけ要素もないので、説得力が弱いと思います。

    無関係な事に夢中になり怒りを忘れるという事は現実的にもあると思いますが、それは怒りの原因と接触する必要が無い場合に意味があると思うんですけどね。めっちゃ怒ってて、顔も見たくないとキレてた人が冷静さを取り戻したのはいいですが、再会しようって話になったら、また怒りますよね?

    怒るのが当然のシチュエーションなのに怒り自体が沸いてこない論理的な南極効果みたいなのは存在しないでしょう。南極でも野球でもオンラインゲームでもいいですが、単に夢中なだけの話で、それはそれ、これはこれの域を出ません。

    聞いてないのに旧友への怒りを様々なシーンで吐露する日向が怒りを忘れるだけのシーンならいいと思いますけど。旧友からの謝罪とか無しで。

  • >>No. 30641

    >最初調子のよい提案だと激怒していた日向だが、友人たちの励ましや南極での思い出を思い返し、かけがえのない経験をしていたことに気づき、提案を受け入れる

    激怒しているから提案を受け入れられないのではなく、元の関係に戻るという結末を想定していないので、話し合う事が無意味だから提案を受け入れたくないというのがリアルだと思います。

    >また友達に戻れる?と問う旧友に、今は南極に夢中。生きてるって感じがするとよ晴れやかな笑顔の日向(これ嫌味じゃなくホントの笑顔)

    言えないですね。むしろ、何で元の関係に戻らないのかが解りません。アニメならではの何らかの方法で相手の反省が心から伝わってきて、関係を修復するというシナリオでは何でダメなのでしょう?

    >旧友一同は元の関係に戻れないまでも、日向が新しい道を生き生きと歩んでいることを心から嬉しく思い、涙する

    日向の新しい道を祝福するのは構わないですが、「許されてないんだな。私達」って絶対思いますよ。

  • ヴァイオレット・エヴァーガーデン 最終回まで

    予想に反して良かった点と悪かった点が1つずつ

    良かった点は、3話からすでにヴァイオレットの空気を読まない失礼な言動が大幅に削減され、単に基本的な感情が理解できないだけの人になった所。観ていて不快感が軽減された。

    悪かった点は、これ全体を通してのストーリー性が弱く、1話完結ストーリーモノになったところ。

    1話完結ストーリーモノってクール毎の作品群の中の5%くらいがこのジャンルに分類されるね。キノとか。これ悪いけどシェアが示す通りだよ。人気が無いでしょタイプ的に。少なくても僕にとってこのジャンルで面白い作品を作る事はかなり難しい。

    1話1話に着目すると思わずウルっとくる話が多々ある事は認めるけど、それで面白いと言えるか?と聞かれたら、面白くは無いね。

    後半になるとヴァイオレットと少佐の出会いから戦いまでが回想されるけど、そもそも、この女の子は誰がどうやって育成したの?なんで少年じゃなくて少女にした?細かい部分で突っ込みどころが多い。

    感情が理解できない少女、信愛を寄せていた相手との悲しい別れを演出しやすい戦争という背景。感動ストーリーを乗っけやすい自動手記人形という設定。これ上手くピースがハマったと思わせて、実際はガタガタ。土台が狂っている。細かい所を気にしなければよく考えられた設定でも、細かい所に着目するとご都合が合わさった不自然極まりないもの。

    自動手記人形なんて字が書けない人を対象としたサービスというなら先細りは確実でも、ビジネスとして成り立つかも知れないが、途中から単に文章力が無い人の代筆みたいな仕事になり、それゴーストライターだよね。表に出せる職業じゃない。

    面白いとかつまらない以前に、褒められる点があれば褒める事はやぶさかじゃないけど、褒められる点が特に無い。これ世間一般の評価ってどうですか?結構前にアニコレ見たら、感想では高評価だった気がするけど。どうでしょう?

    余談ですが、本作は京アニのラノベ大賞に選ばれた作品だとか。これ短編じゃね?短編を大賞に選んじゃったの?偏見かも知れないけど短編って長編より大抵の場合読みごたえが無いというか、得るものが無いよね?

    新作決定とか最後出てたけど勘弁して欲しい。劇場版でお願いします。観ないから。

  • >>No. 30627

    >「君たち眼中にない」このメッセージを伝えればいいのです。

    謝罪に来た人間に対して「眼中に無い」事を伝えるのはリアルに考えると僕には困難ですね。多分ペトコさんでも言い辛いと感じるはずですよ。

    ただ、リアルでは厳しくてもアニメだから出来る事をすればいいだけで、ペトコさんの希望するスタイルが無理だと言うつもりはありません。

    ただ、1点だけ、それは間違っていると思うのは、ペトコさんは大前提として旧友達は心から反省し、謝罪に来ていると考えているわけですよね?そう考えるのが妥当だと思っているわけですよね?

    僕は思うんですけど、謝罪が本物だって前提があるから、元の関係に戻れない結論に持っていくことが苦痛になってしまうんですよ。「眼中に無い」事を伝えるのが失礼になってしまう。スッキリするよりも、むしろ恐縮してしまう。自分を小さいと責めてしまう。

    逆ですね。反省してない連中を描けばいいんです。南極云々の問題じゃなくて。おそらく大抵のアニメのスッキリするシーンって凹まされる相手は反省してないか、反省のしかたを間違っているかのいずれかですよ。反省している人を切り捨ててスッキリする作品って存在します?

    何らかの形で旧友達が反省していない事を視聴者に伝える。その事実がアニメならではのご都合展開で日向にも伝わる。あとは、怒鳴ろうがクールに対応しようが、リアルに考えたら、とっさには思い付かないだろってレベルの名セリフで完全論破し、最期に「今は南極に夢中だから、あんたらには関わっていられない」と軽く嫌味を利かせてもOK。

    僕はリアルである事が最高だと主張するつもりはないです。ただ、本作の日向の心理描写等は僕がその立場だったら同じように感じるだろうから、とてもリアルだと言いたいだけです。

    ペトコさんのイメージするアニメならではのベストな展開と比較したら、シラセが邪魔をしてるのかも知れませんが、日向の立場をリアルに考えた場合、巻き込んだシラセに対して申し訳ない気持ちになるかも知れませんが、してくれた事や結果については感謝するでしょうね。

  • >>No. 30625

    >今後も何らかのコンタクトがあれば同じようなモヤモヤした気持ちになるだろうし

    現実的に考えればシラセのような突っぱねてくれる人物が側にいるとは限らないのでその可能性は高いと思います。

    >悔しい思いはしばらく解消されません。いわば先送りです。

    シラセが割って入らなかったとしても、悔しい思いを解消する程の何かを日向が行えたのでしょうか?曲がりなりにも謝罪に来ている人間を怒鳴り散らす事も厳しい。金銭的な見返りも求められない。相手は南極の話題に混ぜてもらう意思があった上での謝罪なので、そこをやんわりと否定しなくてはならない。結構なミッションで正直コレが僕にはそもそも出来ません。したくありません。

    結局、色々気を使いつつ、もう会う事もないだろうと納得して貰ってサヨウナラという甚だストレスが溜まる展開が待っていると思います。ゆえに会う事が嫌だったと考えると自分自身とも合致しますし、シーン的にも納得が行きます。

    しかも、よく考えてみるとシラセが入った場合と比べても結果が同じなんですよね。

    何ていうか、良い事言った!みたいなガツンとした対話に出来るとペトコさんは思っているんですか?例えばシラセのセリフを日向本人が言ったら、それはそれで謝罪してきた人間にキレた人という構図になってしまいますが。

  • >>No. 30600

    >私も③ですよ。ただ、旧友達のコンタクトがあり、怒りが再燃したってことでしょう。

    ③という事なら話は早いと思います。

    ③の状態の日向に旧友たちがコンタクトを取ってきたら、それは要するに蒸し返すって事ですよ。折角、気にしなくなっていた過去のいざこざが再燃して怒りを覚える事もあるでしょう。

    ただ、その状態の人間が結果としてどういう方向に向かうかと言えば、この機にキッチリ落とし前をつけようと②の方向に向かうのか?それとも、今更どうでもいいから放っておいて欲しいと④の方向に向かうのか?

    ②の方向に向かうのなら、シラセが間に入ろうが入るまいが、何らかのスッキリする結末を持ってくるのが筋だと思います。ただ、僕は④の方向に向かうのがリアルだと考えているのです。

    ④の方向に向かうなら、とにかく決定的に距離が置ければ、それが最もスッキリした形だと思います。WIKI編集者も同じように考え「決別した」と書いたのでしょう。それが甚だ不本意な物なら「決別させられた」とか「決別してしまった」と書くはずですしね。

    では、②に向かうか④に向かうかの線引きについて考えを書きますが、これはメリットがあるか否かだと思ってます。弁償させるとか、慰謝料を受け取るとか、メリットがあるなら②に向かうと思いますよ。でも、謝罪以外に受け入れる物が無い場合④に向かうのがリアルだと僕は思います。

  • >>No. 30594

    >そうですね。しかし、ざけんなと叫びながらモノを蹴り続けているのですから、現在進行形で憤りを抱いていることは間違いありません。

    アニメだけでなく現実でもそうでしょうが、だいたいこういう流れをイメージします。

    ①在学中。旧友や先輩に真剣勝負の大切さを理解させたい。自分への中傷を止め、謝罪して欲しい。

    ②退学後。何で自分が学校を辞めなければいけなかったのか納得が行かない。怒りでおかしくなりそう。仕返ししたい。

    ③しばらくして。どうでもよくなってきた。聞かれたら「忘れた」と答える。もちろん本当に忘れたわけじゃないけど。

    ④さらに時が流れ。思い出す事もなくなってきた。トラブルが起こる前の自分とほとんど変わらない今の自分がある。でも、旧友達と元の関係に戻れるか?と聞かれたら、勘弁して欲しい。顔も見たくない。

    ⑤かなり時が流れ。トラブルになる前の旧友達との楽しかった時間とか、彼女等にも良い所はあったなぁと思い出す事の方がむしろ多い。


    こんな感じだと思います。現在進行形の憤りがあるのは①~②と考えます。「許した」と真に言えるのは⑤になった辺りなんでしょうね。④でも、根っこのところでは許していないと評価するのが妥当でしょう。

    で、自分自身が小さいと責める時期ってどの段階かと言えば③、④辺りだと思うんですよ。

    ペトコさんの考えだと、作中の日向は②くらいのイメージなんでしょう。僕は③なんですけどね。

    >シラセだけじゃないですね。南極の魅力を描けなかったスタッフのせいでもあります。結果、日向は「小さい自分」のままです。

    WIKIが全て正しいとは限らないですが、WIKIでは「決別した」とあります。要は解決したって事です。僕が言いたいのはWIKIとペトコさんでは反対の見解って事ですよね?

  • >>No. 30591

    >同級生を許せない自分を「小さい人間」して責めるが、報瀬の一喝で過去と決別した。

    そもそも、現在進行形で憤りを抱いている人間が自分を小さいと責める事は無いと思うのですがどうでしょう?

  • >>No. 30589

    >普通はそうなのですが、本作はかなりショッパくなっているように思います。

    誤解しているような気がするんですけどね。僕が考えているイメージだと別にしょっぱくは無いわけですよね?

    >>高校2年生の年齢にして高卒認定を取得しており、模試試験では希望する大学の合格判定でA評価を出すほどの学力の持ち主。高校で学業を疎かにし、大学受験に失敗した者を「ざまあみろ」と思うことを目指している。
    >ざまあみろと言ってやる対象は、旧友たちであろうことは容易に想像がつきます。

    結果として嫌いな旧友達が受験に失敗すれば「ざまあみろ」と言いたくなる気持ちは解りますが、受験失敗に向けて嫌がらせをしているわけでもなく、旧友に凄く優秀な奴がいれば良い大学に行かれるわけですし、まぁ簡単に言えば、怨みある旧友への仕返しが勉強って事になってしまいますよね。それだと解釈として間違いなく、現在進行形で憤りがあり、日々の勉強の動機は仕返しだと言い切れないと思いますがどうでしょう?そもそも勉強が原因で退学したわけじゃないわけですし。

    ちなみにWIKIだと
    >同級生を許せない自分を「小さい人間」して責めるが、報瀬の一喝で過去と決別した。

    とありますが、ペトコさんの見立てだと過去と決別するチャンスをシラセが不意にしたと思っているんですよね?

  • >>No. 30586

    >スタッフの狙いは、友達のためにタンカを切ってくれる友人の姿を描きたかったのでしょう。

    タンカ切る事は一緒でも、そのタンカの意味とか、タンカ切って守った相手の人間としての大きさというか、そういうモノがあまりにもショッパク理解されるようなシナリオは普通作らないですよね?

    >恨みの感情をどうでもよくするのは打ち込んでいるものの魅力というのが最もポピュラーなものだと思います。

    そういう何かが無ければ決して忘れる事の出来ない憤りであるとお考えで?

    例えば娘がいじめにあって学校を退学した時、親は「イジメた奴等にキッチリ借りを返すまでは家に帰ってくるな」って言いますかね?言う言わないは兎も角、キッチリ借りを返す事を期待しますかね?

    忘れて前向きに生きろって思いません?本人が特に何かに打ち込んだわけでもないですが、怨みつらみは忘れて前向きに大学目指しているなら、それはとても良い事であって、情けない事ではない気がするんですよ。

    それは人間としての価値で負けたわけじゃないからだと思います。

    逆に喧嘩両成敗でイジメた方も退学になった場合、その親が「キッチリ謝罪してくるまで家に入れない」と言い出しても、それはそれで有りですよね。

  • >>No. 30584

    > 日向は旧友達への恨みは封印し、新しい友人や南極への冒険、大学進学等に向けて、ポジティブな人生を歩んでいた。そんな中、旧友達から謝罪したいとの提案があった。謝罪されても関係が修復するとは到底思えない日向に取って、彼女等との会合は煩わしさしかない。会いたくないというストレスでモノを蹴とばす日々。見かねたシラセが「お前ら二度と関わるな」と代弁してあげました。

    ↑です

  • >>No. 30583

    >多分、ペトコさんは退学に追い込んだ連中の罪を忘れるという事が現実的に起こり得ると思っていないのでは?僕は脳内変換とか一切せずに普通に僕の解釈で理解したんですけどね。

    もう1個

    僕の解釈だと面白いか否かは兎も角、シーンのコンセプトは非の打ちどころは無いですよね?

  • >>No. 30579

    >>ペトコさんの解釈だと日向が非常に情けない奴になってしまい、何らかの形で恨みを晴らしてスッキリしたいのにシラセが割って入って無理矢理話を終わらせたシーンになってます。
    >おおむねその通りです。だから低評価なわけですが。

    まず最初に制作側がそんなストーリーの作品を作ると思います?そうとしか受け取れないというのなら解りますが、そういうストーリーだったはずがないという事は納得いただけるでしょうか?

    もし、ペトコさんが推察するようなシナリオを考えたのだとすれば、どこをどういう角度から見ても何も感動の要素とかが無いトンデモシーンですよね?それをあえて作る意味が無いと思うんです。

    >「ざまあみろ」と言ってやるために大学受験使用としている人が、ポジティブだとは言い難いのでは?日向は過去を引きずっているのは明らかです。

    それは大学受験に成功する事が最高の仕返しという公式が成り立っているなら、その通りだと思います。

    シラセが南極行くなんて無理だと笑っていた連中に対して「ざまあみろ」と言ってましたが、南極行きは仕返しではないし、シラセは笑ってた連中に謝罪してもらいたいと思うほどの怨みとか憤りも無いですよね?

    多分、ペトコさんは退学に追い込んだ連中の罪を忘れるという事が現実的に起こり得ると思っていないのでは?僕は脳内変換とか一切せずに普通に僕の解釈で理解したんですけどね。

  • 博多豚骨ラーメンズ 最終回まで

    裏社会で生きる男達の厳しさとお茶目さみたいなのが合わさった味のあるキャラクター。タイトルが本作と何の意味があるのか解らなかったけど、メインキャラ達で構成する草野球チームのタイトル。野球のシーンもあるけど、要するにそういうチームワークを描いている作品。

    正直キャラはいい味が出ていたと思う。ただ、どうにも深みがない感じというか。

    例えば中心人物のリンちゃんは馬場を中心としたラーメンズのメンバーに助けられている事で生き伸びていると言っても過言ではないんだけど、どうしてそういう位置付けに収まる事が出来たのかが解らない。ただのラッキーな出会いによる物としか思えない。

    殺し屋家業なんて、いつ返り討ちにあってもおかしく無いのだが、絶対死なない相手とか絶対死なない算段を立てているという描写もなく、ヤバくなるとたまたまラーメンズのメンバーと繋がりが出来てフォローして貰えると言った運任せな部分が多い。

    強い殺し屋と弱い殺し屋の差が解りにくいし、そもそも銃をメインで使う奴がほとんどいないのに、銃で戦うより強いイメージもない。最後に出て来た爺なんてマシンガンみたいなので無双していた。

    現実世界を舞台にしてもいいのに中途半端に殺し屋が大勢いる社会という設定にしたり、この作者はキャラメイクとストーリーはそこそこだけど、それ以外の細かい部分が適当というかご都合レベルを脱していないのが残念。

    まぁ予想よりは面白かったとは思う。

  • >>No. 30576

    >作中で日向はモノを蹴飛ばして悔しがっていました。

    記憶が曖昧ですが、それは会いたくないから荒れていたのでは?

    ペトコさんの認識はこんな感じですかね。

    日向は現在進行形で旧友達への恨みを抱えており、悔しさを思い出してはモノを蹴とばす等していた。そんな中、旧友達が謝罪をしたいと提案してきた。日向は実際問題として直接話をしようと思うと気が引けてしまい面会したくないと駄々をこねる。見かねたシラセが「お前ら二度と関わるな」と突っぱねてあげました。

    僕の認識だとこうですね。

    日向は旧友達への恨みは封印し、新しい友人や南極への冒険、大学進学等に向けて、ポジティブな人生を歩んでいた。そんな中、旧友達から謝罪したいとの提案があった。謝罪されても関係が修復するとは到底思えない日向に取って、彼女等との会合は煩わしさしかない。会いたくないというストレスでモノを蹴とばす日々。見かねたシラセが「お前ら二度と関わるな」と代弁してあげました。


    ペトコさんの解釈だと日向が非常に情けない奴になってしまい、何らかの形で恨みを晴らしてスッキリしたいのにシラセが割って入って無理矢理話を終わらせたシーンになってます。

    僕の解釈だと日向は済んでしまった事をいつまでも根に持っても仕方ないと考えるポジティブなキャラクターとなり、シラセの行動も日向の気持ちと合致しており代弁となります。

    ここまでで何か齟齬がありますかね?

  • >>No. 30571

    >理屈ではそうですが、実際に日向の立場にたったらどうでしょう。

    退学する時点でメンタルはボロボロでしょうけど、そこは置いといて、

    ①メンタルが強かったとするなら、まず仕返しの方法とか、この問題を自分勝利で解決する方法を考えますね。
    ただ、あまりにも度が過ぎると、自分にも非がある様な状況になってしまうので、滅茶苦茶は出来ない。

    ②色々考えた結果、良い方法がなかった。

    ③どうでも良くなってきた。

    ④ポジティブに生きて行く事を選ぶ。

    みたいな流れで怒りも静まるって事なんでしょうけど、作品で描く状況として、どの段階からスタートさせるのか?ってのがあって、本作は④から描いているわけで、①とか②からスタートしているなら、ペトコさんの仰る事ももっともだと思うんですけどね。

  • >>No. 30571

    >私なら間違いなく「負けた」「悔しい」と思いますよ。

    悔しいのは自分に非が無いからでは?相手に非があるのに、自分の方が勝っているのに割を食うから悔しいわけで「負け」と「悔しい」が同居するケースではないと思います。

    くだらない人間と関わる時間が無駄だという発想になる事をイメージ出来ませんか?普通そう考える人は居ないと思いますか?

    旧友「あのときはゴメン。」
    日向「ああ、もういいよ気にしてないから。」
    という流れで、上記悔しさが解消されますか?すでに悔しいと思って無いからこの流れになるパターンだと思いますけどね。

    時間と共に悔しさが無くなったら、覆水盆に返らずとも言いますし、この事は蒸し返さない方が正解なのでは?謝罪されたところで復学も出来ませんし、仲良くも出来ない。

    >日向「いや、今、南極に夢中なの。新しい友達もできた。だから遠慮しておくわ。」

    流れとしては悪くないですよ。ただ、それは中々言えない気がしますね。そういう所をキッチリ言葉にする人という設定に持っていくなら反対はしませんけど。

    あと、この流れは心理的な部分も含めて、かなり許している段階に入っていると思います。世間一般では謝罪自体を受け入れて貰えない事ってあるじゃないですか。面会拒否みたいな。会ってくれるまで、時間と労力をかけてコツコツやっていかないと謝罪出来ないケースもあるでしょう。ペトコさんのイメージする流れは、その段階をクリアしているわけです。作品ではクリアしてない段階なんですよね。

  • >>No. 30569

    >イジメにしても、例えば口論になって大勢に意見を聞いた結果、圧倒的少数派だったような状況だと悔しいですけど、最初から相手が徒党を組んでいたら議論にも喧嘩にもならないので別に負けたとも思いません。

    客観的に見て、どうなのか?イジメで退学したら、それは負けてると思いますよ。でも、それは客観的、状況的な判断であって優劣じゃないです。どちらの方が人間として立派だったのか?間違っていないのか?それが優劣です。

    もし、自分の方が間違っていたとするなら、それは素直に反省するべき話で何らかの交渉、駆け引きでスッキリする類の物ではないでしょう。僕にとっての勝ち負けってのはコレですね。

    イジメっこなんてハナから負けてるクズなんですよ。後はイジメられたという事実に対する憤りが有るか無いかだけの問題です。現在進行形でイジメられた事に対して怒りがあるなら、仕返ししてもいいでしょう。ただ、その度が過ぎると人間としての優劣が逆転してしまう難しさもあります。客観的に見て負けを選択する事で人間として優れていると思わせる事のメリットも大きい。

    謝罪している人間を罵倒すると人間としてどうなの?って思われてせっかく優位に立っているのに劣勢になったりとか。世の中は色々あるわけです。

    説明が難しいけど、どうですかね?上記した思考をすると日向は別に自分が負けたと思う必要もなくなるんですけど。

  • >>No. 30568

    >spさんの解釈している日向の心理状態は、どんなものなのでしょうか。他作品で、似たような心理状態のキャラっていますか?

    キャラと言うよりも自分自身の経験からでしょうか。例えば上級生と喧嘩して負けても、それは仕方ないと思うだけで、負けたとは思わないですね。

    イジメにしても、例えば口論になって大勢に意見を聞いた結果、圧倒的少数派だったような状況だと悔しいですけど、最初から相手が徒党を組んでいたら議論にも喧嘩にもならないので別に負けたとも思いません。

    そもそも日向は旧友達に対して何か劣っているんですか?むしろスポーツ選手としては優れているんですよね?

    >最初のポイントの解釈が違うので、以後は残念ですが同意できません。

    今、日大アメフト部が話題ですけど、監督とか謝罪に来たら、怒鳴ります?謝罪されても多分許せないでしょう。でも、謝罪に来ている人を怒鳴って罵倒してスッキリするって中々出来なくないですか?

    言いたくても言えない事をハッキリと口にする。何かサラリーマン金太郎っぽくないですか?言えた方がカッコイイかも知れませんが、実際問題として中々出来ないんですよ。

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