ここから本文です

投稿コメント一覧 (238コメント)

  • 真田丸 第九回「駆引」

    長野里美がなかなかおもしろい。

    大泉洋が くそ真面目な面持ちで真剣に話せば、妻の長野里美がそれとは無関係に器の中のご飯が固くて掬い取れないと
    繰り返しぼやいている。
    Twin Peaksツインピークスという 1990年代に一世を風靡したアメリカの連続ドラマを思い出す。
    そのなかで 丸太を抱きかかえるおばさんというのが出てくる。 丸太を常に抱きかかえている。
    このこと自体ちょっと異様なのだが、 さらに異様なのは 周囲のひとたちは それが当たりまえのように接していることだ。
    普通な感覚では異様な光景が 異様としては処理されないのが 見ているものに不思議な感覚をもたらす。
    長野里美の振る舞いは ずれているのだが、大泉洋や周囲の人々からは 別に問題にされず、
    当たり前のように受け流されている。

  • 真田丸 第八回「調略」

    遠くの地にあって、家康が、北条と上杉の兵力が引いた裏には昌幸の策動があると読み取った。
    なんで家康がそんな推理が出来るのか、推測の根拠が示されていない。
    その当時、報道機関もなく、情報が多量に流通していたわけではなく、 遠い地にある弱小領国の昌幸の
    動きを どうやって家康が知ることができるのか。

    まあ、ドラマのことだから、そんなに目くじらを立ててもしょうがない。それくらいは大目に見るか。

    それはともかく、自分の中では、過去10年間の大河ドラマの中で、「真田丸」けつこう面白い。

  • 真田丸 第八回「調略」

    調略によって、春日昌元を裏切らせ、さらにそれを露見させる。その結果、春日昌元は磔による処刑。
    人情が入り込めば、自分の方がやられる。冷酷な生存競争。
    真田昌幸が目論んだとおりに事が進む。こんなにうまくいくか。(笑)

    まあ、ドラマだからしようがないのだけど、あまりに話が出来すぎていると感じることが多々ある。
    上野(こうず)と信濃に侵攻した北条、 それに対抗すべく出てきた上杉。
    その二つを手玉に取り、どちにも退散させる。 手品のような真田昌幸の謀略。

  • 直正が小姓として登用してもらうには、「まず草履取りから始めよ」 というときに、直正を納得させるために、「秀吉も信長の草履取りから出世した」という話が出ていた。草履取りでも一生懸命やれば、藤吉郎、つまり秀吉のように 偉くなれるということなんでしょう。

    寒い日、藤吉郎が信長の草履を懐に入れて温めたという有名なエピソード。 実は、これは江戸初期の作り話で、当時の人々は この話が何を暗示しているのか よく分かっていた。
    信長と藤吉郎のただならぬ関係を この話が示しているのは、当時の人々にとって常識だった。

    この話が一筋縄でいかないのは、だからといって、信長と藤吉郎が そのような親密な関係にあったと 人々が
    思っていたわけではないということだ。
    信長と藤吉郎の この草履かんする逸話を、彼らは 徳川の将軍と側用人(そばようにん)の関係にダブらせて 聞いていた。

    この大河ドラマで、作者が もしも草履取りの話に潜む このような意味合いを念頭に入れているとすれば、
    かなり周到な遊びを仕掛けているという感じがする。

    話はそれる。
    殿様の小姓に横恋慕した若侍が、その小姓と駆け落ちし、そのことを知った殿が激怒して追っ手を差し向けるという話は、かつて歌舞伎の出し物の定番の一つだった。それは、昭和初期まで人気演目だったようだ。

    話が、さらにそれる。
    1963年の映画で「武士道残酷物語」という名作があるが、若き中村錦之助が小姓を務めていて、藩主の目に留まり、お手付きとなる。その小姓、なんと藩主の側室との関係が疑われて、局部を切り取られるという羅切(らぎり)の刑に処せられる。 よくも、こういうグロテスクな映画が作れたな。(笑) さすがヌーベルバーグ盛んな1960年代だ。
    この作品、ベルリン映画祭で金熊賞を受賞している。

  • 真田丸 第七回「奪回」

    このドラマでは、
    政治空間と生活空間がそれぞれ独立したように描かれるが、また当然 両者は重なる。
    政治空間は男性が主役で、生活空間では女性たちが主たるブレヤーだ。

    真田の面々やそのほかの武将たちが策をこらし、権謀術数に明け暮れれば、
    それに軽いジャブを入れてくるのが女性たちの軽妙なやり取りだ。
    それによって男たちの重々しい真面目「くささ」が 滑稽なものとして浮き彫りにされる。

    木曽義昌と、人質にとられてきた草笛光子演じる「とり」とのやりとりが、それをよく表している。
    歴史ドラマは、権力闘争が展開される政治空間が主だが、それが女性たちによって いとも簡単に
    打っちゃられることがある。生活空間の風が 政治空間に吹き込む。

    政治空間が主であったように思われていたのが、それが瞬間的に転倒したような感覚にさらされる。

  • 真田丸 第七回「奪回」

    地図がしばしば表示される。たとえぱ、滝川一益が信濃から上野(こうずけ)から脱出を図り、木曾 義昌に行く手を阻まれるところで、地図が出てくる。これにより、地政学的観点を得やすくさせ、各地の勢力争いを図式的に示す効果を発揮している。

  • spin-off(スピンオフ) というのは、辞書的には、「副産物」を意味する。
    さらに、「〔テレビ番組などの〕スピンオフ◆脇役などを務めていた役者などを主役として作る番組などを指す。」と定義されている。
    スピンオフといえば、Star Wars(スターウォーズ)シリーズが豊富だ。スピンオフの部分は活字として展開されていて、
    映画化されていない。 

    わたしは、「軍師官兵衛」を「太閤記」のスピンオフのような感じで見ていた。秀吉を主役とする「太閤記」では、黒田官兵衛はわき役だが、それを主役としたドラマは スピンオフ的に見ようと思えば見られなくもない。
    とすれば、「女城主直虎」は「徳川家康」のスピンオフになるかもしれない。
    「真田丸」は、「太閤記」、もしくは「徳川家康」のどちらに対しても スピンオフ的でありえる。

    ただし、ある作品をスピンオフとして見るかどうかは、あくまで本人の感じ方しだいだ。

  • 真田丸 第七回「奪回」

    人質についてのやり取りが細かい。言うまでもなく、これまでの歴史ドラマでも 人質が描かれているが、真田丸は ことのほか 細かい。人質の価値というの難しい。 それは、中世と近世では人間観がことなるからだ。
    中世は、人間は集団に依拠する程度が高く、個人は集団に埋め込まれている。人間が個としての意識に芽生えるのは近世になってからだ。とすると、その当時の人々の 人質の命の感じ方というのは、現代の常識ではなかなか想像しがたいものがあるだろう。

  • 真田丸 第六回「迷走」
    草刈正雄演ずる昌幸が 信繁に次のように述べるシーンがある。
    「力が欲しいのう、北条や上杉、織田と対等に渡り合える力が。」
    真田が そのような力を得るには、理屈の上では 信濃をまとめることによって それが可能となる。信濃が 周囲の大国の草刈り場になってきたのは、信濃を統一できる強力な武将が出なかったからとも言える。
    その点では、「軍師官兵衛」の播磨と同じ状況だ。
    同時に、政治力学的には、周囲を大国に囲まれているがゆえに、つねに大国による干渉を招き、信濃をまとめるのが困難だったのだろう。大国同士の軋轢は、時に 信濃や播磨のような「緩衝地帯」を産み出す。一度 この「緩衝地帯」化されると、そこから抜け出すのは困難だったろう。

  • 真田丸 第六回「迷走」

    森 長可(ながよし)という名前が出てきた。織田方の武将で、本能寺の変を受けて、侵攻していた北信濃から逃げるようにして退却しているシーン。国衆の出浦盛清が森一行の脱出を手助けしている。そこに安土から逃げて来た信繁らが出くわす。

    この森 長可という武将、有名ではなく、このドラマではチラッとしか出てこないが、秀吉と家康が対陣した小牧長久手の戦で すくなからず名前が出てくる。

    出浦盛清が信繁に言った言葉。「われらは目先の損得では動かないと」と言い、さらに 「素っ破は戦では死なない。素っ破が死ぬときは、信用を失った時だ」
    なかなか 印象的な言葉だ。というのは、昌幸の言動と対比されているからだ。

  • 真田丸 第五回「窮地」

    信長が本能寺で倒れて、真田昌幸と信之の議論が真に迫っていた。
    草刈正雄演ずる昌幸は 織田家を離反すると すでに決めているのに対して、長男の信之は 織田家の家臣として留まるべきと主張した。

    ここに、リスクをどうとるのかの考え方の違いが出ている。それ以上に、生き方というか あるいは性格の違いが リスク感覚の差を生んでいるのだろう。
    昌幸は 高リスク高リターンを狙っている。長子の信之は 安定を重視し、それゆえに低リスクを志向する。

  • 真田丸 第五回「窮地」

    本能寺の変の後、信長が死んだかどうかについての 徳川家康一行の会話がいい。
    家康が、信長が生存している可能性を考えて京に戻ることを主張すると、本多忠勝が 光秀のことだから 打ち漏らすことは万に一つもないと反論する。 けっこう リアリティがある。
    伊賀越えの場面で、落ち武者狩りの野盗の中を 半蔵を先頭に突破しよと 「刀を振り回しながら」突っ走る家康一行。 こういう メチャメチャに刀を振り回しているところも リアリティを感じさせる。穴山梅雪が 腰痛を訴えて伊賀越えから脱落することを申し出る。ここのやり取りもいい。

    だれが信用できて、誰が信用されないのか、そこが ドライに描かれている。
    表面的に信用しているように見せて、実は信用していないとか。

    徳川一行は 穴山梅雪を一応仲間のように扱っているが、あまり信用していない。 穴山も 徳川を信用していない。
    こういうドライな描き方に感心する。

    つまりは、仲間であっても、そこには信用度の差異があり、中心にいる家康を仲間が幾重にも囲んでいる図を想像すると、中心から外側に向かって信用度が落ちていく。穴山梅雪は、もっとも外周に位置した。

    同じことが、真田昌幸と その周囲の人々の関係でも言える。

  • 井伊にとって 今川は圧政的でひどかったが、三河の松平は 圧政からの解放者だという描き方になっている。
    実際は、落ち目の今川を見捨てて、新興勢力の徳川にすり寄ったというのが本当の所ではなかったのか。

    生き延びたのは 井伊だけではなかった。
    今川家は当主の氏真が殺されずに、生き延びた。徳川の世では、旗本になり、明治にまで辿り着いている。
    井伊とは異なり、今川家が 歴史の表舞台に登場することはなかったでしょうが、そうした中で 赤穂事件で名の知られることとなった吉良家がある。
    吉良は 今川の遠縁に当たるという。吉良が帝(みかど)からの使者のもてなしに関して枢要な役目を負っていたのは、今川が京と縁が深かったという事情が背景にある。
    もしも今川家が氏真の代で滅亡していたら 吉良家も幕府の中に座を占めることはなかったはずだから、赤穂事件もなかったかもしれない。

  • 真田丸 第四回「挑戦」
    > 6月1日 松は、安土城下に用意された真田の屋敷に入った。

    ここまで 日付を細かく述べると、歴史ドキュメンタリー的な感じが出てくる。

    1582年4月3日 武田勝頼、自害
    1582年5月10日 昌幸、信長に謁見
    1582年6月21日(天正10年6月2日)本能寺の変

  • 真田丸 第三回「策略」

    織田徳川連合軍に攻められて崩壊した甲斐を逃れて、真田の本拠地に戻った真田家の人々。
    この地域は、室賀、出浦、真田などの国衆によってそれぞれ統治されているという。
    これらの国衆たちの利害や領国全体の安全に対する考えが 完全に一致しているわけではない。
    この領国をいかにまとめ上げるか、話し合いなどという 緩いことでは成し遂げられない。
    謀略による熾烈な潰し合い。真田 対 室賀。

  • ジャンヌモローが89歳で亡くなったというニュースがあった。

    名女優には なぜか長寿が多い(笑)
    Tippi Hedren という女優さん、 1960年代 ヒッチコックという監督の作品に出ていて、ネットで少し調べていたら、まだ 存命らしいことがわかって、えっ!? という驚きと うれしさが込み上げてきた。
    Tippi Hedren は、モデル出身で 「鳥」という作品に主役で出ている。
    Eva Marie Saint もヒッチコック作品に出ていて、これもネットで調べたら、なんと 90歳で存命の可能性がある。

    そこから さらに話が脱線する。
    1948年のイギリス映画「ハムレット」にJean Simmonsという女優が Opheliaを演じている。
    普通の仕草の中に 垣間見せるかすかな「狂気」、あまりにも微妙な狂気なので、見逃すくらいだが、かえって それが印象的だった。 このとき 19歳。 その後の大きな仕事としては、1960年のSpartacusでのヒロイン役。
    彼女も長寿だったが、7年前に逝去した。

  • 「真田丸」第一回「船出」
    真田一族が 甲斐を脱出して 岩櫃に向かう途中で、野盗の群れに襲われる場面、
    なかなか リアリティがあるね。
    リアリティを感じたのは、一行の列を 野盗が距離を取りながら 威嚇しているところだ。
    すぐには 斬りかかってこない。 しかも、いわゆるへっぴり腰になって、刀だけが前のほうに突き出されている。
    野盗も内心は怖がっている。それが よく出ている。双方が威嚇し合いながら、前に出たり 後退したりとか。

    実際に 女子供を含んだ武家の一行が 無秩序の中を逃走するときは、 意外にこんなもんだったのではないかと
    思わせた。

    19世紀中ごろまで、アメリカの東部から西部へ移動するのに、複数の家族たちが寄り集まって 幌馬車隊を結成した。
    これは、途中で 外敵に襲われた場合の 防衛のためだ。その外敵とは、インディアンを想像しがちだが、そればかりではなかった。白人の移民が無法者となり うろつきまわっていて、それが脅威となった。
    その日の移動が終わると、幌馬車で円陣を作り、家族たちは その内側に入って夜を過ごした。
    circle the wagons という表現が残っていて、「防戦態勢を固める」 という意味で使われる。
    そのような危険から逃れるのに、大陸を横断するのではなく、海路を利用するルートがあった。船で南下し 現在のパナマあたりで下船、歩いて太平洋側に出て、そこから 船で北上し、カルフォルニアなどの西海岸に辿り着くのだ。
    意外に このルートを取る人たちが多かった。けれども、西部劇には 西への移動で幌馬車隊がよく出てくるので、
    それが 西部開拓のイメージとして定着した。

  • 「真田丸」第二回「決断」
    小山田信茂、武田勝頼を裏切ったことを咎められて 織田信忠によって処刑される。
    小山田と言えば、信玄のころは最側近の一人。それが、こういう終わり方をするというのは、武家の人生の
    むごたらしい一面を見せつける。

    それで、この織田信忠というと、本能寺の変で父の信長と共に戦死とあるから、小山田伸茂を処刑して
    すぐにこの世を去ったことになる。
    おそらく この信忠が生き残っていれば、そのごの明智光秀や秀吉が絡んだ国盗り合戦は よほど違った様相を呈していたかもしれない。 信長の息子たちというと、父に比べて凡庸な印象があるが、この信忠は 出来が良かったかもしれない。
    武田信満という名前が出てきた。武田勝頼が 自害するときに口にした祖先の名前だ。
    信満は 1417年に死亡しているから、勝頼は この時より165年前の祖先の名前を口にしたことになる。
    大河ドラマ「風林火山」を念頭にいれば、感慨深いものがあるかもしれない。
    勝頼は武田家を背負い、武田家の者として滅んだ。由布姫にとって本望だったろうか。

    こういうところは、さすがだ。脚本の三谷幸喜は、こういう細かな知識を挟みこんでいる。
    時々入る 効果音がいい。武満徹の電子音の響きに似ている。

  • 商人や 農民や僧侶、そして 盗賊たちまでが 直虎の領国経営に一役買うところを見せている。
    多様な階層の人たちが 気賀という同じ平面で活動するところを見せることで、必ずしも武士のみがドラマの主役ではないということを示そうとしているのか。

  • 「気賀」という地名が何度も出てきたので、気賀市にとって いい宣伝になった。
    こういうドラマのなかで 気賀が こんなに連呼されたのは 初めてではないか。(笑)
    わたし自身、気賀を今回 初めて知った。

    気賀のみならず、いまだに この地域が あまりよく掴めておらず、地図で確認しなければ 名古屋市と静岡市の位置関係すらおぼつかないというのが、本当のところだ。

本文はここまでです このページの先頭へ