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投稿コメント一覧 (754コメント)

  • >>No. 19385

    みなさんこんにちは、、

    土佐さん、お久しぶりです。体調不良だったとの事、お大事にしてください。新車購入されたとの事、楽しみですね。
    実は自分も今年の春に、健康診断結果から少し入院しました。体調に問題があるとこのようなtextreamへの投稿意欲も失せて、になりますね。

    何時も散歩中に立ち寄る、大手ショッピングセンターのラウンジには、過去に入院経験した高齢者達がお話に夢中で、自分も少し話の中に入ります。殆どが色々な病気の体験者ですが、最近は殆どの人が元気に過ごしています。

    何時もの卓球クラブでは、70歳代のおばちゃん達が主力メンバーで、60歳代の女性群は「自分たちは少し若い世代です、、」が口癖です。日頃のうっ憤を晴らすかのように、全力でピン球を打ち込んできます。

    週に3回、一回3時間の練習時間ですが、女性陣は70歳代はまだまだ元気、80歳代になって、足腰に問題の人や、「連続の練習なので少し休憩します、」の人が、の状況です。それに対して、男性は70歳代で少し問題がの人が多いです。

    写真は、先日中学同窓会で奈良に行った時の、奈良公園の猿沢の池です。

  • >>No. 23

    きゅのんさん、ズイキさん、みなさんこんにちは、、

    このトピは継続できるでは、と思って思い付きで作ったものです。仮の場所として使用してください。

    自分宅も庭に富有柿があります。約30年程前に植えたものです。当時植えた松の木やフェンス用柘植のほとんど、などが長い留守の間に枯れてしまった。半面樫の木や門前の北山杉などは大きくなりすぎ、こちらに戻ってから根っ子から切断した。

    冬場に富有柿の剪定が必要ですが、その枝切ポイント技量が多少不明で、これも思い付きで適当な長枝を高枝鋏でカットしています。柿の木の幹の荒皮除去も必要とのネット情報がありますね。

    富有柿とヒラタネ柿では、味はヒラタネ柿という人も多いですが、自分は日持ちの点で富有柿が好みです。
    写真は、現在の自宅の富有柿の木です。剪定は未実施です。

  • みなさんこんにちは、、いつものフードコートからです、、

    「夜叉説半偈」という四言四句の「死」についての短いお経への、玄侑宗久氏の講釈のご紹介です。

    諸行無常 是生滅法
    生滅滅己 寂滅為楽

    これだけの短いお経を、同じ音を二度使わないという離れワザで作られたのが「いろは歌」ですが、いったい誰の作かは不詳であるらしい。

    「夜叉説半偈」の前半、「諸行は無常なり 是れ生滅の法なり」は「色は匂えど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ」とすんなり訳された。しかし後半の「生滅滅し已って 寂滅を楽と為す」は些か理解しにくいため、ある種のレトリックで表現される。

    つまりここでは変化がなくなった状態を楽しみにする、死者自身にとっての死が描かれるわけだが、訳者はそこに『老子』の「無為」と「有為」の対照を持ち込む。

    「有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔ひもせず」つまり死んで有為なる世界を越えてしまえば、これまでの浮世が浅い夢にも思われ、また酔いのさなかだったようにも感じる。だから死者自身が、これからは浅い夢など見るまい、酔っぱらいもしないぞと、宣言しているのである。

  • >>No. 20

    みなさんこんにちは、、

    ズイキさん、コメントありがとうございます。
    麻雀牌の竹の目を読むとかは実際無理だと思います。ただ、盲牌は白やイーピンなど、わかる牌があるかも知れませんね。麻雀放浪記は戦後の焼け跡が時代設定なので、進駐軍やその車に群がる子供達の姿など、それなりに面白いです。

    麻雀放浪記のDVD編では、主人公の坊や哲に真田広之、ドサ健に鹿賀丈史、その他大竹しのぶ、加賀まりこなどの出演者が多彩です。新麻雀放浪記(NO.1-NO.5)では、中年になった坊や哲に火野正平が出演している。

    >こんな物語はまだまだたくさんあるのでしょうか?

    色々な場面ストーリーがありますが、面白いのは、、
    坊や哲などが、自宅の抵当権や彼女や、その他全てを賭けて、半荘一回の大勝負をする。
    そして、半荘最後の親(誰か忘れたが、)が一人勝ちをし、このままではほかの3名が全て丸裸になってしまう。

    この時に何が起こったのか、親以外の子供が一切上がらなくなったのです。子供が役満を自模ったが、上がらずで、最後の親が延々と続く。半荘一回の勝負とは、半荘が完了して成立するので、親が延々と続いていれば、その半荘が終わらないので、何時までも勝負はつかないのです。

    もし興味があれば、阿佐田哲也の「麻雀放浪記」DVD視聴してください。あの戦後の焼け跡雰囲気を思い出されると思います。

  • みなさんこんにちは、、

    先に書いた、司馬遼太郎氏の姫路文学館コメントの一部修正です。以下は以前どこかに投稿した文章です。

    ***姫路文学館
    姫路城の横の姫路文学館。ここは、例のコンクリートの打ちっぱなしが特徴の建築家、安藤忠雄の設計らしい。ここの1階が司馬遼太郎記念館になっています。何故こんな場所にと言うわけは、司馬さんの叔父が播州姫路の農民で、司馬さんはこの叔父に特別の親しみを持っていた様です。

    司馬さんが想いを込めた"明治"、その明治時代を作ったのが多数の名も無き農民であったとの意識から、この播州姫路の地に司馬記念館が出来たらしい。

    司馬遼太郎は小説類60篇、歴史紀行40篇を書き、日本をこよなく愛した作家でした。かって、日本の田舎にありふれた菜の花畑、あの菜の花が好きだった。司馬遼太郎の作品には日本人の誇りがありました。***

    それから、以下のコメントもどこかに書いた文章です。
    ***
    日本は徹底した大衆社会であると司馬遼太郎氏は言っていた。遠く昔の、源氏平家の貴族と武家社会も数十年で終わり、関東の土豪足利氏から織田、豊臣、徳川といずれも素性不明な強者がめまぐるしく変わった。

    英国のような、歴史的一枚岩の貴族社会はなく、いわば一時の貴族と庶民がめまぐるしく短期交代で施政者となっている。ただ、300年の徳川時代は人口の10%の支配階級(侍)が居座った時代であった。

    300年もの一意的な支配/被支配社会は、侍文化を精神的に高めた。これが今なお日本人の独特の日本人観となっている。そして、明治維新も現実には武士と大名の兵力で成し遂げられたため、旧武士階級に対して、華族と氏族の家格意識を残した。

    それが終戦まで続き、戦前の知識階級、大臣、高級官僚、学者などの出身者の多くが、旧氏族や地主によって作られていた。しかし、先の敗戦でそれが滅びた。旧秩序が破壊され、現在社会は大衆だけの一枚秩序になった。***

  • ズイキさん、みなさんこんにちは、、

    ツタ_ヤ等で借りるDVDは、コピープロテクト処理のDVDなので、普通のPCコピーソフトではコピーDVDを作れないです。でも、中国系のDv_df_abソフトを使えば、コピーできます。以前のある時期に色々なD_vdコピー収集した事があります。以下もどこかに書いた、麻雀DVDの話です。

    *****阿佐田哲也氏をモチーフにした麻雀小説に「麻雀放浪記」があるが、「勝負師伝説 哲也」はそれらの話をもとに再構築した麻雀漫画で、なかなか面白い。DVD化はその中の一部のトピック部分を映像化したもので、それでもDVD1-7巻まである。画風は一昔前の比較的単純な劇画風であるが、ストーリーはわかり易い。

    新宿で師匠となる房州さんの風貌もよい。戦後間もなくのころの描写は、ちびた煙草を口にくわえて、がピッタリである。下駄やヒロポンや焼け跡の街の姿が懐かしさを呼ぶ。
    ◇◇◇
    ヒロポン打ちの死神、印南との対戦、印南は一度見た牌は全て覚えることが出来る。からくりは表牌の竹紋を覚える、という神業である。そのため最後の決戦では、竹牌ではなく、黒の牌でのぞむが、なんと、黒牌についた指紋で牌を覚える離れ業を使った。

    危険を予知できる、不死身の女リサ、天和を置き土産に息を引き取った房州好々爺老夫婦を装う根津夫婦との対戦、等々。昔は、パチンコや麻雀で生計を立てる、雀士やパチプロがいたが、今から思えばなかなか面白い時代だった。*****

    画像は、麻雀DVDリストの一部です。

  • みなさんこんにちは、、

    日曜AMは当地の自治会館では、週交代の「カラオケ、麻雀、歌声喫茶、囲碁・将棋」が実施されています。ここには自分はかみさんと麻雀に参加中です。

    ところで、少し前に1976年から「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載されている長寿マンガ「こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)」が、約40年におよぶ連載に幕を閉じた。

    たかが漫画であるが、作者の秋本治氏の博学が光る、あの漫画で見たアイデア商品のいくつかが、その後に現実の商品になっている。両さん(両津勘吉)、上司の大原署長、同僚の麗子や中川が懐かしい。

    勘吉の記憶によると、六区の花やしきの映画館やお化け屋敷に無料で入るには、従業員の出入り口付近で、あたかも中から出て来た風情で回りを見渡す。「これこれ、そんなところから出てはいけないよ、」と従業員が注意する。

    そこで、「ごめんなさい、出口じゃなかったのか~、」と言って映画館の中に入る。これ、映画館無料入場の術、懐かしさが本棚にDVD54巻で残っている。リスト写真添付します。

  • みなさんこんにちは、、

    きゃのんさん、会社OB会幹事会ご苦労様です。幹事で250名とは凄い規模のOB会みたいですね。
    Ksさん、ケイさん、ローズさん、Machikoさん、ご無沙汰しています。60歳代はまだまだこれからの時期です。お仕事頑張って下さい。

    自分周りの卓球メンバーでは、どうも男性は70歳超えるとダウン傾向が、でも女性は70歳代はまだ元気で80歳代になるとダウン傾向みたいです。まさに、日本の男女の平均寿命傾向そのものを実感です。

    ララさん、自分も司馬遼太郎のファンだったですが、「飛ぶが如く」は途中までで終わっています。自分はどうも西郷さん、への印象がそれほどでもなかったのかも知れません。以前広島にいた頃、毎年数回山陽道で関西の自宅まで帰っていました。その途中の姫路インター近くに司馬遼太郎記念館があり、途中下車で行ったことがあります。たしか、司馬さんの父親が幕末頃姫路の農家出身だったので、などの記念館所縁がありました。

    昔子供の頃に見たTVのローハイドー、あれが日本では幕末の頃の話だったのですね。以下は、以前自分のFacebookに乗せた文章です。以前書いたかもしれませんが、イザベラバードの「日本奥地紀行」是非お勧めです。

    *****
    イザベラ・バードの「日本奥地紀行」は中々面白い。明治初めの日本男子の髷頭(まげあたま)男子の殆どが見るも痛々しい疥癬やたむし頭で、発疹や天然痘の酷い痕の人が村人の30%程度だった。日本の畳部屋は中級以上の人の住まいですが、そこでも人が座るとダニと蚊がわっと寄ってくる。

    人々は夏は褌一つ、冬は厚い布のどてら状の着物を着る。そのどてらは一年に一回程度しか洗わない。それは衣類は彼らが自分自身で糸をつむぎ、布を作るので、洗濯をすれば数回で布が破けるため、人は衣服を洗濯しない。家々はみすぼらしく、農家の家にはドアーはなくて、殆どの農家は藁のゴザが家の戸塀の代わりをしていた。
    ◇◇◇
    わが国の平均寿命が20歳を超えたのが江戸中期以後で、江戸後期になっても、感染症や戦争、飢鐘や地震、火災などの要因によって中期以降も20歳そこそこであった。その当時の日本人の一生に思いを馳せるとき、当時の人間は犬や鳥や獣と同じように、何の医学的な恩恵も無く、暑さ寒さに震えて生活をしていた。そんな生活がほんの100年前までの日本だった。*****

  • みなさんこんにちは、、

    今日はこれから老人会定例会、午後から卓球同好会です。ここの卓球メンバーの中心は70歳代前半のおばちゃん群で、60歳代メンバーは若手グループです。老人会メンバーの平均年齢は81歳なので、ここでは自分は若手です。

    先日、自分達70歳前後の卓球メンバーが、橋幸夫や舟木一夫の青春歌謡などの話をしていたら、さる女性が「私たちとは時代が違うので、そのような歌はしりません。ゆず、星野源、ドリカム、aikoなどですね。」とおっしゃる。「それは失礼しました、最近の歌は知らないので、、」と言ったのですが、彼女も64歳の女性でした。「ほとんど、同じ世代じゃないの」との声がありましたが。

    Machikoさん、お久しぶりです。ブログは時々見せて戴いています。尿漏れトレーニングは効果ありますか。(笑)

    マチコさんの文章は非常に簡潔明瞭で読みやすいです。このような掲示板(textream)では、全ての意志表現・交流(人格表現)が文章だけなので、基本が正確な日本語を書く、ですね。自分は2000年にYahoo IDを取得して、その後色々な掲示板で話をしてきた、ララさんともその頃にお会いしたです。

    先日、奈良で中学の同窓会がありました。写真はその時の秋空の奈良公園興福寺五重塔です。
    また、立ち寄らせていただきたく、よろしくお願いいたします。

  • みなさんこんにちは、トビバコ=ペーです。いつものショッピングセンターのラウンジからです。

    ララさんはじめ、皆さんにはご無沙汰していますが、お元気でお過ごしのことと思います。自分は今年4月に大学病院に入院した頃に、少し心境の変化もあり、ネット投稿ご無沙汰になりました。

    でも、フェイスブックはその後も継続中です。色々な文章を考え、適当な画像を添付するだけですが、思わぬ昔の友から返事がきたりです。

    最近、法事で東京の親戚の人と話をしていて、ジパングJR東日本は、中々サービスが西日本より良いことを知った。それは、年に3回4日間JR東日本の新幹線含む列車乗り放題=1.5万円、があり、関東方面の高齢者に人気集中らしい。自分はジパング西日本会員ですが、JR西日本にはこのむサービスはないみたいです。

    ララさん、自動車免許証返上お疲れさまでした。自分の直観は、まだ少し早いのでは、でしたが、それなりに考えた結果だと思います。ただ、現在の70歳以上(<75歳)の高齢者講習とは、免許証継続時に「高齢者用講義と自動車運転実施」を受講すること。であり、運転実施で脱輪したり、車庫入れNGだったり、などは何も問われません。

    自分の受けた教官は、もし本当に免許証試験のように判定すれば、6-7割の人が失格ですよ。と言っていた。75歳以上になると、この高齢者講習以外に、医師による゛認知症試験゛が追加されます。日本の色々な地方都市では、車生活が必須のところが多く、高齢者用セーフテイ車が法令と共にできるだろう、と思います。

    Yahoo textream消滅に関して、ララさん他、対応をお考えの事とおもいます。時々は又寄せていただきたく、今後ともよろしくお願いいたします。

  • みなさんこんにちは、、

    ゆうやけさん、カリフォルニアの火事災害大変ですね。お大事にしてください。自分が直感的に思ったのは、広大な道路が延々と続くアメリカでは、色々な不満分子が犯人不明のテロ山火事を起こせば、誰かわからない災害になるのでは。簡単な発火装置などを山の中に置いておくだけ、犯人はわからないでしょう。多分そのように証拠もあると思いますが、当局は発表しないでしょう。

    かえるさん、グランドゴルフ参加ご苦労様でした。自分も当地の老人会より何度かチーム参加しました。それにりにコミュニケーションが図れて良いですね。昨日の日曜は地域の卓球大会だったが、自分は老人会から自治会の麻雀大会へチーム参加依頼され、やむを得ずこちらに参加しました。

    葦さんのコメントに関して、別トピの柊さんとダブってしまい失礼しました。かなり以前「吼えるおばさん?」掲示板で柊さんとご一緒の時がありました。掲示板(textream)では現実の話し相手でありながら、実際には知らない同士が話をする場です。そして、全てが文字だけで相互に知り合う。そして、ネットの住人は過去の発言を忘れない、特徴もあります。

    当時、「自分の子供が大学に合格したので、自宅から大学への通学用自動車を買いました、」とみなさんに話をしたところ、柊さんから、「子供への自動車購入は贈与ですから、確定申告で税金払いましたか」とのコメントがあった。普通常識的にこのような事は書かない、のが掲示板のルールです。それ以来、彼への印象は一変しました。この事も書かないと誰もわからない、これがtextreamの特徴ですね。

    昔の掲示板では、色々なテーマのカテで、自説他説、敵味方入り混じって討論をしていたが、それはそれで懐かしい思い出です。彼らは何処へ行ったのでしょうか。

    自宅前の歩道のカエデ並木が色付きました。今朝の風景です。

  • みなさんこんにちは、、

    ゆうやけさん、カリフォルニア州北部で発生した大規模な森林火災、大変なことになっていますね。
    西部劇を思い出させるアメリカの広大な土地・森林は、裕福でダイナミックなアメリカそのものですが、自然災害火災やテロ火災などの視点ではウイークポイントでもあるのですね。

    でも、古き日本から新進のアメリカに渡って行かれた、ゆうやけさん世代の精神(スプリット)は、今の日本の若者に教えてあげたいものです。

    https://www.msn.com/ja-jp/news/world/米加州の森林火災、5人死亡-避難者15万人に/ar-BBPwWEl?ocid=spartandhp#page=2

    ずいきさん、お仕事現役時代は日本中色々な場所に行かれたのですね。
    一昨日、いつもの地域の娯楽センターの管理人をしていました。その場所に、この地域で昔からの地主で、以前は不動産業をやっていた80歳代の方が来られて、色々と話をしていました。

    昔のバブル時代に、この地域の住宅開発や「道の駅」開発予定などの情報を人より少し早く知り、元々の農村や山林を事前に安く買い、一仕事で1億円単位で儲けたとか、偽情報のミスで一晩で1千万円の手付金を損失した、などの話でした。

    この地域娯楽センターの近くに、我々の住宅地2-3件分の土地に大きな屋敷と庭を作って、今は夫婦二人で住んでるとのこと。でも、後半の話が面白かった。それは、彼のかみさんが10年程前から、例の「キリスト教***の神」に入信して、毎日がその神との生活のようで、こんな人生のはずではなかったのに、の状況らしい。

    自分を含めて、一般人の人生は色々な事でプラスマイナスそれなりに、になるのでは、と思った次第です。

    写真は、滋賀県のさる料理屋の「松茸食べ放題」料理です。

  • みなさんこんにちは、、

    先日、奈良駅前のホテルで中学同窓会があり出席しました。時間より1時間以上早く着いたこともあり、奈良公園まで足を延ばして、興福寺や猿沢の池付近の幾つかの写真を撮ってきた。東大寺や国立博物館、正倉院は時間切れです。今の紅葉時期の奈良公園界隈は沢山の見所や風情がありますが、半日程度の時間を取らないと落ち着いてみられないですね。

    高校時代を奈良市内で過ごしたのでここには馴染みがあり、奈良公園から春日野原野を突っ切ると柳生街道に入る。ずっと行くと、甲賀や伊賀の里に到達する。奈良公園手前に高校時代に良く行った、「びっくりうどん」で有名な店があり、そこは今も変わらずでした。

    NORIさん、古希の中学同窓会楽しみですね。故郷を出でて幾星霜、でも幼友達は会えばすぐに昔に戻ります。でも、特に女性で、全く誰か見当つかず、の人もいますね。それもまた楽しいですが。

    ずいきさん、自分も以前の掲示板の頃から掲示板やTextreamに参加しています。色々な人たちとの思い出があります。広島に転職した、2000年頃に最初のYahoo IDを作って、幾つかのHN(ハンドルルーム)で参加していました。当時の幾つかのカテゴリーで、参加者で議論していたことを思い出します。

    写真は、先日の奈良興福寺界隈です。

  • ずいきさん、みなさんこんにちは、、

    今日は午後から地域の娯楽センター管理人をしています。
    小学生が下校時に立ち寄るのは午後3時過ぎてからで、男子はこのセンターで卓球とゲーム、女子はお絵描きやゲームなどをしています。

    以前書いた事かもしれませんが、わが国の平均寿命はわずか138年前の明治13年(1880年)に男女とも30歳の関門を突破し、大正に人って初めて男女とも平均寿命が40歳を超えた。当時の多くの日本人は、身分差別に感染症、飢餓や天災、戦争などの社会の中で、ひとたび病気になれば医者も薬も無く死んでいった。

    殆どの人々は、文字を学ぶ学校も無く、読む本も無く、暖房も冷房もない社会で15歳にもなれば結婚して子供を生み、二十歳代で多くの若者が死んでいった社会。彼ら彼女達、多くの日本人は、多分現在の様な日本社会を夢見て死んでいったに違いがありません。

    イギリス人イザベラ・バード(女性)の「日本奥地紀行」は確か明治10年頃の話で、彼女が東京から出発して東北地方から北海道を巡った紀行史ですが、当時の東北地方の人々の暮らしぶりがそのまま書かれています。家々の出入口には扉はなく、ゴザがぶらさげてあり、教育や医療や暖房や十分な食事もなく、厳しい夏冬の季節の中で短い一生を生きた。

  • みなさんこんにちは、、

    最近の、Amazon書籍の売れ筋ランキングでは、百田氏の「日本国起」がトップで、「こんなメディアや政党はもういらない」、などの比較的穏健なメディア批判などが上位にランクしているらしい。

    そういえば、昼夜を問わず、テレビのコメンテーターか司会者か知らないタレント司会者が、誰彼無しの失言や行動の一言を取り上げて、彼らの言う人権的側面より、さも大事件の如く激論を装い、そして最後に、「こんなご意見もある、という事ですね。」と、自分の言葉を保身して終わる。

    かりにずっと白の人が、少しでも悪いことをすると一斉に黒だと騒ぎ立てる。世の中の流れも、人の行動も、人間一人ひとりを見ても、白か黒ではなく、色々な色を持っているでしょう。白くなったり、黒くなったり、グレーになったり。
    そのようなところが、人間らしいというものではないのか。とも思う。

    自分自身をみても、良いところと、嫌なところがある。科学技術でも、ビジネスの世界でも、三つも四つもの間違いだらけの結果、多くの失敗だらけの結果、一つの発見があり、一つの成功事例に行き着くのではないのかとも。

    写真は、さる食事処の「松茸食べ放題」です。こんな食事でも3-4千円程度だったのですから、日本のデフレも本格的ですね。

  • みなさんこんにちは、、

    ズイキさん、サツマイモや秋野菜の収穫季節ですね。秋空での畑仕事楽しんでください。

    かえるさん、結婚式の大役無事完遂でヤレヤレですね。鉄道での往復道程は良い判断でしたね。自分の長女の場合は、新郎新婦共に東京勤務のため、品川が式場でした。しかし、新郎も新婦(長女)の故郷も共に関東地方ではなく、親戚一同東京お登りさん、でした。

    NORIさん、故郷での中学同窓会楽しみですね。自分も11月に小・中学同窓会があります。故郷を出でての人のために、JRの駅前のホテルで開催されます。自分も参加予定です。懐かしいおばちゃんに会えるのが楽しみです。

    葦さん、同窓会の恩師参加は良いですね。自分たちの場合は、毎年の高校(3年)同窓会は90才を超えた恩師が来られますが、小・中学同窓会は前回の古希の時の写真ではおられなかったと記憶しています。高校同窓会も、大学や職場同窓会も、色々な事情(or 思惑)で不参加の人は何時も来られないですね。

    >薄い空気から水が作れるという話題をききましたか?

    ゆうやけさん、今回のペルーの話は知らなかったですが、「アフリカなどの砂漠に水を」の技術は、昔自分の所属していた研究所でも、30年程前に試作機をイスラエルなどのアラブに輸出した実績があります。

    その基本原理は、日中に太陽光発電で電気を作り、その電力で夜中に空中から水を作成する。このシステムは電力も自作するので、全くの何もない砂漠の中でも水が出来る、が特徴でした。水を作成する原理は、エアコンの熱交換原理とほぼ同じで、空気を冷却する事で空中から水を抽出するらしいです。

    自分たちは、DVD等のディスクメモリー関連技術を開発していた頃です。ディスクメモリーも、ディスク膜の材料開発や、高密度にピットを記録する半導体レーザー技術、レーザービーム制御技術、データを圧縮したり誤り訂正処理やコンピュータとのデータ送受信などの信号処理技術、そして、回転するディスクを光ヘッドが正確に追従しアクセスするサーボ制御系技術、など沢山の技術の集合です。そして、最後にはそれらの技術を大規模LSI化して製品化することになります。あの頃の仲間が今も最も懐かしい仲間意識です。

  • みなさんこんにちは、、

    、朝夕ヒヤリの季節になりました。この寒さからか少し前から夜に咳が出て困っています。
    今日はこれから昔の職場OB会にでかけます。この職場は自分が最も長く勤めていた職場(研究所)で、昔の懐かしい人達が集まります。

    ユウヤケさん、血圧検査結果、(上は138の下が62)は良好ですよ。特に下が62は良い値でしょう。お大事にしてください。

    ずいきさん、ユウヤケさん、先日書いた渋柿のヒラタネ柿は奈良の渋柿代表選手で当地では沢山の栽培されています。
    その渋抜きの方法は、自分の方法は果実酒用アルコール35度焼酎をスプレーに入れて、柿のヘタ部分に吹き付ける。これは小皿の焼酎に柿のヘタ部を付けるのと同じ効果です。

    その後のビニール袋への密閉処理は先回書いた通りです。そのビニール袋を温めると中の柿の熟精度が一気に進むので、自分の地方ではビニール袋は冷ややかな場所に置いておきます。

    このヒラタネ柿は、先日書いたように渋抜き処理後5日でほぼ甘くなります。先日貰ってきた柿は、子供達やご近所さん、熟年会や卓球メンバーへさしあげたので、残りは殆どなくなりました。

    自分宅の庭には甘柿の富有柿があるので、後数日程度でこの柿が食べられます。
    今撮った写真を添付しました。

  • みなさんこんにちは、、

    今日は近くのショッピングセンター前の広場で、ふるさと祭りをやっています。近くの次女家族が来ているので、自分とかみさんもで出かけていました。孫二人が広場の巨大迷路にチャレンジしていました。

    先日の木曜日に奈良実家に柿を取りに行ったが、その帰りに近くのコスモス畑を見に行った。数カ所のコスモス畑の一つに、斑鳩(いかるが)の法起寺前の景色を添付します。

    斑鳩にはあの法隆寺がある場所で、JR法隆寺駅からハイキングコースが設定されていて、法隆寺や藤ノ木古墳、中宮寺、法起寺などを巡るコースです。先日もウイークデーに関わらず沢山の人が訪れていた。

  • みなさんこんにちは、、

    先日、奈良の実家でヒラタネ柿を貰ってきた。この柿は奈良の渋柿の代表先取みたいで、当地の農家では沢山栽培されています。柿畑に脚立を運び、その上に載って柿の実の枝を切るのですが、畑が傾斜地なので、脚立が不安定になり、何度もぐらついて仕事をした。

    本当はもう少し後に成熟する、富有柿が自分好みですが、現時点ではヒラタネだけを収穫してもらってきた。この柿の渋抜きは、アルコール度35%の果実用焼酎を霧吹きに入れ、柿の実のヘタ部分に吹き付けて、それを段ボールに入れたビニール袋の中に並べる。一段毎に新聞紙で柿の段を分離し、4段程度でそのビニール袋を密閉する。

    そして、渋抜き処理後5日程度で柿の渋が抜けて甘柿になる、予定です。東京の子供達宅やかみさんの兄宅に、その処理した柿を段ボール毎発送した。近くの子供家族は今日取りに来る。沢山貰ってきたので、ご近所さん、かみさんの友達、卓球友達などに配給する予定です。

    写真は、自分の車のトランクに一杯の持ち帰ったヒラタネ柿です。

  • みなさんこんにちは、、

    金・土は連続の卓球です。かえるさんは、連日の卓球練習参加、体力がすごいですね。

    一昨日、奈良の実家でヒラタネという渋柿を沢山もらってきた。その夜にアルコール度35%の焼酎で渋抜き処理をして、段ボール内にビニール袋で密閉保存をしています。5日後に渋抜き完了で甘柿になる予定です。

    写真は、貰ってきた柿の車トランク内の様子です。東京の子供達やご近所さん、かみさんの知り合い、卓球おばちゃん、などに配給する予定です。

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