ここから本文です

投稿コメント一覧 (33コメント)

  • 移民受け入れは大量の中国人を日本人の税金で養うことに・・・




    今、中国では『日本でタダで生活する方法』という類いの本が売れている




    2014年10月28日

    日本では、いよいよ労働者が不足しているから移民を受け入れるべきだという議論が
    政府内で活発化している。だが、それは日本文化を崩壊させ、日本が日本でなくなって
    しまう危険性を孕んだ政策であることを、政治家たちはどれだけ認識しているのだろうか。
     
    アメリカは移民を受け入れることで発展したではないか、という人もいるだろう。
    しかし、いまやアメリカでも本当に優秀な人材は来なくなり、エクアドルやホンジュラスといった国々からただ食い扶持を求めるだけの不法移民が増えているのが現実だ。
     
    こうした事態は、対岸の火事ではない。いま中国では、『日本でタダで生活する方法』
    といった類いの本が売れていると聞く。

    日本に来て生活保護を受ける方法などが事細かに解説されているというのだ。
    移民を受け入れれば、大量の中国人を日本人の税金で養うことになるだろう。
     
    現実から乖離した議論だけで移民受け入れが決まるとすれば、あまりにも危険である。
    そういえばル・ペンはインタビューの際、こんなことも言っていた。
    ル・ペンは今やフランスで最も勢いのある政党、愛国戦線の若き美貌の女性党首である。
     
    「あなたは日本人だ。日本人には日本の国家というものがある。
    これが世界を面白くしている。国家のボーダーを取りやめて、
    一緒になろう、仲良くやりましょうなんて、そんなのは子供のそら言だ」

    いまの日本に突き刺さる卓見である。

    ※SAPIO2014年11月号
    http://www.news-postseven.com/archives/20141028_280848.html

    この人がフランス愛国戦線の党首ル・ペン氏 ↓

  • 坪慎也・行橋市議が『在日特権』を詳細に説明!!




    「外国人の場合であれば容易に非課税にすることが可能」…福岡県行橋市




    2014年10月27日

    「在日特権・外国人特権」の公的証明~外国人のみ税金が安く生活が楽。
    (ソース不定とは言われません。)

    日本国民と在留外国人の扶養控除及び各種給付における不公平の是正
    並びに日本国民の雇用回復・ワーキングプアの解消に関する陳情

    (添付資料1)より。
    右が日本人世帯、左が外国人世帯である。
    年間所得を200万で試算し、シミュレートした結果、執行部答弁をベースに資料を作成した。 なんと50万以上もの差があり、所得の約4分の1にあたる凄まじい差があることがわかった。

  • フィフィのツイートが話題に




    「外国人が生活保護を 受けること自体が不自然」




    http://news.livedoor.com/article/detail/7099606/


    エジプト人タレントのフィフィが
    自身のツイッターで
    在日外国人の生活保護受給を批判し、
    インターネット上で物議を醸している。

    以下、フィフィのツイートより抜粋。

    「在日外国人の1人として
     言わせていただきます。
     外国人が生活保護を受けること自体が不自然です。
     自国から拒否されてるわけで無いなら
     なぜ愛する母国に帰らないのか?」

    「恩恵を受けているなら、文句を言うな。
     文句を言いながらおねだりすれば、
     それは"たかり"と言われても当然。
     プライドがあるなら自らを偽るな。」

    これらの発言にネット掲示板やツイッターでは
    「よくぞ言ってくれた」
    「こういうことは日本人が言わないと
     いけないことなのに」
    「そこいらの政治家より正しいことを言う」
    など、フィフィの主張に
    賛同する書き込みが相次いだ。

    しかし、一部には
    「断片的な知識しかないあなたに
     在日外国人の生活保護について
     語る資格はありません」
    など、批判も寄せられていた。

    フィフィは
    こうした生活保護問題などをめぐって
    日本人と在日外国人との間に生じる摩擦について、
    「まともな外国人は、
     日本と母国の架け橋として
     この国で日本人との共生に努めています」
    と、在日外国人の立場から主張。

    さらに、
    「その気が無いなら
     帰ればいいんです。
     その怠慢さで迷惑するのは、
     日本人だけではなく、
     自国民ですから。
     自国民に厄介に思われたら、
     帰る場所を失い兼ねない。
     それとも、意図的に摩擦を起こして
     優遇を求めてるのかな?」と続けた。

    なお、フィフィは母国エジプトの歴史を例に挙げ、
    「国民を逆差別する政府」
    「外面良くて、外国人優遇して、
     国民をないがしろにしてきたから
     倒されちゃった政府」
    との失敗例も紹介して警鐘を鳴らし、
    問題に対して関心を強く持つことを促している。

    この人がフィフィさん ↓

  • フィフィのツイートが話題に




    「外国人が生活保護を 受けること自体が不自然」




    http://news.livedoor.com/article/detail/7099606/


    エジプト人タレントのフィフィが
    自身のツイッターで
    在日外国人の生活保護受給を批判し、
    インターネット上で物議を醸している。

    以下、フィフィのツイートより抜粋。

    「在日外国人の1人として
     言わせていただきます。
     外国人が生活保護を受けること自体が不自然です。
     自国から拒否されてるわけで無いなら
     なぜ愛する母国に帰らないのか?」

    「恩恵を受けているなら、文句を言うな。
     文句を言いながらおねだりすれば、
     それは"たかり"と言われても当然。
     プライドがあるなら自らを偽るな。」

    これらの発言にネット掲示板やツイッターでは
    「よくぞ言ってくれた」
    「こういうことは日本人が言わないと
     いけないことなのに」
    「そこいらの政治家より正しいことを言う」
    など、フィフィの主張に
    賛同する書き込みが相次いだ。

    しかし、一部には
    「断片的な知識しかないあなたに
     在日外国人の生活保護について
     語る資格はありません」
    など、批判も寄せられていた。

    フィフィは
    こうした生活保護問題などをめぐって
    日本人と在日外国人との間に生じる摩擦について、
    「まともな外国人は、
     日本と母国の架け橋として
     この国で日本人との共生に努めています」
    と、在日外国人の立場から主張。

    さらに、
    「その気が無いなら
     帰ればいいんです。
     その怠慢さで迷惑するのは、
     日本人だけではなく、
     自国民ですから。
     自国民に厄介に思われたら、
     帰る場所を失い兼ねない。
     それとも、意図的に摩擦を起こして
     優遇を求めてるのかな?」と続けた。

    なお、フィフィは母国エジプトの歴史を例に挙げ、
    「国民を逆差別する政府」
    「外面良くて、外国人優遇して、
     国民をないがしろにしてきたから
     倒されちゃった政府」
    との失敗例も紹介して警鐘を鳴らし、
    問題に対して関心を強く持つことを促している。

    この人がフィフィさん ↓

  • あなたは朝鮮人に強制連行された日本の人たちをご存知ですか???



          今回の日朝協議の対象にもなっています!!



    一人分遺骨あたり1万から3万米ドル(100万から300万円)日本政府から

          北朝鮮側に支払われるとか・・・

    それは、米朝間での米兵遺骨(朝鮮戦争)返還協定とほぼ同じ相場だそうです!!

         そんな馬鹿な!!  

            人道問題をビジネスにするつもりかあああーーーー


    【歴史の闇】に葬り隠し続けることは許されないと思う





    この、あまりにも悲惨な強制連行と虐殺を!!





    ■シベリア抑留、北朝鮮に2万7千人移送…
     露が資料提供
     【モスクワ=五十嵐弘一】
    モスクワの日本大使館は31日、ロシア軍事古文書館
    (モスクワ)から同大使館 にこのほど、
    第二次大戦後にシベリアで抑留された日本軍将兵らのうち、
    当時のソ連から北朝鮮に移送された人に関する資料が
    提供された、と発表した。

     シベリア抑留者が北朝鮮に移送されたことが公式に
    確認されたのは初めて。
     資料の正確な内容は現時点では不明だが、
    同軍事古文書館の説明によると、ロシア語で書かれた
    約2万7000人の名簿が含まれていた。

    移送は、船や鉄道などで、終戦翌年の1946年(昭和21年)
    春ごろから始まった可能性があるという。

     厚生労働省によると、
    シベリア抑留者は約57万5000人で、
    うち47万3000人が日本に帰還、抑留中に死亡した人が
    5万5000人、旧満州・北朝鮮に移送された人が
    4万7000人とみられている。

    旧満州・北朝鮮への移送者のうち相当数が
    行方不明となっている。
    産経新聞平成一七年四月一日

    ■北朝鮮に送られたシベリア抑留者たち

    今年、ロシア国立軍事アーカイブから、日本政府に、
    シベリアから北朝鮮に移送された抑留者27,755人の名簿が
    渡された。ロシアが抑留者の名簿を公開するのは、
    1991年ゴルバチョフ訪日の際に渡された38,00 0人の
    名簿以来14年ぶりのことだ。

    この名簿によって、シベリア抑留者の一部が北朝鮮に
    移送させられていた事実が初めて明らかになった。
    さらに軍事アーカイブからはスターリンの北朝鮮への
    移送命令書が発見された。

    北朝鮮に送られた抑留者には過酷な運命が待ち受けていた。
    今まで一度もその体験を話すことはなかった
    北朝鮮からの帰還者たちも名簿公開を機に、
    初めて厳しい体験を語り始めた。

    中川清さんによれば、
    ピョンヤン郊外のサムハプニ収容所では、
    強制労働に従事する中で、6,000人のうち1,000人が死亡、
    コレラで一度に300人が亡くなったこともあったという。

    また、橋詰正雄さんがいたチョンジン収容所では、
    日本人は屋外に寝かされ毎日10人以上が死んでいった
    という。

    厚労省によれば、シベリア抑留者57万5千人にうち
    帰国した人は47万3千人、現地での死亡5万5千人で、
    残る4万7千人が消息不明だった。

    今回明らかになった北朝鮮へ移送された2万7千人は
    その消息不明者たちと推測されている。
    さらに、北朝鮮からの日本への帰還者は47年末までに
    大体終了したとされているが、その時1263人の抑留者が
    現地に残ったとされている。
    その消息はいまだ不明である。

    番組では、今回初めてロシアのアーカイブから公開される
    北朝鮮移送関連文書や、抑留者たちが語る北朝鮮での
    抑留の詳細から戦後60年間、謎とされていた抑留者の
    北朝鮮移送の真相に迫る。
    引用終わり
    NHK教育 ETV特集 平成一七年一〇月二二日
    http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2005/1022.html


    戦争はすでに終わっていて、
    しかも北朝鮮領土は第二次大戦中は戦場ではない。
    物資も食料も豊富に蓄えられていた
    (一部ソ連に略奪されたが)。
    本来なら応急処置を施し、
    日本へ帰還させられるべき人たちである。
    今に至るもそこから戻ってこられたのはわずかである。
    シベリアのほうがまだマシだったと思えるほどに。

    抑留者によって描かれた強制収容所のようす【吉田勇 画】 ↓

  • 一体、誰のおかげだと思っているのだああーー!!




                   この恩知らずめがああーーー!!




    熱力学第二法則、エントロピー増大の法則が・・・無慈悲に・・・




    踊り狂う誇大妄想史観




             取っては投げ、ちぎっては投げる韓国起源説




    「今の日本の繁栄があるのは全て朝鮮のおかげ」




    韓国では長い間、冊封体制下で中国の歴代王朝に事大の礼を尽くしていたこともあり、中国文明の影響を濃厚に受けており、中国諸王朝や文化の極めて強い影響のもとに文化を発達させてきた。

    ところが、現代において、韓国外で評価の高い主に日本や中国の事物を韓国が起源と主張する論調をしばしば取ることがあり、極端なものでは明らかに日本や中国で醸成された文化や文物と検証されている著名な歴史的事物や人物を韓民族(韓半島)起源のものであると主張することがある。

    これについては、近年中国や日本から、歴代の朝鮮王朝は自国独自の文化を排斥し中国文化を崇めていたため独自文化が近隣諸国と比べ発達せず、近代の韓国人がそれに対する劣等感を持っていることや、李氏朝鮮までの文化の継続的な継承が行われていない百済や高句麗等の歴史まで自民族史として語る歪んだ思想が原因であると指摘されている。

    「韓民族は北東アジアの覇者であった」という偽史を創作し、その定着を図っている。韓民族の活動した地域は、北はバイカル湖、南は沖縄、西はメソポタミア、東はアメリカ大陸ということになっている。

    ?2007年大韓民国大統領選挙に立候補した許京寧経済共和党総裁は、「中国諸国と連邦をしてアジア連邦を作り、失われた高句麗領土を取り戻したい」「失われた渤海の旧領と、三国時代にヨーロッパまで伸ばした韓半島の故土を取り戻すのが私の夢だ」としている。

    韓国KBSの番組「満州大探査」は、「満州はもともと韓民族の土地。清朝を樹立した愛新覚羅氏も、祖先は韓国人」と主張している。

    大田大学校哲学科の林均澤元教授が2002年12月に韓国書鎮出版社から出版した「韓国史」において、唐の時代に、高句麗、新羅、百済が中国の大半を有しており、唐の版図は雲南省や四川省などのわずかな部分に過ぎず、高句麗、百済を滅ぼしたあとの新羅の版図は、現在の東シベリア、モンゴル、華北地域など中国北部全体、華中地域、チベット自治区、新疆ウイグル自治区など広大なものとなり、唐は華中地域や華南地域をおさえるにとどまったと主張している。

    韓国の圓光大学校教授が広西チワン族自治区の百済郷を調査し、「この地はかつて、百済の植民地だった」と発表した。

    朝鮮民族から発現された文化はそれほど多くない。しかし韓国人が満州族や漢民族の文化を自民族の文化と捏造したり、日本から朝鮮半島に伝わった文化の韓国起源を捏造したり、日本での独自文化の発現と外国から受け入れた文化の変革と発展を無視することで、明治維新以前の日本にあった全ての文化・産業・社会は「中国→朝鮮→日本(朝鮮→中国→日本)」という順番で伝わったものであるという認識が生まれている。

    韓国のメディアでは、このような認識に基づいて「今の日本の繁栄があるのは全て朝鮮のおかげ」「そもそも韓国の文明化は中国より早い」という自民族優越主義的な論評が日常的に行われており、特に日本に対する蔑視と自民族優越主義的な視点は公教育における歴史教育でも顕著である。

  • シンシアリーさんのブログより抜粋しました。



    以下、すべて引用です。



    <<
    日本という恵み

    あるメッセージをもらいました。物凄く丁寧な書き方で、内容は、基本的に嫌韓嫌中の本が書店に溢れている昨今を嘆くものでした。

    「私は、あなた(シンシアリー)とはまったく別の考えを持っています」としながらも、「こちら側にもあなたのような影響力を持った人が現れて欲しい。だから、あなたが嫌いになれない(本文には"敬意を払う"でした)」、そんな感じです。

    以下、メッセージ書いた人を「あなた」と書きますね。

    私なんかより大きな影響力を持っている人は大勢いますし、なにより、今の嫌韓嫌中ブーム(?)は、誰か一人か二人の影響力で出来上がったものではありません。

    嫌韓嫌中関連の書籍がブームとかなんとかで、その流れを嘆いている人たちも多いでしょう。あなたも多分その一人です。わかります。

    「私の嫌いなものが売れる」という感覚が、特に苦しいということも理解できます。ネット上で行われる話し合いとは違って、本などが売れるというのは実際に目に見える状態のものであり、しかも「誰かがお金を使っている」というのは、あなたには物凄く「痛い」ことでありましょう。

    韓国で反日を受け入れないで生きるという「痛い」スタンスを取っている私ですから、そういうのがいかに居心地の悪いことなのか、私ほどよく知っている人もそういないはずです。

    でも、持論を展開するというのは、味方を得ることもありますが、それ以上に敵を作ることでもあります。だから、仕方ありません。

    それに、日本が、韓国みたいに「反論出来る道が塞がれているのか」という側面を考えてみなければなりません。

    最近、韓国では「帝国の慰安婦」が慰安婦たちに訴えられたりと騒がしいですが、基本的に韓国で「反日」に逆らう生き方は危険です。

    よく言われる「社会的に抹殺される」事実自体がそうですが、それより、「抹殺されて当然」という風潮の方が、もっと危ないと言うべきでしょう。

    「恥韓論」にも同じ記述がありますが、凄いことが当然になっている社会こそ本当に凄い社会です。

    逆に、危ないことが当然になっている社会こそが本当に危ない社会であるとも言えましょう。

    ちょうど、ある雑誌に「(韓国では)反日で得をする事例も多いけど、反日に逆らうと損をするという見方が正しい」という内容のインタビュー記事が載るかもしれませんが、まさにそういうことです。

    当たり前になりすぎで、従って得というより、逆らうと損をする、それが韓国の反日です。

    その反日に逆らうために精一杯やっていることがこのブログで、恥韓論だったり沈韓論だったりします。

    もちろん、恥韓論の終章にも書きましたが、そのために私は「場違い」という歪みを受け入れなければなりませんでした。

    日本ではどうですか?

    嫌韓嫌中に逆らうと、社会的に抹殺されますか?日本は、ある社会風潮において、自分なりの反論を展開するのが韓国よりずっと容易な国です。


    あなたは最初から私(シンシアリー)とは意見が全然違うと書きながらも、最後まで礼儀を破る書き方はしませんでした。

    同じく、もしあなたが今の「日本」と違う意見を持っているとしても、日本に対する礼儀を失わずに生きることができるはずです。

    そうしていると、いずれ気づくことでしょう。

    日本という恵みを。

    日本の誰もが、自分の意見を主張するために歪みを被る必要なんか、まったくないということを。

  • 責任転嫁の事例は枚挙に暇が無いが、





    最近のニュースからその具体例を挙げてみよう。





    現在日本で活躍中のサッカー選手安貞桓(アン・ジョンファン)の母親が
    最近、花札賭博で窃盗などの容疑で逮捕されたのだが、その時事件を分析した
    ソウル大学民俗学教授の金彊岳博士のコメントがまるでジョークである。


    「そもそも花札賭博は、韓国の伝統的なモラルを破壊する事を目的に
     日帝が意図的に普及させたものでした。韓国には、いまだにこの恐ろしい
     後遺症に苦しむ人達が大勢います。

     安某容さんもその被害者の1人ですが、これは氷山の一角に過ぎません。
     日本政府に人の心があるのなら、まず安さんに謝罪と賠償をするべきでしょう」
     中央日報
      ttp://japanese.joins.com/forum/board/view.php?no=23251&page=


    花札は「モラル破壊が目的」で日本が普及させた、と。
    その「花札賭博の後遺症(?)」に苦しむ人に謝罪と賠償をしろ、と。

    大学教授がこのレベルである。民間人がどんなものかは想像に難くない。
    ちなみに掲載紙である「中央日報」は韓国の三大新聞の一つである。


    かくして日本統治時代を悪く言うことで、相対的に現在の朝鮮政府が
    いかに素晴らしいかを強調するネガティブキャンペーンが開始された。
    「日本が悪い」ということにしなければ国を衰退させた無能な指導者たちは
    革命によって殺されてしまうからである。

    これが現在も続く『国家方針=反日』のルーツである。


    具体的には、


    ・日本にもらった莫大な金や設備、技術や人的支援について一切言及しない。
     そのため韓国人は「日本は一文も出してない!」と本気で思ってる。 
     (本当は文字通り“国が買えるほどの値段”だった)

    ・最近まで「日韓基本条約」を隠し続け、日本は一度も謝罪したことがない
     ということにしていた。
     (本当はとうの昔に謝罪や賠償などの責任は完全に果たしている)

    ・ハングルを禁止されて日本語を強要されたなどという事実無根の嘘をついた。
     (本当は日本がハングルを広めた。つまり正反対)

    ・日本による略奪で韓民族が飢えたなどという事実と正反対のデタラメを吐いた。
     (本当は飛躍的に豊かになった。逆に併合前の朝鮮人が飢えていた)

    ・農地を60%奪われたという悪質なデマを流した。
     (本当は統治権に付随して権利が移った「国有地」3%を農地にしただけ)

    ・日本政府の高利貸しで民衆は苦しめられたと真実の逆を平気で言いふらした。
     (本当はインドが月20%の金利だった時代に8%という格安金利を
      “さらに”6%まで下げて金を貸してやった)

    ・大量に強制徴用されたというフィクションを作った。
     (本当は強制などしなくても当時日本国籍だった朝鮮人が豊かな日本で
      働きたいと思うのは当然で、逆に希望者の競争率が異常に高かったほど)

    ・日本は「人種も土地も劣ってるから優秀で豊かな朝鮮半島を侵略した」などと
     デマカセの侮日教育・反日教育をした。
     (本当は土地が痩せてたのは朝鮮。日本は朝鮮の4倍の収穫高があった)


    「日本の朝鮮総督府が発行したハングルの教科書」なども、
    (当たり前だが、)今でも現物そのものがたくさん残っている。

    つまり議論うんぬんのレベルではなく、“物的証拠”があるのである。

    それでも朝鮮人たちは信じない。
    「日本は韓民族からハングルを奪ったんだ!」と憎悪に満ちた顔で言うのである。

    まだまだ他にも類例はあるが、あまりにも多すぎるので省略する。

  • これは、強迫だああーーー!!!





              これは、強制だああーーー!!!






                  だからこれは、最初から無効だああーーー!!!






    無効論は、第二次日韓協約が日本の脅迫(強制)によって締結させられたから無効とする主張である。この時に問題になるのは、脅迫(強制)の対象が国家なのか、条約交渉者なのか、である。

    前者の国家の場合は当時の国際法で問題にならない。これは戦争の結果結ばれる条約を考えればわかりやすい。後者の場合、ピストルを突きつけられて生命の危険を感じるとか、プライバシーを暴露されるとかといった類のことで脅迫(強制)されて不利な条約を結ばされる事で、20世紀初頭の国際法においても違法とされていた。

    したがって第二次日韓協約が無効か否かは、日本側が韓国側に脅迫(強制)を行なった事実があるかどうかということによって判断される。結論的に言えば、このような事実は、皇帝高宗に対しても、諸大臣に対してもなかったので、無効論は成立しない。

    よく、伊藤博文特派大使が皇帝高宗を脅迫(強制)した言辞として挙げられることがある、「ご承諾されるのもお拒みなさるのも皇帝のご勝手です。もしお拒みなさるならば、日本政府は既に決心するところがありますので、その結果はこの条約を締結する以上の困難な状況をもたらすでありましょう」(意訳、『日本外交文書』第三八巻第一冊、五〇二ページ)というセリフは、交渉上よく用いられる言葉のレトリックであって、交渉者に対する直接的な脅迫(強制)とは言えない。

    また日本の軍隊や憲兵によって韓国側交渉者に対して脅迫(強制)が行われたとする主張があるが、それらは伝聞に依拠したもので確実な情報ではない。日本の軍隊や憲兵は京城で厳戒態勢をとったが、それは伊藤博文や李完用へのテロの教訓からとられた治安上の措置であって韓国側交渉者を脅迫(強制)するためではない。

    当時の大韓帝国では「大韓国国制」(1899年)によって皇帝が独裁権を持っていたので、第二次日韓協約が勒約かどうかは、この条約に対する皇帝高宗の対応を見ればよい。高宗の対応を明らかにする史料としては、朴斉純、李完用等五人の大臣の「五大臣上疏文」がある。「五大臣上疏文」は大韓帝国の『日省録』、『承政院日記』、『高宗実録』等の公文書に収められている。いずれの公文書の「五大臣上疏文」もソウル大学校の李泰鎮教授が言うように、基本的内容は変わらない。

    李泰鎮教授は、日本人が編纂に大きく関わったことで知られる『高宗実録』所載の「五大臣上疏文」を用い、1905年11月17日の御前会議で第二次日韓協約の日本案に反対することに決まったと、事実とは異なる解釈を示した。これは「五大臣上疏文」の誤読によるものであった。(『世界』2000年6月号、274ページ)。

    ところが、皇帝高宗の言動を明らかにするには皇帝の公式日記がよいだろうという理由で、皇帝の公式日記の『日省録』所載の「五大臣上疏文」を用いて第二次日韓協約締結における皇帝高宗の積極的役割を明らかにされると、李泰鎮教授は一転してこれらの公文書の記録には日本の影響が及んでいるとして、『日省録』のみならず「五大臣上疏文」そのものの史料的価値を否定し、第二次日韓協約締結における皇帝高宗の積極的役割を否定するに至った(「1905年『保護条約』に対する高宗皇帝の協商指示説批判」『歴史学報』第一八五、歴史学会、ソウル、2005年3月、127~134ページ)。

    これは、日韓併合条約の原本です。
    国立公文書館資料センターに保存されています。 
    どなたでも閲覧できます。↓

  • これは、強迫だああーーー!!!





              これは、強制だああーーー!!!






                  だからこれは、最初から無効だああーーー!!!






    無効論は、第二次日韓協約が日本の脅迫(強制)によって締結させられたから無効とする主張である。この時に問題になるのは、脅迫(強制)の対象が国家なのか、条約交渉者なのか、である。

    前者の国家の場合は当時の国際法で問題にならない。これは戦争の結果結ばれる条約を考えればわかりやすい。後者の場合、ピストルを突きつけられて生命の危険を感じるとか、プライバシーを暴露されるとかといった類のことで脅迫(強制)されて不利な条約を結ばされる事で、20世紀初頭の国際法においても違法とされていた。

    したがって第二次日韓協約が無効か否かは、日本側が韓国側に脅迫(強制)を行なった事実があるかどうかということによって判断される。結論的に言えば、このような事実は、皇帝高宗に対しても、諸大臣に対してもなかったので、無効論は成立しない。

    よく、伊藤博文特派大使が皇帝高宗を脅迫(強制)した言辞として挙げられることがある、「ご承諾されるのもお拒みなさるのも皇帝のご勝手です。もしお拒みなさるならば、日本政府は既に決心するところがありますので、その結果はこの条約を締結する以上の困難な状況をもたらすでありましょう」(意訳、『日本外交文書』第三八巻第一冊、五〇二ページ)というセリフは、交渉上よく用いられる言葉のレトリックであって、交渉者に対する直接的な脅迫(強制)とは言えない。

    また日本の軍隊や憲兵によって韓国側交渉者に対して脅迫(強制)が行われたとする主張があるが、それらは伝聞に依拠したもので確実な情報ではない。日本の軍隊や憲兵は京城で厳戒態勢をとったが、それは伊藤博文や李完用へのテロの教訓からとられた治安上の措置であって韓国側交渉者を脅迫(強制)するためではない。

    当時の大韓帝国では「大韓国国制」(1899年)によって皇帝が独裁権を持っていたので、第二次日韓協約が勒約かどうかは、この条約に対する皇帝高宗の対応を見ればよい。高宗の対応を明らかにする史料としては、朴斉純、李完用等五人の大臣の「五大臣上疏文」がある。「五大臣上疏文」は大韓帝国の『日省録』、『承政院日記』、『高宗実録』等の公文書に収められている。いずれの公文書の「五大臣上疏文」もソウル大学校の李泰鎮教授が言うように、基本的内容は変わらない。

    李泰鎮教授は、日本人が編纂に大きく関わったことで知られる『高宗実録』所載の「五大臣上疏文」を用い、1905年11月17日の御前会議で第二次日韓協約の日本案に反対することに決まったと、事実とは異なる解釈を示した。これは「五大臣上疏文」の誤読によるものであった。(『世界』2000年6月号、274ページ)。

    ところが、皇帝高宗の言動を明らかにするには皇帝の公式日記がよいだろうという理由で、皇帝の公式日記の『日省録』所載の「五大臣上疏文」を用いて第二次日韓協約締結における皇帝高宗の積極的役割を明らかにされると、李泰鎮教授は一転してこれらの公文書の記録には日本の影響が及んでいるとして、『日省録』のみならず「五大臣上疏文」そのものの史料的価値を否定し、第二次日韓協約締結における皇帝高宗の積極的役割を否定するに至った(「1905年『保護条約』に対する高宗皇帝の協商指示説批判」『歴史学報』第一八五、歴史学会、ソウル、2005年3月、127~134ページ)。

    これは、日韓併合条約の原本です。
    国立公文書館資料センターに保存されています。 
    どなたでも閲覧できます。↓

  • 虐殺屋、侵略者にして抑圧者である中国共産党を殲滅せよ!!


    人殺し、略奪屋の中国共産党を殲滅せよ!!


    それにしても、日ごろ人権問題にうるさい人権派と称する連中は、なぜ中国共産党の

    人殺し、略奪を見て見ぬふりをするのか??

    彼らは偽善者ではないのかああ=---!!!


    中国の官憲によって無残にも虐殺されたウィグルの人たち ↓

  • 今や飛ぶ鳥落とす勢いの億万長者・・・





               不法入国者が成功する秘訣とは???





    その1
    マルハン会長の韓昌祐(密航者)

    【千葉】パチンコの「マルハン」、習志野への新規出店を巡り住民に嫌がらせ? ゴキブリの死骸、死んだハト、脅迫電話も
    http://news.livedoor.com/article/detail/8286460/
    習志野のマルハン建設めぐり騒動
    死んだハト、血まみれのティッシュ……習志野パチンコ店建設強行問題で、反対住民に相次ぐ嫌がらせ被害
    2013年11月25日19時00分、日刊サイゾー


     反対運動が起こっていた千葉県習志野市のパチンコ店建設で、一部の反対住民が嫌がらせ被害を受けていたことが分かった。

    「おまえの施設が出て行ったらええねん/20人ぐらいのガキのために/何千人もいるパチンコファン犠牲にすんなや」

     同市にある障害児童福祉施設に、こんなメールが送られてきたのは、ちょうど建設が始まったばかりの今年5月のこと。新設のパチンコ店とは、わずか90メートルの距離とあって、施設の関係者がこの建設に対して問題提起を行っていたところ、こうしたメールのほか、多数のゴキブリの死骸や血のついたティッシュペーパーなどが敷地内に投げ入れられた。

    さらには運営者の自宅にまで連日、石やゴミが投げつけられるありさまで、反対運動をしていた中心メンバーにも被害が集中。反対集会を主催した男性の自家用車が傷つけられたり、この件を取材していた地元の記者には「おまえパチンコに反対して何の得があんねん」という脅迫電話があり、庭には死んだハトの死骸が複数、投げ込まれた。

    「それまでこんなことは一度だってなかったのに、パチンコ反対運動をした途端にこれですからね……」(ある住民男性)

     マルハン習志野店の建設は、今年2月ごろになって住民の知るところとなったが「その時点ですでに、4月に着工予定と、ストップはかけられない状態だった」(同)という。現場は閑静な住宅街だが、約4,000平方メートルに777台の駐車場を持つ大型店ができるという話に、周辺は騒然となった。目前には高校や福祉施設があったからだ。

    こいつが戦後のどさくさ期の密航者、不法入国者の
    マルハン会長の韓昌祐 ↓

  • 今は昔!!






           密航から這い上がって65年、今太閤まで上りつめ・・・


    その2

     習志野市は、教育施設から200メートル以上の距離を置く独自のルールを制定していたが「まったく同じタイミングで、市はその条例を撤廃して、まるで市がパチンコ店を誘致したような形なので、宮本泰介市長にも掛け合いましたが“もう決まったこと”と冷たく突き放された」と住民男性。現地では「行政と店側がデキているのではないか」というウワサも立った。

     癒着疑惑がささやかれたのは、地元警察もしかり。数々の嫌がらせ被害に対し、被害者が所轄の警察署に相談したところ「イヤなら引っ越せばいい」と冷たく返される始末だった。パチンコ業界には多くの元警察OBが天下りするなど、長く癒着関係がいわれてきただけに、住民の不信感は高まるばかり。

    (中略)

     おびえる住民をよそに、店舗前の道路には車の通行が急増。こうした問題は全国各地で起こっており、実質は賭博場であるパチンコ店の建設には、さらなる規制が必要という声も根強い。

    しかし、パチンコ業界は、関連企業の役員の親族の結婚式に安倍晋三や小泉純一郎ら新旧の首相が出席するほど、政界の後押しを取り付けており、自民党が進めているカジノ解禁にも深く食い込む動きを見せている。こうした巨大利権の結びつきの前では、抗議むなしく、市民も悲しい目で見つめるだけとなっている。
    (文=和田修二)

    >「おまえの施設が出て行ったらええねん/20人ぐらいのガキのために/何千人もいるパチンコファン犠牲にすんなや」
    >同市にある障害児童福祉施設に、こんなメールが送られてきたのは、ちょうど建設が始まったばかりの今年5月のこと。

    マルハン習志野店のすぐそばにある障害児童の福祉施設「たからばこ」は、平成21年に緒方栄美代表によって設立された。

    この場所に障害児童福祉施設「たからばこ」を設立したのは、同地が実質的に閑静な住宅街だったからだ。

    「障害児童の施設は環境選びが非常に難しく、自閉症などの児童は光や音に敏感に反応して、最悪パニックを起こしてしまう。そうした児童を社会生活に慣れさせていくためには、ほどよい人や車の通行量のある場所が必要なんです。また地域住民から反対されることも多く、ここがやっと理解が得られて設立できた場所だった」(緒方代表)

    こいつが習志野市長のワル宮本 ↓

  • ところが、4年後の平成25年春、突如この場所に、朝鮮玉入れ屋(パチンコ)大手のマルハンが777台の駐車場を備えた大型店を新規出店することにした!

    すぐ近くにマルハンのパチンコ大型店ができれば、障害児童福祉施設「たからばこ」は、たちまち存続の危機に瀕する。

    障害児童福祉施設「たからばこ」は、当然マルハンの大型店建設に反対したところ、「おまえの施設が出て行ったらええねん/20人ぐらいのガキのために/何千人もいるパチンコファン犠牲にすんなや」などのメールが送られてきた。


    >新設のパチンコ店とは、わずか90メートルの距離とあって、施設の関係者がこの建設に対して問題提起を行っていたところ、こうしたメールのほか、多数のゴキブリの死骸や血のついたティッシュペーパーなどが敷地内に投げ入れられた。

    酷過ぎる!

    「ゴキブリの死骸や血のついたティッシュペーパーなどが敷地内に投げ入れられた」って、まさに朝鮮人の手口だ。

    糞便が投げ込まれなかっただけマシかもしれないが…

    パチンコ屋は別名「朝鮮玉入れ屋」と言われるだけあり、大半が朝鮮人・韓国人・帰化人によって経営されている。

    業界最大手のマルハンも、韓国から密航して来た帰化人が会長で、その息子が社長をやっている。

    韓昌祐は、密航(違法)して来て、パチンコ事業(違法)で大儲け!

    日本で違法行為を繰り返して大金持ちになっても、刑務所にも入らず、強制送還もされずに、やりたい放題(在日特権)の在日朝鮮人(現在は帰化して日本国籍)の典型だ。

    こいつが戦後のどさくさ期の密航者、不法入国者の
    マルハン会長の韓昌祐 ↓

  • その3

    ところが、4年後の平成25年春、突如この場所に、朝鮮玉入れ屋(パチンコ)大手のマルハンが777台の駐車場を備えた大型店を新規出店することにした!

    すぐ近くにマルハンのパチンコ大型店ができれば、障害児童福祉施設「たからばこ」は、たちまち存続の危機に瀕する。

    障害児童福祉施設「たからばこ」は、当然マルハンの大型店建設に反対したところ、「おまえの施設が出て行ったらええねん/20人ぐらいのガキのために/何千人もいるパチンコファン犠牲にすんなや」などのメールが送られてきた。


    >新設のパチンコ店とは、わずか90メートルの距離とあって、施設の関係者がこの建設に対して問題提起を行っていたところ、こうしたメールのほか、多数のゴキブリの死骸や血のついたティッシュペーパーなどが敷地内に投げ入れられた。

    酷過ぎる!

    「ゴキブリの死骸や血のついたティッシュペーパーなどが敷地内に投げ入れられた」って、まさに朝鮮人の手口だ。

    糞便が投げ込まれなかっただけマシかもしれないが…

    パチンコ屋は別名「朝鮮玉入れ屋」と言われるだけあり、大半が朝鮮人・韓国人・帰化人によって経営されている。

    業界最大手のマルハンも、韓国から密航して来た帰化人が会長で、その息子が社長をやっている。

    韓昌祐は、密航(違法)して来て、パチンコ事業(違法)で大儲け!

    日本で違法行為を繰り返して大金持ちになっても、刑務所にも入らず、強制送還もされずに、やりたい放題(在日特権)の在日朝鮮人(現在は帰化して日本国籍)の典型だ。

    こいつが戦後のどさくさ期の密航者、不法入国者の
    マルハン会長の韓昌祐 ↓

  • 今は昔!!






           密航から這い上がって65年、今太閤まで上りつめ・・・


    その2

     習志野市は、教育施設から200メートル以上の距離を置く独自のルールを制定していたが「まったく同じタイミングで、市はその条例を撤廃して、まるで市がパチンコ店を誘致したような形なので、宮本泰介市長にも掛け合いましたが“もう決まったこと”と冷たく突き放された」と住民男性。現地では「行政と店側がデキているのではないか」というウワサも立った。

     癒着疑惑がささやかれたのは、地元警察もしかり。数々の嫌がらせ被害に対し、被害者が所轄の警察署に相談したところ「イヤなら引っ越せばいい」と冷たく返される始末だった。パチンコ業界には多くの元警察OBが天下りするなど、長く癒着関係がいわれてきただけに、住民の不信感は高まるばかり。

    (中略)

     おびえる住民をよそに、店舗前の道路には車の通行が急増。こうした問題は全国各地で起こっており、実質は賭博場であるパチンコ店の建設には、さらなる規制が必要という声も根強い。

    しかし、パチンコ業界は、関連企業の役員の親族の結婚式に安倍晋三や小泉純一郎ら新旧の首相が出席するほど、政界の後押しを取り付けており、自民党が進めているカジノ解禁にも深く食い込む動きを見せている。こうした巨大利権の結びつきの前では、抗議むなしく、市民も悲しい目で見つめるだけとなっている。
    (文=和田修二)

    >「おまえの施設が出て行ったらええねん/20人ぐらいのガキのために/何千人もいるパチンコファン犠牲にすんなや」
    >同市にある障害児童福祉施設に、こんなメールが送られてきたのは、ちょうど建設が始まったばかりの今年5月のこと。

    マルハン習志野店のすぐそばにある障害児童の福祉施設「たからばこ」は、平成21年に緒方栄美代表によって設立された。

    この場所に障害児童福祉施設「たからばこ」を設立したのは、同地が実質的に閑静な住宅街だったからだ。

    「障害児童の施設は環境選びが非常に難しく、自閉症などの児童は光や音に敏感に反応して、最悪パニックを起こしてしまう。そうした児童を社会生活に慣れさせていくためには、ほどよい人や車の通行量のある場所が必要なんです。また地域住民から反対されることも多く、ここがやっと理解が得られて設立できた場所だった」(緒方代表)

    こいつが習志野市長のワル宮本 ↓

  • 今や飛ぶ鳥落とす勢いの億万長者・・・





               不法入国者が成功する秘訣とは???





    その1
    マルハン会長の韓昌祐(密航者)

    【千葉】パチンコの「マルハン」、習志野への新規出店を巡り住民に嫌がらせ? ゴキブリの死骸、死んだハト、脅迫電話も
    http://news.livedoor.com/article/detail/8286460/
    習志野のマルハン建設めぐり騒動
    死んだハト、血まみれのティッシュ……習志野パチンコ店建設強行問題で、反対住民に相次ぐ嫌がらせ被害
    2013年11月25日19時00分、日刊サイゾー


     反対運動が起こっていた千葉県習志野市のパチンコ店建設で、一部の反対住民が嫌がらせ被害を受けていたことが分かった。

    「おまえの施設が出て行ったらええねん/20人ぐらいのガキのために/何千人もいるパチンコファン犠牲にすんなや」

     同市にある障害児童福祉施設に、こんなメールが送られてきたのは、ちょうど建設が始まったばかりの今年5月のこと。新設のパチンコ店とは、わずか90メートルの距離とあって、施設の関係者がこの建設に対して問題提起を行っていたところ、こうしたメールのほか、多数のゴキブリの死骸や血のついたティッシュペーパーなどが敷地内に投げ入れられた。

    さらには運営者の自宅にまで連日、石やゴミが投げつけられるありさまで、反対運動をしていた中心メンバーにも被害が集中。反対集会を主催した男性の自家用車が傷つけられたり、この件を取材していた地元の記者には「おまえパチンコに反対して何の得があんねん」という脅迫電話があり、庭には死んだハトの死骸が複数、投げ込まれた。

    「それまでこんなことは一度だってなかったのに、パチンコ反対運動をした途端にこれですからね……」(ある住民男性)

     マルハン習志野店の建設は、今年2月ごろになって住民の知るところとなったが「その時点ですでに、4月に着工予定と、ストップはかけられない状態だった」(同)という。現場は閑静な住宅街だが、約4,000平方メートルに777台の駐車場を持つ大型店ができるという話に、周辺は騒然となった。目前には高校や福祉施設があったからだ。

    こいつが戦後のどさくさ期の密航者、不法入国者の
    マルハン会長の韓昌祐 ↓

  • 虐殺屋、侵略者にして抑圧者である中国共産党を殲滅せよ!!


    人殺し、略奪屋の中国共産党を殲滅せよ!!


    それにしても、日ごろ人権問題にうるさい人権派と称する連中は、なぜ中国共産党の

    人殺し、略奪を見て見ぬふりをするのか??

    彼らは偽善者ではないのかああ=---!!!


    中国の官憲によって無残にも虐殺されたウィグルの人たち ↓

  • これは、強迫だああーーー!!!





              これは、強制だああーーー!!!






                  だからこれは、最初から無効だああーーー!!!






    無効論は、第二次日韓協約が日本の脅迫(強制)によって締結させられたから無効とする主張である。この時に問題になるのは、脅迫(強制)の対象が国家なのか、条約交渉者なのか、である。

    前者の国家の場合は当時の国際法で問題にならない。これは戦争の結果結ばれる条約を考えればわかりやすい。後者の場合、ピストルを突きつけられて生命の危険を感じるとか、プライバシーを暴露されるとかといった類のことで脅迫(強制)されて不利な条約を結ばされる事で、20世紀初頭の国際法においても違法とされていた。

    したがって第二次日韓協約が無効か否かは、日本側が韓国側に脅迫(強制)を行なった事実があるかどうかということによって判断される。結論的に言えば、このような事実は、皇帝高宗に対しても、諸大臣に対してもなかったので、無効論は成立しない。

    よく、伊藤博文特派大使が皇帝高宗を脅迫(強制)した言辞として挙げられることがある、「ご承諾されるのもお拒みなさるのも皇帝のご勝手です。もしお拒みなさるならば、日本政府は既に決心するところがありますので、その結果はこの条約を締結する以上の困難な状況をもたらすでありましょう」(意訳、『日本外交文書』第三八巻第一冊、五〇二ページ)というセリフは、交渉上よく用いられる言葉のレトリックであって、交渉者に対する直接的な脅迫(強制)とは言えない。

    また日本の軍隊や憲兵によって韓国側交渉者に対して脅迫(強制)が行われたとする主張があるが、それらは伝聞に依拠したもので確実な情報ではない。日本の軍隊や憲兵は京城で厳戒態勢をとったが、それは伊藤博文や李完用へのテロの教訓からとられた治安上の措置であって韓国側交渉者を脅迫(強制)するためではない。

    当時の大韓帝国では「大韓国国制」(1899年)によって皇帝が独裁権を持っていたので、第二次日韓協約が勒約かどうかは、この条約に対する皇帝高宗の対応を見ればよい。高宗の対応を明らかにする史料としては、朴斉純、李完用等五人の大臣の「五大臣上疏文」がある。「五大臣上疏文」は大韓帝国の『日省録』、『承政院日記』、『高宗実録』等の公文書に収められている。いずれの公文書の「五大臣上疏文」もソウル大学校の李泰鎮教授が言うように、基本的内容は変わらない。

    李泰鎮教授は、日本人が編纂に大きく関わったことで知られる『高宗実録』所載の「五大臣上疏文」を用い、1905年11月17日の御前会議で第二次日韓協約の日本案に反対することに決まったと、事実とは異なる解釈を示した。これは「五大臣上疏文」の誤読によるものであった。(『世界』2000年6月号、274ページ)。

    ところが、皇帝高宗の言動を明らかにするには皇帝の公式日記がよいだろうという理由で、皇帝の公式日記の『日省録』所載の「五大臣上疏文」を用いて第二次日韓協約締結における皇帝高宗の積極的役割を明らかにされると、李泰鎮教授は一転してこれらの公文書の記録には日本の影響が及んでいるとして、『日省録』のみならず「五大臣上疏文」そのものの史料的価値を否定し、第二次日韓協約締結における皇帝高宗の積極的役割を否定するに至った(「1905年『保護条約』に対する高宗皇帝の協商指示説批判」『歴史学報』第一八五、歴史学会、ソウル、2005年3月、127~134ページ)。

    これは、日韓併合条約の原本です。
    国立公文書館資料センターに保存されています。 
    どなたでも閲覧できます。↓

  • この人を知らずして、韓国近現代氏を語るなかれ。





                   半島史上最高の叡智!!




    尹致昊(ユン・チホ、いん ちこう、윤치호、1865年1月16日 - 1945年12月9日)は、朝鮮・韓末の政治家・啓蒙家、日本統治時代にかけての教育家・独立運動家。終戦直前に貴族院朝鮮勅選議員。

    1880年代は獨立協会、萬民共同会の領袖として活動し、獨立新聞社の第2代社長である。1909年韓英書院と大成学敎の校長を務め、同年新民会に参加した。1920年代以降、延禧専門学校•セブランス医学専門学校•梨花女専門学校の財団理事として活動しており、教育活動に専念した。彼は朝鮮人初の英語通訳もある。号は佐翁、日本名伊東 致昊(いとう ちこう)。本貫は海平尹氏。大韓民国第4代大統領尹潽善は甥、第13代ソウル市長の尹致暎は従弟。

    開化派の父などの影響もあり、1881年に17歳で紳士遊覧団(朝士視察団)だった魚允中の随行員として日本に渡り、朝鮮初の日本留学生の一人として開化思想を吸収した。外務大臣の井上馨と謁見し、井上の斡旋で同人社に入学した。独学で日本語を勉強した後、1882年に東京帝国大学哲学教授の夫人ミレットや英語講師の神田乃武、1883年1月から横浜にあるオランダ領事館の書記官レオン・ポルデルから英語を学んだ。

    留学生活の中で金・玉均、徐光範、朴泳孝、兪吉濬などの開化派の人物や福沢諭吉、中村正直などの文明開化論者と親交を深めた。始め、同人社で学び、慶應義塾で語学学習をし、福澤諭吉邸で独立協会を組蛾した人物との交流を深めていった。身分や嫡出、男女差別がより少ない日本社会と、欧米の文物に触れ、以降朝鮮の文明開化の必要性を信念とするようになった。4月からアメリカに渡って西洋の学問に接し、直接新しい学問を学んだ。

    “ 人種の偏見や差別が激しい米国、悪臭がする中国、そして悪魔のような政府がある朝鮮ではなく、東洋の楽園であり世界の庭園に恵まれた日本で生きてみたい。 ”



    “ 清人の家は陰気で測量もなく日本人の清潔で明るい家と比べることができない。しかし我が国の人々の便所のような家をどうして清人の2階建ての家と比べられようか。 ”

    “ 私の国の自慢することは一つもなく、ただ欠点のみを知られることが多いので一層情けなく、一層日本が羨ましくて耐えられない。 ”
    —尹致昊1888年12月29日の日記
    “ 朝鮮が今の野蛮的状態に留まるよりはいっそ文明国の植民地になる方がより良い。 ”
    —尹致昊1890年5月18日の日記[7]

    以後10年間余り中国と米国に亡命・留学して文物に接し、西欧民権思想とキリスト教の信仰を受け入れ、裕福だった実家やプロテスタント宣教師、朝鮮の開化派、日本人開化人士などの支援により学業に励むことができた。またJ.アーレンとW.B.ポネル教授の影響でプロテスタントに帰依を決心し、1887年4月3日上海で洗礼を受けプロテスタント信者になった。留学期間中、西欧の民権思想と合理主義、職業倫理意識、民衆の参政権を受け入れ、改革する必要性を確信することになった。

本文はここまでです このページの先頭へ