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投稿コメント一覧 (5562コメント)

  • >>No. 247769

    >「オマエは俺の問い合わせに
    答えられていないぞなもし。」

    ・・・・
    当然である。
    なぜなら、
    君の問い合わせが、断片化しているからである。
    もう少し待とう。

  • >>No. 247766

    >「「雉」は、「古代計算城牆“面積”的單位」(漢典)
    とありますので「雉」は長さではなく、
    城壁の面積を言っているものと思います。
    ↑と言っているのは覚えてる? 」

    ・・・・・
    だ・か・ら、
    <再掲>
    以下に訂正します。(中略)
    「雉」は、
    版築の「版(板)」を基準にした壁の「長さ」や「面積」の単位であろう。
    基準となる「版」の長さは、一説には2尺×1丈(異説あり)。
     *「古之雉制、書傳各不得其詳。」(說文解字注)
     *「五版為一堵。」《說文》
     *「方丈曰堵、三堵曰雉」(左傳隠元年註)
    「方丈」とは、正方形の1辺1丈であり、面積も1丈である。
    版の1段の廣さ(高さ)は<10尺(1丈)÷5版=2尺/版>
    版の1枚の長さは「1丈/版」。
    よって、
    1雉とは、高さ1丈、長さ3丈で、面積も3丈である。
    先の結論の
    「三百雉と五里の長さは等しい」と言うことには、
    変わりありません。
    <以上再掲>


    >「南北方向の長さ=城壁の面積=三百雉」

    ・・・・・
    「長さ」と「面積」は異なる大きさですよ。

    やっぱり君は断片化している。

  • >「*「侯伯之城高二雉」(周礼疏) よって、
    「三百雉」とは南北方向の長さを示し、
    ↑ は、どう解するのかな?」

    ・・・・?
    コメントを無意味に断片化すると意味不明になるぞ。

    <再掲>
    「侯伯之城」の高さは2雉(2丈)と言われます。
      *「侯伯之城高二雉」(周礼疏)
    よって、
    「三百雉」とは南北方向の長さを示し、
    高さは「二雉」であろう。
    <以上再掲>



    >「オマエは「三百雉」は、「南北の方向の長さ」を表してもとしているし
    「立て方向の面積」ともしているよな。」

    ・・・・・?
    コメントを無意味に断片化すると意味不明になるぞ。

    <再掲>
    「侯伯之城 方五里 徑三百雉 」についての補足です。
    追加で調べた結果、<再掲>部分の
    「「立て方向(立面)の面積」とも解釈できるかと思います。」
    これは間違いである。以下に訂正します。
    <以上再掲>


    君の思考が断片化しているのか?

  • >>No. 247756

    >「どうなんや?」

    ・・・・?
    何が?

    過去のコメント文を断片化させて、
    それを金魚の糞の様にだらだらと並べ、
    それで、何が言いたいのかな?
    要点をまとめることが出来ないでいるのか?

  • >>No. 247750

    >「「意識せずに」使っているのが問題なんだが。」

    ・・・・?
    何が問題なのか?
    意識しなくとも、
    君の様に自分勝手に使っているわけではなく、
    他者と共有した社会的法則(文法)にしたがっている。


    >「「プログラムが子供以下」に決まってるだろうが、」

    やっと認識したか。
    翻訳ソフトが出来ないのは、
    文法の問題では無く、
    それを作る側にある。
    わかるか。


    >「問題は、何故「プログラムが子供以下」の状態にとどまっているのか、です。」

    ・・・・・
    君を見ていればわかるように、
    言語に対する知識が子供以下だからであろう。


    >「オレ様は「言語や文法や文法学」に詳しい ・・・」

    ・・・・
    わるいが、詳しくないよ。
    だ・か・ら、
    解釈するときは、一々文献を調べないと理解出来ない。
    最近は記憶力も衰え、一度調べたことも忘れる・・・・


    >「キャグかよ v(^ ^;
    オマエのアタマからはいつの間にか「皆」が蒸発して消えてなくなっちゃっただろうな。」

    ・・・・
    「キャグか? v(^ ^;」
    「皆」は「捜露」の内容を制限(修飾)するだけじゃ。
    「皆」が「傳送」まで制限(修飾)したら、
    文意がトンチンカンになる。

    以上、わかるか、無知な迷友よ。

  • >>No. 247746

    >「えっと近代考古学の父、H・シュリーマンは、」

    「H・シュリーマン」を称えているのは、無知な人では?
    彼は個人的妄想にとりつかれた遺跡の破壊者と言う側面もあるようですよ。
    ご注意。

  • >>No. 247742

    >「私は歴史上、事代主やスサノオを実在した人物として考えてるわけです。」

    「神」として書かれているものを
    自分勝手に「実在した人物」として考えるのは危険ですよ。

    「神話」など人の空想は、全くの無から生まれず、
    現実世界の出来事を素材とし、
    そこに願望や誇張や組み合わせで生まれますが、
    空想は所詮空想です。
    現実の事象としてではなく、
    当時の”観念”を知る材料にしかなりませんね。
    ご注意を。

  • >>No. 247721

    >「馬鹿なオマエは文法Aと文法Bが区別できず、」

    ・・・・?
    「文法」と「文法学」を書き分けている事がわからないか?
    単純無知君には困ったのう。

    いずれにしろ、
    子供でも文法を意識せずに使っている。
    子供でも使っているものをプログラム化出来ないと言うことは、
    プログラムが子供以下か、
    ハードが追いつかないかのどちらかであろう。
    どちらにしろ、
    言語や文法や文法学に無知な今の君には、
    翻訳ソフトを作る事は、終生夢物語であろう。
    ついでに言うと、
    曖昧で抽象的なものを、具体的に数値化していく過程は、
    設計者のノウハウ部分である。
    これには個人差があって、ピンキリである。


    >「で、「運悪く、差錯が有りした」、だったらどうなるんだ?」

    ・・・・・?
    「不得差錯」とは書かない。
    それだけじゃ。


    >「「不得差錯」ってのは、一大率が差錯なきことを保証してるんだよ。」

    ・・・・・
    詐欺師でも口では「保証」する。
    重要なのは、実際の「確認」である。
    わかるか、単純無知君。

  • >>No. 247696

    >「事代主神は普通に実在したであろうし、なにがオカルトなのかな?」

    ・・・・・?
    神仏の類は、オカルトだと個人的には思うが、
    信仰心を持っている人は違うのであろう。
    しかし、
    人文科学と科学の名が付けば、
    個人の思想信条(宗教心)は控えた方が良いでしょう。
    宗教心に囚われた事実認定は、
    過去の魔女狩り宗教裁判の様に、
    人間の恥部だと、個人的には思いますよ。

  • >>No. 247738

    >「日本では、屋根の上にある特別な(装飾を兼ねた)構造物を ウダツ という。」

    大きな家の屋根を「宇(う)」と言います。
    だから、
    一宇、二宇など建物をかぞえる「助数詞」にもなります。
    そもそも、人は成金になると、
    先ず大きな家を建てたがりますね。

  • >>No. 247685

    >「かも の おおきみ の父は神。」

    ・・・・・?
    そもそも、オカルト的には、
    日本は神が生んだ大八洲であり、
    帰化人を除き、誰しもが神の子孫である。
    しかし、
    オカルト部分は、あまり気にしない方が良い。

  • >>No. 247682

    >「かも の おおきみ
    もう一度言う、「おおきみ」である。」

    ・・・・
    「おほきみ」は「きみ」より下位である。
    漢語でも「大王」は「天子(きみ)」より下位である。

  • >>No. 247679

    >「※ そんなものがわかってりゃ、とっくにコンピュータが翻訳してくれている → ゆえに、だ~れもそんなものはわかっていない
    単純な論理ですなぁ。」

    ・・・・・
    単純すぎて涙がチョチョ切れるのう。
    君は言語に対して無知なだけじゃ脳。
    (君のレベルがその言葉でわかるが・・・)
    Mrミハイルの英語の理解力を見習え。

    よいか、単純で無知な迷友よ、よくお聞き。
    設計には、ソフトとハードの違いがあっても、
    その基本は、対象やその使用状況を具体的に知ることにある。
    そして、
    ハードでは、依頼人の曖昧で抽象的な要望を
    数値として表現できるまで具体化することにある。

    「文法とは・・・習慣で当たり前のことだと思って気がついていないだけのことで、実際にはそこにちゃんとルールがあるのである。」
    (商務印書館版「現代漢語」日本語版p239)
    言葉や文が他者に通じると言うことは、
    そこには必ず他者と共有化された文法が内在する。
    それを意識化するのが文法学であろう。
    今までの文法学は、人が読むように書かれるが、
    最近では、機械言語に対応させた書き方が出てきたと聞く。


    >「オマエのアホ解釈でどうやって「不得差錯」を実現できるんだね?」

    ・・・・・?
    「・・・・不得差錯」は魏使の記録文である。
    魏の勅使が、預けた荷物を到着地で全部揃っている事を確認すれば、
    「不得差錯」となるが・・・・
    それが何か問題なのか?単純無知君。

  • >>No. 247674

    >「んなわけネーだろが、アホ。
    (ワシ、プログラムを書いて飯を食っているので。)」

    ・・・・・
    だから何?
    飯を食っているだけじゃダメよ。
    わかるか。

    私も設計で飯を食っているが、
    設計がピンキリであるように、
    プログラムもピンキリであろう。
    人の脳の言語処理がわからないと、
    電脳による言語処理は無理じゃのう。
    これぐらいは、わかるか。
    最近では、
    随分ましな翻訳機も出始めたが、
    これは文法が進歩したと言うより、
    翻訳機が進歩した結果であろう。

    他のコメントは、わざわざ返信する価値はないが、
    一つだけ補足しておく。

    <補足>
    君は、「複合動詞」とか「順列」とか言っているが、
    この二つは漢語では矛盾する。

    「複合動詞」は「捜+露」や「傳+送」であるが、
    漢語での「複合動詞」は、順序を交換して、
    「「露+捜」や「送+傳」としても大きな意味変化は起きない。
    つまり、
    演算の交換法則に似た関係がある。
    <V=Va+Vb=Vb+Va>
    「捜露と傳送」の間では、これが成立しない。
     *「合成詞可大別為両類:實詞素和實詞素結合;
     1)並列格。用意義相近或相関的詞素構成新詞、相互間成並列関係。」
    (孫常叙著「文語語法・構詞法」)
    また、
    「捜露」は、前の「皆臨津」で、動作内容が限定(修飾)され、
    「傳送」とは必ずしも順列になれない。

    君の論理に矛盾や循環や破綻が多いのは、
    無知故か?

  • >>No. 247658

    >「※ 文法(B)がそれほどまともなものなら、とっくの昔にコンピュータが翻訳できてます、と何度も説明してやってるだろうが。」

    ・・・・・
    文法がまともだから、
    語や文での人と人との情報交換が成立している。
    (このコメントもそうじゃ)
    わかるか?

    無知な君は、
    人間の脳の処理能力を過小評価し、
    コンピュータの処理能力を過大評価しているだけじゃ脳。
    人の脳は言語処理と言う複雑な処理を瞬時に行うが、
    このような高度な電脳技術はこれからであろう。


    あとの君の反論コメントを列記すると、
    1)>「馬鹿である。」
    2)>「するだろうな。」
    3)>「順列に読めばよろしい。」
    4)>「『及』が「また」や「そして」のような『ゆるくつなぐ』意味なら、」
    5)>「なんだかねぇ~。馬鹿と口をきくのはホントにかったるいなぁ。」

    この極めて個人的主観(妄想)に反論すれば、
    君のマスターベーションを手伝うことになるが、
    それは悪趣味じゃ脳。
    わかるか。

  • >>No. 247657

    >「ワシの想定が気に入らんなら・・・・」

    ・・・・・
    前にも言ったが、
    君の勝手な想定でのマスターベーションは、
    それを気にいるか否かの問題じゃ無く、
    単に悪趣味だと言うだけである。
    わかるか。

    文献根拠に基づいて想定を行え。
    想定の妥当性は、その根拠の妥当性にある。


    >「ワシが言ってるのは「BはAの完璧な記述からは程遠い」です。」

    ・・・・?
    それは・・・・
    「BとA」を把握してから言え。
    今の無知な君には、その判定能力は無い。
    わかるか。

  • >>No. 247569

    <補足>

    「於姓日下、謂”玖沙訶”」(古事記序文)
    ここで、「日下」を「くさか」と訓を付けているが、
    「くさか」の意味は、「日が下る(日下)」と書くので、
    日暮や西方を指すものであろう。
    「ひのもと」の「日本」は、「日の出」や「東方」を指すので、
    「日下」と「日本」とでは、「西」と「東」の違いがある。

  • >>No. 247608

    >「ワシは「V+V」を一つの複合動詞と解釈してます。」

    ・・・・
    複合動詞は、「捜+露」や「傳+送」のことじゃ。
    仮に、「捜露傳送」を四音節の複合動詞と仮定すると、
    以下のおかしな点が出てくる。
    1)古代に四音節の複合動詞が存在するのか?
    2)連用修飾語の「皆臨津」の「臨津」が「傳送」にもかかるが、
    「傳送」とは「品物を別な處へ運ぶ行為」で、港では、成立しない。
     *【傳送】:[convey]∶把一處的東西送到別一處。(漢典)
    3)上記と同じく「皆」も同様で、「皆」とは、
    「王遣使詣京都・帶方郡・諸韓國」のケースも含まれ、
    そのケースも「傳送」され、女王に送り返したら、
    トンチンカンになる。


    >「ワシの『「勅使」ってのが「王(女王)の使節」なら』という前提・・・」

    ・・・・・
    その前提は成立しない。
    そもそも、当該文は、魏使に依って記録されたものである。
    そこで、「賜遺之物」と書かれれば、
    それは、当然、「魏の勅使」の荷物であろう。

  • >>No. 247607

    >「アホ解釈。意味を成す解釈は :
    ※ 倭王は中国・半島諸国に遣使する。(また or そして)郡使が倭國に来た場合には・・・」

    ・・・・?
    君の主観的アホ解釈を参考にするより、
    漢語の語義と語法を参考にしろ。
     *「【及】<連詞>: 和、与 [and] 」(漢典)


    >「「及」は連詞である; しかるに「連詞是連接詞與詞」 → ゆえに、「及」は「詞組と詞組をゆるく結びつけることが可能と主張しているが、」

    ・・・・?
    引用した孫常叙著「文語語法」の説明を理解していないのう。
    当該部分は「詞(単語)與詞」や「詞組(フレーズ)與詞組」では無く、
    「句(文)與句」にあたる。
    <再掲>
     *「連詞是連接(中略)句與句」


    >「文法は完璧からは程遠い」

    ・・・・
    意味不明。

    漢語文法に無知な君が何を言いたいの知らないが、
    「文法」とは、
    言語に依って情報を相互伝達が出来るようにした、
    ”その社会(言語圏)”での慣習法である。
    これが成立しなければ、
    「語」を並べて「文」を書いても意味が通じない。
    現代人で、しかも、その社会の一員でもない君の”単なる主張”は、
    かわいそうだが、参考意見にもならない。
    わかるか。

  • >>No. 247575

    >「まだまだ聞きたいことは山ほどはある。」

    くれぐれも、
    「枯れ木も山のにぎわい」にならないように。

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