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投稿コメント一覧 (3741コメント)

  • メルセデス
    セリーグCS第2ステージ・第1戦、巨人の先発投手に抜擢。

    広島が育て(ドミニカ共和国・広島カープアカデミー)、巨人が海外トライアウトで獲得。
    2017年育成契約 2018年7月1軍昇格、デビューから2試合連続無失点勝利。
    24歳 メジャー経験なし。 年俸230万円

    横浜べイスターズのソトも似たような今季の掘り出し物。

    ロッテの海外スカウトは何している!?

    <参考>
    https://blogs.yahoo.co.jp/pruning101/58344547.html

  • >>No. 14140

    たびたび済みません。
    <訂正>
    蝉 → 禅

  • >>No. 14139

    さらに、拡げて、禅と西欧の実存主義は?
    <加筆>
    さらに、拡げて、大和心、もののあはれ、禅(鈴木大拙以降)と西欧の実存主義は?

  • 山櫻花さん、おはよう御座います。
    まずは、直近の小生のレスに言い過ぎがあり、釈明させて貰います。

    >>人の中には、ものに哀れを感じない人も居ます。
    >>それを「もののあわれのない人」といいます。

    >ものに哀れを感じない人って本当にいるのでしょうか? 

    >>欧米人だって心が動くことはあるでしょう。

    欧米人偏見にとられそうな最初の私の言葉でした。
    欧米人が虫の音の感じないように、欧米では誰もが感じるが
    日本人には全くチンプンカンプンなものも多くあるのではと思います。
    まあ、200年後には言語も文化もグローバル化します。 
    遅く生まれないで良かったと自分は思っています。

    >そういう人とはあまり友達にはなりたくありません。

    鎌倉の山を一緒に散歩しているとき虫の音=ノイズと反応した白人は旧友です。
    仕事上の仲間で彼とは楽しい思い出が多く有り、同じ科学者としてはウマがあいました。 しかし、一緒に京都を旅行しようとは思いません。

    >「感性」は好きな言葉ですが、和英辞書で引くと
    >[sensitivity]。 測定器の感度みたい。 欧米人は私がイメージ
    >するような感性の概念を持っていないのでしょうか?

    手元にあった安物の和英辞書に対する揶揄です。

    ●短い期間でしたが、山櫻花さんに出会えて良かったです。 
    大和心も「もののあわれ」も奥深い。 まだ、表面を撫でた程度の感じです。
    宗教との関係は不可分ですね、神道、仏教、儒教。

    ここにきて。小生は大和心と蝉の関係を気にするようになりました。
    円覚寺はうちの檀家、小生もそこの墓に入ることになります。
    ということで、円覚寺の蝉の講演会には何度か足を運びました。
    でも、これまで私には文字通り「蝉問答」で、分ったような、
    分らないような、でした。
    今後は心して聞くつもりです。

    そもそも、大和心と蝉に関係や接点があったのか? あればどの程度?
    その内容は? 特に、鈴木大拙の前と後とではどうか? 帝国軍部と蝉は?
    さらに、拡げて、禅と西欧の実存主義は? 

    これから出来るだけ多くの本を読んでいこうと思います。 高校生みたいですね(笑)

    掲示板が無くなるので、勉強の途中報告は出来なくなります。
    ただ、折に触れてブログに何か書けるかもしれません。
    もし、それが目にとまったら、批判やご鞭撻を一言下されば嬉しいです。

  • 「井口監督の功罪」

    先ずは「罪」だが、采配や用兵についてシーズン中に何度も書いたので省略。
    ただ、上からのチーム方針の縛りがあったのなら同情の余地がある。
    その場合でも、下のような進言をして貰いたい。
    https://blogs.yahoo.co.jp/pruning101/58344547.html

    公平性の為にも、「功」の方も書く。
    ●走塁革命:チーム盗塁数を飛躍的に増やした。
    ●春男・アジャ井上の覚醒:本人の激白、「井口さんのお陰」
    https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201808020008-spnavi?p=2
    ●打撃低迷で苦しんでいた中村を使い続け、オールスター級の打者に育てた。

  • 給料が安いのなら仕方が無い。
    しかし、
    給料の額を考えると違う。
    理由はどうであれ、戦犯の度合いは

    涌井=石川>角中>・・・

    実績ある選手を批判する勇気あるファンは少ない。

  • 山櫻花さん、素朴な2,3のコメントです。

    >仏教も儒教も、日本人は日本的に取り入れた。ひょっとすると、
    {それが日本に入ってくる以前から}
    >日本人にある和歌の本(モト)にある心でもある「もののあはれ」が、それに>大きく影>響したのではないか。

    上で私が付けた{}の括弧の部分、全く同感です。
    大和心は漢意の前から既にあったということですね。
    (「漢心」ではなく「漢意」と書くところが本居宣長の気持ち
    の表れでしょうか?)

    それは下の考えに少しは関係するでしょうか?
    https://blogs.yahoo.co.jp/pruning101/58327870.html
    また、全く違う切り口ですが、下は「大和心 vs 漢意」で何か
    関係あるかもしれません。
    https://blogs.yahoo.co.jp/pruning101/58343206.html

    ところで、
    pur> ものに哀れを感じない人って本当にいるのでしょうか?  
    山櫻花>これがいるわけで、それがまた、日本だと。

    感性の有無で良いでしょうか?
    それなら分ります。
    「感性」は好きな言葉ですが、和英辞書で引くと
    [sensitivity]。 測定器の感度みたい。 欧米人は私がイメージ
    するような感性の概念を持っていないのでしょうか?

  • >>No. 14122

    山櫻花さん、ご丁寧な返しを有難うございました。

    >俗には、ただ悲哀のみを「あはれ」と心得ているけれども、そうではない。
    >全て「うれしい」とか、「おかしい」とか、「楽しい」とか、
    >「悲しい」とか、「恋しい」とかの情(こころ)に感じる事は、
    >みな阿波禮なのだ。
    >だから、「面白い事」や「おかしい事」なども、「あはれ」と言えることも多い。》

    上は了解です。 高校の古文で習った
    枕草子 春はあけぼの
    「まいて雁(かり)などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし」
    を覚えています。

    ただ、私の一番の拘りは、やはり、「物」の意味です。
    ちなみに、国語辞典で「物悲しい」を引くと、ある辞書は
    「物」=なんとなく、 別の辞書は 「物」=単なる「接頭語」。
    古語辞典でなくても、すこし淡白すぎる説明ではないでしょうか?
    ましてや、古語の「物」はもっと深い筈です。

    ちなみに

    ・しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで
    ・逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり
    ・風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな
    ・みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ 物をこそ思へ
    ・長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ
    ・人も惜し 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は

    上は小倉百人一首からです。
    それぞれの「物」は、それぞれの思いが込められているものと察します。

    >もしおっしゃるようなことが「もののあわれ」であるとしたら、
    >それは、その内の一つだということは言えると思います。

    有難うございます。

    >でもです、神様から見る話かどうかは、どうかな?とも思います。

    或る何かなのですが、良い表現が見つからないので便宜上「神様」としちゃいました。
    強いて釈明すると、
    和辻哲郎は、本居宣長の説いた際に表した「絶対者への依属の感情」の「絶対者」に影響されての「神様」でした。

    >人の中には、ものに哀れを感じない人も居ます。
    >それを「もののあわれのない人」といいます。

    イラストや長々とした私なりの講釈に付き合って下さったようで有難うございます。
    ものに哀れを感じない人って本当にいるのでしょうか? そういう人とはあまり友達にはなりたくありません(笑)。

  • >>No. 14117

    山櫻花さん、他のSNSで忙しくご無沙汰しました。
    このトピの初心者の私は、「もののあはれ」を先ずは辞典で調べてみました。

    古語辞典
    https://kobun.weblio.jp/content/%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E3%81%82%E3%81%AF%E3%82%8C

    wiki
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E3%81%82%E3%81%AF%E3%82%8C


    上のどこかに次の記述がありました。
    和辻哲郎は、本居宣長の説いた「もののあはれ」論に触れて、「もののあはれをしる」という無常観的な哀愁の中には、「永遠の根源的な思慕」あるいは「絶対者への依属の感情」が本質的に含まれているとも解釈している[2][3]。

    先日私が書いた下のコメントはどこか重なると勝手に思っています。

    > 満開の桜の花も散る、沙羅双樹の花の色も褪せる、満月もかけて行く、奢れる者は久しからず
    > → 万物のはかなさ→ 悲しい事→ 万物の上にいる神様から見れば哀れなこと
    > →もののあわれ

    少し説明させてもらうと、
    人も花鳥風月も万物ははかなく永遠でない、それは悲しく切ないこと。
    しかし、人の精神世界には不変の何かがある。 それは物ではない何か、心の中かも知れない。それを神様と言っても良いし、あるいは、和辻の「依属する絶対者」かもしれない。 そのような人の内なる神様から見ればその人は哀れに映る。

  • >>No. 14116

    <続き>

    次に、にっぽに屋さんの
    >何故「もの+あわれ」なのかと 
    小生も同様なことを考えていました。 とくに「もの」とは何を意味するのか?
    この点、先にURLを貼った辞典やネットには説明がありません。
    ここが肝心なところだと思うのですが。


    日本語は「物」や「もの」が昔から多く使います。
    物悲しい、物静か、物物しい、物おじする、物の道理、物申す  物が違う 物語
    ここで、「物」または「もの」は、
    ①人を含めた物理的事物、
    ②抽象的な概念や心理、
    ③または、両者を包含した複合体

    ちょっと脱線ですが、上の「物語」ついてです。 源氏物語、伊勢物語、平家物語、
    宇治拾遺物語 今昔物語、竹取物語などは平安時代に限定しています。 なぜでしょうか? (雨月物語や修善寺物語は江戸以降の作品です)。
    念のため、「もののあわれ」を現代中国語の辞書で引くと「物哀」。機械翻訳と註があります。

  • >>No. 14113

    <続き>

    国語辞典で、たとえば、「物悲しい」を調べると、「なんとなく悲しい」という説明。
    これによれば「物」=「なんとなく」となります。 これは「物静か」にも当てはまりそうですが、「もののあわれ」=「なんとなく、あはれ」は明らか違います。

    そこで、小生は下に拘ってみました。
    「もの+の+あはれ」です。

    「ものあわれ」とは言いません。
    逆に、「ものの静か」とは言いません。
    「の」の有無がポイントです。 「の」は形容的、条件的な用法など多くありますが、「もののあわれ」の「の」はそういうことではなく、所有を表す助詞と考えることが自然です。 つまり、「ものが持っているあわれ」となります。

    そこで、イラストのような解釈を考えました。
    まず、人の「心」から始めます。 人間が持つ心情や感情といっても良い。
    その一つに「あわれ」があります。

  • <続き>

    一人の人間を想定します。 周りには花鳥風月の自然や他の人間がいます。
    人には想像力があります。 その想像は個人の精神世界で決まります。 
    しかし、その内的な根源は、みんな、共通・共有ではないでしょうか。

    想像は周りの「物」にも投影される。 こうして、自分も含めて万物が精神的に融合する。
    自分があわれと感じることは、周りの「もの」も同様に感じている、と信じる。
    これが「大和心」でもあり、その派生の「もののあわれ」なのかも知れません。

    山櫻花さんのる先日のコメントと重なる部分もありそうです。
    >「大和心とは何だと人が問えば、古人が見た同じ朝日に 山ざくら花の景色を見て
    >同じ感動を味わうことだと答えよう」ということではないか。つまり、古人と親しく接し、
    >古人の身になり、共感する事。それが大和心だと宣長は云った。

  • 時節柄、セパともに引退試合が多い。
    最後の打席の平均打率はどのくらい?
    5割は超えている感じ。

    空気を読んで投手は厳しい球を投げてこない。
    それが礼儀、良き慣習。
    若い投手には投げる前に教えているのだろう。
    日本の美徳は概ね守られている。

    甘い球とヒットでも、上のような推察を実況報道は口が裂けても言わない。
    これも、守られている暗黙のルール。

    もしかして、こういうことを公の場で書くこと自体もタブー?
    そうならばお許し下さい。

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